開国後の日本-英学史・英語教育史・娯楽移入

 日本が長い鎖国から目覚め(外圧によって目覚めさせられ)、諸外国に門戸を開いてから僅か150年余りしか経っていません。その後の日本の急激な近代化が現在の繁栄をもたらした訳ですが、温故知新という言葉も有るように日本の近代化の足跡をたどることは決して無駄なことではありません。  近代娯楽移入窓口としての横浜居留地、英語を中心とした語学教育の開始、文明開化に伴う近代訳語の確定など意外と知られていない事柄が沢山あります。これらに興味ある方の閲覧・参加を期待しています。  同一管理人による下記のブログもお楽しみ下さい。 人在上海身不由己 http://blogs.yahoo.co.jp/hn2043 上海日本語教師日記 http://blog.alc.co.jp/blog/honda2043

刺激を受けた学会全国大会

b23b6abb.jpg「六合叢談」に悪戦苦闘している内に、大阪四天王寺大学で行われた日本英語教育史学会第29回全国大会から早くも2週間以上経ってしまいました。

最近は自分の研究が停滞したままなのですが、学会参加の良い点は各発表者から刺激を受ける点です。

今回も県立広島大学の馬本 勉氏の「 明治期英語独習書の研究:内容と類型について」を始め、興味深い内容の研究発表が幾つもありました。

歴史研究の原点である原資料にあたるという点で、膨大な独習書にあたり、内容を類型化しながら訳読法の変遷史に触れた馬本氏の研究法は流石でした。


ただ、発表時間が25分と制約されているにもかかわらず序論から話し始め、大事な結論部分が尻切れトンボになってしまった発表者も有り、残念でした。
時間制約がある場合は、先ず結論部分を述べ、どうしてそのような結論に至ったかを述べた方が良いでしょう。

研究発表で刺激を受けたのは勿論ですが、畿内の前方後円墳である岡ミサンザイ古墳(仲哀天皇陵)やその陪墳らしき鉢塚古墳を訪れ、直に見る事が出来たのも良い経験でした。

また、四天王寺大学のある藤井寺市周辺には渡来人系の人達が多く住み着いたという事で辛国(からくに)神社や葛井寺(ふじいでら)もあり、我が国と彼の国の古の交流にも思いをはせる事が出来ました。
因みに藤井寺の地名は百済王族の子孫である渡来人系氏族葛井(藤井)連(ふじいのむらじ)の氏寺として葛井寺(ふじいでら)を建立したことに由来するようです。

このように色々な刺激を受けた学会の全国大会でしたが、今更ながら、自分自身の研究もしっかり進めなければならないと感じました。





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Hay−on−Wye でゲットしたもの

21458208.jpg「六合叢談」に悪戦苦闘している毎日で、Hallの日記紹介がストップしておりますが今しばらく御待ち下さい。

実は、2月中旬から3月初旬までイギリスに行ってました。
今回は主にウェールズをレンタカーで回って来ました。

ウェールズの様子は私の別ブログ「人在上海身不由己」 http://blogs.yahoo.co.jp/hn2043 で連載中ですので是非ご覧下さい。


ところで、ウェールズというと、当ブログの読者の皆さんにも関心を持っている人が多いと思いますが、「世界一の古書の町」と言われている Hay-on-Wye があります。

私も、以前から一度行きたいと思っていたので、この機会に行ってきました。大変辺鄙な場所なので車でないと相当不便だと思います。

で、今回 Hay-on-Wye でゲットしたものが本日の画像で紹介している本です。
1834年にGlasgowで発行されたRobert Burnsの作品集です。この他にも1800年代に発行されたR. Burns関係の本を2冊、計3冊買って来ました。

但し、一番の目的だったCatechismは残念ながら有りませんでした。





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新年明けましておめでとうございます

b832e14a.jpg新年明けましておめでとうございます。
本年もどうぞ宜しくお願い致します。

昨年10月末から更新がストップしていますが、実は新しい資料を入手し、それを読み解くのに悪戦苦闘しているのです。

その資料とは本日の画像に載せましたが「六合叢談」です。
1800年代に中国・清で発行された漢訳英書で、幕末の日本にも輸入され、西洋の動向や学問に関心を持つ多くの日本人に影響を与えた本です。

とりわけ幕末の英学者たちが競ってこの本から情報を得たであろうことは想像に難くありません。

ところが、何しろ原文は中国語なので読み解くのに時間がかかります。
このままではHallの日記紹介が空中分解しかねないので、今年は両者を併行して少しずつでも紹介していこうと思っています。

今後共宜しくお願い致します。


日本英学史学会第49回全国大会

98197e1f.jpg今回はいつものHallの日記の紹介はお休みです。

10月20日(土)、21日(日)の2日間開催された日本英学史学会第49回全国大会の報告を簡単に紹介します。

20日(土)は1時半からの開会式に続いて特別講演「陸奥宗光・広吉父子と英学」が京都大学 奈良岡先生からありました。

本日の画像はその時の様子です。

講演の後は総会、そして夜は別会場に移しての懇親会がありました。


21日(日)は2室に分けての研究発表会が有りました。
第1室は 屮悒薀襯瓢┿鐚辧廚念蕕辰慎者―山縣五十雄を例として― から、「松平春嶽」まで9本の発表がありました。
第⊆爾廊「幕末から明治初期の英文典に関する関する一考察」から、院孱孱錬舛硲毅掲」まで8本の研究発表が有りました。

また、研究発表とは別に、和歌山大学の江利川先生の蔵書をもとに資料展観「日本人の英語学び史」が2日間ひらかれ、貴重な英学書や辞書などを手にとって見ることが出来、好評をはくしました。

来年度は記念すべき第五十回全国大会になるので、英学とは切っても切れない福澤諭吉の創設した慶応義塾大学で開催する方向で調整中だそうです。

青い目の見た幕末・日本:Part 2-228

14d7c317.jpg 空き家にしておくと建物の維持管理が大変と言うことで9月に長野に転居いたしました。
毎日、あちこち修理したり家具を見に行ったりで慌ただしく過ごし、気がつけば一月以上ブログ更新が止まってしまいました。

なんとか、更新を続けていくつもりでいます。

 
 さて、前回の[問題]は、江戸の大火で、被害にあった大名屋敷は何軒だったか、でしたね。では、早速日記で確認致しましょう。

日記にはThe destruction was the greatest in the daimios
quarter near the citadel, 30 of their yashikis, or palaces,
were consumed, and the flames, impelled by the violent south wind
blowing, leaped the citadel walls destroying the Tycoon's palace.
と書いてあります。
 従って正解は、3.の30(軒)、でした。この火事は「文久の大火」と呼ばれ、Hallの日記に有る様に大名屋敷だけでなく、江戸城も本丸・西ノ丸を焼失しています。

では、今週の日記と問題です。
[青い目の見た幕末・日本] Friday, July 24, 1863(文久3年6月9日)
 この日、Hallは“THE NAVAL FIGHT WITH THE JAPANESE”という題の記事をNew York Tribune に送りました。実際に記事が掲載されたのは8月2日ですが・・・。

