2005年11月

2005年11月30日

余は如何にして横濱狂徒となりし乎 

今日こそ試合が終わるといいなと思います(ひとごとのように)。
はてしない闇のむこうに、手をのばそう。

Yah!! どこまでいきましたっけ?
九回裏オリオンズの攻撃、阿波野の牽制で二塁ランナー古川が刺されて、
オリオンズ監督有藤が出てきたところまででしたね。

何しに出てきたのって、もちろん抗議です。
どうやら、二塁手大石が押したために、
古川はベースを押し出されたのではないか、との仰せのようです。

騒然とするスタンド。
「有藤、てめえ、時と場合を考えろよ」
そうです、この試合には制限時間があったのでした。
二度目のおさらいです。
リーグ規定により、ダブルヘッダー第二試合は試合開始から
4時間をこえた場合、あたらしいイニングにはいりません。

タイムリミットはPM10:44
抗議はつづき、時間はPM10:20をすぎました。

三塁側のベンチから仰木監督も出てきました。
スタンドからは拍手喝采がまきおこります。
仰木監督は、たのむから早く試合を再開してほしいと審判に訴えます。

どうせ判定はくつがえりっこないのです。
結局抗議は9分あまりつづいて終わり、時計の針はすでにPM10:24をさしていました。

いつ終わるとも知れぬ抗議中、一番神経をすりへらしていたのは、
やはりマウンド上の阿波野でした。
再開後、水上を打ち取りますが、西村徳文(現マリーンズコーチ・ボビーの右腕)に二塁打をあび、
佐藤健一には四球をあたえてしまいます。二死満塁・一打サヨナラの大ピンチ。

打席にむかえるは、(まあ)強打者愛甲猛
阿波野は腹をくくって、入魂の投球。
それを打ち返した愛甲の打球は、ぽこーんとレフト方向へ。
ポテンヒットか!? 打球が落ちたらサヨナラです。思わず目をふせるファン。

これを懸命に走りこんできたベテラン淡口が、
グラウンドすれすれで、すくいあげるようにキャッチ!
グラブを高々とかかげました。歓声があがります。
この日何度目かもうわからない窮地を脱して、
バファローズは十回表の攻撃に、優勝への最後ののぞみをかけます。

時刻はPM10:30。ラストチャンス。 奇跡への先陣をきるのは、4番ブライアント。
みなの期待をせおった主砲のバットは、しかし見事にカーブをひっかけてしまいます。
スタンドからは、この日合計何キロリットルになるでしょう、とびきりのため息が。
ところが、一塁にカバーに入ったピッチャー関が、送球を大きく後ろにそらしたのです。

やっぱりかみがかりです。
古今東西の勝利の女神が、満面の笑みを浮かべているにちがいありません。
「おれたちはまちがいなく勝つ運命にある」
グラウンドのナインも、スタンドのファンもそう確信した瞬間でした。





そんなの、うそでした。
女神さまは、性悪でした。
次打者オグリビーは三振。
その次の羽田耕一(現オリックス球団職員)は二ゴロ併殺。

ぽか〜〜〜〜ん。

すでに時刻はPM10:41。あと3分で次のイニングに入るのは、不可能です。

たたかいは、おわりました。

十回裏、オリオンズの攻撃。守備につくバファローズナイン。
あれっ、なんで守備につくの?
だって、試合終わってないし。
まったく希望のない守備につくバファローズナイン。

リリーフ木下文信が最後の打者古川を打ち取って、ゲームセット。
ダブルヘッダー第二試合は、4−4の引き分け。
歓声ひとつおこらないスタンド。
'88年度パ・リーグペナントレースは、西武ライオンズの優勝で幕をとじました。

同時刻、所沢球場では待機していたライオンズナインによる胴上げがはじまります。
川崎球場では、ビジターとしては異例のことですが、
仰木監督以下全員が三塁側スタンド前に整列し、
スタンドでたたかったなかまたちに帽子を取って一礼しました。
ファンは、グラウンドのなかまたちの奮闘を拍手と歓声でたたえました。

