2006年03月07日

少女から大人へ      〜『湖が青く輝くとき』〜   

『湖が青く輝くとき』
    ユッタ・トライバー著  (講談社)1998年 

湖が青く輝くとき


高校3年生のギーゼラ。
成績優秀で誠実な女の子。
クラスメートからも信頼されているが、
容姿に対する劣等感があるため、
ボーイフレンドがいないことが悩みの種。

そんなある日、もっさりとしてパッとしない職人のゲオルクがギーゼラに言い寄ってきた。
好きでもない彼とギーゼラは交際を始める。
どころが、たった1回の油断で、妊娠をしてしまった・・・。
堕ろせばいい・・・と簡単に思っていたギーゼラに、母は産むように勧める・・・。



ひとりの優秀な女の子が思わぬ妊娠で心が揺れ動く。
当然堕ろすことしか考えていなかった彼女が最終的に下した決断は、「産む」ことだった。

男の子と付き合ったことすらなかった、ひとりの女の子が直面する突然の出来事。
何の心の準備もないまま、いきなり母親になってしまうことへの戸惑いや不安を抱えながらも、クラスの友達に支えられ、どんどんお腹が大きくなる中、学校生活をふつうに続ける。
そして、周りの友人や家族に支えられて、無事女の子を出産する。

日本では考えられないことであるが、回りの友人達もこの妊娠事件をきっかけに、大きく
成長していく。
17歳といえば、法律では子どもを生める年齢である。そう考えると、「産む」という選択が間違っているとは一概には言えない。彼女の決断を尊重し、学校も対応してくれているところはすごい! 
日本では考えられないことのようでもあり、いや、日本でも十分考えられる状況とも言えるのかもしれない。

今や、思春期の女の子が体調が悪いといえば、まず〈妊娠〉を疑え、と言われていると聞く。
思春期の娘を持つ親としてみれば、まさか、そんな! と驚くばかりだが、世の中は親の知らないところで子どもはいろんな世界を広げているのは事実である。

ごくふつうの女の子がひとりの女性に成長する過程が描かれているこの物語の中で、ギーゼラの母親の存在がとても気になる。
出産後の母親は、娘の自立を阻止する親のエゴ丸出しだ。
まだ娘は未熟だからと母親はすべてにおいて主導権を握り、ギーゼラには赤ちゃんの世話すらさせてもらえない。確かに母親に頼っているのは事実だから、ギーゼルは高圧的な母親には何も言えない。
自分はまるで〈代理母〉として利用されただけみたい・・・。
赤ちゃんの母親は私なのに・・・。
いきなり母親になることになったひとりの女の子が生むまでの葛藤に苦しみ、産んでからは母親との葛藤に苦しむ。そんな中、ギーゼルは少しずつ自分らしい生き方をつかんでいく・・・。


実際に17歳という年齢で母親になってしまう女の子もいるだろう。
少子化といわれている現在であるが、こういった十代で出産する割合は増えていると聞く。
そのときどうするか――。
そうならないようにどうするか――。
娘を持つ母親としてはドキリとするような内容の本だったが、考えておかないといけない
こと、思春期の子どもたちと話し合っておかないといけないことが、この本の中にはたくさん盛り込まれている。

ギーゼラの内面が小気味良いリズムのある文章で描かれ、読み手の心をぐいぐいと引き込んでくれる。
図書館から借りてきて「面白かったよ」と私に勧めてくれた夫は、一体この本をどう読んだのであろうか・・・。


ユッタ・トライバー
1949年オーストラリア生まれ。
高校教師を経て、作家になる。
ウィーン児童文学賞他、本書でオーストラリア青少年文学賞を受賞。



hmhts0310 at 17:42|PermalinkComments(12)TrackBack(0)

2006年03月02日

ちょっといい話 

毎週都内まで電車で出かける用事があり、東横線を利用している。
最近多くの電車に「女性専用車」というのが導入されているが、東横線の場合、一両だけは時間に限らず終日「女性専用車」である。
女性の私としては、とてもありがたい。なんせ空いているし、降車位置が階段に一番近い車両だから。

しかし、「女性専用」だと気が付かずに乗ってくる男性は必ずいる。そして、しばらくして必ずあたりを見回してハッと気がつき、あわてて車両を出て行く。その行動までの時間が長い人もいれば短い人もいる。中には、気が付いても知らん顔をして居座っている度胸のある男性もいるが。
しかし、たいていの男性は小さくなって、女性たちの冷たい視線を浴びて「やばい!」といった態度で出て行くのである。

知らずに乗ってきたそういう気の弱い男性がいたら、ちょっと声をかけてあげようかな、と思うこともあるが、別にいいじゃない・・・という気持ちと、その人が気付いたときの反応に興味があり、黙って様子を伺うこともある。

先日も、いつものように女性のための車両に乗っていると、人のよさそうな年配の男性が乗ってきた。あたりを見回してすぐに気がつき、あわてて出ようとしたところを、同じく年配の女性が、その男性に声をかけた。
「ここ空いてますよ」
と、自分の横に空いた席を示した。
「いいんですよ。年寄りや体の不自由な人は」
と女性は平気な顔で言う。
「いや・・・でも・・・」
と恥ずかしそうに男性は言ったが、せっかくの好意なのでといった様子で、その女性の横に腰を降ろした。
「ベッピンさんに囲まれて嬉しいな〜」
と男性はにこにこしてあたりを見回した。
ふたりの斜め前に座っていた私は、男性と目が合ったので、微笑返した。別に自分がそのベッピンさんのひとりであることが嬉しかったわけではないが。男性はちょっとほっとしたようだった。
その後隣同士に座ったふたりは楽しそうに言葉を交わしていた。