The demands of the English Government on the Court at Yedo were met by the payment of £110,000 on the 24th ult.,
the very day my last letter left, and so the immediate commencement of hostilities against the Japanese was averted.
This payment following so much long and fruitless negotiation, promises to pay, and again refusals to pay, was at last
made in the most sudden and unexpected manner.・・・[中略]・・・And now, no sooner was this money paid than the
Gorogio threw another top of the implacable Daimios by the issue within three hours after this payment of a formal
notice to the ministers' represenatives of each treaty power that [*****]! ・・・[後略]

[問題]
 老中は賠償金支払いの3時間後にどのような通告を出さそうとしていると書いてあるでしょうか。
 
1. 今後は如何なる賠償請求にも応じない。
2.外国人を国外退去させ開港場を閉鎖する。
3.外国人の身辺の安全を保証出来ないので居留地からの外出を禁止する。
4.開港場を以前の様に長崎だけにする。
5.外国人殺傷事件の賠償は該当大名と直接交渉し、幕府は関知しない。



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青い目の見た幕末・日本:Part 2-227

2bbc7fdf.jpg 残暑の後は大雨、という所が多いようですが、皆様のとこは如何でしょうか。残暑もいやですが台風や大雨も困りますね。普通がなによりです。(笑)

 さて、前回の[問題]は、アメリカの軍艦Wyomingは何名の死者と何名の怪我人を出したか、でしたね。
 では、早速日記で確認致しましょう。
日記にはShe too has had a serious brawl with the Shimonoseki batteries and brings back five killed and five wounded. と書いてあります。
 従って正解は、3.five killed and five wounded、でした。

では、今週の日記と問題です。
[青い目の見た幕末・日本] Tuesday, July 21, 1863(文久3年6月6日)
The fire at Yedo is said to be the most severe known for many years,
some say fifty years. The destruction was the greatest in the daimios
quarter near the citadel, [*****] of their yashikis, or palaces,
were consumed, and the flames, impelled by the violent south wind
blowing, leaped the citadel walls destroying the Tycoon's palace.

[問題]
 この日の日記には江戸の大火のことが書かれていて、大名屋敷の地区の被害が大きく江戸城も一部焼け落ちたことが書かれています。では、被害にあった大名屋敷は何軒だと書いてあるでしょうか。
 
1.10(軒) 2.20(軒) 3.30(軒) 4.40(軒) 5.50(軒)




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青い目の見た幕末・日本:Part 2-226

aacca47e.jpg 気が付けば、もう9月ですが残暑はまだしばらく続きそうですね。夏の疲れが出るころなので健康に注意してください。

 さて、前回の[問題]は、この日の日記でHallが熱烈に望んだことは何か、でしたね。
 では、早速日記で確認致しましょう。
日記には We ardently hope that the proud daimios of Japan will receive a wholesome lesson.と書いてあります。
 従って正解は、5.各藩の大名が、攻撃したら必ず報復攻撃を受けるというのを学ぶこと、でした。

 それでは今週の日記と問題です。今回は仏・米の軍艦が下関で砲撃を受けたことが記されている、類似の日記が2回続いていましたので一緒に紹介いたします。

[青い目の見た幕末・日本] Friday, July 17, 1863(文久3年6月2日)
The Medusa arrived this morning and our anticipations respecting her
were realized. While slowly steaming through the Straits of Shimonoseki
she was opened upon by a well directed fire from several shore batteries
and the same bark and brig. These batteries were placed in a small
indentation of the northern shore which enabled them to deliver a
converging fire.・・・[中略]・・・The action lasted for over an hour,
the Medusa slowly steaming on. On the Medusa four men were killed and
four severely wounded.・・・[後略]
[青い目の見た幕・日本] Monday, July 20, 1863(文久3年6月5日)
We are all delighted this morning to see the Wyoming steaming back into the harbor and hasten to get her news. She too has had a serious brawl with the Shimonoseki batteries and brings back [*** killed and *** wounded]. ・・・[後略]

[問題]
 July 17の日記にはフランスの軍艦Medusaが下関砲台からの砲撃で4人の死者と4人の重傷者を出したと書かれています。では、July 20の日記では、アメリカの軍艦Wyomingは何名の死者と何名の怪我人を出したと書かれているでしょうか。
 
1.three killed and three wounded
2.four killed and four wounded  
3.five killed and five wounded
4.six killed and six wounded  
5.ten killed and ten wounded



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青い目の見た幕末・日本:Part 2-225

0e3662b1.gif又また1ヶ月以上にわたって放置プレイとなり申し訳ありませんでした。

 7月にいったん日本に戻り、家の整理と送り返す荷物の受け入れ準備をしてから、上海の寮の後片付けに戻りました。7月いっぱいかかって上海を後にしました。
 8月からは長野の別荘の手入れと、送り戻した資料の整理で思いのほか時間がかかってしまいましたが、何とかブログ再開の目途が立ちました。
 
 さて、前回の[問題]は、フランス船が下関で砲撃されたという報を受け、フランスの提督がすぐに起こした行動とは何か、でしたね。
 では、早速日記で確認致しましょう。
日記にはThe French Admiral takes prompt action in the matter and will dispatch at daylight tomorrow
the Semiramis(35 guns) and Tancrede(42 guns) with a landing force of 400men.と書いてあります。
 従って正解は、2.砲撃してきた長州の軍艦や砲台を攻撃するために軍艦を派遣した、でした。

 それでは今週の日記と問題ですが、前々回の「Part 2-223」で触れた内容と関連が有りますので、もう一度Saturday, July 11, 1863(文久3年5月26日)の日記をお読みください。
 又、前回の日記と前後してしまいましたが御容赦下さい。

[青い目の見た幕末・日本] Saturday, July 13, 1863(文久3年5月28日)
The Wyoming went to sea early this morning fully prepared to inflict punishment on Chosiu and ships wherever
found. We ardently hope that [*****].

[問題]
 この日の日記でHallが熱烈に望んだことは何だったでしょう。
 
1.長州藩を壊滅させること。
2.長州藩に賠償金をきちんと払わせること。  
3.朝廷に攘夷の意思を撤回させること。
4.幕府が長州征伐に立ち上がること。  
5.各藩の大名が、攻撃したら必ず報復攻撃を受けるというのを学ぶこと。



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青い目の見た幕末・日本:Part 2-224

7b5e5e43.jpg大変長期間における放置プレイ申し訳ありませんでした。

 実は上海での日本語教師退職の時期と中国での学年末とが重なり更新の余裕がなかったのです。6月末で任期満了となり7月からは日本での生活に戻りました。まだ挨拶回りなどで忙しくしておりますが徐々に以前のペースに復帰したいと思います。
 
 さて、前回の[問題]は、日記中で触れられている、an attack made on an American
steamerとは何か、でしたね。
 では、早速日記で確認致しましょう。日記にはThis urgent business proved to be the
communication of the fact of an attack made on an American steamer near
Shimonoseki in the Island Sea.The Governor said the vessel was fired into by two
Japanese vessels belonging to the Prince of Chosiu, and whether it had escaped or
not he did not know.と書いてあります。
 従って正解は、4.瀬戸内海の下関を通過中の船が長州藩の船から砲撃された、でした。

