1997年07月17日

最高に良い旅だったぜ!

今日から3日かけてケアンズを目指す。
ボブとクリスは本当に優しい夫婦だ。
彼らには、ちょうど俺と同じくらいの子がいるみたいで、バマガのキャンプ場でも会話が弾んだ。

彼らの車に乗り込み、空港に寄り道した。
飛行機の前で記念撮影をし大笑いをした。
飛行機が満席のお陰で、こんなに優しくて楽しい人達と一緒に車で楽しむ事ができる。

旅と言うのは、全く持って予想がつかないから楽しい。
そして出逢いが何よりの宝だ。
ボブとクリスとは4駆に乗って、夫婦でオーストラリア大陸を旅をしている。
俺もいつの日か、奥さんとなる人と、こんな旅をしてみたい。
彼らと俺の両親とは、ほぼ同い年だった。
少し早めにリタイアし夫婦で旅をするなんて日本には無い文化だ。
両親にも、こんな風に人生を楽しんでもらいたい。
そうすりゃ、俺も心置きなく楽しめるだろう。

本当に楽しみながらケープヨークからケアンズまで3日間かけて行った。

車から見るケープヨークの景色は全然違って見えた。

車の中では、お決まりのトークだが、「どこに住んでいるんだ?」と会話が始まる。
「東京の江戸川区って所に住んでますよ。」
「なんですって!?じゃぁ、ゴスフォード市を知ってるでしょ?私達ゴスフォードよ!」
「え、ごめんなさい。知らないですよ。どこっすか?それ」
「私達のゴスフォードと、あなたの江戸川区はシスターシティーよ!」
シスターシティー??あぁ、姉妹都市ってことなのかな・・・
「そうなんですか。知らなかったけど、この出逢いは嬉しいっす!」
「そうね!アナタの自転車旅は凄いわ!市長に言ってメダルを送らせるわね!」
「えぇ?そんな事できるんですか?」
そんな会話を楽しみながら、無事ケアンズに戻れた。
ボブとクリスに3日間話をし、こんな将来をおくりたいと心底思った。
こうして、ケアンズ=ケープヨークの旅は最高に良い終り方ができた。

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帰国したら、本当にゴスフォード市長からメダルが届いてました。
びっくり!
  

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1997年07月16日

1週間も帰ることができない!?

汚れた自転車をせっせと磨く。
ここまで一緒に来れた一心同体の自転車をむちゃくちゃ愛しく思う。

さて、オーストラリア最北端のTOPに着いたら、
その後は何をしなければならないか?
そう、戻らなくてはならない。
もう、こんなヘビーな道をチャリンコで帰ろうとは思わない。
さくっと、飛行機に乗ってひとっ飛びだ!
ここバマガから自転車で20分走ったところに空港がある。
空港と行っても、セスナくらいしか使えない、むちゃくちゃしょぼい空港なのだが。
ケアンズ行きの便を手配しようとしたが、一週間先まで満席だと言う。
ケアンズを出発する時、飛行機の予約状況を確認したのだが、「あー、予約せんでも、その日の内に乗れるよ」とのインフォメーションセンターのコトバを信じていた。
おぃおぃ話が違う。
フェリーも満席。
ひたすらブルーになっていると、優しいオージーの夫婦が「明日ケアンズに向けて出発するんだけど、よかったら自転車を屋根に乗っけて一緒に行くか?2泊3日でケアンズに着くと思うのが・・・」と声を掛けてくれた。
ありがたい!
そう、俺は甘えん坊将軍。さくっと甘えた。
彼らの名前は、ボブとクリス。
短い名前は覚えやすい。
俺はいつもファミリーネームを名乗る。
HONDAと言う名は、世界中どこにいっても皆、すぐに覚えてくれる。
そして皆、HONDAなのになんで自転車に乗るんだ?と聞いてくる。
すかさず「こんなクリーンでパワフルなエンジンはないだろう?」と自分を指差して、自信たっぷりに言う。「燃料は、ガソリンじゃなくてビールで走るけどな!」と付け加える。
そうすれば、必ず笑いを取る事ができる。
笑いを取る事が出来ると人気者になれる。
人気者はむちゃくちゃ気持ち良い。
ビールもご馳走してもらえる!
海外に行くのであれば、笑いの取れるネタを用意しておくことをすすめるぜ!  
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1997年07月15日

遂にケープヨークTOPに着く!!