なんだかその光景がとても微笑ましく、しばらく見つめていた。女性の特権のように偉そうにここにいた自分をちょっと恥ずかしく思いながら。
おそらくあの女性が声をかけてあげなかったら、男性はすぐに車両を出ていただろう。私のように惨めな男性の反応を面白がっているのとは大違いである。


実は、私はこの制度が導入されたときから感じていることがある。
もちろん変なことをする男性がいるからこのような制度を取り入れていることはわかるし、女性の利用者としてこれほど居心地のよい所はない。まず空いているし、安心感もある。でも、本当に男性に申し訳ないという気持ちがいつもあるのは事実なのだ。女性ばかりが優遇されているようで、申し訳ない。
男性の中にはやってもいないことを疑われたり、気の弱い男性はわざわざ女性がいないところを選んで電車に乗るといった人もいるというではないか。だったら、「男性専用車」という車両を作ってもいいのではないか。そんなこともしてもらえず、女性からはつまはじきにされ、何だか男の人ってかわいそう・・・。これって、男性に対する逆差別ではないの?

最近は女性が強くなりすぎて、萎縮して思うように女性に声もかけられない可愛そうな男性も増えているとも聞く。女性の社会進出に伴い、その存在そのものまで強くなっているのにはどうも首を傾げてしまう。
一方で、女性は強い男性を求め、そういった理想の男性に出会えないから結婚できないという。しかし、男性を弱くしてしまっているのは実は女性なのではないだろうか・・・?

この「女性専用車」で目にした、年配の男女の光景に心が温かくなったというのは、きっとこのような包容力のある年配の女性のような「女性」が今少なくなっていることの表れではないだろうか。私自身を含めて・・・。周りにいた綺麗な女性たちよりも、このおばあちゃんは誰よりも美しく見えた。どんなにきれいにお化粧をしていても、やはり本当の美しさは内面からにじみ出るものでありたいものだ。
強い男性を作るのは女性で、優しい女性を作るのは男性であると思う。そうやって男と女は社会を作っているような気がするのだが・・・。



hmhts0310 at 12:08|PermalinkComments(6)TrackBack(0)ちょっといい話 | 雑感

2006年02月18日

集団の中の孤立感         

また痛ましい事件が起こった・・・。

幼稚園児ふたりの小さな命が奪われた。
このニュースを聞いたとき、すぐに今から10年ほど前に起きた
あの東京都文京区音羽の「春奈ちゃん事件」を思い出した。
当時、あの事件のあった幼稚園のすぐ近くに住んでいた私は、
自分の子どもも同じくらいの年齢だったこともあり、本当にやりきれない
気持ちになった。と同時に犯行に走る前の加害者の気持ちを思うと、
胸が締め付けられた。
それと同じことがまた起きてしまった・・・。

加害者の女性は、中国から来て、言葉もよくわからず、他の保護者と馴染めなく、
集団の中に入っていけない苦しみを一人で抱えていたらしい。
おそらく、他の保護者の方はまったくそういうつもりではなかったのだろうが、
女性は自分ひとりだけ疎外感を感じていた・・・のは事実であると思う。

もともと集団による農耕民族だったせいであろうか、日本人とはとかく集団を
作りたがる。そして人と違ったことをするのを極端に嫌う。
個性を重視した教育・・・といいながらも学校でも人と違った行動をする
子どもに対しては「扱いにくい子」としてのレッテルが貼りがちだ。
それが「子育て」となると、顕著である気がする。

うちの子はヨソの子と違う・・・
いつもひとりで遊んでいる・・・
すぐほかの子からちょっかいをされ、いじめられている・・・

そんなことを思い、ひとりで悩む親は多い。
今回の事件もそんな思い込みが強まって犯行に及んだとも報道されている。

外国から来てただでさえ心細いところに、子どもまでもが同じような
思いをしているとしたら・・・。自分で自分をどんどん追い詰めていった。
その心にブレーキをかけることがどうしてできなかったのだろうか。
誰かに話を聞いてもらって、相談できなかったのだろうか。

以前娘が通っていた幼稚園にも、同じように中国人のお母さんがいた。
日本語はかなり流暢であったが、どこかほかのお母さん達の輪の中に入っていけない
感じがあった。日本人のお母さん達の考え方についていけないと彼女は言っていた。
私も同じことを感じる時がある・・・といった話をしながら、できるだけ彼女には声をかけ、
中国の話を聞いたり、園の中で彼女だからこそできる役割を担ってもらうよう
お願いしたりした。
自分の居場所がしっかりあると感じたとき、人は水を得た魚のように、
その中で生き生きとなるものだ。

私たちは自分と違う人に対して、どこか無意識のうちに排除している
ことはないだろうか。そして、もし自分が人と違ったことをしているとしたら、
何とかそれを軌道修正して人と同じことをやらなければ、と思ってはいないだろうか。

今回の事件はその真相がまだ明らかになっていないが、
事件の背景には、そういった私たちの無意識の行動ともいえる「集団の中の孤立」をも
生み出してしまう「他者を排除する心理」が加害者の女性を追い詰め、
ついには何の罪もない子どもを犠牲にしてしまったような気がしてならない。

