私の好きな本、おすすめ本H.P.作者のつれづれ日記

  人気ブログランキングへクリックお願いします
Blog Entry Ranking クリックお願いします
私の読んだ本で、心にグット来た本を紹介する、読書日記のブログです

プロフィール:始めまして、50代の男の会社員です。
理系で、電子機器メーカで、長らくエンジニアをしていました。
しかし学生時代の得意科目は、数学と現国と古文と漢文と世界史でした。
なぜ理系に行ったんだ(笑)
今は品質管理の仕事をしています。
小説が好きで、すぐれた小説を見つける眼力には自信を持っています。
本ブログは、読んだ本で、面白かったと思った本、心にグットきた本のみ
紹介しているので、ブログの更新頻度は、多くないです。
読んでも、つまらなくて紹介しない本は多いです。
でも、紹介している本は、面白いと思います、よろしければ、ご覧ください。

時間をやりくりして、本ブログと、好きな本紹介のホームページ作成と
好きな本を紹介するメルマガを発行しています。
私の好きな本おすすめ本のホームページよろしければこちらもご覧ください。
子供の頃から、本を読むのが好きです。
小学校の時に読んだ、「飛ぶ教室」「くまのプーさん」「三銃士」等、
本当に面白かったです。
私が自信をもっておすすめする小学生へのおすすめ本はこちらです。
高校生に自信を持っておすすめする海外の名作はこちらです。
観劇も好きです。おすすめの観劇会はこちらです。
今でも本中毒で、3冊ぐらいの本を並行して読んでいます。
私のブログやH.Pを見て、好きな本が見つかると、嬉しいです。
気に入った記事が有れば、拍手していただけるか、コメントを いただけると、励みになります。

下記は相互リンクです
読者一覧ブログ
ランキングに参加しています。
クリックしてもらえると嬉しいです。
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ
にほんブログ村

この人の閾 (新潮文庫)
保坂 和志
新潮社
1998-07



[この人の閾:保坂和志:新潮文庫]

主人公は37才の三沢という男です。
小田原に来て、時間ができたので、
大学時代にサークルの映画研究会で一緒だった、
38才の真紀さんが小田原に住んでいることを
思い出して、家に遊びに行きます。

三沢と真紀は、真紀の庭の雑草とりをします。
三沢と真紀は、ビールを飲みながら、
とりとめのない話をします。

「しかし、こんなにきれいに雑草取ってどうするの?」
「抜いてもすぐにボーボー生えてくるんだろう?」
「それが草むしりってものなのよ」

「それでいまは旦那さんのことは好きなの」
「好きよ。結婚する前に好きだったのと違う風に
好きだし、あの頃といまとでどっちがあの人の
こと好きかって言えば、いまの方が好きなんだと
思うよ」

三沢と真紀は、イルカやクジラが頭がいいという話を
します。
「どうして知能が高いなんて言えるんだろう」
「わかるんじゃないの?」
「子どもが遊んでいるのを見てると、
頭のいい子とそうじゃない子って、わりあい簡単に
わかるじゃない」
「それに何も残さない作らないっていうことでいえば、
ダンサーの知能の現れ方なんかはイルカに近いのかも
しれないわよね」
「ヨガの行者や禅の高僧で、人からスゴイって思われてる
人間は、パソコン使えるわけじゃないし、いい企画を
立てたりするわけでもない。
そういうことと関係なくスゴイ人はスゴイだろ。
だからそういう人がスゴイと言われるのと同じ意味で
イルカやクジラはスゴイんだ」

静かな小説です。
三沢と真紀の会話で物語が淡々と
進んで行きます。
しかしその物語の静かさが
心に沁みてきます。

言葉が無いところは闇の世界で人間には
何も理解できない、何も無いのと一緒だという
話になります。
イルカの能力も人間の物差しでは計れないので、
人間には理解不能だという話になります。

題名の「この人の閾」が何をさすのか、私は
小説を3回読んでも理解できませんでした。
閾というのは、閾値のことで、それを超えると
変化が起こる値のことですが、それが何を
指しているのかわかりませんでした。
不思議な味わいのある小説です。



