ヒロシマに過去という語は似合わない 帆波

今年も八月六日がやってきた。

お隣の国では北朝鮮の核問題について六カ国協議が開催されている。

広島・長崎に投下された原子爆弾は「過去」のことではない。
一瞬にして数多の人命を失わせた核兵器は今も存在しているし、投下したアメリカも、投下された日本も存在している。

アメリカが一般人を虐殺した事実も「過去」ではない。
今も形を変え世界のどこかで続いていることだ。

ヒロシマを「過去」の出来事として忘れてしまうことは、核兵器を使用することができる未来を容認することになる。

「原爆のおかげで戦争を終わらせることができた」という理屈を私は容認できない。
理屈で理解するには核兵器のもたらす惨状はあまりも悲惨すぎるからだ。



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