2008年11月15日

三国温泉カニまつり

カニ市場三国温泉カニまつり

 

 

 


今年も「三国温泉カニまつり」が三国サンセットビーチを会場に開かれている

早朝から越前がにを目当てに多くの人が品定めをしている
カニはもちろんのこと、三国の海の幸、大地の恵み、そして三国の「うまい」が集合して、三国の食の祭典の雰囲気である 
ガサエビ鍋の無料配布には長い行列ができ、越前がにが当たる抽選会も大人気だ 

網元おかみ会会場周辺にも、幾つも店が開いていてカニ一色の三国港となっている

明日も朝6時から夕方4時半まで開かれている



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2008年11月13日

三国温泉カニまつり

越前がに11月6日に越前がに漁が解禁となりましたが
今シーズン初めて夕食にカニがでました
流石の味で、ひたすら黙々とたべ続けた

今週の15日(土)、16日(日)には「三国温泉カニまつり
が、三国サンセットビーチで開催されますが、毎年多くの人で賑わいます



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2008年11月12日

三国湊は秋が深まる

三国港

今朝の三国湊は最低気温が
5.2℃とこの秋一番の冷え込み
となった

快晴で風も無く、日中は過ごし
やすい

龍翔館

街中では、桜や欅、銀杏が
色付き、華やかである

 



龍翔館

未来館の銀杏と欅

 

 

 


未来館の欅



2008年11月07日

新そばの季節

そばの花9月の半ばには、白いそばの花が満開
でした

11月になると、そばの刈り入れがはじまり、
もうすぐ、新越前そばが食べられます


そば畑そばの実

 



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2008年11月06日

越前がに漁解禁


越前がに漁解禁本日越前がに漁が解禁となった
夕方にかけて三国港へ帰港した漁船からは
多くのカニが水揚げされ
只今、初せりの真っ最中です

カニの季節の到来です!

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2008年02月24日

三国湊の波浪

梶漁港昨日から冬型の気圧配置が強まり、20mを超える突風が吹き荒れた
冬の海ではよくあることだが、波高6mの大時化となっている
波高は波の山から谷までの高さを表している 
津波の高さは平均潮位から高さをいう
天気予報などで波の高さを言う時は、押し寄せる波の越前松島高い波から1/3の波の平均波高を言うものである それを有義波高という 100個の波の中には有義波高の平均1.6倍の大波があることが知られている
今日の波の高さは6mと予報されているから、中には9〜10mもの大波が含まれていることになる 
風の向きは北西から北寄りであり、波は風によって生じる 波は風の吹く方からやってくる これを風浪と呼崎漁港んでいる 
うねりは風浪が風の無い所まで伝わったもので規則的でゆったりしている  風浪とうねりなど海の波をまとめて波浪と呼んでいる
三国港の防波堤(三国港突堤)は西に開いていて、その方向から来る風に伴う波によって潮位が高くなり、九頭竜川の排水が困難となって、三国湊に洪水をもたら三国港すこともある

北を向いている梶や崎の漁港では、巨大な波が打ち寄せ波の華が見られる
寒い時に、波が海岸に打ち寄せ海水が泡状になり風に飛ばされ舞い上がるものをいう
 

三国港には海から避難してきた大きなオオセグロカモメやカモメ、ウ、カモなどが浮かんでいる 

 



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2008年01月07日

三国海岸 ナホトカ号重油流出事故から11年

福良海岸雄島

 

 

 


三国湊の三国港突堤から北へ宿、米ヶ脇、東尋坊、安島、崎、梶、浜地と続く海岸は風光明媚である

ナホトカ号漂着の地安島地区の雄島を境に海岸は北向となる 11年前ここにナホトカ号が漂着し、全ての海岸が油で汚れた
年が幾ら経過しようとも、三国の人間にとって忘れることの出来ない、強烈な出来事であった

私にとって今日1月7日は事故を振り返り、助けていただいたボランティアの方々をはじめ、多くの人に感謝安島より崎、梶、浜地方面し、また自然環境の大切さをあらためて思う日となっている 

昨年「NPO法人三国湊魅力づくりPJ」は10年の節目としてシンポジュームを開いて、重油流出事故の再確認と未来への展望を行った



2008年01月01日

三国湊の元旦

三国湊の元旦の町並みあけましておめでとうございます

三国湊の元旦は雪も無く、大晦日の大荒れの天気も少し落ち着いてきました 

家内の新年の行事も終え、私たちの地区の氏神さまである「神明社」へ初詣に出ました
午後ともなると、境内は静かになって一人での参拝となりました

歴史の古い神社で、拝殿の正面に次のような由来書きが掲げてありました

三国湊の神明社「神明社の由来  本神社は天照大神と継体天皇を奉斎しています。男大迹王(継体天皇)は河川(九頭竜川・足羽川・日野川)開拓のおり、枚岡を行在所としました。王が越前を離れた後、国民(くにたみ)がその徳を偲び旧行在所に遷座して「枚岡神社」と称号したといわれていました。十六世紀後末に「神明社」に改称した。」

昨年、継体天皇即位(507年)1500年にあたり、天皇の業績を讃える行事が県内をはじめ全国各地で行われ、三国は継体天皇の出身地として、改めてその存在を確認することができた

三国神社

続いて参拝に訪れた「三国神社」も継体天皇を祀る神社である 広く小高い岡を境内とし巨大な樹木が生い茂り神域の趣を強く感じることのできる名社である


 

三国神社の拝殿お参りの人も年々増えているように思われる 継体天皇の額が掲げてある拝殿では善男善女が心願成就とお祓いを受けている

今年も良い年でありますように

 

 



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2007年11月25日

三国湊は小春日和

三国湊の未来館の桜

三国湊の未来館の銀杏

 


 

 

未来館の桜の葉はほとんどが落ち、銀杏も半分以上が
落葉しているものの色付きは増して美しい

三国湊の鴨池

三国湊の運動公園の並木

 

 

 


郊外に出ると、運動公園の並木が綺麗に冬支度している

鴨池は鴨が多くなってきている

残り少ない晴天とあって、各家では冬の準備に忙しそうに
している

 

 



2007年11月19日

三国湊は良い天気

三国湊を新保地区より望む

三国湊は最低気温2.6℃、最高気温8.9度と寒かったが晴の穏やかな天気であった

対岸の新保地区から三国湊を望むと、遠くに白山が真っ白に見える 手前の加越国境の山々も薄く雪化粧している

 写真をクリックして、さらに+をクリックすると三国湊の様子が良くわかります

三国の米納津地区より白山を望む

 

 

三国町の米納津地区より白山を望む 火燈山と富士写ヶ岳の上に見ることが出来る

 

 

 



2007年03月07日

三国祭の準備

三国湊は今冬最深雪三国湊では10cm以上の雪が積もって、今冬の最深雪を記録した

三国湊では5月19日〜21日に三国祭が行われるが、山車当番となっている地区では既にその準備に入っている

歳徳さんといわれる各区の新年会では、区民に祭りの概要が示され、総括、安全運行、舵棒、警備などの責任者が決められて、具体的な取り組みが始まる

「三国祭保存振興会」は今年、三国出身の継体天皇即位1500年を記念して、「継体大王」の山車を奉納する 現在「山車の会」の皆さんが山車人形の製作に取り掛かっており、頭と本体、衣装の製作に始まり、衣装の着付け 屋台の点検準備、備品の取り付けをして4月末の完成を目指している
下錦区山車収納庫現在、人形の骨組みや外形を造る製作場所から、仕上げをする下錦区の山車小屋(三国郵便局前)へ移動する頃である 毎週火・木曜日の夜に製作が続けられる

囃子方の太鼓・三味線・笛の練習も3月下旬から始まる
三国町内の5つの小学校と、中学校の郷土芸能部員が参加する予定で、毎週3回2ヶ月間の稽古を積み本番での披露となる

山車巡行には、囃子方の子どもたちが乗る花車や祝儀の品を運ぶ荷車も行列に加わる それらの手配と飾り付けも行われる

備品の高張提灯、弓張提灯の点検修理も行われ、大太鼓・締太鼓、山車を飾る水引などの準備も抜かり無く行わなければならない

祭が近付くと、関係官庁との警備の打ち合わせがある 警察、消防を始め、電線等の高さの確認を巡行全路で行わなければならない
休憩場所や弁当・酒肴を手配して、渡り初めの前には、山車の車輪軸にとりもちの取り付けをする 山車の飾り付けや音響・照明器具も設置する

