怖い話します(別館)

創作怪談・怖い話のブログです。 まとめサイトではなく、話は全部自分が書きました。

これは某所にある「怪談ルーム」に
相談に来た人たちが語った話です。
けっこう怖いですよ。


フェアトレードコーヒー_ヘッダ


今晩は、都内の大学に通っている山尾と申します。よろしくお願いします。
私、大学の3年生なんですけど、今年の10月にアパートを引っ越したんです。
はい、前のアパートが、道路の拡張工事に引っかかって取り壊されるためです。
そのことは前から言われてたので、8月ころから新しい部屋を探してました。
不動産屋さん回りをしてたら、すごく条件のいいところが一ヶ所あったんです。
前のところよりも大学に近くて、電車を使わずに通えそうな距離で、
しかも家賃も1万円ほど安いという。それで、現地を見にいったとき、
不躾かと思ったんですが、不動産屋さんに、「こんな家賃なのは、
なにかわけがあるんですか?」って、思いきって聞いてみました。
そしたら、不動産屋さんはちょっと困った顔をしましたが、
外に出て、アパートの裏手側に回ったんです。

そこですね、道をはさんで墓地になってたんです。もちろん高い塀に
囲まれてるので、外からは墓地だとはわからないんですけど。
でも、私はあんまり気にならなかったんですよ。というのは、空いていた部屋は
2階のいちばん端で、お寺の区画は切れてて、窓からはお墓が見えなかったんです。
不動産屋さんは、「所有者からははっきり聞いてはいませんが、こういう事情で
 他所よりお安いんだと思います」こう話してました。それで、立ち退きの
期限もあったので、そこに決めちゃったんです。それとですね、
今回の話に関係があるんですけど、キッチンのついた一間の部屋の
中を見せてもらってるとき、ガス台の上、換気扇があるところの横に、
金属の赤い箱があったんです。はい、天井から10cmほど下で、
もちろんイスとかに上がらないと手が届かない高さです。

「あれは?」って聞いたら、「ああ、ガス検知器です」という答えで、
たしかに、真ん中に小さなライトが一つ点滅していました。
そのときは納得したんですけど、今考えれば赤い色って変ですよね。
で、引っ越しをしました。荷物が少なかったので、業者には頼まず、
大学のサークル仲間で免許を持ってる人が運んでくれたんです。
その日の夜は、お礼に、新しい部屋でピザなんかをとって、少しお酒を
飲んだんですけど、一人、「この部屋、なんかなあ」っていう友だちがいて、
「何?」って聞いたら、「気を悪くしないでね。ケチをつけてるわけじゃないんだけど、
 この部屋、暗く感じない」じつは、私もそう思ってたんです。けどそれは、
部屋の照明が古くなっているせいだと考えてました。蛍光灯だったので、
新しい大家さんに、LEDとかに変えられないか話してみようと思いました。

それから、1ヶ月は何も起きなかったです。照明のほうは旧式で、
LEDは無理だったんですけど、蛍光管を変えたら明るくなりました。
先月のことです。夜の8時ころでしたか。バイトから帰って、
キッチンで料理してました。簡単な献立ですけど、生活費節約のために、
毎日自炊してたんです。そしたら、フライパンの油がパチンとはじけて顔にあたり、
びっくりして横の壁にドンとぶつかってしまって。そのとき、ウインウインって
サイレンの音がすぐ上から聞こえて、見るとガス検知器のライトの点滅が激しく
なってました。あわてて火を消したんですが、ガスの臭いはしなかったです。
私がぶつかったせいだと思って、見てみようと机からイスをひっぱり出してるうち、
音は消えて、点滅も収まったんです。はい、それから2週間後くらいですね。
その日は遅く、11時ころに部屋に戻りました。

冷蔵庫から飲み物を出してると、携帯が鳴ったんです。出てみると地元にいる
母でした。「あ、お母さん、どしたの、こんな時間に?」実家は夜が早くて、
ふつうはもう寝てる時間なんです。母はいつもののんびりした声で、
「お父さんの具合が悪くってねえ」 「え?どういうこと?」
変なことを言うなあと思いました。私の父は4年前に病気で亡くなってて、
母は、実家で兄の家族と同居してるんです。「お父さんてどういうこと?」
そしたら少し沈黙があって、「・・・そっちは停電してないのかい?」って。
「何言ってるのよお母さん、私のとことそっち、すごく離れてるじゃない。
 お母さんのほう、停電なの?」 「そうかい、停電じゃないのかい・・・
 じゃあ、が来るよ」そこで電話は切れました。その途端、
部屋の電気がぱっと消えたんです。「え、え? ホントに停電?!」

ウワン ウワン ウワン・・・ガス検知器がまた鳴り出したんです。
赤い光の点滅で、天井がまだらになって見えました。「ああ、どうしよう?」
暗い中をキッチンまで行きましたが、もちろんガスはついてないです。
まずこれを止めなきゃと思ったんですが、まごまごしてるうちに音と光が消え、
真っ暗闇になったんです。窓のカーテンを開けてみました。
下は道なので、街灯とかの光が見えるはずなんですが、それもなくて、
この地域一帯が停電なんだと思いました。でも、地震があったわけでも、
台風でもないのに。とにかく暗くてどうにもならず、手探りで机の引き出しから
懐中電灯を出したんです。スイッチを入れると、一瞬だけつきましたが、
すぐに消えて、また真っ暗に。ああ、こんなときに電池切れ。
玄関のドアを開けて外の廊下に出てみました。そしたらやっぱり街全体が真っ暗で。