祭はおわり、ファンは淡々とスタジアムをあとにしました。
バファローズナインは、ロッカールームで声をあげて号泣し、
帰りのバスでも泣いて、ホテルの祝賀会場あらため残念会場では酒を相手にむせび泣きました。
オグリビーは洗面所で泣きました。

負けてない。負けてないんだけどなあ。
優勝したライオンズとはゲーム差なし。勝率わずか2厘差。
あの抗議の9分のロスがなかったら、どうなったでしょう。
しかし、何を言ってもむなしく、敗者はただ唇をかみしめ、
雪辱をちかってこぶしをかたくにぎるのみです。

ええと、つづきます。

horag0260 at 23:54|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 野球語り | ┗余は如何にして横濱狂徒となりし乎

2005年11月27日

すこしは弾けるような気がしてきました

トークリレーへむけて、今日も練習。

高校では現役生が“音の大収穫祭”というイベントをやっていて、
どれほどのイベントかよく知らずに行ったのですが、
なんかもう、秋にも定演をやるよっていう規模でした。

吃瑤侶爐蓮脚本のクオリティが妙にたかかったし、
アンサンブルも、先週アンコンへの校内オーディションをやったばかりなだけあって、
非常にききごたえがあったと思います。
途中でぬけて、自分も楽器を弾きに行きましたけど。

会場のお客さんに指揮をふってもらおう! というコーナーがありました。
最初のオケ部のひとは、模範演奏にくらべてゆっくりめになっただけで、
もちろんなんの不自然さもなかったのですが、
ふたり目の教頭先生がなかなかのおちゃめさんで、
四拍子の曲を三拍子でふってくださいました。

この一月現役生のみなさんは殺人的なスケジュールをこなしていたそうです。
来週からはテストだそうで、えらいこっちゃなあ。

市長選で一応権利を行使したあと、
うちにかえってテスト・ザ・ネイションを視聴。
私は古館伊知郎さんと同じく、入力も出力も左脳型の、屁理屈人間だそうです。
「いやいやあの問題なら、みんな左脳型にちがいない」
などと思っていたら、全然右脳型の人が多かったそうで、
自分がそうなら相手もそうだと考えるのは、リスキーだなあと思いました。

horag0260 at 22:52|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 日々の雑感 | ┗音楽・吹奏楽

2005年11月26日

余は如何にして横濱狂徒となりし乎 

リクエストに力をえて、足をふみだしたいと思います。
ラン・イントゥ・ザ・ハリケーン。

PM10:00

'88ペナントレースに、フィナーレが訪れようとしています。
終曲はコーダにとびました。
ダブルヘッダー第二試合は九回表、4対4の同点です。

おさらいを。
リーグ規定により、ダブルヘッダー第二試合は試合開始から
4時間をこえた場合、あたらしいイニングにはいりません。


タイムリミットはPM10:44
八十余年のプロ野球史上にもまれなる、
時間ともたたかったチームの、
最後のプレイをかたりつぎましょう。

九回表、バファローズの攻撃。
先頭の代打、栗橋茂、真喜志が、この回からリリーフの仁科時成のまえにたおれ、
スタンドは、この日何度目でしょうか、ためいきがうずをまきます。
そこへ、二死から大石がツーベース。
福本豊の連続盗塁王記録を止めた俊足が得点圏にすすんだことで、
スタンドは、これも何度目かわかりません、俄然いきをふきかえします。

打席には新井宏昌
イチロー以前のパ・リーグでシーズン最多安打記録を持つ男にして、
打撃コーチとして鈴木一朗をイチローにした男。

新井は持ち前の巧みなバットコントロールで、ボールをとらえました。
ファンのだれもが、新井らしい、いやらしい打球が
三塁線をなめるようにころがるところを想像しました。
(勝ち越しだ!)

