2015年05月03日

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2011年2月、出張がてら、愛媛県の松山城、道後温泉、今治、それから瀬戸内海を訪れた。
東日本大震災のおよし1ヶ月前のことだった。

1.道後温泉
2.松山城
3.今治と瀬戸内

道後温泉は、高い金を出して、個室はともかく霊(たま)の湯にも入った方がよい。
こんなになめらかなお湯は、後にも先にもはじめて。

また朝、早起きして、伊佐爾波神社、一遍上人生誕の寺院、それから河野氏の本拠であった湯築城跡を巡るのも楽しい。

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2013年01月05日

旅行ガイド【首都圏】

平成25年、2013年1月1日。

東武東上線に乗って、「元旦ハイキング」をした。

1.東武竹沢駅〜金勝山

2.三光神社〜天王池〜官ノ倉山

3.石尊山〜北向不動〜長福寺〜八幡神社〜小川町駅

官ノ倉山から、石尊山を眺める。

もともと、これら二つの山は、合わせて信仰されてきたらしい。
見た目も似ていて、双子のようだ。官ノ倉山の方が木々が少ない(伐採された?)。

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急なアップダウンを経て、石尊山に登頂(15:37)。

「石尊」の名の通り、三つの祠が設けられている。

このような山岳信仰をみることができるのが、日本のハイキングの醍醐味(?)と、シロウトながら思った。

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ネット上の情報によれば、石尊信仰は、もともと、神奈川県伊勢崎市、大山阿夫利神社に由来するらしい。
阿夫利神社=「あふり」=「あめふり」というわけで、もともと農耕の神、雨乞いの神らしい。である。集落のすぐ近くにある岩山に、石尊祠が多く勧請されたのではないか、里を見守るかのようにそびえる山が石尊祠を祀る山としてふさわしかったとの説。

最初、他にハイカーはいなかったが、後ほど年配の方が小川町駅方面から登ってきた。
彼によれば、群馬県方面に見える冠雪した山々は、谷川岳とのこと。

もっと良いカメラを持ってくればと後悔しながら、スマホ(ソニーのacro)で撮る。

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上の写真の中央部を引き延ばすと・・・

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石尊山ハイクの見所は、「クサリ」・・・

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上り下りに、チェーンを利用する。

今日は落ち葉も乾燥していて、チェーンを使わなくとも何とか降りることができた。
しかし、登山道に降り積もっている落ち葉が、もしも雨露で濡れていたら・・・

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クサリ場を過ぎて少し歩くと、急になだらかになって、ほっとする。
そうすると、右手に、北向不動へ登る急な石階段があった(16:10)。

修験道の場であった一帯と、人徳のある庄屋の物語・・・歴史が込められた土地ならでは。

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北向不動を過ぎると、山登りはほぼ終了。
ほっとする。

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スマホの電池もほとんどなくなってしまった。

このあと長福寺に向かうつもりだったが、道を曲がり損ねて、国道254号線に出てしまった。
長福寺の広告看板に従って、右折。

ひっそりとたたずむ長福寺(16:45)。行基が建立したらしいが。

夕暮れ時なので、お賽銭を投げてお参りしてすぐ退散。
お参りの邪魔をしない気遣いなのか、本堂の柱の陰に、誰か隠れていた。

↓屋外に掲げてあった黒板より。

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「癸巳」(みずのとみ)の今年は、「新たなことが整う年回り」だそうだ。

自分自身にとっても、今年は公私ともに色々ありそうな年なので、思わず気が引き締まった。

あ、それから去年は、マヤの暦の最終年だった。偶然の一致?

長福寺の次は、今回のハイキングの最後、八幡神社。
しかし、どんどん暗くなっていく。すでにスマホは電池切れで、写真は撮れない。

夜の参詣は、あまりよろしくないのでは・・・と思いつつ、到着(17時過ぎ)。

暗い中、しかも誰もいない神社はちょっと怖いが、恐る恐る詣でる。

しかしこの後、なぜか来た道を少し戻ってしまい、その上で坂をくだった。
その結果、小川町駅方面とは別方向の増尾地区、腰越地区の境目あたりに出てしまった。

「大河公民館」の看板を見て、事前に見た地図のわずかな記憶から、道を間違えていることに気づく。セブンイレブンがあったので、地図帳で道を確認(スマホは電池切れで役に立たず)。

