ホケノ山 拾遺記

おやじ「ホケノ山」が、日々の生活から思ったこと感じたこと等を拾い集めました

美杉の大洞山登山記

見た感じでは70才前後と思われる夫婦。
下山途中、林道に出る手前で、麓からその二人の声。
はじめは山菜採りでもしているのかと思ったが、しばらくして車が側道に脱輪していることが分かる。
「困っている、助けてほしい」とのこと。
何とかお役に立てたいと思い、ザックを降ろし手伝うが、結構苦闘し脱出できないでいると、山からもう一人が下りて来られ手伝ってもらい、無事にクリア。
良かった良かった!
伊勢から来たというお二人連れ、ダンナさんの方が別れ際に草餅を何回も下さろうとしたが、その都度慎んでお断りした。
ザックを背負いさらに下山をはじめようとしたところ、今度はオクさんの方が追いかけて来てくださり、仕方ないなと結局受け取った。
ありがとうございます。

三重県美杉の大洞山(おおぼらやま)。
今回は名松線復活記念の登山とした。

三多気の桜の駐車場に車をおき、雌岳〜雄岳を目指す。
ここからの登山道は山頂までほぼ真っ直ぐなルートなので、勾配があって小休止を何度か重ねるが、時間はそんなにかからない。
息が荒くなりながら雌岳山頂に到着すると、そこからの眺めは圧巻!!

正面に三峰山、遠くに倶留尊山、屏風岩が同定できる。
それらに連なる山々がそれぞれに存在感を持ち、本当に素晴らしい!

しばらく眺めた後、程なくして雄岳登頂。
ここからの眺望も以下同文。
その景色に浸りながら、バーナーでお湯を沸かし、カップ麺とドリップコーヒーを食すと、これまた最高の気分。
これ以上の至福はないかと思われるほどだった。

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下山は別のルートを辿るが、ゴツゴツした岩が多く、歩くにくかった。
しばらくして、前記の脱輪のご夫婦に会うことになった。

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下山後は姫石の湯に入湯。
お風呂にどっぷりと浸かり、あーっ天国だ!と叫びたい気持ちでいると、先ほどのダンナさんが入ってこられる。
山では登山帽をかぶっていたので、僕と気づかずにおられるかも知れないな。
そっとしたまま、お風呂を堪能して姫石の湯を後にした。
その折、見覚えのある車のバックミラーに家で食べるために買った漬け物をこそっとおき、メモを添えて返礼しておいた。


さて、今回新しく購入した MILLETのERIUM25。背中の部分がザックから少し浮くメッシュタイプで、通気性が抜群の代物。容量は柔軟性に欠ける分収まりが悪いが、はっきり言って気に入りました!

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追悼のトレッキング

お久しぶりです。

お久しぶりの間も色々と充実した日々を過ごさせて頂いた。南九州えびの高原や岩脇山、葛城山と歩いたが、記録する機会を逸してしまったので、ここは頑張らねば諸氏に忘れられてしまう。

突然だが、ナナ・ムスクーリはギリシャ歌手である。透明感のある声と訴えかけるように歌う様、理知的な雰囲気の所作は、すぐに僕の胸にズズッと入ってきて以来、この数週間は彼女の歌を通してのヒストリーを訪ねている。

転じてこのゴールデンウィークは飛び石で、1日仕事に行けば休むというリズムの中、昨日は吉野山から黒滝を歩いた。

黒滝は、尊敬する元上司が誕生され、育たれた地。
その彼はこの春に亡くなられた。
随分世話になって、一度黒滝の実家に来るかと誘ってくださったが、とうとう行けずじまいになった。
僕の結婚式の仲人もして下さった。
葬儀会場の往復は、自然と涙が出てならなかった。

したがって、今回は追悼トレッキングとした。

下市口駅近くに車を置き、蔵王堂に10時過ぎに到着。ここから実に6時間歩くことになった。
吉水神社や金峯神社、西行庵などを通過し、歩きやすい山道をテクテク歩き、黒滝の道の駅に到着。
そこから下市口駅に戻るためにバスに乗るのだが、最終便にもう少しで乗り遅れるという際どい行程であった。

元上司の彼の葬式の祭壇には彼直筆の色紙が飾られていた。
そこにはこう書かれている。

「少しの自惚れをもって人生を楽しむ」

我がバドミントンのジュニアクラブのお別れ会でも挨拶の中で伝えたのだが、僕はこの言葉をこう解釈している。
この言葉は「自惚れ」を強調しているのではなく、「少しの」にポイントがある。
うぬぼれるのは少しだけで、自分はまだまだなんだと慎ましく生きることで、人生は楽しくなるのではないか、と。
うぬぼれる人に成長なし。慕われる人にもなるまい。

