マカロン、和菓子、チョコレート。美味しいお菓子って、それだけで食べてもホントに美味しいわけですが、ここに紅茶やお茶やコーヒーがあれば、気分は超ハッピー。ですよね。

 もちろん、飲み物のせいでお菓子の味が分からなくなったり、逆にお菓子のせいで飲み物の味が分からなくなったり……とかもあるんですが、しかし大抵お菓子と飲み物って相性がいいわけです。美味しいお茶に美味しい和菓子。最高の贅沢です。

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「あんこもう飽きたー!」


 さてさて8話に目を向けると、やたらと"食べもの"が出てきます。バレンタインのチョコレート、絵里の飴玉、映画を見る時のせんべい、オムライス、ほむまん……目についたポイントを上げてみましたが、なんだか結構多いですよね。しかも食べるという目的ではなく、その存在の仕方に意味がある、という使われ方が多かったりします。

 バレンタインのチョコレートは、「好き」という気持ちを表すために渡されるものですし、絵里の飴玉は「友情」を表すために渡されたものです。食べ物っていうのはその存在で、人の気持ちを表したりもできるわけで、例えばチョコレートに関しては「好き」という気持ちを、一言も「好き」という言葉を使わずに表すことができます。真姫なんかはベッタベタのツンデレを演じたわけですが、直接ではなくて間接の「好き」なんですよね、これ。チョコレートという存在を通じての表現なわけです(「好き」とか「キス」とかの直接的表現ではない)。

 そしてもう一つ、希が用意したバレンタインという設定は、真実ではなくて虚構です。花陽や真姫の「好き」の対象はおらず、「好き」を演じているだけです。しかし一方、絵里の飴は真実です。絵里から希へと渡された飴に込められた「友情」には、対象がしっかりと存在するわけですから。

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チョコレートは間接×虚構
飴は間接×真実(ここでAパート終わり)


 さて、Bパートがはじまります。Aパートではチョコレートや飴玉といった間接的な表現を行っていたのに対して、Bパートでは開始早々、直接的な表現が2度出てきます。穂乃果の「好きだっ! 愛してる!」と、映画のキスシーン。どちらも虚構レベルでの「好き」ですね。穂乃果の「好き」には対象が居ませんし、映画の「好き」はそもそもスクリーンの向こう側のお話です。


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どちらも直接×虚構


 で、どうやら「直接 - 間接」の対立と「真実 - 虚構」の対立関係があるっぽく見えてくるわけですが、ここで割と重要なヒントが出てきます。「ラブソングは結局のところ、好きという気持ちをどう表現するか」、「ストレートな穂乃果には難しいかもね」という絵里の発言。これです。絵里の言葉を信じるならば、「好きという気持ち」「どう表現するか」がラブソング完成の鍵なわけです。となると課題は2つ。「好きという気持ち」を見つけることと、見つけた気持ちをどう表現するか(直接か間接か)という所です。

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 さて、ここまでの話を念頭に置いた上で、希の家のシーン。絵里が、9人皆で「曲」を作ることが希の夢だったと言うわけですが、希自身はこれをあっさりと否定。生み出すものは「曲」である必要はなくて、「何か」であればいい、と希。

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「曲じゃなくてもいい。9人で集まって、力を合わせて、何かを生み出せればそれでよかったんよ」


 そして、8話で一番重要なシーンと思われる「夢はとっくに」のシーン。
「けど、そうじゃなくても、µ'sはもう既に、何か大きなものをとっくに生み出してる」
「ウチはそれで十分」
「夢はとっくに……」
 と希が言った直後に、お茶に映る子供時代の自分を見つけ、泣きそうになるという映像の流れなわけですが、ここで台詞を整理してみます。

 まず、絵里と希の会話から、「この9人で、何かを生み出す」事が「希の夢」であることが分かります。そして、何か大きなものはとっくに生み出されている、と希は言うわけです。つまり、希の夢はとっくに叶っている。言葉の流れからは、まあそういう事になります。でも、生み出されたものは何か?

