2015年04月28日

メモ: Adobe Acrobat Reader DCでツールパネルウィンドウを常に非表示にする方法

最新バージョンでは、設定が追加されていますので、
編集→環境設定、分類の「文書」から、開き方の設定で「ツールパネルをそれぞれのドキュメントに開く」のチェックを外してから「OK」とすれば、初めて開くファイルについては、ツールパネルが折りたたんだ状態で開きます。
(2016年5月27日追記)


以下は、設定が無かった頃の、裏ワザ的な手法です。

PDFの閲覧ソフトAcrobat Readerが新しくなってDCというのになりましたが、アップデートしてみて気づいたのが、文書を開いた時に画面右側に表示される「ツールパネルウィンドウ」(「PDFを書き出し」とか「PDFを作成」など)が邪魔だということです。
PDFを閲覧するだけなら、この右側の部分は必要ないので表示したくないので、どうすればいいか調べてみたら、解決策が下の英語のサイトにありました。

How do I remove the right hand pane in Reader DC (英語)
https://forums.adobe.com/thread/1817184

スタッフからの回答では、「パネル横の右向きの三角マークをクリックする」か、「Ctrlキー+H」で閲覧モードにすれば消えるよ、と書いてありますが、これだと文書を開くたびにこの操作をしなくてはならなくて不便です。今のところ環境設定で常に非表示にすることはできないようです。(2015年4月28日現在)

将来のバージョンアップで対応してくれるとは思いますが、さらにその下にユーザーからのアイデアで、ある3つのファイルを使えなくすると、この右側のパネルが表示されなくなるというのでその方法がこちら。

(あくまで裏技なので、自己責任で)

1. Acrobat Reader DCのインストールされているフォルダを開く。
例) C:\Program Files\Adobe\Acrobat Reader DC\Reader\AcroApp\JPN

2. JPNフォルダにサブフォルダ(例えば"Disabled")をつくる。

3. JPNフォルダにある3つのファイル「AppCenter_R.aapp」「Home.aapp」「Viewer.aapp」を新しく作ったサブフォルダに移動する。

4. Acrobat Reader DCを起動する(PDFを開く)と「ツールパネルウィンドウ」は表示されなくなります。

閲覧するだけなら、これで問題なさそうです。
一方、「ホーム」とか「ツール」メニューも動作しなくなるのでご注意を。


hon_michi at 11:59|PermalinkComments(1)TrackBack(0)clip!メモ 

2015年03月09日

メモ: 掛け算の余り=余りの掛け算の余り

任意の自然数A,Bを掛け合わせたものを自然数Cで割った余りは、
((AをCで割った余り)*(BをCで割った余り))をCで割った余りに等しい。

(A * B) mod C = ((A mod C) * (B mod C)) mod C;

例:
(8 * 15) mod 7 = 120 mod 7 = 1;
((8 mod 7) * (15 mod 7)) mod 7 = (1 * 1) mod 7 = 1;

(777777777 * 123456789) mod 7 = 0;
↑こんなときに便利

A mod C ... AをCで割った余り


hon_michi at 12:34|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!メモ 

2014年04月19日

森博嗣「笑わない数学者」の逆トリック

検索したけど出てこなかったので、メモ。

結論から…「笑わない数学者」には「罠は無い」。

森先生はかつて自身のホームページでこの「笑わない数学者」の逆トリックについて言及されていて、このタイトル自体がヒントだと書かれていた。それを読んだ時真っ先に思ったことが、「笑わない」が「罠はない」にかかっているのかなということだった。

つまり、ミステリー小説を読もうとする時、どんなトリックが隠されているのかな、と思いながら読者は読み進めていくのだが、それを逆手に取って、「実はトリックなんてものは無いんだよ、ほら君たち騙されたでしょ」というのが作者の読者に対するトリック(逆トリック)ということなのかな、と。

ほら、森先生って、「数奇にして模型」→好きにしてもOKとか、「封印再度」→Who Inside? とか凝ったタイトルが多いじゃない。「笑わない」がワナはないにかかっていても不思議じゃないと思うけど。


hon_michi at 13:22|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!

