2008年11月20日
もしもし
電話の第一声と言えば・・・・・・英語で「もしもし」って何て言うか知ってるか?
何と言うのや?
イフイフ?イフイフ?
などという他愛もない話をずっと昔に漫才で聞いたことがあるけれど、逓信総合博物館監修『日本人とてれふぉん』(NTT出版 1990年)を読んでいて驚いた。
<つぎは大正時代の話。このころ「モシモシ」を英語でいうとき、「イフイフ」という者がいたようだ。まさかと思われるであろうが、渋沢秀雄氏との対談で、氏はこう語っておられた。
ぼくらが英語を教わった先生なんですが、その先生が若かりしころの大正時代にアメリカへいって、電話をかけるときに「イフイフ」ってかけた。これは実話です。
また、元慶応大学の池田弥三郎教授は「大正の電話の話」のなかで、次のように書いておられる。
わたし達が大学生になって、いよいよ就職という時に、先生が、会社によっては面接試験の時に、英語で電話をかけさせることがあるから注意せよというのである。というのは、ある学生がそれをやらされて、「もしもし」を何といったらいいか分らなく、苦しまぎれに「イフ、イフ」と言って、みごとにはねられたことがあるからだ。(略)>(P54)
そんな漫才みたいなことがあるか思うけれど、まだまだ国際電話をかける人がごく限られていた時代だったのである。
英語で「もしもし」なら、ハローである。が、世界各国ではどうなのだろう。
チャールズ・ベルリッツ『ベルリッツの世界言葉百科』(新潮選書 中村保男訳 昭58年)には、こう出ている。なおアクセントや疑問符などの記号は便宜的に省略した。
<□英語以外の言語では電話の応答言葉としてさまざまな言い方が使われている。スペイン語では、holaのほかにA ver(あのう)や、Quien habla(どなたですか)やOigo(ちゃんと聞いております)や、Con quien(どなたと?)など色々な言い方があるが、スペインでは普通、Digame(おっしゃってください)が愛用されており、メキシコではBueno(それで?)が好まれている。>(P179)
そうそう、holaだった。holaは「オラ」と発音するんじゃなかったっけ。
おかしいのもいろいろあって、
<□受話器をとって発するドイツ語の第一声halloのあとにはたいがいWer spricht?(どなたですか)が続く。halloというかわりに自分の姓を言う場合もある。スカンディナヴィア諸国では、電話の受け手はhalloという前に自分の電話番号を告げる。>(P180)
なんで自分の電話番号を告げるのか。
正しく電話がつながっていることを伝えるためなのか。それなら名前を出したほうが手っ取り早いと思うのは、日本人だからか。
「イタリアではProntoと言ってから、Con chi parlo?(どなたですか)と訊くことが多い」とあり、ロシアでは「halloと言うこともあり、Shloosayu(ちゃんと聞いています)と言う時もある」そうだ。ロシアではそう宣言しなくてはいけないほど、上の空で通話する人が多いのだろうか。
まさかと疑うのがドイツの例で、
<□電話を受けた時に使う言葉を独特のものにしておこうとしている国もある。それも、国語をしっかり定着させ、国民としての考え方を強めさせたいからだ。ヒトラー時代のドイツではりんりんと響く「ハイル、ヒトラー!」を「もしもし」の代りに使うのが無難だった。>(P180)
本当にそういう時代があったのだろうか。
映画などでナチス・ドイツが出てくると、確かにヒトラーに忠誠を誓う言葉がしばしば登場するが、電話の第一声が「ハイル、ヒトラー」だったかどうか。
しかし一方でこういう話を聞くと、じゅうぶんにありえるようにも思われる。
さっきの『日本人とてれふぉん』に曰く、
<戦後の「モシモシ話」を二つ。一つは、昭和四四年一一月一五日号の『週刊朝日』の記事から。
もしもしは中国語で喂(ウエイ)。ところが香港に出てきた難民の話だと、中国ではこの喂が、最近は「毛沢東万歳」に変わったそうな。もちろん受け手の方も呼吸よく「毛沢東万歳」と答えなければならず、それを省くと用談に入れない・・・・・・。>(P54-55)
昭和44年と言えば文化大革命期で、確かに毛沢東がほとんど崇拝の対象であったが、電話の第一声にまで使われていたのか。これが事実かどうか確かめようもないけれど、気になるのは、その時代、一般家庭にどのくらい電話が普及していたのか。日常的に電話をかけていたのは、社会的にどのような階級に属する人たちだったか、という点である。
「ハイル、ヒトラー」にしろ「毛沢東万歳」にしろ、絶対的な権力者への忠誠を表明したものだが、それとは別に電話の盗聴や、盗聴による密告を恐れたのではあるまいか。受話器をとって開口一番そう言わなければ、反逆の意図ありとでも見なされて、粛清の対象に仕立て上げられる。
たかが「もしもし」のひと言が命取りにもなりかねないのである。