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 ここで直後に現れる映像が、オムライス。そしてほむまん。"食べもの"がここで出てきました。そしてこの2つで対照的に描かれているのは、まず仲間の有無です。ここから直接的に読み取ることができるのは、家庭や学校など、孤独だった希と、µ'sという居場所を見つけた希の対比ですね。つまり、仲間が出来て良かったね、とまあそういう事です。

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 が、しかし。
 オムライスとほむまんの間には、見落としてはならない存在があります。それは、作り手の有無。
 オムライスは、順当に考えると母親が作ってラップをしていたものなわけですが、その存在は映像には明かされません。しかし、ほむまんは違います。
 ほむまんでは、穂乃果が割烹着を着て作ったほむまんをµ'sの皆に振る舞っているわけです。ここには明確な意味があるでしょう(だってわざわざ、制服ではなく、割烹着を着ているのです)。

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ほむまんは間接×真実


 オムライスを作った母親(映像として不在)と対応するように現れた、ほむまんとそれを作った穂乃果。そして、お茶に映る幼少期の希の姿。これを結ぶのは、もう単純に母と子の関係でしょう。

 誰が子か? 希です。
 じゃあ誰が母か? 穂乃果です。

 いやいやちょっとその結論は唐突過ぎるんじゃないですか、と思われる方もいるかもしれませんが、µ'sは希の仲間というだけではなくて、(映像にも出てくるように)希の甘えられる場所だったと考えれば、納得して頂けるかなと思います。穂乃果がいたから、希は子供に戻ることができた、ということです。

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 さてそんなわけで、結局希が言っていた、生み出された「何か大きなもの」とは何だったんでしょうか。直後のオムライスとほむまんという映像から、希がµ'sに対して持っているイメージは「仲間」そして「家族」であると言っていいでしょう。そして「一番の夢はとっくに……」と続くわけですが、このタイミングで希はほむまんを食べています。まあつまり、こういう場が希の一番の夢だった、という解釈が妥当かなと思います。µ'sが生み出した「何か大きなもの」っていうのは、「仲間であり家族でもあるような場」。言い換えればµ'sという存在自体が「何か大きなもの」であり、だから希の夢は、µ'sが9人になった時からとっくに叶っていたということですね。

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「一番の夢はとっくに……」


 で、雪が降りはじめ、µ'sのメンバーは言葉を紡ぎ始めます。「ラブソングは結局のところ、好きという気持ちをどう表現するか」と絵里が言っていたわけですが、希は「好き」という言葉で、「好き」を直接表現するわけですね。そしてこの「好き」は、文脈上µ'sの事を指すでしょう。つまり、希の本心からの、真実の「好き」という事です。
 ラブソングの提案として、バレンタインという設定で虚構の「好き」を間接的に表現しようとしていた希が、真実の「好き」を直接表現する。そんな変化が、このお話のテーマだったのかな、と。

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直接×真実








おまけ1

希家。
「お茶でええ?」という台詞が気になります。どう見ても紅茶(カモミールティーですが)の缶に入ってるわけですが、でも出てくる茶葉は緑。色も大きさも、日本茶です。まあつまり、お茶ですね。

補足:これはちょっとややこしいポイントなんですが、そもそも茶葉が箱に書いてあるカモミールティー(葉ではなく花を使う)ではないことから、中身が詰め替えられていると推測できます。そして本人がお茶であると言っていることや、砂糖について触れていないことを考えるに、希が出したお茶は、ほぼ確実に日本茶であると考えて良いと思われます。

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 これが何を意味するか。何を意味するんでしょうね。自分としてはこれは、ほむまんと対応してるんじゃないかなーって考えています。和菓子とお茶。どっちも一緒に食べると美味しいですよね。そんな感じかなーと。そしてそもそも缶の中身が日本茶に変わっている事から、希が穂乃果に憧れて、日本茶を使うようになったんじゃないかな、と。希の穂乃果に対する評価の高さを考えるに、あながち的外れでもない…かもです?

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おまけ2

 異変に気付いているのは真姫だけではなかった、というお話。凛ちゃんも流石の察知力です。

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真姫「おかしい」
花陽「おかしい?」
凛「絵里ちゃんが?」



おまけ3

 希と穂乃果の立場を象徴するシーン(1話)。ゲームセンターの外に立つ希がジュースを受け取り、建物の中へ。一方穂乃果は希が立っていた場所に。そんな入れ替え。

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「はい、ジュース!」