最近は子どもの安全を連呼して、あちこちであの手この手を使って、
子どもの登下校には気を使っているが、心無くしてそのシステム作りにばかり
走っていては、同じような過ちを繰り返してしまうような気がする。
子どもの命を守るのは、何といっても「人」である。

小さなふたつの命が奪われたことを決して無駄にしてはいけない。
今はただ、ふたりが天国で安らかに眠れることをお祈りするばかりだ。

            * * *

「集団の中の個性」・・・ということで、考えさせられる絵本をご紹介したい。

『いちわだけ はんたいに あるいたら・・・』
   ベーレフェルト さく・え
   ビヤネール・たみこ やく    (偕成社)
   

(本書は今絶版になっていて、画像をアップすることができない。)

海のむこうのある島に「あるきどり」という鳥が集団で住んでいた。
大きいの、中くらいの、小さいのいろんなあるきどりがいたが、
あるきどりは不思議なことにいつも同じ方向に向かって列を作って
きちんと歩いていた。
そんなある日、一羽がとつぜん反対に歩きだしたのだ!
同じ方に歩くのが当たり前で、そうしないのは変だと、
仲間たちはその一羽を馬鹿にし、どなりつけた。
しかし、一羽が大きく羽ばたき飛び立つのを見た仲間たちは、
はっと気が付く。
「そうか、ぼくたちは、飛ぶことだってできたんだ!」
「ぼくたちには翼があったんだ!」
と自分達が持っていた能力に気がついて、大喜び。
みんなは好き好きに大空を舞い、飛び立った・・・。



他と同じことをやっているために、本当の自分の力を
見失っていることはないだろうか。
他と違ったことをしていればとりあえず安心・・・といった気持ちに
安住してはいないだろうか。
自分のやりたいことをやっていく勇気を持つこと、
そして、自分にはないものを持つ人への尊敬の気持ちを持つことこそ
大切である、とこの本は教えてくれる。

「絵本」というには、あまりにも黒一色のモノトーンで描かれた単調な絵。
しかし、その中に込められたメッセージはオトナをもうならせる
強烈な人生哲学が込められている。


hmhts0310 at 22:37|PermalinkComments(9)TrackBack(0)地域社会のあり方 

2006年02月10日

おかあさんをさがすうた    

  かけて かけて
  かえってきたのに
  おかあさん
  いないんだ
  いやだなあ おかあさん
  こんなにたくさん
  つくしんぼみつけてきたのにさ

  はやく はやくと
  かえってきたのに
  おかあさん
  いないんだ
  いやだなあ おかあさん
  こんなにきちんと
  やくそくまもっているのにな

  なかも そとも
  やねもみたのに
  おかあさん
  いないんだ
  でてきてよ おかあさん
  かくれんぼだったから
  さがしてつかまえてやるのにさ


       「おかあさんをさがすうた」阪田寛夫/詩
             『びりのきもち』(白泉社)より

びりのきもち



手にはたくさんのつくしんぼを握り締めて、
お母さんとの約束を守って、走って早く早く帰ってきたのに、
家にはお母さんはいない――。

  いやだなあ おかあさん・・・

これって・・・子どもの本当の気持ちだよね。
わが身を振り返って、胸がきゅんとしてしまう私である。


お母さんである私が言うのもなんですが・・・、

子どもはいつもお母さんをさがしている。
どんなに強がりを言っても、
どんなに偉そうなことを言っても、
やっぱり、子どもはいつもお母さんをさがしている。

うれしいことがあったとき、
それを一番に伝えたい。

悲しいことがあったとき、
それを一番にわかってほしい。

悔しいことがあったとき、
ただ黙ってそれを受け入れてほしい。
そして、そんな自分をぎゅっと抱きしめてほしい。

どんなに大きくなったとしても、
やっぱりお母さんに甘えたい・・・、んだと思う。


でも、お母さんだって、
誰かに甘えたいときもあるんだよね・・・。




hmhts0310 at 16:54|PermalinkComments(7)TrackBack(0)子どもの気持ち 

2006年01月27日

大切なものを伝える大切さ    〜モラル低下の社会から脱却するために〜

時代の寵児と社会がもてはやし、新しい風を吹き込んだと政界の人達までが絶賛していた
ホリエモンが逮捕された。
あまりにも、世の中を甘く見て、おごり高ぶったその付けが回ってきたとしか思えない。
しかし、若い人の中には彼を手本として、尊敬していたという人も多い。
金で人の心は買えるとまで言い切り、金こそすべてであると言った発言で物議をかもしていた
若手実業家。
マネーゲームで金を稼ぐことに何の罪も感じることなく、法律すれすれ、あるいは多少の
違法行為は許される、自分さえ良ければ何をしてもかまわないと言った感覚は異常としか
思えない。

しかし、今回の問題は、ライブドアという会社だけの問題ではないように思う。
個人投資家が増え、ネット上で株を売り買いする人達の中には、一日で何百万ものお金を
手に入れる人も少なくない。その魔力には取り付かれてしまった人は、わざわざ汗水たらして
働くなどということに意味を見出せなくなっている人も多いと聞く。
株をやることが悪いといっているのではない。しかし、投資をすることの本来の意味からはずれ、
投資先の会社がどんな会社であるといったことにはまったく関心はなくて、単なる
マネーゲームとして株の売買をしている人達も今回の問題を助長している社会的要因の
ひとつであるような気もするのだ。

