コーマ















『コーマ』(78年マイケル・クライトン)

ボストン記念病院に勤務する女医スーザン(ジュヌヴィエーヴ・ビジョルド)は、同僚で将来有望なマーク(マイケル・ダグラス)と付き合っていたが、彼の出世に対する野心には付いて行けない今日この頃、「大丈夫よ」それは実に簡単な手術で、スーザンは親友のナンシー(ロイス・チャイルズ)を励ます。だが彼女は、術後、覚醒せず昏睡状態に陥ってスーザンは独自に調査しはじめた。ら、同じ第8手術室でほかにも同様に植物状態に陥ってしまったケースが発生していて、それは全国の平均と比べると、およそ1000倍で絶対におかしい!これは事故ではない!と確信した矢先、スーザンは外科部長ハリス(リチャード・ウィドマーク)に呼び出された。

Netflixでマイケル・ダグラスが老俳優演じて現実とリンクするコメディドラマ『コミンスキーメソッド』(18年)見ていてふと思った。ダグラス、髪型がちっとも変わってないのではないか?で、これで確認したら、やはりちっとも変っていなかったというわけ。なんかすごくないですか?そんな人、あんまりいないと思う。
ボストンの眼科医(だったのか!)ロビン・クックの小説『コーマ』(77年)を医大出身の作家にして映画監督のマイケル・クライトンが映画化。インタヴューによると、クックのエージェントが「メディカルスリラーを監督する気はないか?」とコンタクトを取って来たという。アフリカ旅行から帰ったばかりで仕事をしたくなかったクライトンは最初、断るが、しばらくして詳細にストーリーの説明を受け承諾した。クライトン。
原作には人びとが医学に対して持つ恐怖、医者の腕の中で死ぬのではないか?という恐怖、病院に対する閉所恐怖症などが含まれている。私の意図は、観客がもっと根の深い真実の恐怖に目覚めることなく、それらの恐怖をエンジョイして貰うことだった。従って流血シーンはほとんど排除した
閉所恐怖症の部分を太字にしたのはほかでもない。前回の『修道女』(66年ジャック・リヴェット)が修道院をさながら迷宮のように描いていたのと似て、本作の病院もまるで迷宮のようだ。つまり不思議の国から逃げ出すアリス、という構図で描いてクライトンはジャンル映画で貫いていて好ましい。面白いのは、原作で主人公は女学生であるのに女医に設定を変更していることで、女学生の方がアリスに近いはずだが、原作を読んでいないので分からないがこの変更が必要だったのは、そうすることで、ほとんど夫と言っていいダグラスのマークが、実はあちら側とツルんでいるのではないか?という誰も信じられない『ローズマリーの赤ちゃん』(68年ロマン・ポランスキ)的恐怖が生まれて事実、功を奏しているからだ。お陰でより面白くなっていると思う次第だが、面白いといえば、↑画像で使った研究所に死体がいくつも浮かんでいる光景は面白いと同時に怖ろしい。これは原作通りなのだろうか?それで思い出したのは、クライトンが『アンドロメダ・・・』(71年ロバート・ワイズ)に原作(69年)を提供した折の話で、クライトンがセットを見学していたら小道具係がやって来て「これでいいっすか?」と訊いて来たのだ。それは劇中、登場する小道具で、小説の中にも出て来るから読んで小道具係は想像力を膨らませて作ったのだったが、これでいいすっか?と作者に訊かずにはいられなかった。そしてクライトンは分からなかった。こう語る。
私にとって興味深い発見は、それほど細部を正確には想像していなかったことだ。視覚的な手法で描いたつもりだったんだが、登場人物がどんな服を着ているかとか、電話機の色なんて考えてもみなかった。小説では、ラフに書いてある方が読者の想像力を掻き立てるようで、読者は書かれていない部分を自分で補うんだな
想像力。そういえばこれをはじめて観た中学生の頃、スーザンが梯子を上って秘密に迫る場面をクライトンは下から撮っていたものだから、首の角度を変えたりド必死になってスカートの中を見ようとしたものだった。まったくバカとしか言いようがないが、多感な時期だったのだから仕方がない。といって、今はしないか?と訊かれたら「しません!」とは断言出来ないのが本当に悲しいが。川本三郎さんはこの場面について、スーザンがパンストを脱ぐのが素晴らしいと書いていた。ホントそうです。

※『キネマ旬報』78年9月下旬号を参考にしています。