祭当日の山車巡行に直接関る人は、舵棒、梃子棒、電線上げ、曳き手、花車、荷車など一つの山車で50名以上が必要となる 区民の数の少ない町内は、ボランティアやアルバイトを頼まなければならない

そのような準備をして、5月13日の「渡り初め」で最終確認をして、5月20日(日)の三国祭巡行本番に臨む

近々「三国祭保存振興会」のホームページもアップしますので、ご覧戴きたい
また巡行マップも作って、祭の当日に町内各所に置きますので祭見物にお役立て下さい

みくに史学会では継体天皇に関する研究成果を三国祭期間中に「三国湊町家館」においてパネル展示をする計画がある こちらも見逃せない企画である

 

 



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2007年02月25日

三國湊町衆之会

三國湊町衆之会平成8年(1996)三国湊の景観等を考える民間団体「三國湊町衆之会」が発足した 多方面で活躍する人たち25 名ほどが集まり、三国湊の景観や歴史文化について議論をしながら、活動を続けてきた
その町衆たちの基本的な思いを表現したものがあるので紹介する

 

 

 

        三國湊町衆之会 心得七箇条

一、湊町三國を愛し、町衆としての誇りと気概を持つこと

一、事の判断をなすにあたっては町衆の輿論に基づくこと

一、歴史の知恵と伝統の精神を重んずること

一、町衆が共有する「精神の形」としての言語、風俗習慣,

    民話、芸能等の諸文化を継承し理解を深めること

一、町衆にとって価値のある町屋・まちなみの他、有形無形

    の文化財・史跡の発見に努め、その意義を明らかにする

    こと

一、日常の生活様式、自治活動の運営方式を尊重すること

一、祭や年中行事に積極的に参加し、精進すること

 

町衆たちはこの行動指針をもとに日々を送ったが、岡倉天心と関係があるとされた町屋の保存をめぐって意見に相違があり、一時活動は休止となっている 

この町衆の精神に基づく活動は、その後発足した「三國湊会所21.,」に引継がれ、さらに平成13年三国湊の各種民間団体を網羅し、行政も巻き込んで設立した「みくに歴史を生かすまちづくり推進協議会」へと発展していく

その中から「三国湊魅力づくりプロジェクト」を起こし、三国湊の再生を図る努力が続けられている

 



2007年01月08日

ナホトカ号重油流出事故から10年

ナホトカ号重油流出事故記念碑ナホトカ号重油流出事故記念碑

 

 

 


昨日7日は「ナホトカ号重油流出事故」発生から10年目の日である
事故から1年後に建立された記念碑には次のように記されている

「平成9年(1997年)1月2日に日本海の隠岐島沖で船体が破断、沈没したロシア船籍タンカー「ナホトカ号」の船首部分が漂流を続け、7日の午後ここ三国町安島(海岸から200m沖合)に漂着しました。
 越前加賀海岸国定公園に面した美しい海岸線は、瞬く間にまっ黒な重油に覆われ、辺り一面異臭が立ちこめ、住民は恐怖と絶望に怯えました。この海岸線一帯は岩ノリ、サザエ、アワビ、ワカメ、ウニ等の天然の良好な漁場で、翌8日から地元漁民、住民等が一日も早くきれいな海をとり戻したいとの一念から、柄杓、バケツを手にして重油回収に立ち上がりました。この状況が全国に報道され、各地から多くの方々が駈け付けてくださいました。
 冬の日本海の厳しい気象状況の中で、作業は困難を極めましたが、延べ4万人を超えるボランティアの方々や自衛隊員の献身的活動に支えられ、約3ヶ月に及ぶ回収作業の結果元の美しい姿を取り戻すことができました。
 4月20日には漂着以来103日ぶりに船首部分も撤去されました。この間の関係各位のご努力とボランティアの方々のご協力に心から感謝の意を表します。
 大量の重油が海岸線に押し寄せてきたこの災害は、改めて海、そして自然の尊さを認識させたものであり、この教訓を後世に伝えていくために、ここに碑を建立するものです。
   平成10年1月7日
        三国町長 半澤政二                」

1月7日漂流する船首は一時石川県方面へ向かうも、強い北風に押し戻されて安島海岸に漂着することとなった 昼前からその船首を確認し行方を見守っていたが最悪の結果となり、重油に汚れた茶色い大波が海岸へ打ち寄せてくる 安島一帯は重油の臭いが立ち込める 次第に人が集まりだしたが、余りの重大な事態に声も出ない 
その後、人海戦術の除去作業が続いていく 三国の冬は強風が吹き雪も舞う厳しい気象状況の中、危険な岩場が続く海岸で、重油を汲み取り、岩を、石を拭いて、砂浜では少しの油も見逃さずに砂を漉す、何時美しく綺麗な海になるのか誰も分からない中で黙々と作業が続いていく
雄島三国の人間だけでは、どうしようもない大量の重油であったが、全国から10万人ともいわれる多くのボランティアの方々や、自衛隊の人たちの献身的なお力、また援助物資、義捐金など、温かい心が支えとなって、漸く地元安島地区の雄島祭りの日、4月20日に船首部分が撤去されて、見通しをつけることができた
全国の皆さんに心から感謝致します 有り難うございました
東尋坊2年前(1995)に起こった阪神・淡路大震災の災害復興ボランティア活動の経験・教訓が三国の重油災害復旧に活かされたことは幸運であった 三国での復旧ボランティア活動のノウハウは「福井方式」として、2004年7月の「福井豪雨」など全国の被災地で活かされている 
船首が漂着した三国は、全国から注目をされて大きな支援を頂いたが、重油災害は北陸を中心として1府9県の広範囲に影響が及び、それらの地方はより厳しい努力があったと思われる
しかし、表面上の美しさとは違って、海中の生物への影響は厳しく、その後何年にもわたって不漁が続いていく

 

 



2007年01月01日

三国湊から謹賀新年

初日の出

 

 

 

 

謹賀新年

昨年に続いて、快晴の元旦となった
竹田川畔の汐見からは美しい初日の出を望むことができた
右側の三角形が荒島岳だ

みくに龍翔館

 

 



2006年12月30日

三国湊は冬となる

三国湊は冬景色三国湊の荒磯






三国湊は28日の夕方から風雪が強くなって、29日の朝は10cm弱の積雪となった 波浪も6mほどと大荒れで、陸上も歩くのが困難な強風の時もあった
12月は暖かかったが漸く冬の到来となった

今年は異常気象といわれる現象が多かった年のように思える 昨年12月から今年3月にかけては「平成18年豪雪」と命名されたように、雪がよく降り気温も寒い日が多かった 春も不順で日照が少なく、7月には記録的な豪雨となったかと思うと、8月は逆に記録的な少雨で暑かった 秋は温暖な日が続いて、三国湊で冬になったと感じたのは12月29日である

雄島の波浪

大湊神社

 

 

 



年末の三国港その様な中にも新年を迎える準備が見受けられる
安島の大湊神社では氏子が正月準備をしている
三国港では漁船が正月飾りをしている  船内には神棚があって、お神酒や鏡餅を飾って、マストには大漁旗と松竹などを掲げる 

東尋坊は正月の休暇の観光客で賑わっている

東尋坊

来年は良い年でありますように



2006年12月25日

三国湊は今年最後の良い天気

三国湊の雄島海岸三国湊の福良海岸

 

 




今朝の三国湊は放射冷却で氷点下に冷え込んだ
海にも霧が出て、安島の海岸から見る遠くの海は幻想的だ
雄島と東尋坊間の湾である福良(ふくら)海岸は明るい陽が射して輝いている
明日からは冬型が強まっていき、大きな青空を眺められるのも今年最後になりそうで、港のカニ漁船も今日が最後の出漁となる模様である

 



2006年12月06日

三国湊の報恩講

報恩講浄土真宗本願寺派の我家は今日が報恩講の日である
報恩講は宗祖親鸞聖人のご苦労をしのび、そのご苦労を通じて、阿弥陀如来のお救いを頂くことを、改めて心に深く味わわせていただく法要であります
お仏壇には赤い蝋燭を立て、住職と役僧と家族一同が仏前で合掌をして正信念仏偈を読経する
日々の礼拝も疎かな身にとって、年に一度の心が引き締まる行事であり、改めて如来の恩徳を思い直す日としたい

その教えは、阿弥陀如来がまだ法蔵菩薩であった時、一切の衆生が自分の浄土に往生できなかったら、私は如来に成らないという誓願を立て、無限の時間にわたる修行を行い、その誓願を成就して阿弥陀如来になったという
法蔵菩薩の48の誓願の中の第18番目の誓願が
「設我得佛十方衆生至 心信楽欲生我國乃至十 
 念若不生者不取正覚 唯除五逆誹謗正法」
である
一切の衆生が、阿弥陀如来に帰依することで浄土に往生できるという教えである
「教行信証」の「帰命は本願招喚の勅命なり」というお言葉を胸において、ただ南無阿弥陀仏の名号を称えるばかりである

