野球語り

2007年05月18日

田中幸雄2000本安打達成!

田中幸雄さんがついに通算2000本目のヒットを放ちました!
いやあ、すばらしい!
ちかごろじゃ、一番の慶事ですね。

スポニチアネックス 田中幸雄史上35人目2000安打!

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2006年10月26日

予感的中 北海道にチャンピオンフラッグ渡る

2戦目が終わったころ書いたエントリ。

小笠原ポストシーズン初安打

稲葉の一振りには、 鳥肌がたちましたね。

一気にシリーズ全体の趨勢が決したような気さえします。

もうこのまま、
名古屋に戻ることはないんじゃないかと思うくらい。

まぢでした。

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2006年10月24日

小笠原ポストシーズン初安打

尾てい骨まだ痛い。

のだめ二話目は一話目よりおもしろかった。

日本シリーズがなおおもしろい。

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2006年10月12日

祝・ファイターズリーグ優勝!

いい試合だった!

あれが野球だよ、おっかさん!

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2006年09月27日

日ハム一位通過!

北海道日本ハムファイターズ、
レギュラーシーズン一位通過がさきほど決定しました!

やあ、おもしろかったなあ!
ダルビッシュは、良さが黒光りしてましたよ。

地上波での放送はなかったので、Yahoo!動画で観戦したのですが、
うちは電話局から遠いためか通信回線が遅くて、
画像が荒いのが難点。

それはそうとして、
このままプレーオフでもファイターズが優勝したとしても、
ファイターズのトレイ・ヒルマン監督が、
昨年優勝したマリーンズのヴァレンタイン監督ほどさわがれる様子は
あんまりありませんね。

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2006年09月22日

余は如何にして横濱狂徒となりし乎 13

ちょーひさしぶりの、つづきです。

思い出話もしたくなくなるくらい、
現状が悲惨だからですね。

今季より横浜ファンの私ですが、
こうして過ぎ去った思い出の話ばかりしているのです。

だって今現在の話をしたくないから
(セ・リーグ6位 勝率.368 5位に4.0ゲーム差 チーム防御率5.09 6/11現在)。

というマクラで書きだしたのが六月のこと。
それから三ヶ月のあいだ放置していました。

ちなみに、9/21現在の横浜、
防御率は大幅に改善したものの(4.31)、
5位までのゲーム差は変わらず。なんで。

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2006年09月19日

ちょい野球語り

いやあ、今年のプロ野球はおもしろいなあ。

セ・リーグもですけど、
とくにパ・リーグが。

1〜3位まで2ゲーム内ですからね。

これで、プレーオフがなければ、
もっとおもしろかったんでしょうけど。



横浜は、
一瞬5位にあがっただけでもう、
いいことにしようかと思います。

去年よりだいぶお客さん入っているみたいですし。

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2006年05月19日

余は如何にして横濱狂徒となりし乎 12

そんなこんなで、ひさしぶりに現実のプロ野球で喜怒哀楽を味わい、
ちゃっかり来年こそ優勝だとかにわか横浜ファンを決めこむことにしました。

そんなこんなで、やっぱりTV中継や「プロ野球ニュース」(今はもう「すぽると!」)で見る
プロ野球というものはいいものだなあ、としみじみしていた'97年のオフシーズンです。

そしたらですね〜、横浜と讀賣の間で、トレードがおこなわれたんですよ。
永池恭男選手と交換で、阿波野秀幸選手が横浜にやってきたのです。



   〜余は如何にして横濱狂徒となりし乎〜
           第一部 完



に、したいぐらい自明のことなんです、わたしにとっては、
ガチに横浜ファンになったのは、これで。

私にとって、プロ野球とは、ブライアント様と阿波野さんなのです。
いくら、あとになってタフィ・ローズや野茂英雄が活躍しても、実績で凌駕しても、です。

あと、バファローズから中根仁選手と、荒井幸雄選手もベイスターズにくわわりました。

そして'98シーズン。
横浜ベイスターズは、前年の雪辱をはたし優勝しないわけにはいきません。
私にとっても、熱烈に応援するだけの条件が十分にととのっていました。



そこへ、さらに追い風。
'98年度は、私は高校二年生。
あたらしいクラスには横浜ファンが、関西での平均値を大きく上回り、
私のほかに二人もいたのです。

ひとりは、野菜の食べられない、虚弱体質のハンドボール部のキーパー。
ひとりは、生まれながらにして横浜ファンを宿命づけられたテューバ吹き。
この二人はあらゆる面でライバルでしたが、そんな設定をおぼえているものが、
地球上にあと何人いるでしょうか。

余談がはさまりました。
さて、関西の高校において、ひとりでは沈黙するほかない横浜ファンでも三人いれば、
圧倒的多数であり、当時ありえない「発言力/応援するチームの戦力」比をほこった
阪神ファンに、くちげんかで互角にわたりあうことができました。



そういうわけで、私は時にくちげんかで我をうしない、
阪神ファンのマジシャンのデコをぺしぺししたりしながら、
充実したプロ野球観戦生活を送っていました。



つづきます。

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2006年04月30日

余は如何にして横濱狂徒となりし乎

V戦士の多くが去り、野茂や石井も粗末にあつかわれるうちに、
私の関心は近鉄バファローズ、ひいてはプロ野球からはなれていきました。

依然野球というゲーム自体は好きだったので、
この時期ベストプレープロ野球で架空のリーグを作って妄想にふけってたりしていました。
まるっきり ユニヴァーサル野球協会を地で行っています。

そんなこんなで、'97年になります。
加計呂麻島帰省中に、マンガ雑誌を読んでたんです。まんがパロ野球ニュースです。
うちの伯父は民宿をやっており、民宿にはおっさんが読むような雑誌がいっぱいあったのです。



余談ですが、そういうわけで、私はちっちゃいこどものころから
おっさんが読むようなマンガ雑誌に(毎年夏の一時期だけ)かこまれて育ってきました。
(アフタヌーンとかもあったとおもいます)

おかげで、ちょっといやな感じに成長したかもしれません。
小学校低学年で東京爆弾とか読んだらトラウマになります。



余談でした。さて、まんがパロ野球ニュースで私は、あるマンガにであいました。









ササキ様に願いを
です。 作者はみずしな孝之さん。
今じゃ、ファミ通での連載のほうが有名なんだろうなあ。
もともと、野球4コマでデビューされた方です。

これが、おもしろかった。



主人公のササキ様は、佐々木主浩元投手のことです。
マンガつ中でササキ様や、その他のベイスターズの面々にしたしみ、
「よしそれじゃこれもなにかの縁だし、
 残りシーズンはベイスターズの応援したろかい」
と思ったわけです。