ところが、素直に道を直進して国道254号線で左に進めばよいのに、ついつい近道をしてみたつもりがかえって道に迷う結果となり、疲労と足の痛みがひどくなる。

ようやく小川町駅に着き、さらに、反対側の温泉、花和楽(かわら)の湯に着いたのは、18時20分頃。

温泉のおかげか、筋肉痛はほとんどなかったが、特に左足首の痛みが、4日後の今日もまだ治まらない・・・


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2013年01月04日

旅行ガイド【首都圏】

平成25年、2013年1月1日。

東武東上線に乗って、「元旦ハイキング」をした。

1.東武竹沢駅〜金勝山

2.三光神社〜天王池〜官ノ倉山

3.石尊山〜北向不動〜長福寺〜八幡神社〜小川町駅

金勝山を降り、JR八高線が、東武線と立体交差する手前の踏切を渡る(14:14)。

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それから、20分ほど歩く。里の風景(?)

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そして、案内に従って左に折れてすぐ右手、三光神社に到着(14:33)。
少し手前の大きな木で、キツツキが木を衝いていた。

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元々は、本地垂迹の妙見八幡を祀る妙見社だったそうだが、明治維新の廃仏毀釈の中で、日、月、星の3つを祀る神社となったとのこと。だから、三光神社という名前になった。

ネット上からの情報によれば、妙見八幡の歴史は、アッシリアやバビロニアの北極星(北辰)信仰から始まり、そのインド、中国への伝播と仏教への取り入れ、帰化した渡来人の関東配置、武家の八幡信仰との習合までたどれるらしい。

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左手に、その3つが祀られている。どれがどれなのかは、よくわからなかった。おそらく右端が「日」だろうか。

三光神社を後にして、ややなだらかな坂道を登ると、左手上方にあずま屋が見えてくる。
天王池だ。

ここではじめて、向こう側(石尊山、官の倉山方面)からやってくるハイカーに出会う。

天王池に到着(14:44)。

薄く結氷していた。池からほぼ真っ正面に、官ノ倉山を眺めることができる。駅から山あるき(JTBパブリッシング)の写真では、けっこう遠く感じるが、実際にみると、官ノ倉山は意外に近く感じる。

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池の横を進む。白い鯉がじっとしていた。

官ノ倉山へ向かう登り道は、ジグザグだ。

しばらく誰も通らなければ、すぐに草木で埋もれてしまいそうなところもある。

ここ数日は晴れており、地面が乾いているからよいが、前日にでも雨が降れば、かなり滑りやすそうだ。

フウフウ、ハアハア言いながら、広い空間に出る(15:05)。
しかしここは、頂上ではない。外秩父縦走コースへの案内板があるが、これに従ってしまうと、降ることになってしまう。

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官ノ倉山への標識を見つけ、最後の坂道を登る。雨に濡れていれば難所となりそうな木の根の群れ、そして岩場が出迎える。

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上の方から、話し声、笑い声が聞こえてくる。石尊山から来たハイカーのようだ。

挨拶をして、ようやく登頂。

これまでの疲れを癒してくれる眺望。

小川町市街、反対側には深谷市か本庄市の街並み。そして、赤城山、榛名山、妙義山か?

さらに、遙か向こうには、冠雪した連峰が見える。
あとで行く石尊山で出会ったハイカーによれば、谷川岳とのこと。真偽は不明だが、300数十メートルの山でも、このような眺望を体験できるんだなぁ、と感動。

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コンビニで買ったおにぎりを食べ、しばし休憩。

相棒(妻)に、官ノ倉山からの眺めをメールする。

次は、少し降って、少し登って、石尊山へ。

石尊山から、ついさっきまでいた官ノ倉山を眺める。
(下の写真の左端)

小川げんきプラザからみたときも思ったが、官ノ倉山の頂上は、見晴らしを良くするために木々を伐採したのか、うぶ毛がポヤポヤ生えた頭のように見える。

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2013年01月02日

旅行ガイド【首都圏】

平成25年、2013年1月1日。

東武東上線に乗って、「元旦ハイキング」をした。

1.東武竹沢駅〜金勝山

2.三光神社〜天王池〜官ノ倉山

3.石尊山〜北向不動〜長福寺〜八幡神社〜小川町駅

ハイキングは久しぶり。
2008年夏の吉見百穴、松山城、鉢形城、円良田湖以来だ。

川越駅から東武竹沢駅へ。駅前ロータリーはきれい。市街地(小川町方向)はともかく、寄居方向の地域はけっこうローカルな感じ。

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駅を出ると右手に、金勝山、小川げんきプラザ、官ノ倉山への連絡通路がある。