我派にとって、特別大切にしなければならない太子七高僧がある
太子とは聖徳太子であり、親鸞が比叡山で求道に行き詰って、大阪磯長(太子町)にある太子のご廟に参り、その解決の道を問うた
不眠不休の祈願のため失神したが、夢の中で「磯長の夢告」があり、それによって一層の修行に邁進されたという
七高僧とは龍樹菩薩、天親菩薩、曇鸞和尚、道綽禅師、善導大師、源信和尚、源空上人であり、そのご恩については正信偈の中に記されている
ブッダから根本分裂、枝末分裂を経て大乗仏教が起こり龍樹が「中論」等を著わすことから始まり、七高僧を辿ることによって、浄土教の思想を少しでも解りたい
また鳩摩羅什などの天才の仏教理解のための貢献の足跡ももっと深く知っていきたい

人間にとっての「死」という根本不安を哲学的に解決することはできないであろう
哲学は真理を探求することがその使命であり、常に真理への到達途上にあるものである 他方、宗教は真理を信じることである 
パウル・ティリッヒによれば「哲学と宗教とは、非所有と所有、問うことと答えることの中に立っている」という 哲学は真理への途上であるが、宗教は真理をすでに獲得所有しており、それによって答えるのである
それは宗教者が辿りついた真理から答えを見つけ、それを一心に信じることによって根本不安が解消し、人間の全存在の救済が行われるということであろう

こんな話を寺から聞いたことは全く無いのが不思議だが、今夜は久し振りに宗教について思ってみたい





 

 



2006年11月21日

三国湊は小春日和

三国湊きたまえ通り三国湊きたまえ通り






       三国湊町家館と旧岸名家    三國湊座とカルナ

今朝は8時半頃まで濃い霧が立ち込めた 
霧がはれると、快晴となり最高気温も午後には16.4℃まで上昇した
三国湊の旧森田銀行本店あちらこちらで、落ち葉の始末をする人や、冬支度に精を出す人など、思い思いに少なくなった良い日を大切にしている

魚の天日干し

 

 

 

 

旧森田銀行本店

魚屋さんもアカガレイを道路に出して干している
強い陽射しに透けて見える 美味しく干し上がるのだろう

三国湊の荒磯遊歩道付近三国湊の紅葉

 



2006年11月18日

三国温泉かに祭

三国温泉かに祭三国湊のサンセットビーチでは今日と明日の2日間「三国温泉かに祭」が開かれている
幸いにも昨日全船が多くのカニを水揚げして、カニの質量ともに申し分がない 
その越前ガニを求めて、県内外から多くの人が訪れている
今日も海が穏やかで、沖から多くのカニを獲って帰っカニの水揚げている


カニのほかにも三国湊の名物が販売されている



カニの仕分け



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三国湊の野道

三国湊の未来館の銀杏三国湊の未来館の桜

 

 

 


三国湊の「みくに文化未来館」にある欅はほとんどが落葉してしまっているが、隣の銀杏は未だ半分くらいが残って黄葉を見せている 桜も僅かの葉が紅くなって晩秋を彩り、通る人を楽しませている

三国湊の初冬の花街の中にも、山茶花など冬の花が朝日を受けて綺麗である

三国湊は市街地であるが、未来館と中央通り、駅前通り、上ハ町通りに囲まれたところに、湊唯一といってよい広い畑地が残っている その真ん中を一本の細い道が通っていて、神明地区と駅付近を結んでい三国湊の野道る 昔から神明地区に住む中高生や、電車通勤の人たちは学校や駅に向かう近道として利用している 住民は「野道」と言えばこの道を指し、湊では珍しく広々とした空間で、畑仕事を見ることができる場所である 傍らに肥溜めもあって、特に雪原となって道自体がわかり難いときなど、嵌まりはしないかと案じながら通ったものである
そんな肥溜めも何時しか無くなり、野道を取巻く畑地三国湊の葱畑は見事な葱畑となって独特の香りがしている


 



2006年11月15日

三国湊は少しずつ冬へ

三国湊の北部海岸三国湊の雄島

 

 

 


三国湊の今日の最高気温は13.4℃と肌寒い一日であった 寒冷前線が通る度に少しずつではあるが、確実に寒く冬に近付いているのが良く分かる

三国町の安島区は岬となっており、西と北に開けていて、先端沖に雄島が浮かんでいる 左の写真は東を望んでいるが、崎、梶、浜地区と続いて遠く石川県へと伸びる砂浜を見ている 越前松島の岩礁に囲まれるように水族館がある

 

 

 

 

 



2006年11月11日

三国湊は冬の色

東尋坊より雄島を望む東尋坊

 

 

 


三国湊は冬型の気圧配置が強まってきて、空も海も冬の色が濃くなってきた
間もなく雨が強く降り出し、北よりの風が強まって、海は大荒れとなる
冬の三国湊は光が射すことが少なく、モノクロームの濃淡だけの世界となる 人が街を歩く時も、背を丸くして下を向いて黙って急ぎ早に進むことが多くなり、暖かい家に辿り着いたときのホッとする嬉しさは他の季節にはない

東尋坊はカニの解禁明けで人が出ているが、多くは店の中で越前ガニを中心とする海の幸を堪能している

カニ漁船も時化を察知して早めに港へ帰って、夕方の競りの準備に取り掛かっている



2006年11月07日

三国湊の立冬

セイコガニ三国湊の今日は西よりの風が強く、10mを超える風が吹き続け、海上は5〜6mの高波でカニ漁も休みとなった 気温も夜中から下がり続けて、午後2時には7.8℃と寒い大荒れの日となった 勝山市のスキー場では雪が積もって、福井市はアラレが降った まさに立冬という感じである

セイコガニ家では昨夜採れた越前ガニのセイコが食卓に上がり、私は初物4ハイをたいらげて大満足の夕食であった

 

 



2006年11月06日

越前がに漁解禁しました

三国港魚市場本日午前0時に越前がに漁が解禁となり、漁場で待っていた三国港の14隻の漁船が一斉に今シーズン最初の網を入れた
夕方には帰港して、午後6時の競りを待つ 
例年以上のセイコがにの豊漁で市場は活気付いた
競り落とされたかには早速魚屋で茹で上げられ、三国湊にはかにの風味が漂い、冬の到来を感じることがで越前がに ズワイきる そういえば明日は立冬だ  来春のお彼岸までが漁期で、まさに冬の味覚の王者である

「三国温泉かに祭」は18日(土)・19日(日)にサンセットビーチで開催され、県内外から多くの人が訪れて日本一のかにを賞味することとなる

越前がに セイコ

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2006年11月05日

三国湊の「寿歌」

三國湊座の「寿歌」会場三國湊座で「寿歌(ほぎうた)」が上演されており、本日午後8時からが最後の舞台となる
多くの演劇ファンが集まっている
舞台は三國湊座の奥にあって、三國湊座の奥の壁面を抜け外へ出て、ライトで照らされた細長い緑の広場を通るころから不思議な気持ちになってくる 案内された所は見たこともない四方を大漁旗で被った奥に長い空間が現れる 大漁旗の外はネットがあるだけで、外部とは薄い布だけで隔てられている
 
舞台は客席と同じ高さのフロアで、中央部が数十センチ高く広くなっている

芝居が始まった

 
三国湊でこのような演劇が上演されたことがうれしい


 


 

 

 



2006年11月02日

三国湊は楽しい秋

三国湊では明日から3日間にわたり、2つの催し物がある

三國湊座では演劇「寿歌(ほぎうた)」の公演がある
 3日間ともに、PM7時会場、8時開演となる

道の駅では「花らっきょ祭」が開かれる

らっきょの花らっきょ畑

 

 

 

 

両方とも是非ご来場を

三国湊は街中も郊外も多くの人で賑わいそうである

夕方のサンセットビーチ

 

 



2006年10月31日

三国湊も松くい虫の被害 テクノポート福井

三国湊の海岸は黒松林が続いており、白砂青松などといわれるように、また岩場にも美しい自然をつくっている 厳しい自然に耐えることができる数少ない木でもあり、「三国町の木」にも「黒松」が指定されていた 