まあシーズンも残り少ないし、ベイスターズは定位置のまま(5位だ)
おわるやろとたかをくくっていました。
ところがどっこい、8月からベイスターズの快進撃がはじまります。

大矢明彦監督のもと、 首位スワローズを急追。
一時は3ゲーム(2ゲームだったかも)差までせまります。
結局は九月二日の天王山スワローズ戦で、石井一久投手にノーヒットノーランをくらい、
その後失速してしまいましたが、堂々の2位でシーズンを終えました。

そんなこんなで、ひさしぶりに現実のプロ野球で喜怒哀楽を味わい、
ちゃっかり来年こそ優勝だとかにわか横浜ファンを決めこむことにしました。



つづきます。

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2006年04月11日

余は如何にして横濱狂徒となりし乎

ほら、とっくに開幕してますよ。プロ野球。
オールスターまでに完結すればいいかなとおもいます。

“そして、近鉄バファローズは当時唯一、球団創設以来、
日本一になったことのないチームでした。
バファローズは、悲願の日本一をかけて、日本シリーズにのぞみます。”

ということだったんですけど、
つづき書きたくなかったんですよ、まけたから。

ええ、近鉄バファローズは、セ・リーグ王者讀賣ジャイアンツ相手に、
3連勝・4連敗の、歴史に残るV逸を演じます。



ここでいつも問題にされるのが、
バファローズ加藤哲郎投手の、
「巨人はロッテより弱い」発言です。
日本シリーズ第3試合後のヒーローインタビューで、加藤投手が語ったとされるものですが、
どうやらスポーツ新聞の意訳(超訳?)みたいですね。

でも、wiki を見る限り、より過激なことを言っている気もします(笑)。



そんなこんなで、初の日本一はおあずけとなりました。
近鉄バファローズには、そのシーズン後のドラフトで野茂英雄投手が入団するなど、
ペナント連覇にむけて万全かと思われましたが、
主力選手の多くが故障、勤続疲労をおこし、'90シーズンを3位で終えます。

そして、この時期の西武ライオンズは本当に強かった。
'90〜'94までパ・リーグのペナントはライオンズが独占します。
'86〜'88もライオンズが優勝していたので、
'89優勝のバファローズは、ライオンズのペナントV10を阻止したチームということになります。



そして、'92年の仰木彬監督の退任後、球団は優勝時の選手たちを次々放出し、
野茂投手とも'94年に契約で揉め、結果的に野茂投手は日本球界を後にしました。
その後の活躍は皆さんご存知のとおりです。

この時期は仰木監督の後任鈴木啓示監督が、野茂、吉井阿波野などなど、
多くの選手をくさらせ、よそへやってしまいました。
V戦士をことごとく(多少誇張)放出したチームも珍しい。

そして、私はプロ野球への興味を徐々に失っていきました。



つづきます。

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2006年03月19日

春なので、おはぎじゃなくてぼたもち(でしたよね?)

よかった。

よかったなあ。
ここで負けてたら、日本プロ野球は
前原民主党並みに死に体になるところでした。

ほんとうによかった。
宮本さんかっこい〜!



ところで、今日はお彼岸。
ということで、おととし亡くなったおじさんの法要に行ってきました。

お彼岸だし、混んでるのかなと思ってたら、
そういうわけでもありませんでした。

ちゃんと電話で予約を入れて行ったのですが、
ついてみると、位牌の戒名がちがう人のもの。
住職さん(総髪のおばちゃん)から
「お骨はここにはない」とのお言葉も。



釈然としないままお経をあげてもらったのですが、
やっぱり納得いかないので、うちのお母さまがくわしく聞いてみると、
「あったかな〜、ちょっと待ってて(探しに行く)」
「ありましたありました。棚の一番上にありました(さりげなくいいわけ)」

やたらとこちら交通手段(車でしたが)の心配をしてくれたり、
よく遠くから日曜日にきてくださった、
という方向に話を持っていきたがったりする住職さんでした。
長年遺族の方々とつきあっているうちに身につけたマニュアルなのでしょうね。

なんだか愛嬌のあるおばちゃんだったので、
怒るわけにもいかず、うまく(?)ごまかされてしまいました。



↓お寺にあった石碑(画像重いですよ)
明教寺の石碑







  上新庄・下新庄の「新庄」って、もとは「新城」の意だったんですねえ。
阪急沿線歴史系プチトリビアでした。


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2006年03月18日

興行的には、どうなるんでしょ。

今日もWBC(ワールドベースボールクラシック)の話題。
いやあ、アメリカ、やっちまいましたね!

メキシコ、すごいや!
もはや準決勝に進めなくなっても、モチベーションがつづいたんですねえ。
ちょっと失礼か。今度タコス食べよう。関係ないし。



で、極端なホームタウンデシジョン(婉曲的表現)を駆使したにもかかわらず、
結局2次リーグはええとこなしでしたねえ、アメリカ代表。

日本戦だけは、一応勝ちましたが。でも。

以下MLB公式サイトより引用。アメリカ代表マルチネス監督のお言葉。

"For so long we have been the teachers [of baseball] around the world,"
〜中略〜
"Now I think there's something to be learned from teams like Korea and
Japan: execution and work ethic."


引用おしまい。

“ながいこと私たち(アメリカ)は、野球についてはよそに教える側でした。”
“しかし今や、韓国や日本の代表チームに学ぶべきところもあるんじゃないか。
 execution(これうまく訳せない)とか、
 work ethic(これもよくわかんない。勤勉さとかかしら)とか。”

なんだ、やっぱりわりと負けたつもりでいるんじゃない。



正義は勝つ、とかいいたくなりますけど、
まあ別に正義が勝ったわけではありませんし、
悪が負けたというかなんというか、
でもやっぱり痛快の念は禁じえませんよね(笑)。

準決勝、日本対韓国戦は19日。
今度負けたら、さすがにいいわけできまへんな。

てか、負けそう。
韓国、充実してるなあ。
朴賛浩とか李鐘範とか、ベテランがいいもんなあ。てか、スゴイ。



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2006年03月15日

う〜ん、よくない傾向、なのかな?