2011年06月08日

許容放射線量を車の制限速度で考える

交通事故で、日本では1年間に4000人以上が亡くなっている。
かつては年間1万人を超えていた時代もあったけれど、昨今、安全運転の意識や歩道の設置などで、だいぶ少なくなったものの、けっして、前より減って良かったね、と喜べる数字ではない。

たとえば、車の制限速度を時速20kmにしたらどうだろう。あるいは、車のメーカーにお願いして、または法規制によって、車の最大速度が時速20kmを超えない仕様にしたらどうだろう。そうすれば、1年間の死者が1000人以下になるかもしれない。貴重な命が3000人も助かって、交通の安全性が高まるのは確かだろう。

では、なぜ、そうしないのか。

それは、命と引き換えに、便利さを追求しているからである。
時速20km以下の車では不便でしかたがない。交通事故で犠牲者は出るだろうけど、もっとスピードを出して走れる車のほうが便利でいいよね、とほとんどの人が納得しているのだ。

そこでこれを、原発の事故による放射線の年間許容量に置き換えてみたい。

まず、前提として、放射線の人体への影響は、結局のところよくわかってないのが現状だそうで、そんなよくわかっていないものを、別の何かに例えても正確さには相当欠けることを承知のうえで、あえてわかりやすさを優先して、以下考えてみる。

福島第1の原子力発電所で作業をする人は、年間250ミリシーベルトが許容量で、これを自動車の速度制限に照らし合わせた時、ここではわかりすく数値を半分にして、時速125kmと設定してみる。
だいぶ危険な値で間違いないが、きちんと管理されていると聞いているので、車で言えば車間距離をしっかりとった道路を走っているイメージか。緊急車両が許されて高速で走っていると言えばいいかもしれない。

さて、一般の人では年間20ミリシーベルトを上限としているそうだ。今回のたとえでは時速10kmで走る車に相当する。
まあ安全と言えば安全かもしれないけど、自転車の速度と考えれば、ぶつかってケガをしてもおかしくないとも言える数値にあたる。
仮に乳母車や三輪車が時速10kmで走ってたら、危ないと思って止めたくなる速さとも言えそうだ。

そこで、子どもの許容量として年間1ミリシーベルトが取りざたされている。
今回のたとえでいけば、時速0.5kmだ。たしかに安全すぎるほど安全と言えるだろう。

実際の道路では、ある程度の死者を出すとわかっていても、便利さを追求して、速度制限は高めに設定してある。
現在の放射線の許容量が、科学的に多いのか少ないのか、いまだわからないところだけれど、あまりにも不便にならない程度のところに、設定せざるを得ないような気がする。

時速60kmの車に乗るのは危険なことだけれども、安全運転をこころがけていれば、事故の危険が減らせるように、放射線による影響も定期的な健康診断を受けることで、大きな病気にならないようにすることが可能のはずだ。

2011年04月07日

親しい人からデマは来る

震災についてのデマやチェーンメールが一時期騒ぎを大きくしていた。
さもありそうなことを、善意の呼びかけという形で伝わってくるのが特徴だ。
聞いた人は、自分がだまされているということを知らずに別の人に伝えてしまうがために、次々と広がっていってしまうことになる。

自分はそんなデマにだまされるはずがない、と多くの人が思っているところがやっかいだ。
そう思い込んでいる人ほどだまされやすい。デマかデマじゃないか自分で見極められるという過信があるから、複数の情報源で正しいかどうかを確認しようとしないのだ。

気を付けなければいけないのは、そんなデマは、仲の良い友達、親しい知人、会社の同僚、家族など、身近な人から伝わってくることだ。
こういった親しい人からの情報は、無条件で信用してしまいがちだからだ。

どこかの掲示板や知らない人のブログやツイッターの内容は信じないのに、友人からのメールというだけで鵜呑みにしてしまう人がいる。
新聞やテレビのニュースさえも疑い、嘘を伝えてるんじゃないかと言っている人でさえも、仲の良い知り合いからの情報には信じて疑わない。

そんな心のすき間を狙って広がっていく構造となっているのが、デマやチェーンメールなのだ。

つまり、デマに惑わされないために必要なことは、常に自分がだまされてしまうかもしれないと思い、そして、友達や家族でさえも疑うことである。

けっして簡単なことではないと思う。親しい人を疑うことはしたくないと誰もが思うことだ。
しかし、あなたが加害者とならないために、強い意志を持って、疑うことを心がけなくてはならない。


