2017年05月28日

東京優駿 追憶の血統  〜風の仔が消す、炎の仔 第41回勝ち馬 コーネルランサー〜

「皐月賞は速い馬が勝つ。菊花賞は強い馬が勝つ。しかしダービーだけは、最も運の良い馬が勝つ」

かなたより代々にして伝わるこの格言、競馬ファンの方なら一度と言わず二度三度、聞いたことがあるでしょう。ここ最近の日本ダービーにおいては、過去10年で4勝と驚異的な活躍を見せる、1枠1番白帽子。そのゲートに入る権利を引き当てる幸運こそが、ダービー馬となる一番の近道かもしれません。


遡ること43年、1974年のクラシック戦線は、1頭の、不運な馬を中心に回っておりました。彼はとにかく速く、そしてとにかく強い存在でした。ただ、強すぎたことこそが、彼の背負った第1の不運でした。

その前年である1973年、ハイセイコーという、1頭の社会現象が巻き起こりました。その、嵐のような現象は、日本の競馬史に新たな風を吹き込み、そして競馬会に新たなルールを設けるきっかけとなりました。単枠指定制度。彼の背負った、第2の不運でした。

1974年、日本ダービー。23頭立てで行われたこのレースで、彼は競馬会より単枠指定の命を受けました。そして、単枠となる枠番を決めるため、まず彼だけが、枠番の抽選を行うこととなりました。そこで彼が引いてしまったのが、7枠の橙帽子。残り22頭を振り分ける理由により、この時点で彼は、7枠19番という外枠に入ることが決まってしまいました。彼が背負った第3の、そして最大の不運となるのでした。

第41回日本ダービーのゲートが開く。彼は外々を回される不利を避けるべく、スタートから勢いをつけ、内々の馬達を交わしていく。1コーナーに入る頃には10番手あたりと、ダービーポジションに入ることは出来た。しかしその代償が、徐々に身体へと刻まれていく。

4コーナーから直線。馬場の中ほどにいた彼は、前を行くスリーヨークの内に進路を見出し、内ラチ沿いへと一気に切れ込んだ。いつもの彼なら、並ぶまもなく交わせるはずだった。だからこそ名手も、そのような決断をしたはずだ。

だけど、彼の脚は、伸びなかった。

スリーヨークが内へ寄る。一気に交わし切る脚がないことを悟った名手は、彼をスリーヨークの外へと操る。体勢を立て直し、必死に追う。もがく。スマートな名手が、何度も何度も、鞭を振るう。ゴールまで残り60m、彼はついにスリーヨークを捕らえ、そして交わした。交わしたのだ。交わしたのだが、彼はまだ先頭ではなかった。

スリーヨークを交わした彼の目に映ったもの。それは、ゴールまでおよそ300mにわたって繰り広げられていた、2頭と2人のよる壮絶な叩き合いと、初めての敗北である、3着という現実だけだった。

彼の名は、キタノカチドキ。父テスコボーイ×母ライトフレーム。その強さ、その才能を持ってしても、重なる不運によって最大の栄誉をつかみ損ねた、悲しき名馬。

逆に栄誉をつかみ取ったのが、2枠5番という絶好枠を味方として、一切の不利を受けずにレースを運んだコーネルランサー。その血統は、父セダン×母エオス。
母の名「エオス」は、ギリシア神話に「暁の女神」として登場し、アネモイ(風の神々)を産みだした母となる存在。

女神が産んだ風の仔が、炎の仔を消し去った瞬間でした。

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2016年04月27日

青葉賞 追憶の血統 〜サンデーの激流に対する石畳 第3回勝ち馬マウンテンストーン〜

1995年に初年度産駒がデビューしたサンデーサイレンス産駒は、激流ともいえる勢いで日本の競馬界を飲み込み、そして次々と新記録を打ち立てていきました。初年度からジェニュイン、タヤスツヨシ、ダンスパートナーというクラシックホースを産出する中で、なんとかしてこの激流を食い止めたいと、ダービーのトライアルになった重賞、青葉賞で意地を見せたのが、ダンスホール産駒のマウンテンストーンでした。

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マウンテンストーンの父ダンスホールは、2歳戦から中距離で活躍し、まだ2400mの仏ダービーで2着。2000mのパリ大賞も勝っており、生涯成績は5戦4勝2着1回。なかなかの名馬です。

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このようなダンスホールに対し、母のスイートミネルバは、パーソロン×スピードシンボリという、名馬シンボリルドルフと同じシンボリの渾身の配合。この組み合わせに、どのような効果があったのでしょうか。

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スイートミネルバは、父のパーソロンはPerfumr兇髻∧貮磴離好圈璽疋轡鵐椒蠅Royal Chargerを持っています。この2頭は、Pharos,Blandford,Mumutaz Mahalという3頭が共通し、スピードの根幹として成り立っていると考えられます。

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そのスピードにステイヤーであるダンスホールを配したことで、青葉賞を勝ちきれるだけのスタミナとスピードが兼ね備えられたのではないでしょうか。


