修道女


























『修道女』(66年ジャック・リヴェット)

1757年、パリ。「貞潔、清貧、服従することを誓うか?」「誓うか、んなもん!」と言って貧乏貴族の三女シュザンヌ(アンナ・カリーナ)は修道院を追い出された。が、両親に結婚の持参金を支払う余裕はなく、またしてもシュザンヌは修道院に送られる。それは当時の社会では、割に行われていることだった。しかも、母(クリスチアーヌ・レニエ)によれば、シュザンヌは不義の子なのだという。
そんなわけでシュザンヌは、ふたつ目の修道院で院長モニ夫人(ミシュリーヌ・プレール)の下、再度請願の儀式が行われて今度は誓いを立てるが、不思議なことに、シュザンヌにその時の記憶はなかった。
モニ夫人は優しくシュザンヌを導いていたが、やがて亡くなり新しく院長になった聖クリスティーヌ(フランシーヌ・ベルジェ)は狭量で独善的、前院長を慕うシュザンヌに腹を立て、彼女に肉体的苦行で以て絶対の服従を要求、聖書を読むことすら禁じてシュザンヌは思い出した。私は誓いを立てていない!から修道女ではない!
シュザンヌは密かに弁護士マヌーリ(ピエール・メラン)に請願書取り消しの訴訟準備を依頼してそれを知った上層部は慌てる。怒り狂った院長はシュザンヌ指差し、言った。「悪魔憑きだ!」エクソシストを呼べ!

ヌーヴェルヴァーグ、時々。所謂シネフィル好みの作家の作品を取り上げることは、当ブログの役割ではないので避けているのだけど、そんな中でも時折、混ぜることでなにか化学反応のようなものが起これば面白いな、と思うので久しぶりに。
先日、NHKのEテレで放送している『グレーテルのかまど』(11年-)で『グランド・ブダペスト・ホテル』(13年ウェス・アンダーソン)に出て来た“コーティザン・オ・ショコラ”を扱う、という話を聞いて再放送を見た。コーティザン・オ・ショコラは、シュークリームを3段に重ねてカラフルな彩を加えたアンダーソンらしいお菓子だが、重ねたことで乱暴に扱えず、『グランド・ブダペスト・ホテル』で描かれた世界の脆さみたいなものを、あるいは表現しているのではないか?とウェス・アンダーソン本の翻訳で知られる篠儀直子さんが解説していた。

グランドブダペストホテル ケーキ作り


















ところでこのコーティザン・オ・ショコラは、最近流行っている昔あったお菓子をルセット・トラディションしたものであり、その前身は“ルリジューズ”というのだそう↓。ていうか思ったよりデカい写真で恐縮です。

ルリジューズ



































シュークリームを2段にしたものだが、間のクリームがまるで修道女の襟のようでルリジューズと名付けられた。ルリジューズとは、修道女の意味なのだ。
では“コーティザン”はというと、これは高級娼婦のことで、あ!と思った。修道女が高級娼婦に・・・ジャック・リヴェットだ!つまり本作というわけ。
この映画を最初に観たのはいつだったか忘れたが、リヴェットだろ?ということでかなり構えて観たと記憶する。で、まったく分かり易い話でびっくりしたのだ。もちろん自分が、まったく、全然、なにも分かっていないというのは有り得る話だし、実際、そうだと思うのだが(だからなんだ?とも思っています)、一直線に話が進むという意味で分かり易いのはその通りだろう。これは嫌々修道女になった女性が脱出して娼婦となり、最後にはとうとう死んでしまうというなんとも悲しい物語である。
原作(1760年)は、『百科全書』(1751-1772年)で知られるフランスの啓蒙思想家ディドロ。リヴェットはこれを63年に舞台化してその時、主役を演じたのが本作同様、アンナ・カリーナだった。ということは、ルイズ・ブルックスの髪型をした『女と男のいる舗道』(62年ジャン=リュック・ゴダール)『はなればなれに』(64年ジャン=リュック・ゴダール)との間で、その頃、現実でもカリーナはゴダールとはなればなれになろうとしていた。『アルファヴィル』(65年)の撮影直前、夫婦の離婚は成立した。「私、あなた、愛する」と言って終わるあの映画を思い出せば、感傷的な気分にもなるが、それに浸っている暇はない。映画は作り続けられなければならない。
舞台版は評判になってカリーナも絶賛を浴びたが、映画の『修道女』は劇中のシュザンヌのように困難な道を辿る。早い話がキリスト教団体の圧力で、上映禁止の憂き目に遭ったのだ(ちなみにその動きは、上映前からあった。ということで、世の中総じてそんなものだ)。なんやて!それは、アカン!と思った男がいた。ゴダールである。というのも、このココ・シャネルから名前を貰ったコペンハーゲン出身の女優は、ゴダールに見出されて出演したデビュー作『小さな兵隊』(60年)も上映禁止となり、上映禁止女優になってしまう!そんなわけで元夫は、急ごしらえで彼女主演で『メイド・イン・USA』(67年)を作ったのだった。ええ話。
さっき「脱出して」とネタを割ってしまったけど、シュザンヌが在籍する修道院(とりわけ聖クリスティーヌ政権下の)から脱出出来るとは、到底思われない、のは、様々な場所で撮影したひとつの修道院はさながら迷宮のようで一体、出口はあるのか?という閉塞感が凄まじいからだ。リヴェット。
問題はアヴィニヨンから半径40キロ以内を方々撮影し、壁や廊下や階段がひと通り揃った架空のふたつの修道院を作り出すことだった。アンナ・カリーナがドアを潜る度にショットが変わり、ヴィルヌーヴからポン・デュ・ガールへ飛んでいる。これはまさにパズルで、ライティング、ドアの開閉、ドアを開けること、ギアチェンジ、といったようなトリックにより断片を繋いでいる。でもこの場所は映画のスクリーンの中にしか存在しない。映画の運動がセットを作り出しているんだ
というわけで本作は、舞台から映画に、ただ移っただけではない。映画ならではの魅力に溢れ、加えて四方田犬彦氏の言葉を借りれば、カリーナがメロドラマ女優としての、時に悪魔的とも呼べる才能を携えていることが明確に納得出来る、のだ。

※下記書籍を参考にしています。