2019年08月
2019年08月30日
刑事博物館と阿久悠記念館 ＠明大
（明治大学博物館）
特別展 「見えているのに見えていない！ 立体錯視の最前線」（〜９/８）＊をやっていた神田駿河台の 明治大学博物館には、常設展として大学史の他に ”商品、刑事、考古” という３部門の展示があったが、特筆すべきは 刑事部門だろう。
主に江戸時代の罪人逮捕から取調べを経て処刑に至るまでを、刺叉（さすまた）や十手、数々の拷問具や処刑器具で紹介する展示というのはかなり稀少なものと思われる。＊
それは、お上の権威により治安が一定程度保たれていた一方で、人権意識が希薄で被疑者に対する残虐な取り扱いは横行していた、そんな社会が僅か２〜３世紀前のこの町の姿だったという現実を再認識させられる展示でもあった。
もっともそれは江戸のことだけではない、最後の方には ギロチンやニュルンベルクの 「鉄の処女」が不気味な姿を見せていて、人類が蒙を啓かれるようになるまでにそれぞれが辿った長い道のりを実感させられた。
＞魔女の秘密 （2016、ラフォーレミュージアム原宿） １、２、３、４
さらに同じ施設の中には 阿久悠記念館があって、重苦しい刑事手続の世界から一転して、歌謡曲の全盛時代に入っていくことになった。
特に現役の実力派歌手たちが凌ぎを削り、アイドルやフォーク歌手も次々に進出＊して、レコード大賞が国民的関心事だった70年代＊に、最も輝いていた作り手の一人が 阿久悠という作詞家だったことは、膨大な曲目リストで一目瞭然だ。
年表的な展示としては、「また逢う日まで」、「北の宿から」、「勝手にしやがれ」、「ＵＦＯ」といった大賞受賞曲が軸となっていたけれど、詞にフォーカスすれば 「ジョニイへの伝言」や 「コーヒーショップで」、「あの鐘を鳴らすのはあなた」などが今も印象深く、いくつかのフレーズを思い出しながらタイムトリップをすることになった。
特別展 「見えているのに見えていない！ 立体錯視の最前線」（〜９/８）＊をやっていた神田駿河台の 明治大学博物館には、常設展として大学史の他に ”商品、刑事、考古” という３部門の展示があったが、特筆すべきは 刑事部門だろう。
主に江戸時代の罪人逮捕から取調べを経て処刑に至るまでを、刺叉（さすまた）や十手、数々の拷問具や処刑器具で紹介する展示というのはかなり稀少なものと思われる。＊
それは、お上の権威により治安が一定程度保たれていた一方で、人権意識が希薄で被疑者に対する残虐な取り扱いは横行していた、そんな社会が僅か２〜３世紀前のこの町の姿だったという現実を再認識させられる展示でもあった。
もっともそれは江戸のことだけではない、最後の方には ギロチンやニュルンベルクの 「鉄の処女」が不気味な姿を見せていて、人類が蒙を啓かれるようになるまでにそれぞれが辿った長い道のりを実感させられた。
＞魔女の秘密 （2016、ラフォーレミュージアム原宿） １、２、３、４
さらに同じ施設の中には 阿久悠記念館があって、重苦しい刑事手続の世界から一転して、歌謡曲の全盛時代に入っていくことになった。
特に現役の実力派歌手たちが凌ぎを削り、アイドルやフォーク歌手も次々に進出＊して、レコード大賞が国民的関心事だった70年代＊に、最も輝いていた作り手の一人が 阿久悠という作詞家だったことは、膨大な曲目リストで一目瞭然だ。
年表的な展示としては、「また逢う日まで」、「北の宿から」、「勝手にしやがれ」、「ＵＦＯ」といった大賞受賞曲が軸となっていたけれど、詞にフォーカスすれば 「ジョニイへの伝言」や 「コーヒーショップで」、「あの鐘を鳴らすのはあなた」などが今も印象深く、いくつかのフレーズを思い出しながらタイムトリップをすることになった。
2019年08月27日
奈良大和四寺のみほとけ-２ 岡寺、長谷寺
（東京国立博物館 〜９/２３）
室生寺＊からの国宝２点を含む５躯の仏像のお出ましが特に ”有り難い” ものだった ”奈良大和四寺のみほとけ” 展では、岡寺の国宝 「義淵僧正坐像」（奈良時代・8世紀）＊とも久しぶりに再会、運慶の 「重源上人坐像」＊＊を先取りするような老醜を隠さないリアリズム彫刻が、奈良時代のものだということにあらためて驚かされた。
もっとも、賓頭盧尊者などの羅漢像の系譜と考えればそれほど突出したものではないのかもしれないが、それでも開祖の像をこのように残し伝えていくことにした岡寺の気概が感じられるようでもある。
「釈迦涅槃像」（鎌倉時代・13世紀）も今回ゆっくり見ることができたが、体の上に沿うように延ばされた左手と、ほぼ直角に曲げられた足首には若干の緊張感があるようであり、眠りでも死でもない、涅槃への移りゆく姿を表しているように思われた。
「菩薩半跏像」（奈良時代・8世紀）＊は相変わらず可憐なお姿、ふっくらとした頬、穏やかな微笑、右頬にあてた２本の細い指、肩から腰にかけての括れたライン、四肢の緊密な構成、そのどれもがまさにこれしかないという完成度にもかかわらず、全体としてすっきりとまとまっていて、本当にご本尊の胎内で生まれはぐくまれたかと思うような自然さだった。
長谷寺からは６躯が登場していたが、目を引いたのはご本尊十一面観音の脇侍という２体の異形の像だった。
向かって左の 「赤精童子（雨宝童子）立像」（運宗作 室町時代・天文7年(1538)）は、八大童子のひとりとも天照大神ともいわれる像で、大きな目を見開いた気の強そうな娘の姿をしている。
右側の 「難陀龍王立像」（舜慶作 鎌倉時代・正和5年(1316)）は、正装し太刀を下げた官人の姿だが、その体躯に絡んだ龍が頭上から睥睨し、彼自身も大声を上げるような怒りの表情を見せている。
水の信仰に根差した雨乞いの本尊である本像は、８人の仏師が１１日間で仕上げたということなので、そこにはよほど切羽詰まっていた事情があったのだろう。
それにしても、堂々たる巨体と輝くばかりの金色で観音の中の観音という印象だった長谷観音の両脇に、このような土着の神々が控えておられたとは全く気付かなかったし、もし目がそこに行っても後世に持ち込まれた客仏かと思ったことだろう。
しかし、室生寺の龍神信仰＊などを思い出してみると、全国に広がる長谷観音信仰の淵源も、むしろこの２体の脇侍こそが体現しているということになるだろうか・・・
室生寺＊からの国宝２点を含む５躯の仏像のお出ましが特に ”有り難い” ものだった ”奈良大和四寺のみほとけ” 展では、岡寺の国宝 「義淵僧正坐像」（奈良時代・8世紀）＊とも久しぶりに再会、運慶の 「重源上人坐像」＊＊を先取りするような老醜を隠さないリアリズム彫刻が、奈良時代のものだということにあらためて驚かされた。
もっとも、賓頭盧尊者などの羅漢像の系譜と考えればそれほど突出したものではないのかもしれないが、それでも開祖の像をこのように残し伝えていくことにした岡寺の気概が感じられるようでもある。
「釈迦涅槃像」（鎌倉時代・13世紀）も今回ゆっくり見ることができたが、体の上に沿うように延ばされた左手と、ほぼ直角に曲げられた足首には若干の緊張感があるようであり、眠りでも死でもない、涅槃への移りゆく姿を表しているように思われた。
「菩薩半跏像」（奈良時代・8世紀）＊は相変わらず可憐なお姿、ふっくらとした頬、穏やかな微笑、右頬にあてた２本の細い指、肩から腰にかけての括れたライン、四肢の緊密な構成、そのどれもがまさにこれしかないという完成度にもかかわらず、全体としてすっきりとまとまっていて、本当にご本尊の胎内で生まれはぐくまれたかと思うような自然さだった。
長谷寺からは６躯が登場していたが、目を引いたのはご本尊十一面観音の脇侍という２体の異形の像だった。