 それでは今週の日記と問題です。
[青い目の見た幕末・日本] Saturday, July 15, 1863(文久3年5月30日)
The Hellespont from Nagasaki arrived today and brings the interesting news that the
French dispatch steamer Kien Chang, which left there a few days since, while passing
through the inland sea was attacked on the 9th inst. at the same place and by the
same vessels that attacked the Pembroke in which they were aided by the shore
batteries throwing both shot and shell.・・・[中略]・・・The French Admiral takes prompt
action [*****].・・・[後略]

[問題]
 フランス船が下関で砲撃されたという報を受け、フランスの提督がすぐに起こした行動とは次のどれでしょうか。
 
1.江戸の長州藩邸を砲撃するために江戸湾の奥深く軍艦を派遣した。
2.砲撃してきた長州の軍艦や砲台を攻撃するために軍艦を派遣した。  
3.江戸幕府に長州藩征伐を促すために江戸に向かった。
4.横浜に駐屯している各国の提督を急遽招集して善後策を話し合った。  
5.フランス本国に軍艦の増派を依頼した。



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青い目の見た幕末・日本:Part 2-223

c37a16bc.jpg 相変わらず天候が不順で真夏のような日と、肌寒い日とが交互にやって来る上海ですが皆様の所は如何ですか。
 
 さて、前回の[問題]は、New York TribuneにHallが送った記事の中で触れているJune lastの事件とは何か、でしたね。日記には直接書いてありませんが、
1.の「第一次東禅寺事件」は1861年、イギリス公使オールコックの東海道旅行に憤激した水戸浪士一四人が東禅寺のイギリス公使館を襲い、公使館員を傷つけた事件です。
2.の「第二次東禅寺事件」は1862年、イギリス公使館警護中の松本藩士伊藤軍兵衛が深夜、公使を襲い、イギリス水兵二人を殺し自殺した事件です。
3.の「英国公使館焼打ち事件」とは、文久2年12月12日(1863年1月31日)江戸品川御殿山で建設中のイギリス公使館が高杉晋作らに焼打ちされた事件です。
4.の井土ヶ谷事件とは、1863年10月14日(文久3年9月2日)に武蔵国久良岐郡井土ヶ谷村字下之前(現在の神奈川県横浜市南区井土ヶ谷下町3付近)で起きた、攘夷派の浪士によるフランス士官殺傷事件のことですからこの時点ではまだ発生していません。
5.の「イギリス陸軍軍人殺害事件」とは、元治元年10月22日(1864年11月21日)、イギリスの横浜駐屯歩兵第20連隊付き士官ジョージ・ボールドウィン少佐とロバート・バード中尉の2名が、鎌倉で惨殺された事件のことですから、これも未だこの時点では発生していませんでした。

従って正解は、2.第二次東禅寺事件でした。

 それでは今週の日記と問題です。
[青い目の見た幕末・日本] Saturday, July 11, 1863(文久3年5月26日)
 
Last evening while at dinner at Mr. S.'s in company with the American Minister, Consul, and others, a Governor of Foreign Affairs came from Yedo on urgent business as he said. This urgent business proved to be the
communication of the fact of an attack made on an American steamer near [*****].・・・[後略]

[問題]
ここで触れられている、an attack made on an American steamer とはいったい何のことでしょうか。
 
1.幕府に要請されて、大坂に将軍を迎えに行った船が攘夷派に攻撃された。
2.浦賀の番所が不審船として砲撃した。  
3.長崎の番所がオランダ船でないので砲撃した。
4.瀬戸内海の下関を通過中の船が長州藩の船から砲撃された。  
5.函館沖でロシア艦隊から砲撃された。



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青い目の見た幕末・日本:Part 2-222

af5b4e9e.jpg最近の上海は真夏のように暑い日があるかと思えば肌寒い日があったりで天候が不順ですが、皆様の所は如何ですか。
 
 さて、前回の[問題]は、日本側の動きからHallは何を考えさせられたか、でしたね。日記にはThis sudden change in the Japanese movements almost compels me to believe that
they have been playing a game of deep deception as regards their inability to pay, their
having been ordered not to pay, and their danger from the Mikado's power. と、書いてありました。従って正解は、4.賠償金を払いたくない幕府の芝居だ。でした。

 それでは今週の日記と問題です。
[青い目の見た幕末・日本] Friday, June 26, 1863
 実はこの日の日記は書かれていません。しかし、この日のNew York TribuneにHallがApril 14, 1863(文久3年2月27日)[火]に書いて送った記事が掲載されました。
内容的にはこの時期に在留英国人に出されたCol.St.John NealeとConsul Charles A. Winchesterの文書を紹介するものでした。
 Hallが前書きで書いている部分を紹介します。

The all-engrossing topic for a few days past has been the demand of the English Government on the Tycoon for
reparation for the murder of the English sentries at the Legation in Yedo in June last, and for the attack on a party
of Englishmen on the Tokaido in September last, when Mr. Richardson was killed and two others severly wounded. ・・・[後略]

[問題]
ここでHallが書いているJune lastの事件とは何のことでしょう。
 
1.第一次東禅寺事件
2.第二次東禅寺事件  
3.英国公使館焼打ち事件
4.井土ヶ谷事件  
5.イギリス陸軍軍人殺害事件



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青い目の見た幕末・日本:Part 2-221

a328dde8.jpg春眠暁を覚えずと言いますが、春のポカポカ陽気に誘われてか単なる歳のせいか分かりませんが、最近とみに眠気が増しています。皆様は如何ですか。
 
 さて、前回の[問題]は、[問題1]が、この日の老中からの文書には何と書かれていたか、[問題2]は当時のポンド(£)とメキシコ・ドル($)の交換比率から考えて[+++++]にはいる数字はどれか、でしたね。日記にはCurious anomaly, all the Ministers receive this morning dispatches from the Goroju requesting the removal of all foreigners from Japan, that is perhaps a blind for the Miako government.
The money paid in I learn is the £100,000 demanded of the Tycoons Government = $440,000 Mexican.
The demand on Satsuma for an additional £50,000 and the murderers of Richardson is not yet settled. と、書いてありました。従って正解は、[問題1]が4.全ての外国人は日本から退去せよで、[問題2]が
3.440,000でした。

 それでは今週の日記と問題です。
[青い目の見た幕末・日本] Thursday, June 25, 1863(文久3年5月10日)
It is agreed that all the daimio men in the place shall evacuate and leave the protection of Yokohama to the
Tycoon's soldiers and the foreigners. With this view the French and English are to place a battery on the bluffs S.E.
of the town, and it is understood that no two sworded men are to be admitted to Yokohama except such as belong
to the Tycoon.
This sudden change in the Japanese movements almost compels me to believe that ・・・[後略]

[問題]
日本側の動きからHallは何を考えさせられたでしょうか。
 
1.Mikadoの軍隊とTycoonの軍隊が戦を始める。
2.Mikadoから攘夷の勅令が出た。  
3.攘夷を叫ぶ浪人たちが幕府の取り締まりで横浜や江戸からいなくなった。
4.賠償金を払いたくない幕府の芝居だ。  
5.各大名に対する幕府の統制がとれなくなった。



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青い目の見た幕末・日本:Part 2-220

7ea1d2ec.jpg 上海では4月に入った途端、ポカポカ陽気が続きあっという間に桜が開花し、散ってしまいました。今は八重桜が咲いているだけです。皆様の所は如何ですか。
 
 さて、前回の[問題]は、Hallは和議・和平のことを英語で何と表現しているか、でしたね。日記にはThe Japanese Governors visited General
Pruiyn this evening and still held out the olive branch, they admit that
the Tycoon is compulsorily detained at Kioto and that he has given the
orders for the expulsion of the foreigners. と、書いてありました。従って、正解は3.olive branchでした。

 それでは今週の日記と問題です。
[青い目の見た幕末・日本] Wednesday, June 24, 1863(文久3年5月9日)
[前略]・・・Curious anomaly, all the Ministers receive this morning
dispatches from the Goroju requesting [*****], that is perhaps a
blind for the Miako government.
The money paid in I learn is the £100,000 demanded of the Tycoons
Government = $[+++++] Mexican. The demand on Satsuma for an additional £50,000 and the murderers of Richardson is not yet settled.

