ホケノ山 拾遺記

おやじ「ホケノ山」が、日々の生活から思ったこと感じたこと等を拾い集めました

JR山手線の車内ポスター

先日いつものように東京出張。
品川までは新幹線。
それから山手線で新橋、新橋から地下鉄で最寄り駅となる虎ノ門へと向かう。

山手線で電車に乗り、車内ポスターに目をやると、全部のポスターが「うましうるわし奈良」のポスターであった。
それも全て談山神社のもの。

東京まで来て、地元のポスターにふれるのは何か気恥ずかしい感じではある。
しかし、同時に誇らしくもあり。

写真と文章がすごくマッチしてよい感じだったので、ホームページを是非ご覧いただきたい。

自分、良いところに住んでるんや。

近況雑感

最近始まったNHKの連ドラ「ひよっこ」の時代設定は、僕の幼児期とかぶるものがあるので、欠かさずに見ようと思っている。
この時代、家族の絆が強かったこともうかがえ、主に幼児期を祖父母に育ててもらった自分としては、テレビを見ている間、感無量の時間が流れる。

そんな中、浅田真央が引退。
フィギュアを、国民規模で広めた立役者。
彼女の生き様に、国民全員が感動したものだ。
ソチのフリーは何度見ても泣ける。
あの時は自分も真央ちゃんと一緒にリンクを滑っていたと、巷を行き交う人がインタビューで答えていたが、そういう人は多かったに違いない。

「もういいんじゃないか・・・。」
「何がいいんじゃないか、なんでしょうか?」と記者会見で質問されていたが、それは自分に課した何かからの解放である。その何かは、彼女の心の中で大事に持っていれば良いことで、我々がどうこういうことではないだろう。

そう思うとじっとしていられなくなって、この日曜日、まだ桜の花が残るのだが、初夏を思わせる陽気の中を山に登った。
僕が大好きな山の一つ、大洞山。
桜の名所、三多気の桜を麓に持つ。
案の定、花見客でいっぱいだったが、早朝登山だったので往きは混雑を回避できた。

いつもと変わらぬ眺望は何度見ても愛しい。
鳥の声も木々の芽吹きも、何もかも受容できるこの自分の心というものがあることに、率直に安心する。
東吉野の高見山、室生・曽爾の変わった容姿の山々を眺めながら、熱いコーヒーを飲み、満足して下山すると、三多気村の日本の原風景と出会えるのも有難い。
田んぼに引かれた水に桜が映える。その水面に桜が散っていく様は、真央ちゃんと重なってしまって、余計に感傷的になってしまった。

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転じて、私事。
長女が小学4年というから14年前から、ジュニアのバドミントンに関わって来させてもらったが、「もういいんじゃないか」と思い、この度引かせてもらいたいと表明した。
全面的に次世代にバトンタッチ!
錦織圭が自ら課したテーマ、「この命、どう使う?」
このテーマを自身に照らし合わせた時、甚だ自信がない。
使い切っていない。
もっとこうできるんじゃないか、こんなことをしてあげればよかったんじゃないかと、エンドレスで思いは巡る。

特に、NHKの「ひよっこ」の時代のような人々の結びつきがない現代にあって、スポーツを通して、成績だけではないもっと大切なものを教えてみたかったが、非力を自覚した。

後進の人たちが少しずつでもそれを果たしてくれるだろう。

引退とは、そういう自分だけではない後進への期待も含んでの引退だとふと気付き、真央ちゃんの決意に再び感動した。比較するには段違いすぎるけれども・・・。

全国一の保護者パワーにはとても助けられました。
心より感謝いたします。
子ども達の頑張りにも。

霧氷の高見山登山記

映画「わたしに会うまでの1600キロ」に感化され、雪山にチャレンジした。

霧氷?樹氷?で有名は、高見山。
霧氷と樹氷とはどう違うのか?
調べると、霧氷は総称で、樹氷は霧氷の一様態を表すらしいが、詳しくは気象庁の職員でもないのでわからない。

約7合目付近から積雪が著しくなるが、アチコチで立ち止まっては写真を撮っていたので、そんなに苦痛もなく登頂できた。
当日は曇天で、空の青と霧氷や積雪の白とのコントラストを楽しむことは出来なかったのは残念だったが、モノトーンと白黒のグラデーションを楽しむことはできた。
楽しむというと何か表現が物足りない。
未だ経験したことのない別世界だった。