「そうだ、隣はどうしてるんだろう」はい、私の部屋は端なんですけど、
右隣の人はあいさつをして知っていて、私と同じ大学生だったんです。
インターホンを押しましたが反応ありません。ああ、停電でこれも切れてるんだと
考えて、ドアをドンドンとノックしました。そしたら、ドアが少し開いて、
「誰?」という声がしたので、「あたし、隣の山尾」そう言うと、
チェーンロックを外す音がしてドアが開きました。「あ、すみません、
 急に停電になったので、何かわかることないのかと思って」
「入って」中はぼうっとオレンジ色の明かりで、部屋のテレビ台の上にロウソクが
立ててあったんです。「あ、準備いいですね。うちは懐中電灯もつかなくて。
 どうして停電になってるかわかりますか?」 「・・・が来たから」
「え? どういうことです?」 「ほら、こっち来てみて」

隣の人は、窓に寄ってカーテンを開けました。外をのぞくと、私のとこからは
見えない塀の中のお墓が青白く光ってて、たくさんの人がいるように
思ったんです。「え、あれは?」 「死んだ人が少し出てきてるの。だから」
「ええ?」 ここで急にすごく怖くなったんです。ロウソクの光に照らされた顔が、
別人のように思えてきて。「私、戻ります」そう言って、
逃げるようにして部屋に戻ってきました。でも、相変わらず真っ暗で。
また、携帯が鳴ったんです。番号は実家から。おそるおそる出てみると、
やはり母でした。「お母さん、こっちも停電、これ、どうなってるのよ?!」
「だから、が来たんだって。もうすぐお父さんがそっちへ着くよ」
私は携帯を放り出し、部屋の鍵をかけてベッドに飛び込みました。
布団をかぶっていると、ドンドン、ドンドン、ドアをノックする音が聞こえ、

それはドカンドカンと蹴りつける音にかわりました。でも、私はずっと
布団から出ず、そのうちに音は聞こえなくなり、眠ってしまったんです。
目を覚ますと朝の気配がしました。はい、外が明るくなってたんです。
時間は9時を過ぎてましたが、その日、大学の授業は午後からでした。
まず携帯を見ました。でも、実家の母からの着信履歴はなかったんです。あと、
電気もつきました。すごく怖かったんですが、隣の部屋の前に行ってインターホンを
押すと、隣の人が出てきて「どうしたの?」と聞くので、「昨日、停電ありましたか?」
「いや、気がつかなかったけど」こんなやりとりになったんです。この調子だと、
私が部屋に入ったことも否定されるだろうと考えて、言い出しませんでした。
・・・ここまでくると、全部が夢だったって思いますよね。
私は昨日、帰ってきてすぐに寝て、停電する夢を見ていた。

そうとしか解釈しようがないです。念のために、母に電話してみました。
母はすぐ出て「これからパートに行くんだけど、どしたの?」 「昨日の夜、
 電話した?」 「いや、してない」・・・あとは、あのガス検知器だけです。
イスに上がって金属の箱を見たら、4隅がネジ止めされてたんです。
そのときはどうにもならず、大学の帰りにねじ回しを買ってきて、箱を開けました。
中は真ん中に一つだけ、ブレーカーのような大きなスイッチがあって、
上にあがってました。下側に黄ばんだ和紙が貼ってあり、そこに筆字で「」って
あったんです。大家さんに連絡したんですが不在で、不動産屋にかけました。
担当者が出たので解約したいって話すと、理由を聞いてきたから、一言だけ、
「ガス検知器の中を見ました」そう言ったら、「・・・ああ、わかりました。
 解約は了承します。・・・次のお部屋はお決まりですか?」頭にきたので電話を
切り、友だちから つてをたどってこちらの話を聞いて、相談しに来たんです。

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じゃあ話していきます。僕、鍼灸師をしてるんです。こう言うとなんですけど、
鍼灸って、古い、うさんくさい技術だと思われてる方が多いんですよね。
けど、今は国立大学でも鍼灸を専門に学ぶ学科がありまして、
僕も、筑波大学で4年間勉強しました。それから、もう10年たつところですが、
開業はせず、ある大学病院で理学療法としてやってます。
で、専門誌に論文出したりも。それがおそらく目に止まったと思うんですけど、
3年前の秋に、中国のある医科大学から、研究会で発表してくれないかって、
招待されたんです。ああ、大学名なんかは言わなくてもいいですよね。
いろいろ差し障りがあるかもしれませんから。
費用は、渡航費用も、滞在費もすべて向こう持ちで、毎日のように
豪華なレセプションがありました。中国式の乾杯にはまいりましたけど。

それでね、発表が終わった日の晩です。そのときの晩餐会で、
そこの大学の学長から、こんな話をされたんです。「あなたの技術を見込んで、
診断、治療してほしい患者がいる」って。これね、向こうが本場なのに、
変だと思うでしょ。けど、お灸と漢方薬はともかくとして、
鍼に関しては、中国よりも日本のほうがずっと進んでるんです。
ほら、中国から伝わってきた鍼は、日本で特殊な進化をとげまして、
江戸時代以前から、日本だと目の不自由な人たちが鍼を打つようになってたでしょう。
手探りで脈をみながら打つので、その過程で技術が進化して、
経絡の考え方も、中国よりずっと実用的なものになってるんです。
あと、鍼管っていう、鍼にかぶせて使う管も日本独自の発明です。
でもね、今はそれ、中国でも一般的に使われているんです。

でね、この話を聞いたとき、ははあ、共産党の要人か、その家族だろうと思ったんです。
党の幹部はいろんな特権がありますから。それと、西洋医学では
治せない症状なんだろうとも。ええ、慢性的なアレルギーとか、
西洋医学にも限界はあります。それを補完するのが鍼をふくめた東洋医学ですから。
翌日の8時、ホテルにいるところに迎えが来まして、
王さんっていう、大学の学部長の人でした。駐車場に大きな車が来ていて、
運転手が乗ってました。それで、最初に、その市の中心部にある
大型の漢方薬店に行ったんです。楊さんという店主を紹介され、
50代前半くらいの、背の低い人でしたね。王さんから、「必要なものがあったら、
 何でもこの店で揃えてください」そう言われたんですが、
肝心の病人の情報が何もないでしょ。向こうからは教えちゃくれないし、

