YUSUKE's NOMNOM

堀江裕介のブログ

ロシア正教会の聖人、アレクサンドル・ネフスキー。

1938年には同タイトルのソ連映画が公開され、音楽を担当したのはなんとあのプロコフィエフだ。

プロコフィエフはその後、その音楽を抜粋し、管弦楽、メゾソプラノ独唱、混声合唱のための演奏会用カンタータとして再構築した。

大編成のオーケストラに混声合唱が加わり、見ているだけでも大迫力。

今週末の名古屋フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会で、ロシアの英雄が勇壮と蘇る。


そしてこの作品、テナーサックスが1本紛れ込んでいるのもとても魅力的だ。

どんな仕事内容なのかは、実は僕もまったく知らず、本番をとても楽しみにしている。

勝手な拾い物の写真だが、トランペットセクションの横に河合佑里奈さんが座っているのが見える。

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同僚のピアノの先生のお子様が明日誕生日だということで、その先生のお名前にピッタリなポッキーを発見。

バレンタインの遺物だろうか。

女の子喜びそうなのでとりあえず両方買いました。

ポッキーって、1966年生まれらしいので、もう50歳なんですね。

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久々に車に不具合。

冷却水の警告ランプが点いたので、水を補充したが、またすぐにランプが点く。

フタを開けると、水が充填していることを示すため本来プカプカ浮いているはずのスティックが底について渇こうとしている。

無理に走ってエンジンがオーバーヒートしたら元も子もない。

テクニカルセンターに電話して助けを求めると、代車を用意して積載車で自宅まで駆けつけてくれると言うが、3月頭まで都合がつかないとのことで、しばらくは公共交通機関での移動が決定した。

13万キロ以上走った外国車、もういよいよ限界なのか…。


しかしたまには電車移動も悪くない。

本も読めるしスマホも触れる。

なんとなく時間が有効に使えている気がする、と帰りの車中で本記事を更新しつつ思ふ。

今日は一宮市へ。
車なら自宅から30分、電車とバスでは1時間半。

たまには、いい。

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マウスピースとリードのセッティングで音色の6割くらい決まってくる。

同じ品番のマウスピースを何本も試しては購入し、しばらく経つと何か違う気がしてまた選びに行く。

学生時代からこの繰り返し。

今までに何本買ったかなんて、恐ろしくて考えたくない。

使われなくなったマウスピースは自宅で眠るか、生徒に貸し出したりするが、正直貸した途端に忘れているため、ある日突然返却されて、驚く。


たまには冒険もしたくなり、突飛なものを試したりすることもしばしばだが、自分のメインの楽器に本当に合うメタルのマウスピースというのは、実は常に探し続けている。

Jody JazzのDVNYの5番。
かなり近いものに出会ってしまった。

ソプラノはDVのプロトタイプ。

キラキラ感がたまらない。

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飯田へ。

快晴。

まだ少し地面に氷が張っているとこもあり、名古屋よりもだいぶ肌寒い。

ただしかし、街を歩いていると時折吹く風の中に一瞬春を感じる。

なんの香りなのか、仙台を離れてからはずっと、この香りに春を感じると共に、何か切なく懐かしい気持ちに駆られ、胸がキュッと締め付けられる。

おそらく、19歳の頃仙台空港で見送る両親と別れた後、当時の名古屋空港で触れた香りなのだと思う。


目に見えないものの方が、ふと出会った時にその思い出と心情が生々しく想起させられる。


飯田の楽器屋さんで、今年のオケ友のフライヤーを見つけた。

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昨晩は打ち上げにも参加させていただき、その後もドルチェ楽器東京店の店長倉田さんと遅くまで語り合った。

たまにはフットワーク軽く東京くらい来なければならない。

一泊し、朝東京を出発し、名古屋へ。

先月のコンサートに引き続き、今日も同じシリーズのコンサートで、明和高校音楽科の卒業生がソロリサイタルを開催するとのことで、仕事の合間に伺った。

ピアニストの犬飼実花さん。

高校では前述の酒井さんと同じ学年だったので、僕は2年生の時に担任し、修学旅行も同行した思い出深いクラスにいた。

昔から穏やかで物腰の柔らかい彼女だが、いざピアノの前に座ると、僕はいつもなぜかボクサーのモハメド・アリが思い浮かんでいた。

まさに蝶のように舞い、蜂のように刺すのだ。

誤解を招くといけないので、彼女にこの話はしたことがない。


卒業以来に聴く彼女の演奏は、テクニックの多彩さや音色の多様な変化、何より音楽のスケールの大きさに多大な成長と変化を感じさせながら、昔から変わらぬハートと歌心をも感じさせてくれ、エキサイティングかつ、暖かい気持ちにさせてもらった。