向かって左の 「赤精童子（雨宝童子）立像」（運宗作 室町時代・天文7年(1538)）は、八大童子のひとりとも天照大神ともいわれる像で、大きな目を見開いた気の強そうな娘の姿をしている。
右側の 「難陀龍王立像」（舜慶作 鎌倉時代・正和5年(1316)）は、正装し太刀を下げた官人の姿だが、その体躯に絡んだ龍が頭上から睥睨し、彼自身も大声を上げるような怒りの表情を見せている。
水の信仰に根差した雨乞いの本尊である本像は、８人の仏師が１１日間で仕上げたということなので、そこにはよほど切羽詰まっていた事情があったのだろう。
それにしても、堂々たる巨体と輝くばかりの金色で観音の中の観音という印象だった長谷観音の両脇に、このような土着の神々が控えておられたとは全く気付かなかったし、もし目がそこに行っても後世に持ち込まれた客仏かと思ったことだろう。
しかし、室生寺の龍神信仰＊などを思い出してみると、全国に広がる長谷観音信仰の淵源も、むしろこの２体の脇侍こそが体現しているということになるだろうか・・・
2019年08月24日
円山応挙から近代京都画壇へ-２ 蕪村と呉春
（東京藝術大学 〜９/２９、展示替えあり）
円山応挙＊筆 大乗寺襖絵 「松に孔雀図」＊のすぐ横には、与謝蕪村＊の 「春林茅屋図」（逸翁美術館）が出ていた。
題材も構図も特別なものではないけれど、明るい光と爽やかな風が画面いっぱいに感じられる作品で、奥へと続く細い道が誘うのは思わず心惹かれる憧憬の世界だ。
写実とは別の次元で誰の心の中にもある理想郷が確かに捉えられており、そこに漂う ”気” が見る者の気持ちを和ませる。
その 蕪村の弟子 呉春が 大乗寺の襖絵として最初に描いたのは 「群山露頂図」（1787）、蕪村の傑作 「峨嵋露頂図巻」＊を大きくしたような、空を飛ぶ鳥の目から見た山々の連なる光景が、簡素で大雑把な筆で描かれている。
薄墨で余白が多く、一つの面に10分もかけていないのではないかと思うほどのざっくりとした描法は、緻密に写実を積み上げていく 応挙とは全く対照的なアプローチなのだが、山の ”気” はそこに確かに満ちている。
これを 大乗寺訪問時に見た記憶が残っていないのは、もしかしたら本作のある 「禿山の間」が、仏間を含む他の部屋に４方全てを囲まれていて廊下に面していないために、見学可能な順路に入っていなかったのではないかと思うのだがどうだろうか・・・
もう一点の 呉春筆 「四季耕作図」（1795）は、農作業に励む農民の姿が季節の移ろいに従って細かく描き込まれている。
これは、上記の 「群山露頂図」（1787）が 応挙の 「山水図」（1787）、「郭子儀図」（1788）と同じ時期に描かれたのに対し、その8年後となる 応挙の 「松に孔雀図」（1795）と同年の作なので、この間に 応挙の影響を受けて 呉春の作風が大きく変化したように見える。
師の 蕪村を見送った 呉春が 応挙の門人になりたいと申し出たときに、応挙は彼を友人として迎え入れたというエピソードは、 蕪村風の作風で活動していた 呉春が既に、応挙も一目置く存在だったことを示しているのだろう。
そのあたりの事情は ”円山派名簿” と呼ばれる 大乗寺文書（1794-95）において、呉春が筆頭の 応挙の次で 蘆雪（芦雪）より前に記されていることからも察せられるのだが、そうした事実があったとすれば、それは 「群山露頂図」の制作より少し後ということになるものと考えられる。
では 呉春は 「四季耕作図」において、応挙の画風を自発的に取り入れたのか、あるいは応挙の指示・命令に従ったということだったのか。
おそらく、大乗寺プロジェクトの第２期に 呉春が担当することになった本堂右手前の角部屋が、四天王の持国天に準えて生産・経済すなわち農業の間と位置付けられ、そこに農民が働く姿を描くという方向が出た段階で、自ずと 「群山露頂図」のようなアプローチは選択肢から消えたであろう。
つまり、応挙は部屋の持つ意味を説明して後は 呉春に任せ、その 応挙の意図を 呉春が忖度したのだとすれば、それはプロデューサー 応挙の勝利ということになろうが、呉春はそれでハッピーだったのかどうか・・・
今回の展示部分だけでも、田植えから稲刈りまでの作業は分かりやすく丁寧に描かれているし、農村風景の典型として平和な情感もそこには漂っている。
それでも、応挙の３つの部屋を見てその後に 大乗寺本堂をひと廻りしてきた眼には、遠慮のないところこの 「四季耕作図」は、その手前の 「使者の間」の 山本守礼筆 「少年行図」、亀岡規礼筆 「採蓮図」と同じように、特に印象に残らなかったとしても無理はないようにも思われた。
円山応挙＊筆 大乗寺襖絵 「松に孔雀図」＊のすぐ横には、与謝蕪村＊の 「春林茅屋図」（逸翁美術館）が出ていた。
題材も構図も特別なものではないけれど、明るい光と爽やかな風が画面いっぱいに感じられる作品で、奥へと続く細い道が誘うのは思わず心惹かれる憧憬の世界だ。
写実とは別の次元で誰の心の中にもある理想郷が確かに捉えられており、そこに漂う ”気” が見る者の気持ちを和ませる。
その 蕪村の弟子 呉春が 大乗寺の襖絵として最初に描いたのは 「群山露頂図」（1787）、蕪村の傑作 「峨嵋露頂図巻」＊を大きくしたような、空を飛ぶ鳥の目から見た山々の連なる光景が、簡素で大雑把な筆で描かれている。
薄墨で余白が多く、一つの面に10分もかけていないのではないかと思うほどのざっくりとした描法は、緻密に写実を積み上げていく 応挙とは全く対照的なアプローチなのだが、山の ”気” はそこに確かに満ちている。
これを 大乗寺訪問時に見た記憶が残っていないのは、もしかしたら本作のある 「禿山の間」が、仏間を含む他の部屋に４方全てを囲まれていて廊下に面していないために、見学可能な順路に入っていなかったのではないかと思うのだがどうだろうか・・・
もう一点の 呉春筆 「四季耕作図」（1795）は、農作業に励む農民の姿が季節の移ろいに従って細かく描き込まれている。
これは、上記の 「群山露頂図」（1787）が 応挙の 「山水図」（1787）、「郭子儀図」（1788）と同じ時期に描かれたのに対し、その8年後となる 応挙の 「松に孔雀図」（1795）と同年の作なので、この間に 応挙の影響を受けて 呉春の作風が大きく変化したように見える。
師の 蕪村を見送った 呉春が 応挙の門人になりたいと申し出たときに、応挙は彼を友人として迎え入れたというエピソードは、 蕪村風の作風で活動していた 呉春が既に、応挙も一目置く存在だったことを示しているのだろう。
そのあたりの事情は ”円山派名簿” と呼ばれる 大乗寺文書（1794-95）において、呉春が筆頭の 応挙の次で 蘆雪（芦雪）より前に記されていることからも察せられるのだが、そうした事実があったとすれば、それは 「群山露頂図」の制作より少し後ということになるものと考えられる。
では 呉春は 「四季耕作図」において、応挙の画風を自発的に取り入れたのか、あるいは応挙の指示・命令に従ったということだったのか。
おそらく、大乗寺プロジェクトの第２期に 呉春が担当することになった本堂右手前の角部屋が、四天王の持国天に準えて生産・経済すなわち農業の間と位置付けられ、そこに農民が働く姿を描くという方向が出た段階で、自ずと 「群山露頂図」のようなアプローチは選択肢から消えたであろう。
つまり、応挙は部屋の持つ意味を説明して後は 呉春に任せ、その 応挙の意図を 呉春が忖度したのだとすれば、それはプロデューサー 応挙の勝利ということになろうが、呉春はそれでハッピーだったのかどうか・・・
今回の展示部分だけでも、田植えから稲刈りまでの作業は分かりやすく丁寧に描かれているし、農村風景の典型として平和な情感もそこには漂っている。