東尋坊福良より雄島を望むそんな美しい三国湊の海岸も「松くい虫」の猛威によって、多くの松が枯れる被害に遭っている 
東尋坊の福良の海岸から雄島を望んでいるが、赤くなっているところは松くい虫の被害を受けた松である

 

春のあはれは わがかげの

ひそかにかよふ松林

松のちちれを ひろひつつ

はるかにひとを思ふかな

三好達治が愛した三国湊の詩情豊かな松林も、当時とは随分と趣が異なってしまったのだろう

 

三里浜緩衝緑地三国湊のテクノポート福井は昭和40年の中頃に計画され、当時としては最先端の環境に配慮した設計がなされた 工業地帯と従来の畑作地や村落を分離して、既存の保安林の代替施設として、防潮、防風、飛砂防止機能を維持し、背後地の生活環境を保護するためにグリーンベルト(三里浜緩衝緑地帯)を設置した
様々な種類の樹木が植えられて、30年も経った現在大きく成長して立派な緑地帯を形作っている 
その概要は次の通りである 総面積:約135ha  幅:約180m  平均高:約24m  延長:約10km  エントランス広場5箇所、芝生広場14箇所、散策道などがある
成長した緑地帯にあって、松だけは松くい虫の被害で赤茶色に変色し、除去作業が行われている

亀島三国から南西12km先の福井市蓑町にある「亀島」は三国湊から良く見ることができる親しみのある島である 亀にもバスにも似た特徴的な形をしているが、松くい虫にやられて島の外形が変わってしまうほどの被害を受けている


越前海岸鉾島付近より雄島を望む

現在、松くい虫の被害は北海道と青森を除く全国に広まっているというが体長1mmにも満たない「マツノザイセンチュウ」という線虫が松の体内に入ることで引き起こされる その線虫を松から松へ運ぶのが「マツノマダラカミキリ」という虫で、松くい虫被害防除対策の大半は、この虫を駆除するものらしい

早急に徹底した強力な対策を採っていかないと、美しい海岸の風景が損なわれてしまうことになる また昔から大切に育てた松が失われることは非常に寂しい重大な問題である



2006年10月27日

三国湊は良い日和

帰港帰港

 

 



三国湊は穏やかな秋晴れとなり、風も弱く好日である
最高気温は20℃には届かないが爽やかである

港では午後4時頃から漁を終えた船が帰港し始める
岩場や水面に羽根を休めていたカモメや鴨たちは、船が近付くと一斉に飛び立っていく

あと10日もすると、かに漁が解禁(11月6日)となり港は一層活気を見せる



2006年10月25日

三国湊歴史を生かす街づくりイベント

みくに龍翔館

三国湊の魚志楼

 


 

 

「三国湊歴史を生かす街づくりイベント」が、11月23日(祝)にみくに文化未来館を会場に開催される

北前船の寄港地として栄え、今なお住民や、民家・町並みにかつての歴史文化を残存させている福井県三国町において、歴史を生かした町づくり、民家の保存・修復そしてその活用が行われている。
三国の歴史文化の深層を再発見する文化イベントを行い、三国湊における地域活性化活動の新たな可能性を探求する。

このような趣旨で行われる 以下コンテンツを紹介する

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挨拶 西川一誠福井県知事

1.基調講演 13:00〜14:30                   
  
「みくに歴史文化の深層とその魅力」

  講師 中沢新一 人類学・宗教学者・哲学者

2.シンポジウム 14:45〜16:30            
  
「三国湊の可能性」                             

  出演者 川上洋司 福井大学教授

       戸田正寿 デザイナー

       松村忠祀 福井市美術館長
              三国湊魅力づくりプロジェクト実行委員会会長

       石田隆代 さくら通りカフェ代表

  司 会 福嶋輝彦 (有)PTP 代表取締役
              三国湊魅力づくりプロジェクトコーディネーター

  主催 三国湊魅力づくりプロジェクト実行委員会
  助成 芸術文化振興基金
  後援 福井県、坂井市、福井新聞、福井放送、福井テレビ、FM福井

  会場 みくに文化未来館
  会費 500円

    お問合せ 三國湊座 0776−81−3921

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 多くの方々のご来場をお待ちしております
      

 

 


 


 

 



2006年10月24日

三国湊の11月のイベント情報

「寿歌(ほぎうた)公演」 
  11月3日(金)〜5日(日) PM7開場 PM8開演 
  三國湊座

三国湊のらっきょの花

 

「花らっきょ祭り」 
  11月3日(金)〜5日(日) 
  道の駅「ふれあいパーク三里浜」


三国湊の越前ガニ

 

「越前がに漁解禁」 
  11月6日(月)
  三国港


三国湊の「三国温泉かに祭り」

 

「三国温泉かに祭」 
  11月18(土)・19日(日) 
  サンセットビーチ駐車場


三国港

「三国湊歴史を生かす 
       街づくりイベント」
 
   11月23日(祝)
  みくに文化未来館



2006年10月23日

三国湊で「寿歌(ほぎうた)」演劇公演

三國湊座三国湊の人たちと演劇界の鬼才といわれる中島陽典による演劇「寿歌(ほぎうた) 〜タツジとカセン〜」の公演が、11月3日(金)、4日(土)、5日(日) (午後7時開場 8時開演)に、三國湊座を会場に開催される

三国湊魅力づくりプロジェクト実行委員会・三國湊座の主催で、nakajima theatre company のプレゼンツで行われ、三国湊と東京の演劇人が結集して作っていく

現在三国湊で厳しい稽古と芝居小屋づくりが行われている

お問合せ 三國湊座 0776−81−3921


是非ご覧いただきたい



 

 

 



2006年10月22日

福井県高校生現代アートビエンナーレ

「帷(とばり)」第1回福井県高校生アートビエンナーレ表彰式

 

 

 


坂井市では「ONO MEMORIAL」の積極的な活用の一環として、福井県内の高校生を対象としたコンペティション、「第1回福井県高校生現代アートビエンナーレ」を開催し、去る7月17日に国内一流の美術家による審査を行った その表彰式が、昨日みくに文化未来館で行われた 
今回のコンペに参加した高校生たちは、過去の経験とは異なる、小野忠弘が一番大事にした「自由」な中に、新しいイメージを浮かべ創造的想像力を働かせ、美や崇高性を支える人間性の普遍性に訴えることができたのでしょう
昨年の今頃、三国湊では国民文化祭の現代美術部門が、街中を創作展示会場として開かれ、来町者や住民に不思議なエネルギーを与えていたが、今回も同様な力を感じることができた
作品は「ONO メモリアル」で1ヶ月間展示される



2006年10月14日

三国湊の「三国港駅と親しむフェスタ」 テキ6 眼鏡橋

三国湊のえちぜん鉄道三国港駅には早朝から多くの鉄道ファンが集まっている
三国湊の線路を走った懐かしい電車が展示されている

今朝の三国港駅でのテキ6と521、522の写真を紹介する

テキ6テキ6

 

 

 

 

テキ6と521&522521と522

 

 

 

 

テキ6は日本で現存する最古の電気機関車で大正9年に製造されたという
小さな電車で長さ約7.3m、巾2.4m、高さ3.7m えちぜん鉄道の主な電車の大きさは長さ約19m、巾2.8m、高さ4.1mほどであるから 体積は3.4分の1しかない
今日は特別に運転席にも入ることができて、子供たちはテキ6の足踏み式の警笛を鳴らしていた
テキ6のレトロな外観も、狭い板張りの内部も実にシンプルで優しい感じがする
テキ521は重戦車のような出で立ちで中央上部に狭い運転席がある この電車は三国芦原線を良く走っていた記憶がある

テキ6車内テキ521車内 向こうはテキ6

 

 

 


    テキ6車内             テキ521運転席

えちぜん鉄道社員の誘導で、通常は立ち入ることのできない「眼鏡橋」の内部に入り、「ねじりまんぽ」の幾何学的な煉瓦積の美しさと技巧に驚嘆した
駅舎前では、駅前の魚市場で水揚げされた「甘エビ海鮮雑煮」が振舞われ、駅舎内では、三国港駅や三国港突堤の歴史が紹介され、多くの人たちで賑わっていた
えちぜん鉄道甘エビ海鮮雑煮

 

 




「三国港駅と親しむフェスタ」の資料から
                                          「テキ6」と「眼鏡橋」を紹介する


<えちぜん鉄道所有 「テキ6形6号」のデータ>
サイズ:長さ7271mm 幅2430mm 高さ3710mm
型 式:ブリル21E
制動方式:入れ換え空気ブレーキ及び手用
制御方式:直接制御
テキ6・本体は、木造に鉄板張りです
・動く電動機関車としては日本最古のものです
・大正9年(1920年)に梅鉢鉄工所で製作された電動貨車で、 昭和40年に車体を更新しました
・かってはもっぱら京福電鉄越前本線で貨物を 運んでいました
・近年は、福井口車庫で入れ換え作業に従事しています