バマガの郵便局留めで送ってた、サックスとビデオをGET。
TOPへ向けてライダー達より2時間先にGo.
しかしTOP手前4kmでパンク。
タイヤとチューブの間に入れるパンクをガードする特殊素材(ケブラー)がズタボロになり、チューブを逆に傷付け、穴が開いてしまった。
通常では考えられないトラブル。
永遠と続くコルゲーションと重たい荷物が原因で、悲鳴を上げていたんだろう。
やはり過酷な旅だった。
しかしあとたったの4kmなのに・・・

そしてTOPケープヨークに着く。
ここを目指していたのだ。
すげーすげー嬉しい。
友人達と日本酒とワインで乾杯。
そしてオーストラリア最北端でサックスを吹く。
めちゃめちゃ気持ち良い。
サックスを吹き終わり、感極まった状態を写真に収める。
この時の自分は、
「く〜っ、俺って格好良すぎ!」
とナルシストの世界に浸っている。
どんなに辛い時でも
「うぉぉぉぉっ、やってらんねェ。でも頑張っている今の俺って格好いーんじゃねーのか。いや、ぜってーカッコイイってば。むふっ
と考える。そう思えば何だって超えられる。
そう、俺はナルシスト。
旅なんて自己満足の世界。
自分が満足してりゃー旅なんてある意味で成功だ。
あー俺って格好良過ぎ。
旅は大成功。
俺は植村直己様のようなBIGな器ではないんで、こーゆー時、謙虚な気持ちにはなれません。
すんません。旅に出ても全然成長していません。


酔払ったまま泥だらけでセイシアのテント場へ戻る。
テント場では、拍手を受け、最高の気分に浸る。
夜になり、キャンプ場でサックスを演奏した。
みんながじっと聞いてくれる。最高の気分だ。
俺のサックスの腕はたいしたことはない。
はっきり言って、へタッピだ。
なぜサックスを持つのかって?
それは、むちゃくちゃカッコイイからだ!
腕はヘタだが、みんな熱心に聞いてくれる。
オーストラリアの最北端で、外人にサックスを聞かせるなんて、最高にカッコイイゼ!!
この夜は、最高の気分に浸ってグッスリ寝た。

しかし、翌日ショックな出来事が・・・
  
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1997年07月12日

出前一丁

第二次大戦の時に墜落した飛行機を見る。
こう言うのを見ると、つくづく平和な時代に生まれて良かったと思う。
それにしても、Tシャツが汚くなってきた。
ん〜ワイルドになってきたぜ!
バマガの町に着く。
アボリジニだらけの町だ。
ここのアボリジニはとても働き者で、親切だ。
バマガのゼネラルストア(スーパーマーケットのちっさい版)に寄った。
 う ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ 〜 っ
なぜか、インスタントラーメン「出前一丁」があるではないか!
なぜ最北の果ての地に?
この町で「でまえいっちょー」と読めるのは、この俺様だけだぜ!と妙な優越感に浸りながら、レジに持って行った。
今日はキャラバンパークに泊まるから、そこで出前一丁を食うぞぉと胸が高まった。
バマガのゼネラルストアを出て「あ〜らよ出前いっちょ〜」と歌いながら20分くらいでセイシアのテント場に着く。
セイシアのテント場では、驚いた事に俺はスーパーヒーローだった。
ここにいるのは、悪路を走破した4WD車ばかりで、道中、俺の横を通過していった人が多かった。
良くここまで来れたなと、彼らが俺の功績を称えてくれているのだ。
俺は笛を吹けば踊るタイプなので、非常に気分が良かった。
出前一丁のことはすっかり忘れ、あちこちで記念撮影に応じた。
写真を撮リ終ると「どういたしまして。しかしノドが乾いた・・」と紳士的につぶやく。
そうすると、冷たいビールをご馳走してもらえるのだ。
うひひ。
このセイシアのキャンプ場は素晴らしかった。