WBC(ワールドベースボールクラシック)、
第2次リーグ日米戦における誤審(言いきりましょうね)事件のはなし。

案の定、街(笑)には怨嗟の声が。
“悔しい!”から“許せん!”を経て、
もっと過激なものまで、方々のBlogにあふれています。
一例として、井手らっきょさんのブログの、トラックバック欄をご覧ください。

NPBの事務局にも、
抗議(だまっていていいのか、という)の電話がたくさんよせられたそうで、
当初予定のなかった質問書と要望書を、
WBC主催者に提出したそうです。



日本スポーツ界のこういうトラブル時における折衝能力の低さは、
シドニーオリンピックの篠原選手の件を持ち出すまでもなく、
おそまつであると広く認識されていますよね。

先ほどあげた怨嗟の声の中にも、
“放棄試合もやむをえなかった”とか、
“即刻代表チームを引き上げるべきだ”とか、
強硬な意見が見られます。

私としては、あの場面でできることはあれくらいかな、と思います。
王さんからの再抗議が認められそうな雰囲気でもないでしょうし。



というわけですから、日本プロ野球側としても今回は、
WBC(実質メジャーリーグ)から、
何がしかの成果を勝ち取っていただきたいところです。

まあ、どうせスルーされて終わりでしょうけど。

といいますか、こういうしらけムードが蔓延するのが怖い。
といいますか、もうしている。
あと、いわゆる反米感情もほんのり強化されるでしょう。

それ、もっともですし。



もともと問題だらけなのがわかっているWBCに、
プロ野球選手会が参加OKの返事を出したとき、
私は複雑な気持ちになりました。

収益の配分や日程、細かなルールをふくめて、
MLB(メジャーリーグベースボール)を利することにしかならないと思われたからです。

しかしまあ、折角の世界大会です。
野球にもワールドカップを、という大筋では賛同できます。

やりながら、そして勝っていくことによって、
MLB主導を少しづつ改めていくほかないのかなと思っていました。



その矢先にこれなんですけども、どうなんでしょう。
かえってWBCの問題をはやめに周知させてくれた感じもしますねえ。

そして韓国代表に期待
これで韓国代表が優勝でもしたら、世界の野球は、
何年分かショートカットして前進できるかも。

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2006年03月14日

うーん、よくない兆候。

WBC(ワールドベースボールクラシック)二次リーグ、
日本代表、第一戦はアメリカ代表におしくもサヨナラ負け!

てか、おしかったやらくちおしいやら。



西岡のタッチアップについて、アメリカ代表の抗議がとおり、
離塁が早かったとしてアウトになってしまった件ですね。

ありゃあ、やってしまいましたね〜、WBC!
いろいろ問題はあるにしろ、せっかく実現した野球の世界大会なのに、
いきなりミソをつけてしまいました。

もちろん、ビデオを見る限りまるっきり離塁に問題はありませんでしたよね。
メジャーリーグの審判とは契約が折り合わず、
マイナーリーグの審判を起用しているそうですけど、
世界大会なのに審判が全員開催国の人ってことにまず無理があります。

これで日本のファン、ならびに全世界の心ある野球ファン
WBCに不信感を持ってしまうのはさけられません。
運営側の自浄作用というか、どうオトシマエをつけるか、注目です。
よもやスルーは、しないでほしいんだけどなあ。
それなりに大事に育てていきたいイベントではありますし。



しかし、結局敗れはしましたが、試合後の
王監督やイチロー選手の会見はすばらしかった。

ワイドショーや夕刊紙の見出し的には「王監督激怒!」となってしまうのですが、
いや、実際お怒りだと思うんですけれども、
あの態度は、抑制のきいた、それでいて主張すべきところはしっかりとする
申し分のないものでした。

イチロー選手にしても、一選手としての立場はわきまえた上で、
しっかりと皮肉(にきこえるんじゃないかな?)をきかせたコメントをしていました。
あれはアメリカの野球関係者にはひびくでしょう。



たたかいぶりもそうですけど、ああいう言動のできる野球人を送り出せたことは、
ちょっと誇りに思っていいんじゃないでしょうか。

いや、誇ってる場合でないかもしれませんけど。
ものがたり的に美しいのは、やはり決勝での雪辱でしょう。
まずは韓国戦、メキシコ戦での奮闘に期待。 なんとか気持ちを切りかえられますように。

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2006年03月05日

今、韓国戦やってます。

今日こそWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の話題。

一次リーグはここまで、中国戦、台湾戦ともに、
打線が爆発しての勝利でした。
事前の下馬評では、打線の破壊力不足が懸念されてたんですけどね。

といいますか、マスコミの言う「打線の破壊力不足」は、
「ヤンキース松井の日本代表不参加」と同義であり、
言いたいことをわかりやすく翻訳すると、
「ちっ、松井出ねえのか。松中じゃ記事(番組)になんねえよ。」
くらいのもんですかねえ。



それはさておき、まあまだアジア予選ですからね。
そりゃあドミニカやアメリカと比較すれば長打力では見劣りするでしょう。
そこは他の得点能力や、投手力で補ってもらいたいところです。

そういやピッチャーには球数制限があるんですよね。
一次リーグは65球、二次リーグは80球、準決勝と決勝は95球までです。
松坂投手なんかは、球数が増えるタイプですし、
実力が発揮できるか少し不安ですね。

そのほか、たくさん投げた投手は、数日登板間隔をあけなければならなかったり、
三連投は禁止されていたりと、いろいろしばりがあります。

この辺のルール整備は、いろいろと事情があります。
まだ始まったばかりのイベントです。今後の議論に注目です。



むしろこのような投球数・登板制限は、
日本の高校野球大会に採用されるべきと思われます。

お金を取ってプレイを見せるプロより、
遊びでやっている子供たちが体を張っているのは、おかしくありませんか?