聞いてはいけないような雰囲気がありまして。まあでもね、
僕はすぐ日本に戻らなくちゃならないから、継続した治療はどうせできない。
ですから、病気の診断をして、治療の指示を出すだけだと思ってました。
自分の鍼の道具は持ってきてましたので、あと、その店で、
必要と思える物をいくつか選んで、また車に戻ったんです。
楊さんも、店を店員に任せて同行しました。そのときジュラルミンの枠のついた、
頑丈そうなケースを持ってきたんです。大きさは普通のアタッシュケースくらいですが、
やや厚みがあり、でも、重そうには見えませんでした。
もう一度整理してお話すると、そのとき車に乗ってたのは、
王さん、楊さん、僕、それから一言もしゃべらない運転手の4人です。ああ、あと、
言い忘れてましたけど、僕、大学で学んで、簡単な会話くらいなら中国語できるんです。

それからが長かったです。車で4時間ほどかかりました。市内を抜け、郊外も過ぎ、
舗装してない道に入って、さらに2時間ほど走りました。
ですから、その村に着いたのは12時を過ぎた頃です。これはちょっと予想外でした。
市内にある大きな邸宅に向かうとばかり思ってたので。
でね、行った先は、その貧しそうな村の外れ、山に近い場所で、
大きなテントがいくつも張られてあり、軍用車が何台も停まってて、
肩に銃を担いだ人民軍の兵士が見張りに立ってたんです。
これは何事だろうと思って緊張しましたよ。まずテントの一つに入って、
軍の司令みたいな人と王さんが話し、それから僕に向かって、
「お腹空いたでしょうが、急ぎなもので、さっそく患者を見てもらいます」
こう言いました。テントの中には監視モニターがずらりと並んでましたね。

でね、そっからは歩いて、道の両側に兵士が並ぶ厳重な警戒の中を
山のほうに向かいました。「ここ、何ですか?」王さんに小声でそう聞くと、
王さんは「・・・遺跡なんです。おそらく漢代の。最近発掘されたばかりで、
 まだ周辺施設が整ってなくて」大きな岩の重なりに鉄扉がついてて、
僕たちの姿を見て、兵士がデジタルロックを解除しました。
「遺跡!?」ますますわけがわからないですよね。そんなとこに何で病人が・・・
中は洞窟のままで、配線むき出しの照明がたくさんついてました。
あとね、驚くようなものがあったんです。何だと思いますか?
水槽ですよ。水族館にでもあるような巨大な水槽が両側に見えてきて、
これも急ごしらえのものに思えましたが、中に、数mもある魚が何匹も泳いでたんです。
僕は魚のことよくわからないですが、チョウザメじゃないかと思いました。

ええ、あのキャビアをとる。やがて洞窟は突きあたりになり、
小さな部屋がありました。そこで僕は施術着に着替え、全員が消毒をし、
また頑丈な鉄扉を開けると、そこが病室?だったんです。壁は洞窟のままでしたが、
かなりの広さがあり、縦に長いベッドが入ってました。8mくらいでしたか。
ベッドの上は、仕切りのカーテンで3つに分けられ、入ってきた場所からは、
真ん中の部分が見えました。そしてそこに、真っ白な腹? いや、胴体?
どう表現すればいいかわからないものがあったんです。それは呼吸しているようで、
ゆっくり上下に動いてました。胴回りは人間よりかなり大きい。
「これが?!」 「ええ、患者です。お願いします。西洋医学では無理ですから」
とにかく、まず、その2mほどの胴体部分を触診しました。
肌は人間と似ていて、体温もありましたが、ところどころにギザギザの・・・

カエデの形をした鱗のようなものがあったんです。内臓も人間に似ていると思えました。
けど、大きくて長い。「CT画像なんかはありますか?」王さんに聞くと、
王さんは首を振り、「放射線関係はまったくダメです。せっかく復活させたのに、
 死んでしまう」復活? これは、この遺跡の被葬者なのか?
そこからは、全神経を指先に集中させ、経絡を探っていったんです。
人間の血圧にあたるものが弱く、血液の循環が悪いのがわかりました。
意を決して、循環器を回復させるための鍼を打っていきました。
7本目で、下半身との境のカーテンにいきあたり、僕は王さんを見て、
「めくってもいいですか?」王さんがうなずき、たくしあげると、
やはり全体が真っ白な、魚の尾部があったんです。さっき見たチョウザメによく似た。
驚いてもいられず、鍼を打ち進めていきました。14本目の鍼を打ったとき、

ビタン、尾が強く跳ねました。もしあたったら、ただですまないくらいの力でした。
それはベッドからドスンと床に落ち、ビン、ビンと何度も跳ね上がりました。
王さんが壁に駆けよって非常ボタンのようなものを押し、警告音が響きました。
床の上のものはのたうち、上半身を持ち上げ、そのときに髪の長い女の顔が見えました。
女は笑いながらずるりと床を這い、楊さんが抱えていたケースにがっと噛みつき・・・
そこで、僕はなだれ込んできた兵士に部屋の外に連れ出されたんです。
やがて、遺跡の外で王さんと合流しました。「どうなったんですか?」
「鎮静剤を撃ちました。おそらく大丈夫でしょう。いや、ご迷惑をおかけしました」
テントの中で、王さんや他の医師を交えて、僕が診たことを話し、
今後の治療についての所感を述べました。みな熱心にメモをとって聞いてましたよ。
それから、車に乗ってホテルのある市に戻ったんです。