それでも、応挙の３つの部屋を見てその後に 大乗寺本堂をひと廻りしてきた眼には、遠慮のないところこの 「四季耕作図」は、その手前の 「使者の間」の 山本守礼筆 「少年行図」、亀岡規礼筆 「採蓮図」と同じように、特に印象に残らなかったとしても無理はないようにも思われた。
2019年08月21日
みんなのミュシャ-１ ”ミュシャ” への道
（ザ・ミュージアム 〜９/２９）
アルフォンス・ミュシャ（ムハ、1860-1939）が後世のアーティストに与えた影響に着目した ”みんなのミュシャ、ミュシャからマンガへ―線の魔術” 展は、パリで一世を風靡するに至るまでの前半部分にも思いがけない見どころがあった。
”１．序〜ミュシャ様式へのインスピレーション” では、チェコのモラヴィアで生まれた ミュシャの霊感源になったと考えられるバックグラウンドを紹介、教会の説教壇用バナーに描かれたローマの殉教者 「聖パラスケヴァ」は、純朴そうに見えながら視線や表情に確固たるものを持った娘だった。
”２．ミュシャの手法とコミュニケーションの美学” はイラストレーターとしての修業時代の作品、後の ”ミュシャ様式” に繋がっていくものが多い中で、「幻影」（1888）という 「ファウスト」の挿絵の習作や、同じく挿絵画 「スペインの歴史の諸場面とエピソード」（1898）などは、陰翳の濃いドラマティックな画面となっており、「スラヴ叙事詩」＊で追及される世界観が比較的初期から試されていたように思われた。
”３．ミュシャ様式の「言語」” には、パリで大成功し商業的な頂点を極めていた時期の作品が並んでいた。
その大きなターニングポイントとなった 「ジスモンダ」（1894）＊の成立過程はすでに ”伝説” となっているが、あらためて見てみれば確かに良く出来ていて、それまでの作品から格段にレベルが上がっているだけでなく、絶対に凌駕されない精神性の高さのようなものまでが獲得されているように感じられる。
もし サラ・ベルナールの依頼に最初に応えたのが、本作ではなく 「椿姫」（1896）や「ロレンザッチオ」（1896）、「ハムレット」（1899）などだったとしたら、パリ市民の熱狂も彼女との関係もその時に起きたこととは違ったものになっていたかもしれない。＊
あるいは、作品としてはより洗練され美しいように思われる 「黄道十二宮」（1896）や 「夢想」（1898）＊などが実質的なデビュー作として登場したとしても、「ジスモンダ」ほどの事件にはならなかったであろう。
その意味で、やはり本作は時代の扉を開く特別な力を与えられた、歴史的な作品の中のひとつなのだと思った。
この章には プラハ市長ホールの壁画習作（1911）もあり、ヤン・フスや ヤン・ジシュカなど民族の英雄たちの姿が見られた。
このあたりから、パリの ミュシャはプラハの ムハとなって、いよいよ 「スラヴ叙事詩」の壮大な世界に取り組んでいく＊のだが、本展はそれとは全く違った方向へと舵を切る・・・
＞アルフォンス・ミュシャ（ムハ）の過去記事
アルフォンス・ミュシャとスラヴの魂 （2019、小田急新宿）
スラヴ叙事詩 （2017、国立新美術館）
原風景 (1, 2) 勢力伸長 (3, 4, 5, 6) 言葉の魔力 (7, 9, 10) フス戦争 (8, 11, 12)
フスの残光 (13, 14, 16) スラヴ主義 (15, 17, 18) ロシアの民衆 (19) スラヴ賛歌 (20)
全20点のレビュー パリからプラハへの歩み
ミュシャ展 （2013、六本木ヒルズ）
世紀末パリの夢の請負人 祖国への回帰とモラヴィアの祈り パリとモラヴィア、二人の美女
アルフォンス・ミュシャ（ムハ、1860-1939）が後世のアーティストに与えた影響に着目した ”みんなのミュシャ、ミュシャからマンガへ―線の魔術” 展は、パリで一世を風靡するに至るまでの前半部分にも思いがけない見どころがあった。
”１．序〜ミュシャ様式へのインスピレーション” では、チェコのモラヴィアで生まれた ミュシャの霊感源になったと考えられるバックグラウンドを紹介、教会の説教壇用バナーに描かれたローマの殉教者 「聖パラスケヴァ」は、純朴そうに見えながら視線や表情に確固たるものを持った娘だった。
”２．ミュシャの手法とコミュニケーションの美学” はイラストレーターとしての修業時代の作品、後の ”ミュシャ様式” に繋がっていくものが多い中で、「幻影」（1888）という 「ファウスト」の挿絵の習作や、同じく挿絵画 「スペインの歴史の諸場面とエピソード」（1898）などは、陰翳の濃いドラマティックな画面となっており、「スラヴ叙事詩」＊で追及される世界観が比較的初期から試されていたように思われた。
”３．ミュシャ様式の「言語」” には、パリで大成功し商業的な頂点を極めていた時期の作品が並んでいた。
その大きなターニングポイントとなった 「ジスモンダ」（1894）＊の成立過程はすでに ”伝説” となっているが、あらためて見てみれば確かに良く出来ていて、それまでの作品から格段にレベルが上がっているだけでなく、絶対に凌駕されない精神性の高さのようなものまでが獲得されているように感じられる。
もし サラ・ベルナールの依頼に最初に応えたのが、本作ではなく 「椿姫」（1896）や「ロレンザッチオ」（1896）、「ハムレット」（1899）などだったとしたら、パリ市民の熱狂も彼女との関係もその時に起きたこととは違ったものになっていたかもしれない。＊
あるいは、作品としてはより洗練され美しいように思われる 「黄道十二宮」（1896）や 「夢想」（1898）＊などが実質的なデビュー作として登場したとしても、「ジスモンダ」ほどの事件にはならなかったであろう。
その意味で、やはり本作は時代の扉を開く特別な力を与えられた、歴史的な作品の中のひとつなのだと思った。
この章には プラハ市長ホールの壁画習作（1911）もあり、ヤン・フスや ヤン・ジシュカなど民族の英雄たちの姿が見られた。
このあたりから、パリの ミュシャはプラハの ムハとなって、いよいよ 「スラヴ叙事詩」の壮大な世界に取り組んでいく＊のだが、本展はそれとは全く違った方向へと舵を切る・・・
＞アルフォンス・ミュシャ（ムハ）の過去記事
アルフォンス・ミュシャとスラヴの魂 （2019、小田急新宿）
スラヴ叙事詩 （2017、国立新美術館）
原風景 (1, 2) 勢力伸長 (3, 4, 5, 6) 言葉の魔力 (7, 9, 10) フス戦争 (8, 11, 12)
フスの残光 (13, 14, 16) スラヴ主義 (15, 17, 18) ロシアの民衆 (19) スラヴ賛歌 (20)
全20点のレビュー パリからプラハへの歩み
ミュシャ展 （2013、六本木ヒルズ）
世紀末パリの夢の請負人 祖国への回帰とモラヴィアの祈り パリとモラヴィア、二人の美女
2019年08月18日
見る角度でこんなに違う！ 立体錯視の最前線
（明治大学博物館 〜９/８）
特別展 「見えているのに見えていない！ 立体錯視の最前線」＠を見に、神田駿河台の明大博物館を初めて訪れた。
エッシャーの ”無限階段” を実際に立体で作った人がいる、エッシャーを特集したテレビ番組に出ていた人の企画らしい、そんな情報を得ての訪問だったが、確かに常識的には有り得ないと思われる立体を造り上げていく面白さは充分に伝わってきた。
ただし、我々の目は任意の場所から最初に見た形を瞬時に脳にインプットしてしまうものらしく、制作者の狙い通りの見方でその立体の ”意味” を理解するためには、こちらが上下左右に動きながら、片目で（またはスマホのカメラを通して）特別な一点を探さなければならない。
