艦これ運営より、11/14から艦これ秋イベ「発動!渾作戦」が開始されると発表がありました。そこでこの作戦について見ていこうと思います。

渾作戦とは…

太平洋戦争中の日本軍の作戦。ビアク島の戦いを支援するための作戦で、3次にわたり行われたが、アメリカ軍のマリアナ諸島襲来により中止されました。

1944年2月にアメリカ軍はラバウルから北西に位置するアドミラルティ諸島、マヌス島を攻略し、同年4月22日にはホーランジア、アイタペに上陸、占領、続いてマリアナ諸島攻略支援のためニューギニア西部のビアク島攻略を決定しました。ビアク島とはパラオから約1,000キロ、ダバオから約1,500キロに位置し、そこには日本軍が設営した飛行場がありました。
アメリカ軍はまず、ワクデ島を攻略し、そこの飛行場を利用してビアク島を攻略することとし、1944年5月18日にワクデ島に上陸しました。日本軍の守備隊は約500名であり、19日には島は占領されてしまい、5月27日、アメリカ軍はビアク島へ上陸を開始しました。日本軍の守備隊は歩兵1個連隊基幹の約12,000名でした。

第一次渾作戦 以下斜字は艦これ未実装艦

◎輸送隊本隊:重巡「青葉」、軽巡「鬼怒」、駆逐艦「敷波」、「浦波」、「時雨」
◯輸送支援隊:敷設艦「津軽」、「厳島」、第127号輸送艦第36号駆潜艇第37号駆潜艇
◯警戒隊:重巡「妙高」、「羽黒」、駆逐艦「白露」、「五月雨」、「春雨」
◯間接護衛隊:戦艦「扶桑」、駆逐艦
風雲」、「朝雲
3日、部隊は敵哨戒機に発見され、加えて陸軍の偵察機からアメリカ機動部隊発見の報告が入り、部隊は作戦を中止してソロンへ向かうよう命令が下りました。ソロンに到着すると陸軍部隊は揚陸され、艦隊は退避した。その後、機動部隊発見は誤報でした。

第二次渾作戦

増援作戦は再開されたが、高速の駆逐艦だけによる輸送に切り替えられました。8日3時、6隻で再度ソロンから出撃しました。
◯出撃部隊:
部隊は駆逐艦「敷波」、「浦波」、「時雨」、「白露」、「五月雨」、「春雨」
12時30分、B-25による空襲を受け春雨が沈没したが、部隊はそのままビアク島へ。22時頃、連合軍艦隊と遭遇、レーダー射撃を受けたため退避行動に移り、連合軍艦隊も高速発揮できる巡洋艦艦隊であったが、かろうじて離脱に成功しました。しかし、日本艦隊は至近弾などで損傷し、輸送も中止されました。

第三次渾作戦

2度の失敗から、連合艦隊司令部ではビアク方面の水上部隊を排除しない限りビアク突入は不可能、10日未明の決定により兵力が強化された艦隊で作戦が実行されることになりました。
◯攻撃部隊:戦艦「大和」、「武蔵」、重巡「妙高」、「羽黒」、軽巡「能代」、駆逐艦「沖波」、「島風」、「朝雲
◯輸送部隊:重巡「青葉」、軽巡「鬼怒」、駆逐艦「満潮」、「野分」、「山雲」、敷設艦「津軽」、「厳島」、第36号駆潜艇第127号輸送艦
◯補給部隊:タンカー第2永洋丸第37号駆潜艇第30号掃海艇
部隊は6月12日、指定されたソロン沖バチャン泊地に集結しが、11日にはアメリカ機動部隊がマリアナ諸島へ来襲したため、豊田長官は13日17時27分「あ」号作戦決戦用意を発令しました。それと同時に渾作戦は中止され、陸軍部隊はそのままソロンへ残置されました。

渾作戦とその後

マリアナ沖海戦の前哨戦となる作戦でしたが何も得られませんでした。

「あ号作戦」のために準備していたガソリン、重油など貴重な資源を消費してしまいました。

また、日本軍側はホーランジア戦、ビアク島戦の過程でニューギニアに元々配置されていた航空、陸上戦力が大損害を受けていた。第六飛行師団の壊滅後は第七飛行師団が亀地区の防空を担当していたが、ビアク島に米軍が上陸した時点で第六飛行師団を合わせても70機余りの作戦機しか残っていなかった。更に、上記連合艦隊電令第114号により移動していた第二攻撃集団は11日、第三攻撃集団は14日に西カロリン方面に配備するよう命じられたが、ビアク方面での作戦消耗、及びマラリアなどより実働兵力は大きく低下していました。外山三郎は「特に渾作戦のために西方に移動させられた部隊が戦機を失し、かつ戦力も低下したことは、「あ号」作戦に重大な影響を与える要因となるのである。」と述べています。
この後の「マリアナ海戦」で敗北を喫する日本軍は、この作戦をやっていなかったとしても、物量で敵わない連合軍側に打撃を与えるのは難しかったと思われます。マリアナ海戦敗北後はニューギニアは制空権、制海権ともに連合軍が握ったため、日本軍は増援ばかりか撤退も困難になりました。

