2018年05月27日

東京優駿 追憶の血統 〜その思い出は雷雨と共に 第34回勝馬 アサデンコウ〜

今年も、日本ダービーがやって参りました。今年で85回を数えるこの競走には、常として語られる伝説のレースが幾つも存在しております。今回はその伝説の中の1つ、雷鳴轟く雨の中、骨折を圧して勝利をもぎ取ったアサデンコウの血統を見てみたいと思います。

アサデンコウ.jpg

アサデンコウの父シーフュリューは、イギリスからの輸入馬。ローカルの長距離レースを3勝した程度の、凡庸な競走馬。また、アサデンコウの母ニューベッシーは、牝馬ながら障害競走を走り、幾ばくかの勝利を挙げておりました。そんな2頭から誕生したアサデンコウの能力源は、どこにあるのか?血統から探ってみたと思います。

シーフュリューの産駒でG1級のレースを勝利したものはアサデンコウしかおらず、他にも高松宮杯や目黒記念など重賞を5勝したジョセツ程度しか活躍馬はおりません。

さらに地方へ目を向けてみても、東京大賞典を制したフリューファスト、戸塚記念や報知オールスターカップを制したウインザラインが目立つ程度です。

フリューファスト.jpg

ウインザライン.jpg

これら4頭の血統表を見ていると、全馬の母はプリメロの血を持っていることが分かります。
そこでシーフュリューの血統を再度見なおしてみると、3代母Saritaとプリメロの血統構成が似ていることに気づきます。

プリメロ×sarita.jpg

シーフュリューの3代母Saritaは、名牝Pretty Pollyの孫で、Northern Dancerの父Nearcticの2代母でもあります。またSarita自身の血統は、St.Simon4×3,Isonomy4×4,Hermit4×5・5と、相似性の高い構成になっており、この活力が、プリメロとのニアリークロスによって活性化したのではないかと考えられます。また、アサデンコウの母父父ダイオライトやジョセツの母母父ロックフォードなども、このプリメロ≒Saritaに結合しやすい、Desmond-St.Simon-Galopin,Hermit,Isonomy-Sterlingの血を密に持っているので、その能力が遺憾無く発揮されたのかもしれません。


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2018年02月25日

中山記念 追憶の血統 〜スペシャリストの深淵 第52&53回勝ち馬 カネミカサ〜


伝統の中山記念は、古馬混合唯一の芝1800mで行われる重賞でもあり、それ故にカンパニー、ローエングリン、バランスオブゲームなど複数回勝利をおさめるスペシャリストが激走しやすいレースでもあります。その中で元祖スペシャリストというべきなのが、初の連覇+2着1回という成績のカネミカサではないかと思います。

カネミカサ.jpg

カネミカサは、父バーバー×母父セダン×母母カネケヤキという血統。母母カネケヤキは、1964年の桜花賞とオークスを制した2冠馬です。それでは、各馬の血統を少し紐解いてみましょう。

父バーバーは、英国の短距離界で活躍した後、日本に輸入されました。

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バーバーの持つ主なクロスは、Blandford5・4×4とPhalaris5・5×5。これは、当時の流行的な血統ですね。その父Princely GiftがPharos=Fairway3×3、Blandford4×3なので、母母Yashmakで累進交配しつつ母父Straight Dealが1/4異系になる形になっています。

それに対し、カネミカサの母父セダンは、仏産の父Prince Bio×伊産の母Staffaという組み合わせ。PhalarisもBlandfordも持たない傍流の血統ですが、イタリアダービーを制し、イタリアでリーディングサイアーにもなる、活力のある血統でした。

母母のカネケヤキは、父が2歳戦の短距離で快速を見せたカネリュー×英国からの輸入された母コンキュバインという血統。この血統も面白いので、また少し紐解いていきます。まずは父のカネリューから。

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1951年生まれのカネリューは、2歳でデビューした初戦の芝1000mをレコードで走り抜ける程の快速を持っていました。そんなカネリュー自身の5代内クロスは、Swynford4×4、Sundridge5・6×4、Desmond5×5。

父のミルトンは持込馬ながら不出走で、5代内にBayardo4×4、Sainfoin=Sierra5×5・6、というクロスを持ちます。母の神鈴は5代内にクロスを持ちませんが、その母スリリングがSainfoin=Sierra3×4というクロスを持っており、その結果カネリューは、母父プリメロを1/4異系とし、残り3/4の部分でSainfoin=Sierraを持つ形となっています。これが、カネリューのスピードの根源でしょう。