それにしても山頂はさすがに寒い。
汗も冷えて、凍えるようだった。
山頂の避難小屋でおにぎり2ケを食べ、すぐに下山した。

たかすみ温泉で疲れを取り、ヤマダ電気のマッサージチェアで前身をもみほぐした(訂正!もみほぐさせて頂いた)。
また来年も行きたいなあと思っていたら、中学時代の友人から電話。
「樹氷のチラシがあって、それ家のポストに入れといた。今月末に行かないか?」
だって・・・。
「ゴメン、今日行ってきた、でも行くなら付き合うで」
と言ってしまったので、今月再び行くかもしれない。

山の記録はこちらから

映画「私に出会うまでの1600キロ」鑑賞記

哲学者 中島義道の著書『不幸論』は愛読書の一つだ。

振り返って冷や汗が出るほどに幼く恥ずかしかった自分の愚かな言動。
そういう自分自身と真正面から向き合わなければ、真に不幸せなまま人生が終焉してしまう。
これほど不幸なことはない、確かこういうことを言いたかったのだと思う。

さて標記の映画を観た。
父親の暴力から逃れ、しかしそれでもお人好しの母親を受け入れられず、自分とは違う友達の意見にも耳を貸さない。ドラック、酒、SEXにおぼれ、完全に自分を見失い、挙句に最愛の彼氏とも別れることになる。

愛する母の死をきっかけに、見失った自分を取り戻すために、長い長いトレイルをすることに。
そこで気づいたのは、死別し反抗を繰り返していた母に対する愛と、裏切りに満ちた彼に対する私の、深い愛であった・・・。

人はなぜ山に登り、歩くのかという素朴な問いかけに答えてくれる秀作!!

初瀬〜白河〜巻向山〜穴師を歩く

先週の土曜日、夕方から穴師に行く用事があり、それならばと昼頃に初瀬〜白河〜巻向山〜穴師のルートを歩くことにした。

長谷寺駅で下車し、まずは与喜饂飩を食す。いつ食べても上品なダシである。僕のお腹では大は少々多いのであるが、いつも大を頼んでしまうのはよくどしい性分から。
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白河村は広い。
初瀬側から纏向川の境界までは時間的にかなり歩いた。
途中お年寄り二人が歩行訓練。
この寒さなのに黙々と坂を上り下り。
大したものである。

山の中に入ってからも白河村の名前が入った看板がそこいらにあった。

巻向山山頂からの眺望はすこぶる悪い。
かすかに光に照らされた平野部を見ることができるが、極めて部分的だ。
さすがに山頂付近は寒い。過日の降雪もまだ残っていて、じっとすればすぐに寒くなった。

下山し穴師に向かおうとするが、PCのフリーソフトである「カシミール」を頼りにルートを決めて迷ったことがもう3度くらいあり、今回も迷ってしまい、沢に下りてしまった。

一度山頂付近まで戻り、下山。小さな間違いをもう一度繰り返し、ようやく大きな道に。
基本的にはどのルートも荒れているようで、あまり歩かれていないと感じた。

それでも予想よりも早く人里に出たので、一度自宅に戻った。

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映画「君の名は」鑑賞記

「君の名は」を観た。
あまりにもレビューの評価が高いので。
海外からも絶賛されているというし。

仕事の最中に、ヨシ!観に行こうと決意して、就業時間経過後すぐに難波のTOHOシネマへ。
しかし、映画館っててっきりなんばパークスのところだろうと勇んで行き、チケットを買う前に上映中の映画リストを見るも、うん?ないやんけ!

ネットで調べて見るとここは「なんばパークスシネマ」!!で、下調べのTOHOシネマズと違う❗️

ええー!!先入観はこわいもんだ!
ということは、マルイにある、あそこの映画館か!という冷静な判断で、なんとかかんとか上映までには間に合った。歳いくとアキマヘンな。

映画はどうだったか?
はい、良かったです。
人間の過去を辿れば神の存在に行き着くように、人と人の縁も神の意志に委ねられているところがある。
その縁の不思議さや必然性と偶然性を織り交ぜた内容だった。
名前をはじめとする人間が勝手につけた固有名詞なんかどうでも良い、もっと根幹的に大きな、深い、太い人間の営みのようなものを感じずにはいられなかった。

くよくよするな、消しゴムだ、スマイルだ

先週末、福島に行ってきた。
仕事関係の祝宴に出席するため。
前日に仕事を終えて、そのまま飛行機で向かい、磐梯熱海で泊まらせて頂いた。

飛行機の中で、ANAの機関紙「翼の王国」のを読んだ。
コラムに掲載されたエピソード二つ。
僕はB型だからかもしれないが、共感した。
忘備のために記しておこう。

アーノルド・パーマー招待の大会の取材中、なかなか手に入らないカメラを紛失。
紛失物預かり所があるボランティアテントに向かう。
カメラをなくした経緯を説明すると、50才代くらいの女性がこう言った。
「カメラは今は届いていない。明日、届くかもしれない。でも今、あなたがそんなに悲しそうな顔をしていても、逆に大声で笑っていても、結果は同じ。それなら今日の失敗は忘れて、せっかくならスマイル!」