イベント予想

運営の発言通り、「E1~E3」までの中規模なイベントだと予測できます。しかし、上記赤字で書いた「「あ号作戦」のために準備していたガソリン、重油など貴重な資源を消費してしまいました。」とあるので、備蓄はしても足りないと思われます。夏イベの連合艦隊は空母機動部隊でしたが、今回は戦艦主体の連合艦隊となるでしょう。なので、ボーキサイトより、弾薬、燃料、鋼鉄…このあたりを貯めないとイベント突破は難しいでしょう。大和型固定は無いと思いますが、低速戦艦縛りぐらいは生まれて来るでしょう。大和型は敵を誘い出す陽動的な使い方をされたとの証言もあり、出撃は必須であると言えそうです。扶桑改二も第一次作戦で出撃していることから改二が実装されたんですねぇ…。ここまで読めなかった…。E1,E3が連合艦隊出撃。E2が駆逐だけの出撃になりそうな感じがします。3-2の再来…。。。
E3は全力出撃になりそうです。実際マリアナに連合軍が来て作戦は中止されたわけですから、if作戦(出撃)になると思われます。と言う事は…(ry。
E4がマリアナ…?そこまでやるかはわからないですが。

新規艦としては駆逐艦浦波、風雲、朝雲、野分あたりでしょうか。新システム実装があれば敷設艦津軽、厳島の実装も…?

とまぁ、厳しい戦いになりそうな気がしますけど2週間全力出撃です!

E4でマリアナ沖海戦が来ると思うので、それにも触れておこうと思います。

マリアナ沖海戦とは

マリアナ沖海戦とはは、太平洋戦争において”あ号作戦”として1944年6月19日から6月20日にかけてマリアナ諸島沖とパラオ諸島沖で行われた日本海軍とアメリカ海軍空母機動部隊の海戦の事です。日本はアウトレンジ戦法による航空作戦を行うが一方的な敗北を喫してしまいました。日本海軍は空母3隻と搭載機のほぼ全て、潜水艦の多くを失ってしまいました。これにより空母部隊による戦闘能力を喪失し、マリアナ諸島の大半はアメリカ軍が占領され、西太平洋の制海権と制空権は陥落してしまいました。

日本軍は太平洋戦争の短期決着に失敗し、戦力の多くを失いました。そのため、1943年中期から日本海軍は戦力を極力温存して、基地航空部隊、空母航空部隊の充実を図り、アメリカ軍侵攻正面をマーシャル方面に想定し、総力をもってアメリカ空母機動部隊を迎撃、撃滅を目的とした「Z号作戦」を計画したものの、「ろ号作戦」で予定の戦力が投入され、計画を変更せざるを得なくなり、決戦想定正面をマリアナ諸島もしくはカロリン諸島に変更して「新Z号作戦」となりました。しかし、海軍乙事件により、「あ号作戦」の元になる「新Z号作戦」計画書など最重要軍事機密が米軍の手に渡ってしまいました。米軍は把握した日本海軍の兵力、航空機や艦船の数、補給能力等の重要情報をもとに約1ヶ月をかけて用意周到な作戦を練り上げた。しかし日本海軍は「新Z号作戦」計画書が米軍に渡った事を知らなかったため、作戦名を「あ号作戦」と改めるなど多少の作戦変更しか行っていなかったのです。
あ号の「あ」はアメリカの”あ”に由来しています。

◯第一機動部隊前衛部隊:空母『千歳』『千代田』『瑞鳳』、戦艦『大和』『武蔵』『金剛』『榛名』、重巡『愛宕』『高雄』『鳥海』『摩耶』『熊野』『鈴谷』『利根』『筑摩』、軽巡『能代』、駆逐艦『朝霜』『岸波』『沖波』『玉波』『浜風』『藤波』『島風』
◯甲部隊:空母『大鳳』『翔鶴』『瑞鶴』、重巡『羽黒』『妙高』、軽巡『矢矧』、駆逐艦『朝雲』『浦風』『磯風』『若月』『初雪』『秋月』『霜月』
◯乙部隊:空母『隼鷹』『飛鷹』『龍鳳』、戦艦『長門』、重巡『最上』、駆逐艦『満潮』『野分』『山雲』『時雨』『五月雨』『早潮』『秋霜』
◯補給隊:駆逐艦『響』『初霜』『夕凪』『栂』『雪風』『卯月』、給油艦『速吸』、給油船5、他潜水艦24、空母搭載機合計439機、マリアナ諸島展開の基地機250機