2010年02月11日

鏡花「歌行燈」

100211泉鏡花『歌行燈』を岩波文庫の1988年44刷で再読をする。初出は明治四十三年一月の「新小説」と、久保田万太郎の解説にはある。
文体から言えば、すでに言文一致とまでは言わないまでも、文語文ではない。否、言文一致かどうかなどという単純な区分けはほとんど意味がなく、言文一致であろうとなかろうと、鏡花の文体であることにかわりない。
泉鏡花とは鏡花という文体である、と言い切ってしまいたい。
鏡花の文体を読むことが、鏡花の小説を読む醍醐味である。

鏡花の文体はおそらく今では読みにくい。
既に用いること稀な言葉を使ってあることもさることながら、文体に綾があって、その綾目のゆえに文章の芯のところがとらまえにくい。
文章の芯とは即ち意味で、文章の装飾が意味に覆いかぶさっている。意味がむき出し出ていない。霧か霞か靄か、いづれにせよ雨冠がかぶさって、それが鏡花独自の世界を覆っている。
文体がそのまま鏡花であるが、時代が過ぎるにつれ、そのような作家のありようは困難となる。そのあたりの事情を解説の久保田万太郎が書いていて、

 <が、間もなく、先生は、紅葉の死に逢った。(註 明治三十六年十月)つづいて日露戦争の目のあたりに来るのをみた。・・・・・・途端に、新写実主義の文学は自然主義の文学へと進展し、文壇は、現実暴露の悲哀一トいろに塗りつぶされた。そして、その一トいろの灰いろの壁、灰いろのとびらは、有無なく先生を拒否した。先生は、最早、安価な戯作者でしかなくなった。(略)>(P106-107)

自然主義の現実暴露のまえに、霧か霞か靄のかかった鏡花の世界は無用とされたというわけだろう。
自然主義は自分の事柄にかまける自分用の文学で、赤裸々で露骨である。
綾があって、雨冠のかぶさった別世界を描く鏡花の小説とは相容れるはずもない。そんなわけで鏡花は一時期、苦境に立つのだけれど、

 <が、さて、「時代」はうつる。・・・・・・鏡花は、やがて再び、逆境から立上った。すなわち、「一朝天風妖氛を」払って、自然主義は完全に敗北し、これに代って、『スバル』『白樺』『新思潮』『三田文学』などに拠る反自然主義の新しい作家たち・・・・・・唯美主義あるいは人道主義の人々の続々登場したとき、かれらによって、わが『歌行燈』の作者は、敬慕され、支持され、擁護され、たぐいいなく名匠として、文壇の、以前よりも、もッとさらに高い地位に上った。そして大正十四年、豪華な十数巻の全集さえ刊行された。>(P113)

このあたりは文学史的な事柄に属し、また、時代も大正にかかっており、明治文学を読み返すという今のテーマから外れてしまうので深入りはいない。ただ、大正に入って復活した鏡花の小説が、ということは、その文体がそれ以前とどのように変化したか(あるいは変化しなかったか)は、点検すべきテーマかと思われる。

hnnk0 at 00:00│Comments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!おさらい 

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