だから、その一点からの見え方をまず提示してくれる映像展示の方が面白さが分かりやすく、円管や切妻屋根の最も高い場所（のように見えるところ）に小さな玉が留まっている作品も、その後で現物に戻ることによって苦心の跡を実感することができた。
むしろ展覧会としては、鏡に映すと全く違う形に見える 「変身立体」、180度回しても同じ向きになってしまう 「軟体立体」などの方が、驚きが大きくかつ謎がいつまでも解けない感じが残って効果的だったように思う。
特に 「左を向きたがる魚」といったタイトルを与えられた後者の作品は、エッシャーやその師メスキータの作品に漂う不条理の世界に繋がっているようにも感じられた。
ところで、こうした ”錯視” が大学で大真面目に研究されているのは、車の運転中に道路やトンネルがどう見えるか、といったことを解明するという社会的意義があるからなのだそうだ。
錯視の効果によって坂道の傾斜や距離感などが現実とは違って認識されるのであれば、そうした研究成果が実際の安全対策の中で活用されていくことを期待したいし、そのあたりのメカニズムや活用例などを中心に据えた展示も見てみたいと思った。
＞スーパーエッシャー展 （2007、ザ・ミュージアム） １、２、３、４、５
＞メスキータ展 （2019、東京ステーションギャラリー） １、２、３、４、５
特別展 「見えているのに見えていない！ 立体錯視の最前線」＠を見に、神田駿河台の明大博物館を初めて訪れた。
エッシャーの ”無限階段” を実際に立体で作った人がいる、エッシャーを特集したテレビ番組に出ていた人の企画らしい、そんな情報を得ての訪問だったが、確かに常識的には有り得ないと思われる立体を造り上げていく面白さは充分に伝わってきた。
ただし、我々の目は任意の場所から最初に見た形を瞬時に脳にインプットしてしまうものらしく、制作者の狙い通りの見方でその立体の ”意味” を理解するためには、こちらが上下左右に動きながら、片目で（またはスマホのカメラを通して）特別な一点を探さなければならない。
だから、その一点からの見え方をまず提示してくれる映像展示の方が面白さが分かりやすく、円管や切妻屋根の最も高い場所（のように見えるところ）に小さな玉が留まっている作品も、その後で現物に戻ることによって苦心の跡を実感することができた。
むしろ展覧会としては、鏡に映すと全く違う形に見える 「変身立体」、180度回しても同じ向きになってしまう 「軟体立体」などの方が、驚きが大きくかつ謎がいつまでも解けない感じが残って効果的だったように思う。
特に 「左を向きたがる魚」といったタイトルを与えられた後者の作品は、エッシャーやその師メスキータの作品に漂う不条理の世界に繋がっているようにも感じられた。
ところで、こうした ”錯視” が大学で大真面目に研究されているのは、車の運転中に道路やトンネルがどう見えるか、といったことを解明するという社会的意義があるからなのだそうだ。
錯視の効果によって坂道の傾斜や距離感などが現実とは違って認識されるのであれば、そうした研究成果が実際の安全対策の中で活用されていくことを期待したいし、そのあたりのメカニズムや活用例などを中心に据えた展示も見てみたいと思った。
＞スーパーエッシャー展 （2007、ザ・ミュージアム） １、２、３、４、５
＞メスキータ展 （2019、東京ステーションギャラリー） １、２、３、４、５
2019年08月15日
円山応挙から近代京都画壇へ-１ 大乗寺襖絵
（東京藝術大学 〜９/２９、展示替えあり）
”大乗寺襖絵 東京で約10年ぶりの公開!!” というチラシのコピーは、2010年に三井記念美術館で開かれた 「円山応挙、空間の創造」展を踏まえているのだろう。
この時は、応挙＊の代表作 「松に孔雀図」＊のおそらく全面が展示されたのだったと思うが、壁面に並べての展示で空間の再現ということではなかった。
その前に江戸東京博物館でもっと大規模な展覧会があり、これが大乗寺を訪れた時の印象に最も近い展示だったような気がするがはっきりとした記憶はない。
山陰の 城崎郡 香住町（今は 香美町）にある 大乗寺は、円山応挙と一門の絵師たちが１３室１６５面の襖絵を制作したことから ”応挙寺” とも呼ばれており、その中核となるのは、本堂正面で仏間に続く大きな部屋を飾る 「松に孔雀図」、向かって左の 「郭子儀図」、その奥の書院に広がる 「山水図」からなる、応挙自ら筆を執った３つの部屋の作品だ。
中でも、応挙最晩年の作である 「松に孔雀図」は、部屋の３辺を構成する１６面の金色の襖が創り出す特別な空間に松の見事な枝ぶりが展開し、そこに天上から降りてきたような３羽の孔雀がそれぞれの時を過ごしている。
そのピンと張りつめたような空気は、部屋の前の庭の木々やその先の空とも断絶することなく繋がっているようで、これこそが絵画の力であり応挙マジックなのだと思った。
そこから左の角部屋へ回ると、一転して悪戯っ子たちが鮮やかな色彩の中で躍動する 「郭子儀図」となり、その雰囲気の落差は同じ人物の作品とは思えないほどだった。
しかし、部屋の角を使って郭子儀と童子の視線を緊密に絡めたところ、そして 「松に孔雀図」と次の 「山水図」の間でこのように空気を変えてみせたところに、応挙の深謀遠慮があったのであろう。
書院造の部屋の部屋を飾る 「山水図」は、第一印象はよくある平凡な山水の絵かというものだった。
しかし、右画面左の上方から落ちてきた滝の水は、渓流となって我々のいる部屋に流れ込み、やがてそれは正面を右から左に流れるうちに大河となって大地や人々の暮らしを潤し、そして最後は岩場の楼閣や松の木に名残りを惜しむようにして遥かな大海へと続いていく。
すなわちここには、水の誕生から青・壮期を経て永遠へと還っていく、という壮大な時間が表現されていて、そしていま自分はその大きな流れの中にいるのだと気付いた時、余白が多くとらえどころのなさそうなこの山水図が、全く別次元のものとして見えてきた。
以上の ”応挙三部作” の後は一門の弟子たちの作品になるが、その中で今も印象に残っているのは、息子 円山応瑞の 「鯉の間」だ。
そこには畳に座った時の目の高さに鯉などの淡水魚や亀が泳いでいて、部屋に居ながらにして池の中を悠々と遊ぶような気分になれる空間になっていた。
その他に可愛いらしい仔犬たちのいる 「狗子の間」や、蘆雪（芦雪）の 「猿の間」＊は見たような気がするものの、残念ながらそれ以外にあったはずの7つの部屋の絵は記憶に残っていない。
そんな 大乗寺襖絵の中から ”東京で約10年ぶりの公開!!” となった 円山応挙作品は 「松に孔雀図」（1795、大乗寺）の８面のみ、一番の見どころというべき羽根を上げた孔雀のいる画面を欠き、全体の右半分に過ぎない展示ではあったが、濃い墨で描いているのに松の葉には緑が見え、孔雀には輝くばかりの華やかさがあり、鳥独特の硬さの中に威厳も感じられる作品だった。
しかし本展の特色は、この８面の襖の裏側となる面も生かす形で本堂の一部を十文字に構成し、４つの部屋の空間（の一部）を再現したことだ。
その結果、大乗寺を訪れた際にはほとんど印象に残ることのなかった３部屋の作品が見られ、同時にあらためて 応挙と 呉春の関係を考えることができた。（つづく）
＞円山応挙、空間の創造 （2010、三井記念美術館） １、２、３
”大乗寺襖絵 東京で約10年ぶりの公開!!” というチラシのコピーは、2010年に三井記念美術館で開かれた 「円山応挙、空間の創造」展を踏まえているのだろう。
この時は、応挙＊の代表作 「松に孔雀図」＊のおそらく全面が展示されたのだったと思うが、壁面に並べての展示で空間の再現ということではなかった。