<国登録有形文化財「眼鏡橋」について>
三国湊の眼鏡橋この橋は、北陸線から三国へ支線が敷設されたことにより、大正2年(1913)に建設されました 橋の形式は、斜角右60度のアーチを描く、半円断面のトンネルです 煉瓦造りの「ねじりまんぽ」と呼ばれる珍しい技術を採用しているところに特徴があります この技法は、明治初期からの約40年ほどの期間に、関西を中心に用いられました 現在、全国に29箇所しか確認されていません 県内ではこの橋のみです 平成16年(2004)に貴重な近代化遺産として、国の登録有形文化財に指定されました



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2006年10月13日

三国湊の鉄道記念日

えちぜん鉄道三国港駅三国湊の「えちぜん鉄道」三国港駅では14日の鉄道の日に合わせて、記念のイベントが行われる

日本最古の電気機関車テキ6の展示があるが、基地である福井口駅を本日13日PM11:50に出発をして、真夜中の坂井平野を自走して14日AM1:09に三国港駅に到着の予定である 
またラッセル車テキ521−522は14日AM5:00福井口駅発、AM5:46三国港駅着で夜明けの平野を走ることになる

三国湊の「眼鏡橋」また、三国港駅に隣接する「眼鏡橋」の見学も行われる

 

 

以下がえちぜん鉄道HPの内容である

鉄道の日記念イベントについて(10・10)

14日(土)に、鉄道の日イベントを開催します!
時間:10時〜15時
場所:えちぜん鉄道三国港駅
内容:
・動く日本最古の電気機関車テキ6の展示
・ラッセル車テキ521−522の展示
・ミニチュア電車運行(無料)
・鉄道パネル展(みくに龍翔館による)
・えちぜん鉄道グッズ販売
・甘エビ寿司販売
・11時〜14時限定で、甘エビ海鮮雑煮をお求めいただけます。えちぜん鉄道でお越しの先着250名様は無料でお召し上がりいただけます!



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2006年10月09日

三国湊は久しぶりの秋晴れ

三国湊は秋晴れ

三国湊は久しぶりに晴天に恵まれ、秋を屋外で楽しむ人が多く見受けられる
早朝から、ウォークラリーの家族連れが街中を歩いている 
三国湊からもえちぜん鉄道利用促進会主催の「えちぜん鉄道・福井鉄道で行く 武生まちあるき」のツアーが出発したリンク
白山は初冠雪で三国湊からも見ることができる 今日の三国湊の最低気温は13℃と少々冷えたが、あと一月もすると平地でもアラレの降る季節となる 秋の季節の移り変わりは大変はやい
 
春日神社はお祭り宿地区の春日神社では以前は10月10日が中日と決まっていたが、この頃は3連休に合わせて秋の例大祭が行われている 神社の森を池が囲んで、船も浮かべられている 地区から神社へお参りする参道には橋が架かり、大変に風情を感じさせる所である 昔は大人の相撲大会なども行われ、力自慢の若者が勇んで参加していた

サンセットビーチはサーフィンのシーズンサンセットビーチは猛烈な低気圧の影響で5mの高波がうねっていたが、波もしずまりサーファーたちが波乗りを楽しんでいる これから波の高い日が多くなってサーフィンの季節が始まる



三国港も良い天気港は春日神社のお祭りで休漁日となっており、大漁旗を掲げて船が停泊している


 



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2006年09月28日

三国町のあゆみ 〜明治・大正・昭和・平成〜 誕生から閉町まで

三国高校の坂段より三国神社の森を望む

 

三国町のあゆみを
  三国町閉庁式の資料より紹介する

 

 

 


<明治>
・明治22年 2月市町村制実施により三国町誕生
        6月港名通称を坂井港から三国港へ改称
・明治24年 役場庁舎竣工
        7月三国警察庁舎、平木地籍に新築
・明治25年 三国と芦原を結ぶ芦原新道開通
        龍翔小学校を三国尋常高等小学校を改称
・明治27年 日清戦争起こる
        5月株式会社三国米穀取引所開業
        7月森田銀行創立
・明治28年 九頭竜川氾濫
・明治29年 木部堤防水害予防組合結成
・明治30年 9月北陸線、福井ー小松間開通
・明治32年 9月三国商業銀行設立
        10月伊藤博文卿一行が来町
        11月新保橋架橋
・明治34年 九頭竜川改修工事着工
・明治36年 竹田川水害予防組合結成
・明治37年 日露戦争起こる
        片川水害組合結成
・明治39年 南越遠洋漁業株式会社創立
        三国南尋常小学校、中元地籍へ新築移転
・明治40年 九頭竜川汐見地籍に桜を植栽
        小学校の尋常科が義務制
・明治42年 5月坂井郡立女子実業学校創立
        大正4年まで三国祭山車巡行を中断
        三里浜に陸軍演習場と兵舎が置かれる
        10月室生犀星、みくに新聞に入社
・明治43年 九頭竜川改修工事完成
・明治44年 4月三国電灯会社送電開始
        12月三国支線開通

<大正>
・大正 2年 底引き漁業始まる
・大正 3年 第1次世界大戦起こる
       龍翔小学校校舎取り壊し
       7月三国支線の三国ー三国港間が開通
       三国商業銀行が破綻休業
・大正 6年 1月三国病院、今新地籍へ移転 
       10月九頭竜川氾濫
・大正 7年 富山県で米騒動、三国町で救済会設置
・大正 9年 町内初の鉄筋コンクリート建築物、
       森田銀行本店竣工
・大正10年 9月九頭竜川氾濫
・大正11年 県立三国中学校創立
・大正12年 汐見桜保勝会を設立
・大正13年 4月ニューヨーク児童大学パーカスト女史
        三国南小学校の自発教育を参観
        三国・芦原電鉄株式会社設立
・大正14年 普通選挙法公布で、町議の総選挙実施
        3月役場庁舎兼公会堂竣工
        三国町・芦原町・雄島村で三郷繁栄会結成、
        海水浴場の充実を図る
・大正15年 坂井郡役所廃止
        4月女子実業学校が県立三国高等女学校に

<昭和−戦前
・昭和 4年 1月三芦電鉄芦原・三国線開通
        7月三国海洋少年団結成
       12月瀧谷寺庭園、国名勝指定
・昭和 5年 森田銀行、福井銀行と合併 
        新保橋コンクリート化
        8月丸岡藩砲台跡、国史跡指定
・昭和 6年 4月三国町・新保村組合役場設置
・昭和 7年 1月三芦電鉄福井ー東尋坊口間全通
        7月三国漁港修築工事竣工
        12月昭和6年の火事で校舎消失し、三国南
        尋常小学校、山上西地籍へ移転
        浜四郷らっきょう組合連合会設立
・昭和 9年 3月三国支線にガソリンカー走る
・昭和10年 6月東尋坊が国名勝天然記念物に指定
・昭和11年 4月県三国土木出張所を設置
・昭和12年 4月雄島橋架橋
・昭和14年 第2次世界大戦起こる
        消防組を解散、警防団創設
        三国警察庁舎を平木地籍内に移転新築
・昭和15年 2月平山に農民道場設置
・昭和16年 4月三国病院、元新地籍へ移転新築
        昭和21年まで三国祭山車巡行中断
        太平洋戦争起こる
・昭和17年 三国町・新保村組合役場を解散
・昭和19年 三国支線三国・芦原間廃線
        3月三好達治、三国町へ疎開滞在
・昭和20年 8月太平洋戦争終結

<昭和−戦後>
・昭和21年 三国支線、金津・芦原間が復活
・昭和22年 2月宮川秀雄氏、町長に就任
        4月六・三制の小・中学校始まる
・昭和23年 4月県立三国高等学校発足
        6月福井大震災で被害、その後に豪雨災害
・昭和24年 役場庁舎、下台地籍に新築
        三国・雄島・加戸組合立中学校設置
        竹田川護岸工事改修工事
・昭和25年 組合立中学校に新保村も加わる
        九頭竜川堤防の嵩上げ工事着工
        ジェーン台風の被害甚大
・昭和26年 7月井上太蔵氏、町長に就任
・昭和27年 豪雨被害
        12月光成滋氏、町長に就任
・昭和28年 4月モーターボート事業始まる
        10 月三国町観光協会発足
・昭和29年 3月三国町・雄島・加戸・新保村合併
        三国町建設計画書を策定
        三国北小、町初の鉄筋コンクリート校舎新築