カネリューは種牡馬入りした後、天皇賞と有馬記念を勝ったオンスロートと牝馬2冠馬カネケヤキを出しました。

カネケヤキ.jpg

カネケヤキの持つ5代内のクロスはPhalaris5×5ですが、母コンキュバインにSundridgeが入るため、父カネリューの持つSundridge5・6×4を累進させたSundridge6・7・5×6を持つこととなります。またコンキュバインは、その母ClimaxがSainfoin=Sierra4×5・5というクロスを持っているため、カネリューの持つSainfoin=Sierraも累進させております(Sainfoin=Sierra7・8・8・6・7×6・7・7)。

Climax.jpg

それに対し、コンキュバインの父Le PachaはSainfoin=Sierraを持たないため、カネケヤキ自身も父カネリューと同じ「1/4異系&3/4Sainfoin=Sierra」という組み合わせになっています(ちなみにこれは、母母Climaxも同様)。また、Le Pachaは仏ダービー(2400m)、凱旋門賞(2400m)、そしてパリ大賞典(当時は3000m)などを制した名馬でもあり、そのスタミナが異系としてカネケヤキに伝わったのでしょう。

このようにして、スピードとスタミナを持つカネケヤキに、傍流となるセダン→スピードのある主流血統のバーバーと掛けあわせたことで、中距離に強いカネミカサが誕生したのでした。

このような経緯を隔ててからカネミカサの持つクロスを確認すると、Solario4×6、Blandford6・5・5×6、Phalaris6・6・6×7・7、Sundridge7・8・6×7・8・9・8など、これまで見てきた主要なクロスを母父セダンを1/4異系にして累進交配していることが分かります。やっていることは、いつの時代も同じなのです。



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2018年01月05日

金杯 追憶の血統 〜金なる馬を探せ 歴史に残る金杯馬 ドウカンヤシマ〜

本年も、よろしくどうぞ。

金杯というと、かつては金杯(東)と金杯(西)なんて書かれていたと記憶しているものですが、1996年から中山金杯と京都金杯に名称変更となり、東西交流と距離別の住み分けが当たり前になったことで、京都金杯は2000mから1600mへと距離変更されました。

そんなかつての金杯で、一時はやった狂言が「金杯は、金にまつわる、馬が来る」というオカルト。その口火を切った馬こそが、1984年に金杯(東)、そして1987年に金杯(西)を制した、ドウカンヤシマでありました。

今回は、そのドウカンヤシマの血統を、少し触れてみたいと思います。

ドウカンヤシマ.jpg

ドウカンヤシマは43戦8勝という中堅どころな生涯成績ですが、うち6勝は重賞での勝利。しかも年に1回しか勝たないという不思議な馬でした。そういう意味では、ハマった時には強い、実力はあるが使いドコロが難しいという、ムラ馬だったのでしょう。

その父タケシバオーは、1200mから3200mからダート1700mまで勝ちまくった元祖怪物。母ドウカンミキは、中央で1勝を挙げております。

ドウカンヤシマの血統において重要な点は、母のドウカンミキに代々繋けられてきた種牡馬が素晴らしい(パーソロン←ガーサント←セントライトと、G1級レース勝ち馬を排出した種牡馬達)ことと、プリメロ=Avena 4×5という同血クロスの存在。この2点が挙げられます。

これらの点は、サラブレッドの配合において非常に基本とも言える部分かと思いますが、決して疎かにしてはいけないところ。だからこそドウカンヤシマは並みの馬では終わらず、重賞勝利を重ね、名を残す馬へとなり得たのだと思います。

そんな基礎を噛み締めながら、本年も目先の人参に囚われず、血統の大海へと、繰り出していきましょう。




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2017年05月28日

東京優駿 追憶の血統  〜風の仔が消す、炎の仔 第41回勝ち馬 コーネルランサー〜

「皐月賞は速い馬が勝つ。菊花賞は強い馬が勝つ。しかしダービーだけは、最も運の良い馬が勝つ」

かなたより代々にして伝わるこの格言、競馬ファンの方なら一度と言わず二度三度、聞いたことがあるでしょう。ここ最近の日本ダービーにおいては、過去10年で4勝と驚異的な活躍を見せる、1枠1番白帽子。そのゲートに入る権利を引き当てる幸運こそが、ダービー馬となる一番の近道かもしれません。