[問題1]
 この日の老中からの文書には何と書かれていたでしょうか。
 
1.賠償金は支払わないことになった。
2.外国人は居留地から一歩たりとも出てはいけない。  
3.外国との貿易は一切行わない。
4.全ての外国人は日本から退去せよ。  
5.外国の軍艦は日本から退去せよ。

[問題2]
この当時のポンド(£)とメキシコ・ドル($)の交換比率から考えて[+++++]にはいる数字は次のどれか。
1. 400,000
2. 420,000
3. 440,000
4. 460,000
5. 480,000



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青い目の見た幕末・日本:Part 2-219

cc75e54f.png今年は異常なくらい寒さが長引いた上海です。桜は未だ蕾も膨らまず、開花が遅れています。皆様のところでは如何ですか?
 
 さて、前回の[問題]は、HallはGoroju(老中)のことを英語で何と表現しているか、でしたね。日記には・・・, the imperial decrees of Mito to the effect that all the open ports were to be closed against the foreiners, the orders of the Supreme Concil, or Goroju, for the expulsion of foreigners and exhorting all Japanese to be patriotic. と、書いてありました。従って、正解は5.Supreme Concilでした。

 それでは今週の日記と問題です。
[青い目の見た幕末・日本] Monday, June 21, 1863(文久3年5月6日)
[前略]・・・The Japanese Governors visited General Prui\yn this evening and still held out the [*****], they
admit that the Tycoon is compulsorily detained at Kioto and that he has given the orders for the expulsion of the
foreigners. They said that these orders were received ten days since and required compliance within thirty days.
They had not attempted to excute them, and would not because they knew they were impossible.・・・[後略]

[問題]
 皇室からの幕府に対する揺さぶりの中で、幕府は何とか英国との和議・和平の道を探ろうと、この日もGeneral
Pruynのもとにthe Japanese Governorsが話し合いにやって来ました。Hallは[*****]に入る、和議・和平のことを英語で何と表現しているでしょうか。
 
1.peace talks  2.peace movement  3.olive branch  4.reconciliation  5.parley



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青い目の見た幕末・日本:Part 2-218

33b04c09.jpg 3月中旬になるというのにまだまだ寒い日が続いていますね。ここ上海では桜は勿論ですが梅も例年より遅れています。
 
 さて、前回の[問題]は、幕府は英国に対して賠償金を最初に幾ら払うか、でしたね。日記にはThe point reached yesterday was that the Japanese consented to pay the money
demanded of them viz. £100,000 paying the first installment on the
19th inst., to wit $150,000, and the balance in weekly payments of
$50,000 each. と、書いてありました。従って、正解は3.150,000でした。

 それでは今週の日記と問題です。
[青い目の見た幕末・日本] Monday, June 18, 1863(文久3年5月3日)
Today, instead of the 19th, was the time appointed for the payment of
the first installment of the Japanese indemnity to wit $140,000 but the
payment is postponed for some unknown reason till tomorrow.
General Pruyn read to me today extracts of his home dispatches
accompanied with documents showing the perfidy of the Japanese
Government. The more important of these documents are the orders of
the Miako Government to Prince Mito to take the reins of the Tycoon's
power at Yedo and charging him with the expulsion of all foreigners
from Japan, the imperial decrees of Mito to the effect that all the open
ports were to be closed against the foreiners, the orders of the
[*****], or Goroju, for the expulsion of foreigners and exhorting
all Japanese to be patriotic. These documents with others incontestably
prove:・・・[後略]

[問題]
 この日記からも揺れ動く幕府の対応と、皇室からの幕府に対する揺さぶりが読み取れます。ところで、HallはGoroju(老中)のことを英語で何と表現しているでしょうか。 
1.Member of the Shogun's Council of Elders 2.The old inside
3.Councilor 4.High-ranking official in the Tokugawa shogunate
5.Supreme Concil



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青い目の見た幕末・日本:Part 2-217

7344478a.jpg3月の声を聞く様になりましたが東京に積雪が有ったり、ここ上海もいつまでも寒風が吹いていて、一体春は何処にいるのでしょうね。
 
 さて、前回の[問題]は、神奈川奉行と横浜奉行が立ち退き騒動で住民に配った金額は全部で幾らだとと言われているか、でしたね。日記には The Governor of Kanagawa and
Yokohama a few days since distributed a large sum of money, said to be 30,000 ichibus, among the people who had
been at the expense of removing during the late panic. と、書いてありました。従って、正解は3.30,000(7500両)  でした。

 それでは今週の日記と問題です。
[青い目の見た幕末・日本] Monday, June 15, 1863(文久3年4月29日)
Yesterday and today the English charge and the Japanese Governers of Foreign Affairs (two of them) have been in conference. The point reached yesterday was that the Japanese consented to pay the money demanded of them
viz. £100,000 paying the first installment on the 19th inst., to wit $[*****], and the balance in weekly
payments of $50,000 each. The question respecting the demands on Satsuma for £25,000 and the murderers of
Richardson are under discussion today.

[問題]
 昨日と本日、東禅寺事件と生麦事件の賠償交渉が行われています。(June 13だったという説もあるようです。)
幕府分の10万ポンドの支払いをドル建てで分割払いで合意したようです。最初何万ドル支払い、その後毎週5万ドル払うことになったでしょうか。
(薩摩藩の分2万5千ポンドはこの日議論することになっているようです。)

1.50,000 2.100,000 3.150,000 4.200,000 5.250,000



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青い目の見た幕末・日本:Part 2-216

9088c747.jpg 節分が過ぎたとは言え、未だ寒い日が続いていますね。今年はインフルエンザが大流行しているようです。健康に留意して下さい。
 
 さて、前回の[問題]は、日英交渉の流れを見てFrench Ministerの言った言葉にはどの語が入るか、でしたね。日記には“the Japanese were about to ―defile the English flag”と、書いてありました。従って、正解は2.defileでした。

 それでは今週の日記と問題です。
[青い目の見た幕末・日本] Wednesday, June 3, 1863(文久3年4月17日)
The news is generally confirmed that the ronins are being punished by the aythorities. The Governor of Kanagawa
and Yokohama a few days since distributed a large sum of money, said to be [*****] ichibus, among the
people who had been at the expense of removing during the late panic. This is another instance of the care of the
governmrnt for the people.