一方、吉野に縁の深い西行の辞世の歌

花に染む 
心のいかで 残りけん
捨て果ててきと 思ふわが身に

元上司もこの黒滝で、西行の清貧さにふれられて育たれたに違いない。

共にひっそりとこの世を去られた、合掌。

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五條の新町を歩く

2月の風と空気を感じるこの日曜日、市の大会や中学生の試合(これは後に気づいたのだが)を失礼させていただき、五條市の新町を訪れた。すみません。

延ばせば手が届きそうな時代・・・。祖父母から曽祖父母、さらにもう一、二代前かもしれない時代に栄えた町筋に思いを馳せるのは、飛鳥時代や奈良時代に比して結構容易で、リアルな息遣いが漂う。丁度連ドラ「アサが来た」の時代あたり。
だから、古い町並みに立てば、何か神聖な心持ちになると同時にワクワクしてくる。五條市の新町は、宇陀市松山地区、高取町の土佐町、奈良町などと並んで前から行きたいところで、立春の風にあおられて行くことにした。

JR五條駅の手前、大和二見駅から歩くことにする。

日曜日だというのに人気はまばらで、よけいに往時を偲ぶ雰囲気に浸ることができた。
幻の五新鉄道の跡や、すぐ近くを流れる吉野川の船着場や、無料公開しているまちなみ伝承館とまちや館を思う存分に見学し、案内係の女性からの説明も充分に聞かせてもらった。
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早春を感じる梅も一部開花しており、特に老梅は七部咲きといったところで、町家の白い壁と黒い瓦屋根とが調和してきれいだった。ブログでにおいをお伝えできないのが残念だ。
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ぶらりゆっくりと歩いても、新町は直ぐに終わる。片道30分もかからない。物足りなさを感じながら仕方なしにルートをやや変更して往復歩いた。このエリアの魅力は充分感じた。
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帰りはすき家で牛丼を食し、五條のリバーサイドホテルに併設されている「金剛の湯」に浸かる。そもそも五條は僕にとっては全く生活圏から外れる。特別の用事もないに等しいから、こんな施設があることを知らなかった。看板の威力に誘われての訪問。
施設自体はコンパクトな銭湯の雰囲気、湯はヌルヌルして湯温も高めで、僕にピッタリ。もうドップリと楽しませてもらった。

見学で説明を受けた二つのものを紹介したい。
一つは、当家に嫁入りの際、乗ってきたというカゴ。思いの外小さいのが印象的だった。昔の人は小柄だっただろうが、衣裳を着て乗るのだから、さぞ窮屈だっただろうなと思う。
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二つめは、現在は「まちや館」だが、元々は検事総長、司法大臣、吉田内閣の法務大臣、司法大臣などを歴任されたという木村篤太郎の生家で、そこに展示されている書が僕を惹きつけた。
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「和而不同」

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自己の考えがないまま周りと強調するのではなく、一人ひとりが自己の考えをもって周りと強調することで、本当の和が生まれる、という解説。

何にも通用する名言だと思うので、紹介した。

朝の声かけが、1日の活力

通勤のために駅のホームで、朝のお気に入りの音楽を聴き入りながらボーゥッと立っていると、たまにバドミントンのクラブを巣立った子から声がかかることがある。
6時半前後の時刻だから、何かの理由がないとなかなか会うということにはならない。

今朝もジョン・ウィリアムスのギターを聴いていると、「おはようございます」と耳の近くで声があった。
相手の顔を見ると「おっ!」と返し、「えらい早いなあ、今日は何かあんの?」と尋ねると、部室の鍵を開ける当番なのだという。
頑張ってるなと思うと微笑ましい。
せやけど、家から駅まで車で送ってもらってないやろな!!と確認したかったのは、僕の意地悪さかな?
だから結局尋ねなかったが、出来れば自分の力で来いよ、駅から近いんだから!

