ドラえもん語り

2007年04月08日

「のび太の新魔界大冒険」 のび太くんと美夜子さん その2

また、「ドラえもん のび太の新魔界大冒険 7人の魔法使い」の話。
しばらくは浮世離れしていきます。

前回宿題にした、のび太くんと美夜子さんの関係の続きです。

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2007年04月04日

「のび太の新魔界大冒険」 のび太くんと美夜子さん

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2007年04月02日

新魔界大冒険を見に行きました

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2006年04月08日

白亜紀ロードムービー

今度は正面









「のび太の恐竜2006」は、白亜紀ロードムービーであります。

“白亜紀 ロードムービー”で検索したら、いくつかのび太の恐竜についての文章が見つかります。



ところで、ドラえもんには四次元ポケットとたくさんのひみつ道具があるので、
ドラえもんたちがなにか問題に対処するにあたって、
「ああ、もっといい方法があるだろうに!」とか、
「あの道具を使えばいいのに!」とか、
やきもきさせられることがよくありますよね。

旧作「のび太の恐竜」にも、
「タイムマシンの空間移動機能がこわれたなら、
 とりあえず時間移動機能で現代までもどって、
 それからどこでもドアで日本に帰ればいいのに」とか、
「最初からタイムパトロール呼べばいいのに」とか、
つっこみは入れられてきました。



しかしドラえもんの場合、全部の道具やらを駆使すると、
いったい何通りの組み合わせになるのかわかりません。
結局、万能になってしまうのですね。
主人公が万能では、ドラマが作れません。

実は、ドラえもんは強すぎたのです。
ネズミがきらいなんて、弱点のうちに入りません。

というわけで、かぎられた道具や使い方しか登場しないからって、
あんまり言いたてると、ちょっと野暮になるかなとおもいます。(註1)



「のび太の恐竜」は、白亜紀ロードムービーであります。(註2)

藤子・F先生は、雄大な白亜紀の北米の空を、
ドラえもんたちにタケコプターで飛んでいかせたかったのでしょう。

そのために、目をつぶれるところはつぶったわけですね。

=======

(註1)
でもまあ、そういうつっこみいれどころは、少ないにこしたことはありません。
上にあげた二つには、新作では多少のフォローがされています。

(註2)
「のび太の恐竜2006」では、その点を非常によくわきまえて、
ドラえもん一行が旅をするシーンに非常に力を入れています。
その間セリフはなく、これは子供向け映画ではおもいきった、
勇気のいることだと思います。
そこを絵の力、動きの力で見事にみせてくれており、
アニメの横綱相撲を見た思いです。

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2006年04月06日

神木くんの、しっかり母音の入った「ピューイ」がききどころ

近すぎるよピー助。









なにごともなかったかのように通常営業。
今年も見に行ってきました、ドラえもん。

のび太の恐竜2006です。
リンク先を開くと、スキマスイッチの歌が、
サビの部分だけ際限なくリフレインされます。
ひとのこころをdisturbするのに十分なので、お気をつけください。

スキマスイッチそのものは好きです。



映画ですけど、そりゃおもしろいです。
劇場版第一回作のリメイクですからね。
「まず勝ちて、後に戦う」です。

ええと、見に行った私のことですよ。
作るほうは、リメイクだからって楽だってことでもないでしょうし。

なかなか作画が野心的というか、
いろいろ意欲的に試みています。
ドラえもんのヒゲがあんなに動くところはじめてみました。



新声優陣(いつまでも“新”扱いもなんですが、便宜上)も
あいまって、非常に若い、若々しい印象です。
コピー「うまれたて、映画ドラえもん。」は、ウソじゃありませんね。

ひとりのええとしこいたドラえもん好きとして、
たいへん好ましく思います。
この調子なら、ドラえもんという作品が埋もれてしまうことはなく、
この先も多くの人に愛されていけるだろうと信じられるからです。



制作のかたがたの原作へのリスペクトが伝わってきます。
ここで泣け、というところで私は泣きます。あそこも、ここも。

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2005年07月16日

脚本・監督・作画も

今朝みた夢が(本人には)おもしろかったので、
(迷惑でしょうが)かたらさせてください。

わたしは何かの(保険会社か?)調査員。
同僚と一日あたり6ドルの収入になる、ある資産の調査にむかう。
岩肌の青光りした洞窟につくと、
背のたかい黒人女性が近づいてくる。
髪はソバージュ(なつかしいな)、作業着みたいなのを着ている。
どうやら仲間らしい。

いっぽう、マフィアがその資産の強奪をくわだてる。
マフィアは用心棒の先生みたいに、
へんなメラゴーストみたいな(ドラクエです)幽霊をやとっている。
幽霊のとりぶんは15%。
幽霊は地面にむかってなにごとかをつぶやく。
で、なんやかんやあって、マフィアはその資産を手にいれるが、
一日あたり6ドルは少なすぎる。なにかのまちがいであるといきどおる。