今年9月25日に逝去したパーマーの在りし日の名言を辿っていたら、こんな一文があった。
「誰のスコアも5打縮めることができるものを私は持っている。消しゴムだよ」。
パーマーはこの消しゴムで心の中の闇や傷を人知れずごしごし消し去り、せっかくなら笑顔でゴルフをしよう、明るくいきていこうというお手本を示してくれた。

くよくよするな、消しゴムだ、スマイルだ

・・・なるほど!

ほんの少しの違い

僕はちょくちょくFACEBOOKを利用しているが、GIVEよりもTAKE方が圧倒的に多い。
今朝もこんなの見つけて思わずシェアしたので、紹介する。

ほんの少しの違い

 できない人は言葉で説得し
 できる人は行動で説得する
 できない人は話したがり
 できる人は聞きたがる
 できない人はお金を求め
 できる人は成長を求める
 できない人は過去にこだわり
 できる人は未来にこだわる
 できない人は不可能と思い
 できる人は可能と思う
 できない人は他人のせいにして
 できる人は自分のせいにする
 できない人は一人で頑張り
 できる人はみんなで頑張る
 できる人もできない人も
 能力にほとんど差はない
 ほんの少しの意識の違いによって
 結果に差が生まれる

『20代からの自分を強くする「あかさたなはまやらわ」の法則』典拠

天理市「龍王山」登山記

11月30日と、12月1日とでは、たった1日の差も大きく感じる。
それは暦上、秋と冬という意識に由来するようにも思うが、もっと感覚的なことのようにも思う。
紅葉の見頃はやや過ぎた感はあるが、11月中ならまだ残っているという感覚かもしれないし、或いは12月に入ればやや寒くなるという感覚なのかも。
しかし、季節や暦はヒトが便宜上勝手に作り出したものであり、自然界はもっとグラデーションだ。

さて、11月も終わりを迎えようとしている中、天理の竜王山に登った。
もう何回目になるだろうか、僕にとっては一番親しい山である。

今回は小学校からの親友と登り、日ごろの運動不足やゴルフ、仕事の話に興じた。
そのため、あっという間に山頂に到着。
湯を沸かして、カップ麺と熱々のコーヒーで、至福のひとときを過ごした。

返りは、PCソフトである「カシミール」で選んだ下山道をたどってみたが、けもの道のような道で、決して快適な下山にはならなかった。悪戦苦闘しながら何とか正規のルートに出て、帰ることができた。

龍王山は何といっても山頂からの眺めにつきる。
海原に例えられる大和平野に浮かぶ大和三山、二上山や葛城山、金剛山などを見渡せ、さらには大阪湾や明石海峡大橋も臨むことができるのだから。

下山してから「あきのの湯」に浸かりに出向き、喧噪を忘れる一日となった。

ルートや写真は、コチラ!

晩秋の曽爾 倶留尊山〜二本ボソ〜曽爾高原を歩く

この日曜日の早朝から錦織圭の試合をテレビで観戦。
一方的な負け方で一時間ほどで終了。・・・残念!

さて、今日はトレッキングと決めていたが、どんよりした天気でどうしようかと考えた挙句に、倶留尊山に登ることにした。
曽爾の「木治屋」前の公衆トイレ横に車を置き、9時半頃にスタート、一路倶留尊山に向かった。
山容の通り、なだらかな道も、ふもとの小屋付近からはかなりの傾斜。
地面がジメジメしているし、足を踏み外せば下まで転がりそうな危険な所も多かった。
要所に用意されているロープがないと結構ヤバかった。

ウイキペディアによると、

倶留尊山(くろそやま)は、三重県津市と奈良県宇陀郡曽爾村にまたがる高見山地の標高1,037 mの山である。日本三百名山の一つに数えられる。

山名はこの山に見られる柱状節理の大障壁、すなわち賢却千仏の「拘留孫」に由来する。
倶留尊山は第三紀に活動した火山のなごりで、三重県側斜面には火山岩による柱状節理が見られる。

とある。


紅葉は、おおよそピークを過ぎてはいたが、赤よりも黄色の葉が目立って綺麗だった。

二本ボソ、曽爾高原を経て、雨に見舞われながら駐車地まで完歩。
温泉に浸かりたいところだったが、用事があって急いで帰った。

写真やトレッキングコースは、
ヤマレコ
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