頭のいい人は何でも考えることができる。
社会を良くすることも、逆に悪くして行くことも・・・。

法律という番人だけでは、社会の規律を守ることはできない。
その前に、モラルとか、道徳心といった、人として、社会人としてはずかしくない
生き方をしているか、といった判断をきちんとできるかどうかが問われている。

自分は悪いことをしたとは思っていない・・・といった感覚こそ、おかしい。

堀江氏も確かに子どもの頃から頭のいい子だったようだ。
しかし、頭がいいともてはやすのではなく、頭のいい子どもだからこそ、
人としての根っこの部分の心をしっかりと教育して行くことが必要であるように思う。

昔は当たり前に誰もが持っていた道徳心も今や崩れてきている。
モラルの低下は、今後頭のいい人達はどんどんその頭脳が悪い方へ使われないよう、
人の道をそれない生き方を小さい頃から叩き込むことが求められているように思う。

人として「美しくない」生き方だけはしたくない。

            *****

大切なことを伝えていく大切さを最近痛感している。
昔は親から子へ、子から孫へ伝えられていた当たり前のことを当たり前にやることが
できなくなってきていることへの危機感を感じる。
親だって、もっと謙虚に人の話に耳を傾け、素直に聞く姿勢が必要だし、
それをきちんと子どもに伝える使命があると思う。
「親だから」・・・といった肩肘張って言うのではなく、日々の生活の中で
それが自然と伝えられたら素晴らしいと思う。

それを実現している素敵なおばあちゃんに出会った。


『西の魔女が死んだ』 梨木香歩著 (日本児童文学者新人賞、新美南吉児童文学賞、
                        小学館文学賞受賞作品)
西の魔女が死んだ
西の魔女が死んだ



中学に進んで学校へ行けなくなったまい。しばらくおばあちゃんのところで
過ごすことになった。ママのママであるおばあちゃんはイギリス人。でも、すっかり日本の
生活に馴染み、今ではひとり山奥で自然と共に暮らしている。
そこで、まいは「西の魔女」と言われているおばあちゃんから魔女の手ほどきを受ける
ことになった。
ワイルドストロベリーを摘んでジャムを作ったり、畑の野菜の世話をしたり、
家の手伝いをし、勉強する時間もきちんと確保する。そんな当たり前の生活をしていく中で、
自分のことは自分で決めるといったことを積み重ねていくことこそ、魔女修行には一番
大切なことだと教えてもらう。

そんなおばあちゃんには、まいは素直に「おばあちゃん、大好き」と言える。
それに対して、「アイ・ノウ」(わかってますよ)と優しく答えるおばあちゃん。

楽しかった1ヶ月間のおばあちゃんとの生活を終え、まいはまた自分の生活に戻っていく。

実はおばあちゃんのおばあちゃんも魔女だった。
遭難したひいひいじいちゃんを魔女のひいひいばあちゃんは、超能力で救ったことがあった。
「今ならテレビスターになれるのにね」
と言うまいに、おばあちゃんは
「まいはそれが幸せだと思いますか。人の注目を集めることは、その人を幸福にするでしょうか」
と釘をさす。有名になることは、つまり成功を意味していると思っていたまい。
「何が幸せかって言うことは、その人によって違いますから。まいも、何がまいを
幸せにするのか、探していかなければなりませんね」
と優しく語る。



幸せとは、人によって異なるものだ。有名になるとか、金儲けをするといったこと以外に
幸せはあるのだというこのおばあちゃんの言葉には説得力がある。
仮に、人にはない力を自分が持っていたとしても、それをおごることなく、常に謙虚な
気持ちを持って人に接する、あるいは自分自身にもつことは大切だ。

人として大切なことをたくさん教えてもらったまいは、その後たくましく生きていくことが
できた。

人間には、知識を得る前に、まずその根っこの部分である生きていく上での根幹がしっかり
していないと、知識という茎からは花が咲くことも、実をつけることもない。
根っこがもろい木は、仮に見かけは大きくなったとしても、すぐに倒れてしまう。
見えないものにこそ、心を込めて愛情をかけて育んでいきたいものだ。

この「西の魔女ばあちゃん」のように・・・。
大切なことは、今も昔も変わらないのだから・・・。



◎ 今回のライブドア事件にからんで、当サイトも移転を考えたが、なにせ、移転に関わる技術的能力に欠け、その時間も取れない当サイト管理人としては、ライブドアの新しい経営陣の今後の動向を見守りながら、このサイトもこのまま続けさせていただこうと思う。ご了承いただくとともに、今後ともよろしくお願いします。



hmhts0310 at 16:56|PermalinkComments(13)TrackBack(1)目には見えない大切なもの 

2006年01月22日

生きて、生かされる    〜星野道夫の世界〜

ナヌークの贈りもの


不思議な冷たい炎が、
生きもののように
暗黒の空を駆け回っていた夜、
ぼくはなにかに呼ばれるように
歩き出した。


星野道夫の『ナヌークの贈りもの』の出だしの部分である。
美しくも、厳しい雪と氷に覆われた世界で生きる北極クマの親子の写真と
美しい文章でつづる写真絵本。


とても寒くて、とても眠くて、
ぼくはいつのまにか眠りにおちた。
ふと、目を覚ますと、吹雪の中をシロクマが歩いていた。


幻想的ともいえる3頭のシロクマの親子のシルエット。
シロクマを氷の王者と人々は呼び、その王者のことを
ナヌークと呼ぶということを、かつて少年はおじいさんから聞いた。