     

雁 (新潮文庫)
森 鴎外
新潮社
2008-02






雁
森 鴎外
2012-09-13


[雁:森鴎外:新潮文庫]
主人公の男は、岡田です。
東大の医学部の学生です。
ハンサムな男です。

金貸しの末造が、お玉という美しい女を
めかけにして囲っています。

岡田は散歩する時に、お玉と時々顔を
合わせるので、お玉は岡田を意識するように
なります。

お玉は囲われ者という現在の境遇に
物足りない気持ちを感じる事があります。


末造の妻は、末造とお玉の事を告げ口されて、
末造を責めます。
末造はそんなのは作り話だと言って、
のらりくらりとかわします。

岡田が通りかかった時に、
お玉の飼っている鳥が蛇におそわれていました。
岡田は蛇を退治して、鳥を助けます。
お玉の心に岡田を思う気持ちが芽生えます。
お玉は岡田に声をかける機会をうかがいます。
うまくいくのでしょうか。

女が買おうと思う品物はその女に強烈な
苦痛を感じさせる。
女は落ち着いていられぬ程その品物に
悩まされる。
たとい幾日か待てばたやすく手に入ると知っても、
それを待つ余裕がない。
岡田はお玉のためには、これまでただ欲しい物であったが、
今やたちまち変じて買いたい物になったのである。

森鴎外のこの小説の舞台は明治時代です。
しかし人々の暮らしや男女の相手に対する気持ちなどは、
今と変わりません。
この小説は古さを感じさせません。
森鴎外の文章は、平易で読みやすいです。
人間の心理の機微について
語られている小説であり、色々と
考えさせる小説です。

愛人を作った夫が妻に責められるのは、
明治時代も今も変わりませんね。
夫が言い訳に苦労するのも同じですね。


     

地下室の手記 (新潮文庫)
ドストエフスキー
新潮社
1970-01-01


地下室の手記 (光文社古典新訳文庫)
ドストエフスキー
光文社
2013-12-20


[地下室の手記:ドストエフスキー:新潮文庫]
主人公は、24才の男の僕です。
下級官吏です。
昔の友人4人と飲むことになります。
その内の一人のズベルコフは、親からの
遺産で裕福な暮らしをしていて、
仕事でも出世していて、女性と浮名を流しています。

僕はズベルコフに嫉妬します。
僕は酒をたくさん飲んで、
酔っ払います。
僕はズベルコフにからんでいきます。
ズベルコフと他の3人の友人達は、
僕をなじります。

僕は侮辱されたと感じて、激しく怒ります。
4人は僕を置いて、娼婦の家に行きます。
僕は4人を追って、娼婦の家に行きます。
ズベルコフを殴ろうと思ったのです。

僕が娼婦の家に行くと、4人は部屋に入ったあとで、
誰もいませんでした。
僕は拳を振り上げることができません。
娼婦の家にリーザという若くて美しい娼婦がいました。
僕はリーザを買い、関係を持ちます。
関係したあと、僕はリーザにこんな所にいては、
駄目になると説教します。
体をこわして堕落していくだけだと
説教します。
僕の家のアドレスを教えて、訪ねてくるように言います。
僕は酔ってもいたのです。

後日リーザが僕を訪ねてきます。
僕はリーザにどう接していいか、わかりません。
僕はヒステリー症状を起こして、リーザに
つらくあたります。
僕とリーザはどうなるのでしょうか?

僕はいつも憎悪から愛をはじめて、精神的な征服に
行きつく。
そして、そのあとはもう、征服した対象を
どう始末したものやら、考えられもしない
有様なのだった。

リーザがやって来たのは、けっして同情の言葉を
求めるためではなく、僕を愛するためだったこと、
なぜなら女性にとっては、愛のうちにこそいっさいの
復活が、あらゆる破滅からの救いと新生が秘められている
からだ、という事に僕は気づこうともしないのだ。

