栗本鋤雲、幕臣です。
箱館奉行時代に
メルメ・カションにフランス語を習ったのがきっかけで
幕臣の中でも小栗忠順と並んで「親仏派」として知られる人物。

もっとも明治時代に
「報知新聞」の主筆として活躍したことの方が
よく知られているかもしれません。
なんたって、この人、文才あるんだもん!

今回は、その栗本鋤雲が
フランスで痔の手術をした時のお話。

鋤雲がフランスに派遣されることになったのは
外国公使たちが徳川15代将軍の慶喜に謁見した際
イギリス公使のパークスが
これまでの「陛下(マジェスティー)」ではなく
「殿下(ハイネス)」を使ったことに対する抗議と
フランス公使ロッシュの任期延長の嘆願
さらには、幕府のための借款要請などのためでした。

でもこれらは
鋤雲がヨーロッパにいるうちに
慶喜が大政奉還しちゃって将軍ではなくなり
さらには戊辰戦争がはじまって
慶喜が恭順のため江戸城を明け渡し
水戸へ蟄居しちゃったりで
幕府そのものが瓦解してしまい
称号に関する抗議も借款要請も、すべてオシャカに。
しかもロッシュも本国に呼び戻されることになり
鋤雲の仕事は
空中分解という不幸な結果になってしまうのです。

そんな中
せっかくの欧州旅行を無駄にしなかった鋤雲先生。
医療技術の進んだパリで
長年の持病だった痔疾の手術を受けることにしたのです。

ま、これには寝込むほど症状がひどくなったって理由もあるんですが
もともと幕府の典医の家に生まれ
自分も奥医師を務めたほどの鋤雲先生ですから
はなから頭の片隅に手術計画があったのかもしれません。

で、手術は無事に成功。
親指の先くらいの赤黒くなった患部を6〜7片も切り取ったってんですから
なかなか、ひどい脱肛と腫れようだったみたいです。

ところが術後がよくない。

「なにぶんにも大荒治療の義につき
 創口急速には平癒いたしかね、
 厠の度度、直腸破裂鮮血滴滴、
 その痛み矛戟を乱れ刺し致しそうろうごとく」
とまあ
相当痛かったらしい。

いや〜、さすが鋤雲先生、
表現がリアルで臨場感にあふれております。
特に
「尻の穴に槍を突っ込まれるような痛みだ!」って表現は秀逸ですね〜。
なんか
ものすご〜く痛かったのが伝わってきます。
「トイレに行くたびに肛門が裂けて血が点々と流れる」
なんてのも
のちのジャーナリスト鋤雲を彷彿とさせる冷静な観察ですな〜。

ともあれ
その後は痛みも取れ
幕府が瓦解して明治になっても
痔の再発はなかったようなので
この点では
めでたしめでたし、だった鋤雲先生なのでした。