少年はシロクマの声に耳を傾ける。

「少年よ、おまえのおじいさんが若者だったころ、
人間はわたしたちと同じことばをしゃべっていた」

「この氷の世界で生きていくために、
そのことばは、なくてはならないものだ」


しかし、人間はそのことばを忘れていった。
動物と会話ができた人間は動物の心がわかっていた。
自然界の掟をきちんとわかっていた。

「シロクマはアザラシを食べ、アザラシは魚達を追い、
魚達は海の中の小さな生き物を口にふくむ。
――生まれかわっていく、いのちたち」

「人間はクジラに向かってもりを投げ、
クジラはサケをのみ込み、
サケはニシンをのみこむ。
――生まれかわっていく、いのちたち」


命あるものは、他の命あるものから命をもらい、
生きている。それが自然の掟。

「少年よ、消えていくいのちのために祈るのだ。
おまえのおじいさんが、祈っていたように。
おまえのその祈りこそが、
わたしたちに聞こえる人間のことばなのだ」


私たちはみな大地の一部であり、命のために祈ったとき、
人はナヌークになり、ナヌークは人間になるという。

吹雪は止み、夕陽を浴びて、シロクマが去って行く。
ナヌークの声はもう聞こえない・・・。


         **********

星野道夫――
19歳のときにアラスカに渡り、エスキモーの一家とひと夏を過ごして以来、
アラスカの自然、野生動物、人々の虜になってしまった。
『ナショナル・ジオグラフィック』をはじめとする海外・内外の著名雑誌に
写真を発表し、数々の賞を受賞。
しかし、この絵本を発表した1996年、カムチャッカ半島クリル湖畔で、
ヒグマに襲われ逝去。

この絵本は星野道夫自らに捧げたもののような気がしてならない。

「おまえのおじいさんの最後の域を受け取った風が
生まれたばかりのオオカミに、最初の息をあたえたのだ」 


自分の命が誰かの命を育むという自然の掟を自らが実践したなんて・・・。
自然と共に生き、自然に帰っていった彼の生涯。

彼の撮る写真と彼の描く文章には、見るものをこの作品の中に
ぐーっと引き込む不思議な力があるのは、そんな星野道夫の魂が
込められているようでならない。

実際にクマが語りかけているような感覚――。
そして、自分もクマに語りかけているような感覚――。


私たちも日々の生活の中で、命あるものをいただいて、
私たちの命は守られている。
当たり前だと思って口にする命。
自然との共存――。
自然に感謝する心――。
人間も自然の中では同じ生きものであるということを忘れてはならない。

          ・・・・・・・・・・

関東地方はこの週末大雪だった。
朝起きてまぶしい一面の銀世界に触れ、このナヌークたちの
姿が目に浮かぶような気がした。


星野道夫(1952年生まれ)
裏表紙に描かれた彼の笑顔を見ると、
今にも彼が語りかけてくれるような気がする。
 「あらゆる生命はそのことばでつながり、
   世界はやすらぎに満ちていたのです――。」


※星野道夫の写真集は前から手にしたいとずっと念願だった。
まざあぐうすさんのブログを拝見し、決心して購入した。
他のエッセイ他写真集もおすすめです。


hmhts0310 at 17:25|PermalinkComments(6)TrackBack(0)生きることの意味 

2006年01月12日

永遠の命     〜アナグマが残してくれたもの〜

 多くの人に読み親しまれている、あのアナグマの『わすれられないおくりもの』
 どんな人間にも平等に与えられているものがあるとすれば、それは「生」と「死」かもしれない。しかし、平等ではあるけれど、与えられた「生」をどう生き、どう「死」を迎えるかは、ひとりひとりの生き方によって大きく異なる。

 新年早々ちょっと重いテーマで申し訳ない。しかし、新年にあたり、この一年をどう生きるかということを、この本を通して私自身も考えたかったので、あえてこの絵本を選んだ次第である。

 実は娘(中3)がこの絵本についての感想を書いた。なかなかいいこと書くじゃない! 親ばかで申し訳ないのですが、今日は娘の了解を得て、彼女の感想から紹介させていただきたいと思う。娘にとっては、ブログデビューとなる記事であります!


『わすれられないおくりもの』 スーザン・バーレイ作・絵
                小川仁央訳 (評論社)
わすれられないおくりもの


                 ***** 

 みんなに頼りにされ、愛されてきたアナグマのおじいさんは冬のはじめに死んでしまいます。残された動物たちははじめは悲しんでいますが、次第に明るくアナグマが残していってくれたモノについて語り合い出します。

 生と死について描かれた優しい絵本。私はこの絵本をまだ小さい頃に読んでもらったことがありました。その時はこの絵本のテーマもよくわからず、アナグマが死んだ・・・死ぬって怖いことなんだ、と感じました。というのもアナグマが死へと向かっているシーンの絵は他のページと異なり暗い色調で、先の見えない洞窟をアナグマが何かに取り付かれたように走っていたからです。

 改めて読み直してみると、アナグマは自由になったのかと感じました。

――からだはすばやく動くし、トンネルを行けば行くほど、どんどんはやく走れます。とうとう、ふっと地面から、うきあがったような気がしました。

 これは自分が死んでもみんなが悲しまないようにと願っていた彼が、みんなを信じて旅立ったということなのだと思いました。アナグマは心置きなく、天国へのトンネルをとんでいったのです。
 未練なく死ぬことがその人を自由へと導くのだろうと思いました。

