「マサくん...オレ店やめようと思って。。」
「...は?」
半年前にかかってきた電話のひとこと目はコレでした。
2015年いっぱいで、オレの「悪友」が「ライブハウスの人」をやめました。
忘れもしない2011年4月12日。
「イベントに出てほしい」という女子がいまして、詳細と場所を聞いて思ったこと。
「...ついにこの時がきたか。」(ちょっと偉そう!)
群馬県にSUNBURSTというライブハウスがあります。
オレらがやっているladderladderができる1年前に、かつては足利でイベンター的なアレをやっていて、その後高崎TRUSTというライブハウスでブッキングをやっていたヤツが起ち上げたライブハウス。
その男のことは昔(10数年前)から知っていて、当時よく熊谷でライブをやっていたオレらの「わりとすぐ近く」にいるヤツでした。この際だからといろいろ振り返ってみたのですが、なんなら「オレら以外」は当時にみんな繋がっていたんだね。笑
まぁコレは「ヒキマあるある」なのですが、「あいつあんま好きじゃないなー」ってヤツにはだいたい嫌われている(笑)ので、きっとそうだったんだろうな。
当時は後輩、今では10年くらい連れ添うカズマもよく口にしていた、彼の名は「HIGE」。
そう、10数年ものあいだ「ヒゲとワタシ」は完全にニアミスでした。
その10数年前から数年後(ややこしいな!)、彼はSUNBURSTというライブハウスを創り、オレらはladderladderというライブハウスを創った。
開店して間もない頃、お互い共通の友であるMORTAR RECORD STOREのザキヤマ氏が「SUNBURSTのHIGEを紹介したいから今度メシでも行こうよ!」と誘ってきた。
オレは適当な理由を言い訳にして断った。なぜかはのちほど。笑
なんだか過去を行ったり来たりしてるうちに時系列がよくわからなくなってきちゃったけども、てめーの打った文章を読み返すのはやめとく。今日はそんな気分だから。
そう!
そして初めて言葉を交わしたのが「ついにこの時がきたか」の2011年4月12日。
完全にハッキリ覚えてる。お互い超ニヤけながら握手しながら「初っすね」って。
あれ?この感じ気持ち悪いな。。笑
その日のライブのことは全然覚えてないけど、初めての場所でずっと事務所に居座り、それこそずっと喋り狂った。
なぜだかは今でもわからない。ただ、この日、オレはHIGEと仲良くなった。とんでもなく。
そして、それを一番喜んでくれたのはカズマだった。
彼に会ったことのある人は全員わかっているんだけど、あいつは声がでかい。ものすごくでかい。
マシンガン以上に喋り狂うのだけど、喋ってる途中で脱線しまくるし、てめーでてめーの話に笑い狂うので、その8割は内容が入ってこない。
それでも、残りの2割が「今のオレら」に通ずる話だったりしちゃうんだから、おかしなもんだなー...って思う。今になって気づいたけども。
「そういえばそうだねー」って話が、言えないのも含めていくつかある。言えるやつだけ書くか。
HIGEと出会った年の年末、当時のベースが抜けた。
その直前に「年末どうでしょう」というSUNBURSTのイベントに出た時の、酔っぱらったミズホの「動画」が今もある。見せないけど。笑
爆笑しながら撮ったんだけど、その時のミズホの言葉は、それから1年後「現実」になった。
さっき打った「残りの2割」ってのもそう。初対面のオレに対してHIGEは、今やっていることと近い未来にやりたいことを話してきた。
その一つが「genten record(笑)」の話。
出会った日に「レーベルやるんだけどHOCKLE HOCK出さない?」って。
...まぁ丁重に断ったけど。。笑
でもね、紆余曲折あって数年後、それも「現実」になった。
別にオレやあいつに特殊能力があるわけじゃないんだけど、今となってはすべて「縁」だと胸を張れる。
歳は4つ下、「ライブハウス」としては先輩、「レーベル」と「バンド」、そして単純に「友」。
同じ「北関東」で、お互いに「大切な場所」を守っていくためにあーだこーだしながら過ごしてきた4年間。
3年前からは「チーム HOCKLE HOCK(ダサい!)」として過ごしてきた。
まだまだまだまだ書き足らないけど、なんかよくわかんなくなってきちゃったから、端折るわ。
そんな(どんな?)彼が、店をやめると言ってきた。
「は?なんだそれ?」
に続けてオレは「わかるわー」と言った。
ごく身近な人には話していたのだけど、「ちょうど」 その頃、オレも内容は違うけど同じようなことで悩んでいたんだ。
だからあいつの言ってることはわかったし「やめんなよー」とは言わなかったし...言えなかった。
やるも「勇気と覚悟」、やめるのも「勇気と覚悟」だ。
「ライブハウスとバンド」という関係で会えた最後の日2015年12月27日。
「ありがとう」より「すまん」のほうが圧倒的に多くなってしまい、「情けねーなー」と一瞬思ったけど、実際そうだからまぁいいか。
「ライブハウスの人」としての最後の日も、とにかく会いにだけは行きたかったので、よっちゃん・カズマと行ってきた。こーいう時に「会えちゃう人」ってのも「縁」なんだろうなーと思ったから、宇都宮に行きたい。
...とにかくアレだ。
寂しくないと言ったら嘘になるけど、「ヒゲとワタシ」の関係はこの先もずっと続いていくだろうし、今までできなかった「バンドとバンド」の関係もできていくだろうし、お互いちょっと落ち着いたらホルモンでも食いに行こうと思っている。
「人」と「人」が、「人と人」として出会い・繋がり・築いていく関係には、「縁ときっかけとタイミング」が重要だとオレは思ってます。
長年お互いを「知っていた」オレらには、「出会いかた」がとても大事だと思ったし、どーしても「1バンドマンとして、人として」出会いたかったんだ。
未来を予想していたワケじゃないけど、あいつとの出会いがあのタイミングで、しかも「ライブハウスの人と1バンドマン」でよかったです。
おかげさまで密度の濃すぎる関係になれましたし、かけがえのない「魂友」になれました。若干遠回りはしたけれど。
きっかけをくれたみちえちゃんには今でも本当に感謝してる。
萩野くん(あ、HIGEの名字ね)
前にやめたメンバーが最後のMCで「卒業しますが...」って言った時も同じこと言ったんだけども...「引退」とかカッコつけた言い方してたけど、正確に言うと「中退」だからな。そこは間違ってもらっちゃ困るぞ。
7年もの長い間、オレらも含めバンドマンとそれにまつわる人たちの「遊び場」を守り続けてくれてありがとう。
需要も人気もないオレらと「一緒に過ごす」を選んでくれてありがとう。
オレもいつか来るだろう「その日」まで踏ん張るわ。
キミが困った時に助けてはあげられないかもしれないけど、オレが困った時には助けてな。笑
さんざん端折りまくりましたが、いつかコレを振り返る日が来るときに残しておきたかった「一生忘れない」話。