“ライオン丸(シピンじゃないほうの)”水上善雄が横っ飛び、しぱーん!
ピシュッと音がするような送球が一塁に送られ、バッターアウト!
スタンド轟沈! もうだめ。
なにもここで超美技をと、みな天をあおぎました。

このエピソードには異論があります。
「水上さんのあれはファインプレーでも何でもありませんよ、
 あれくらいならいつでも捕ってましたから」
というオリオンズ同僚の証言です。
「ただ、いつもは見ている人が少ないだけで」
とも。
オリオンズの、川崎の、パ・リーグの悲哀が見えかくれすることばです。
人が見てないのをいいことに、ちんたらプレイをたまにはさんでいたろうに、
こんなときに燃えなくても、と思わないでもありません。

しかし、オリオンズナインの真剣なプレーこそがこの「10.19」を
伝説たらしめたことはうたがいありません。
同様に、死に物狂いのバファローズナイン、一緒にたたかっているファン、
あと無茶な日程やなんかがよってたかって、川崎の夜に奇跡をよびあつめたのです。
天の刻、地の利、人の和がなって、スタジアムに
野球のかみさまがそのちからをあらわしたのです。
これこそ経済! This is プロ野球! 万歳!

失礼しました、ひととおり興奮して満足しました。
では、閑話休題、言帰正伝(いっぺんつかってみたかった)。

九回裏オリオンズの攻撃。
もちろん無得点に、なんとしても急いで終わらせなければなりません。
なのになのに、先頭の古川慎一に出塁されてしまいます。
つづく袴田英利の送りバントの処理で、投手と捕手がごっつんこしてしまい、無死一・二塁の大ピンチ。
選手の精神状態もただ事ではありません。

そのとき、投手阿波野がくるっとふりむいて、牽制球で二塁の古川を刺しました。
「牽制だけで金が取れる」と、野村克也さんに賞された牽制です。

高々と上がる塁審の手。
よおし、まだまだこれからだと、グラウンド、スタンドともに
気合を入れなおしたそのとき。
野球の魔王の最後の手先が、グラウンドにつかわされます。
その名は、有藤通世
ロッテオリオンズが監督です。

つづきます。

おわらねえ!

horag0260 at 23:44|PermalinkComments(1)TrackBack(0) 野球語り | ┗余は如何にして横濱狂徒となりし乎

2005年11月24日

すこしやせました

またかぜひいて寝こんでいました。
季節のかわりめには律儀にひきます。
必死で寝て、だいたいなおしました。
もしかしなくても、からだよわいかもしれません。

まくらもとに2Lのペットボトルをおいて、
30分ごとに水分補給をしていたんですが、
汗も全然かかないし、トイレにもそんなに行かなかったんです。
あれだけの水分を何につかっていたのか不思議です。

それにしても、今度は試験中でなくてよかった。
でも、発表が自分の番に当たっていた回のゼミをスキップしてしまいました。
「みんな忙しくてカバーできないから、来週は死ぬ気で来い」
と、おこられてしまいました。
むう、いつもさぼってるみたいに。
いや、若干そういう気配もあるのですけれども。

これを機会にしばらく断酒して、
ピンク色の肝臓で年末年始をむかえられたらと思います。

horag0260 at 23:12|PermalinkComments(2)TrackBack(1) 日々の雑感 

2005年11月20日

弾けねえのなんの

今日も同窓会のトークリレーにむけて楽器の練習。

またおなじこといいますけど、楽器弾くのってつかれますね〜。
楽器(弦ベ)っておもたいですね〜。
がっつり3時間、しっかり練習しました。
もう、しばらくおなかいっぱいではないかと思います。

母校の敷地内にある、同窓会館で練習したんです。
最初は一億五千万でできるっていってたのに足らなくて、
何度も同窓生のところに振込用紙がおくりつけて、
結局二億九千万かかったという、こじゃれた物件です。

というわけで、1Fサロンの壁に、建設費を寄付した人の名前がならんでいます。
わたくしも一応さんぜんえんほどおくったので、名前があります。
みんなで友達のあいつやあのこの名前をみつけてわいわいやったすえに、
有名人のあのひとやこのひとの名前をさがしはじめました。

とりあえず、有働由美子さん、橋下徹さんの名前を発見。
わあ、ちゃんとおくったんや、えらいなあ(なにさま)。
あと、垣内剛さん(JR西日本社長)の名前も。
あ、わたしの3年生のときの担任と同級生なんだ、へえ〜。