 このお話にはもうひとつテーマがあります。それは、死んでも人は心に生き続けるということです。
 アナグマは死ぬまでの長い間、多くの知恵やくふうを森のひとりひとりに伝えました。みんなはアナグマが残してくれた宝物のおかげで、悲しみを乗り越え、助け合えたのです。

 今まで私は死んだらすべてが終わりなのだと考えていました。どんなに生きても死んでしまったらなにもかもがなくなってしまうと。でも、人は永遠に生きられるということを知りました。その人が生きている間に愛され、必要とされていればいるほど、その人は人々の心と生活に豊かさをもたらし、後世にもそのちえやくふうは伝えられていくのです。

 幸せなことに私の周りでは、まだ大切な人はひとりもトンネルの向こうへ行っていません。でも、別れはたくさんありました。出会いがあれば別れもあり、私は必ず何かをその人から受け取っていました。それは技や知恵のようなものだったかもしれないし、楽しい時間だったかもしれません。先日も東北ファームステイで農家の方々と充実した時を過ごしました。別れは辛かったですが農業も、それ以外のこともたくさん教わってきました。出会いと別れについてもまた、考えさせられたのでした。

 文化はこうして人の手から人の手へと伝承される優しいものなのかということや、それが大きな力となる素晴らしいものなのだということ――。そして、私もアナグマのようにたくさんの人に好かれ、必要とされる人間になりたいと思ったこと――。一冊の絵本から考えさせられたことはたくさんありました。(了)

                 *****


 スーザン・バーレイの温かく優しく包み込むような絵と語りかけるような文章。アナグマが暖炉の傍でお茶を飲むはじめのシーンは、人生を生き抜いてきた威厳とともに、すべてに満足しきった安心感のようなものを感じる。このアナグマは、自分の死を恐れてはいない。安らかな気持ちで死を迎える――。

 このアナグマは、まわりの友達たちに自分の知恵や生きるための力を与えてきたが、決してそれは強制ではなかった。相手の欲していることをさりげなく、必要に応じて指し示しているだけである。生きる上で必要なことを学ぶきっかけを与えているだけなのだ。

 そして、自分の役目は終わったと思ったとき、アナグマは安心してトンネルの向こうに行く覚悟をする。そういったアナグマの生き様こそ、「死」を迎えるときの、あの安らかな気持ちと安心感につながっていったのかもしれない。

 アナグマの死を知った仲間達は、悲しみのどん底に突き落とされ、しばらくは立ち直れない。安易な言い方かもしれないが、悲しみを乗り越えるためには、泣くだけ泣くことが必要だ。我慢することなく、泣くだけ泣いて、その人のことを思い、思い出す過程で、はじめてその人の心が自分の心の中に住み着いてくれ、永遠の命が吹き込まれるのかもしれない。

――最後の雪が消えたころ、アナグマが残してくれたものの豊かさで、
みんなの悲しみも消えていました。アナグマの話が出るたびに、誰かが
いつも、楽しい思い出を、話すことができるようになったのです。



 この正月、久しぶりに田舎の両親に会った。年をとったなぁとつくづく感じた。自分の死を恐れない人はおそらくいないだろう。両親も、いずれは・・・と言うが、そんなことを本気で受け入れているとは思えない。
 しかし、いやでも誰にでも平等に与えられている「死」。それは、突然やって来るかもしれない。じわりじわりとやって来るかもしれない。その時になってからでは遅い。

 大好きだった祖母が亡くなったとき、私自身もしばらくは呆然として、心の中に大きな穴が空いたような状態が続いた。大切な人を失うというのはそういうことであろう。明治生まれの祖母だったが、時代の流れをきちんと把握し、また大切なことを女の子としては初孫の私にもいろいろと話してくれた。そんな祖母から受け継いだたくさんのことを思い出しているうちに、自然と心の中で祖母と対話をしている自分に気が付くようになった。死ぬまで社会情勢に関心を持ち、孫である私の生き方にもいろんなアドバイスを与えてくれた祖母。その祖母は私の心の中でいつまでも生き続けている。

 私自身も、いずれは「その時」を迎える。はたしてその時になって、このアナグマや祖母のように、娘達に接することができるだろうか。そして子どもたちに残してあげられるものがあるだろうか・・・。それはこれからの私の生き方次第だ。



P.S.・・・
 ちょうどこの記事を書き終えたとき、突然の訃報が飛び込んできた。息子の友人のお母さんで長い間闘病生活をしていた方が、年末に亡くなっていたらしい。しかし彼女の遺志により、自分の病気のことも「死」のことも周りには伏せてほしいとのことで、誰も知らなかった。しかし、自分の死を覚悟した彼女は、息子さんとじっくり話をすることができたとか・・・。せめてもの救いである。母の死を息子はどう受け入れたのであろうか。何事ものなかったように、部活に励んでいる彼の様子を耳にすると、とても胸が痛む。

 母親である自分に万が一のことがあったら・・・。やはり、想像することすら酷なことである。人生半ばでこの世を去った彼女の思いを汲みつつ、彼女の息子さんのこれからの成長を陰ながら見守り、支えてあげていくことしかできない無力な自分である。ご冥福を心からお祈りするばかりである。



hmhts0310 at 18:17|PermalinkComments(19)TrackBack(1)生きることの意味 | 子どもたちへ伝えたいこと

2006年01月07日

ザ・同窓会    〜過去の上に築かれた現在〜 

30年ぶりに中学校時代の吹奏楽部の同窓会があった。
九州大会で金賞を受賞するほどの実力のある部だったので、当時の練習には当然先生も生徒も親も、みんな気合が入り、燃えていた。
そんな熱血中学生も今となっては、よきおじさん、おばさんとなっている。