まあ、連日若い男の子が腕もちぎれよと投げつづけるのが
うちの商品の売りであると、興行主その1)が言うなら、
また、お客さんたちもそれを支持しているなら、
文句の言いようはありません。

また、卒業したあとであっても、(元)部員がうちの商品のイメージを低下させた場合には、
何の罪もなく前途有為な子供たちを泣かせても
断固たるペナルティを課さねばならない
という態度をとるなら、
そういう商売もございましょうよと思うほかありません。


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2006年02月17日

余は如何にして横濱狂徒となりし乎

冗談で、「開幕までに完結すれば」とか言ってたのが、
だんだん現実味を帯びだしてきた今日このごろであります。

で、
>で、近鉄バファローズはもちろん前年の屈辱をはらすべく、
>目を血走らせて、'89シーズン開幕にのぞんだわけです。

ってことだったんですけど、どうだったかっていうと、
リーグ優勝したんですけどね。



いやいや、そうあっさり言ってしまうような話でもありません。
この年はこの年で、バファローズは首位から最大8.5ゲーム差を追いついて、
8月27日には2ゲーム差内に三つのチームがひしめくという、
またとはないような混戦となりました。

この年から阪急に球団をゆずられたオリックスブレーブス、
近鉄バファローズ、そして西武ライオンズです。
10月14日にバファローズが新生ダイエーホークスを破り
ペナント制覇を決めるまで、
この3チームは本当にやけくそのようなくんずほぐれつを繰り広げました。



圧巻は10月12日の、バファローズ対ライオンズのダブルヘッダー。
そうです、ダブルヘッダーの屈辱を、ダブルヘッダーで雪ぐべく、
バファローズナインは所沢球場に乗り込みました。

条件は、絶対に2連勝すること。
またかよ! またです。
一つでも星を落とせば、その時点でバファローズの優勝の目はなくなります。



また10.19のときのように熱く解説するのもなんなんで、
かいつまんでいってしまうと、
ラルフ=ブライアントが6回表に同点満塁弾をはなち、
8回表には勝ち越しソロもはなち、
実は4回表にも追撃ソロも打っていて、
さらに第2戦の3回表にもソロホームランということで、
4打数連続ホームランというライオンズファンへのイヤガラセ
はなれわざ
を演じ、バファローズが2試合とも快勝しました。

そんなこんなで、バファローズは見事前年の雪辱を果たし、
リーグ優勝を飾ったのでした。

そして、近鉄バファローズは当時唯一、球団創設以来、
日本一になったことのないチームでした。
バファローズは、悲願の日本一をかけて、日本シリーズにのぞみます。



つづきます。

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2006年01月20日

余は如何にして横濱狂徒となりし乎

ええ、やっと前回で10.19の試合の顛末を一応語り終えました。
そういうわけなので、やっと最初の趣旨にもどって、私自身のことを語りたいと思います。



さて、10.19当時私は小学一年生でした。
野球のルールも、そんなによくわかってなかったんじゃないかと思うんですが、
このへん記憶が曖昧です。

学校の図書館で、「野球のルール入門」みたいな本を
さんざん借りてきて読んだおぼえはあります。
広島の小早川さんとか、阪急の松永さんとかの写真があったと思います。

ちなみに、この手の野球入門本にはまって、
私は打率計算したり、スコアながめたりが好きなかわいらしい小学生になりました。
割り算ならう前から、電卓片手に架空のチームの成績つけてましたね。

で、それが10.19以前なのか以後なのか、いまいちはっきりしません。
けどまあ、10.19以後と考えるほうが自然ですね。



今このように10.19をふりかえって、興奮したりくやしがったりしているのは、
あとになって本や雑誌で仕入れたあとづけの感情です。

当時はそりゃ、時間切れ引き分けとか、ゲーム差なしだけど2位だとか
むずかしいことはわかりませんよねそりゃあ。
ただもう、「有藤はわるいやつ」とだけしか、ええもう。

ともあれ、そんな私でも10.19をテレビ観戦し、
きっとまあ、それなりに何か感じたのでしょう。
同日に阪急ブレーブスが球団売却を発表したこともあり、
(ブレーブスファンだったということではなく、阪急電車の車体の色が好きでした)
私が近鉄バファローズファンになったのは、わりと自然な流れでした。



そんでもって、私はすっかり野球好きになって'89シーズン開幕をむかえました。
それはもう、おもちゃ屋の店頭のファミスタのデモをずっとながめているような。

で、近鉄バファローズはもちろん前年の屈辱をはらすべく、
目を血走らせて、'89シーズン開幕にのぞんだわけです。



つづきます。

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2006年01月17日

余は如何にして横濱狂徒となりし乎

11月からだいぶ間があいてしまいました。

おさらい
★'88年度プロ野球ペナントレース
 パ・リーグは西武ライオンズが独走 夏以降近鉄バファローズが急追
 過密日程でバファローズナインは満身創痍に

★1988年10月19日 川崎球場決戦
 近鉄バファローズvs.ロッテオリオンズ ダブルヘッダー
 バファローズは2連勝すればリーグ優勝

★第一戦はからくもバファローズが勝利
 第二戦はパ・リーグ規定により時間ぎれ引き分け

★バファローズ優勝ならず。くやしい。

★有藤はわるいやつ



はい。それでは新章(?)にはいる前に、
10.19の後日談をひとつ語りたいと思います。
この日の試合の、テレビ中継についてです。

関西地方では朝日放送が第一試合から生中継していました。
午後9時。試合のあまりの盛り上がりに、通常番組を急遽飛ばして、
中継の続行にふみきります。

同時刻、関東地方ではテレビ朝日が、
15分だけ中継してみることにしました。
そうしたら、試合は目がはなせないほどおもしろいし、
「もうちょっとだけ中継して」「放送を続けろ」との視聴者からの電話に、
15分のばし、もう15分のばしとしているうちに、
結局通常番組をぶっ飛ばしての全国中継になってしまいました。

しかも、なんとCM抜きの、ぶっ通し中継です。
民放が、CM抜きです。
その決断、実行力、冒険心に涙がとまりません。



そんなこんなで、午後10時。
人気番組、ニュースステーションの時間になりました。
「川崎球場が大変なことになっています!」
開口一番そう言ったキャスター久米宏をスタジオに残して、
すぐさま放送は野球中継にもどります。

結局テレビ朝日系列局は試合終了まで通常番組・CMを飛ばして、
完全生中継を敢行してしまいました。
視聴率は関東30.9%、関西46.7%という脅威の数値。

バファローズvs.オリオンズという、普段はお客の入らないこと
はなはだしいカードに、全国の野球ファンがくぎづけになったのです。
どうしても地味であるとされてきたパ・リーグが、
そして日本プロ野球が、この日たしかにかわりはじめていました。



