私事と仕事でバタバタしている間に公開が迫って来た『青春夜話』であるけれども、続きを書いていこう。


乱暴な言い方が許されるならば、評論家は所詮、どこまで行っても傍観者だと私は思っている。
それが、どんなに血の通った文章で、または言説であろうが「他人事」感が拭えないと。
それは『怪獣使いと少年』という名著をあらわした切通理作氏であっても変わらないのではないか…と私は思っていた。「いた」のである。

それは、氏の『失恋論』という本を読んだときに起こった。
詳細は省くが、それは「切通氏自身の体験を基に書かれた『失恋論』」であったが故に「切通氏は、いつか対岸の火事をただスケッチするだけの人ではなく、自ら火事に飛び込む…もしくは火をおこす人になるのではないか?」という予感めいたものを感じたからだった。

そして、それは私が失恋論を読んで、ちょうど三年後の六月に現実となった。
氏は自らメガホンを取り「映画監督」となったのだ。


そして私は、切通氏に直訴して、その現場にいちエキストラとして参加することが出来た。
単に、撮影に参加するのではなく、切通「監督」が采配を振るう、その現場をこの眼で見たかったのだ。

そして、その現場で、私は今回の映画の主演…ヒロインである『深琴』さんと再会した。
その日の撮影は、私は結局、早朝から日没までいることになったのだが、出番を待ちながら、夕暮れに佇む深琴嬢を傍で眺めていて「ああ、切通さんを『監督』にしたのは、火中に飛び込ませた運命の女(ファムファタル)は彼女だったんだな」と、ぼんやりだけれども、確信めいたものを感じていた。

そんな深琴嬢と私が初めて出会ったのは、2015年の八月のことだった。


失恋論
切通 理作
角川学芸出版
2006-03






22448141_770230329851838_7541642785062817836_n