今回のリレー、尼崎の事故がなかったら垣内さんが来て、お話をしてくれる予定だったそうです。
で、かわりに来はるのが、志甫溥さん(元TBS会長)。

こっちはこっちで、いま微妙です。

練習終了後、だれかのおみやげのうなぎパイを食べながらだらだらしていたら、
現役生諸君と顧問の先生が福井から帰ってきました。
なにごとか近畿というくくりでのイベントがあったそうです。
ああ、日曜にバスを仕立てて演奏旅行なんて、なんかすごいわ。

現役生諸君の終礼を遠巻きにながめました。
なんかわくわく。いいなあたのしそうで。

horag0260 at 23:43|PermalinkComments(0)TrackBack(2) 日々の雑感 | ┗音楽・吹奏楽

2005年11月16日

余は如何にして横濱狂徒となりし乎 ?(BlogPet)

げんべヱたちが、その直後の七回裏、バファローズは最後のマウンドをもたらすのです 激闘はだめなのです 時間、フラストレーションを相談しなかったファンをいきおいづけます 0− 1のまま試合は、6月末の入団以来驚異的なペースでホームランを放ち、第一戦の敗戦で、対バファローズ戦9連敗となって、川崎の夜に悪夢を見て、川崎の夜に悪夢をもたらすのです バファローズの先発は園川一美(現サーパス監督) を見て、もうしわけなく思った八回表、先頭が倒れて、バッターは負傷欠場中の金村のホームランは、大団円で幕をとじようとしていましたが、野球のかみさまが、あたりをあらそっています だって♪ *このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「げんべヱ」が書きました。

horag0260 at 15:29|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2005年11月15日

余は如何にして横濱狂徒となりし乎 

なんだか泥沼感にあふれていますが、
自分でふみこんだ沼です。
あしもとをずぼずぼいわせながら、すすみます。

はいっ、時は昭和63年10月19日、午後6時44分。
ダブルヘッダー第二試合。
昭和63年度のペナントレースの、大トリです。

バファローズの先発はこの年6勝のルーキー高柳出巳(現結婚相談所経営?)。
もう、どこを振っても何も出てきません。
投手コーチ権藤博はこの大一番を、新人投手にあずけました。
オリオンズの先発は園川一美(現マリーンズ投手コーチ)。

第一戦での勝利もあり、スタンドにただよう「もういけるやろ」ムード。
しかし、オリオンズにも意地があります。
第一戦の敗戦で、対バファローズ戦9連敗となっていました。
第二戦もこのままバファローズに勝利をゆるすと、
'88年度のアシスト王のそしりはまぬがれないでしょう。

負けられないオリオンズは、
二回裏にビル・マドロックがソロホームランを放ち、
第一戦につづいて先制します。

0−1のまま試合はじりじりと進み、
球場全体にフラストレーションがたまっていきます。
かつてない客足に、入場しきれなかったファンたちは、
球場の周辺でラジオをかこんだり、
付近のビルの屋上からグラウンドをのぞきこんだりしています。

ストライク・ボールの判定ひとつにも球場が騒然とするなか、
六回表、オグリビーのタイムリーでついにバファローズは同点に追いつきます。
このとき37歳とはいえ、さすがは元メジャーリーガーです。
当時オグリといえば中央入りしたオグリキャップでしたが、
ベンジャミン・オグリビーここにありの活躍です。

そして七回表、先頭が倒れて、バッターは負傷欠場中の金村の代役、吹石徳一
バファローズ一筋15年、ほぼずっと準レギュラーだった男。
現楽天ゴールデンイーグルススカウトにして女優吹石一恵の父。

レフトへ勝ち越しのソロホームラン。ガッツポーズ。紙吹雪。
二死後、今度は専守防衛内野手、真喜志康永(現オリックス守備・走塁コーチ)にも一発が出ました。
普段打たない選手のホームランは、チームを、ファンをいきおいづけます。
このまま一気に押しきるかと思われましたが、
その直後の七回裏、バファローズはあっさり同点にされてしまいます。