ここからは後日談です。王さんは、僕の日本の口座に3000万円振り込むと言いました。
口止めのようなことはなかったです。それと、真っ白な鱗を一枚いただいたんです。
王さんは、「これは到底お金には変えられない、いわゆる中国の宝物です」
そう言ってましたね。その後、遺跡の中のものがどうなったかわかりません。
・・・僕の勘違いなんでしょうが、中国の要人の若い夫人の映像をテレビで見て、
あの遺跡にいたチョウザメ女に似ているように思いました。それから去年、
所用で中国を再訪したんです。あの遺跡のある場所とは
だいぶ離れた南のほうです。空港から市街に入ると、道に何人も物乞いがいて、
その人たちは道端に布を敷いて寝ていて、手足のない人が多かったんですが、
その中に、楊さんらしき人がいたんです、あの薬物商の。
ただ、その物乞いは両目がつぶれ、両手両足がなく、小さな木の車輪がついた
箱のようなものに乗せられていたので、これも違うかもしれません。
もちろん、声はかけませんでしたよ。

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今からはもうだいぶ前、私が二十歳そこそこだった頃の話です。
そのとき私は、美術系の専門学校を卒業したばかりで、
さらにデザインを深く学ぶため、その地方の中核都市へ
出ていこうとしていました。学校への編入手続きはすぐに済みましたが、
アパートを探さなくてはなりません。

私は父親のいない家庭で育ちましたので、
実家からの仕送りには期待できません。
専門学校も、いくつものアルバイトを掛け持ちしてやっと卒業した
ような状態でした。そのため、3月中あちこちの不動産屋を回り、
少しでも条件がよく家賃の安い物件を探していました。

そして数軒目の不動産屋で、ありえないような格安の物件を見つけたんです。
それはアパートではなく、一部屋にバス・トイレがついた平屋で、
大家さん夫妻が、自分の家の庭に離れとして建てたものでした。
その家賃がちょっと考えられないほど安かったんですよ。

なぜこのような物件がいつまでも残っていたのかというと、不動産屋からは、
「大家さんたちは老夫婦で、だいぶ前に息子さんを亡くされている。
 その思い出がやっと薄らいできたので、息子さんが使っていた離れを改築して
 人に貸そうという気持ちになった。ただ母屋と同じ敷地内にあるものなので、
 できれば、女性の方に借りてもらいたいと思っている」このような話を
聞かされました。さらに「大家さんたちは借り手と事前に面会して、
その人が気に入ったら決めると言っている」ということでした。

その場所は私の学校からは二駅しか離れておらず、通学にも便利でしたし、
なんといっても格安の家賃が魅力で、ぜひともここに決めたいと思いました。
それて不動産屋にセッティングをしてもらい、
大家さん夫妻との面接に臨んだんです。
不動産屋の車で大家さんの家へ行き、玄関のチャイムを鳴らしました。
大家さんの家は瓦屋根の日本家屋で、部屋数がたくさんありそうに思えました。

出てこられたのは、ご主人が70歳代、
奥さんが60代半ばといったところでしょうか、
どちらも白髪の上品な人たちです。 「さあ、お上がりなさい」と、
私たちは和室に案内されました。 そこは裏の山側に面した瀟洒な一室でしたが、
床の間に大きな鳥が今にも羽ばたこうとしている剥製があり、
鋭い目を光らせているのが少し異様に感じられました。

私がちらとそちらを見ると、ご主人が微笑んで、
「ああ、それは鷹の剥製だ。もう引退したが、わたしは剥製師をやっていてね。
 よくできて気に入ったので、売らずに残してあるもんだよ」
こうおっしゃったんです。それから、私は家族のことや
趣味などについて、ご主人に問われるままに語りました。
奥さんのほうはずっと、やんわりと微笑んでおられるだけでした。

ただ、私が美術を志していることを話したときに、
奥さんが「これは」というような顔をされ、
ご主人に目配せしたのを覚えています。 ご主人は話の最後に、
「しっかりした夢を持っておられるようだし、これは立派なよいお嬢さんだ、
 どうだねお前、この方に決めようじゃないか」
「ええ、それがよろしゅうございますね」
・・・こうして、私は夫妻の家の離れに住むことになったんです。

それから、離れの部屋を見せていただきました。そこは夫妻の家から
10mばかり離れた庭の中にあり、外観はまだ新しいものでした。
「ここは元々は息子が作業をするための部屋として使っていた場所なんだが、
 外装・内装ともにすっかり新しくしてある。
 人が住むのはあなたが初めてだよ。

 息子が亡くなってから今年でちょうど10年になるんだ。
 急な病気でな。まだ結婚前の一人息子だけに、ずいぶん悔やんだもんだが、
 いつまでも引きずっていてもしかたないと思い切って、
 ここを建てかえて人に貸すことにしたんだよ。
 だから、あなたのような人に住んでもらうことになってよかった」とご主人。

「ほんに。息子はとても生き物の好きな優しい子でしてねえ」
と懐かしむように奥さん。それを「これ」とご主人がたしなめ、
「あなたが都合のよいときに引っ越してきてください、
 いつでもかまいませんよ」とおっしゃってくださったんです。
それで、私が、お愛想のつもりで息子さんの仕事について尋ねますと、
ご夫妻は顔を見合わせていましたが、ご主人が、

「なに、わたしの後を継いでやはり剥製師をしていたんです。 あなたも美術を
 おやりになるそうだから、息子が生きていたら気が合ったかもしれませんね」
と答えられました。 部屋は6畳の一間に台所、バス・トイレと普通のアパートと
大きな違いはありませんでした。畳も壁紙も新しくすっきりとしていました。
ただそのとき・・・どことなく違和感があり、それは建物の外観からみて、
内部の部屋がせますぎるように感じたことでした。
でも、壁などを厚くしていねいに造っているのだろうと解釈したんです。