その前に江戸東京博物館でもっと大規模な展覧会があり、これが大乗寺を訪れた時の印象に最も近い展示だったような気がするがはっきりとした記憶はない。
山陰の 城崎郡 香住町（今は 香美町）にある 大乗寺は、円山応挙と一門の絵師たちが１３室１６５面の襖絵を制作したことから ”応挙寺” とも呼ばれており、その中核となるのは、本堂正面で仏間に続く大きな部屋を飾る 「松に孔雀図」、向かって左の 「郭子儀図」、その奥の書院に広がる 「山水図」からなる、応挙自ら筆を執った３つの部屋の作品だ。
中でも、応挙最晩年の作である 「松に孔雀図」は、部屋の３辺を構成する１６面の金色の襖が創り出す特別な空間に松の見事な枝ぶりが展開し、そこに天上から降りてきたような３羽の孔雀がそれぞれの時を過ごしている。
そのピンと張りつめたような空気は、部屋の前の庭の木々やその先の空とも断絶することなく繋がっているようで、これこそが絵画の力であり応挙マジックなのだと思った。
そこから左の角部屋へ回ると、一転して悪戯っ子たちが鮮やかな色彩の中で躍動する 「郭子儀図」となり、その雰囲気の落差は同じ人物の作品とは思えないほどだった。
しかし、部屋の角を使って郭子儀と童子の視線を緊密に絡めたところ、そして 「松に孔雀図」と次の 「山水図」の間でこのように空気を変えてみせたところに、応挙の深謀遠慮があったのであろう。
書院造の部屋の部屋を飾る 「山水図」は、第一印象はよくある平凡な山水の絵かというものだった。
しかし、右画面左の上方から落ちてきた滝の水は、渓流となって我々のいる部屋に流れ込み、やがてそれは正面を右から左に流れるうちに大河となって大地や人々の暮らしを潤し、そして最後は岩場の楼閣や松の木に名残りを惜しむようにして遥かな大海へと続いていく。
すなわちここには、水の誕生から青・壮期を経て永遠へと還っていく、という壮大な時間が表現されていて、そしていま自分はその大きな流れの中にいるのだと気付いた時、余白が多くとらえどころのなさそうなこの山水図が、全く別次元のものとして見えてきた。
以上の ”応挙三部作” の後は一門の弟子たちの作品になるが、その中で今も印象に残っているのは、息子 円山応瑞の 「鯉の間」だ。
そこには畳に座った時の目の高さに鯉などの淡水魚や亀が泳いでいて、部屋に居ながらにして池の中を悠々と遊ぶような気分になれる空間になっていた。
その他に可愛いらしい仔犬たちのいる 「狗子の間」や、蘆雪（芦雪）の 「猿の間」＊は見たような気がするものの、残念ながらそれ以外にあったはずの7つの部屋の絵は記憶に残っていない。
そんな 大乗寺襖絵の中から ”東京で約10年ぶりの公開!!” となった 円山応挙作品は 「松に孔雀図」（1795、大乗寺）の８面のみ、一番の見どころというべき羽根を上げた孔雀のいる画面を欠き、全体の右半分に過ぎない展示ではあったが、濃い墨で描いているのに松の葉には緑が見え、孔雀には輝くばかりの華やかさがあり、鳥独特の硬さの中に威厳も感じられる作品だった。
しかし本展の特色は、この８面の襖の裏側となる面も生かす形で本堂の一部を十文字に構成し、４つの部屋の空間（の一部）を再現したことだ。
その結果、大乗寺を訪れた際にはほとんど印象に残ることのなかった３部屋の作品が見られ、同時にあらためて 応挙と 呉春の関係を考えることができた。（つづく）
＞円山応挙、空間の創造 （2010、三井記念美術館） １、２、３
2019年08月13日
日本の素朴絵-４ 白隠の禅画、蕪村の俳画
（三井記念美術館 〜９/１、展示替えあり）
本展が提示する ”知識人による意識的な素朴絵”＊について、”展示室7 知識人の素朴絵 2” ではさらに、僧侶によるもの、アマチュアによるもの、プロによるもの、の三つに分類していた。
”僧侶による素朴絵” では 仙�儺想�の 「三福神図」（江戸時代・19世紀）や 南天棒の 「雲水托鉢図」（大正時代）といった ”ゆるい、かわいい” キャラクターが躍動していたが、表現の幅や深さと先駆的な役割の点で注目すべきは、やはり 白隠慧鶴禅師の禅画＊であろう。
もっとも、”素朴絵” という枠組みの中では 白隠禅画の定番である大達磨や乞食大燈というわけにはいかず、出てくるメンバーもテーマもおのずと限られることになる。＊
「大黒天図」（江戸時代・18世紀、個人蔵）は、その中では比較的大きな画面の力作だが、正月のめでたさが全てという感じだし、「隻手布袋図」もここでは小難しい公案はさておき、とにかく親孝行しなさいというメッセージとなっているようだった。
「蘭蟷螂図」のかまきりは本展を通じても屈指のユルさだったが、「お多福粉引歌図」の方はどうなのだろう。
ここで臼を引いているのは客が付かずに売れ残った遊女だということなのだが、それにしては明るい雰囲気で ”寿” の文字も大盤振る舞いされている。
むしろ、本当の人生はそこから始まるのだとでもいうように・・・
次の ”知識人の素朴絵 3 アマチュア的素朴絵（文人・俳人）” にあった 与謝蕪村の 「奥之細道図巻」（江戸時代・安永7年（1778）、京都国立博物館）は本展で唯一の重文指定作品、それは必ずしも絵の出来栄えのみが評価されてのことではないとしても、出立する芭蕉師弟の飄々とした姿はなかなかに味わい深い。
同じ 蕪村＊の 「踊り図」（江戸時代・18世紀）は、一見すると普通に盆踊りに興じる男女のようだが、添えられている ”にしきぎの 門をめぐりて おどりかな” の句を踏まえると、これは求愛の場面ということになるらしい。
確かに、女は大仰なポーズで身をかわしているように見えるけれど、その心は男の方に引き寄せられている・・・
最後の ”プロの素朴絵（琳派・浮世絵師など）” には 光琳の 「竹虎図」（江戸時代・18世紀、京都国立博物館）、乾山の 「紅葉図」（江戸時代・18世紀 MIHO MUSEUM）なども登場、眼の楽しみを加味しつつ10年前の ”素朴美の系譜” 展＊をさらに進化させた示唆に富む収集と分類だった。
それでも、率直なところ ”素朴絵” という雲霞に向かって斧を振り回しているようなもどかしさが残らないでもないところが、まさに ”素朴絵＝ゆるくとぼけた味わいのある表現で描かれた絵画” の持ち味でもあるのだろう。
おそらく、支配層や寺社のために職業絵師や職人たちが腕を揮う場合を除くあらゆる絵画や彫刻が ”素朴美” の供給源になるものと思うが、その中でも特に上質なものが潜む鉱脈を、ざっくりと類型化して指し示していただいたものと理解したい。
＞素朴美の系譜 （2009、松涛美術館）
素朴美の世界へ、大津絵 歓心十界図、六道絵 白隠の禅画 禅画の発展と継承
横井弘三 素朴へ回帰する近代の画家たち 文人たちの”余技” 谷中安規の夢
＞地獄絵ワンダーランド （2017、三井記念美術館）
白隠と木喰の閻魔 大衆化する地獄
＞日本の素朴絵 （2019、三井記念美術館）
埴輪と神像、円空と木喰 浄土と地獄の見取り図 藤娘、付喪神、知識人と素朴絵
白隠の禅画、蕪村の俳画
本展が提示する ”知識人による意識的な素朴絵”＊について、”展示室7 知識人の素朴絵 2” ではさらに、僧侶によるもの、アマチュアによるもの、プロによるもの、の三つに分類していた。
”僧侶による素朴絵” では 仙�儺想�の 「三福神図」（江戸時代・19世紀）や 南天棒の 「雲水托鉢図」（大正時代）といった ”ゆるい、かわいい” キャラクターが躍動していたが、表現の幅や深さと先駆的な役割の点で注目すべきは、やはり 白隠慧鶴禅師の禅画＊であろう。
もっとも、”素朴絵” という枠組みの中では 白隠禅画の定番である大達磨や乞食大燈というわけにはいかず、出てくるメンバーもテーマもおのずと限られることになる。＊