おさらいしますが、同点ではだめなのです。引き分けではしょうがないのです。
おもくるしい空気が、あたりを支配しかけた八回表。

ついに主砲が火を噴きました。
ラルフ・ブライアントの34号ソロでバファローズは再度勝ち越しに成功します。
この、エディ・マーフィに瓜二つの外国人は、
6月末の入団以来驚異的なペースでホームランを量産。
数々の(ホームランと三振についてのみの)記録をのこした
日本でのキャリアの、このとき1年目でありました。

4番が打ったらもうこっちのものと、スタンドはバンザイの嵐。
八回裏、バファローズは最後のマウンドを、第一戦につづきエース阿波野にたくします。
激闘は、大団円で幕をとじようとしていました。

そこへ、野球のかみさまが、野球の魔王となって、川崎の夜に悪夢をもたらすのです。
八回裏一死、オリオンズの4番高沢秀昭のバットは阿波野のスクリューをとらえ、
バファローズファンで満員のレフトスタンドに突きさしました。

高沢はダイヤモンドを一周しながら、うなだれている同期の二塁手
大石大二郎(現サーパス監督)を見て、 もうしわけなく思ったそうです。
しかし、高沢自身も当時、首位打者をあらそっていました。
敵になさけをかけてはいられません。でも、ヒットでいいのに……。

みたび試合はふりだしに。
そして、今さらなのですが、こんな大事な規約が当時あったのです。
“ダブルヘッダー第2試合は、試合開始から4時間を越えた場合次のイニングには入らない”
な、な、なんやそれ!!
八回終了時点で試合時間はすでに3時間と15分あまり経過。
バファローズナインはこれから、時間という、強大な敵ともたたかわねばなりません。

つづきます。

horag0260 at 23:56|PermalinkComments(1)TrackBack(0) 野球語り | ┗余は如何にして横濱狂徒となりし乎

2005年11月12日

余は如何にして横濱狂徒となりし乎 

調子にのってはじめたはいいけれど、
いつ終わるのだろう。
まあいいや。すすめ。

1998年10月19日、午後3時。
近鉄バファローズ対ロッテオリオンズのダブルヘッダー、
第一試合にプレイボールがかかりました。
先発はバファローズが小野和義。当時投手陣の年俸頭。現楽天投手コーチ。
オリオンズが小川博。'88奪三振王。現無期懲役囚。

試合はオリオンズが1回裏に2点を先制、
終始オリオンズリードのまま緊迫した投手戦がつづき、
両軍1点づつ加点ののち、バファローズが8回表に2点をあげ、同点とする。

そして9回表。
なんと、当時のパ・リーグのルールではダブルヘッダー1戦目は
同点の場合も延長戦に入りません。
バファローズがこの攻撃で得点をあげられなかった場合、
勝ちがなくなり、引き分けでもその時点でライオンズの優勝が決まります。

元メジャーのホームラン王、ベンジャミン・オグリビーが遊ゴロに倒れ、
スタンドに重苦しい雰囲気が流れます。
普段はガラガラで、スタンドでひざまくらをしている・されているカップル、
流しそうめんをやっている団体などが話題にされることの多かった川崎球場も、
この日ばかりは超満員でありました。

一死後18年目のベテラン、淡口憲治(来期から北海道日本ハム打撃コーチ)が、
なんとしても塁に出るぞと右翼フェンス直撃の二塁打。
オリオンズは先発をあきらめ、リリーフエース牛島和彦をマウンドにおくります。
牛島といえば、そうです現横浜ベイスターズ監督であります。
なにか因縁ですね。何が?
対するバッターは“北海の荒熊”鈴木貴久
現役引退後はバファローズ打撃コーチとして多くの若き猛牛をみちびきながら、
2004年5月17日、球団消滅の報を聞くことなく逝った男。

鈴木のはなった鋭い打球はライト前へ。
二塁からは淡口の代走・佐藤純一(現パ・リーグ審判)がホームを死にものぐるいでつこうとする。
が、これは痛恨の暴走。打球が速い分、バックホームも早く、
佐藤は三本間にはさまれてしまう。