目の前は美しいビーチ
 ♪だ〜れもいない海〜♪
そう、ワニとサメがいるので誰も泳いでいない。

5日ぶりにホットシャワーを浴びる。
そして5日ぶりの町であるバマガで食事を取る。
冷たいコーラ−も飲む。
通りすがりの人からビールをもらって飲む。
町では当り前のことだが、物凄く感動してしまう。
この時点で持っている食料は殆ど食い尽くす計算だったが、道中あちこちで食べ物を恵んでもらってしまったので、缶詰が8個も余った。
もっと軽い自転車でここに着く予定だったのだが・・・
オフロードのオートバイに乗った友人達と待ち合わせするために3泊し合流する。
彼らとケープヨークのゴールに一緒に立ちたいからだ。
旅のクライマックスは仲間と一緒に過ごすと喜びが倍増になるんだよね。
再開した時は嬉しかった。
やっぱさ、日本語で話せるのは嬉しいし、苦労を超えた瞬間の結束力と言うのは凄いんだよねぇ〜  
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1997年07月11日

地割れに落ちる

ひたすら続くフカフカの砂々地獄。
ひたすら押して歩く。
深い砂の道は、タイヤがめり込み乗ることが出来ない上、チェーンにまとわりついて抵抗になる。
ここは砂とコルゲーションのダブルパンチで最低の道だ。
砂地獄が終り路面が締まっていると嬉しさのあまりカッ飛ばしてしまう。
するとそこには地割れがぽっかり穴を開け待っている。
路面にはうっすら浮き砂が残っていてスリップ。
集中力があればスリップなどしないのだが、寝不足のせいで集中力が欠ける。
地割れに落ち、自転車も自分もハマリ抜け出すのに一苦労。
幸い打撲だけで済んだ。
まぁその気になればすぐ抜け出せるのだが、精神的に参って暫く地割れの中で動きが止まる。
するとそこへ4WD車が。
情けないが引き起こすのを手伝ってもらおうと思ったが4WD車はあっさり無視して走り去った。
大地にひっくり返ったまま上空を見上げると飛行機が飛んでいる。
「あぁ早くあれに乗ってかえりたい。」
ケープヨークからケアンズへは飛行機で帰るつもりなので飛行機を見ると泣きが入ってしまう。
途中何度も引き返そうと思ったが、今来た道を引き返すのは辛い。
だったら早くケープに着いてチャリンコから降りたい。
仕方なく前進したと言うのが本音だ。
まぁ落ち込んでも仕方が無いので、記念写真を撮る。
どうせ後で良い思い出になるんだろうと思えば、落ち込んでいても笑えてしまうから不思議だ。
ジャーディーンリバーを超える。
ここは川が深く、ワニの生息率が多い。
3年前に人が食べられちゃったらしい。
この川では、泳いで渡るなどという無謀な事はせず、バイパスロードへ迂回し、渡し舟で渡る。
アボリジニのおじさんが船頭さんだが、良い奴だった。
バイパスロードなので4WD車で旅する人達が多い。
とは言っても1時間に2台くらいしか見ないが。
ここを自転車で走ると言うのは、4WD車で走る人から見るとヒーローに見えるようだ。
多くのドライバーから記念撮影を求められる。
俺はオチョーシ者なので、さっきまでの疲れを隠し、勇ましく振舞う。
あいあむ じゃぱにーず さむらいだ!
ゲイシャ・フジヤマ・バンザーイ!!
この日は、ジャーディーンリバーを超えた所に廃墟があったので、そこで寝た。
巨大な蜘蛛が歩いていたので、建物の中にテントを張った。
それでも屋根や壁があると、風の影響が無いので凄く快適に眠れる。  
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1997年07月10日

