河豚のシーズンが来た。河豚料理と言えば、おいしさと高価な事で高級料理の一つに数えられるが、フグ中毒の話はついて回る。
トラフグ 特に卵巣とか肝や血液には猛毒があるという。

 河豚の中毒で死んだという話は最近でこそ聞かなくなったが、昔は多かった。したがって、トラフグの調理には、厳しい免許に合格した調理人でないと調理してはならない事になっている。

 「やぶにらみ」は、まだ幼稚園児くらいだったころ、父親が釣ってきて、自分で料理したフグ鍋を、沢山いた家族と一緒に食べた事がある。
 とてもおいしかったので一生懸命に食べた。ところが、だんだん唇の周りが痺れたようになり、そのうち、しゃべるのも舌が痺れたようで何時もの様子とは違ってきた。

 横で食べていたお袋に「唇がしびれたみたいだよ」と言うと、「いつまでも食べているからよ。早く寝なさい」といわれた。
 そうかと思って、隣の部屋で寝てしまった。翌朝は、いつものように元気で、唇のしびれもとれてしまっていた。

 翌日は、おふくろも他の人達も、たらふくフグを食べて平気だし、「やぶにらみ」に「どうだ?」と心配した声をかける者もいなかった。田舎はのんきであった。
 これが軽いフグ中毒であったと、後年になって分かった。

 話は変わるが、「やぶにらみ」が東京から大分県に転勤して、大分市周辺では、河豚料理には必ずと言っていいくらい河豚の肝がついてくるのを知った。
ふぐ刺し 先ずフグのコースは最初フグ刺しである。これには湯がいた肝がつく。この肝を醤油皿の醤油に溶かして、それに刺身をつけて食べる。
 次に出てくる白子やから揚げはそのままだが、最後の河豚チリの後のおじやには盛大に肝を入れる。

 大分に赴任した当初は、子供の時のフグ中毒を思い出して「やぶにらみ」も、最初は気持ちが悪かった。そして肝には手を付けなかった。
 ところが皆はうまいうまいと食べるし、料亭の女将は、大分でフグ中毒と言う話は聞いた事がない、それくらい各店の料理人はいい腕をしているのだという。
 
 特に、肝の血抜きには細心の注意を払い、安全になるまで水にさらして、提供するのだから大丈夫と言う。
 ただ、嫌な人は食べないほうがいいという。大分県の条例では河豚肝は料理に提供してはいけない事になっているという。

 面白い話がある。大分県の衛生課の人たちが、河豚料理店で食事をした際に、店は河豚肝を一切出さなかった。
 衛生課の人達は『なぜ肝を出さないのか!』と怒った、と言う出来過ぎた話まである。

 いずれにせよ、一匹の河豚の肝は僅かなものであるのに、出てくる河豚の量よりも、肝の量は比較的に多い。
 ある人いわく、「なに、河豚肝は下関では捨てるから、幾らでも手に入るのだ」と気味の悪い話にまでなる。

 「やぶにらみ」も大分勤務中に、すっかり河豚肝のファンになってしまった。したがって、東京に帰ってきて、フグを食べても物足りないのである。
 総務部の人に、銀座で大分料理専門店があるといわれて、さっそく行ってみたが、全く駄目であった。大体フグ刺し自体も「やぶにらみ」の口には物足りなかった。

 やはり現地でないと旨くないのは、北海道で食べた唐黍や馬鈴薯が、他の土地では味わえないのと同じである。