つづきます。

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2005年12月16日

嗚呼

15日、前オリックスバファローズ監督・仰木彬さんがなくなられました。

嗚呼、糞……。

からだ悪いのをおして、
合併球団の監督にかつぎだされて、
(いや、かついだひとをかならずしもせめるわけではありませんが……)
便利づかいされてさあ……。

いつだったか、くやしくて、なきました。
あれは、夢だったでしょうか、うつつだったでしょうか。

またなみだにくれなければなりません。

ただ、やすらかにおねむりくださることを。

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2005年11月30日

余は如何にして横濱狂徒となりし乎 

今日こそ試合が終わるといいなと思います(ひとごとのように)。
はてしない闇のむこうに、手をのばそう。

Yah!! どこまでいきましたっけ?
九回裏オリオンズの攻撃、阿波野の牽制で二塁ランナー古川が刺されて、
オリオンズ監督有藤が出てきたところまででしたね。

何しに出てきたのって、もちろん抗議です。
どうやら、二塁手大石が押したために、
古川はベースを押し出されたのではないか、との仰せのようです。

騒然とするスタンド。
「有藤、てめえ、時と場合を考えろよ」
そうです、この試合には制限時間があったのでした。
二度目のおさらいです。
リーグ規定により、ダブルヘッダー第二試合は試合開始から
4時間をこえた場合、あたらしいイニングにはいりません。

タイムリミットはPM10:44
抗議はつづき、時間はPM10:20をすぎました。

三塁側のベンチから仰木監督も出てきました。
スタンドからは拍手喝采がまきおこります。
仰木監督は、たのむから早く試合を再開してほしいと審判に訴えます。

どうせ判定はくつがえりっこないのです。
結局抗議は9分あまりつづいて終わり、時計の針はすでにPM10:24をさしていました。

いつ終わるとも知れぬ抗議中、一番神経をすりへらしていたのは、
やはりマウンド上の阿波野でした。
再開後、水上を打ち取りますが、西村徳文(現マリーンズコーチ・ボビーの右腕)に二塁打をあび、
佐藤健一には四球をあたえてしまいます。二死満塁・一打サヨナラの大ピンチ。

打席にむかえるは、(まあ)強打者愛甲猛
阿波野は腹をくくって、入魂の投球。
それを打ち返した愛甲の打球は、ぽこーんとレフト方向へ。
ポテンヒットか!? 打球が落ちたらサヨナラです。思わず目をふせるファン。

これを懸命に走りこんできたベテラン淡口が、
グラウンドすれすれで、すくいあげるようにキャッチ!
グラブを高々とかかげました。歓声があがります。
この日何度目かもうわからない窮地を脱して、
バファローズは十回表の攻撃に、優勝への最後ののぞみをかけます。

時刻はPM10:30。ラストチャンス。 奇跡への先陣をきるのは、4番ブライアント。
みなの期待をせおった主砲のバットは、しかし見事にカーブをひっかけてしまいます。
スタンドからは、この日合計何キロリットルになるでしょう、とびきりのため息が。
ところが、一塁にカバーに入ったピッチャー関が、送球を大きく後ろにそらしたのです。

やっぱりかみがかりです。
古今東西の勝利の女神が、満面の笑みを浮かべているにちがいありません。
「おれたちはまちがいなく勝つ運命にある」
グラウンドのナインも、スタンドのファンもそう確信した瞬間でした。





そんなの、うそでした。
女神さまは、性悪でした。
次打者オグリビーは三振。
その次の羽田耕一(現オリックス球団職員)は二ゴロ併殺。

ぽか〜〜〜〜ん。

すでに時刻はPM10:41。あと3分で次のイニングに入るのは、不可能です。

たたかいは、おわりました。

十回裏、オリオンズの攻撃。守備につくバファローズナイン。
あれっ、なんで守備につくの?
だって、試合終わってないし。
まったく希望のない守備につくバファローズナイン。

リリーフ木下文信が最後の打者古川を打ち取って、ゲームセット。
ダブルヘッダー第二試合は、4−4の引き分け。
歓声ひとつおこらないスタンド。
'88年度パ・リーグペナントレースは、西武ライオンズの優勝で幕をとじました。

同時刻、所沢球場では待機していたライオンズナインによる胴上げがはじまります。
川崎球場では、ビジターとしては異例のことですが、
仰木監督以下全員が三塁側スタンド前に整列し、
スタンドでたたかったなかまたちに帽子を取って一礼しました。
ファンは、グラウンドのなかまたちの奮闘を拍手と歓声でたたえました。

祭はおわり、ファンは淡々とスタジアムをあとにしました。
バファローズナインは、ロッカールームで声をあげて号泣し、
帰りのバスでも泣いて、ホテルの祝賀会場あらため残念会場では酒を相手にむせび泣きました。
オグリビーは洗面所で泣きました。

負けてない。負けてないんだけどなあ。
優勝したライオンズとはゲーム差なし。勝率わずか2厘差。
あの抗議の9分のロスがなかったら、どうなったでしょう。
しかし、何を言ってもむなしく、敗者はただ唇をかみしめ、
雪辱をちかってこぶしをかたくにぎるのみです。

ええと、つづきます。

horag0260 at 23:54|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

2005年11月26日

余は如何にして横濱狂徒となりし乎 

リクエストに力をえて、足をふみだしたいと思います。
ラン・イントゥ・ザ・ハリケーン。

PM10:00

'88ペナントレースに、フィナーレが訪れようとしています。
終曲はコーダにとびました。
ダブルヘッダー第二試合は九回表、4対4の同点です。

おさらいを。
リーグ規定により、ダブルヘッダー第二試合は試合開始から
4時間をこえた場合、あたらしいイニングにはいりません。


タイムリミットはPM10:44
八十余年のプロ野球史上にもまれなる、
時間ともたたかったチームの、
最後のプレイをかたりつぎましょう。

九回表、バファローズの攻撃。
先頭の代打、栗橋茂、真喜志が、この回からリリーフの仁科時成のまえにたおれ、
スタンドは、この日何度目でしょうか、ためいきがうずをまきます。
そこへ、二死から大石がツーベース。
福本豊の連続盗塁王記録を止めた俊足が得点圏にすすんだことで、
スタンドは、これも何度目かわかりません、俄然いきをふきかえします。

打席には新井宏昌
イチロー以前のパ・リーグでシーズン最多安打記録を持つ男にして、
打撃コーチとして鈴木一朗をイチローにした男。

新井は持ち前の巧みなバットコントロールで、ボールをとらえました。
ファンのだれもが、新井らしい、いやらしい打球が
三塁線をなめるようにころがるところを想像しました。
(勝ち越しだ!)