80歳の鉄人

フカフカの砂道を行く。
自転車に乗るとめり込み前に進まない。
ひたすら押して歩く。
3kmの距離に1時間を費やす。
砂道が続くと不安になる。
果たして今日は、何キロ前進できるのか?
精神的にも肉体的にも俺にとっては辛い。
写真の場所はまだマシなほう。
もっとひどい所もあったが、写真を撮る気なんかしない。
写真を撮れる場所は、まだ余裕がある。
砂が深い道は本当に参ってしまう。
早く脱出したい気持ちでいっぱいだ。

cockatooクリークを超える。
これが道なのだ。
橋が架かっていないので、川に飛び込んで渡るしかない。
リバーとクリークの違いは、リバーは流れが有り、クリークは無いと言う。
しかしここはしっかり流れていてコケも生えていて滑りやすい。
こういう場合はいちいち荷物を降ろして3〜4回分けて渡らなければならない。
一度に全部を運ぶとバランスを崩しひっくり返ってしまう。
さて、この川を渡る写真をはじめ、様々な写真を見て、「一体一人旅でどうやって写真を撮るのか?」と疑問を持つキミに説明しよう!(あのヤッターマンのカン高い声で)
ここだと思う場所でおもむろに三脚を出す。
そして、どの構図に自分が納まると一番カッコ良く見えるか考え抜き、カメラを固定しタイマーにしてシャッターを押す。
カメラに写ると決めた場所まで素早く移動し、写真に収まる。
特に川を渡る写真等は、水面の揺れまで計算して移動しタイマーが切れるようにせねばなるまい。
そして何事もなかったかのように、カメラを回収しに行く。
こうしてメモリアルな日々を収めるのだ。

ここで、すんげぇ爺さんに出会う。
リアカーを引いてケープヨークからタスマニア島まで歩くと言うのだ。
つまり、オーストラリア最北端から最南端を走破する予定なのだ。
俺がこの先の道の状態を説明しようとすると、その必要は無いと言う。
かつてケープヨーク→タスマニアを自転車で縦断したので知ってると言う。
そしてアーチャリバーを渡る頃、80歳になると言っている。
彼の存在は4日前から知っていた。
4WD車が声をかけてくれる時やキャンプしている時、
「今歩いてこっち向かっている奴がいる」とその存在を教えてくれたからだ。
毎日彼が歩いている場所は伝わってきたので、今日会えるんじゃないかと思っていたが、まさかこんな爺さんだとは想像もしなかった。
彼もまた、俺の存在を同じように4WD車の人達から聞いていたようだった。そして俺がオーストラリアを自転車で横断したということも知っていて
「わしも自転車でアメリカを横断したんだよ。若い頃の話だがな。」
「いつ横断したんですか?」
「10年まえじゃよ」
「10年前って・・・て70歳じゃねーか?まじっすか!?」
信じられる?
世の中上には上がいるもんだ。
この爺さんの装備は傑作だった。
巨大ソーラーパネルを装着し、スピードメータや温度計など、全てデジタル化されていた。
水を飲むときは、車のウィンドウオッシャー液を出すポンプを流用して、電気の力で水を口元までチューブで運ぶのだ。
その装備を物凄く得意げに説明するのだ。
その姿は、単なる子供にしか見えない!
水を出してみてくれとお願いすると、今はその装置が壊れたと悲しそうな顔をしていた。
まったくもって、お茶目な奴である。
凄い爺さんだが、ツッコミ所が満載だった・・・
お互い話し込み、がっちり握手をして別れた。
この後、再び砂の深い道を歩いたが、この爺さんの作ったリアカーの2本の轍を見て元気が沸いた。
彼は俺なんかよりずっと頑張っているはず。
彼の勇気が俺に力を与えてくれる。