タッチアウトのコールは死刑宣告にも似て、
スタンドには冥府色のため息がただよいます。

ここでバファローズの新人監督仰木彬は一呼吸間をとります。
意図的なものか、まよったのかはともかく、代打をコール。
代打は梨田昌孝。後の大阪近鉄バファローズ最後の監督です。
梨田はこの年限りでの現役引退を決めていました。これが最後の打席になるでしょう。
一塁はあいていましたが、牛島は野暮はよしたようです。
梨田の打球はつまりながらもセンター前にポトリと落ち、
球場をつつむわけのわからない絶叫の中、ランナー鈴木は懸命にホームへ。
そこへセンターからのストライク返球が、クロスプレイ――。

橘主審の両手が大きく開かれました。判定はセーフ!
球場がゆれます。なみだがでてきます。みんなともだちです。
近鉄ベンチからは中西太ヘッドコーチがとびだしてきました。
鈴木とだきあって、師弟でグラウンドを転がります。

後続が倒れ、勝ちこしは1点どまり。
9回裏、バファローズはクローザー吉井理人が登板。
後にメジャーリーガーとなる吉井は、この年の最優秀救援投手。
ちなみに、高卒ルーキー伊良部秀輝も偵察メンバーとして、この試合のメンバーに名を連ねています。
吉井がフォアボールの判定に激昂したり、リリーフしたエース阿波野秀幸が打たれたりと、
二死満塁までピンチをまねきますがなんとかきりぬけ、
バファローズは第一戦を4−3でものにします。

天国と地獄を何度も往復した3時間21分の死闘はこうして幕をとじました。
第二戦はわずかに23分後。
ゲームがゲーム、いきおいがいきおいだけに、
多くのひとがバファローズ第二戦の勝利を信じたことでしょう。

ところがぎっちょん。
野球のかみさまは、ひとすじなわではいかない結末を用意していたのです。

つづきます。

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2005年11月10日

余は如何にして横濱狂徒となりし乎 

☆study! 10.19にいたるまで
 西武ライオンズがべらぼうに強かった時分です。
 '88シーズン、バファローズとの最大ゲーム差は8。9.15の時点でも6。
 しかし、9.15からバファローズは8連勝。10.5には一時首位に立ちます。
 ところがどっこい、10.7からバファローズの日程は13日間で15連戦。
 ドーム球場がふえた今ではかんがえられません。

  10.16の時点でライオンズは全日程を終了。
 バファローズは10.19対オリオンズ(現マリーンズ) 最終戦の
 ダブルヘッダー(一日に二試合をおこなう)をむかえます。
 優勝するための条件は、絶対連勝。
 一試合でも引き分けにすれば、その瞬間ペナントは所沢球場に待機している
 ライオンズナインのものとなります。
 現在解説者(野球漫談家)として大活躍の金村義明(文中敬称略)、
 当時レギュラー三塁手が手首を骨折し、戦列を離れているなど、
 過密日程を経て、バファローズナインはまさに満身創痍。

このような背景のもと、
狂喜と落胆のジェットコースター、
よろこびとかなしみの脈動変光星、
かみさまのいたずらのようなゲームが、
川崎球場にそのすがたをあらわします。

つづきます。

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2005年11月09日

もうどこへもいかなくていいのさ(BlogPet)

そういえば、Holy?Lolyが 音楽はまちがいなくおいしく、店屋の音楽デビューの彼はこういう世界があったのかと目を見開きました。 とか言ってた? *このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「げんべヱ」が書きました。

horag0260 at 12:40|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2005年11月08日

タン塩さえたのまなければリーズナブル

焼肉吉田













今日はゼミでした。終了後、有志で鶴橋に。
ゼミ生に店で焼肉を食べたことがないというひとがいて、
それならどうせだし鶴橋に食べに行こうということになったのです。

こういうことっていきおいが大事ですよね。
参加した面々のキャッシュフローは、かならずしも良好ではありません。
でも、行くのです。
裂帛の気合をもってすれば、当座の流動性の不足など
なにほどのものでありましょうか。
いやいやいや。

