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『アメリカの夜』(73年フランソワ・トリュフォー)

この映画をリリアンドロシーギッシュ姉妹に捧ぐ・・・地下鉄から出て来た青年(ジャン=ピエール・レオー)は、広場の向こう側を歩いている男(ジャン=ピエール・オーモン)を掴まえると、張り手!「カット!」の声が掛かり、これは映画だったのだ。青年を演じるのはアルフォンス、殴られる男はアレクサンドルで、映画の題は『パメラを紹介します』。監督フェラン(フランソワ・トリュフォー)は臨機応変に現場のトラブルに対処して所謂“完全主義”ではないようだ。
クルーが待ち望んでいるのは、イギリスから招聘した主演女優ジュリー(ジャクリーン・ビセット)だったが不安もあった。彼女は神経衰弱気味で、夫は主治医のネルソン(デヴィッド・マーカム)でもちろん付き添う。
一方で、アルフォンスは見習い助手のリリアーヌ(ダニ)に夢中だっただに。なんとか彼女を独占しようと結婚を持ち掛ける一方で、映画に秘書役で出ていたステイシー(アレクサンドラ・スチュワルト)はプールで水着になるのを断固、拒否、一体今時水着になるのを躊躇うなんて・・・とフェランは呆れるが、真実は、ひとつ!彼女は妊娠していたのだ。次々に襲い掛かる難局を切り抜けて撮影は辛うじて進行するが、ある日突然、アルフォンスは失踪してジュリーが現場に出て来なくなってなにかあったに決まってる!と推理するのは、スクリプターのジョエル(ナタリー・バイ)だった。

“アメリカの夜”とは、フランス語の映画用語で、疑似夜景のこと。つまりフィルターを使って太陽の光を月の光に変えてしまうのだ。フランス語であることを強調したのは、アメリカでは使われない言葉だからでアメリカでは「Day for Night」と単純。
映画の内幕を、裏側を描いた映画といえばフェデリコ・フェリーニ『8 1/2』(63年)がすぐに浮かぶが、トリュフォーは『8 1/2』について別格と言う。
『8 1/2』は、芸術家の物語です。映画作家が1本の映画の構想に至るまでの言わば生みの苦しみや不安を描いた作品です。私の映画はそういった芸術的創造の世界ではなく純粋に映画作りの現場を見せようとしたものなのです
つまりトリュフォーが映画を撮影しているそのままが描かれる。だから監督役はトリュフォー自身が演じているのだが、最初はいつもやってることなので簡単だと思われたがそうじゃなかった。「カット!」とカットを掛けるのはトリュフォーなのか?それとも映画のフェランなのか?役者を演じる役者は混乱して劇中劇でアレクサンドルの妻を演じるヴァレンティナ・コルテーゼなどはすっかりわけが分からなくなってしまった。トリュフォーが補聴器を付けているのは実際、兵役中に砲兵隊に配属されて演習で耳をやられて片方の耳が悪いということもあるのだが、それよりも現実と映画との区別を付けるためであった。それほどこの映画は、現実に似ているのだ。オマケにこの映画は、アメリカのワーナーとトリュフォーのプロダクション、レ・フィルム・デュ・キャロッスとの合作だったのだが、突然映画を襲ったのがドル・ショックで9週間の撮影予定を7週間にしないといけない!ことまでも映画の中で描かれる始末なのだ。
あるいは撮影中、こんなことが起きたら嫌だな!ということも描かれている。ネタバレになるので慎重に書くが、とある俳優が死んでしまって、困った!どないしょ?となって相談してあとは背中だけ映してなんとか難局を逃れる。しかも、背中の方が映画的に効果的だ。「ついでに雪にしましょう!」とジョエルが言ってそれは逆にうまく行ったのだったが、そんなにうまくは運ばない、絶対!とトリュフォーは語っているのでこの場合は逆に、こんな風になったらいいな!という描写だろう。
全然違うことでいえば、フェランは撮影中、夢にうなされるのだが、トリュフォーは逆にぐっすり眠れるという。その夢というのは、スーツをパリッと着てステッキを持った少年時代のフェランが閉館した劇場から映画(『市民ケーン』(41年オーソン・ウェルズ))のスチルを盗むという夢で、なぜそんな恰好をしているのかというと、立派に見せることで泥棒を疑われないためなのだ。で、これは実際にトリュフォーが少年時代にしていたことだというから可愛いですね。
そんな風にしてこの映画は、映画と現実を自由に横断するのだが、強烈だと思うのはこれから紹介するふたつのエピソードで、まず、撮影されている映画『パメラを紹介します』の物語は、ニコラス・レイの話だ。レイには最初の妻との間に息子がいたが、15歳年下の後妻の女優グロリア・グレアムを父から奪って駆け落ちしたのだ。それを父と息子の立場を逆にしたのが『パメラを紹介します』なのだ。
もうひとつは、ジャクリーン・ビセットを起用した理由だ。ビセット演じるイギリス人の女優は、スタッフから「カーチェイスの映画に出ていた」と言われるのだが、それはもちろん、『ブリット』(68年ピーター・イエーツ)のことだ。だがビセットは、『ブリット』に出ていたから起用されたのではない。『いつも2人で』(67年スタンリー・ドーネン)に出ていたから起用されたのだ。その出演時間は僅か10分ほどで、役は主人公のアルバート・フィニーとバスで同行する女学生で、彼女たちはオードリー・ヘプバーン以外、水疱瘡に罹ってしまってそれがキッカケでフィニーとヘプバーンは旅を続けてヘプバーンは主役になる、というか主役だからその役なのだが、ビセットじゃなくヘプバーンが水疱瘡になっていたら!というのがトリュフォーの妄想だった!『パメラを紹介します』のパメラ、つまりビセットが演じる女優が演じる役は、オーモンが演じる俳優が演じるアレクサンドルとデートするはずの女性が水疱瘡に罹って代わりにデートして知り合った、ということなのだ。
一体、トリュフォーは、出演者、あるいはスタッフまでも(キャメラマンのワルテル・バルがキャメラマンを演じてその後ろにキャメラマンのピエール=ウィリアム・グレンがいる、といった具合だ)が混乱する物語をなぜさらに複雑にするかの劇中劇を構想したのだろう?作られている映画はそう、現実のような、実在する映画からの妄想でいよいよその境が分からなくなる。つまりはすべてが映画で現実なのではないか?振り返ればクレーンが立ち上がり、キャメラが僕らを捉えているのではないか?
俳優が死んだので、イギリスから保険会社の代表がやって来た。演じる俳優は誰か?「恰幅のいい立派な英国紳士がいるわ」パーティの席で、劇中でヘアメイク係を演じて、ついでに女優もやって、「なんでヘアメイク係が女優やってんのよ!」とコルテーゼに怒鳴られるニク・アリギが指差した人物を一応、オーディションしてトリュフォーは起用するのだが、はて、どこかで見たような?その恰幅のいい立派な英国紳士は、ヘンリー・グレアムと名乗ってそうクレジットされているのだが、実は作家のグレアム・グリーンだったのだ。ただでさえややこしい映画なのに、いらんことしないで!

※下記書籍を参考にしています。