この日はエリオットフォールにてキャンプ。
綺麗な滝に飛び込めば、体も服も勝手に綺麗になる。
ここでは若いカップルと仲良くなり、ビールをご馳走になる。
彼らと仲良くなり隣接してテントを張ったが、一晩中激しく愛し合う声が聞こえて眠れなかった。
翌朝満面の笑みで「ぐっどもーにんぐ」と言ってきたが、俺もここまで人生を大胆に生きてみたいもんである。  
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1997年07月09日

川口浩は涙を見せない

巨大なアリ塚。
こーゆーのを見ているとワクワクしてくる。
冒険している気持ちになれる。
水曜スペシャルの川口浩を見て育った世代にはたまらない光景だ。
自分が川口浩隊長になった気分で「ゆけ〜ゆけ〜かわぐちひろしっ♪」と口ずさんでしまう。

バイパスロードとテレグラフロードの分岐点が現れる。
これらの道は、共にトップで合流する。
ほとんどの4WD車は、バイパスロードへ向かう。
なぜなら、テレグラフロードは、いくつもの川を越えなくてはならない。
その川には橋が架かっていないのだ。
バイパスロードでは川を避けて走ることが出来、道も広く、そんなに悪路ではない。
川口浩な俺は、当然バイパスロードへ迂回せずテレグラフロードを北上する。
テレグラフロードを1時間走ると、本当に大丈夫か?と不安をよぎるような道になっていた。
朽木が行く手を阻んでいたり、地割れだらけの道だった。
しかし、俺は川口浩。
ピラニアに指を噛まれても、涙一つ見せない強靭な精神力を持ち合わせる漢だ!
この日はDulhuntyRiverの脇でキャンプ。
テント場ではあるがシャワーなんか有るわけでもなく川に飛び込んで体と服を同時に洗う。
一応ワニがいないか注意するが、飛び込んでしまう。
仮にワニがいても大丈夫!
なぜなら俺は川口浩。
何度もしつこいが、川口浩は噛まれても涙一つ見せないのである。  
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1997年07月08日

キミもチャリダーになろう!

ウェンロックリバーに到着
川には橋が架かっていない。
浅瀬を選んで自転車を担いで歩くしかない。
荷物を積んだままの自転車は重すぎて、そのまま担ぐと横転する危険がある。
面倒だが荷物を全て外して、何度かに分けて運ぶ必要がある。
とは言えできるだけ少ない回数にしたい。
川に住むワニに襲われるリスクを減らしたいからだ。
ココを4WD車で超える人達は多い。
川を果敢に越えていく4WD車の姿はカッコイイ。
渋谷でシャコタンの4WD車に乗ってるアンポンタンに、4WDとは本来こう言うモノだと見せてやりたい。
生産国の日本では邪道な使われ方をしているが、海を越えた国では本来の使われ方をしてるなんて、なんとも皮肉なもんだ。
さて、川を渡ろうとした時だ。
4WD車に乗った人が、俺の車の上に自転車を載せろと言っている。
ありがたいが、それじゃー自転車旅の意味が無くなるからやんわり断った。
しかし、無理矢理自転車を運び、屋根に載せちゃった。
マイトシップと言って、困っている人に手を差し伸べるのが当り前だと言う文化がオーストラリアにはある。
過酷な地を生き抜いた彼らならではの文化なんだろう。
ありがたい時もあるが、ありがた迷惑な時もあるのが本音なんだよね。
でも断るとややこしくなるので、好意を受け入れることにした。
今夜は、ウェンロックリバーの脇でキャンプ。
4WD車で旅する人達が同様にキャンプしている。
中にはビールサーバーを車に積んで旅するオッサンがいた。
こいつバカだなぁ〜と思いながらも、
「すげーな、すげーアイディアだ!ビールサーバーを積む車なんて見たことが無い!アンタはオーストラリア1のクレバーな奴だ!」と褒めちぎり、生ビールをご馳走になった。うひひ。
ここで明日のチャリダー(自転車乗り)を目指すキミに、テントを張る時の、取って置きの作法を伝授しよう!
キャンプ場に着いたら、どこにテントを張っても構わないが敢えてつらそうな顔をしながらも笑顔を振り撒きウロウロする。
すると誰かしら声をかけてくる。
「ここ空いてるよ!テント張れよ!!」
間違い無く彼等はフレンドリーな奴等だ。
「May I?」と一応しおらしく聞く。
「もちろんさ!疲れているだろう。ビール呑むかい?」
「うおぉぉぉー、さんきゅぅぅぅ!!」
「食料は持ってるの?」
「もちろんあるけど、乾燥野菜とかドライフルーツとかインスタントラーメン。あんまりおいしくないけど、自転車で運ぶから軽いコトを重視してるんだ。」
「そうか、だったらディナーは一緒に食べよう。ステーキだけど君はベジタリアンか?」
「そんな訳ないじゃーん、食べたーい。お肉チョー好き オーストラリア産のビーフは世界一だしさー。これでスタミナ満点、明日はバリバリ走れるぞー!」
そう俺は甘えん坊将軍!人の好意はしっかり受け止めるのが礼儀だ!
さぁ、キミも甘えん坊将軍になって、チャリダーを目指そう!
そして、彼らとの話も楽しい。
「どうして自転車なんだ?」
「夢、そしてチャレンジだ」
「カッコイイー」
良く聞かれる質問だが、日本語でも上手に説明できないのに、ましてや英語でなんか答えられっこない。
だからDreamとかChallengeと言う。そー言っておくと受けは良い。
夜、川の水を汲みに行こうとすると、オージー達が止めた。
昨夜ここでワニを見たと言う。
ちょびっと恐くなったので、テントを川から少し遠ざけた。  
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1997年07月07日

