漫才とコントについてただの感情の高ぶり

2019年05月09日

お久しぶりです。

このブログを書くということは、

TwitterやFacebookのコメントの枠に収まらないぐらいのことがあったというわけです。

3月までの仕事場は、ダラダラ作業しても、やることさえ締切を遅延しないように、
やり方も大体は、先行実施を踏襲してやれば、それでよかった。
仕事の流れが大体は、決まっていた。

4月になって、通勤がきつくなったものの、最初のプロジェクトは、
自身のプログラミング経験を発揮し、3月までのようになんとか仕事も、
一区切りで片付いた。

ところが4月の4週目から異変である。
座席まで変えさせられ、またPCの初期設定からやり直し、
そしてプロジェクトとして渡されたのは紙ペラ数枚のメモ程度の資料。

プロジェクト資料へのファイルサーバもあるが、
構成管理されてないのか、どれが最新版か分からない設計書だらけ。


なによりも、そんな状況でも、
おれはこのプロジェクトを始めて1週間程度のド新人なのに、
まるで数年前からプロジェクトについて熟知しているベテランぐらいの生産性で
「できて当たり前」とされて、厳しい、いや理不尽な仕打ちをされているのが大変だ。
まるで、運転免許の路上教習を受けているような気分だ。

今までも、「この人とはやりづらい」と思える人は、
職場をいくつも渡っていれば居たものだ。

それでも、
「お金がもらえるんだし」
「殴られたり蹴られたりしてるわけじゃないし」
「バカだのアホだの言われてるわけじゃないし」
「本番環境の運用とか、ミスが命取りになるような作業はしてないし」
「残業を強制されてるわけじゃないし」
「所詮は他社の人間だ、本社の人事評価をこの人がするわけじゃないし」
「昼休みの飯や、勤務後の食事や飲み会までしつこく付き合わされるわけじゃないし」

そう思いながら「やり過ごす」という方法で、
この仕事を12年間やってきた。

さらに、過去の経験をもとに、
「いや、もっとヤバイ時期いっぱいあっただろ」
「昔やってたバイトなんてもっとキツかっただろ」

そう思いながら、明日もまた100分かけて仕事に向かいます。

働きましょう。愛する妻と、尊敬する父と、未来のある親戚たちのためにも。






hope_nullpoc0710 at 00:58│Comments(0) 就職活動・結婚活動 

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