昨日の一般部の練習には、多くのOBや若者が練習に来てくれていた。
日々の小中の練習にも、誰かが顔を出してくれるようになった。
にわかに活気付いてきて、嬉しい限りだ。

しかし、卒業を控えて一時顔を見なくなるものも生じる。また戻ってくるに違いないが、この君のように、顔を見かけたら声をかけてほしいものだ。

どんづる峯から二上山へ

屯鶴峯と二上山は同じ所にあると思い込んでいた僕だが、思い立ってよく見ると、近いのは近いが本当はどうだったけ?僕の頭の中は混在して定かでない。
何せ小学生の遠足で行ったきりなもんで・・・。

そこで、実際に足を運んでみようと出向いた。

近鉄関谷駅で降り、まずは屯鶴峯に向かう。

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僕が良く閲覧する「奈良に住んでみました」サイトによると、
「奈良県香芝市にある、県指定の天然記念物『どんづる峯(屯鶴峯。どんづるぼう)』。
雄岳と雌岳が連なる「二上山」の北西の、標高150メートルの丘ですが、真っ白な「白色凝灰岩」の層が見られる奇勝として知られている。
今から1500万年前〜2000万年前ごろ(新生代第三紀中新世後期)、二上山の噴火によってふもとの湖に火山灰が降り積もり、それが地殻変動によって隆起。風雨にさらされて浸食され、現在の地形になったもの。」とある。

気が遠くなりそうな時間を経て見る自然の造形に心が動かないはずがない。
しばし白色の岩に腰を下ろし、急峻な岩肌とその向こうに連なる住宅のアンバランスさに見入っていた。

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槇尾山から二上山、そして屯鶴峯に連なるトレッキングコースはダイヤモンドトレイルとよばれる。太子町に向かう幹線道路からふいに左に入ると、それがダイヤモンドトレイルの南端。即ち山道になる。道はよく整備され、歩きやすかったが、結構急で、いくつかのピークを経ると汗がびっしょり。冷気に気持ち良いときと風邪をひきそうな肌寒さを感じるときが交錯する。

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小説(映画にもなった)『重力ピエロ』は、遺伝という「重力」からもがき苦しむものであったが、どのような「重力」であれ、重力に反するのはやはり苦しいし、余程のエネルギーが必要だ。

とても大きな鉄塔がそびえ立つその真下でおにぎりを2個食べる。
鉄塔の頂点の真下から写真を撮ると、こういう感じ。ヒトの股間の下からレントゲンを撮れば、よく似た骨の配列が見れるかもしれないな、と愚にもつかないことを考えながら雌岳に向かう。

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再びいくつかのピークを越え、山頂近くの展望台に到着。大阪平野を一望できるが、この日は曇天とかすみで、大阪湾まではみわたすことができなかった。

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眼下の風景を楽しんだ後、足をすすめて雌岳山頂に到着。山頂付近は結構なハイカーで賑わっていた。今度は左手、東側、つまり奈良側の眺望を楽しむ。北は天理あたりから南は吉野山系まで見渡すことができた。

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休憩はほどほどに、最後のピークを経て雄岳山頂到着。
眺望は全く期待できないが、大津皇子の墓がひっそりとその存在感を漂わせていた。

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大津皇子・・・。

大津皇子が謀反の罪で自頸(じけい)を強いられる直前に詠んだとされる辞世の歌。

百伝ふ/磐余(いわれ)の池に/鳴く鴨を/今日のみ見てや/隠りなむ

磐余の池で鳴く鴨を見ることも今日を限りとして、私は死んでいくのであろうか

 もう一つ、伊勢神宮の斎宮であった実の姉の大伯皇女(おおくのひめみこ)が、弟の死を悼んで詠んだ歌がある。

うつそみの/人なる我や/明日よりは/二上山を弟世(いろせ)と/我が見む

この世の人である私は、明日からはこの二上山を弟と思って眺めることとしよう。


悲哀の歴史ドラマが潜む二上山を登るのは、登山だけではない価値があった。

下山して一般道に出る手前に、静かに澄みわたる池があった。

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全国小学生バドミントン大会(福岡大会)レポート

福岡県は2回目の訪問になる。
1回目は、リトル娘のインターハイ。前夜にチームメイトの車に乗せてもらって翌朝に会場のある小倉に到着。その夕刻には新幹線で帰宅している。

今回は全小。我がクラブから3人の子どもが出場したものだから、一線を退いた僕もベンチに付くことになった。

早朝に家を出てジェットスターで福岡に着いたのが10時頃。前の便が鳥と接触し一時空港閉鎖というトラブルで、着陸が寸前で見送られ、20分程度のロス。この時は多少ビビった。