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2016年04月19日

読売マイラーズカップ 追憶の血統〜名マイラーに土の洗礼 第15回勝ち馬ローラーキング〜

かつての名マイラー、ニホンピロウイナーは、その生涯においてマイル戦ではマイルチャンピオンシップ2勝を含め、8戦して5勝2着3回という連対率100%の好成績を残しています。その中で負けたレースを見てみますとダイゼイキングと頭差だった阪神3歳ステークス、そして不良馬場だったオープンと、同じく不良馬場だった、このマイラーズカップの3レースでした。今回は、その泥んこのマイラーズカップの更にその内側の馬場を、ドチャリドチャリと差し込んで名マイラーに土をつけた、奇跡のマル地馬ローラーキングを取り上げてみたいと思います。

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ローラーキング自身はマル地馬と書いたように、元々は大井競馬場でデビュー。金沢競馬に移籍してから北國王冠、白山大賞典、中日杯などを制し、中央へと殴りこんでまいりました。しかし、その初戦となった東京新聞杯では14着と大敗。次戦でもその存在感は薄く13頭立ての12番人気という低評価。しかし、その低評価を覆したのが、前述のマイラーズカップだったのです。では、その血統を、じっくりと眺めてみましょう。

ローラーキングの父ファーストファミリーは、アメリカの名馬Secretariatの異父兄弟。自身の成績は米国で44戦して7勝、ガルフストリームパークハンデ(ダート2000m)などを勝利しています。
母父のアポッスルは、英国で17戦して9勝。4歳時にプリンスオブウェールズステークス(芝12F)やジョッキークラブカップ(芝12F)を制しています。

ローラーキングの中で異質を放つのは、父ファーストファミリーの父母Hildene。この血をちょっと見てみましょう。

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主なクロスは、Ben Brush4×4、Commando5×4、その父Dominoが5・6・6×5・5とこの2頭の血が非常に濃くでています。また、この2頭の血は父母Beaming Beautyと母母Ultimate Fancyに含まれているので、言わばこの2頭の2×2というニアリークロスとして存在しています。

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では、この血がローラーキングにどのように作用しているのでしょう。それは、ローラーキングの母母父トキノチカラの母、星谷の存在に他なりません。

星谷は、下総の御料牧場がアメリカから輸入した繁殖牝馬。その血には、米国の血がしっかりと入っています。

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そう、その母Juraqが、Ben Brush系にCommandoというHildeneと同じ組み合わせの血統を持っています。この血が組み合わさったことで、ローラーキングはダートもこなし、ドロドロの不良馬場を追い込んできたパワーの源ではないかとも考えることが出来ないでしょうか。




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2016年04月05日

桜花賞 追憶の血統 〜歴史に刻まれそこねた稀代の根性娘 第33回勝ち馬ニットウチドリ〜

1987年にメジロラモーヌが牝馬3冠を制して以降、スティルインラブ、アパパネ、ジェンティルドンナと計4頭の3冠牝馬が誕生しております。
その影には、3冠に近づきながらその栄光を勝ち取れなかった馬達もたくさんいるわけで。近年では秋華賞で降着になったブエナビスタが思い出されるかもしれませんが、それよりもずっと前、秋華賞がエリザベス女王杯でもなく、その前身のビクトリアカップだった頃、牝馬3冠に最も近づいたのは、今回の主役、1973年の桜花賞馬ニットウチドリでした。

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ニットウチドリは桜花賞1着、オークス2着、ビクトリアカップ1着という成績。桜花賞は好スタートから先段に取り付け押し切りの圧勝。オークスは3角から進出し直線では抜けだすも、ナスノチグサに差し切られましたでしたが、この活躍の根拠は何処にあったのでしょう?

ニットウチドリの父ダラノーアはフランスで2〜3歳時に活躍した汎用な競走馬ですが、その血統が特徴的です。

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Gainsborough4・4×4、Friar's Daughter4×4、Swynford5×5,Sundridge5×6などのクロスを中心に、父母Fille de Soleilと母母Mah Iranが相似のクロス2×2を形成しています。

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その産駒ニットウチドリは母父ラッシーの母父MahmoudがダラノーアのMah Iranと3/4同血クロス、またラッシーの父父Fair TrialがMahmoud≒Mah Iranと同じLady Josephineということで、そのスピードを含めたダラノーアの持つポテンシャルを、上手く引き出せたのではと考えられます。

ちなみに、ダラノーアを母父に持つ活躍馬として狂気の2冠馬カブラヤオーがおりますが、カブラヤオーの父母RuinがFair TrialとUdaipur=Umidwarを持っており、ここがラッシーと共通しております。ニットウチドリのスピードと根性も、カブラヤオーと同じ性質のものだったのかもしれませんね。

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2015年10月23日

サラBOOOLO vol.4にて寄稿させていただきました

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すっかり時期外れになってしまいましたが、競馬月刊誌「サラブレ」の血統系増刊ムック「サラBLOOD」に記事を書かせていただきました。
内容は1957年のクラシック戦線を綴った「種牡馬の転機」です。
主に前年である1956年と翌1957年の出走馬の違いを、種牡馬的見地から考察してみた内容となっております。

最新血統情報が詰まっているサラBLOODには場違いな記事かもしれませんが、日頃から古臭い血統を見ている身としては、一度は書いてみたかった内容ですので、非常に感謝しております。

まぁ、血統マニアックイズの特典だったのですが、必死のパッチで全問達成が出来てよかったです。

サラブレと編集のKさん、誠にありがとうございました。

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