それから1週間後、学校の始まる直前に引っ越しをしました。
荷物は布団や小型冷蔵庫など最小限で軽トラック1台分、
さほど時間はかかりませんでした。 その時は私の母も一緒でしたが、
大家さん夫妻は満面の笑みで出迎えてくださいました。
「何か不都合なことがあったらいつでも言ってきなさい」
とご主人がおっしゃり、「これはこの地方でとれる蕗の煮物だよ」と、
奥さんからはお料理までいただきました。

冷蔵庫の中身はまだ買っていなかったのでありがたく思いました。
母は翌日も仕事があるためすぐに帰り、
スーパーなども近くにあったので、とりあえず買い物をして
荷物の整理をしているうち、早くも日暮れとなりました。

その日は疲れていたので、スーパーで買った出来合いのお総菜と、
いただいた蕗の煮つけを食べて早く寝ようと思いました。
その蕗の煮物を一口食べて奇妙な味がするのに気がつきました。
不味いというわけではないのですが、これまでかいだことのない
不思議な香りがしたんです。西洋ハーブに似ている気もしましたが
わかりません。この地方特有の味つけかと考え、
せっかくのご厚意にこたえないのも失礼と思い、全部食べてしまいました。

それから学校のパンフレットなどを読んでいるうちに、
耐えきれないほどの眠気が襲ってきて、布団を敷いて横になりました。
どのくらい眠ったでしょうか。夜中にふっと目を覚ましたんです。
物音が聞こえていました。バサッ、バサッ、何かが羽ばたくような音です。

その音は足元のほうにある押し入れの中から聞こえてくるようでした。
気になったので電気をつけ、押し入れを開けてみました。
でも、特に変わった様子はなく、
私が入れた荷物が段ボール箱に入ったまま収まっているだけでした。
ただ、背中が金色に光る小さな虫が一匹、
カサコソと音を立てて後ろの壁のほうへ逃げていくのが見えました。

音は私がふすまを開けると同時に消えたので、布団に戻って寝直しました。
それっきり、聞こえてくることはなかったんです。
翌朝、私が部屋を出ると、ご主人が庭木の手入れをしていたので、
「おはようございます」と挨拶しました。
ご主人はほほえんで、「よく眠れましたか」こう聞かれました。

その日は学校でカリキュラムの説明会や新入生歓迎行事があり、
戻ってきたときには夕方になっていました。
大家さんの家の前には奥さんがいて、私の帰りを待っていたかのように、
「学校、どうだった」と聞かれ、またいろんなお惣菜をいただいたんです。
それから一週間ほどは部屋では特に何事もありませんでしたが、
私は新しい学校に慣れようと気を張っていたので、
かなり疲れが溜まっていました。

まだアルバイトは入れていませんでしたので、
学校から出された課題をこなし、食事をしてお風呂に入り寝るだけの
生活でした。奥さんからはお惣菜を毎日のようにいただきました。
たいへん料理の上手な方だと思いましたが、
どうも蕗の煮物の香りだけは慣れることができませんでした。

その夜、夢を見ました。気がつくと、
私は田舎のお屋敷の大広間のようなところにいたんです。
大勢の人が集まっているようで、男性は紋付袴、女性は黒い和装でしたが、
一人ひとりの顔ははっきりとはわかりませんでした。
ただ、ガヤガヤとした中から、「祝言」「めでたい」といった
言葉が聞こえましたので、誰かの結婚式があるんだろうと思いました。
その夜はそこで目が覚めたんです。

いえ、そのころの私に結婚願望はなかったと思います。
まだ二十歳になったばかりでしたし、学校で技術を身につけ、
早く仕事で独り立ちして母に楽をさせたい、
それくらいしか考えてはいませんでした。
ですから、不思議な夢を見たものだなと思ったんです。

この夢は、4日ほど続けて見ました。内容はほとんど毎回同じでしたが、
うすぼんやりしていた夢の中の景色が、カメラのピントが合うように、
少しずつ鮮明になっていくような気がしました。大広間のつきあたりに
金屏風があり、その前に花嫁、花婿が座っているようでした。
ただ、どちらの顔もはっきりとは見えません。
お膳がずらりと並べられ、たくさんの客が席についていました。

ガヤガヤとした談笑が高まり、そこで目を覚ましましたが、
体中にびっしょりと汗をかいていました。
その朝、部屋を出るとき、ご主人がまた庭に出ておられました。
そして私の顔を見るなり挨拶をする間もなく、
「いよいよだねえ」とおっしゃって家に戻っていかれたんです。
そのときは、何のことかはわかりませんでした。

その日はコンパがあって少しお酒が入っており、
部屋に戻ったのは9時過ぎでした。
私はお酒が苦手でしたので頭が痛く、お風呂に入ってすぐに寝ました。
そして、また夢の続きを見たんですが、前日までのものとは
かなり内容が違っていました。私自身が花嫁になっていたんです。
夢の中なのに花嫁衣装がずっしりと重く感じられました。
「え、どうして?」と思いましたが、体が動きません。
ふと手を取られました。

見ると大家さんの奥さんが満面の笑みをたたえており、
その隣にはご主人もおられました。
そして私は、手を引かれるままに大広間へと入っていきます。
そこで息を飲みました。ずらりとお膳を前にして並んだ客たちがみな、
頭に黒い頭巾のようなものを被っていたからです。

客たちがいっせいに拍手をし、私は花嫁の席に座らされました。
そして金屏風の陰から、すっと背の高い紋付袴姿の人が出てきました。
ああ、この人が花婿なんだと思いましたが、
やはり顔は黒い頭巾で覆われていました。

花婿が私の横の席に座ると、むっとした臭いが鼻をつきました。
それは黴臭くもあり、獣臭くもありました。
花婿が座って私の手をとりました。
冷たい手でした。頭巾の中のガラス玉のような眼が私を見ました。
いつしか私の前には古風な盃が置かれてあり、
三三九度の儀式をしようとしているのだとわかりました。