福岡空港から博多は近い。地下鉄で10分もかからないアクセス。したがって博多近辺をぶらつくと、飛行機のお腹が近すぎて怖いのではないかと想像する。

博多からJR特急で1時間弱。そこから日豊線に乗り換えて小倉南駅まで行き、タクシーで体育館に向かった。

見覚えのある風景と体育館で、ああやっと着いたか・・・と安堵した。
試合まで時間はあるし、腹が減ってはいくさはできぬ。
一行と挨拶してから、近くのうどん店に食べに入る。
看板を見ると、うどん店なのに「名物 ぼた餅」とあって躊躇したが、周りを見ても妥当なのはここしかない。
大根とガンモドキのおでんとぶっかけうどんの冷を食べてガソリン満タン。臨戦態勢に入った。

ここからは試合の総評。
4年の部ではこの学年の成長は夏よりも2段はアップしている、というのが正直な感想だった。
特に、技術面の成長が著しく、フィジカルな優位性だけでは勝利を得ることは困難で、むしろ技術面の向上がなければ、全国でトップレベルに行くのは難しいと感じた。

6年の部は2人が出場したが、どちらも持っている力を出し切ったのではないかと思う。一人の子の初戦は当初緊張していて、1ゲームを奪われる波乱のスタートであったが、本来の実力を2ゲーム、3ゲームと発揮し、初戦を飾る。
2回戦では相手が1枚上の子。それでも1ゲームを取り、これはいけるかもと!と思ったが、全国はそんなに甘くはない、2ゲーム、ファイナルゲームは一方的な展開で敗退した。

トップレベルの子は自分を客観視できる能力とともに、自己修正できる力を持っている。
この「自己修正力」を、今回のキーワードにしたい。

3人目のもう一方の6年の子。
一回戦から格上の子との戦いであったが、ラリーを繰り返す戦いで、接戦の末1セットを取る。簡単に勝てる相手ではない、まだまだ先は遠いと励ましながら2ゲーム目も接戦に持ち込んだ。
ファイナルは力尽きたという感じで終わったが、見応えのある素晴らしい試合だった。

さて、自己修正力について。
自己修正力の向上を考える場合、何が必要か?
僕なりに考えてみる。

,泙此∪格は自惚れ屋さんよりは謙虚な性格が向いている。
自分には至らない点が多いと思う方がはるかに修正がきく。
受容の幅が大きい素直な性格も必要だ。

⊆分を幽体離脱のごとく客観視できる力があるかどううか。
これがなければ、修正しようという気持ちはまず起こらない。
バドミントンでいうならば、なぜ1ゲームをとられたのか、その原因はどこになるのか、あたかも観客席から観ているように自分のプレーを観察できる力がある人間は、修正する力も備わっているだろう。

この客観的視点から得られる自己評価をする力。
客観視した自分のプレーが良いのか悪いのか、どこが良かったのか悪かったのかを判断する力があれば、失敗した場合でもリカバリーは容易になる。

ぜ己評価した結果をもとに、過去に固執ぜず実践できる力。
いつまでも自分のプレースタイルにこだわっていては、小さい狭い殻からは抜け出せない。
思い切って自分のプレースタイルという殻を破る勇気と実践力が必要だ。

しかし子どもにこういうことを求める場合、なかなか理解されないし、すぐにどうなるものでもない。
そこで日常生活の中で、些細なことから自分を見つめ、それについて善悪の評価ができ、自己修正できる方法が求められる。
僕がメインの監督をしていた時は3つのことを求めた。
ー分で起きなければならない時間に起きる。
▲謄譽咾鮓ながら食事をしない。
M修畤欧覆韻譴个覆蕕覆せ間を自分で決め、その時間までには必ず寝る。

大会が終わり、食事を食べ、一行と別れて、一人福岡空港に向かう。
しかし、時間がまだあるので、博多まで移動し、ラーメンと温泉を目論んでいたが、フライト時間まで4時間と中途半端。
お腹もまだ空いていないし。
ぶらっと歩いて寄ったのが、どこにでもあるヨドバシカメラ。
そこではキャノンカメラの新製品のイベントに出くわし、電車を上手く撮るにはどうすればよいか・・・というテーマで講習をやっていた。
これは良い時間潰しになると、少ない聴衆の一人となって約60分勉強させて頂いた。