350kmのノーサービス区間

何事も無く、アーチャリバーロードハウスに着く。
ここから約350km先の町バマガまでノーサービス。
ロードハウスが無いので、ガソリンや食料は手に入らない。
調理に使うコンロの燃料のガソリン2リットルを購入。
5〜6日分の大事なガソリンだ。
これが無ければ調理できない。  
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1997年07月06日

自転車が壊れる。はにゃー

体調は完璧。
そして追い風。
ガンガン走りたくなった。
ドイツ人の世界一周ライダーに会う。
ドイツ人と日本人はなぜか気が会う。
途中で老夫婦からコーラ−をもらう。
老夫婦が旅してるなんて言うと、たいしたことの無い道のように思えるが、ぜんぜんそんなこたーない。
コイツら、本当にすげー。
今日は良い感じだ♪
しかし、ここでもトラブル。
フロントフォーク(前輪を支える二股)とフレームの間のベアリング(動きをスムーズにする部品)にガタがきた。
振動の為に緩みそこに砂が入った。
走って走れないことはないが、砂を取らないと部品を傷め、今後の旅に支障をきたす。
風が強く砂が舞っているので、この場所でメンテナンスするのは困難。
又してもヒッチし、40km先のCOENで整備した。
トラブルで自転車を止めていると、心配し車を止め声をかけてくれるオージーは多い。
事情を説明すると快くヒッチさせてくれる。
有難いが車に甘えてばかりいると、自転車で旅をする意味が無くなる。
これ以上ヒッチしたくない。  
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1997年07月05日

体は回復したのだが・・・

腹の調子は良い。
しっかり腹が減る。
下り坂を楽しむ。
飯と下り坂は、チャリダーにとって至福の瞬間だ。
振動が凄まじいコルゲーションの上を走りながら
「ワ〜レ〜ワ〜レ〜ハ、ウチュージンダ!」
と言うお約束のギャグをやれるほど回復してきた。

しかーし、フロントキャリア(前にバックをくくりつける為のステ−)を折る。
今までに無い重さとコルゲーションの振動の為だ。
ハーンリバーロードハウスの手前9kmだったがヒッチし、ロードハウスでドリルを借り折れた部分の下に新しい穴を開け修理した。
ただ不安は募る。
体も不調、自転車も不調。
なのに旅はまだ前半・・・  
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1997年07月04日