・昭和30年 7月芦原町から4区が編入
        都市計画街路三国駅前線完成
        港橋を架け替え
・昭和31年 役場新庁舎を錦地籍へ移転新築
        4月雄島・加戸・新保出張所を廃止
・昭和32年 1月浜四郷・坂井村から13区編入
        8月三国高校野球部甲子園初出場
        11月合併建設祝賀会開催
・昭和33年 3月護岸道路が完成
        三国病院、汐見地籍へ移転新築
        7月汐見橋が竣工
        11月坂井村から1区編入し、現在の町域に
        4月成田山福井別院創設
        昭和41年にかけて石油5社河口に進出
・昭和34年 3月県道三国ー敦賀線(海岸道路)開通
        5月越前松島水族館オープン
・昭和35年 三国消防庁舎、錦地籍に新築
・昭和36年 室戸台風の被害甚大
・昭和37年 3月東尋坊温泉湧出
        竹田川汚染問題起きる
        8月第1回三国夏祭り開催
・昭和38年 1月大豪雪で被害甚大
        三国海洋少年団復活
・昭和39年 3月「三国町史」を発刊
        4月東尋坊ファミリーランドがオープン

・昭和40年 4月九頭竜川が1級河川に昇格
        東尋坊レーダー観測所設置
        7月消防本部設置
・昭和41年 11月新保橋架け替え
        この頃からラッキョウの販売が伸びる
・昭和42年 8月第1回少女バレー大会開催
・昭和43年 4月浜四郷小学校と新保小学校を統合して
        三国西小学校を設置
        5月越前加賀海岸国定公園の指定
        7月競艇場を池上地籍に移転
        9月第23回国体夏季大会(ヨット競技)開催
        9月上水道給水開始
        10月国体秋季大会(サッカー競技)開催
・昭和44年 6月納税組合連合会結成
        11月第1回町民文化祭開催
・昭和45年 4月半澤政二氏、町長に就任
        4月県道敦賀三国線が国道305号線に昇格
        6月三国町文化協議会発足
        8月官公庁団地の造成始まる
        10月池上地籍に三国・芦原・金津環境衛生
        組合により葬祭場建設
        11月福井臨海工業地帯火力発電所着工
・昭和46年 3月福井臨海工業地帯造成計画に基づき
        重要港湾に指定
        4月国営坂井北部丘陵地開拓事業開始
        10月社会福祉センター竣工
        11月「三国近代文学館」を発刊
        11月光成滋氏が名誉町民第1号に
・昭和47年 1月町立三国病院が汐見地籍から官公庁
        団地へ移転新築
        2月国鉄三国線廃止
        7月福井臨海工業地帯建設起工式
・昭和48年 1月町立図書館新築
        4月公共下水道建設8ヵ年計画始まる
        8月官公庁団地に役場新庁舎竣工
        8月高知県土佐山田町・香北町・物部村と
        姉妹都市
        11月三国ショッピングセンター開業
・昭和49年 1月三国南小学校新築
        4月金津笹岡に清掃センター建設
        8月三国高校2度目の甲子園出場 

・昭和50年 4月運動公園建設事業始まる
        4月官公庁団地に消防庁舎竣工
        代官山墓地造成
        8月三国高校3度目の甲子園出場
        10月雄島小学校改築
・昭和51年 3月三国町総合計画を発表
        3月加戸小学校改築
        8月坂井郡環境衛生センターが稼動
        10月三国町民体育館が竣工
・昭和52年 1月三国町中央公民館が竣工
・昭和53年 4月西谷住居遺跡を発掘
        7月福井港が一部開港
        8月三国ポートタウンの分譲開始
・昭和54年 4月三国音頭を発表
・昭和56年 1月豪雪
        3月三国町第2次総合計画を策定
        8月花火大会が13年ぶりに復活
        10月三国大橋が竣工
        11月三国郷土資料館(みくに龍翔館)
        がオープン
        11月第1次住居表示を実施
・昭和57年 7月九頭竜川浄化センター竣工、公共
        下水道の供用および処理開始
        9月三国町陸上競技場が竣工
        10月第1回町民体育祭を開催
・昭和58年 3月駅前広場整備事業完了
        5月古河アルミ工業が操業開始
        8月第2次住居表示を実施
        9月運動公園野球場が竣工、池田高校
        を招く
・昭和59年 金津インター開通

・昭和60年 2月オンラインシステム窓口業務を開始
        4月第1次行政改革大綱を策定
        9月第3次住居表示を実施
        9月第1回こどものみくにを描こう展を実施
        10月加戸下屋敷遺跡で銅鐸の鋳型発見
・昭和61年 1月豪雪
        3月国営坂井北部開拓建設事業竣工
        4月陣ヶ岡へ学校給食センター新築移転
        5月北前船復元「辰悦丸」が寄港
        6月福井石油備蓄基地16基にオイルイン
・昭和62年 9月外国人英語教師が三国中学校に赴任
・昭和63年 4月みくに龍翔館のライトアップ開始
        8月三国北小学校、移転新築竣工
        10月山口ダムの県水受け入れ開始

<平成>
・平成元年 3月第3次三国町総合計画を策定
        3月東尋坊環境整備事業が竣工
        4月町民憲章を制定
        4月三国町運動公園が総合落成
        4月三国町百年史を発刊
        4月県坂井合同庁舎水居地籍へ移転新築 
・平成 2年 1月ふるさと創生事業でライトアップ事業に取り組む
        8月第32回自然公園大会を三国町海浜自然公園
        で開催
        10月シルバー人材センターを設立
        10月三国警察署が緑ヶ丘地籍へ新築移転
・平成 3年 8月国際派遣事業として英国カーディフ市へ使節団
        第1回派遣
         11月トリックアートフェスティバルを開催
・平成 4年 4月加戸公民館が竣工
       10月ゴミの分別回収を開始
・平成 5年 11月パープルタウン黒目造成事業竣工
       11月みくに文化未来館がオープン
・平成 6年 6月越前・加賀みずといで湯の文化連邦が発足
・平成 7年 4月えっせる坂が竣工
       11月三国温泉ゆあぽーとがオープン
・平成 8年 4月出世山古墳公園がオープン
・平成 9年 1月ロシア船籍ナホトカ号が漂着、重油流出事故発生
        4月タンカー船首部撤去、対策本部解散
        竹田川改修事業により、汐見区・道実島区が集団移転
・平成10年 3月第2次行政改革大綱を策定
        4月坂本憲男町長が就任
・平成11年 旧森田銀行本店がオープン
・平成12年 4月いきいき交流会館がオープン
        8月三国夏祭り最終回
・平成13年 2月みくに歴史を生かすまちづくり推進協議会が発足
        3月第4次三国町総合計画を策定
        6月京福電車、勝山の脱線事故で、三国芦原線も運行停止
        6月三国北前ストリーム2001を開催
        12月第3次三国町行政改革大綱を策定
・平成14年 4月景観まちづくり条例を制定
        4月小学校通学区域を一部変更
        5月ワールドカップメキシコチームがキャンプ
・平成15年 2月三国町環境基本計画を策定
        8月えちぜん鉄道三国芦原線全通
        10月ケーブルテレビ施設整備事業が開局
        10月フルーツラインが全通
        12月三国港突堤が国重要文化財に指定
・平成16年 5月旧岸名家がオープン
        8月三国町行政チャンネル放送開始
        8月坂井郡4町合併協議会を設置
・平成17年 3月合併協定書に調印
        4月福井港が開港
        4月福井港ボートパークが供用開始
        10月三国町男女共同参画推進条例制定
        10月ONOメモリアルがオープン
        10月国民文化祭の現代美術展及び漢詩大会を開催
・平成18年 3月三国病院が竣工
        3月11日三国町閉町式 117年の歴史に幕を閉じる
        3月20日坂井市が誕生

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  


 

 

 

 

 



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2006年09月27日

三国湊の秋の田圃

三国湊の秋の田圃三国湊と芦原温泉は4kmほどの距離であるが、その中間に加戸区がある そこから福井方面へ望んだ平野の様子である ほとんどの田圃では稲刈りが終わって何も無く、少々寂しい感じもする
中央の大きな建物は福井県の坂井合同庁舎で、現在三国商工会がある北本町から水居区へ平成元年に移転してきた 県税事務所、農林総合事務所、健康福祉センター、地方教育委員会連絡協議会などが入っている
加戸より芦原温泉を望む

加戸から芦原温泉を望んだ写真である 下には国道305号線が走っている

 



