死の猛獣狩











『死の猛獣狩』(56年テレンス・ヤング)

アフリカで狩猟のコーディネーターをしているケン(ヴィクター・マチュア)は、息子に戦車のおもちゃを手渡し、行ってきます!象狩りに出掛けて象を絶賛ぶっ殺していた頃、家で息子は殺害された。マウマウ団に。
マウマウ・テロリスト・ギャングは、当時、猛威振るった独立叫ぶ過激派で、その一味ジェロージ(アール・キャメロン)が使用人に成り済ましていたのだ。
ケンが勝手に復讐するかも!と考えた当局は状況改善するまでケンのライセンスを取り消すが、怒り収まらないケンはやはり個人的復讐の機会を窺っていた。ナイロビで。と、そこへ、ハタリ!たい!と英国からやって来たのはブラムトン卿(ローランド・カルヴァー)とブライアン(ジョン・ジャスティン)、彼のフィアンセのリンダ(ジャネット・リー)の一行でケンは彼らをライオン狩りに案内する格好でジェロージを捜索する。

『アフリカの女王』(51年ジョン・ヒューストン)撮影時、ヒューストンが象狩りに夢中になる様を描いたのが『ホワイトハンターブラックハート』(90年クリント・イーストウッド)だったが、あのイーストウッドが躊躇した象殺害を一瞬の躊躇いなく、のっけからやってのけるのがこのヴィクター・マチュアだ。ズダン!とワンカット。当然、特撮だが、You Tubeの粗い映像だと本当に見えるからなんでもクリアにしなくてよい。
ケン役には当初、ハンフリー・ボガートが考えられていたというが、仮にそうなったとしていたら、ボガートはあのヒューストンを参考に演じていたかも知れない。それがどういう経緯でマチュアになったか分からないが(シューティングは55年の8月で闘病が原因ではないと思う。推測だが)、あるいはヒューストンが脳内を過って降板したということも考えられなくはない。というか、そう考えたい妄想ブログです。
ちなみにリーの演じたヒロインには、ロンダ・フレミングが予定されていた。
マチュアはウォーウィックフィルムと2本映画を契約してそのうちの1本がこれでもう1本はモロッコで撮影された『熱砂の舞』(57年テレンス・ヤング)。このフィルムは現在では、アニタ・エクバーグのセクシーダンスで記憶されている。




ウォーウィックフィルムは、アルバート・R・ブロッコリアーヴィング・アレンがロンドンで興した会社で、これで先日の『サイレンサー/破壊部隊』(68年フィル・カールソン)と話は繋がった。ブロッコリとアレンのコンビは、こんなような映画を作っていたのだ。
さてマウマウ団だが、詳しくは各自で調べていただくとして(詳しくないので)、最初に存在を知ったのは『キッチン・トト』(87年ハリー・フック)を観た時。

キッチントト
















『キッチン・トト』は、暴力による独立運動に反対するキリスト教伝道者の息子ムワンギ(エドウィン・マヒンダ)が白人の警察署長ジョン(ボブ・ペック)の家で下働きとして暮らしながら民族意識と友だちとの友情の間で板挟みになる物語で、とはいえずいぶん前に観た切りでこの筋もネットで確認して書いた。今、観返したらなにか発見があるかも知れない。その際はご報告を。
で、この『キッチン・トト』は、画像のなにか深刻な少年の表情から窺えると思うがシリアスドラマで、もちろん『死の猛獣狩』もシリアスな部分あるのだが、アフリカが大変な時にマウマウ団ジャンル映画にするなんて!と当時は叩かれた。
確かにそれはそうかも知れないのだが、なんでも映画にするいかがわしさまで含めて映画の面白さだと思うし、というか今、これを観ると、動物虐殺の方に気が行ってしまうのだが、あるいはヤングのその、なんと言うかエンタテイメントに突き進むような感覚が007に繋がっている気がしないでもない。
そんなわけで、リーがボートで河を下っていてすごい数の鰐に追い掛けられた末に滝から転落してビショビショ、なんてサーヴィス精神旺盛な場面も。