2005年09月19日

北陸 〜永平寺

2004年10月下旬。 五木寛之「百寺巡礼」(ガイド版ではない)を携えて。
福井駅より、えちぜん鉄道勝山永平寺線にて、永平寺口駅へ。駅の周囲は、静まり返っている。バスの時間まで散策してみた。

永平寺までのバスは、往路では永平寺入り口(通用門)手前まで行ってくれる。
復路は、門前町の旧駅跡近くから乗ることになるので注意が必要だ。

まず、永平寺川に沿って立ち、寺の全景を眺めてみる。
意外と、新しい建物も立っている。なぜか、奈良県天理市で見た天理教施設を思い出した。

それから、通用門の外にある寂光苑へ行こうとしたが、熊が出没するので立ち入り禁止とのこと。
唐門(勅使門)を眺める。朝の陽光が木漏れ日となって細い階段を照らしている。

永平寺唐門

通用門から入る。門内には、コインロッカーがあるので荷物を預ける。
そこから、昭和46年築の吉祥閣へ。ここで、永平寺の歴史、修行僧である雲水たちのことなどの説明を受ける。
このとき、禅宗寺院は七堂伽藍を人体にたとえて配置していることを知った。
すなわち、頭が法堂(はっとう)、心臓が仏殿(ぶつでん)、左手が庫院(くいん)、右手が僧堂(そうどう)、腰が山門(さんもん)、左足が浴室(よくしつ)、右足が東司(とうす。トイレ)である。

永平寺法堂からの眺め

吉祥閣内を昇り降りし、七堂伽藍へ。 伽藍内の東司(トイレ)は、新しくてきれいで、少し安心。
まず、雲水たちの寝起きの場である僧堂。中を除くのは憚れた。
そのまま上まで登り、法堂へ。
法堂は思ったよりがらんとしている。鎮座している聖観世音菩薩を背に、「頭」(=法堂)から下を眺める。伽藍の木々、回廊越しに見える仏殿の甍、境内の杜、初秋の永平寺を堪能する。

永平寺中雀門、奥は山門

回廊を行ったりきたり、また、仏殿、庫院を見て周る。

永平寺庫院

七堂伽藍を出て、鐘楼へ。
苔を飾った大木が、石段を踏みしめていた。

永平寺鐘楼

実のところ、永平寺には、境内中賽銭箱だらけのような中尊寺のような観光地化を懸念していた。
しかし、それは杞憂に終わった。無論、多勢の観光客も受け入れており、一見俗世から乖離してはいないようだが、分別はなされているのだろう。雲水たちにとっては観光客との接触(吉祥閣での説明など)も修行の一環なのだろう。
当初、吉祥閣はじめ、新しい建物が多いことに失望をいだいた。しかし、この寺には何度も伽藍を焼失した歴史がある。そもそも、ここは修行の地であって、そもそも歴史的名所ではない。だからこそ、雲水と観光客との共存も、不思議と違和感を感じない。

寺を出て、門前町のゆるやかな坂道を下る。
かつて、永平寺門前町までは鉄道が通っていた。
駅舎は、バスのチケット売り場となっている。なかば廃墟と化しているその駅舎からホーム跡に出る。
小さな鳥居が向こう側に見えた。

永平寺廃駅



hodofin at 01:02コメント(0)トラックバック(0)国内旅行 | 北陸 

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