最近の政府の福島原発事故に対する対応も後手、後手に回っているように見える。無責任な御用学者先生と東電経営者の隠蔽が政府を盲目にしているためである。
放射能拡散図 事実は、もっと怖い状態に来ているのかもしれない、と疑心暗鬼になる(左図は放射能拡散図である)。

 何故もっと政府なり官僚は、確固たる方針なり、改善数字を発表できないのだろう。
 一方、東京電力幹部の事故後の隠ぺい工作はまだ続く。実際の放射能の放出量はいまだに信じられない。
 報告を受けるたびに増加する。それも、安全だ、安全だと繰り返しながら、避難区域は広がる一方である。

 如何に責任を他に転嫁するかばかりに骨身を削る東電経営者陣は、退任慰労金が出る間に辞任しようと走り回るという。
 何を考えているのだろうと思う。真偽の程はさやかでないが、一説には、事故復旧のために米国、フランスの原子力発電のベテランを招聘しようとしたのに、最後まで反対したのは東電経営陣だという。

 東電原子力発電の設計上の不備、安全管理の不足が指摘されるのを怖れたからであるという。
 何を考えていたのか、先ずは自社と自分の地位の安全を最優先し、周辺住民の被害、地域への被害拡大防止は二の次であったのである。信じられない話である。しかし、風説であって証拠はない。

 どうにもならなくなって、しぶしぶ少しずつ事実を公表しているのである。いまでも、マスコミで報じられているような程度の被害とは考えられないのではないか、真実の放射能の脅威はもっと酷いのではないかと疑いたくなる。
 今後の対応についても、政府まで欺いて口をぬぐおう、とした罪は許すことはできまい。

 22日の天声人語に語られている様に、現場で一生懸命に放射能の危険にも負けずに、放射能減少に努力している作業員たちは、衣食住まで悲惨な状態に置かれたまま、日夜作業に励んでいるのである。

 東電の社長が、今更きれいごとの様に謝罪に現地を訪れても、誰もその謝罪を信じることはできない。
 東電幹部の大部分の人が天下りの無能な人間であったという事も、事故の真相を解明し、災害の減少対策を決めるのに邪魔になってしまった。

 菅政権は、復旧に努力するのは当然であるが、これらの東電経営陣の責任は考えるべきである。事故を起こした責任ではない。事故後の対応があまりにも隠蔽に走り過ぎ、応急処置の致命的遅れを招いたことに対するものである。

 それがなければ、現地で強制的に避難を強いられる人たちは、東電幹部を許すことはできないのである。それが遣れないなら、政府は国民の信を失うだろう。
 もちろん、今直ぐという事ではないが、あまりにも野放しになっていやせんか、と思う。

 東電のウソツキについて、無責任かもしれない真実の話。
 
 原子炉はメルトダウンしていません。格納容器は大丈夫です。圧力容器は大丈夫です。放射能は外部には漏れていません。チェルノブイリとは違う軽微なものです。燃料棒は損傷していません。
 
 以上、主なものだけですが、すべて事実に反した話でした。東電幹部の中にも日本の将来を憂うる人はいると思うのですが、それらの人の声は国民には届きません。
 とにかく、福島原電の事故は仕方がないとして、放射線被害をこれだけ大きくした責任の大半は、東電経営者にあると言って間違いないだろう。

 そして。マスコミ報道が如何に御用報道であって、真実から離れたものであるという事は、今後の放射能の脅威についても、疑ってかからねばなるまい。
 ある人は、福島県外への避難だけではすむまいと言っている。関東以西に避難するとなれば大変であるが、その可能性がゼロという人は誰もいない。

          〜〜〜〜〜〜〜新聞記事、テレビ報道〜〜〜〜〜〜〜

「ここで寝起きして」=東電社長が避難所訪問−避難住民、怒りあらわ・福島(時事ドットコム4・22)