もういっぽう、のび太くんの家の近所の近所のマンションで怪奇現象がおこっている。
マンションの公園側の壁に、町内中の布団や座布団が飛んできて、
壁にぶちあたっては地面におちるまえにふっと消えていく。
ドラえもんとのび太くんは現場を見て、あのマフィアと幽霊のしわざに
ちがいないとかんがえ、タケコプターでマフィアのアジトをさがしにいく。
その様子を見ていた、そのマンションの住人で、かねがねドラえもんとそのひみつ道具を
あやしく思っていた若夫婦が、今度の怪奇現象もドラえもんの
ひみつ道具のせいではないかといぶかる。
その若夫婦のダンナのほうが↓。
だんなの顔だけでちからつきたけど、よめはんもにたような顔。
脳内ドラ人物











そこまできて、近所のおばちゃんがたずねてきて目がさめた。
もったいなかった。でもギョウザをくれた。

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2005年07月02日

矛盾とそのメタファー 「のび太の日本誕生」より

無造作に語りはじめたいと思います。

前々から気になっていることがあるんです。
「なぜドラえもんorセワシくんはタイムパトロールにつかまらないのか?」です。
どういうことか、順を追ってお話しましょう。

そもそもドラえもんはセワシくんによって22世紀から、
セワシくんのおじいさんのおじいさんたるのび太くんのもとに送りこまれたロボットです。
そして、ドラえもんに課せられたミッションは歴史の修正です。
修正前の歴史では、のび太くんはジャイアンの妹のジャイ子と結婚し、
就職できなかったため自分で起業するものの、花火がもとで失火するなどして案の定倒産させます。
残した借金は莫大なようで、野比家は孫の孫の代まで貧乏しているのです。

子供のお年玉が50円(註1)という事態を打開すべく、
ネコ型子守ロボットは赤ん坊のころからずうっと世話を焼いてきたであろう男の子のもとをはなれ、
お家再興の任を帯びて、誰を頼ることもできない二百年前の東京にむかったのです。
山中鹿之介もかくや。
さながらたった一機の戦闘機で地球を救おうとしたりしがちな、
シューティングゲームのような悲愴感がただよってくるではありませんか。

最初の顔合わせにはセワシくんもいっしょに行きました。
机の引き出しから、全身タイツのような変な服を着た少年と、
青くて丸っこくて表面の質感もいまひとつつかめない変なやつが出現するという異常事態に、
申し訳程度に驚いてみせるのび太くんでしたが、(註2)
セワシくんは自らの窮状とのび太くんの現状のままの場合の悲惨な未来を語り、
すばらしい未来のためにのび太くんがたどるべき真の道――しずちゃんと結婚する――を示します。

このとき、結婚相手が変わったらセワシは生まれてこなくなるのではないかという、
至極まっとうなのび太くんの疑問に、セワシくんが答えたのが有名な(?)
「交通手段は違っても、方向さえあっていれば同じ目的地にたどり着く」理論です。
わかったようなわからないようなたとえですが、目的地はセワシくんです。
それはわかります。方向って何でしょう? 
交通手段って、あんた。
何が運ばれるというのでしょうか? 
Y染色体でしょうか?
目的地はいっしょでも途中の停車駅は変わらざるをえませんよね。
のび太・ジャイ子夫妻は貧乏人の子沢山を地で行っており、
二人によく似たこどもが何人もいたはずです。
その子たちの立場は、人権はどうなるのでしょうか?

まあそんなこんななわけです、つっこんでもはじまりませんが。
そういうわけでやっと本題に近づいてきました。
セワシくんとドラえもんは自分たちの都合で、
多くの人に迷惑をかけつつ過去を修正しようとした
(そして後々明らかにされるように、その目論見は成就された)わけです。
ドラえもんの世界に、こういうことをやってタイムパトロールにつかまった人がいます。
大長編「のび太の日本誕生」の敵役、ギガゾンビです。
ギガゾンビは自らの思い通りの世界をつくりあげ、
その支配者となるために七万年前の日本に自らのりこみました。
未来の科学力を駆使して、クラヤミ族(旧人の部族)を支配しますが、
ドラえもん一派とヒカリ族(新人の部族)によりその野望は打ち砕かれ、
最後はタイムパトロールに逮捕されてしまいました。

セワシくん、ドラえもんの所業とギガゾンビのそれは、
たくらみの規模の大きさ以外にちがいはありません。
それなのに一方はくさいめしを喰うはめになり、
一方は犯罪者逮捕の功労者として表彰されそうな勢いです。
このあつかいの差はどこからやってきたのでしょうか? 

それは22世紀の司法のミステリーです。
司法取引でもしたのかもしれません。
なんにせよ、20世紀人には消化しきれない、もやもやしたものが残ります。
そして、その解きほぐせない矛盾は「のび太の日本誕生」内にビジュアライズされています。
精霊大王ドラゾンビ――
ギガゾンビを恐れるヒカリ族を奮い立たせるために、ドラえもんが扮した姿です。
これはギガゾンビとドラゾンビ(=ドラえもん、セワシくん)のあいだに本質的な違いがないことを、
藤子・F先生がこっそりおしえてくれているように、わたしには感じられるのです。

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(註1)何ぼなんでも少ない気がしますが、デノミでも行われたのでしょうか?
(註2)単行本収録第一話は、小学四年生の学年誌に掲載されたものであり、  
   学年が下がるごとに異常な事態をそのままに受けいれる傾向が強い。
   小学一年生など、スムーズすぎて異様です。

horag0260 at 23:33|PermalinkComments(4)TrackBack(0)