勉強にはなったが、写真の撮り方が修正できるかどうかは、この性格だから無理かな。

テレビドラマ「偽装の夫婦」鑑賞記

テレビドラマ「偽装の夫婦」をHuluで観た。

天海祐希ファンなのだが、それを抜きにしてもなかなか面白かった。
当初は単なるコミカルな中年男女の恋愛ものかと思っていたが、結構社会的な課題が盛り込まれている。
一つはセクシャル・マイノリティについて。
もう一つは、本当の自分をさらけ出せず、自分を偽装する生き方について。こういうタイプの人を心理学の適応機制ではなんとかと言うのであろうが、専門用語が出てこない。

最終回では、このテーマに対する向き合い方が色濃く示唆されている。

◆げいの母がビデオを片手に「みーんな、いい顔してるわねえ。あんまり感動的な光景だから、ネットに流そうかと思って。ゆうちゃん、私ねえ、いい歳して思うの よ、自分はなんて子どもなんだろう、って。本当の大人になるためには寿命が何年あったって足りないって。だから人生なんて、ヒロさん(ヒロイン)とチョウ ジ(主人公のゲイ役)みたいに、自分がやるべきことを必死になって毎日やり続けるしかないの。失敗したり、後悔することばっかりだけど。ミルクはこぼれても、いちいち嘆いてる暇はないの。どうせミルクはこぼれるんだから。」

◆「私はチョウジと一緒にいたい。チョウジは?」
「オレも一緒にいたいよ、でも」
「だったら肉体的に結ばれなくったって、そんなの構わないじゃない。」
「いや、だけど」
「たしかに、このままま一緒にいても幸せになれないかもしれない。きっとまたつらいことがいっぱいあると思う。あんたが他のオトコの人を好きになったら、身がよじれるほど苦しむかもしれない。それでも、二人でいた方が良いことが何倍も何百倍もあるし、まわりの人をたくさんたくさん笑顔にできると私は信じたい。片手じゃ拍手できないって言ったのはあんたでしょう?」
「じゃあ、どういう関係になるんだよ、オレ達」
「親友とか、夫婦とか、そんな呼び方なんて、どうでもいいじゃない。大事なの
は、私たちの絆でしょ。いつでも相手のことを思って、何があっても揺るがないで、お互いを信じて、味方でいることでしょう?」
「ホントにいいのか、ヒロ。またおまえを傷つけるかも」
「2回泣かされたんだから、もう3回も4回もいっしょよー。それに失敗を恐れてたら何もできないし、私たちは私たちらしく心のままに生きるだけ生きようよ。周りに影響されないで、お互いの個性を信じようよ。それがとびっきり難しいことだからこそ」

◆「ハグしていい?、でもしてるけどな」

◆「私たちが生きてるこの世界に、同じ人生なんて一つもないんだし」
「オレたちみたいな夫婦がいたっていいよな」
「うーん!」

折しも、職場の伝達講習で、セクシャル・マイノリティの話を聴いた。
セクシャルマイノリティには、LGBTといわれるように、L=レズビアン、G=ゲイ、B=バイセクシャル(両性愛者)、T=タランスジェンダー(性転換手術までは行わないが、異性の社会的性的役割や規範に収まりたい人。また性別に応じた社会で認識されている役割や規範に収まらない傾向を含む、あらゆる個人および行動、グループに当てられる名称・・・らしい)があるが、この範囲はゆるやかなグラディエーションで、実に様々らしい。
日本の成人の7.6%、13人に一人が、この範囲にいるのだという。
伝達講習では、「アライアンス」という単語を紹介された。
「アライアンス」は一般的には企業の提携やグループ化等を指すが、LGBTの場合、様々な人が協力するグループといった意味合いで、LGBTではないが支援する者も指すのだそうだ。

チョウジとヒロもこのアライアンスに該当するのかもしれないと思った。

おやじのせなか

HULUで「おやじのせなか」を観ている。

エピソードは11話で、それぞれ1話で完結するストーリー。
TBS系で放送されたものだが、なかなか面白い。
その中の一つ、渡瀬恒彦主演の「母の秘密」は、朝の通勤電車で泣きまくってしまった。

学生闘争に明け暮れた世代。
日本の国や国民はこうあるべきだと、大きなテーマを掲げて闘った。
弁は立ち、この時代にはやった「理論武装」も得意だったような人物。

そんな父親だが、家では無口。
妻や子に何を言っていいのか分からない、頑固で不器用なオコトだ。
そんな無口で気難しい夫を支えた妻は亡くなり、軋轢のあった息子を無理やりに誘い、四国巡礼の旅に出る。
実はそれは亡き妻と息子への謝罪の旅だった・・・。

息子を演じる中村勘九郎と渡瀬恒彦との体当たりな演技は見もの。

実は僕の人生でおやじという存在はない。
だから、おやじが分からない。
それは極めておぼつかない。
とてもおやじといわれる存在には程遠い。

おやじの背中とはどんなのだろう?

