堀野書道学校スタッフブログ

堀野書道学校の事務員が運営するブログです。記事や写真を交えて、どのような学校であるか?また、書道を身近に感じてもらえるようなブログにしていきたいと思います。

カテゴリ : 書道

こちらのブログでは、書法展の様子や学校内の様子などを少しずつ更新していきますが、新しい方針としてホームページの新着情報欄に「教材紹介」と「書道コラム」を載せていくようにしました。


「教材紹介」は全ページご紹介することはできませんが、数枚の写真とその教材で学習する内容を載せていきたいと思います。


以前まで「書道コラム」はこちらのブログに載せていましたが、今後はホームページの方に書き込んでいくことになりましたので、よろしくお願いします。

今月、堀野書道学校創設以来初のできごとがありました。


それは、東京校に通われている生徒さんが特別な修了をしたのです。修了といってもただ修了したのではありません。

通常週3回、1年間通学で修了の本科をこちらの方は約5カ月で修了させたのです!
「出産を数か月後に控えているので、それまでに修了させてほしい」とのことで6月に来校され、そこから逆算して授業を組み立てると、月30回前後の受講が必要でした。


月曜から金曜日まで毎日受講され、来る日も来る日も書道づけの日々だったと思います。過去に誰も体験したことのないスピードで授業を進めていったので、提出物を作成するのもあっという間の時間でした。
それでも毎回授業の時は明るく、疲れた素振りをほとんど見せませんでした。


約5カ月という期間は本当にあっという間で、色々な心配を余所に無事に修了することとなりました。


出産後はすぐにでも教室を開いて、書を子供や孫の代まで伝えていきたい!という情熱を持っている方ですので、我々としても教えることに情熱のある方へ指導できたのはとても誇らしいことです!


毎日通学しての修了もできる!ということが証明されたように思います。また、情熱さえあれば何でもできるのだと逆にこちらが教わったような気分です。


本当にお疲れ様でした!

時代の移り変わりによって、生活環境、労働条件も激しく変化している昨今です。


準本科、予約通学クラスなど昔は無かったコースが増設されてご好評いただいておりますが、これも時代に合わせたものを用意しなければとの考えからでした。


どの程度通えそうか?無理のない程度に。と入学希望者にはお話していますが、最も大事なことは一つの区切りまで続けること、とお話しします。


例えるなら、リアカーを引いて坂道を登り始め区切りとなる場所まで行こうとしているのに、途中で押すことをやめてしまうと、坂道で手を放して止まるようなものです。当然バックを始めてリアカーはスタート地点まで戻ることになります。


労力と時間の無駄で骨折り損のくたびれもうけです。


対して区切りまで続けた方は、たとえそこから少しお休みしたとしても、坂の途中ではありませんからバックを始めません。多少埃をかぶって錆びついていたとしても、少しの運動で元に戻り、また高い位置からリスタートできます。(創立者談)


数回料理教室に通っただけで、一流のシェフにはなれません。数回野球教室に通っただけではプロ野球選手にはなれません。ピアノ教室、整体、ボーカル、陶芸・・・。どんなジャンルでも続けることが、本当にそのものを楽しむ心理まで持ち上げてくれます。


成長した自分を楽しみに、続けることの大切さを心に留めておきましょう!


初代堀野哲仙の長女である堀野栖仙先生はアメリカジョージア州アトランタで書道塾を開いており、堀野書道学校アメリカ支部となっています。先日教室内風景の写真と、展覧会の様子が送られてきましたので、ここにご紹介します。

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水墨画も教えています。

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・展覧会の様子

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4,5年ほど前、ここの生徒さんが、日本に研修?として学校訪問。拓本鑑賞、製墨場や筆作りの見学等、書に関することを勉強して帰国していきました。

漢字や毛筆書きはアメリカ人にとって、とても憧れのもの。これからも堀野栖仙先生のご活躍をお祈りいたします。

10月30日朝日新聞の朝刊一面に大きく取り上げられていましたが、日展書道において入選数を有力会派に事前に配分していたという不正が発覚しました。

翌日、テレビ局の方から内容について知っていればお伺いしたいと電話がありましたが、当校は他の書道会とは一切関わりを持たない独自の団体ですので、内部について詳しく知りませんが、知っている範囲内でお答えしました。


日展書道は元々「日満支三国府後援親善書道展覧会」という組織が戦後、解散・発展し日展の五科に食い込むこととなりました。当校の創立者はこの展覧会で最高賞を受賞し、翌年教え子も全員入選。そのことから「指導力誠に優秀なり」と表彰を受け、当時の総理大臣から展覧会委員の委嘱を受け学童の審査委員長を担当していました。

戦後、組織が解散し発展する際に、元委員の方から日展への参加を勧められましたが、会派のしがらみ、賞の取り合い、金銭の汚さといった様々な理由から参加を辞退したと聞いています。

こういった経緯で「他の展覧会に出すことはまかりならん」という内部規定があり、当校では学校展のみの開催で、会員同士で切磋琢磨しながら書の本道を追及しています。


文字を書くことは全人類共通の権利であり、書の作品を審査する際は公明正大でなければなりません。

古い体質を刷新し、書く人間の立場になって常に考えなければ出品者の期待を裏切り続けることとなります。
人あってこその展覧会です。それを肝に銘じなければなりません。


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