2006年09月24日

三国湊の秋の水辺の風景

サンセットビーチとエッセル堤秋の三国港

 

 

 


三国湊の秋の浜辺は夏の喧騒も終わって、ひんやりと静かで落ち着いている
サンセットビーチには誰もいない エッセル堤の先に伸びる新しい防波堤には多くの釣り人が糸を垂れているが渚にいては分からない
久しぶりの穏やかな日和とあって、三国港の漁船は漁に出ており、釣り客を案内する遊漁船も沖に出払って港の中は空っぽである
三国港駅を出発してすぐ眼鏡橋魚市場の隣の三国港駅からは、静かに電車が福井へ向けて出て行く

ホッと一息つける季節である

 



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2006年09月17日

三国町の成立と行政区

三国湊の全景 出世山古墳公園より三国町は前年の市制・町村制公布に基づいて明治22年(1889年)三国町と滝谷町の合併によって誕生した 
一般的に三国町制施行○○年とはこの時を起点としている
その後昭和29年旧三国町、雄島村、加戸村、新保村の1町3村の合併に始まり、
翌30年旧本荘村の竹松、西今市、藤沢、玉ノ江の4区(現在の東部地区)を編入する 
さらに32年には浜四郷村11区の内、横越、下野、西野中、、山岸、黒目、米納津、沖野々の7区(浜四郷地区)の分村編入 
また同時に坂井村、旧木部村の内、楽円、請地、川崎、池見、金井、野中、石丸、油屋の8区(木部地区)が分村編入により現在の三国町が出来上がった

三国(旧三国町)は三国湊とも言われ、古くから地域の中心として栄えてきた
明治5年の坂井港組別によれば12の組42町がある 
昭和30年三国地区の行政区は九頭竜川の上流の方から「一の部」、「二の部」、「三の部」、「四の部」の四つの部に分けられる 現在の住居表示では、一の部は山王・三国東、二の部は南本町・汐見・殿島、三の部は北本町・錦・緑ヶ丘一〜三丁目、四の部は神明・滝谷・つつじヶ丘と概ね一致する
江戸期には一の部から三の部までの地域は福井藩の領地で、四の部は丸岡藩であった 

村部は「雄島」、「加戸」、「公園台」、「新保」、「浜四郷」、「木部」、「東部」となるが、雄島地区の宿・米ヶ脇区と公園台地区は三国地区と住宅が続いている

三国湊河口 福井港昭和45年には三国地区41区、雄島7、加戸8、新保3、浜四郷7、木部8、東部4の合計78区であったが、主に郊外への宅地開発により、新たな地区もでき、総人口はほぼ同じのまま行政区は約1.5倍に増加して合計11の地区に下記の114の行政区となった
小学校区で言えば、南小学校区は一の部・二の部・木部・東部、北小学校区は三の部・四の部、雄島小学校区は雄島、加戸小学校は加戸・公園台、西小学校区は新保・浜四郷地区である

<一の部地区>
四日市、新町、三国東、三国東団地、森町、岩崎、玉井、中元、御所垣内、安養寺、大門、観音、代官屋敷
<二の部地区>
汐見、殿島、上西、上旭、下旭、石切場、上台、下台、栄町、山上西、上緑、下緑、下西、東下西、松ヶ下、元新
<三の部地区>
下錦、喜宝、南末広、北末広、上錦、平野、久宝寺、日和山、桜町、下新、温泉、立田団地
<四の部地区>
橋本、上横、竪、下真砂、西滝谷、上真砂、東滝本、西滝本、仲滝谷、浜滝谷、つつじヶ丘
<雄島地区>
宿一丁目、宿二丁目、宿三丁目、米ヶ脇、グリーンハイツ、新宿一丁目、新宿二丁目、安島、梶、浜地、崎、マリンタウン崎、陣ヶ岡、広野宿舎
<加戸地区>
覚善、覚善東、加戸東、加戸西、旭台、水居、鴨池、水居団地、平山、美保、池上、城ヶ原、西谷、嵩、鐘場
<公園台地区>
緑ヶ丘、新緑ヶ丘団地、野山、桜ヶ丘、緑ヶ丘五丁目、運動公園、運動公園三丁目
<新保地区>
新保上町、新保中町、新保下町
<浜四郷地区>
米納津、黒目、沖野々、ニュータウン黒目、パープルタウン黒目、西野中、山岸、下野、下野荒井、横越
<木部地区>
石丸、野中、油屋、楽円、請地、金井、川崎、池見
<東部地区>
竹松、西今市、藤沢、玉ノ江

以上の行政区となっており、自治会が置かれている 

三国地区では、他に加美、井田、梅原、扇、薬師、清水、今、木場、地蔵、清王、御蔵などの町名が見られたが、現在は公の場で使われることはほとんどない

福井県坂井市三国町神明1

 


 

 



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2006年09月16日

三国湊の神明神社

三国湊の神明神社三国湊の滝本通り

 

 

 


三国湊の神明社の例祭が本日から3日間行われる

神明神社の氏子は神明・滝谷と新興の住宅地であるつつじヶ丘の三国湊では四の部といわれる地域の各区民である
街角や各戸には提灯が掲げられ、祭りの雰囲気に包まれている
神社には心願成就を願って参拝客があとを絶たない
神明社の浦安の舞奉納午後6時からは荘重典雅な浦安の舞が奉納された この舞は昭和15年皇紀二千六百年祝典の際に作られたもので、心安(うらやす)の国(大和の国)の安寧のために舞うものである
7時からは区民民謡の夕べが行われたが、あいにくの雨模様となり「四の部会館」での開催となった 踊り手が多く、2回に分けて踊ることとなった
明日は「子供神輿巡行」や「子供太鼓」「大抽選会」の行事が続く

三国湊では三国神社が指定県社であり、神明神社は指定郷社である 明治の初め福井藩であった三国と丸岡藩に属した滝谷が合併し新しい三国となった時、話し合いで三国を代表する神社として三国神社が決められ、神明神社は近郷18ヶ村の郷社となった 以来神明神社の氏子も三国神社の氏子となり、三国湊において神明神社は三国神社に次ぐ社格となっている
しかし仕来りは変わらず、現在でも神明社の氏子は三国神社の要職に就く事はない

神明神社は400年以上前から存在したといわれ、祭神として天照大神と継体天皇を祀っている  継体天皇の離宮があった清王枚岡神社の流れを継ぐとされる
神明神社は境内社も多く、比古那神社(少比古那命)、金刀比羅神社(大国主命)、稲荷神社(豊受姫神)、八幡神社(応神天皇)、辰巳(巽)川神社(日本武尊)、大玉神社(聖徳太子)、味坂神社(薬師如来)の7社があり三国湊では最も多い
古来民間信仰の盛んな地域であったのだろう

 



2006年09月09日

三国湊の風景

稲刈り三国湊から中学校や龍翔館の建つ丘を越えたところに官庁街があって、その東に加戸地区の田圃が広がっている
今は「こしひかり」の刈り取り時期で、大きな農作業機械が田圃の中を動き回っている その「こしひかり」は福井で生まれて、50年になる 新米も売り出されたようだ

北小運動会数日前は3日間雨が降り、110mmを超える雨量となり、中学校、高校と体育祭は順延となったが、無事終了して、今日は三国町内の5つの小学校の運動会だ 早朝より家族総出の応援の声が聞こえる
最高気温は33.3℃にもなり涼を求めて木陰に陣取っている



2006年09月04日

三国湊の今夏の気象

三国港の夕景気象庁の統計によれば三国の夏は次のとおりです

 


 

7月降水量 638mm(平年値210.4mm) 観測史上最多
8月降水量     3mm(平年値131.4mm) 観測史上最少 
7月17日降水量 147mm 観測史上5位
7月18日降水量 144mm   〃   6位
8月日照時間  282.7時間(平年値198.8時間) 〃5位
7月日照時間  109.4時間(平年値131.1時間)
7月の10mm以上の降水日 12日
8月の真夏日 21日(最高気温が30℃以上の日)
 〃 熱帯夜  9日(夜の最低気温が25℃以上の日)
 〃 最高気温 34.4℃
 〃 最低気温 20.0
 〃 平均気温 27℃(平年値25.6℃)

平年値は観測が始まった約22年間の観測結果によるものです

この統計からも7月は雨がよく降り、8月は雨が降らずに暑かったが、この夏に限らず最近両極の気象がよく現れるように感じる

 

 