[問題]
 浪人が外国人を襲撃すると言う噂は相変わらず流れているようです。神奈川奉行と横浜奉行は住民に対して最近の立ち退き騒動で何千分配ったと言われているでしょうか?   
1.10,000  2.20,000  3.30,000  4.40,000  5.50,000
(一分銀4枚が1両ですから夫々、2500両・5000両・7500両・10000両・12500両です。)



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青い目の見た幕末・日本:Part 2-215

01208f94.jpg 冬休みの1か月間、日本に一時帰国していたので手元に史料が無く記事アップできませんでした。長らくお待たせしていた記事を再開致しますが、最初にお詫びと訂正させていただきます。前回の日記は、Monday, May 21, 1863(文久3年4月4日)となっていましたが、曜日はMondayではなく、Thursdayでした。元記事は既に訂正済みです。
 
 さて、前回の[問題]は、幕府は品川御殿山の英国公使館建設に幾らかけていたと書いてあったか、でしたね。Hallが書いて送ったNew York Tribuneの記事にはThese buildings had
first been completed by the Japanese Government, at a cost of $25,000, but were yet unoccupied.と、書いてありました。従って、正解は4.の$25,000 でした。

 それでは今週の日記と問題です。
[青い目の見た幕末・日本] Thursday, May 28, 1863(文久3年4月11日)
It seems to be understood that the present position of affairs is that the Japanese consent to meet the money
demand upon them, if time is allowed for its payment, that they say they cannot give up the criminals, or to
attempt it would be followed by a civil war. Rumor adds that the English then demand as a substitute the opening
of a port, Osaka, which the Japanese say in reply would be dangerrrous to give.・・・[中略]・・・The French Minister
expresses himself more pithily than decorously respecting one of the conferences from which he withdrew as he
saw “the Japanese were about to ―[*****] the English flag”・・・[後略]

[問題]
 日英交渉の流れを見てFrench Ministerの言った言葉の[*****]には次のどの語が入るでしょうか?   
1.dip  2.defile  3.fly  4.hoist  5.show



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青い目の見た幕末・日本:Part 2-214

107a26fd.jpg 遅ればせながら、明けましておめでとうございます。本年もどうぞ宜しくお願い致します。
 と言っても、ここ上海では今度の春節は1月23日なので、年明けしたとは言え未だ未だ正月気分になっていません。来週あたりから徐々に盛り上がって来るでしょう。

 さて、前回の[問題]は、日本人の脱出が増加している理由は何か、でしたね。実は数日前の日記から日本人が動揺していることが書いてあります。
というのも、4月6日に英国公使ニールが、生麦事件に対する賠償3ヶ条を幕府に提示し、20日間の期限を付し回答を要求しました。そして回答期限の迫った4月21日に、幕府は対英関係の断絶を慮って関八州の諸大名・旗本に兵備の厳修を明示しました。その話が伝わるや江戸・横浜の住民が動揺し、担荷避難する者が相次ぎました。
 しかも、前日の5月3日には神奈川奉行が日英開戦の恐れありと言うことで住民に避難命令を出したのです。
 と言うことで正解は2.「生麦事件の賠償三ヶ条の回答期限が過ぎ、英国と戦争になると噂が流れたから。」でした。

 それでは今週の日記と問題です。
[青い目の見た幕末・日本] Thursday, May 21, 1863(文久3年4月4日)
Dispatched the Josephine to Shanghai.
と、1行だけの日記でしたが、実はこの日のthe New York TribuneにHallが2月3日に書いて送った記事が掲載されました。その記事には
[前略]・・・No overt acts against the persons of foreigners have followed these
intimations or threats of possible violence, but on Sunday morning last the buildings
newly erected for the English Legation at Yedo were destroyed, being blown up
with powder and consumed. These buildings had first been completed by the
Japanese Government, at a cost of [*****], but were yet unoccupied.・・・[後略]
と、1月31日の高杉晋作らによる品川御殿山に建築中の英国公使館焼き討ち事件も載っていました。

[問題]
幕府は品川御殿山の英国公使館建設に幾らかけていたと書いてあったでしょうか?   
1.$10,000 2.$15,000 3.$20,000 4.$25,000 5.$30,000



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青い目の見た幕末・日本:Part 2-213

76e6a73a.jpg クリスマスもすぎ、今年も早、最後の週になってしまいました。正月を迎える準備は如何ですか。中国の今度の春節は1月23日なので、年明けとともに、ここ上海も正月気分が盛り上がって来るでしょう。
 さて、前回の[問題]は、Hallは生麦事件の下手人があきらめるとは信じられないという理由は何か、でしたね。日記には、I cannot yet believe that the persons of the murderers will be given up. The Government of the Tycoon is powerless to seize them from Satsuma and the ancient
custom is that each daimio shall have the sole power to punish his lieges. と、書いてあります。と言うことで正解は
2.幕府には薩摩藩から下手人を捕まえるだけの力が無いから。 と 5.薩摩藩に藩士を罰する権限があり、幕府も口出しできないから。 でした。
それにしてもHallは日本の内情を詳しく知っていたものですね。

 それでは今週の日記と問題です。
[青い目の見た幕末・日本] Monday, May 4, 1863(文久3年3月17日)
The flight of the Japanese increases. The City Governor of Yedo has advised all the women, children, infirm and
aged to retire to the country. The shopkeepers grew daily more anxious to realize for their wares and rumors of
threatened attack to the foreign settlement grow more frequent.

[問題]
 日本人の脱出が増加している、とあるが、その理由は何でしょうか。 
 
1.天皇が攘夷祈願で賀茂下社・上社に行幸し、将軍も随従したことが伝わり、外国と戦争になるとの噂が広がったから。 
2.生麦事件の賠償三ヶ条の回答期限が過ぎ、英国と戦争になると噂が流れたから。
3.英国艦隊が12隻も入港したことに対して攘夷派浪士たちが反発し、横浜を襲撃すると噂が流れたから。 
4.英米仏蘭の四国艦隊が長州と戦争を始めるとのうわさが流れたから。
5.物価が上昇し各地で打ちこわしが始まり横浜も危ないとのうわさが流れたから。



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青い目の見た幕末・日本:Part 2-212

7c190ee1.jpg 12月も後半に入り、「もう幾つ寝るとお正月♪」の気分になってきましたね。中国の春節は旧暦なので日本とずれていますが、今度の春節は1月23日なので段々新年の飾りなどを売る店が増え始めています。
 さて、前回の[問題]は、英国は、Richardsonが殺された生麦事件に対して、幕府に島津三郎の英国への引き渡しと幾らの要求をしたか、でしたね。日記には、the demand on the Japanese government is for $200,000 and と、書いてあります。と言うことで正解は
4.20万ドル(≒50,000両)でした。