 東京電力の清水正孝社長は22日、福島第1原発事故で周辺住民が避難している福島県内の避難所を訪問した。事故から約1カ月半。ようやく謝罪に現れた社長に、住民は怒りをあらわにした。
 清水社長は午後1時半ごろ、約1500人が避難する郡山市のビッグパレットふくしまに到着。2時間近くにわたり、時には土下座しながら住民にわびて回った。
 富岡町の主婦遠藤恵子さん(55)は「きれいな富岡の町を返してください。もう帰りたいんです」と涙を流しながら清水社長に詰め寄った。夫(55)と2人の避難所暮らしは1カ月以上。持病も悪化し、先行きの見えない生活に死を考えたこともあるという。
 避難先で前日、母親(95)が亡くなったという横田一也さん(63)は「避難先で知人8人を亡くした。東電は殺人者だ。もう流す涙もない」と怒りをぶちまけた。
 「どんな思いで生活しているか、ここで寝起きしてみて」。富岡町の農業佐藤ふじ子さん(58)も声を荒らげた。一時帰宅した際、飼っていた牛8頭のうち4頭は死に、子牛を身ごもっていた母牛の姿はなかった。「謝罪はうわべだけ。生活をどうしてくれるのか」と吐き捨てるように言った。
 一方、避難者の中には「頑張ってください」「体に気をつけて」と励ます人もいた。
 清水社長は謝罪を終え、「心身ともにご苦労されている様子が身にしみた。今まで築き上げた地域との信頼関係が崩れたと痛感した」と語った。(2011/04/22-19:02)

「天声人語』(朝日新聞4・22)

 玉砕の島、硫黄島の戦いを率いた栗林忠道中将を描くノンフィクション『散るぞ悲しき』は梯(かけはし)久美子さんの力作だ。書中で梯さんは、軍中枢で戦争を指導した者と前線で生死をかけた将兵とでは、「軍人」という言葉で一括(ひとくく)りにするのがためらわれるほど違う、と感慨を述べている▼そして「安全な場所で、戦地の実情を知ろうともせぬまま地図上に線を引き、『ここを死守せよ』と言い放った大本営の参謀たち……」と続けている。歴史は繰り返すという。福島第一原発の事故に、その残像を見る思いがする▼時代も事情も異なるが、東電本社と、未経験の危機と闘う現場に、「大本営と前線」の落差が重なる。きびしい使命にもかかわらず、伝え聞く作業従事者の処遇はずいぶん酷だ▼体育館で雑魚寝をし、寝袋は使い回しだという。これでは疲れは取れまい。参謀の「作戦」にも疑問符がつく。たとえば汚染水を止めるために吸水性ポリマーや新聞紙を投入した。作業員の一人は「そんなもので水は止まらない。現場はあきれて仕事していました」(週刊朝日)▼放射能の恐怖に加えて、収まらぬ余震。テレビの取材に一人が「まさに戦場です」と言っていた。収束への見通し6〜9カ月は、精神論で乗り切るには長すぎる▼中国の兵法「三十六計」で名高いのは「逃げるにしかず」。しかし今は踏みとどまるしかない。現場と国民に対して欺瞞(ぎまん)の大本営であるなかれ。東電だけではない。菅政権への気がかりは、より大である。

