2010年04月05日

倉敷・岡山への旅 その1

旅行ガイド【中国】

2009年7月、出張がてら、岡山市と倉敷市を訪れた。
倉敷の街並みと、岡山城と後楽園を楽しんだ。
宿泊先は、ホテルグランヴィア岡山

  1. 倉敷の街並み その1
  2. 倉敷の街並み その2
  3. 岡山城と後楽園  

1.倉敷の街並み その1

阿智神社

JR岡山駅より、電車にて倉敷へ。
途中、右手の窓に、川崎医科大学の校舎が現れた。
田園地帯の小高い丘の上にそそり立つ校舎は、まるで城砦のようだ。
日本におけるドクターヘリのパイオニアとしても知られる同医大は、岡山県+近隣地域にとって、「生命の砦」といえるのかもしれない。

両脇に巨大なホテルやデパートを従える倉敷駅を降りて、歴史的な街並みへ。行き方として、アーケード街を通るルートを選ぶ。
アーケード街を、少々迷いながら進むと、鶴形山に出る。ここには、阿智神社というお社がある。
阿智神社は、古代、朝鮮半島から一団を率いて渡ってきた阿知使主(あちのおみ)が移住した地に建てられたとのこと。
阿知使主は、「東漢氏」(やまとのあやうじ)の祖と言われている人物である。

かつてこの地域は、瀬戸内海の海上交通の要衝だったそうだ。
そして、この地は「亀島」「鶴形島」などと呼ばれ、またかつて岡山平野は吉備の穴海と呼ばれる海域だったとのこと。したがって、現在陸地となっている鶴形山の周囲は、入り江だったのかもしれない。

そのような地に、中国(東漢氏は中国の漢帝国にルーツを持つと自称)や朝鮮半島の先進技術を誇り、大陸や半島とコネクションを持った集団が移住したとのこと。交易や当時の先端技術により、当地で繁栄したのだろう。

阿智神社


倉敷川に向かう途中で

阿智神社に参拝した後、丘を降りる。
すぐに、倉敷が誇る歴史的な街並みに入る。
漆喰の白壁と黒い屋根。長く続くお店や、伝統的建築をうまく利用した新しいお店。ところどころに、銀行などの西洋建築がはめ込まれている。
川越の一番街に似ていると感じる。

倉敷

倉敷

倉敷

倉敷


しかし、期待していたほどの素晴らしさは感じなかった。もちろん、川越よりはずっと伝統的建築物の保存状態は良いのだが。
また、観光客もまばら。
「倉敷って言っても、こんなものなのかなかぁ」と思っていたら、漆喰の壁で囲まれた小道の向うに、ギリシャ神殿のような建物が見えてきた。

大原美術館だ。

倉敷

ただし、時間の関係でこの美術館を訪れることはできなかった。
次回の旅では、是非!

大原美術館が面している倉敷川沿いの風景が、倉敷の街並み観光のハイライトといえるだろう。


橋本岳

この日は、夏祭りのようだが、偶然にもお祭りが開催されていた。
また、遠くだったのでよく姿は見えなかったが、当時衆院議員だった橋本岳(橋本龍太郎元首相の息子)が、街頭演説をしていた。

そして、観光を終えて、大通りを駅に向かっている途中、前方に「橋本岳」ののぼりが数本と、運動員らしき人たちが数名立っていた。
もう辻立ちも終え、後片付けをしている様子だったので、「本人は、既に帰ってしまったのだろう」と思った。
すると、一人の青年の運動員が、お祭りのイベント用の格好をした女性たちの前で、おどけているのが見えた。
てっきり、仕事も終えて、はしゃいでいるんだろう、と思ったが、よく見ると、なんと橋本岳本人だった。
まだ若いせいもあるが、政治家としてのオーラは、全く感じなかった。道を行く人々も、まるで気付いていなかった。
これじゃあ、選挙に落ちるわけだよね。

橋本岳

もっとも、橋本岳さんは、父親の影響からか、社会保障についてしっかりと勉強しているな、と思っている。今後に期待。



hodofin at 00:44コメント(0)トラックバック(0)国内旅行 | 岡山県 

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