鶴橋に電車がつくやいなや、ドアが開くまえからもう焼肉のにおいがします。
ホームに降り立ったらなおさらです。
鶴橋ビギナーの諸君もおどろいてくれました。来た甲斐があったというものです。

焼肉はまちがいなくおいしく、店屋の焼肉デビューの彼は
こういう世界があったのかと目を見開きました。
お代もひとり三千円弱で食べて飲んでできたのですから、
満足感ったらないですね。
居酒屋よりこっちのがいいなあ。

ところで、うちのゼミにはロック属性の人が多いのですが、じゃあ私もと思って、
「最近ディープパープルを借りてきて聴いてる」という話をしたのですが、
「そんなおっさんが聴くようなものを」と一蹴されてしまいました。
そうか、おっさんなのか……。

あと、わたくしは一応いんちきベーシストなのですが、
「ベースの有名な人ってどんな人がいる?」ってきかれて、
「ほら、ジャコパスとか、ロン・カーターとか、あとゲイリー・カーなんかも……」
と答えて、誰もひとりも知らないでやんの。
ああそうか、ジャコパスでも、ああそんなものですか。
いや、私も知らないんですけどね。

horag0260 at 23:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日々の雑感 

2005年11月07日

余は如何にして横濱狂徒となりし乎 

1988年にさかのぼります。
突然ですが。おつきあいください。

昨日の予告どおり、なんでまた突然横浜ファンになったのかを説明しようと思うのですが、
いっそのこと私のこれまでのプロ野球ファンとしての来歴を
全部おきかせするのがいいかなという気がしてきました。

というわけで、1988年です。当時小学校一年生でした。
野球がなんなのかも、まだよくわかっていないようなころです。
阪急が好きでした。ブレーブスというより、阪急電車がです。
あのあずき色にひかる車体が、子供心にもなんだか洗練されたものに感じられたのです。

そうこうしているうちに、運命の日が訪れました。また急な。どきどき。
パシフィックリーグにとって、日本プロ野球にとって、わたくしにとっての
運命のあの日。すなわち1988年10月19日です。

あの日、阪急電鉄はブレーブスをオリエントリース(現オリックス)に譲渡。
そして川崎球場では、10.19(ジッテンイチキュウ)として後の世にかたりつがれる、
こういう表現ではいささか陳腐な印象を禁じえませんが、
掛け値なしの、伝説の試合がくりひろげられるのです。

つづきます。

horag0260 at 23:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 野球語り | ┗余は如何にして横濱狂徒となりし乎

2005年11月06日

今日は塩分取りすぎ

おかし









昨日は同窓会へむけて二回目の練習。
ばかばか音だしてたら物理のわかい男前の先生に注意されて、みんなでしなびる。
土曜も授業か、進学校は大変だなあ。
それからピアニッシモ錬に移行。パーカはシャドウ。
二時間弾いただけでへろへろ。帰宅しておひるね。

今日はマジシャンの友達と梅田のスカイビルに映画を見に行く。
Zガンダムです。とにかく、なにかと「急」なことが多い映画でした。
新作映像とTV放映時の映像がいりまじっているのですが、
冒頭がずっと新作映像で、旧作映像に切り替わった瞬間、どよめきがおこる。
もしかして、あれはわざとかしら。
あと、やはりGacktもわるくないけど、やっぱりZには森口博子が必要だと思います。
でも、好きです。

同じスカイビル内で産総研というところが、「明日の技術展」というのをやっていたので、
ついでにみてきました。
テレビで見たことのあるロボットが、空きカンを捨てるデモンストレーションをしてくれました。
人工筋肉がたよりなくて、寄生虫みたいでかわいらしい。
あと、アンケートに答えたらおかしをくれたよ。

今日はほんとに個人的な日記だなあっと。
ベイスターズファンになった理由また今度やります。>村くん

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2005年11月04日

もうどこへもいかなくていいのさ

サブレ









さて、この一年、帰る枝をなくして、森をさまよう鳥であったわたくしですが、
何って、プロ野球ですけど。
このたび、それはもう素敵な、ブリリアントな枝を見つけました。
わたしはもう、横浜ベイスターズファンです、さっきから。うふふ。