医者に行く

腹が痛い。
ダートでの振動が悪かったのか全く消化していない。
下痢だ。薬が欲しい。
しかしこの町のスーパーマーケットは潰れていた。
ガソリンスタンドには頭痛薬はあったが、腹痛の薬は無かった。
スタンドの店員に聞いたら、
「この町では入手できないよ。でも、なーに車で1時間先のLauraにはドクターがいる。そいつに見てもらえ。」と言うのである。
車で1時間の距離とは、自転車で1日の距離である。
仕方ないがLauraへ前進。めちゃめちゃ辛かった。
Lauraのドクターに見てもらう。
食あたりだとのコト。昨日の朝食べたガソスタのハンバーグが怪しい。
1日分の薬を受け取る。明日の昼に又来るように指示を受ける。
しかし「明朝この町を出たい。2日分の薬が欲しい。そして自転車でケープヨークへ向かう。ヤバイと思ったらヒッチしてでもこの町に戻る」
と言っても、ドクターはリスキーだとかクレイジーだとか言って許してくれない。
でも何とか言いくるめて2日分の薬をGet.
オーストラリアの田舎の病院は患者から金を受け取らない。
政府が負担してくれるのだ。有難いぞ。オーストラリア政府!
申し訳無いと思いつつも、それだったら3日分もらってしまえば良かったと思った。
この日はテントではなく、$20払い、ホテルに泊まった。  
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1997年07月03日

未舗装路に突入


遂にダート(未舗装路)へ突入する。
ダートはコルゲーションと呼ばれる洗濯板状の凹凸ができている。
四輪駆動車が多く走るとできてしまう。
このコルゲーションの洗礼は強烈だ。
ダートを走ったせいか、朝食べた物が消化していないような気がする。
振動が凄まじく胃が揺れすぎムカムカする。
30kmしか走っていないがレークランドで休み、そのままテントを張った。
昼も夜も食欲が湧かない。  
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1997年07月02日

放牧された牛

Pslmer River Roadhouse(Roadhouseとは日本で言うドライブイン)へは80km有るが走り切りたい。
自炊が困難だからだ。野宿はしたくない。地図にはダートと記されていたが幸いにも舗装路。
しかし道には放牧された牛がいっぱいいる。
彼らは自転車を見ると一目散に逃げるのだが、中にはじっとこちらを見ている牛もいる。
そんな奴に限ってでかい角がある。
ワニにビビる前に牛でビビってしまった。
ある日本人ライダーが牛の群れの横を走った時、二頭の雄牛が喧嘩していて、彼等が追いかけてきたと言うのである。
彼らは逃げられたが、俺はチャリンコ。やばいっす。そんでチャリンコの色は赤。
闘牛士の持つマントと同じ色。やばいっす。
でも牛は色に興奮しているのではなくヒラヒラ動いているのに興奮するというのを思い出す。
でもTシャツ、ヒラヒラしているっす。まじやばいっす。恐いっす。
でも、普通の牛っておとなしい性格なんだよね。それでも体が大きいから恐いんだよう。なにせ、ほら、都会育ちだしぃ。シティーボーイだしぃ。そう言うの免疫ないしぃ。

そして向かい風と途中3kmで200mの高さを登る丘があり、かなりキツイ。
ただそう言うところの眺めは最高だ。  
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1997年07月01日

ガソリン?

マウントキャビンのテント場に着き、ガソリンスタンドへ行った。
自炊に使うストーブの燃料が必要なのだ。
しかーし、ガソリンスタンドは潰れていた。
バーのオヤジに料理が出来ないので、ガソリンを分けてくれないか頼んでみた。
するとパンチョ伊藤に似たこのオヤジは、
「ガソリンないねぇ。皆ディーゼル車なもんでよ。軽油ならあるんだけどね。まー、ここで晩御飯食べて行けよーマイト!(オーストラリアのスラングで友達。メイトがマイトになまる)」
とありがたいことを仰るので甘えさせてもらった。
すげーーーーでかいステーキが出てきて喜んでいたら、このパンチョあっさり「$10ね」とのたまう。
俺はタダだと思ってたのに・・・  
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1997年06月30日

ケアンズを出発!

