2005年05月01日

三国湊の「近吉崎」 浄土真宗・吉崎別院・蓮如・智敬寺・シュライエルマッハー

三国湊の智教寺三国湊の蓮如遺跡  三国湊から北東12kmほどのところに「浄土真宗吉崎別院」がある 蓮如は親鸞より第8代目にあたり浄土真宗中興の祖といわれる 1471年57歳の時、越前吉崎に御坊を建て4年間布教に励み、越前・加賀に大きな影響を及ぼした その後本願寺は隆盛を極めるが、信長と石山本願寺において戦い、後に家康によって東西二つの本願寺に分けられる 1674年から蓮如の御影が京都の本願寺から本願寺再興の地である吉崎へ下向が始まる 京都から門徒衆が徒歩で一週間かけて吉崎へ向かい、吉崎ではその御影を掲げて10日間の法要が続く その期間中吉崎は昔からたいへんな賑わいである 
三国湊に「智敬寺」(錦4)があるが、三国湊の真宗寺院は初期の親鸞に影響を受けているものと、蓮如に影響を受けている寺がある 「智敬寺」は蓮如が吉崎在住時に大変関係が深く真宗他派から蓮如に帰依したようである 当寺は三国湊周辺の村々から吉崎参りのときに通行する薬師道沿いに位置し、参詣の途中に休憩、寝泊りをした また吉崎参りは大きな楽しみであり、精神的な安定を得る重要な行事であったが、その道のりは徒歩や北潟湖を船で往来しなければならず、年寄りや子供にとっては遠く難渋したであろう そのようなことから、蓮如上人御旧跡「智敬寺」は「近吉崎」として吉崎別院へお参りする代わりに、多くの住民が法要の期間中何度も足を運んだのであり、茶店や屋台が並び大変な賑わいを見せた 今年も4月24日から29日まで蓮如上人御忌として御絵像御開帳・法話・御絵解きなどの行事が行われた しかし車で簡単に吉崎へお参りでき、宗教心も薄らいでいるこのご時世では「近吉崎」(三国湊のひとは、ちかよっさき、と親しみを込めて呼んでいる)も以前と比べると随分と静かになった
吉崎においても西と東の両本願寺に分かれている 御影の所有をめぐって、揉め事があり、吉崎下向にも影響があったようであるが、両派も蓮如の時には一つのものであり、釈迦までのぼればすべてが一つである 罪悪生死の凡夫は枝葉末節にとらわれず,親鸞や蓮如やその他の偉大なる宗教人のうちに真理を見て、機の深信と法の深信を自覚して生きなければならない 
人間存在の究極には、人間の力が無力で宇宙の力によって生かされているという、最も根本的な事態を感じ、宇宙の能動性に身を任せることこそが「宗教」である シュライエルマッハーの言ったそんな宗教を子供たちは祖父母に連れられた「近吉崎」で遊びながら、いつしか祖父母のいないことにその第一歩を感じ取っていたと思う



hk392 at 16:27│Comments(0)TrackBack(0)clip!神社仏閣 | 生活

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