2006年09月01日

三国湊と鉄道

三国湊の鉄道交差地点明治時代に鉄道敷設の国の審議機関として「鉄道会議」が設けられており、 明治26年2月に北陸線について審議がなされた 政府案は従来の福井の名望家たちも参画した東北・北陸鉄道会社の計画と異なる「三国を経由しない」ことであった 「坂井港ニヨラズシテ真直ニ往クト云ウコトハ至極軍事上ニ於キマシテモ利益」がある 鉄道を海岸沿いに敷設することにより、外国の攻撃を受けやすく、そのようなルートは軍事上の観点から避けられるべきであるという、陸軍の考え方である 敦賀の杉津の山腹を通る線路も覆われるように設計せよとのことである 折りしも翌27年7月には日清戦争が起こり、37年には日露戦争が始まっている 軍の懸念も現実化しそうな時代であった
しかし鉄道が海岸線を軍事上から通らないことは、石川県の美川や富山県の滑川など海岸から500mほどのところを通っていることからも説得力は弱いのではないか
その後26年12月に三国は鉄道会議に対して三国迂回論を提出した
「坂井港・・・ニ接続セヌト云ウコトハ・・・鉄道其物自身ノ経済」の欠陥となるおそれがあり、坂井港への迂回が不利益である(政府は、既成の物資集散地と鉄道の敷設は無関係とする)なら「支線ヲ接続サセルト云ウ設計ガ希望シタイ」これは明治財界をつくった鉄道会議議員の渋沢栄一の意見である
三国湊に住む者は、北陸線敷設が実現しなかったことに対して、当時の三国が海上輸送に連綿とした希望を持ち、新しい交通時代の到来を展望することに熱心に取り組まなかったと忸怩たる感を持っている
しかし、当時の政府の方針からすれば三国湊に北陸線が迂回することは極めて困難な状況にあったともいえる これは三国の地理的位置が福井から最短距離で石川県へ入るという政府の方針に適合しないのである
同様の理由で国道8号線、高速道路、新幹線のルートも三国から遠く離れて決定されている
北陸線は明治26年4月に着工し、今から110年前の明治29年7月には福井、三国に鉄路が来ることなく31年4月に金沢、32年3月には富山まで開通したが、この敷設のスピードは今の北陸新幹線の状況を照らしてみるとすごい勢いである
そして鉄道の延長は三国湊の繁栄の基であった海運業の衰退をもたらし、三国湊に大きな影響をあたえた
一方、渋沢や杉田定一らの努力で北陸線金津駅を起点とする三国支線が明治43年7月21日の起工し、44年12月6日に三国まで開通した 三国港へは大正2年の竣工となる
その後三国芦原電気鉄道(株)は昭和3年福井と三国を結ぶ鉄道を開通させ、さらに昭和7年には東尋坊口へと延伸する
これによって三国には2本の鉄道が並行することとなる
戦時の昭和19年鉄路の転用のため国鉄三国支線と電鉄三国〜東尋坊口間は撤去され、芦原〜三国間は戦後も復活することは無く、三国〜三国港間は三国芦原電鉄を引継いだ京福電鉄が使用することになった
終点の三国港駅その京福電鉄も度重なる事故によって、平成13年運行停止となるが、三国町民の強い存続運動によって14年9月17日第三セクターの「えちぜん鉄道」に引継がれる 翌15年8月10日三国芦原線に再び電車が走ることになった

上の写真は滝谷に残る三国に2本の鉄道が走っていたことがわかる線路の立体交差跡である
下が国鉄三国支線で橋脚の上を走ったのが三国芦原電鉄である
現在はえちぜん鉄道が下を走っている

下の写真は終点のえちぜん鉄道三国港駅である



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2006年08月29日

三国湊のいきいき観光まちづくり

三國湊座この程、国土交通省は「地域いきいき観光まちづくり‐100‐」を刊行し、全国で元気な観光まちづくりで地域の活性化に取り組んでいる100ヶ所を紹介している
この中で、三国湊も歴史的港湾遺産を活用したみなとまちの観光振興事例として、活動内容などを写真入りで取り上げられている


2006年08月27日

三国湊の鉄道に関する今日の行事

えちぜん鉄道に乗って みくを歩こう!今日は「えちぜん鉄道に乗って みくにを歩こう!」が行われた 朝9時20分三国駅着の電車に乗って坂井市各地から大勢の人がホームに降り立った ボランティア観光ガイドグループ「きたまえ三国」のみなさんの案内によって、「みくに龍翔館」を最初に、「ONO メモリアル」、「瀧谷寺」、「永正寺」、「高見順生家跡」、「旧岸名家」、「三国湊町家館」、「旧森田銀行本店」などを巡るものONO メモリアルである 昼食は「三國湊座」、「カルナ」のジェラートも楽しめる 33℃を超える暑い日となったが、三国湊の新旧の見所を4時間ほどで楽しんだ

「みくに龍翔館」では「坂井の鐡道博覧会―北陸本線敷設からえち鉄まで」が10月15日(日)まで開かれている 充実した歴史資料が鉄道ファンでなくても十分楽しませてくれ、住民の鉄道敷設への情熱が伝わってくる 最終日の10月14日(土)には三国港駅で日本最古の電気機関車「テキ6型6号」がオープン展示され、港駅舎周辺では「三国湊観光交流促進協議会」がイベントを企画している こちらも見逃せない

 



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2006年08月22日

三国湊は久しぶりのお湿り

三国湊は久しぶりのお湿り三国湊の百日紅

 

 

 


先日、石切場で高い気温のため積荷の溶剤が自然発火して軽車両が火事になることがあった そのような33℃ほどの最高気温で、空気も乾燥した日が続いたが、久しぶりの雨となり、お陰で今日は最高気温も30℃未満で夕方にはぐっと涼しくなってきた
しかし降水量は1.5mmと焼け石に水程度ですぐに路面は乾燥してしまい、地中に深く滲み込む事も無く、草花にとって少しは恵みの雨となったのだろうか

三国湊のあちらこちらに見越しの百日紅などが夏の暑さにも負けず美しい
 
竹田川に架かる港橋からは西日の当たった三国湊が眩しく見える

三国湊の夏の花

三国湊の夕景


 

 



2006年08月17日

三国湊の秋ももうすぐ

三国湊の秋ももうすぐ 三国湊の今日の最高気温は31.5℃と暑かった 山越えの風は澄んでいて、久しぶりに白山を望むことができた まだ暫くは暑い日が続きそうである 

郊外へ出ると稲穂が黄色く色づき頭を垂れている あと10日もすると稲刈りが始まるのだろう 

港では9月1日の底引き網漁の解禁に向けて、漁具の手入れや準備に忙しい 

2006年08月13日

三国湊のお盆

三国湊のお盆三国湊ではお盆に仏壇に精霊棚を設けて先祖の精霊を迎え入れ、住職が棚経を上げ、家族揃ってお墓に参り住職に合わせて経を読むことが慣わしであった
戦後30年代頃までは、九頭竜川で灯篭流しが行われていたが川が汚れるからか、何時しかその様な行事もなくなってしまった
今は、帰省客を迎えることがお盆の最大の行事となって宗教心の薄いお盆になってきている それでも「月窓寺」にある墓には花が手向けられ、多くのお参りがあったとうかがえる



2006年08月11日

三国花火大会

花火前のサンセットビーチ三国花火大会がサンセットビーチで開かれる
午前10時に場所取りが解禁となったが、昼過ぎには多くの見物客がシートを砂浜に敷き詰めている




水中花火
三国港駅からビーチへの路上には屋台が並んで、どの店にも若者たちの列が伸びている
どこにこれほどの若者がいるのかと思うほどの多さである
ビーチは人でいっぱいになって、海上にもヨットやボートが多数出ている 今年も20万人を超えているだ三国花火大会ろう
天候に恵まれた中、ほぼ暗くなった午後7時半にビーチを埋め尽くす観客の前で花火打ち上げ開始である 対岸の新保地区や周辺でも多くの人が花火見物をしている
名物の水中花火をはじめ大迫力の、またキレイな花火に大きな拍手と歓声が響く
昨年と同じ花火業者が打ち上げを担当しているが、若々しく綺麗な花火だ 
本当に楽しい1時間を過ごすことができ、皆満足そうな顔をしている
三国湊は帰りの車で11時頃まで渋滞が続いた



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三国湊の夜明け

龍翔館と月坂井平野の夜明け

 

 

 


龍翔館の朝焼け三国湊の今朝の最低気温は22.4度と涼しい
三国湊は白山連峰から昇る朝日も、日本海に沈む夕日もきれいなところである
「みくに龍翔館」「成田山」からは両方を良く見ることが出来る



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