■六畳一間のJustineからの再投稿
■ナルシソ・イバニエス・セラドールの「ザ・チャイルド」


原題:¿Quién puede matar a un niño? aka:The Child
製作国:スペイン
製作年:1976
監督:Narciso Ibáñez-Serrador
キャスト:Lewis Fiander, Prunella Ransome, Antonio Iranzo, Miguel Narros, María Luisa Arias, Marisa Porcel, Luis Ciges
 

 2005年の最初のアップは日本においてスペイン・ホラーを印象付けた懐かしき「ザ・チャイルド」を取りあげてみましょう。70年代に多感な時期を過ごした世代にとってはお馴染みの作品ですよね。しかし、私は本作を素直にホラー作品であるという風には紹介したくありません。本作は戦後においても内戦を経験したスペイン人ならではのアイロニカルな娯楽佳作なのです。


the child<物 語>
 イギリスからここスペインへ妊娠中の妻イヴリン(プルネラ・ランサム)を連れてやって来たトム(ルイス・ファインダー)は人ゴミの喧騒を避けるために沖合いに浮かぶアルマンソーレ島へと向かう。島に上陸したトム夫妻は水を求めて島の繁華街を散策するが、この島には子供を見かけるだけで大人が全く存在していないことに気が付く。
 そして、遂にトムは子供達が嬉々として老人を虐殺している光景を目撃してしまうのだった。この島の大人達は皆が子供達によって殺されてしまったのだろうか?信じられない光景にトムは戦慄する。そんな戸惑うトム達に子供達の魔の手が迫る。不本意ながらも銃を手に取るトムであったが、彼は子供相手に引き金を弾くことができない・・・。


Narciso Ibáñez Serrador<解 説>
 「象牙色のアイドル」(La Residencia 1969年)を撮ったナルシソ・イバニエス・セラドールNarciso Ibáñez-Serradorの名が日本において克明に刻まれた当時としては衝撃的な問題作である。とは言ってもセラドールはテレビドラマ専門の監督なので、劇場向けの作品は意外にも少ないのである。しかし、本作の成功により当時はホラー系のテレビシリーズを立て続けにスペインのお茶の間に提供し、それなりの人気を博したようだ。よって、セラドールはスペインにおいてホラー・ディレクターとして著名なのである。それはスペインのホラー系シネコンにおいてジェス・フランコやポール・ナッチーと共にゲスト出演しているセラドールの姿を見るにつけ明らかであろう。
 さて、そんなセラドールの「ザ・チャイルド」へ話を移そう。
 オープニングのクレジットロールにおいて映し出される戦争や飢饉によって犠牲となる子供達の姿。アウシュビッツ収容所で殺されたおびただしい数の子供達、ベトナム戦争の戦火に巻き込まれ逃げ惑い泣き叫ぶ子供達・・・。そうしたカットの合間に挿入される子供達の賛美歌。本作のオープニングにおいてセラドールは’大人のエゴによって犠牲になるのはいつも未来を担う子供達である’というメッセージを直球で投げてくる。そうしたモチーフはこの後においても必要以上に繰り返される。個人的にはあまりにあからさまなので、返って根本命題を希薄かつ陳腐なものにしているように思えたものだ。しかし、戦後におけるスペイン内戦の傷跡がこうした形で爆発しているのかも知れない。繰り返し訴えたい、永遠にNo more warなのである。
the child_02 続けてセラドールは我々に問う。原題のとおり「誰が子供を殺せるというのか?」と。それはフェリーニの「甘い生活」について言及するトムの妻イヴリンの言葉によって更に補強される。「在り得ないわ。監督は誰?」トムは答える「フェリーニさ。イタリア人だ。」それに対してイヴリン、「ああ、ファシストの民族じゃない。」しかし、セラドール自身の答えはオープニングにおいて既に明白だ。そう人間は状況如何によっては我が子さえも殺せるのである。そして、逆に子供は自分の親を殺せるのである。
 なお、本作においては子供が大人達を殺す原因には全く触れていない。それが返って恐怖感を助長させているし、観る側のイマジネーションを活発化させる。しかし、そんなことはどうでもいいのである。大人は子供を殺せるし、子供は大人を殺すことができる。不吉ながら、それだけのことなのだから。それに誰が主人公トムの行為を糾弾できようか。そう、本作は生存本能を剥き出しせざるを得ない悲しい人間の性に対するささやかな鎮魂歌なのである。

 
2005.01.02 by Lina Romay????