同窓会とはいいものだ――。

どんなに年月が経っていようと、一瞬であのときに戻ることができ、いやなことも忘れ、懐かしさと郷愁に浸ることができる。
現実の世界でどんなにつらいことがあっても、そのすべてから開放され、ただあの頃の自分に戻ることができる。

卒業後、そのまま音楽の道に進んでプロとして活躍している人、アマチュアのバンドで音楽を楽しんでいる人、卒業後は一切楽器に触れていない人が、それぞれの楽器を持ち寄り、30年ぶりに当時の曲を演奏した。不思議と指がちゃんと覚えているものだ。そして、感覚も・・・。当時私たちと同じ年代だった先生が指揮を振る。あの頃のように・・・。

当時のコンクールで演奏した曲を幹事となった人がCDにしてくれた。それが会場に流れる。泣いて、笑って、感動したあの頃が走馬灯のように頭をよぎる。

               ・・・・・

おそらく、この正月休みにあちこちで学生時代の同窓会が開かれたことだろう。同窓会に人は何を求めるのだろうか。
昔を懐かしみ当時の話に花が咲く。あの頃は良かったね〜。楽しかったよね〜。あんなことも、こんなことも・・・。と感慨深く思い出すと同時に、昔の仲間が現実の社会でどう生きているかということを確かめ合うという時でもあると思う。

「あの○○があんな立派になって・・・!」
「あの子がまさか・・・」
「え?う・そ・・・」

とか、同窓会で会った昔の仲間に対する感情はいろいろであろう。しかし、社会的にどんなに立派になった人であっても、不思議と大人になってはじめて出会う人に抱く感情とはまったく違い、安心感と信頼感を昔の仲間、先輩、後輩には抱くものだ。

中学時代、何かひとつのことに夢中になれた自分がいるということは、幸せなことである。大人になっていくと、次第にそういうことを忘れていってしまう。現実に流されて、目の前の生活に精一杯で、夢中で何かをすることなんてむずかしい。

しかし、それを今回の同窓会で再び呼び起こしてくれた。あの頃の自分に再び出会い、あの頃の初々しさを再び思い起こしてくれた。あの時の自分がいるから今の自分があることに間違いはない。卒業後、いろんなことをくぐり抜け、乗り越えてきて、今の自分があることに違いはない。

40代というのは、人生の中では折り返し地点である。これから人生の後半をどう生きていくか、それを考える上でも、原点に返ることができた。人は過去に築いたものの上に、現在を生き、未来を築いていく。過去にこだわって生きるのではなく、過去を大切にする人は、現在も未来も大切にしていけるような気がする。



自分自身が過去とどう向き合うか――。
それって、これからの自分を考える上で、意外と大切なことかもしれない。
児童文学の世界でも、そこから物語が始まるものも多い。

ナゲキバト

『ナゲキバト』(ラリー・バークダル著)の少年ハニバルの祖父は過去に犯した罪・そしてそれに伴う悲しい過去を一生背負いながら生きている。そんな自分の経験をきちんと消化して、それを温かくハニバルに伝えていく祖父の姿勢は心を打つ。決していい過去とは言えないが、そのことにきちんと向き合って生きている祖父の生き様はとても美しい。

トムは真夜中の庭で

『トムは真夜中の庭で』(フィリッパ・ピアス著)では、「時間」が人間にもたらす変化をトムとハーディを通して探求している。古い館にある庭を舞台に、現在と過去をトムが行ったりきたりしている中で、トムはハーディが少しずつ成長していく姿を見ていく。ふたりが幼年時代過ごした保護されて安全な「閉ざされた庭」。しかしその庭を出て、ハーディは川をスケートで下っていく。川は人生の象徴だ。どんどん下って行くうちに、ハーディは子どもの部分を失っていく。庭を離れ、トムから離れ、ハーディは一人大人になっていく。
そして、おばあさんになって、心を閉ざしてしまったハーディも、トムと再会して封印していた思い出の扉を開き、その中に再び自分の過去を見つめ始めたとき、はじめて本来のハーディに戻ることができた。
  私たちは、みな自分の中に子どもの心を持っている――
この最後のピアスの言葉には納得がいく。過去に経験したうれしかったことや、悲しかったことなどの感動したことすべては、いくつになっても心の中に残り、それがその後の人生に大きく影響することに間違いはない。


楽しかった同窓会――。あの頃夢中になって生きていた自分があるから、今の自分がある。その事実は変わらない。多くの人に出会い、支えられ、いろんなことを考え、多くのことを学んで、そして今の自分が作られていった。そのことに感謝するとともに、今の私自身を受け入れ、自分らしくこれからを生きていこう――そんなことを考えさせられたいい機会だった。みんな、ありがとう!



hmhts0310 at 13:16|PermalinkComments(18)TrackBack(0)雑感 

2006年01月01日

オトシダマ

あけましておめでとうございます。

2006年が明けました。子どもたちにとっていやな事件が多い2005年でしたが、
2006年は是非いい年になってほしいものです。

新年を迎えるにあたって、大掃除、年賀状、おせち料理の準備・・・と、その節目を
大切にしている日本人って、素晴らしい民族だなぁとつくづく感じます。

普段はずぼらな私も、このときばかりはちょっと頑張って、掃除をして、今年は
おせち料理も作りました!
おせち料理の意味を考えながら、食べる人のことを思いながら、作っているときって、
なぜか幸せを感じます。料理って、体の栄養であるとともに、心の栄養でもあるような
気がします。料理ひとつひとつに込められたこの伝統文化はやはり大切にしたいし、
それを伝えていくのは私たち大人なんですよね。