2011年01月06日

「自転車は車道を走った方が事故が減少」の危険性

「自転車は車道を走った方が事故は大きく減少するはず」という記事が出ている。

自転車事故:7割が交差点で発生 歩道走行、車の死角に (毎日jp)
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110106k0000m040121000c.html
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110106-00000003-maip-soci

高校の3年間、自転車で通学していた自分から言うと、車道の走行はとても危険だ。

上記の記事の中で、間違っていることは、「自転車事故の7割は交差点で発生」していることを、「自転車を除く交差点での事故率は全体の4割強」と比べていて、自転車にとって交差点が危険な場所であり、交差点での事故を無くせば事故が減る、と結論づけている点である。

データの誤った見方である。

考えなければいけないことは、「自転車事故の7割は交差点で発生」しているということは、自転車での事故の多くは交差点で発生していて、それ以外の場所ではあまり事故が発生していないということである。

つまり、歩道上を自転車で走っている場合、自動車やバイクとの接触事故がほとんどないために、事故が少ないという現状が見えてくるのだ。

記事では、車道を走ると事故が減少すると言うが、実際に減少するのは、交差点での事故率のほうであり、つまりは、車道での事故が増えるということが想像できるし、全体の事故数も増えるのではないかと思う。

なぜなら、車道の多くは狭く、バスやトラックなどの大型車の脇を自転車で走ることは非常に危険である。
また、ある程度車道が広い場合では、路肩に車が駐停車していることが多く、その車を避ける形で、車道の真ん中まで出ていかなくてはならないことが多々あり、ここでも接触事故が起きやすい。

歩道を走ると、「ガードレールや電柱、街路樹などで死角に入る」というが、車道を走ると車体そのものが死角となるうえ、車と自転車との距離が歩道の時より近いため、より致命的な事故になりかねない。

なぜ多くの自転車が車道を走らず、歩道を走っているかといえば、車道を走るのがとても危険であることを誰もがわかっているからである。

こういった現状を把握せずに、交差点での事故率というデータで判断して、車道を走るべきだと結論づけるのは、とても問題のあることである。

目指すべきは、交差点での事故率を減らすことではなくて、交差点での事故率を100%にすることである。交差点で事故があるのは当たり前のことだからで、交差点以外の事故を無くすことが重要なのではないだろうか。

そして、自転車での事故を減らす方法として、自転車専用レーンを設けることが最も大事なことだと思う。
そうすれば、車とも歩行者とも分離され、接触事故等の減少が期待できる。

道路行政においては、欧州諸国と比べて、自転車の扱いは大変小さく、不備な点が多い。

自転車にもエコポイントをつけて、車から自転車への乗り換えを促進するのもひとつの手だと思うのだが。


hon_michi at 12:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!

2009年11月01日

求肥

求肥と書いて“ぎゅうひ”と読む。和菓子で使う言葉。

よしもとオンライン2部・土曜日、ほっしゃん。の回で紹介されていた和菓子の売り文句に使われていて、はじめて聞いた言葉。
和菓子業界の専門用語かな、と思ったけれど、ブログ検索してみると出るわ出るわで、一般的に広く浸透している言葉なんだなぁと驚いて、今までそんな言葉聞いたことも使ったこともなかったよぉ、うまく避けて通ってきたのかな、なんて思ってしまった。

求肥とは、辞書によると、こねた白玉粉を蒸して、砂糖や水飴を加え、火にかけて練りかためた和菓子の材料のこと。「牛皮」や「牛肥」と書いても間違いじゃないらしい。
お餅の一種と考えていいのかな。モチモチとした食感でおなじみ。

一番有名なのは、「雪見だいふく」のあの外側の白くてモチモチした部分。
ほか、「きびだんご」や「生八つ橋」や「あんみつ(みつまめ)」にも使われているようだ。

「求」を“ぎゅう”と読むことも、今回はじめて知った。

世の中はホントに知らないことだらけ。

hon_michi at 07:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!はつみみ 

2009年07月22日

次の日食は半年後

世の中は日食フィーバーなのだ。
僕自身は2、3回見たことあるからそんなに気にならないけど…、もちろん部分日食のほうだけど。

奄美地方で見られた完全に太陽が月に隠れるのが「皆既日食」。
全部は隠れなかったのが「部分日食」。
部分日食を見ただけなのに、皆既日食を見たなどと言わないようにしましょう。
部分日食はそんなに珍しくないし…。