“ライオン丸(シピンじゃないほうの)”水上善雄が横っ飛び、しぱーん!
ピシュッと音がするような送球が一塁に送られ、バッターアウト!
スタンド轟沈! もうだめ。
なにもここで超美技をと、みな天をあおぎました。

このエピソードには異論があります。
「水上さんのあれはファインプレーでも何でもありませんよ、
 あれくらいならいつでも捕ってましたから」
というオリオンズ同僚の証言です。
「ただ、いつもは見ている人が少ないだけで」
とも。
オリオンズの、川崎の、パ・リーグの悲哀が見えかくれすることばです。
人が見てないのをいいことに、ちんたらプレイをたまにはさんでいたろうに、
こんなときに燃えなくても、と思わないでもありません。

しかし、オリオンズナインの真剣なプレーこそがこの「10.19」を
伝説たらしめたことはうたがいありません。
同様に、死に物狂いのバファローズナイン、一緒にたたかっているファン、
あと無茶な日程やなんかがよってたかって、川崎の夜に奇跡をよびあつめたのです。
天の刻、地の利、人の和がなって、スタジアムに
野球のかみさまがそのちからをあらわしたのです。
これこそ経済! This is プロ野球! 万歳!

失礼しました、ひととおり興奮して満足しました。
では、閑話休題、言帰正伝(いっぺんつかってみたかった)。

九回裏オリオンズの攻撃。
もちろん無得点に、なんとしても急いで終わらせなければなりません。
なのになのに、先頭の古川慎一に出塁されてしまいます。
つづく袴田英利の送りバントの処理で、投手と捕手がごっつんこしてしまい、無死一・二塁の大ピンチ。
選手の精神状態もただ事ではありません。

そのとき、投手阿波野がくるっとふりむいて、牽制球で二塁の古川を刺しました。
「牽制だけで金が取れる」と、野村克也さんに賞された牽制です。

高々と上がる塁審の手。
よおし、まだまだこれからだと、グラウンド、スタンドともに
気合を入れなおしたそのとき。
野球の魔王の最後の手先が、グラウンドにつかわされます。
その名は、有藤通世
ロッテオリオンズが監督です。

つづきます。

おわらねえ!

horag0260 at 23:44|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2005年11月15日

余は如何にして横濱狂徒となりし乎 

なんだか泥沼感にあふれていますが、
自分でふみこんだ沼です。
あしもとをずぼずぼいわせながら、すすみます。

はいっ、時は昭和63年10月19日、午後6時44分。
ダブルヘッダー第二試合。
昭和63年度のペナントレースの、大トリです。

バファローズの先発はこの年6勝のルーキー高柳出巳(現結婚相談所経営?)。
もう、どこを振っても何も出てきません。
投手コーチ権藤博はこの大一番を、新人投手にあずけました。
オリオンズの先発は園川一美(現マリーンズ投手コーチ)。

第一戦での勝利もあり、スタンドにただよう「もういけるやろ」ムード。
しかし、オリオンズにも意地があります。
第一戦の敗戦で、対バファローズ戦9連敗となっていました。
第二戦もこのままバファローズに勝利をゆるすと、
'88年度のアシスト王のそしりはまぬがれないでしょう。

負けられないオリオンズは、
二回裏にビル・マドロックがソロホームランを放ち、
第一戦につづいて先制します。

0−1のまま試合はじりじりと進み、
球場全体にフラストレーションがたまっていきます。
かつてない客足に、入場しきれなかったファンたちは、
球場の周辺でラジオをかこんだり、
付近のビルの屋上からグラウンドをのぞきこんだりしています。

ストライク・ボールの判定ひとつにも球場が騒然とするなか、
六回表、オグリビーのタイムリーでついにバファローズは同点に追いつきます。
このとき37歳とはいえ、さすがは元メジャーリーガーです。
当時オグリといえば中央入りしたオグリキャップでしたが、
ベンジャミン・オグリビーここにありの活躍です。

そして七回表、先頭が倒れて、バッターは負傷欠場中の金村の代役、吹石徳一
バファローズ一筋15年、ほぼずっと準レギュラーだった男。
現楽天ゴールデンイーグルススカウトにして女優吹石一恵の父。

レフトへ勝ち越しのソロホームラン。ガッツポーズ。紙吹雪。
二死後、今度は専守防衛内野手、真喜志康永(現オリックス守備・走塁コーチ)にも一発が出ました。
普段打たない選手のホームランは、チームを、ファンをいきおいづけます。
このまま一気に押しきるかと思われましたが、
その直後の七回裏、バファローズはあっさり同点にされてしまいます。

おさらいしますが、同点ではだめなのです。引き分けではしょうがないのです。
おもくるしい空気が、あたりを支配しかけた八回表。

ついに主砲が火を噴きました。
ラルフ・ブライアントの34号ソロでバファローズは再度勝ち越しに成功します。
この、エディ・マーフィに瓜二つの外国人は、
6月末の入団以来驚異的なペースでホームランを量産。
数々の(ホームランと三振についてのみの)記録をのこした
日本でのキャリアの、このとき1年目でありました。

4番が打ったらもうこっちのものと、スタンドはバンザイの嵐。
八回裏、バファローズは最後のマウンドを、第一戦につづきエース阿波野にたくします。
激闘は、大団円で幕をとじようとしていました。

そこへ、野球のかみさまが、野球の魔王となって、川崎の夜に悪夢をもたらすのです。
八回裏一死、オリオンズの4番高沢秀昭のバットは阿波野のスクリューをとらえ、
バファローズファンで満員のレフトスタンドに突きさしました。

高沢はダイヤモンドを一周しながら、うなだれている同期の二塁手
大石大二郎(現サーパス監督)を見て、 もうしわけなく思ったそうです。
しかし、高沢自身も当時、首位打者をあらそっていました。
敵になさけをかけてはいられません。でも、ヒットでいいのに……。