いよいよ出発
友人達に見送られ元気に出発したが、実は不安だらけ。
本当に走破できるのか?
不安は多くのしかかる。
しかし、行くしかない。
カメラマンの友人、篠部雅貴君が出発間際に写真を撮ってくれた。
元気に振る舞い、笑顔を見せる。
うおー!

自転車には7ヶ月振りに乗る。
しばらく自転車に乗っていないので体力が全く無い。
そして今まで経験したことのない重量。
おまけに500mの高さへと続く道。
途中で何度も休憩し、初日から帰ろうかと思ったほどペッポコになっていた。
この日は路線脇の資材置場に野宿。  
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1997年06月29日

ケアンズ=ケープヨーク ジャングル走破

自転車旅 第二弾
ケアンズ=ケープヨーク ジャングル走破


オーストラリアの地図で見ると大して走ってないように思えてしまう。
距離にして約1000km。そのうち800kmが未舗装路。
日本で言うなら、東京=北海道間の直線距離が未舗装路と言うことになる。
そこを走り抜けようって言うんだから、我ながらクルクルパーだ。
日本にスケールを例えると、やっぱりオーストラリアはデカイ!

この未舗装路はオーストラリアの中でもかなりコンディションが悪く、四輪駆動のジープや、オフロードバイク等でしか行けない悪路。
その代わり変化に富んだ道(オーストラリアでは車で3〜4日もってもまるで景色が変わらないところが多い。)
しかし自転車で行くとなると無理だのバカだの言うオージーは多い。
道が悪く自転車が壊れるだろうし、砂が深く走れない。
そして川を渡る時、川に住むワニに喰われると言う。
いくつもある川には橋が無く、浅瀬を選んで歩くか泳いで渡るしかないからだ。
「大丈夫、俺はアデレードのレストランでワニを食べたことがあるから怖くないさ。」
「ハハハじゃぁ今度はお前がワニに喰われる番だな。」
俺がジョークを言っても、ジョークとは思えない答えが返ってくる。
でも、どんな条件であろうが、例え悪路であっても、車やバイクで行ける道。
自転車だって行けるはず。実際自転車で行った人はいる。
ならば俺だってだ!
行けるかどうかは、行ってから判断すれば良い。
行く前に決め付ける奴はチキンだ。

ケアンズに着いた時(4月30日)、早くケープヨークに行きたい気持ちはあったが、その時期はまだ雨季で道が水没している所が多く、川も水かさが深く渡るには困難。
そしてワニに対しての危険度も高い。
そう言った理由で、6月30日ケープヨークへ向けてケアンズを出発することにした。

今回持って行った食料は約2週間分。
途中の小さな町でも食料を買うことは出来るが、確実に営業しているとは限らないし、やっていても2倍近い値段がする時もあるのでケアンズから全て持っていった。
重量はめちゃんこ重い。
65kgを超えた。まるで2人乗りと同じだ。
しかも女の子の体重じゃなくて野郎の体重だ。
あー、こう言う例えにするとやる気が無くなるなー。
女の子を2人乗っけたと想像しよー。
うおっ、やる気が出てきた! うっひょ〜っ!
サックスとビデオカメラは、バマガと言うケープヨークから25km手前の村へ郵便局留めで送った。
水に対しての心配はいらない。
川から汲めば良いからだ。
川の水を飲料水にする為のフィルターを買った。
だから1日分+予備の5リットルで足りる。

自転車を入念に整備する。
タイヤはドイツ・コンチネンタル社製で幅が2.215サイズの最もワイドなオフロードタイヤに変更した。
タイヤ幅が広い分体力を消耗するが、砂地で走れなくなるよりマシだ。
しかし自転車にワイドタイヤを履かせると、凄くカッコ良くなる!  
Posted by hondakochan at 09:25Comments(3)TrackBack(0)このBlogのトップへ