子ども達と竜門山で夕日を鑑賞

新たに便利なアプリが出た。
「Tver」
見逃した民放のテレビ番組を一週間くらいスマフォで見れる。
スマフォやタブレットは本当にスゴイ!
あまりに便利すぎて、この先どうなるんだろうと不安になったりする。

しかしどれくらい便利になって、何でも出来るといっても、直接見たりふれたりして感じる経験には勝てない。

先週の土曜日、バドミントンクラブの有志と大和盆地に沈む夕陽に感動するハイクと称して、竜門山に登った。
夕方3時半頃に起点となると天理トレイルセンターを出発し、1時間少しかけて山頂に到着、程なくして夕陽を鑑賞。目的を果たすことができた。
運の悪いことに、PM2.5のせいだろうか、霞がひどく、大阪湾や明石海峡大橋は見えなかった。また、二上山の姿ですらうっすらしていた。
当日の大気の状況をスマフォで後日調べると、やはり大気のチリが原因のようだった。

しかし、ものはポジティブに考えよう!
また視界良好なときに登ればよいことだ。

秋の夕暮れは加速的に速く、またたくまに、たそがれ、そして夜の領域へと移る。
歩いて下山するグループは、予め用意した電灯を点滅させた。
過去に一人で同じように暗い中を下った時は本当に怖かったが、今回は人の多さと電灯の明るさとで、恐怖心はなかった。
むしろ、冒険心が子どもたちの心に刺激を与えたかもしれない。

「夕焼け」「夕日」などのキーワードは、ふるさとや友だち、子どもの頃の思い出などを想起させる。スマフォでは味わえない感動と向き合える。

参加した子ども達も、こうした経験を大切にしてほしい。

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備前 片上の往時をしのぶウォーキング

井原西鶴 『好色五人女』という書物名は、大学の近世文学概論の講義以来に聞く。
当時は難読なくずし字を一つ一つ解説してもらって読んだが、精根尽き果てて、僕には無理!状態だった。

お夏・清十郎の段。
清十郎は造り酒屋の息子で、何不自由もなく育った。
故あって、19歳の時に姫路の米問屋但馬屋に奉公に出て、主人が娘、お夏と恋仲になる。
2人の仲は許されず、思い余って駆け落ちをする。
二人は片上港で追手に捕まり、清十郎盗みのぬれぎぬまで着せられ25歳の若さで処刑され、お夏は悲しみのあまり発狂し、清十郎の姿を求めてさまよい歩く。
その後、お夏は葛坂峠で茶屋を開いたという。

無理を言い、ジュニアバドミントンの岡山屈指のクラブに合同練習会に参加させて頂いた。
当方からお願いした事情があって、一言直接お礼を言わねばなるまいと、我がクラブ選手団に同行させて頂いた。
しばらく観戦し、辛口の指導を数名にしたのち、会場を後にした。

近くは瀬戸内海の片上湾。かなり入り組んだ地形で波はほとんどない。
そういうところだから、歩かない選択はない。
約2時間のーんびりと西片上駅まで歩いた。

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片上は津山から山陰に抜ける津山街道と旧山陽道の交差点にある。
昔はきっと宿場町として栄えたことだろう。

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点在する民家が往時をしのばせる。

西片上駅が間近に迫ったころ、「お夏茶屋跡」の標識を見つけた。

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これが冒頭の由来だ。
悲恋が今もって語り継がれるのを、お夏が生きていればどう思っているのだろうなあ・・・。

駅周辺、いわゆる昔の旧街道沿いは、さびれきっていた。
気の毒なくらいに活気がない。

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すぐ近くの幹線道路にはトップバリュー、エディオンが大きな店舗を構えていて、痛々しかった。

駅は国道2号線沿いの高台にある。
表正面からはパッと見て駅には見えない。
しかし構内に入れば、片ホームの田舎の駅らしい駅。
高倉健の鉄道員(ぽっぽや)みたいにひっそりしていた。
残念ながら、この駅は無人だったが・・・。

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電車が来るまでは40分の待ち合わせ。

いまもお夏の茶屋が営業中であれば、寄りたいところであった。
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