休憩なしで1時間20分近いコンサートだったが、持ち前の高い集中力が、聴衆の集中力すら切らさなかった。


終演後は次の現場にバタバタと移動したため、本人はもちろん、会場にちらほら見えていた懐かしい顔ぶれともお話できなかったのが悔やまれる。

東京のドルチェ楽器へ、Green Ray Saxophone Quartetのコンサートを聴きに伺った。

このカルテット、ありそうでなかった、雲井門下純血のカルテットなのだ。

元々は国立音楽大学の同級生で結成され、このコンサートから1人メンバーが入れ替わったが、その彼女も尚美学園大学で雲井先生の弟子だった。

今回そのカルテットが念願の雲井先生との共演をされるということで、2年前にアリオンと雲井先生との共演の際に編曲したヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲の楽譜を使用したいとリーダーの猪俣さんから連絡をいただいた。

ミスを訂正してないままで申し訳ない気持ちで一杯だったが、是非使っていただいて、何よりも演奏を聴きたくなった。

久しぶりの雲井先生の音、そして先生の純血のカルテットの音にどうしても触れたくなり、飛んでいった。


音楽大学生は、大きくは所属する大学という母体が持つ環境や教育理念、カリキュラムなどに育てられながら、絶対的価値観となる父親のような専攻実技の先生により磨かれていく。

価値観が同じものを共有している僕と彼女たちは、母校が違えど異母兄妹のようなものだ。

演奏を聴けば聴くほど、彼女たちの心のうちの歌や、奏法の工夫、過去の悩みまでも感じることができる。

はじめましてとは思えない感覚が、やはりそこには確かに存在した。


僕は大学時代、あまりに排他的で盲目的に雲井信仰だったと自分でも思う。

しかし今は卒業から10年以上が経ち、たくさんのプレイヤーの方々の音に触れ、話に触れ、本当に多くの方々との交流の中で、それぞれが大切にされてる部分や素晴らしい部分を感じることができ、自分の音の中に確かに生きている。

もう決して排他的で盲目的ではないが、改めて雲井先生の音に触れ、Green Rayの音に包まれ、やっぱり自分の原点であり、指針であることは変わらないことを再確認できた。

心底感激させてもらった、素晴らしいコンサートだった。


ちなみにこのGreen Rayという名前は、雲井先生がある日、森の木漏れ日が頭に浮かび、旧名からの改名を提案し、名付け親になったとのこと。

元々は「ピチピチガールズカルテット」として、国立音楽大学で名を馳せていたらしい。

雲井先生には、グッジョブと申し上げるしかない。
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3日間の集中練習を経て、デラの3回目の本番を迎えた。

まずはご来場いただいた皆様、ゲストの窪田さん、山地さん、バンダを務めていただいた名古屋音楽大学、金城学院大学の皆様、スタッフの皆様、楽譜をご提供いただいたミベモルの皆様、本当にありがとうございました。


3年目になるともう楽団としての目新しさはない。

聴きに来てくださった方々の心を掴んで、また次回も来たいと思ったいただけるかが演奏のみに問われる。

僕はこの現場で、怖さを体感していたい。
一音を放つ怖さを身をもって体感していたいと思っている。

オーケストラの現場にはそれがある。
それはきっと、同族楽器はもちろん、多種多様な楽器の集合体ということも大きいと思う。

全く発音体が違う人たちと、発音、ハーモニー、ニュアンス、音色を瞬時にコントロールしていく職人技は、怖さを伴わなければ実現しにくい。(少なくとも僕は)