黒頭巾の一人が花婿にお酌をし、
花婿はゆっくりゆっくりと自分の頭巾をとっていきました・・・
そこには真っ白な、人間とは思えない無表情な顔があったんです。
盃を飲み干した花婿が、私に盃を持たせようとしましたが、
私は絶叫し、いやいやをするようにして放り出してしまったんです。
すると、その場の結婚式の光景がすべてガラスでできているかのように
ガラガラと壊れ、崩れ落ちていきました。

そこで目が覚めたんです。枕の上で頭を動かすと強い頭痛がありました。
それでも、夢だったのかとほっとしていると、
部屋の中に異様な臭いが漂っているのに気がつきました。
夢の中で嗅いだ臭いです。布団のまわりに何かがいる気配がしました、
それもたくさん。人間ではない気がしました。
獣、鳥・・・おびただしい動物たちの群れ。

なぜそう思ったかはわかりません。私はそれらに囲まれ、
布団の中で身じろぎもできなかったんです。
そうして何時間が過ぎたでしょうか。
カーテンごしに朝日があたり、部屋の中が明るくなってきました。
すると、私を取り囲んでいたたくさんの気配は
少しずつ消えていったんです。

光が差し込んだ部屋の中はすっかり朝の雰囲気となり、
それとともに、昨夜のことはどこまでが夢で、
どこまでが事実だったのかわからないような心持ちになってきました。
 おそるおそる時計を見ると、まだ6時を過ぎたばかりです。
起き上がると、ふすまの戸が大きく開いているのに気がつきました。

昨日、開けたまま寝たんだろうか。近づいてみると、押し入れの中には、
私が入れた段ボール箱とわずかの寝具があるだけでしたが、
突きあたりの板が前とは違ってごわごわしているようでした。
一歩前に出て手で押してみると、後ろになにか柔らかいものがあって、
それに板が当たっているような感触がしました。 そこで押すのをやめ、
てのひら全体をあてて横にずらそうとしてみたんです。
するとそれほどの力ではないのに板が大きく動きました。

押し入れの後ろに同じほどの広さの空間があり、
そこに見たものは、重なるようにして置かれたたくさんの剥製でした。
うずくまったもの、立ち上がって吠えかかろうとしているもの、
翼を拡げたもの・・・私は大きく悲鳴をあげ、
パジャマのまま転がるようにしてして部屋の外に飛び出しました。
離れの外に出ると、少し離れたところに大家さん夫妻が並んで立って
刺すような冷たい目で私を見ていました。

夢で見たとおりの黒の紋服姿でした。 ご主人が口を開き、
「あなたなら息子の嫁にふさわしいかと思ったのに残念だ」
奥さんが「杯を交わすまであと少しだったのに」
さも心惜しそうにつけくわえました。
私はそのまま家の門を走り抜け大通りに出ました。
そしてその日一日を大勢の人にまぎれて駅で過ごしたんです。

それからしばらくたって、荷物などは男性の友人に
無理に頼んで取りに行ってもらいました。その人の話では、
離れは取り壊されてすでになく、母屋も引っ越しをしたらしく、
中はがらんとした状態で、私の荷物だけがそっくり玄関先に
まとめられていたということです。

あれからずいぶんたちますが、
今でもあの押し入れの奥でちらと見たもののことを思い出します。
たくさんの剥製に囲まれるようにして、真っ白な顔の紋付袴姿の男性が、
一番奥にひっそりと佇んでいた気がするんです・・・


Bad-taxi

















アルバイトの話なんだ。俺? 俺はフリーターってか、プー太郎だよ。
薬の臨床試験ってバイトがあるだろ、最初はあれに参加してたんだ。
うーん別に、不安を持ったとかはないよ。だって応募元は名前のしれた製薬会社だし、
毎日医師がついてて検査してくれるんだから、むしろ普段より健康なんかもしれない。
基本ただ寝てるだけで、10泊11日で25万、これはこたえられねえだろ。
ああ、でもよ、今日するのはその話じゃねえんだ。その次にやったバイト。
この臨床試験で、同じ被験者の見田ってやつと知り合いになって紹介された。
年は俺より10は上だな。40歳以上に見えた。
うーん、筋者じゃねえと思う。臨床試験の被験者って刺青はダメなんだ。
それに、言葉遣いもていねいだったし、威圧するようなとこもなかった。
最終日、これで開放ってときに名詞を渡されたんだ。

その試験とは別の製薬会社のコンサルタントって、肩書きになってた。
まあな、不自然といえばそうだよ。
なんでそんなやつが他社の試験にいるのかわかんねえし。
でよ、こいつの紹介したバイトってのが、報酬がよかったんだ。
1日4時間の拘束で3万。ただし休みの日はないってことだったが、
要するに1ヶ月で90万になるわけだ。しかも違法なことは何一つないって
言われたから、こりゃ断る手はねえよな。で、承知したら次の日、
繁華街にある〇〇ビルってのを訪ねて来いって言われたんだ。
約束の時間は昼の2時、行ってみたら、飲み屋街の細長いビルなんだよ。
ほら、敷地面積のせまい土地に、階数だけのばして建てた雑居ビル。
ネオン看板を見るかぎり、全部がカラオケスナックかその類だった。
これはちょっと考えたね。水商売が悪いわけじゃないが、
それで日に3万って言ったら、ヤバイ仕事としか考えられねえだろ。