「大黒天図」（江戸時代・18世紀、個人蔵）は、その中では比較的大きな画面の力作だが、正月のめでたさが全てという感じだし、「隻手布袋図」もここでは小難しい公案はさておき、とにかく親孝行しなさいというメッセージとなっているようだった。
「蘭蟷螂図」のかまきりは本展を通じても屈指のユルさだったが、「お多福粉引歌図」の方はどうなのだろう。
ここで臼を引いているのは客が付かずに売れ残った遊女だということなのだが、それにしては明るい雰囲気で ”寿” の文字も大盤振る舞いされている。
むしろ、本当の人生はそこから始まるのだとでもいうように・・・
次の ”知識人の素朴絵 3 アマチュア的素朴絵（文人・俳人）” にあった 与謝蕪村の 「奥之細道図巻」（江戸時代・安永7年（1778）、京都国立博物館）は本展で唯一の重文指定作品、それは必ずしも絵の出来栄えのみが評価されてのことではないとしても、出立する芭蕉師弟の飄々とした姿はなかなかに味わい深い。
同じ 蕪村＊の 「踊り図」（江戸時代・18世紀）は、一見すると普通に盆踊りに興じる男女のようだが、添えられている ”にしきぎの 門をめぐりて おどりかな” の句を踏まえると、これは求愛の場面ということになるらしい。
確かに、女は大仰なポーズで身をかわしているように見えるけれど、その心は男の方に引き寄せられている・・・
最後の ”プロの素朴絵（琳派・浮世絵師など）” には 光琳の 「竹虎図」（江戸時代・18世紀、京都国立博物館）、乾山の 「紅葉図」（江戸時代・18世紀 MIHO MUSEUM）なども登場、眼の楽しみを加味しつつ10年前の ”素朴美の系譜” 展＊をさらに進化させた示唆に富む収集と分類だった。
それでも、率直なところ ”素朴絵” という雲霞に向かって斧を振り回しているようなもどかしさが残らないでもないところが、まさに ”素朴絵＝ゆるくとぼけた味わいのある表現で描かれた絵画” の持ち味でもあるのだろう。
おそらく、支配層や寺社のために職業絵師や職人たちが腕を揮う場合を除くあらゆる絵画や彫刻が ”素朴美” の供給源になるものと思うが、その中でも特に上質なものが潜む鉱脈を、ざっくりと類型化して指し示していただいたものと理解したい。
＞素朴美の系譜 （2009、松涛美術館）
素朴美の世界へ、大津絵 歓心十界図、六道絵 白隠の禅画 禅画の発展と継承
横井弘三 素朴へ回帰する近代の画家たち 文人たちの”余技” 谷中安規の夢
＞地獄絵ワンダーランド （2017、三井記念美術館）
白隠と木喰の閻魔 大衆化する地獄
＞日本の素朴絵 （2019、三井記念美術館）
埴輪と神像、円空と木喰 浄土と地獄の見取り図 藤娘、付喪神、知識人と素朴絵
白隠の禅画、蕪村の俳画
2019年08月10日
山口蓬春展、シロクマの思いの行方
（日本橋高島屋 〜８/１９）
”日本画家・山口蓬春 没後50年―大正、昭和を彩ったモダニズムの軌跡” という展覧会に誘われて出掛けた。
山口蓬春は、東京美術学校で西洋画科から日本画科に転じ、やまと絵の第一人者として活躍、さらに伝統的な日本画に西欧的なモダニズムを加えた ”新日本画” が一世を風靡した、ということなので、今まではっきりしたイメージを持ちえなかったのは無理からぬような気もしたが、その中で面白かったのは ”�検）�春モダニズムの展開” から ”�后．螢▲螢坤爐猟謬瓠� のあたりの作品だった。
雪原にぽつねんと坐り物思いに耽っているシロクマをアップで捉えた 「望郷」（1953）は、哲学者然とした姿とナイーヴそうな表情に意表を突かれる思いがした。
そういえばはるか昔の動物園の記憶を辿ってみると、ゴリラをはじめとする霊長類を一応別とすれば、シロクマというのは何を考えているのかその内面を探ってみたくなる動物の筆頭格だったような気がする。
そんなシロクマが故郷に思いを馳せている背後には２羽のペンギンがいるので、この作品は何かの拍子に南極に来てしまったシロクマが北極を懐かしんでいるところなのかとも思ってみたが、話は簡単で上野動物園での発想によるものということらしい。
ところで、「望郷」というタイトルを持つ作品は、日展に出した大きな本制作の他に、２枚の小サイズの作品が出てきており、主役のシロクマや背景は３点ともほぼ同じなのにペンギンの数が違っていた。
東山魁夷に贈ったという同年作の「小下絵」は、本制作の前の下絵であり当初原案かと思われるが、ここではシロクマの左右に都合３羽のペンギンが描かれている。
一方、作品リストによればその２年後の制作という 六世中村歌右衛門に贈った「小下図」は、日展後の派生作品ということになるのだろうが、こちらにはペンギンの姿が見えない。
つまり、ペンギンの数が ３⇒２⇒０ と徐々に減ってきているわけだが、おそらくは構図上の問題でそれ以上の意味はなかったのだとしても、そこにペンギンが１羽もいなければこの雪原は北極としか考えられず、シロクマは地元でどんな ”望郷” の念にかられていることになるのかという疑問がわいてくる。
しかしそんなことよりも、山口蓬春がこの絵を描いた時は思ってもみなかったことだろうけれど、本作のシロクマは 地球温暖化を憂えているように見えるし、足元の氷の状態がその進行を暗示しているようでもあるので、CO2削減などのキャンペーンのポスターやグッズに最適かもしれない・・・
その他の作品では、「まり藻と花」（1955）は卓上の花瓶に飾られた紫陽花とガラスの器の中のマリモが、色も形も対照的な姿を見せていて、セザンヌとゴーギャンの持ち味を合わせたような趣があった。
一方、ほとんど淡い緑と青だけで構成された 「夏の印象」（1950）には、デュフィに通じる爽やかさが感じられた。
”日本画家・山口蓬春 没後50年―大正、昭和を彩ったモダニズムの軌跡” という展覧会に誘われて出掛けた。
山口蓬春は、東京美術学校で西洋画科から日本画科に転じ、やまと絵の第一人者として活躍、さらに伝統的な日本画に西欧的なモダニズムを加えた ”新日本画” が一世を風靡した、ということなので、今まではっきりしたイメージを持ちえなかったのは無理からぬような気もしたが、その中で面白かったのは ”�検）�春モダニズムの展開” から ”�后．螢▲螢坤爐猟謬瓠� のあたりの作品だった。
雪原にぽつねんと坐り物思いに耽っているシロクマをアップで捉えた 「望郷」（1953）は、哲学者然とした姿とナイーヴそうな表情に意表を突かれる思いがした。
そういえばはるか昔の動物園の記憶を辿ってみると、ゴリラをはじめとする霊長類を一応別とすれば、シロクマというのは何を考えているのかその内面を探ってみたくなる動物の筆頭格だったような気がする。
そんなシロクマが故郷に思いを馳せている背後には２羽のペンギンがいるので、この作品は何かの拍子に南極に来てしまったシロクマが北極を懐かしんでいるところなのかとも思ってみたが、話は簡単で上野動物園での発想によるものということらしい。
ところで、「望郷」というタイトルを持つ作品は、日展に出した大きな本制作の他に、２枚の小サイズの作品が出てきており、主役のシロクマや背景は３点ともほぼ同じなのにペンギンの数が違っていた。
東山魁夷に贈ったという同年作の「小下絵」は、本制作の前の下絵であり当初原案かと思われるが、ここではシロクマの左右に都合３羽のペンギンが描かれている。
一方、作品リストによればその２年後の制作という 六世中村歌右衛門に贈った「小下図」は、日展後の派生作品ということになるのだろうが、こちらにはペンギンの姿が見えない。
つまり、ペンギンの数が ３⇒２⇒０ と徐々に減ってきているわけだが、おそらくは構図上の問題でそれ以上の意味はなかったのだとしても、そこにペンギンが１羽もいなければこの雪原は北極としか考えられず、シロクマは地元でどんな ”望郷” の念にかられていることになるのかという疑問がわいてくる。