しかし、そんな研ぎ澄まされた感覚は現場から少し離れれば忘れる。

だからサックスは、と陰で言われている、と思わなければならない。

サックス同士なら、いろいろ分かり合える。
難しいところも知っている。
そしてなぜだかみんな仲がいい。

だからよくあるサックスアンサンブルは大味になりやすい。

全てに甘えず、音楽のみを追い求めた演奏を全員が目指し、1人1人が怖さを感じながら音楽に没入するスキルが求められる。

プロである以上。

日本を代表するサックスラージアンサンブルの大家、ミベモルは、結成28年間だそうだ。

すでに社団法人化され、正規団員に至るまでの教育システムからしっかり確立されていて、メンバーの入れ替わりがあっても演奏の質が落ちることはない。

理想的なアンサンブルの形かもしれない。


今回はそんなミベモルで23年演奏している前田幸弘さんがわざわざ関西から来てくださり、打ち上げにも出席してくれた。

先人に全力でたくさんのことを伺っていると、少し今後の方針が見えてきた気がした。

2回目を終えた一年前の感想とは、また一味違うものとなり、身の引き締まる思いがした。

今年も進化を続ける窪田さんのパフォーマンスにシビれ、山地さんの弾き出すアルペジオに恍惚とさせられた。

彼らオケマンを唸らせるサウンドを引き続き目指していきたい。


打ち上げも終盤、幸弘さんと。
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3年生が登校してくる最後の日を迎えた。

明日からは自由登校になるため、レッスンなどの予定が入っていない限り、あとは卒業式の前日の出校日と、卒業式だけの登校になる。

毎年この日は予餞会が開かれ、3年生のために用意された1、2年生からの贈り物の披露や、入学式から今までのイベントの写真を動画で振り返ったりし、異様な盛り上がりをみせる。

恒例になっているのが、教員企画。
3年生の学年団が、何かやる。
この何かは学年によって、年によって本当にバラバラで、ストレートに教員の合唱を贈る年もあれば、手の込んだ寸劇を仕込んでくる年もある。

3年前に3年学年団だった時は、戦隊モノの寸劇が企画され、僕はピンクの全身タイツを着てピンクレンジャーになった。

ステージに登場した時は悲鳴が上がったように記憶してるが、やるからには本気でやりたい。

あの時全員分5色のタイツは、僕が率先してAmazonで探し取り寄せた。

Amazonにはなんでもある。


今年は、星野源「恋」とRADIO FISH「Perfect human」のダンス完コピだった。

僕は恋ダンス担当だったが、ダンス未経験の僕にはかなりの難関だった。

実はここ2週間くらい、恋ダンス関連のYouTubeばかり見ていた。

驚くべきはその種類の豊富さで、ミュージックビデオやドラマの映像はもちろん、練習用に反転されたものや、スローになったもの(50%や80%などこれも様々な種類がある)、ダンス講師が細かく解析して丁寧にレッスンをしてくれるものなど、物凄く多岐にわたっている。

おかげさまで速度制限がかかり、僕のiPhoneは低速になった。

終わってから生徒にその話をすると、YouTubeを一時的に保存できるアプリがあるそうだ。

でも、数人の生徒がダンスが上手だったと褒めてくれたのが、なんとも嬉しかった。

やるからには本気でやりたい。

それが餞けとあらば、なおさらだ。


もう一つ、恋ダンスとPerfect humanのセッティングの間に、短くていいから何か演奏してもらえないかと頼まれていた。

最初は恋ダンスからのPerfect humanに雰囲気を繋げるよう、ギュンギュン系のアドリブのみにしようかと思ったが、Les Miserablesから、I dreamed a dreamの一節を差し込んだ。

この曲は日本では「夢やぶれて」という訳で有名だが、僕は夢のまた夢のようなことを常に妄想し続ける力は、音楽家には必要だと思っている。

文化祭でLes Miserablesの大切な思い出を残してくれた音楽科の3年生へ、ほんの数秒の、もう一つの餞け。


※写真は当記事とは一切関係ございません
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いよいよデラの集中練習。

今日から打楽器の窪田氏が参加してくれた。

昨年のパリのアメリカ人に引き続きだが、仕事量は昨年の3倍くらいらしい。

オーケストラや吹奏楽でのベルキスを思い浮かべると、あの狂宴の踊りでの打楽器群を1人で?と疑わしく思ってしまうが、ちゃんと背後から全て聞こえてくる。

音が聞こえてくるだけではない。

彼の打楽器は、ハモってくる。

転調もする。

国を跨ぐ。

色が無限なのだ。

ちなみに曲目を告げたのは引き受けてもらった後なので完全な後出しジャンケンなのだが、いつやっているのか、予想を上回るクオリティで準備してきちゃうのが、つくづく本物の本物だと痛感する。

僕はそんな彼が大好きなのだ。(告白)

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