だから、話しだいでは断ろうと思いながら、中に入ったんだ。
地下へ行けという指示だったんで、せまい汚い階段を下りていたら、
ドアがひとつだけ、看板は外されてたが、どう見てもバーかなんかなんだよ。
ノックした、そしたらややあって「入れ」って野太い声がした。
中は予想どおりバーのつくりで、カウンターに大きな男が座ってた。120kgは
あっただろうな。スーツ着てたが、ごつい体なのがその上からもわかった。
おそらく何かの格闘技の経験者だよ。ただし、そいつも筋者のにおいはしねえんだ。
そいつは見田って名乗り、臨床試験のときのやつの弟だって言った。顔は似てた。
俺はあいさつをし、それからすぐ仕事内容の説明をされたんだよ。
夕方6時にここへ来て、そうすると古ぼけたファックスに
連絡の紙がきてるから、それをまず読む。

内容は、なんと言えばいいんだ?  人5人くらいの名前と、その人の
いいエピソードが書いてある。いいエピソードって何のことかわかんねえだろ。
「何年何月に晴れて部長に昇進した」とか「後輩をいつも食事に誘って
慕われていた」とか、「長年母親の介護を親身になってやりとげた」とか、
そういう内容。一人一人の名前の下に箇条書きで10個ほど書かれてた。
5人だと50個くらいになるな。まずそれを暗記しろと。
こんとき きつく言われたのが、エピソードを忘れて言わないのはしょうがねえが、
絶対に人を取り違えるなって。つまり別のやつのエピソードを読むなってこと。
それと必ず末尾を過去形にしろ、ってことだった。で、だいたい暗記したら、
最初に名前を言い、それを感情込めて語りかける練習をしろって。
本番のときは紙を見ちゃいけないんだよ。何が本番かって? それは今話す。

「やってみろ」って言われたから、その場で一人分だけやってみせた。
どうやら見田弟は満足だった様子で、カウンター奥の調理場に案内させられた。
バーだからせまいキッチンだったが、そのどん突きにドアがあって、
それが冷凍貯蔵庫みたいな頑丈な鉄扉だったんだ。
で、見田が最初に入ってスイッチらしいのを押した。
それで明るくなったとこへ俺も入って、思わず息を呑んだんだ。
広いんだよ。体育館半分くらいもあった。ただしもちろん天井は低い。
そこに薄暗い感じで水銀灯がいくつか灯ってる。これだと,
ビルの敷地だけじゃあ絶対足りない。裏手の道路の下にまで続いてるようだった。
それとさらに驚いたのは、下が3mほど土で、
その先が水・・・沼みたいになってたことだ。
地下だから太陽光が入らないんで、植物とかはなかったが、

それをのぞけば、平地にあるような沼だったんだ。水は澱んでて、
天井の色を映して青黒く光り、そこかしこからあぶくが立っていたな。
で、沼の手前に祭壇のようなものがあった。簡素なつくりで、
お盆のときの棚にも似てた。見田弟はその前に立ち、
「ここで9時になったらエピソードを一人ずつ、心を込めて語ってくれ。
 仕事はそれだけだから、終わったら帰ってもいい」そう言ったんだ。いや、
どういう意味があるのかはまったくわからなかったが、質問できる雰囲気じゃ
なかった。その沼のある場所からは5分ほどで出て、厳重に鍵をかけた。で、さらに
注意事項をいくつか言われた。「沼の水には絶対に入るな。手を触れてもいけない」
「もし何か異常な事態が起きたら、店の中なら俺に携帯で連絡しろ。ただし沼の
 部屋で起きたんなら、祭壇の上に無線機があるから、赤ボタンを押して指示を聞け」

「沼の部屋の戸締りを忘れたてたらクビ、言い訳は聞かない」
「休みはねえが、体調がもし悪かったら必ず連絡しろ」こんなことだったな。
その日は交通費と言われて封筒を渡されて帰ったが、中には10万入ってた。
で、翌日6時に出勤した。やはり見田弟がいて、「2、3日はいっしょにいてやるが、
慣れたらお前一人だからな」そう言って、沼の部屋と店の入り口のキーを渡された。
ファッスの紙を取ると、その日名前が載ってたのは4人で、
いかにも立派な人生を送ったかのようなエピソードが連ねてあった。
俺は2時間かけて暗記し、見田弟の前で披露した。
「合格、なかなかいいじゃねえか」にやにや笑いながら見田は言ってた。
で、9時になって沼の部屋に入り、祭壇の前に立った。見田は俺の後ろ、
ドアのすぐ近くで見てたんで緊張したが、20分ほどかかって語り終えたよ。

まるで葬式で弔辞を読んでるような気分だった。
沼は相変わらず、ぼこぼこと泡立ち、饐えたような臭いがしてた。
4日目で見田弟は消え、俺一人になった。その4日で12万、
最初の10万と合わせて22万だよ。信じられねえ金額だろ。
この仕事にどういう意味があるのかは考えないことにした。
おそらく沼は建築法とかに違反してるんだろうが、
俺がやってることに違法性はない。けっこう頭も使うし、それ以上何を望む?
ただ、日がたつにつれて沼の臭いがきつくなっていく気がした。
あと、どうしても圧迫感がある。言われてなかったから、
俺は常にドアを開け放したまま語りをしてたんだよ。
で、まあ何ごともなく10日ほどが過ぎた。

そうだな、変わった点といえば、仕事が6時から10時までなんで、
生活が規則正しくなったよ。普通なら、その時間は酒飲んでるからな。
あと、夜ぐっすり眠れるようになった。内容はなんてこともねえ仕事なんだが、
終わって帰ってくると疲労感がかなりあるんだ。
やっぱり精神的に緊張してるんだろうな。
これが紙を見てしゃべるんなら気が楽だったろうが、暗記しなくちゃならんし。
1回ヘマしたことがあるんだよ。祭壇の前で語りかけるときに、
うっかり「とても立派です」って言っちまってな。
ほら、全部を過去形にしなきゃいけないってのに反しちゃったわけだ。
口に出してすぐに気がついたよ。背筋がぞくっとした。
うーん、特に何も起こらなかった。だから気を取り直して続けたんだ。