みたび試合はふりだしに。
そして、今さらなのですが、こんな大事な規約が当時あったのです。
“ダブルヘッダー第2試合は、試合開始から4時間を越えた場合次のイニングには入らない”
な、な、なんやそれ!!
八回終了時点で試合時間はすでに3時間と15分あまり経過。
バファローズナインはこれから、時間という、強大な敵ともたたかわねばなりません。

つづきます。

horag0260 at 23:56|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2005年11月12日

余は如何にして横濱狂徒となりし乎 

調子にのってはじめたはいいけれど、
いつ終わるのだろう。
まあいいや。すすめ。

1998年10月19日、午後3時。
近鉄バファローズ対ロッテオリオンズのダブルヘッダー、
第一試合にプレイボールがかかりました。
先発はバファローズが小野和義。当時投手陣の年俸頭。現楽天投手コーチ。
オリオンズが小川博。'88奪三振王。現無期懲役囚。

試合はオリオンズが1回裏に2点を先制、
終始オリオンズリードのまま緊迫した投手戦がつづき、
両軍1点づつ加点ののち、バファローズが8回表に2点をあげ、同点とする。

そして9回表。
なんと、当時のパ・リーグのルールではダブルヘッダー1戦目は
同点の場合も延長戦に入りません。
バファローズがこの攻撃で得点をあげられなかった場合、
勝ちがなくなり、引き分けでもその時点でライオンズの優勝が決まります。

元メジャーのホームラン王、ベンジャミン・オグリビーが遊ゴロに倒れ、
スタンドに重苦しい雰囲気が流れます。
普段はガラガラで、スタンドでひざまくらをしている・されているカップル、
流しそうめんをやっている団体などが話題にされることの多かった川崎球場も、
この日ばかりは超満員でありました。

一死後18年目のベテラン、淡口憲治(来期から北海道日本ハム打撃コーチ)が、
なんとしても塁に出るぞと右翼フェンス直撃の二塁打。
オリオンズは先発をあきらめ、リリーフエース牛島和彦をマウンドにおくります。
牛島といえば、そうです現横浜ベイスターズ監督であります。
なにか因縁ですね。何が?
対するバッターは“北海の荒熊”鈴木貴久
現役引退後はバファローズ打撃コーチとして多くの若き猛牛をみちびきながら、
2004年5月17日、球団消滅の報を聞くことなく逝った男。

鈴木のはなった鋭い打球はライト前へ。
二塁からは淡口の代走・佐藤純一(現パ・リーグ審判)がホームを死にものぐるいでつこうとする。
が、これは痛恨の暴走。打球が速い分、バックホームも早く、
佐藤は三本間にはさまれてしまう。

タッチアウトのコールは死刑宣告にも似て、
スタンドには冥府色のため息がただよいます。

ここでバファローズの新人監督仰木彬は一呼吸間をとります。
意図的なものか、まよったのかはともかく、代打をコール。
代打は梨田昌孝。後の大阪近鉄バファローズ最後の監督です。
梨田はこの年限りでの現役引退を決めていました。これが最後の打席になるでしょう。
一塁はあいていましたが、牛島は野暮はよしたようです。
梨田の打球はつまりながらもセンター前にポトリと落ち、
球場をつつむわけのわからない絶叫の中、ランナー鈴木は懸命にホームへ。
そこへセンターからのストライク返球が、クロスプレイ――。

橘主審の両手が大きく開かれました。判定はセーフ!
球場がゆれます。なみだがでてきます。みんなともだちです。
近鉄ベンチからは中西太ヘッドコーチがとびだしてきました。
鈴木とだきあって、師弟でグラウンドを転がります。

後続が倒れ、勝ちこしは1点どまり。
9回裏、バファローズはクローザー吉井理人が登板。
後にメジャーリーガーとなる吉井は、この年の最優秀救援投手。
ちなみに、高卒ルーキー伊良部秀輝も偵察メンバーとして、この試合のメンバーに名を連ねています。
吉井がフォアボールの判定に激昂したり、リリーフしたエース阿波野秀幸が打たれたりと、
二死満塁までピンチをまねきますがなんとかきりぬけ、
バファローズは第一戦を4−3でものにします。

天国と地獄を何度も往復した3時間21分の死闘はこうして幕をとじました。
第二戦はわずかに23分後。
ゲームがゲーム、いきおいがいきおいだけに、
多くのひとがバファローズ第二戦の勝利を信じたことでしょう。

ところがぎっちょん。
野球のかみさまは、ひとすじなわではいかない結末を用意していたのです。

つづきます。

horag0260 at 23:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2005年11月10日

余は如何にして横濱狂徒となりし乎 

☆study! 10.19にいたるまで
 西武ライオンズがべらぼうに強かった時分です。
 '88シーズン、バファローズとの最大ゲーム差は8。9.15の時点でも6。
 しかし、9.15からバファローズは8連勝。10.5には一時首位に立ちます。
 ところがどっこい、10.7からバファローズの日程は13日間で15連戦。
 ドーム球場がふえた今ではかんがえられません。

  10.16の時点でライオンズは全日程を終了。
 バファローズは10.19対オリオンズ(現マリーンズ) 最終戦の
 ダブルヘッダー(一日に二試合をおこなう)をむかえます。
 優勝するための条件は、絶対連勝。
 一試合でも引き分けにすれば、その瞬間ペナントは所沢球場に待機している
 ライオンズナインのものとなります。
 現在解説者(野球漫談家)として大活躍の金村義明(文中敬称略)、
 当時レギュラー三塁手が手首を骨折し、戦列を離れているなど、
 過密日程を経て、バファローズナインはまさに満身創痍。

このような背景のもと、
狂喜と落胆のジェットコースター、
よろこびとかなしみの脈動変光星、
かみさまのいたずらのようなゲームが、
川崎球場にそのすがたをあらわします。

つづきます。

horag0260 at 23:49|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2005年11月07日

余は如何にして横濱狂徒となりし乎 

1988年にさかのぼります。
突然ですが。おつきあいください。

昨日の予告どおり、なんでまた突然横浜ファンになったのかを説明しようと思うのですが、
いっそのこと私のこれまでのプロ野球ファンとしての来歴を
全部おきかせするのがいいかなという気がしてきました。

というわけで、1988年です。当時小学校一年生でした。
野球がなんなのかも、まだよくわかっていないようなころです。
阪急が好きでした。ブレーブスというより、阪急電車がです。
あのあずき色にひかる車体が、子供心にもなんだか洗練されたものに感じられたのです。