そこをくぐって、左に行けば官ノ倉山。

今回はまず、金勝山へ向かうため、右へ。

その前に、「慈光尊」を拝む。由緒書きを読むと、当地(小川町靱負)は、かつて武州七党の有道姓児玉党の竹沢行高が治めていたとのこと。

その後、時が流れて、秀吉の小田原征伐の際、鉢形城の出城、腰越城(小川町腰越)が落城した際に城主の山田一族が逃れて帰農したそうだ。

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中世の武蔵の歴史を感じつつ、線路伝いに歩く。12時50分出発。

しばらくすると、踏切。そして、金勝山への案内板があった。案内板をみていたら、12時56分、電車が過ぎていった。(やや撮り損ない)

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金勝山への東登山道を登る。

途中、小川げんきプラザにつながる2つのコースが示される。沢コースをとれば、金勝山には登らないのだと思う。

尾根コースを選び、コースを進む。

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久しぶりに体を動かしたので、すぐにゼイゼイ、ハアハア。

「ようやく頂上か!」・・・と思ったら、ちがった。

そんな間違いを二回した後、第一避難所に出た。

それを過ぎるとまもなく、金勝山頂上。13時24分。

あまりの疲労に、ベンチに横たわる。標高300メートルもない山に苦しんでいてはどうするんだ、官ノ倉山、石尊山はやっぱりやめて、帰ろうか・・・と思わず悩む。

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↓写真が傾いてしまったが、ホンダ寄居工場?(環境テック?)の向こうに見える市街地は、深谷か?

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そのすぐ隣には、裏金勝山もある。

さらに、小川げんきプラザを過ぎたところには、西金勝山。

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それぞれが独立した山ではなく、複数の峰に、名前を付けているのだろうか。

小川げんきプラザに戻り、屋外トイレを使わせてもらった後、これから登る官ノ倉山、石尊山を眺める。

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中央右が官ノ倉山、左が石尊山。

けっこう離れているように思える。登り口にたどりつくだけで、体力を使い果たしてしまうんじゃないだろうか・・・

南登山口を下る。途中、学習用の果樹園があった。ゆずだろうか、遠くの樹木に実がなっている。

この風景を眺めていたら、だんだん疲れがとれて、元気が出てきた。

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やがて、里に出た。

なんて、気持ちが良い日なんだろう。官ノ倉山、石尊山に登る気持ちを取り戻した。

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JR八高線の線路を右手に、東武竹沢駅方面を目指す。JR竹沢駅を過ぎる。

民家も増えてくるが、人気はほとんどない。
沿道には、自民党、共産党のポスターが目立つ。

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2012年03月31日

最近、あるつながりで、五島列島の写真をWebで見る機会があった。

五島列島は、自分が経験してきた旅の中で、最も印象的な訪問先の一つ。

水ノ浦教会

長崎市

中華街、出島

2008年:初春

GO

五島市

福江市街、水ノ浦教会、井持浦教会と玉ノ浦ルルド、堂崎天主堂

2008年:初春

GO

新上五島町

中浦教会、数々の港町、頭ヶ島教会、大曽教会

2008年:初春

GO

佐世保市

三浦町教会、展海峰、松浦鉄道

2008年:初春

GO

平戸市

田平教会、教会と寺院群、平戸城

2008年:初春

GO



水ノ浦教会


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2012年03月19日

先日、とうとう、一眼レフカメラを買いました。

といっても、素人なので、エントリーモデルです。

購入したカメラは、キャノンのEOS Kiss X5。ヤマダ電機「日本総本店」(池袋)での購入。


さいしょは、「一眼レフがほしいけど、軽くて簡単なのがいい!」という妻の意向に従い、ミラーレス一眼を探しました。

さいしょの店員さんも、「お子さんの写真が中心なら・・・」と、オリンパスのPENシリーズを紹介。

いったん、ベンチに座って作戦会議。

私としては、キャノンかニコンの一眼レフがほしかったので、「ミラーレスなら、どうでもいいや・・・」という態度。

しかし、妻が、「やっぱり、一眼レフ全体の説明を聞きたい」と言い出しました。
しかも、「さっきの店員さんは、EOS Kissの説明をしてくれなかった<`ヘ´>」とのたまう始末。あなたが「コンパクトなのがいい」といったからでしょ、となだめたのもの言うことを聞かず。