ドストエフスキーは、人間の行為を決定するのは、
こうすればうまくいく、これが善行だということによらないと
言います。
人間は、いついかなる場合でも、自分の欲するままにこそ
行動することを好んできたものであって、
けっして理性や利益の命ずるとおりにではなかったと、
彼は言います。
欲するということなら、人間、自分自身の利益に反してだってできる。

人間に必要なのはただひとつ、自分独自の恣欲である。たとえこの
独自性がいかに高価につこうと、どんな結果をもたらそうと
知ったことではない。
恣欲というやつは、きわめてしばしば、というより、
たいていの場合、まったくかたくなに理性とくいちがうものだ。

実存主義文学の大家のドストエフスキーの小説、
面白いですよ。
是非読んでください。
人間観察が鋭いです。
人間の恣欲が、不条理な人間世界をさらに
混乱させますが、人間とは、自分の恣欲のままに
行動する事を求める存在だそうです。
この世界の歯車の一つになるのはいやだ、
そう主張するのが人間なのでしょうね。

ドストエフスキーの小説を読むと。
人間とはどのような存在なのかについて、
色々と考えさせられます。


     

高瀬舟 (集英社文庫)
森 鴎外
集英社
1992-09






高瀬舟
森 鴎外
2012-09-13


[高瀬舟:森鴎外:集英社文庫]
森鴎外の短編が8編入っています。
「高瀬舟」、「山椒大夫」、「阿部一族」が面白いです。
「高瀬舟」、「山椒大夫」を紹介します。

[高瀬舟]
江戸時代に京都の罪人が島流しの刑になると、
罪人は親類の人一人とともに、高瀬舟に乗せられて
大阪へ運ばれました。
それを護送するのは、京都町奉行の同心でした。

ほとんどの罪人は、親類の人と共に嘆き悲しんで
同じ話を繰返すのが常でした。

30才の男の喜助が罪人として、高瀬舟に
乗って来ました。
男は嘆き悲しみもせず、むしろ楽しそうにさえ見えました。
同心の羽田庄兵衛は、いぶかしがって
身の上を尋ねました。

喜助は弟と二人暮らしでした。
両親は喜助が小さい時に亡くなりました。
喜助と弟は一緒に働いていました。
弟は重い病にかかって、働けなくなりました。
喜助が家に帰ると、弟がかみそりを喉に
刺していましたが、死ねないでいました。

弟は助かる見込みのない病気なので、
兄に楽をさせたいと思って、自殺を
図ったのです。
死にたいので、かみそりを抜いてくれと
言われて、喜助は抜きます。
出血がひどくなり、弟は死にます。

喜助は弟を殺した罪で島流しの刑になります。
羽田庄兵衛は、喜助に罪はあるのだろうかと
考えます。


[山椒大夫]
30才の母と14才の女の安寿と、12才の
厨子王と、女中の4人は、母の夫を探す旅を
しています。

4人は山岡大夫という男にだまされます。
船で連れていってやると言われて、
母と女中が同じ船に乗り、安寿と厨子王が
別の船に乗ります。

山岡大夫は人さらいだったのです。
母と女中は売られて佐渡に連れていかれます。
女中は入水自殺します。

安寿と厨子王は、丹後の由良の山椒大夫に
買われます。

安寿は水汲みの仕事をさせられ、厨子王は
芝刈りの仕事をさせられます。

安寿は厨子王を逃がす計画を立てます。
厨子王を町の方へ逃がしました。

厨子王は父の所へ行けるのでしょうか?
安寿と母の運命はどうなるのでしょうか?


森鴎外の歴史小説は、文章が平易で
物語がわかりやすいです。
そして、物語に含蓄が有り、色々と
考えさせられます。

高瀬舟は、安楽死の問題にかかわっています。
死にたいが、死ねないで苦しんでいる人を
死ぬ手助けをするのはどうかという、
現代的なテーマです。

山椒大夫は、説話をもとに森鴎外が
作ったそうです。
安寿は毅然としていて、またかわいそうでもあります。
運命に抗して戦う、安寿と厨子王の物語です。

「阿部一族」も傑作です。
読みやすくて含蓄のある森鴎外の
歴史小説、是非読んでみてください。


     

このページのトップヘ