そうこうしているうちに、運命の日が訪れました。また急な。どきどき。
パシフィックリーグにとって、日本プロ野球にとって、わたくしにとっての
運命のあの日。すなわち1988年10月19日です。

あの日、阪急電鉄はブレーブスをオリエントリース(現オリックス)に譲渡。
そして川崎球場では、10.19(ジッテンイチキュウ)として後の世にかたりつがれる、
こういう表現ではいささか陳腐な印象を禁じえませんが、
掛け値なしの、伝説の試合がくりひろげられるのです。

つづきます。

horag0260 at 23:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2005年11月04日

もうどこへもいかなくていいのさ

サブレ









さて、この一年、帰る枝をなくして、森をさまよう鳥であったわたくしですが、
何って、プロ野球ですけど。
このたび、それはもう素敵な、ブリリアントな枝を見つけました。
わたしはもう、横浜ベイスターズファンです、さっきから。うふふ。

'98年〜'00年にかけても横浜に浮気してたんですけども、
あのときは本妻がいました、河内に、河内じゃないな、西区に。
去年まで連れ添った糟糠の古女房でしたが、先立たれてしまいました。

今年一年、やもめぐらしは気楽でもありましたが、
ひとりでいるといいようもない孤独におそわれる夜もありました。
しかしもう、私は漂流船ではありません(鳥は?)。
寄るべき港をみつけました(ベイだけに)。

いやあ、今年の牛島ベイスターズもいいなあって思っていたんですよ。
なんだかんだいって、Aクラスですからね。5割わってますけど。
でも、もう迷いなくベイ党です。こう宣言することに何のためらいもありません。
まっしぐらです。えへへへ。
ああ、もう私はみずからを横浜ファンと呼んで、なんらのやましさもないのです。
すばらしい。アイデンテティ・レストレイションです。

horag0260 at 22:58|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2005年10月27日

いや〜、日本シリーズ。
きのうはマリーンズ二ケタ得点できなくて残念でした。

でなくて、
マリーンズ日本一ばんざあい。
ばんざあい。ばんざあい。ばんざい。
いやあ、うれしいなあ。
わがことのようにうれしい(?)。

プレーオフから日本シリーズにかけての十数日で、
千葉ロッテマリーンズは、パシフィックリーグは、
日本プロ野球は確実にゲインしました。
やはり、フロント・ファンをふくめ、ただしい努力をつづけることが、
あのようにうつくしいチームをつくりあげるのですね。
多くの人は無自覚にであれ、そのことをシリーズをとおして目撃し、感じたことでしょう。

だって、常識的にかんがえればどっちらけのシリーズですからね。
スコアだけ見れば、最終戦を除き、試合はまるっきりこわれています。
しかし、多くのファン、ライトなファン、阪神ファンでさえも、
しらけただけではないはずです。

あの機能性・経済性こそがすべてのチームがめざすべき理想と(経営の話ではありません)、
あらまほしき地域密着のすがたであると、
あのすがすがしさはファンのかがみであると、
ただ能天気に吹きたいわけではありません(多少は吹きたい)。
私にだってそりゃあ、何がベストかなんてわかりませんものね。

しかし、今までにない良いものを、うつくしいものを、
ありがたいものを今季のマリーンズに見た気はしませんか?
なにごとか未来を見た気はしませんか?

なんとなくおおげさな話になってしまいました。
つぎはアジアシリーズです。
韓国・サムスンライオンズとの、李承の恩返し対決がたのしみです。

horag0260 at 23:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2005年10月26日

また霧でも出ればよかったかも

日本シリーズえらいことになってますね。
タイガースファンの方にはわるいのですが、
7回の福浦選手の満塁ホームランには大爆笑してしまいました。

これだけ一方的な展開がつづくと、
普通ならおもしろくないなあと感じるものですが、
逆におもしろくなってきてしまいました。
こうなると明日もマリーンズの二ケタ得点を期待せずにはいられません。

マリーンズの勝ち試合ばかりだと、
小宮山さんとか初芝さんとか、オリオンズ時代から
チームをささえてきたベテランに出番がまわってこないのは残念です。
黒木さんのシリーズ登板も見たいし。
タイガースも、代打・町田とか見たいなあ……、なんて。
全然そんな余裕ないでしょうけど。

horag0260 at 00:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2005年10月18日

祝杯

焼酎のソイ・ラッテ割り













こんな時間に更新しているのは、さっきまでレポートを書いていたからです。
で、寝ればいいのに、レポートを書き上げた興奮で、PCからはなれられずにいます。

写真のようなお酒を作ってきました。焼酎のソイ・ラッテ割りです。
きもち豆乳多めの。はいそこ気持ち悪いとか言わない。
そうです、祝杯なのです。レポート脱稿(大仰やな)と、
マリーンズ優勝の。いやあ、よかったなあ!

小宮山さんも、初芝さんも、堀幸一も、高木晃次も、井上純も。
いや、選手だけではないよなあ。園川さんも、袴田さんも、荘さんも、
あと、某吹奏楽団OBのI見K一さんも、みんな、
よかったなあ!

プレーオフの制度自体はこのままでいいとは思わないけれど、
マリーンズ優勝自体はわがことのように(?)うれしい。
しかし、ここまでのプレーオフ全7戦のクオリティの高さったらないよなあ!
プロの本気をなめたらいかんよなあ。

よおし、これから撮っといた試合中継を見るぞっと(寝なさいって)。

horag0260 at 04:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2005年08月25日

そりゃかくすだろうし

明徳義塾の次は、駒大苫小牧が暴力事件ですって。
体罰の是非とかうんぬんされたりもしてますが、
たかが高校生のたまあそびで、
どついてまでおしえるようなことが
あるはずおまへんがな。
ただの刑事事件です。あああほくさ。

★脳トレ日記(仮)第2回
 はやくも日刊をあきらめる。
 前回脳年齢33歳という結果にガクゼンとするも、
 昨日・今日と連続して脳年齢20歳(最高値)という数字をたたき出す。
 結局数字のよしあしは、脳年齢チェックにつかわれる
 3種のテストの組み合わせ次第であることに気づく。
 三角暗算はロケット級。


horag0260 at 19:34|PermalinkComments(0)TrackBack(1)