さて、お正月というと子どもたちが楽しみにしているのが「お年玉」。
「お年玉」というのは、元来「年賜(としだま)」と書いたそうです。
「賜」は「たまわりもの」ということで、「年賜」というのは、年のはじめに目上の人から
与えられた「賜りもの」であるとのこと。
広辞苑によると、お年玉とは「新年のお祝いの贈り物」とあります。子どもにお金を
与えるようになったのは、最近のことだとか。

少子化に伴い、子どもの数が減り、子どもひとりが大人たちからもらうお年玉の金額は
年々増えているという記事を目にしました。子どもたちにとっては楽しみにしている
オトシダマでもありますが、オトシダマ本来の意味を考え、新年にあたって金銭ではなく、
大人から子どもたちへ伝えたい大切な心、そして日本人としてのの心も、忘れずに
与えたいものです。

今年もいい本との出会い、そして皆さんとの出会いを通して、私にとっての大切なものを
見つけていきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。



hmhts0310 at 00:50|PermalinkComments(12)TrackBack(0)子どもたちへ伝えたいこと 

2005年12月25日

クリスマスの日に思うこと

クリスマスをいかがお過ごしでしたか?
私はクリスチャンではありませんが、今年はクリスマスイブの夜久しぶりに教会の賛美集会に行き、今朝はクリスマス礼拝に行ってきました。にぎやかな街中の雑踏ではなく、教会で静かに祈りを捧げ、静かなときを過ごすのは、とても贅沢な気がしました。日常の生活から暫し離れ、聖歌隊の歌、ハンドベルの演奏、小さな子どもたちの歌声、ギターの演奏・・・に酔いしれ、まさに最高のひとときを過ごすことができました。

ところで、みなさんのところにはサンタクロースは来てくれたでしょうか。我が家にも、3人の子どもたちが頼んでいたプレゼントが枕元にちゃんと届いていて、とても喜んでいました。サンタさんに食べてもらおうと置いていたチョコレートもちゃんとなくなっていたし・・・。
娘と息子がギリギリに書いたサンタさんへの手紙(「寒さ厳しい冬がやってきました。僕は早いものでもう中学1年生になりました。そろそろ大人に近づいてきました。なので・・・」と続く息子の手紙・・・笑っちゃいます!「サンタ苦労すさま」・・・で書き始める中3の娘の手紙も何だか苦労しているサンタさんを気づかってか・・・?!)も読んでくれたようで、よかったです。


そんな、まぁ、幸せな朝のひとときを過ごした後で、テレビのスイッチを入れて『週刊ブックレビュー』を何気なく見ていたら、写真家の大石芳野さんが出演されていました。
『子ども 戦世のなかで』という彼女の写真集が紹介されていましたが、私は思わずテレビの画面に釘付けになってしまいました。


子ども 戦世のなかで―大石芳野写真集


世界中の子どもたちは誰もが今日というクリスマスの日に、サンタクロースからプレゼントをもらえるわけではないのです。戦争で両親を亡くした子ども。今日食べるものもなくお腹をすかせた子ども。銃を片手に遊ぶことすらできない子ども・・・。そんな戦争に巻き込まれて苦しんでいる子どもたちが世界のあちこちにたくさんいることを、この写真集では悲しくも切実に訴えています。

いろんな大義名分の下で、今なお戦争やテロがあちこちで起きていますが、そのどれをとっても正当な理由などありません。そして、その犠牲となっているのは、子ども達であることをこの写真集は改めて私たちに突きつけています。「ぼくたちは何か悪いことをしたの?」とまっすぐつぶらな瞳で見つめられて、大石さんは言葉を失ったそうです。その目の奥に潜む悲しみや孤独感を思うと、胸が締め付けられる思いがします。

しかし、この写真集の中では、何の希望もない生活の中にも、わずかな光を見つけて子どもは無邪気に遊ぶことができる子ども達の姿も見ることができます。子ども達はどんな社会であれ、大人が作った社会の中で、懸命に生きています。そんな子ども達に不必要な不安や悲しみを取り除いてあげたい。平和に暮らせる社会を作ってあげたい――。それができるのは、それをしないといけないのは、そう、私たち大人なのです。

「子どもたちはみんな自分達のことを見てほしい、自分達のことを知ってほしいと願い、カメラに向かってくるんです」大石さんは取材を通して、子どもたちの無垢な姿を見て、いたたまれない気持ちになったそうです。


日本は本当に恵まれています。いや、はっきり言って恵まれすぎなのかもしれません。お店にはクリスマスの食事が捨てるほどあり、クリスマスが過ぎると売れ残ったケーキだっていったいどうなるのでしょうか。そんなケーキを少しでも、今日食べるものすらない子どもたちに分けてあげることはできたら・・・。
私たちが直接できることは限られています。少なくとも与えられた食べ物やモノを粗末にせず、感謝する気持ちを大切にしなければ、と切実に感じたクリスマスの一日でした。



hmhts0310 at 23:05|PermalinkComments(9)TrackBack(1)平和な世界を求めて | クリスマス