しかしそんなことよりも、山口蓬春がこの絵を描いた時は思ってもみなかったことだろうけれど、本作のシロクマは 地球温暖化を憂えているように見えるし、足元の氷の状態がその進行を暗示しているようでもあるので、CO2削減などのキャンペーンのポスターやグッズに最適かもしれない・・・
その他の作品では、「まり藻と花」（1955）は卓上の花瓶に飾られた紫陽花とガラスの器の中のマリモが、色も形も対照的な姿を見せていて、セザンヌとゴーギャンの持ち味を合わせたような趣があった。
一方、ほとんど淡い緑と青だけで構成された 「夏の印象」（1950）には、デュフィに通じる爽やかさが感じられた。
2019年08月06日
鎌倉の仏-４ 建長寺と円覚寺の本尊（２）
建長寺と 円覚寺について、前回はご朱印帖の墨書の話＊で終わってしまっていたが、二寺についてあらためて整理すれば、建長寺のご本尊は 地蔵菩薩で朱印墨書は 「南無地蔵尊」、円覚寺のご本尊は 宝冠釈迦如来で朱印墨書は 「宝雲閣」（または 「宝冠釈迦如来」）だった。
建長寺についてみると、そもそも 地蔵菩薩がご本尊となっている寺自体が珍しいように思えたので、再び朱印帖を繰ってみたところ、”地蔵” が墨書されているのは ”とげぬき地蔵” の高岩寺（曹洞宗）と京都大原の寂光院（天台宗）の二つだった。
ただ、庶民信仰の寺や、悲運の建礼門院が尼僧となって隠遁した私的な寺とは違い、建長寺の場合は中国僧の蘭渓道隆を開山とする鎌倉五山第一位の寺なので、奈良における東大寺のような官学の最高権威として、建立にあたっては禅宗の高邁な理想や鎌倉幕府の意気込みが籠められたはずであろう。
ではなぜその本尊が地蔵菩薩だったのか。
地蔵というのは、身近にいて死後の世界を導いてくれる有難い存在ではあるが、釈迦入滅後に彌勒が出現するまでの間を担当する立場であって、その期間は56億7千万年という長きにわたるとはいえ、自身はけっして如来になることはない中継ぎ役ではなかったか。
そこで建長寺の由来を調べてみると、この地には以前は刑場があり地獄谷と呼ばれていたため、亡者供養のために地蔵を祀ったという、いわば地縁による選択だったようなので、それはそういうものとして納得しておくほかない。
しかし余談ながら、本堂で毎日向かい合う仏が 釈迦如来であればスッタニパータなどのブッダの言葉の数々を思い、阿弥陀如来であれば西方浄土への往生を念じ、薬師如来なら病気平癒と健康を願い、大日如来ならば曼荼羅的世界観をイメージするのだろうと思う。
では、鎌倉の時代から禅門のエリートに違いない建長寺の僧侶たちは、毎日夜ご本尊の地蔵菩薩と向かい合いながら、どのような思いを抱いてきたのであろうか。
円覚寺の方は、建長寺に次ぐ五山第二位の寺として、どちらかというと地味で落ち着いたイメージがある中で、そのご本尊である 釈迦如来が ”宝冠” を戴いているところに若干の戸惑いがあった。＊
一般には菩薩から如来になる時に装飾は捨てたはずであり、それでも宇宙の王である大日や未来仏の彌勒なら分かる気もするのだが、禅寺の本尊としての釈迦牟尼仏が宝冠を被っているのはどういうわけなのだろう。
実際に仏殿に入り高いところから見下ろされてみると、釈迦如来像としてはかなり眼光が鋭く、今にも語り出しそうな表情をされていることと何か関係があるだろうか。
＞鎌倉の仏： 円応寺の閻魔大王 東慶寺の水月観音 建長寺と円覚寺の本尊（１）
＞円覚寺の至宝 鎌倉禅林の美 （2019、三井記念美術館） １、２、３
建長寺についてみると、そもそも 地蔵菩薩がご本尊となっている寺自体が珍しいように思えたので、再び朱印帖を繰ってみたところ、”地蔵” が墨書されているのは ”とげぬき地蔵” の高岩寺（曹洞宗）と京都大原の寂光院（天台宗）の二つだった。
ただ、庶民信仰の寺や、悲運の建礼門院が尼僧となって隠遁した私的な寺とは違い、建長寺の場合は中国僧の蘭渓道隆を開山とする鎌倉五山第一位の寺なので、奈良における東大寺のような官学の最高権威として、建立にあたっては禅宗の高邁な理想や鎌倉幕府の意気込みが籠められたはずであろう。
ではなぜその本尊が地蔵菩薩だったのか。
地蔵というのは、身近にいて死後の世界を導いてくれる有難い存在ではあるが、釈迦入滅後に彌勒が出現するまでの間を担当する立場であって、その期間は56億7千万年という長きにわたるとはいえ、自身はけっして如来になることはない中継ぎ役ではなかったか。
そこで建長寺の由来を調べてみると、この地には以前は刑場があり地獄谷と呼ばれていたため、亡者供養のために地蔵を祀ったという、いわば地縁による選択だったようなので、それはそういうものとして納得しておくほかない。
しかし余談ながら、本堂で毎日向かい合う仏が 釈迦如来であればスッタニパータなどのブッダの言葉の数々を思い、阿弥陀如来であれば西方浄土への往生を念じ、薬師如来なら病気平癒と健康を願い、大日如来ならば曼荼羅的世界観をイメージするのだろうと思う。
では、鎌倉の時代から禅門のエリートに違いない建長寺の僧侶たちは、毎日夜ご本尊の地蔵菩薩と向かい合いながら、どのような思いを抱いてきたのであろうか。
円覚寺の方は、建長寺に次ぐ五山第二位の寺として、どちらかというと地味で落ち着いたイメージがある中で、そのご本尊である 釈迦如来が ”宝冠” を戴いているところに若干の戸惑いがあった。＊
一般には菩薩から如来になる時に装飾は捨てたはずであり、それでも宇宙の王である大日や未来仏の彌勒なら分かる気もするのだが、禅寺の本尊としての釈迦牟尼仏が宝冠を被っているのはどういうわけなのだろう。
実際に仏殿に入り高いところから見下ろされてみると、釈迦如来像としてはかなり眼光が鋭く、今にも語り出しそうな表情をされていることと何か関係があるだろうか。
＞鎌倉の仏： 円応寺の閻魔大王 東慶寺の水月観音 建長寺と円覚寺の本尊（１）
＞円覚寺の至宝 鎌倉禅林の美 （2019、三井記念美術館） １、２、３
2019年08月03日
メスキータ-５ 陰翳とねじれの王国
（東京ステーションギャラリー 〜８/１８）
不穏な気配を漂わせたローイングや版画が続いた ”第4章 空想”＊の最後の方には、参考出品として 『10点のリトグラフ集』（1915）と 『グロテスクなイマジネーション』（1910-17）が出ていた。
前者はリトグラフ、後者はエッチングとドライポイントによるものなので、ドローイングとは異なり明らかに ”商品“ として制作されたものに違いないが、いずれも木版のようなきっぱりした白と黒ではないことから、メスキータ（1868-1944）の作品としてはややインパクトが弱いように見える。
しかしそこには陰影の豊かな画面ならではの奥深さがあり、いったいどんな購買層を想定して出版されたものなか、じっと見入っていると魑魅魍魎が跋扈する迷宮へと誘われていくような妖しさだった・・・
さて、今回の メスキータ展＊＊＊の順路としては ”第4章 空想” が最後となるが、前の部屋の中ほどに ”建築と友好” 発行の機関誌を並べた ”第5章 ウェンディンゲン” が、メスキータというアーティストの集大成のようなコーナーになっていた。
”ねじれ”、あるいは ”変転” といった意味のこの 「ウェンディンゲン」誌は、今は懐かしい30cm盤LP版ジャケットのサイズを和綴じしたような豪華版の装丁で、建築中心ではありながらももう少し広い範囲でかなりの存在感や発信力をもっていたのだろう。