ちなみに、次の日食は半年後の2010年1月15日だそうで、西日本で見られるそうだ。
これはもちろん部分日食。
皆既日食だと、2010年7月11日で1年後ですね。日本では見られないけど。

日本全域で見られる日食となると、3年後の2012年5月21日まで待たなくてはならない。
これは金環日食というやつ。みかけ上、月よりも太陽のほうが大きく見えるので、ドーナツ型に太陽が見えるんですね。

ニュースでいう26年後というのは、次に日本でかつ皆既日食が見られる日のことね。

日食じたいは1年に2、3回あって、珍しいことではないんだよ、と教えたい今の気分なのです。

2009年03月23日

地デジが映らない…

お金もないのに、地デジ対応テレビを買った。

昨日届いて、さっそく見られるようになったのだけれども、今日、ワールドベースボールクラシック見ていると、突然、見られなくなってしまった。

東京地方は強風で、成田空港で朝、貨物機が着陸しようとして横転・炎上した大事故も起きているぐらいだ。
アンテナの状況が悪いのかな、としばらく待っていたものの一向に回復しない。

うちはアパート暮らしで、アンテナ線はメディアッティ江戸川(旧江戸川ケーブルテレビ)のが使われている。
昨日、デジタルテレビを使い始めて、今日映らなくなったもんだから、はじめはこのメディアッティに嫌がらせされてるのかしらん、なんて思ってしまったんですけど、先ほどそのホームページを見てみると、江戸川区全域で地デジ映像の送信が止まっているというお知らせが出ていました。

2009年3月23日(月)午前11時20分頃より、地上デジタル放送の障害が発生しております。
原因究明と共に、復旧作業を行っております。お客様にはご迷惑をお掛けいたしまして大変申し訳ございませんが、ご理解のほど何卒よろしくお願い申し上げます。


うちのテレビはアナログも映るので、地デジから旧来のアナログに切り替えて、WBCの続きを見ることができましたけど、中には録画して仕事に行って、帰ってから見ようとしている人なんかは、自動でアナログに切り換えられるわけもなく、大事な終盤の攻防を見逃してしまうことになるんでしょうね。

個別にアンテナ立てている人はいいんでしょうけど、こういった共同アンテナの場合、いっせいに映らなくなって多くの人に迷惑がかかるから困ったものですね。

…と書いている間に復旧したようです。1時間40分ぐらいかかりましたでしょうか。

ちなみに、買ったテレビはこれです。

2009年02月21日

雨ニモマケズの玄米四合

宮沢賢治は玄米を4合も食べていたなんて、大食いだなぁと思ったり、いや昔の人はこれぐらい食べていたものですよ、なんて指摘したりする人がいるけれど、この雨ニモマケズは賢治の描いた理想の人物像であって、あくまでフィクションである。
ということは、実際の賢治は4合も玄米を食べていなかったことは明らかでしょう。一番最後に「サウイフモノニ/ワタシハナリタイ」と書かれているのを忘れているのかな。

個人的な想像でしかないけど、僕は玄米四合は当時の人としても多いと思うし、1日に4合食べる人は大食漢だと思う。どんなに栄養が足りなかったとしても、胃の大きさは決まってるわけだし、当時の生活を思うと4合も食べらるのはある程度裕福な家庭なんじゃないかと思う。

賢治は、そんなご飯をモリモリ食べる人間に憧れを抱いていたんじゃないかな、と思うし、実際の賢治は病弱で1日に2合ぐらいしか食べず(それでも現代人から見たら多いのかな)、欲もあってときどき腹の立つこともあったんだと思う。


賢治の理想像は、大食いだから、背も高く恰幅もいい力持ちで、いつもニコニコしていて、何かあれば東西南北どこへでもかけつける面倒見のいい性格なのに、みんなからは役立たずだと言われつつ、嫌われているわけでもないそんな人間だ。

と、そこまで考えたとき、裸の大将の山下清みたいに思えてきた。

そんな理想像になりたいと思っていた賢治だったけれど、実際にはそうなれていない自分への叱咤でもあり、また、欲が多く自分のことしか考えられないわがままな人々へのメッセージだったのかな。

ちなみに、僕は1日に白米1合半だなぁ。まあ、現代人としては普通でしょう。


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はるめき

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