'98年〜'00年にかけても横浜に浮気してたんですけども、
あのときは本妻がいました、河内に、河内じゃないな、西区に。
去年まで連れ添った糟糠の古女房でしたが、先立たれてしまいました。

今年一年、やもめぐらしは気楽でもありましたが、
ひとりでいるといいようもない孤独におそわれる夜もありました。
しかしもう、私は漂流船ではありません(鳥は?)。
寄るべき港をみつけました(ベイだけに)。

いやあ、今年の牛島ベイスターズもいいなあって思っていたんですよ。
なんだかんだいって、Aクラスですからね。5割わってますけど。
でも、もう迷いなくベイ党です。こう宣言することに何のためらいもありません。
まっしぐらです。えへへへ。
ああ、もう私はみずからを横浜ファンと呼んで、なんらのやましさもないのです。
すばらしい。アイデンテティ・レストレイションです。

horag0260 at 22:58|PermalinkComments(1)TrackBack(0) 野球語り 

2005年11月02日

Crazy Rider

前エントリ中に“帰り車で送ってもらっているときの助手席で、ねむいのなんの。”
ってありますけど、それはもうほんとにねむくて、
道のまんなかの水たまりが人に見えるくらいねむかったわけですよ。

こんなことはひさしぶりでした。
定期演奏会のうちあげで朝の5時まで学校にいて、
そこから国道176号線を自転車でこいでかえったとき以来です。
あのときも街路樹がどれもこれもすれちがう歩行者に見えました。
とにかく意識が15秒しかもたないのです。
どんなにがんばっても、とびます。
気がついたらいつのまにかちがう道を走っていたりします。
おおこわ。もう少しおそい時間で、交通量がもっとあったら確実に死んでますね。

で、日曜以来なぜか9時10時に床につく習慣ができてしまいました。
それで朝は5時におきます。としよりみたい。
これが老いでしょうか? 加齢臭もでていますか?
朝ごはんはおいしく食べられます。

horag0260 at 20:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日々の雑感 

2005年11月01日

ファンカーゴの後部座席しまうのに小一時間

日曜日はひさしぶりに楽器にさわりました。
コントラバス、もしくはウッドベース、あるいはダブルベース、ないしは弦ベです。
12月に高校の同窓会総会で、先輩のみなさんがたのまえで演奏するのです。
われわれは“吹奏楽部OBの若手同窓会員”というくくりだそうです。

で、箕面はメイプルホールの音楽室(小)で初練習とあいなったわけですが、
楽器の貸し出しをおねがいしたひとの発注がどうも言葉たらずだったみたいで、
私には弓なしの弦ベがたくされてしまいました。
(楽器を貸してくれた某大学吹奏楽団のみなさんありがとうございます)

半年も楽器さわってないわけですから、弾いてるともう、すぐに指が痛くなるわけですね。
もうひとりの弦ベ弾きの後輩と交代しながら、なんとか練習しました。マツケンサンバ兇箸。
ああ、弓があったらなあ。指の水ぶくれであそぼう。ぷに。

現役引退(大学吹奏楽団)してから楽器さわるたびにいつも思うんですが、
練習とかキャリーとかしんどいですね〜。ようあんなんずっとやってましたね。
帰り車で送ってもらっているときの助手席で、ねむいのなんの。
帰宅後すぐにねどこに直行しました。

で、9時間ぐっすり睡眠をとったのにもかかわらず、月曜日のつかれのとれてないこと。
バイト中ねむくてふらふらしてました。こんなこと39℃の発熱があったときにも、
定期演奏会の打ち上げから一睡もせずに行ったときにもなかったことなのに。
これが老いでしょうか? 肝機能も低下していますか?
バイト終了後、前代未聞、空前絶後の疲労をおぼえて寝床にたおれふしましたとさ。

horag0260 at 07:28|PermalinkComments(3)TrackBack(0) 日々の雑感 | ┗音楽・吹奏楽