 それでは今週の日記と問題です。
[青い目の見た幕末・日本] Thursday, April 9, 1863(文久3年2月22日)
The demand of the English Government is the all absorbing theme. The letters read to the English meeting
yesterday are printed. Of the demand, Col. Neale's letter to the Consul says +++“That reparation comprises
the trial and capital execution of the murderers of Mr. Richardson, a heavy pecuniary penalty on Japan for that
offence, and a considerable compensation for the sufferers, or their surviving relatives.”・・・[中略]・・・It is
impossible to foresee what that result of this demand will be. Were it confined to a pecuniary demand however
large, I think it would be met. I cannot yet believe that the persons of the murderers will be given up.
[*****]・・・[後略]
[問題]
 Hallは下手人があきらめるとは信じられないと言っていますが、その根拠として挙げている理由は次のどれでしょうか。Hallは二つ理由を挙げています。
 
1.そもそも、幕府に下手人を捕まえる意思が無いから。 
2.幕府には薩摩藩から下手人を捕まえるだけの力が無いから。 
3.朝廷に攘夷の考えがあるので、幕府はそれに逆らえないから。 
4.下手人は薩摩藩から脱藩して逃亡しているだろうから。 
5.薩摩藩に藩士を罰する権限があり、幕府も口出しできないから。
6.薩摩藩の攘夷派が実権を握り藩主の言うことを聞かないから。



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青い目の見た幕末・日本:Part 2-211

767543fb.jpg 師走の街にジングルベルの曲が流れ、サンタクロースの人形が目立つようになり新年がもうすぐそこまで来ている季節となりました。
 終わり良ければ全て良しと言いますので、私も皆さんに負けずに1年のまとめをしっかりやりたいと思います。
 さて、前回の[問題]は、3月22日に到着した英国艦隊は何が目的で横浜に来たか、でしたね。日記には、Admiral Kuper is supposed to have arrived with diplomatic powers,
and to have authority to demand reparation for the late outrages, the attack on the
sentries at the English Legation, the murder of Richardson, and the burning of the
Legation buildings.
と、書いてあります。と言うことで正解は5.の「生麦事件や公使館焼き討ち事件解決の外交交渉を幕府に迫るため。」でした。

 それでは今週の日記と問題です。
[青い目の見た幕末・日本] Thursday, April 2, 1863(文久3年2月15日)
Today it is said on authority of some of the English officers that the demand on the
Japanese government is for [$*****] and that Simadzu Saburo, the chief of the
train which assailed Richardson, shall be delivered up to the English for punishment.
[問題]
 英国は、Richardsonが殺された生麦事件に対して、幕府に島津三郎の英国への引き渡しと幾らの要求をしたでしょうか。
1.1万ドル(≒ 2,500両) 
2.5万ドル(≒12,500両) 
3.10万ドル(≒25,000両) 
4.20万ドル(≒50,000両) 
5.50万ドル(≒125000両)



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青い目の見た幕末・日本:Part 2-210

fee127a8.jpg 11月も残すところ1週間足らずになり、冬の足音が近づいてきて、キャンパスのプラタナスの枯葉が毎日通路一杯に舞い落ちています。先日から部屋のエアコンを暖房にして使っていますが、皆様の所は如何ですか。

 さて、前回の[問題]は、男の子は凧揚げして遊んでいるが、女の子たちは何をして遊んでいると書いてあるか、でしたね。日記には、The boys are kite flying and the girls battledore playing,
a few with discreet obasans are going out to make calls.と、書いてあります。と言うことで正解は1.羽子板で羽根つきでした。

 Hallの日記は1862年後半から記録が飛び飛びになっていましたが1863年になって益々その傾向が強く、記録された日も数行程度の日常生活に関するものが増えて来ています。

 それでは今週の日記と問題です。
[青い目の見た幕末・日本] Monday, March 30, 1863(文久3年2月12日)
The arrival of so many men-of- war has produced much speculation both among
foreigners and natives. On the arrival of the first on the 22nd every Japanese vessels in
the harbor at the time, quickly left. Admiral Kuper is supposed to have arrived with [*****].

[問題]
 3月22日に到着した英国艦隊は何が目的で横浜に来たとHallは書いているか。
1.今まで駐屯していた英国兵を帰国させ、新たな交代要員を駐屯させるため。 
2.日本における欧米各国の外交勢力の中で、英国の力を増すため。 
3.朝廷から依頼を受け、幕府に威圧感を与えるため。 
4.新たに長崎、横浜、函館に保税倉庫の設置要求をし、幕府に圧力をかけるため。 
5.生麦事件や公使館焼き討ち事件解決の外交交渉を幕府に迫るため。



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青い目の見た幕末・日本:Part 2-209

93030e1d.jpg 11月も半ばになり、早い所ではクリスマスのイルミネーションが始まっているようですが、皆様の所は如何ですか。

 さて、前回の[問題]は、Hallが見たある決まり文句の新年版の元の決まり文句はどれか、でしたね。日記には、Households
everywhere are up watching the old year out and the new year in, for says the proverb,
“He who goes early to bed wikk come early to years”―a saw for New Year's only.と、書いてあります。と言うことで正解は3.Early to bed and early to rise.でした。

 それでは今週の日記と問題です。
[青い目の見た幕末・日本] Tuesday, February 17, 1863(文久2年12月29日)
Every shop, office, and place of business is closed today. Those who went late to bed
are late risers this morning. But young Japan, each in his or her holiday suit, is out
looking fresh and bright at this young year. The boys are kite flying and the girls [*****] playing, a few with discreet obasans are going out to make calls.・・・[後略]

 この日の日記でHallは重大なミスをしています。と言うより、毎日書いている日記ではなしに数日後に思い出しながら書いている可能性のあることが分かります。
 それはTuesday, February 17, 1863を Japanese New Year's.と書き、内容も如何にも元旦の風景などを記述していますが、実はこの日は文久2年12月29日で大晦日なのです。文久3年1月1日はWednesday, February 18, 1863なのです。
 前々回の記事(11月3日)で紹介した、Sunday, February 15, 1863(文久2年12月27日)の日記ではちゃんとToday and yesterday the streets are lively with preparations for the
New Year holiday which begins on the 18th. と、February 18が New Year holidayであると彼自身が書いてあるにも拘らずです。
 それはさて置き、新年の様子を描いた日記として問題を考えて下さい。

[問題]
女の子たちは何をして遊んでいると書いてあるでしょう。
1.羽子板で羽根つき 
2.百人一首でカルタ取り 
3.いろは歌留多(犬棒カルタ)でカルタ取り 
4.福笑い 
5.お手玉



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青い目の見た幕末・日本:Part 2-208

181000a4.jpg 11月に入りすっかり肌寒くなった上海です。もう冬がすぐそこまで来ている感じですが皆様の所は如何ですか?
 さて、前回の[問題]は、日本の正月を3日後に控えた街の様子で[*****]に入る店はどれか、でしたね。日記には、The kite shops
are a blaze of bright colors, and hideous faces and shapes of man,・・・と、書いてあります。と言うことで正解は5.の凧でした。

 それでは今週の日記と問題です。
[青い目の見た幕末・日本] Monday, February 16, 1863(文久2年12月28日)
The preparations for New Year's go vigorously on. All day the shops are crowded and the
present bearers go about the streets. In the evening as late as eleven o'clock I went up into
the Japanese town to witness what was going on.・・・[中略]・・・Households everywhere are
up watching the old year out and the new year in, for says the proverb, “*****”―a saw
for New Year's only.・・・[後略]

[問題]
この日、Hallは夜11時に起きて新年を迎える街の雑踏を見に行き、多くの商店が商売をし沢山の客が買い物の品を抱えて歩いているのを観ました。その時、Hallが家々に貼ってある言葉を観ましたが、それはある決まり文句の新年版(?)でした。その、元の決まり文句は次のどれでしょうか?
1.Kill two birds with one stone. 
2.The early bird catches the worm. 
3.Early to bed and early to rise. 
4.A Merry Christmas to you! 
5.He is a busy bee.