遡ること43年、1974年のクラシック戦線は、1頭の、不運な馬を中心に回っておりました。彼はとにかく速く、そしてとにかく強い存在でした。ただ、強すぎたことこそが、彼の背負った第1の不運でした。

その前年である1973年、ハイセイコーという、1頭の社会現象が巻き起こりました。その、嵐のような現象は、日本の競馬史に新たな風を吹き込み、そして競馬会に新たなルールを設けるきっかけとなりました。単枠指定制度。彼の背負った、第2の不運でした。

1974年、日本ダービー。23頭立てで行われたこのレースで、彼は競馬会より単枠指定の命を受けました。そして、単枠となる枠番を決めるため、まず彼だけが、枠番の抽選を行うこととなりました。そこで彼が引いてしまったのが、7枠の橙帽子。残り22頭を振り分ける理由により、この時点で彼は、7枠19番という外枠に入ることが決まってしまいました。彼が背負った第3の、そして最大の不運となるのでした。

第41回日本ダービーのゲートが開く。彼は外々を回される不利を避けるべく、スタートから勢いをつけ、内々の馬達を交わしていく。1コーナーに入る頃には10番手あたりと、ダービーポジションに入ることは出来た。しかしその代償が、徐々に身体へと刻まれていく。

4コーナーから直線。馬場の中ほどにいた彼は、前を行くスリーヨークの内に進路を見出し、内ラチ沿いへと一気に切れ込んだ。いつもの彼なら、並ぶまもなく交わせるはずだった。だからこそ名手も、そのような決断をしたはずだ。

だけど、彼の脚は、伸びなかった。

スリーヨークが内へ寄る。一気に交わし切る脚がないことを悟った名手は、彼をスリーヨークの外へと操る。体勢を立て直し、必死に追う。もがく。スマートな名手が、何度も何度も、鞭を振るう。ゴールまで残り60m、彼はついにスリーヨークを捕らえ、そして交わした。交わしたのだ。交わしたのだが、彼はまだ先頭ではなかった。

スリーヨークを交わした彼の目に映ったもの。それは、ゴールまでおよそ300mにわたって繰り広げられていた、2頭と2人のよる壮絶な叩き合いと、初めての敗北である、3着という現実だけだった。

彼の名は、キタノカチドキ。父テスコボーイ×母ライトフレーム。その強さ、その才能を持ってしても、重なる不運によって最大の栄誉をつかみ損ねた、悲しき名馬。

逆に栄誉をつかみ取ったのが、2枠5番という絶好枠を味方として、一切の不利を受けずにレースを運んだコーネルランサー。その血統は、父セダン×母エオス。
母の名「エオス」は、ギリシア神話に「暁の女神」として登場し、アネモイ(風の神々)を産みだした母となる存在。

女神が産んだ風の仔が、炎の仔を消し去った瞬間でした。

コーネルランサー.jpg




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2016年04月27日

青葉賞 追憶の血統 〜サンデーの激流に対する石畳 第3回勝ち馬マウンテンストーン〜

1995年に初年度産駒がデビューしたサンデーサイレンス産駒は、激流ともいえる勢いで日本の競馬界を飲み込み、そして次々と新記録を打ち立てていきました。初年度からジェニュイン、タヤスツヨシ、ダンスパートナーというクラシックホースを産出する中で、なんとかしてこの激流を食い止めたいと、ダービーのトライアルになった重賞、青葉賞で意地を見せたのが、ダンスホール産駒のマウンテンストーンでした。

マウンテンストーン.jpg

マウンテンストーンの父ダンスホールは、2歳戦から中距離で活躍し、まだ2400mの仏ダービーで2着。2000mのパリ大賞も勝っており、生涯成績は5戦4勝2着1回。なかなかの名馬です。

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このようなダンスホールに対し、母のスイートミネルバは、パーソロン×スピードシンボリという、名馬シンボリルドルフと同じシンボリの渾身の配合。この組み合わせに、どのような効果があったのでしょうか。

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スイートミネルバは、父のパーソロンはPerfumr兇髻∧貮磴離好圈璽疋轡鵐椒蠅Royal Chargerを持っています。この2頭は、Pharos,Blandford,Mumutaz Mahalという3頭が共通し、スピードの根幹として成り立っていると考えられます。

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そのスピードにステイヤーであるダンスホールを配したことで、青葉賞を勝ちきれるだけのスタミナとスピードが兼ね備えられたのではないでしょうか。


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