本名 : 河田一夫 (号 : 一臼、 旧号・雄峰・一丘、 字は子誠・獨坐軒)

  略歴〜顔写真
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★書の師匠(昭和7〜43年) : 久戸瀬春洋 、 大原桂南 、 上田桑鳩
★禅の師匠(昭和26年)   : 稲垣丹田  、 松田哲心

昭和15年5月 興亜書道連盟第二回展入賞(満州国民生次官賞)
昭和21年1月 上田桑鳩に入門、<一丘>の書号をいただく
昭和23年2月 「思い」作詞
      7月 岡山県書の美研究会 設立・代表

昭和24年1月 書道芸術院第二回展入賞(読売新聞社賞)
      10月 日展(第五回展)初入選
昭和25年1月 書道芸術院第三回展入賞(読売新聞社賞)
11月 日展(第六回展)入選
昭和26年1月 書道芸術院第四回展特別賞

昭和26年11月 日展(第七回展)入選
昭和27年2月 奎星会同人審査員
昭和27年2月 奎星会第一回展特別賞(六曲屏風作品は県知事室へ)
昭和27年11月 日展(第八回展)特選朝倉賞

昭和27年12月 岡山県書作家連盟運営委員
昭和28年3月 母校柳井原小学校講堂建設資金のため作品多数揮毫
昭和28年8月 毎日書道展(第五回展)招待
昭和28〜31年 岡山県展審査員
昭和28年10月 日展(第九回展)無鑑査(第11回展より不出品)
昭和29年〜43年 毎日書道展審査会員(41年以降は前衛部門)
昭和29年1月 「基本八十一本」創作
昭和29年5月 フロリダ大学出品
昭和29年12月 朝日高校書道部の歌(其の二)作詞

昭和31年7月 随筆「書家先生の記」出版
昭和31年8月 河出書房「書道全集」の書家欄に載る
昭和31年9月 書論「人生と書道」出版
昭和31〜36年 「習字の研究」誌刊行(主幹・平井大鳳)
昭和32年3月 随筆「教師」出版
昭和34年1月 随筆「夢」出版

昭和35年11月 第一回個展(岡山天満屋二階ギャラリー)
昭和36年3月 アメリカーシャトル展出品

昭和37年6月 故大原桂南先生顕彰会実行委員
昭和37〜43年 墨象会代表
昭和38年6月 毎日書道展巡廻岡山展実行委員
        上田桑鳩師より<一臼>の書号(改号)拝受
昭和39〜41年 瀬戸内海前衛書展運営委員

昭和40年7月 ボストン、サンノーゼ市展など出品
昭和41年3月 墨彩展(大作50点)開催(岡山県総合文化センター)
昭和41〜43年 岡山県高校書道連盟部会長
昭和44年3月 犬養木堂の名言「話せばわかる」の石碑揮毫
      5月   吉備中学校にて石碑除幕式に立会い
昭和45年1月 「朝日高校書道部20年」記念誌を、部員OBと共に出版
昭和45年4月 玉龍会創立・会長就任=毎年「玉龍会展」を開催
昭和45年6月 全国癩療養者書道展・審査・高松宮に審査経過言上

昭和46〜48年 岡山県高校書道連盟顧問
昭和46年   中国周恩来首相、ライシャワー元駐日米大使
       朴正熙元韓国大統領夫々に作品謹贈
昭和46年11月 故上田桑鳩追悼展(岡山・広島・香川):実行委員
昭和49年1月 犬養木堂・尾上柴舟遺墨展:運営委員
          日本教育書道連盟審査員
昭和50年6月 岡山高島屋にて玉龍会チャリティー展開催
昭和35〜51年 個展12回行なう
昭和53年7月 随筆「かえりみれば」出版

昭和54年8月 第10回玉龍会展開催・記念「作品集」刊行
昭和59年8月 第15回玉龍会展開催・記念「作品集」刊行
昭和59年   奎星会〜客員
平成1年9月  第20回玉龍会展開催・記念「作品集」刊行

平成4年11月 「傘寿記念色紙作品集」刊行
平成6年8月 第25回玉龍会展開催・記念「作品集」刊行

平成6年11月 玉龍会 新会長・曾我英丘就任
          旧河田会長は名誉会長となる

平成12年11月30日  河田一臼永眠、満八十九歳



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 ピコを抱いてシャム猫ピコと(59歳)

明治44年11月4日 岡山県浅口郡船穂村柳井原に生れる
昭和7年3月 岡山県師範学校本科第一部卒業
         浅口郡西浦尋常高等小学校勤務
昭和10年5月 浅野婦佐枝と結婚(二男三女もうける)

昭和10年8月 文部省検定試験(習字)合格
昭和13年3月 浅口郡梅山尋常小学校勤務
昭和14年10月〜20年5月 朝鮮総督府大邱師範学校勤務

昭和20年5月 岡山市立女子商業学校勤務
昭和23年3月 岡山市立操山中学校勤務(兼:山陽女子高講師)
昭和24年11月 高等学校教員普通科一級免許状取得

昭和25年3月 <岡山朝日高等学校>勤務
         26〜28年 吉備中学校講師兼務

昭和46年3月 朝日高校にて定年退職(現役教職39ケ年)
         退職後は、書作と玉龍会・会長としての生活に専念

昭和49年〜54年の間 倉敷天城、岡山工業、金山学園、清心女子高校 
               の講師
昭和62年11月10日 妻・婦佐枝 永眠する

平成5年末より病臥生活となる
平成12年11月30日 永眠(享年、満八十九歳)




 ★つぎに奥様とのスナップを二つ
  
  昭和35年第一回個展の時屏風前夫妻 丹下和紙


 <本本本>



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