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青い目の見た幕末・日本:Part 2-207

81d5944e.jpg 職場を会場にしたスピーチコンテストが先月末にあり、出場者の指導に追われているうちに11月になってしまいました。

 さて、前回の[問題]は、日記はたった2行だが歴史的に意味のあることが書いてあり、それは何か、でしたね。日記には、The Japanese
ambassadors to Europe return in a French vessel today at noon.と、書いてあります。と言うことで正解は3の「幕府遣欧使節が帰国した。」です。但し、外務省編「日本外交史年表竝主要文書」によれば1863年1月28日(文久2年12月9日)になっています。
因みに、
1.の「幕府初の海外留学生がオランダへ向かった。」のは前年の1862年11月2日(文久2年9月11日)のことです。
2.の「リンカーンが南部諸州の奴隷解放を宣言した」のは1863年1月1日(文久2年11月12日)です。
4.の「高杉晋作らが御殿山に建設中の英国公使館を焼き討ちした。」のは1863年1月31日(文久2年12月12日)です。
5.の「ヘボン邸を新築移転し、日本人の日曜学校・英語塾に使用した。」のは1863年2月17日(文久2年12月29日)です。

 それでは今週の日記と問題です。
[青い目の見た幕末・日本] Sunday, February 15, 1863(文久2年12月27日)
Today and yesterday the streets are lively with preparations for the New Year holiday which
begins on the 18th. The work of trimming the house and shop fronts goes busily on, and
already the streets look like long avenues of pine and bamboo.・・・[中略]・・・The [*****] shops are a blaze of bright colors, and hideous faces and shapes of man,・・・[後略]

[問題]
日本の正月を3日後に控えた街の様子を日記に書いています。[*****]に入る店は次のどれでしょうか?
1.提灯  2.羽子板  3.独楽 4.歌留多 5.凧

[SQUARE-WORDS]
SQUARE-WORDSとは 
         1234
         2567
         3689
         4790
のように、1行目(横)と1列目(縦)に1234が並び、2行目と2列目に
2567が来る、というような配列になっているものです。
これをアルファベットを使って行います。

では、前回のSQUARE-WORDSの答えです。
[SQUARE-WORDS 98]
1.An impression.  ⇒ PRINT
2.A stream.  ⇒ RIVER
3.A kind of bone.  ⇒ IVORY
4.An organ of sensation.  ⇒ NERVE
5.An essayist.  ⇒ TRYER

と、言うことで
 
PRINT
RIVER
IVORY
NERVE
TRYER

となります。 

長らくお楽しみいただいたSQUARE-WORDSは前回の解答をもちまして終了いたします。



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青い目の見た幕末・日本:Part 2-206 SQUARE-WORDS 98

7c4d066a.jpg 10月8日(土)・9日(日)の2日間東京家政大学で開催された英学史学会の全国大会は3連休と重なり、又、各大学のオープンキャンパスとぶつかり参加者が若干少なかったようです。しかし、内容的には濃かったと思いますが如何でしょうか。
 さて、前回の[問題]は、HallはDr. Simmonsと良い天気に誘われて乗馬に出かけましたが、彼らは何処に出かけ何を見たか、でしたね。日記には、The extreme beauty of the weather makes me heedless of ronins and Dr. Simmons and myself take a ride over to Kanagawa and up the “ronin haunted Tokaido,”but meet naught but peaceful citizens and quiet travellers.と、書いてあります。と言うことで正解は1の「浪人がうろついていると言われた東海道を神奈川方面に出掛けたが、平和そうな住民と静かな旅人しかいなかった。」です。

 それでは今週の日記と問題です。
[青い目の見た幕末・日本] Thursday, January 29, 1863(文久2年12月10日)
全文略 (爆)

[問題]
この日はたった2行しか書いてありませんが歴史的に意味のあることが書いてありました。それは次のどれでしょうか。
1.幕府初の海外留学生がオランダへ向かった。
2.リンカーンが南部諸州の奴隷解放を宣言したことを伝えている。
3.幕府遣欧使節が帰国した。
4.高杉晋作らが御殿山に建設中の英国公使館を焼き討ちした。
5.ヘボン邸を新築移転し、日本人の日曜学校・英語塾に使用した。

[SQUARE-WORDS]
SQUARE-WORDSとは 
         1234
         2567
         3689
         4790
のように、1行目(横)と1列目(縦)に1234が並び、2行目と2列目に
2567が来る、というような配列になっているものです。
これをアルファベットを使って行います。

では、前回のSQUARE-WORDSの答えです。
[SQUARE-WORDS 97]
1.A transparent substance.  ⇒ GLASS
2.Bright.  ⇒ LIGHT
3.To suit.  ⇒ AGREE
4.Clear.  ⇒ SHEER
5.Rigid.  ⇒ STERN

と、言うことで
GLASS
LIGHT
AGREE
SHEER
STERN
となります。 

では、今週のSQUARE-WORDSをお楽しみ下さい。
[SQUARE-WORDS 98]
1.An impression.
2.A stream.
3.A kind of bone.
4.An organ of sensation.
5.An essayist.
今回も5語ですが1〜3は難しくないのでそれがヒントになると思います。頑張って下さい。



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青い目の見た幕末・日本:Part 2-205 SQUARE-WORDS 97

a734f95f.jpg あっという間に、新学期が始まった9月も終わってしまいます。9月に開催された英語教育史学会に続き、10月には英学史学会がありますが、皆さんは参加されますか?
 
さて、前回の[問題]は、不穏な噂が持ち上がった時のアメリカ人の国民性についてはどのように書いてあるか、でしたね。日記には、the American laughing at the alarm and incredulous of any real danger,
showing not a little of his native recklessness, it may be time he says, but
don't lets worry over it. と、書いてあります。と言うことで正解は5の「そんな噂を笑い、何もしなかった。」です。

 それでは今週の日記と問題です。
[青い目の見た幕末・日本] Sunday, January 4, 1863(文久2年11月15日)
The French residents are cautioned, by an official notice, how they go beyond the bounds of the settlement. The English Consul also issues a cautionary
circular to the English residents. The extreme beauty of the weather makes
me heedless of ronins and Dr. Simmons and myself take a ride over to [*****].

