2007年02月20日

あれ?また更新しとる。
そんな感じでしょうか。心中お察しします。どうも僕です。

久々に将棋しました。
(「将棋する」という動詞などおそらく存在しないとは思いますが。)

非常に面白く感じる反面、「駒を使う」という行為に戸惑いを感じました。
娯楽と言ってしまえば、すべて解決するのですが。

日常では僕は駒として使われてます。(バイトなんかは特に。)
ほんとに都合のいいように。
責任者がいないのに、「責任者を出せ。」という電話のクレーム。
「責任者は外出中です。」と断っても、「責任者を出せ。」
僕は何て言ったらいいのか。
「はぁ。へぇ。のぁ。」と言いながら謝り続けました。

そんな僕が駒を使うという違和感。

それと駒を取られた、駒を取ったという感覚が少し残酷に思えたりして。
「王将」を取るという事ですべて終わってしまうゲーム。
残された駒はどうなってしまうのだろう…。

もちろん遊びの話なのだけれど、駒を使う事と何を目的とするのかにすごく責任を感じます。

僕個人の考えとしては綺麗事かもしれませんが、「知性の化かしあい」としての将棋が好きですね。僕は将棋で飯を食っていくわけでもないし、勝った負けたを一番にはしません。だから、勝ち負けは重要に思いません。

対戦相手のど素人様が、言ってました。
「桂とは仲良く成れそうな気がするね。変わり者だから。」
「角は信頼できるね。」

そんな風に将棋の駒を思えるのは、きっと筋があるんだろうなぁ、と。
僕は少し羨ましく思います。

「駒を使う」という概念なんか初めから越えてて、何と言うか「駒と遊ぶ」みたいな感覚で将棋をしてる。なんか純粋に楽しめてる。

僕も自然にそんな風に思えたいとつつに願いながら、『歩』をひとつ前に動かそうと思います。

将棋は楽しい。
「知性の化かしあい」であり、それはまた「他人の考えを探る」行為であるから。
対話であり、理解でもある。

ゲームが終わるという結果に価値を置くのではなく、その過程を楽しもうと思います。だから僕がやる将棋は、対話や相互理解を目指そうっと。

そんな門外漢の呟き☆

ミネコhori_hiro_85 at 14:57コメント(2) 

コメント一覧

1. Posted by ヤッチャン。   2007年02月21日 01:19
とにかく真っ直ぐ突っ込んで行く香車が大好きだね。
2. Posted by ミネ   2007年02月21日 12:50
僕の中では、香車は一本やりで突き刺さっていくイメージだね。漢って感じ。w

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