振出しに戻って、別の店員さんを捕まえ、数十分、話し込む妻。

私は、飽きてぐずる息子を抱きかかえ、ふらふら状態。

結局、妻は、EOS Kissがとても欲しくなったので、ダブルズームキットで購入。

値札よりも安くしてもらって、64800円くらい+20%ポイント付与で購入。

そのポイントで、8ギガのSDカード、液晶保護フィルムを購入。

妻に振り回されたカメラ購入記でした。

hodofin at 00:43コメント(2)トラックバック(0) 

2012年01月03日

旅行ガイド【東海】

2010年12月、出張がてら、岐阜県は郡上八幡と美濃を訪れた。

  1. 美濃市
  2. 郡上八幡

1.美濃市

旧名鉄美濃駅

まだ暗いうちに宿を出て、岐阜駅へ。
JR高山線で美濃太田駅まで行き、長良川鉄道に乗り換え。

長良川鉄道

午前7時過ぎ、美濃市駅に到着。
駅を出て間もなく、旧名鉄美濃駅を見つける。事前には全く知らなかった観光名所だ。
まだ開いていないので、後回しにして、先を急ぐ。

旧名鉄美濃駅

このあたりは、レトロな感じのするお店が点在していた。
「赤玉」という名の喫茶店も・・・

美濃市駅周辺


長良川

まず、「うだつの上がる街並み」にある観光案内所へ行き、マップを手に入れる。

街並みを散策したい気持ちを抑え、街を突き抜けて、長良川河畔へ。

長良川

ここは、関ヶ原の功により同地に封じられた金森長近が開いた川湊上有知湊の跡地である。
かつては、交易で栄えたという。
うだつの上がる街並みも、これに由来すると思われる。鉄道や車両による運送が当たり前の現代人から見れば、なぜこの町が栄えたのか不思議だが、舟運を考えれば納得。
わが町川越も同じか。

とにかく、現在はうら寂しい河畔が、江戸時代まで大いに栄えたというのは信じがたい。

川湊には、江戸末期に建てられた住吉灯台も残っている。

長良川住吉灯台

さらに、長良川の両岸を結ぶ美濃橋があった。現存する日本最古の近代的な吊り橋で、建設当時は日本最長だったらしい。
大正時代に架けられたもので、20人以下の通行制限がある。

橋を渡り、対岸へ。
老人が、投網をしていた。

美濃橋


うだつの上がる街並み

長良川から、トンネルをくぐり、紅葉の美しい小倉公園の横を通り過ぎて、うだつの上がる街並みへ。
小倉公園は、金森長近の隠居城であった小倉山城の跡地である。

小倉山

街並みでは、水琴窟の今井家などに入って見物もした。

うだつの上がる街並み

うだつの上がる街並み

うだつの上がる街並み

うだつの上がる街並み

うだつの上がる街並み

うだつの上がる街並み

うだつの上がる街並み

うだつの上がる街並み



hodofin at 18:30コメント(0)トラックバック(0) 
旅行ガイド【東海】

2010年12月、出張がてら、岐阜県は郡上八幡と美濃を訪れた。

  1. 美濃市
  2. 郡上八幡

2.郡上八幡

食品サンプル

郡上八幡の見どころは多々あるが、まずは食品サンプル。

郡上八幡駅を降りてすぐのいわさきへ。

製作体験はお金がかかるので、係の人の実演を見学することにした。
レタスや天ぷらえびの実演に、思わず目を見張る。

食品サンプル

食品サンプル

その後、店内を見学。
陳列されているサンプルの出来栄えに感銘、ひさしぶりに興奮した。
この会社を建てた人の父親は、「奥美濃の左甚五郎」と呼ばれるほどの木彫りの名人だったとのこと。

