2011年01月03日

七尾と金沢への旅 その2

旅行ガイド【北陸】

2009年11月下旬、出張がてら、紅葉の金沢と七尾を訪れた。
宿泊先は、ANAクラウンプラザホテル金沢(旧 金沢全日空ホテル)

  1. 七尾
  2. 金沢〜兼六園、金沢城、長町、前田土佐守家資料館

2.金沢〜兼六園、金沢城、長町、前田土佐守家資料館

兼六園

飛行機の時間までかなりあるので、2004年にも訪れた兼六園や金沢城を訪ねた。

前回訪れた時は10月下旬で、紅葉の少し前だった。
今回は、11月末。紅葉も終わりごろ。

兼六園も、紅葉で、木々も、地面も赤や黄色で染まっていた。
ガイドの声が聞こえてくる。
「紅葉も、あと一週間。強い風が吹いたら、終わりだね!」

兼六園

兼六園

兼六園

兼六園も、冬支度を終えていた。

兼六園


金沢城

兼六園から金沢城の方へ出ると、百万石通り(百間掘り跡)を挟んで、石川門に当る。
百間掘りの兼六園側の地区は、前田家に嫁いだ、徳川秀忠息女珠姫に従ってきた徳川家臣団が居住したという。

巨大な堀を挟んで、徳川家と、最大の外様前田家とが対峙しているようでもあり、徳川が監視し、前田家がそれをはねつけているようでもある印象を受ける。

それにしても、石川門は優美。

金沢城

門をくぐって、中へ。
まだ雪は降っていないが、復元されたお城の白壁を眺めていると、あたかも雪が積もったかのような錯覚を覚える。

金沢城

城内は、兼六園同様、紅葉真っ盛り。
秋が、熟しきった感じを出している。

韓国人の若いグループが観光していたが、私が訪れた韓国には、このような景色はなかったと思う。
慶州の仏国寺も趣はあるが、こんなに繊細ではない(秀吉の軍勢が焼き払う前の姿は知らないが)。

金沢城

金沢城

石川門から、城を出る。
復元工事中のいもり掘を過ぎて、武士の街、長町へ。

金沢城


長町と、前田土佐守家資料館

長町は、加賀藩の中・高級武士らが多く住んだ街。
今でも、その子孫の方々が住んでいるという。

長町の名の由来は、前田家の重臣、長氏にあるとのこと。

2004年の金沢旅行時は時間がなく、夜に訪れたため、ほとんど観光はできなかった。

長町

長町

長町の特色は、水路を利用していること。
水路を屋敷に引き込んでいる。加賀藩が豊かな国だった表れという。

長町

長町には、前田利家の次男、利政を家祖とする前田土佐守家資料館がある。
陳列物よりも、前田土佐守家の成り立ちや、利政の人生の解説に見入ってしまった。

「関が原」にて、利政は、東軍に付いた兄利長と相対する行動を取り、結果として領地を失い、隠棲する。
その子、直之が、叔父である利常に仕える。この家系が、利家とまつとの血脈を伝えることになる。

興味深いのは、「直之」という名前。元は前田家の通名である「利」を付した「利直」だったそうだが。
その後、父の名から取った「政之」、次いで「直之」となる。以降、その子孫は、「直」を通名とする。
前田家本来の通名から遠ざかっていったのは、やはり宗家への遠慮があったのだろうか。

さらには、土佐守家も連なる加賀八家の面々。
畠山氏の旧臣、長氏も興味あるが、なんといっても本多家五万石。
かの直江兼続の娘婿、本多政重を祖とする家である。

長町を出た後、前田利家を祀る尾山神社へ。
印象的な神門をくぐる。
神門と違い、その境内は、広い庭園を持つ以外には他の神社と変わらない。

尾山神社



hodofin at 22:56コメント(0)トラックバック(0)国内旅行 | 北陸 

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