[問題]
フランス人住民や、イギリス人住民には領事館から注意書きが出回っていたそうですが、アメリカ人のHallはDr. Simmonsと良い天気に誘われて乗馬に出かけました。彼らは何処に出かけ何を見たでしょうか。

1.浪人がうろついていると言われた東海道を神奈川方面に出掛けたが、平和そうな住民と静かな旅人しかいなかった。
2.東海道を神奈川方面に出かけたら、噂通り浪人の姿が見えたので急いで居留地に戻った。
3.神奈川方面に出かけたら浪人の姿もあったが警備の侍が倍以上いたのでそのまま乗馬を楽しんだ。
4.東海道の神奈川方面は危ないので、保土ヶ谷方面に向かい静かな松並木を楽しんだ。
5.東海道は危ないので、町田方面に向かい静かな田園風景を楽しんだ。

[SQUARE-WORDS]
SQUARE-WORDSとは 
         1234
         2567
         3689
         4790
のように、1行目(横)と1列目(縦)に1234が並び、2行目と2列目に
2567が来る、というような配列になっているものです。
これをアルファベットを使って行います。

では、前回のSQUARE-WORDSの答えです。
[SQUARE-WORDS 96]
1.Affection.  ⇒ LOVE
2.The other side.  ⇒ OVER
3.To change.  ⇒ VEER
4.Does wrong.  ⇒ ERRS
と、言うことで

LOVE
OVER
VEER
ERRS
となります。 

では、今週のSQUARE-WORDSをお楽しみ下さい。
[SQUARE-WORDS 97]
1.A transparent substance.
2.Bright.
3.To suit.
4.Clear.
5.Rigid.
今回は5語ですが1,2は難しくないのでそれがヒントになると思います。頑張って下さい。



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青い目の見た幕末・日本:Part 2-204 SQUARE-WORDS 96

61d94bc6.jpg つい先日までの暑さが嘘のように、急に涼しくなってきた上海ですが皆様の所は如何ですか?台風一過の秋晴れになっているのでしょうか?
 
さて、前回の[問題]は、この日横浜に入港した St. Louis 号は何の為に横浜にやって来たか、でしたね。この日の日記はSt. Louis arrived.だけでしたね。(笑) ところが、December 24の日記にその理由が書いてありましたので確認しましょう。
December 24の日記には、The Prince of Awa’s men are at the officer today
paying for the St. Lous. After this vessel was sold to them they hired some of the
officers and sailors to remain with the vessel,・・・ と、書いてあります。と言うことで正解は3の「幕府以外の藩がこの船を購入することになっていた。」でした。

このように、幕末には幕府だけでなく、色々な藩が競うようにして外国から軍艦を購入していたことが分かります。

 それでは今週の日記と問題です。
年が明けて1863年になりました。
[青い目の見た幕末・日本] Saturday, January 3, 1863(文久2年11月14日)
We have had last night the old menace of ronins revived.・・・[中略]・・・The effect
on the foreign community is according to nationality. The Dutch are decidedly
timorous and full of absurd rumores, the French suspicious but inclined to be
defiant, the English disturbed and apprehensive and practicing a caution that
smacks of fear, some of their merchants shipping their treasure to the vessels;
the American [*****]. A mounted patrol is detailed to watch the
settlements at night.

[問題]
横浜では又攘夷浪人達の不穏な噂が持ち上がりました。このような時の行動には国民性が出るものです。オランダ人、フランス人、イギリス人については日記に書いてある通りです。
では、アメリカ人についてはどのように書いてあるでしょうか?

1.血気盛んなアメリカ人は手に手に銃を持ち先制攻撃しようとしていた。
2.積極的に義勇軍を編成し、自警団の中心メンバーになった。
3.自宅に食料と武器を持って立て籠もっていた。
4.日本の侍のいる陣屋に隠れた。
5.そんな噂を笑い、何もしなかった。

[SQUARE-WORDS]
SQUARE-WORDSとは 
         1234
         2567
         3689
         4790
のように、1行目(横)と1列目(縦)に1234が並び、2行目と2列目に
2567が来る、というような配列になっているものです。
これをアルファベットを使って行います。

では、前回のSQUARE-WORDSの答えです。
[SQUARE-WORDS 95]
1. A place for sale.  ⇒ SHOP
2. Expectation.  ⇒ HOPE
3. Undisguised.  ⇒ OPEN
4. Shut up.  ⇒ PENT

と、言うことで

SHOP
HOPE
OPEN
PENT
となります。 

では、今週のSQUARE-WORDSをお楽しみ下さい。
[SQUARE-WORDS 96]
1.Affection.
2.The other side.
3.To change.
4.Does wrong.
今回も4語ですので難しくないと思います。頑張って下さい。



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青い目の見た幕末・日本:Part 2-203 SQUARE-WORDS 95

f522af0a.jpg 先日の9月12日は、中秋節(日本では十五夜)でしたが、日本でも上海でも「中秋の名月」を見る事が出来ました。やはり、この時期の満月は良いものですね。
 さて、前回の[問題]は、この日、漁船など全ての船が引き上げられていたのはなぜか、でしたね。早速、日記で確認しましょう。日記には、Today the Tycoon is said to pass down the bay in his newly purchased steamer
Jinkee to Uraga, a distance of thirty miles or so. While his royalty is passing, no
Japanese boats of any kind are allowed to be on the water, every fishing boat is
withdrawn, no matter to what hindrance to the daily supply of this staple of food
to the dwellers on the bay. と、言うことで正解は3の「将軍が船で横浜に来るから」、でした。
 もっとも、翌日の日記にはThe Tycoon did not pass down the bay yesterday,・・・と書いてあり、結局は将軍は来なかったようです。

それでは今週の日記と問題です。
前回と日付が逆転しますが、その理由がDecember 24の日記に出てきたので問題にしたいと思います。
[青い目の見た幕末・日本] Thursday, December 11, 1862(文久2年10月20日)
St. Louis arrived.

[問題]この日の日記はたったこれだけです!(笑)
でも、大事な内容を含んでいるので問題にしたいと思います。
この日横浜に入港した St. Louis 号は何の為に横浜にやって来たのでしょうか?

1.攘夷浪人達の横浜襲撃に対応するため兵隊を増強した。
2.江戸幕府がこの船を購入することになっていた。
3.幕府以外の藩がこの船を購入することになっていた。
4. 生麦事件の解決の為に、島津藩に圧力をかけるための準備だった。
5.横浜中華街を作るために、多くの中国人を上海から連れてきた。

[SQUARE-WORDS]
SQUARE-WORDSとは 
         1234
         2567
         3689
         4790
のように、1行目(横)と1列目(縦)に1234が並び、2行目と2列目に
2567が来る、というような配列になっているものです。
これをアルファベットを使って行います。

では、前回のSQUARE-WORDSの答えです。
[SQUARE-WORDS 94]
My first, to escape from Morpheus' embrace. ⇒ WAKE
My next in our hearts has a very dear place. ⇒ AUNT
My third is to work - in a certain way. ⇒ KNIT
My fourth is a name we can hear any day. ⇒ ETTA
と、言うことで

WAKE
AUNT
KNIT
ETTA

となります。
では、今週のSQUARE-WORDSをお楽しみ下さい。
[SQUARE-WORDS 95]
1. A place for sale.
2. Expectation.
3. Undisguised.
4. Shut up.

今回も4語ですので難しくないと思います。頑張って下さい。



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「中秋節は一家団欒の日だから・・・」を紹介しています。

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