メスキータはその表紙を1918年から31年までの間に９回担当し、自身の作品の特集も２回組まれたとのこと、これはグラフィック関係では ヤン・トーロップ＊＊＊と２人だけの快挙らしく、当時のメスキータの知名度や評価の高さが窺える。
1925年の第7巻1号 [特集：メスキータのドローイングとエッチング] は、”空想” の章にあった闇深い作品が中心だったのか、表紙は金と黒の画面に魔法使いのように不気味な女が佇んでいた。
一方、31年の第12巻1号 [特集：S・イェスルン・デ・メスキータ] の表紙では、極限まで単純化されたシロフクロウの顔を正面からとらえており、メスキータには珍しい青い背景が本人のアイディアなのかはわからないが、そこに浮かび上がる白いゆるキャラ的な鳥のシンプルさの中には、底知れぬパワーと妖気が感じられた。
これこそ、メスキータが自信をもって世の中に発信した精神的自画像というべきものであろう。
不穏な気配を漂わせたローイングや版画が続いた ”第4章 空想”＊の最後の方には、参考出品として 『10点のリトグラフ集』（1915）と 『グロテスクなイマジネーション』（1910-17）が出ていた。
前者はリトグラフ、後者はエッチングとドライポイントによるものなので、ドローイングとは異なり明らかに ”商品“ として制作されたものに違いないが、いずれも木版のようなきっぱりした白と黒ではないことから、メスキータ（1868-1944）の作品としてはややインパクトが弱いように見える。
しかしそこには陰影の豊かな画面ならではの奥深さがあり、いったいどんな購買層を想定して出版されたものなか、じっと見入っていると魑魅魍魎が跋扈する迷宮へと誘われていくような妖しさだった・・・
さて、今回の メスキータ展＊＊＊の順路としては ”第4章 空想” が最後となるが、前の部屋の中ほどに ”建築と友好” 発行の機関誌を並べた ”第5章 ウェンディンゲン” が、メスキータというアーティストの集大成のようなコーナーになっていた。
”ねじれ”、あるいは ”変転” といった意味のこの 「ウェンディンゲン」誌は、今は懐かしい30cm盤LP版ジャケットのサイズを和綴じしたような豪華版の装丁で、建築中心ではありながらももう少し広い範囲でかなりの存在感や発信力をもっていたのだろう。
メスキータはその表紙を1918年から31年までの間に９回担当し、自身の作品の特集も２回組まれたとのこと、これはグラフィック関係では ヤン・トーロップ＊＊＊と２人だけの快挙らしく、当時のメスキータの知名度や評価の高さが窺える。
1925年の第7巻1号 [特集：メスキータのドローイングとエッチング] は、”空想” の章にあった闇深い作品が中心だったのか、表紙は金と黒の画面に魔法使いのように不気味な女が佇んでいた。
一方、31年の第12巻1号 [特集：S・イェスルン・デ・メスキータ] の表紙では、極限まで単純化されたシロフクロウの顔を正面からとらえており、メスキータには珍しい青い背景が本人のアイディアなのかはわからないが、そこに浮かび上がる白いゆるキャラ的な鳥のシンプルさの中には、底知れぬパワーと妖気が感じられた。
これこそ、メスキータが自信をもって世の中に発信した精神的自画像というべきものであろう。
2019年08月01日
日本の素朴絵-３ 藤娘、付喪神、知識人と素朴絵
（三井記念美術館 〜９/１、展示替えあり）
絵巻や参詣曼荼羅が並んでいた ”展示室4 庶民の素朴絵 1” ＊に続く ”展示室5 庶民の素朴絵 2” では 大津絵＊＊が取り上げられ、その中に 「藤娘」（江戸時代・18世紀、町田市立博物館）の優美な姿があった。
この ”藤娘” という画題は、参詣土産である大津絵の中でも縁結びの護符として特別な位置を占めていたらしく、一緒に生きていく女性とのめぐり逢いを助けるだけでなく、その決意を確かなものにするためにお札を納めに行くところに意義がある、そんなことを力説していた人がいたことを思い出した。
本展にはインテルメッツォのような位置づけで、「地蔵十王六道図」（室町時代・16世紀、滋賀・宝幢院蔵）のあった ”展示室3 素朴な異界 1” と、大津絵の先の ”展示室5 素朴な異界 2” が挿入されており、この世ならぬ奇獣・幻獣の類が紹介されていた。
その中の 「付喪神絵巻」（室町時代・16世紀、岐阜・崇福寺）は不要になったモノの精霊を描いた作品で、第１週に見ることができた部分では、まだ付喪神（つくもがみ）が本性を表す前のモノが転がっている状態だったのだが、なにやらそこには既に魂が取り憑いているような気配が感じられた。
さて、本展では ”素朴絵 ＝ ゆるくとぼけた味わいのある表現で描かれた絵画” を、”庶民の素朴絵” と ”知識人の素朴絵” に分け、さらに後者については、絵のプロかアマか、という観点から分類を試みていた。
そして ”展示室6 知識人の素朴絵 1” では、俳人・茶人・旦那の作品をアマチュア的なカテゴリーとして紹介していたが、ここに 三井高利の孫 三井高房の作品を出してきていたのは、場所を借りるにはこうした忖度も必要だったということなのか、そして当人やその末裔たちは ”素朴絵” と言われてうれしいのかどうか・・・
というのも本展では、描き手が意識しない素朴絵と意識的な素朴絵の二種があるのだと問題提起し、知識人によるものは描き手が素朴であることに自覚的であった点でそれ以前の素朴絵と大きく性格が異なっている、と議論を進めていたのだが、このあたりの作品がその流れを補強するものなのかどうかについては、率直なところやや釈然としないものが残ったからだ。
絵巻や参詣曼荼羅が並んでいた ”展示室4 庶民の素朴絵 1” ＊に続く ”展示室5 庶民の素朴絵 2” では 大津絵＊＊が取り上げられ、その中に 「藤娘」（江戸時代・18世紀、町田市立博物館）の優美な姿があった。
この ”藤娘” という画題は、参詣土産である大津絵の中でも縁結びの護符として特別な位置を占めていたらしく、一緒に生きていく女性とのめぐり逢いを助けるだけでなく、その決意を確かなものにするためにお札を納めに行くところに意義がある、そんなことを力説していた人がいたことを思い出した。
本展にはインテルメッツォのような位置づけで、「地蔵十王六道図」（室町時代・16世紀、滋賀・宝幢院蔵）のあった ”展示室3 素朴な異界 1” と、大津絵の先の ”展示室5 素朴な異界 2” が挿入されており、この世ならぬ奇獣・幻獣の類が紹介されていた。
その中の 「付喪神絵巻」（室町時代・16世紀、岐阜・崇福寺）は不要になったモノの精霊を描いた作品で、第１週に見ることができた部分では、まだ付喪神（つくもがみ）が本性を表す前のモノが転がっている状態だったのだが、なにやらそこには既に魂が取り憑いているような気配が感じられた。
さて、本展では ”素朴絵 ＝ ゆるくとぼけた味わいのある表現で描かれた絵画” を、”庶民の素朴絵” と ”知識人の素朴絵” に分け、さらに後者については、絵のプロかアマか、という観点から分類を試みていた。
そして ”展示室6 知識人の素朴絵 1” では、俳人・茶人・旦那の作品をアマチュア的なカテゴリーとして紹介していたが、ここに 三井高利の孫 三井高房の作品を出してきていたのは、場所を借りるにはこうした忖度も必要だったということなのか、そして当人やその末裔たちは ”素朴絵” と言われてうれしいのかどうか・・・
というのも本展では、描き手が意識しない素朴絵と意識的な素朴絵の二種があるのだと問題提起し、知識人によるものは描き手が素朴であることに自覚的であった点でそれ以前の素朴絵と大きく性格が異なっている、と議論を進めていたのだが、このあたりの作品がその流れを補強するものなのかどうかについては、率直なところやや釈然としないものが残ったからだ。