食品サンプル

食品サンプル

食品サンプル

食品サンプル


水の町

食品サンプルに未練を残しながら市街地へ(こちらにも、サンプルのお店が点在する)。途中の町並みは、昭和の気配。

郡上八幡

郡上八幡は、長良川の支流である吉田川・小駄良川を利用した水の町とのこと。
あちこちに親水遊歩道がある。
水辺の景色が好きな私としては、満足。

郡上八幡

水舟というものが、あちこちにある。
郡上八幡特有の水利用のシステムで、湧水や山水を引き込んだ二槽または三槽からなる水槽のうち、最初の水槽が飲用や食べ物を洗うのに使われ、次の水槽は汚れた食器などの洗浄に使われるとのこと。
さらに、そこで出た食べ物の残りは、そのまま下の池に流れて飼われている鯉や魚のエサとなり、水は自然に浄化されて川に流れこむしくみになっているとのこと。
観光用のものが各所におかれている。

郡上八幡

観光案内所である郡上八幡旧庁舎記念館から、いがわこみちへ。
江戸時代の足軽屋敷の用水路で、共同の洗濯場がある。洗濯場は、現在も使われているとのことだったが・・・

郡上八幡

吉田川沿いには、昔ながらの旅館や食堂がへばりつくようにして建っていた。

郡上八幡


うだつの上がる街並み郡上八幡の城

宗祇水に立ち寄りながら、職人町、鍛冶屋町を散策。

それから、寺院群も眺めながら、少しずつお城への道を進む。

お城は昭和8年に再建されたものだが、、80年近い年月を経たせいか、周囲と調和している印象を受ける。
他の復元城郭(千葉県の館山城など)と比べ、不自然さがない。
司馬遼太郎さんも称賛したお城だ。

郡上八幡の城

城郭は、美しい曲線を描いている。

郡上八幡の城

郡上八幡の城

お城やその周囲から、郡上八幡の街並みを見ることができる。
山あいに家々が密集している。

郡上八幡の城

城を降りる途中、山内一豊と千代の像があった。
二人にゆかりがある(と言われる)地域は多々あるそうだ。
ここ郡上八幡の地も、千代が初代郡上八幡城の城主遠藤盛数の娘であったという説が有力であるとのこと。
現存する遠藤家の系図には「盛数の娘山内対馬守室」(妻の意味)と記されているそうだ。

郡上八幡の城



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2011年01月03日

旅行ガイド【北陸】

2009年11月下旬、出張がてら、紅葉の金沢と七尾を訪れた。
宿泊先は、ANAクラウンプラザホテル金沢(旧 金沢全日空ホテル)

  1. 七尾
  2. 金沢〜兼六園、金沢城、長町、前田土佐守家資料館

2.金沢〜兼六園、金沢城、長町、前田土佐守家資料館

兼六園

飛行機の時間までかなりあるので、2004年にも訪れた兼六園や金沢城を訪ねた。

前回訪れた時は10月下旬で、紅葉の少し前だった。
今回は、11月末。紅葉も終わりごろ。

兼六園も、紅葉で、木々も、地面も赤や黄色で染まっていた。
ガイドの声が聞こえてくる。
「紅葉も、あと一週間。強い風が吹いたら、終わりだね!」

兼六園

兼六園

兼六園

兼六園も、冬支度を終えていた。

兼六園


金沢城

兼六園から金沢城の方へ出ると、百万石通り(百間掘り跡)を挟んで、石川門に当る。
百間掘りの兼六園側の地区は、前田家に嫁いだ、徳川秀忠息女珠姫に従ってきた徳川家臣団が居住したという。

巨大な堀を挟んで、徳川家と、最大の外様前田家とが対峙しているようでもあり、徳川が監視し、前田家がそれをはねつけているようでもある印象を受ける。

それにしても、石川門は優美。

金沢城

門をくぐって、中へ。
まだ雪は降っていないが、復元されたお城の白壁を眺めていると、あたかも雪が積もったかのような錯覚を覚える。

金沢城

城内は、兼六園同様、紅葉真っ盛り。
秋が、熟しきった感じを出している。

韓国人の若いグループが観光していたが、私が訪れた韓国には、このような景色はなかったと思う。
慶州の仏国寺も趣はあるが、こんなに繊細ではない(秀吉の軍勢が焼き払う前の姿は知らないが)。