「地元への眼差し」「重い十字架」 言葉踊る東電社長(産経ニュース4・22)
2011.4.22 17:35

 東京電力の清水正孝社長が22日、佐藤雄平知事や県議会の佐藤憲保議長を訪ね、事故後初めて謝罪した。「改めて深く心からおわびします」と述べたものの、東電として福島県と今後、どう向き合うかは明確に示さなかった。
 「6千人の子供たちが福島県を離れた。県の人口流出を食い止めようと必死でやってきたのに…。子供たちが1日も早く帰れるようにしてほしい」
 佐藤知事は会談で約10分間、ときに目に涙を浮かべながら、事故が県民に及ぼした被害や影響を静かに語った。清水社長は「補償にしっかりと取り組む」と述べるだけだった。
 知事はこれまで、清水社長の面会を受け入れなかったが、会談の冒頭に「前回(11日)は朝に電話をしてきて、知事室に名刺だけ置いて帰られた。こんな非礼はない」と事故後の東電側の対応を避難。「県民に対して心のこもった陳謝があっていいのでは」と不快感を示した。
 地元では、東電にとっては知事への謝罪は「福島第2原発などの再稼働に向けた“工程表”の1つ」(電力関係者)との見方もあった。だが、知事は会談で、思惑を見透かしたかのように「現段階で再稼働はありえない」と断言した。
 一方、佐藤議長も謝罪に訪れた清水社長に、「東電は“原子力村”などといっても本当の技術、事故対策はなかったんじゃないか。議会はあくまで人災として追及していく」と声を荒らげた。しかし、清水社長は「原因は徹底的に検証されるべきだ」と公式見解を繰り返した。
 議長は「家に帰りたい」という避難者の訴えを涙を浮かべて紹介した。だが、清水社長は表情を変えることはなかった。「地元へのまなざしを大事にする」「重い十字架を背負ってやっていく」など、言葉だけが踊っていた。

「福島の子の気持ちわかるか」…知事が怒る(読売新聞4・22)

 「被災地の子どもの気持ちがわかるか」――。
 福島第一原発の事故から約40日。佐藤雄平・福島県知事は22日、東京電力の清水正孝社長と事故後初めてとなった面会で、思いのたけをぶつけた。
 清水社長は同日午前10時前、知事室を訪問。深々と頭を下げ、謝罪の意を示したが、知事は10分以上にわたり怒りをぶつけた。
 知事が最も感情をあらわにしたのが、避難を余儀なくされた子どもたちの話に及んだ時。県内の子ども約6000人が県外に移っていることを挙げ、「全国にちりぢりになって、一刻も早く戻ってきたいんです」と力を込めた。
 これまでの清水社長の対応についても、「もっと心のこもった謝り方があるのではないか。『想定外の津波』という言葉は聞きたくない」と不快感をあらわにした。今月11日に清水社長が福島市を訪れた際の対応についても、「当日電話をよこし、『名刺を置いていく』なんて、これは失礼だ。東京電力の体質かと思う」と批判した。
 福島第一原発で復旧作業にあたる現場作業員に関して、「社長よりも頑張っている。県民にとっては唯一の希望の星。何とかいい環境にしてほしい」と述べた。
 拳をひざの上に置き、下を向いたまま知事の話に耳を傾けていた清水社長は面会後、報道陣に対し、知事が第一原発の運転再開反対の意思を示したことについて、「地元の皆様の判断が最優先だ」と述べた。第二原発についても、「安全・安定運転が確認できなければ再開はあり得ない」と語った。
(2011年4月22日14時39分 読売新聞)

3キロ圏内4カ所で毎時100マイクロシーベルト超、一時帰宅前に測定 (ブルームバーグ4・21)

 4月21日(ブルームバーグ):東京電力の福島第一原子力発電所から3キロメートル圏内の4カ所で毎時100マイクロシーベルトを測定した、と文部科学省が21日発表した。20キロメートル圏内で測定した空間放射線量を発表するのは初めて。
 文科省原子力安全対策本部の奥博貴広報官は「避難民の一時帰宅と警戒区域の指定の参考にするため測定した」と説明した。
 福島第一原発から20キロメートル圏内で3月30日から4月2日まで50地点、18、19日には150地点で測定した。100マイクロシーベルトを超えたのは大熊町夫沢地区の4カ所。

20キロ圏内の放射線量、文科省が公表 (TBSニュース4・21)

 文部科学省は原発から20キロ圏内の地域の空間放射線量の測定結果を初めて公表しました。
 文部科学省によりますと一時帰宅が認められている原発から3キロ圏の外から20キロまでの地域でも福島県の大熊町や双葉町などでは1時間あたりの放射線量が20マイクロシーベルトを超える比較的高い数値が測定され、原発から3キロの地点では100マイクロシーベルトを超えた地点もありました。

 測定は先月30日から行われていましたが、公表が遅れた理由について、文科省は「一時帰宅の要望に応えるべく、詳しい調査を行うためポイントを増やしていた」としています。(21日17:47)