いや、見田弟にはそのことは言わなかった。首になっちゃ困るし。
やつは3日か4日おきに、店に顔出して封筒に入れた給料を渡してよこした。
そうだ。あと、だんだん体が沼臭くなってきてな。
これにはちょっと困った。そんなヒドいドブみたいな臭いではないんだが、
薬品のような感じの饐えた臭いだよ。消毒薬とも違うし、工場の臭い
っていうかなあ。おそらく沼に入ってるのは水じゃなかったんだろう、
何かの薬品。ま、できるだけ風呂に入るようにしてたから、人に会って
言われることはなかった。やがて1ヶ月になろうって頃に、見田弟から、
「あんた頑張るなあ。よくミスしないでやってる。沼がこんな一ヶ所で
 もってるなんて、記録じゃねえかな。もしよ、具合が悪くて休みたいとか
 あれば電話してこい。1日ぐらいなら俺が代わってやるから」
こんなふうに言われたりしたんだ。

その矢先、1ヶ月過ぎたとき、ヘマしちまったんだ。
その日の名簿は3人だけで、楽だと思って油断した。どうしてそうなったか
わからねえが、1人目と2人目の内容を完全に取り違えたんだ。
いつものように沼の部屋に入って電気をつけ、祭壇の前に立って一息つき、
おもむろに語りかけを始めたんだが、一人目なのに二人目のを言っちまった。
しかもすぐに気がつかなかったんだ。半分目を閉じて、気持ちを込めて話してると、
ボッコンって音が聞こえた。沼のほうを見ると、風船くらいある大きなあぶくが、
10mほど先に出てたんだ。ここで気がつけばなあ・・・
しばらく待って何事もなかったんで続けた。そしたら、さっきのあぶくが割れ、
下から何かが出てきた。黒い、でかいもんだ。大きさは冷蔵庫くらいもあり、
丸い形をしてた。見た瞬間足がすくんだ。自分が間違えたことにも気がついた。

黒いのは髪の毛だと思った。それが沼の液体でへばりついたようになった
人の頭が・・・4つ、5つ、くっついたものだ。並んでるんじゃなく、
ひとかたまりに溶け合ってたんだ。ずぶぶぶぶ、って音を立てながら、
それはもう1mも出てきて・・・下に泥まみれの胴体も見えた。
俺は祭壇の上にネジ止めされてる小型の機械の赤ボタンを押した。
すぐに「どうした!」という声が聞こえた。見田兄弟の声じゃなかった。
「沼から何か出てきた。人のかたまりみたいのが!」
「チッ」舌打ちがスピーカーから大きく響いた。
それっきりいくら呼びかけても応答がなかった。沼から出てきたものは
もう天井につかえ、ゼリーででもできてるみたいに広がってた。
くっつき合ってた顔も分かれて、天井のコンクリに貼りついたようになって・・・

俺はそこまで見て逃げた。急いでドアを出て鍵をかけた。
そのまま店外まで駆け上って、夜の街へと逃げ出したんだよ。
・・・まあ、こんな話なんだ。
で、翌日、店が火事になったってことが新聞に出てた。といっても小火程度で、
すぐに消し止められたようだった。さあねえ、沼がどうなったかはわからない。
こっちから連絡をとることはなかったし、向こうからも電話はかかってこなかった。
店のあったとこへも行ったんだよ。そしたら、燃えた跡が外からはわからなかった。
だから地下のバーの内部だけなんだろうと思った。
黄色いテープが張られてて、階段を下りることもできなかったよ。
で、あったことをつらつら考えると不安になってきた。
そりゃ仕事内容からして尋常じゃなかったからな。ましてあんなものを見ると・・・
それでアパートを引っ越したんだ。結局高くついたってことだ。

それから・・・また、薬の臨床試験があって。
これは有料で登録してあるから、優先的に知らせてくれる。
その試験をやった病院で、見田に会ったと思うんだよ。ああ、兄のほうだ。
俺が昼過ぎの診断を終えた後、特殊病棟のロビーのベンチで本読んでたら、
横脇のエレベーターが開いたんだよ。緊急時にベッドごと移送したりするやつだ。
そっから車椅子の人が出てきたが全身に包帯が巻いてある。
で、顔の部分は白いゴム製のマスクだったんだ。犬神家のスケキヨって知ってるか?
あんなやつだ。しかもそいつは右足がほぼつけ根から、
それと左手が肘のあたりからないように見えた。
そこの治験病棟の階は一般の患者の姿は見かけなかったんで、あれっと思った。
むろんそんな状態じゃ自力では動けない。やっぱりその病棟では見たことのない、
赤いカーディガンを羽織った若い看護師が押してた。

しずしずと俺の前を過ぎようとしたんで、投げ出してた足をよけた。
そしたら、看護師が乱暴な手つきで車椅子のやつのマスクをはがしたんだ。
焼け爛れた顔が出てきた。たぶん火じゃなく、何かの薬品で。
そいつは俺にその顔を向け、「うーうーうー」とうなったんだが、
崩れた顔だけど、面影に見覚えがある気がしたんだ。見田の兄だと思った。
「うーうー おろうろは しららあ」そう言ってがっくり頭を落とした。
看護師があごを持ち上げてマスクをかぶせ、俺を見るともなく、「こうなりたい
 ですか? この方は今から右眼と舌も捧げるんです。沼のことは人に話しては
 いけませんよ」そうつぶやいて、車椅子を押して検査室のほうへ
去ってったんだよ。うん、見田兄の言った内容は後で考えてわかったよ。
「弟は死んだ」これでまちがいないと思う。あれから3ヶ月が過ぎて、
俺の身のまわりに特におかしなことはない。ないが・・・



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