金沢城

金沢城

石川門から、城を出る。
復元工事中のいもり掘を過ぎて、武士の街、長町へ。

金沢城


長町と、前田土佐守家資料館

長町は、加賀藩の中・高級武士らが多く住んだ街。
今でも、その子孫の方々が住んでいるという。

長町の名の由来は、前田家の重臣、長氏にあるとのこと。

2004年の金沢旅行時は時間がなく、夜に訪れたため、ほとんど観光はできなかった。

長町

長町

長町の特色は、水路を利用していること。
水路を屋敷に引き込んでいる。加賀藩が豊かな国だった表れという。

長町

長町には、前田利家の次男、利政を家祖とする前田土佐守家資料館がある。
陳列物よりも、前田土佐守家の成り立ちや、利政の人生の解説に見入ってしまった。

「関が原」にて、利政は、東軍に付いた兄利長と相対する行動を取り、結果として領地を失い、隠棲する。
その子、直之が、叔父である利常に仕える。この家系が、利家とまつとの血脈を伝えることになる。

興味深いのは、「直之」という名前。元は前田家の通名である「利」を付した「利直」だったそうだが。
その後、父の名から取った「政之」、次いで「直之」となる。以降、その子孫は、「直」を通名とする。
前田家本来の通名から遠ざかっていったのは、やはり宗家への遠慮があったのだろうか。

さらには、土佐守家も連なる加賀八家の面々。
畠山氏の旧臣、長氏も興味あるが、なんといっても本多家五万石。
かの直江兼続の娘婿、本多政重を祖とする家である。

長町を出た後、前田利家を祀る尾山神社へ。
印象的な神門をくぐる。
神門と違い、その境内は、広い庭園を持つ以外には他の神社と変わらない。

尾山神社



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旅行ガイド【北陸】

2009年11月下旬、出張がてら、紅葉の金沢と七尾を訪れた。
宿泊先は、ANAクラウンプラザホテル金沢(旧 金沢全日空ホテル)

  1. 七尾
  2. 金沢〜兼六園、金沢城、長町、前田土佐守家資料館

1.七尾

小丸山城

金沢からバスで到着。

七尾駅前には、少年、長谷川等伯の旅立ちの像が置かれていた。

長谷川等伯像

線路伝いに小丸山公園へ。
小丸山公園は、織田信長より能登の地を拝領した前田利家が、最初に築いた城の跡地である。

ちょうど紅葉真っ盛りであった。
利家とまつの像も建てられていた。

ちなみに、七尾城とは違う。

小丸山公園

小丸山公園

小丸山公園


七尾美術館から、山の寺寺院群へ

小丸山公園を降り、大きな橋を渡り、七尾美術館へ。

この美術館は、ドームが連なる屋根が特徴的。

七尾美術館

七尾ゆかりの長谷川等伯をハイビジョンで紹介するコーナーがある。
このコーナーは、入場券を買わなくても入れると思う。

美術館の次は、山の寺寺院群
とても参考になるリンクは、きまっし金沢

寺院群は、前田利家が奥能登地域からの防御(一向一揆)を目的に、各宗派の寺院を陣地とするために移転配置したもの。
現存する寺院は16とのこと。

寺を防御陣地とする発想は、金沢の寺町にも通じる。
しかし、現在建っている寺院群の造りでは、「砦」として機能したかどうかは分からない。
兵営のような役割を担ったのだろうか。

常通寺。当時の造りはわからないが、武器庫くらいしか機能しないのでは。
山の寺寺院群

宝幢寺。紅葉が印象的。
山の寺寺院群

山の寺寺院群

本行寺。代々の住職は、前田家より入ったとのこと。他の寺とは、出来栄えと言うか、扱いが違うとの印象を得た。
侵入してきた敵に対する色々な仕掛けがあるとのこと。

この寺は、キリシタンの伝説がある。
前田家も、宇喜田秀家に嫁いだ豪姫や、客将高山右近はじめ、キリシタンが多かった。利家も、キリシタンだったとの説も。
しかし、「ムー」の特集記事が飾ってあるのには閉口してしまった。もう少し、学術的なアプローチで解説してほしかった。
山口市のザビエル記念聖堂のように。
とにかく、このお寺の和尚さんは、もうちょっと真面目になってくれないだろうか・・・ジーパン和尚。

山の寺寺院群

色々なお寺を回り、最後は、妙観院。真言宗。
唐門が印象的である。
大正時代に周囲が干拓されるまで、海が迫っていたそうで、他の寺院群とは違う趣がある。
ここの鐘は、自由に撞くことができる。

山の寺寺院群

寺院群を後にし、夕暮れの中、桜川を越え、一本杉通りを過ぎ、七尾フィッシャーマンズ・ワーフへ。
ここで、能登の料理を楽しもうと思ったが、どうもピンとくるお店がなく、駅に向かった。



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