今回は創立者堀野哲仙の論文の一つをご紹介します。「書道」という日本独自の芸術の最終目標はここにあります。


 時は戦後。作戦は連合軍進駐の前日無条件降伏の調印を終っていたので、先方さんの勝手次第である。

 戦備を解かれたのは常識である。戦備以外に外人に理解に苦しむ不可思議なものを次々と解体した。現神天皇が人間天皇となり、皇族、華族が平民否国民となり摂政の主権が国民の手にゆだねられた。やおよろずの神々も神通力を認められなかった。八紘一宇の日本魂も太平洋に紙屑の如く捨て去られた。神風も効無く次々とこれに関係するものは姿を消した。

次に私共が芸術だと考える書道が卓上に乗せられた。

書道と云う字句が外国(連合軍)の辞書に無いのだそうです。

 

進駐軍「書道とは何ですか、どうするものですか?」

 

日本側「精神修養の為に書道を学びます」

 

進駐軍「精神修養と云うと、所謂、日本精神を養うことですね。日本魂、即、八紘一宇の精神これから生じる大東亜戦、神風精神、戦争挑発、世界平和を乱す黒幕、危険なる魔術、これは日本地上から永遠に葬り去るべきですね。」

 

日本側「? ? ? 」

 

しまったと思ったでしょうが、当時それ程痛痒を感じなかったのでしょう。弁解せず黙認。

 

ここに於いて日本教育史上空前の珍事として教育の課目から除去されたのであります。当然日本青年書道翼賛連盟の最高責任者の堀野哲仙が進駐軍からどんな待遇を受けたかは賢明なる諸賢は思い半ばに察するものがありましょう。

当然公の場所に勤務は許されません。闇米を背にして生活する決心も付きません。正に三児と妻を抱えて、雲井龍雄の捨児行の寸前の姿。今にして想えば肌に栗の生ずる思い。

昭和二十四年四月になって、進駐軍は「文字は書写能力の養成に必要な範囲で学業の中に採りいれてよい。国状に併せて毛筆で書く事を指導してもよい」

と云うお許しが出た。

日本の文字は多すぎるから出来るだけ少なくするように命じられた。

ここに於いて教育漢字なるものが文部当局の苦心の上出来上がった。

当時私は学校副教材の教科書四年、五年の国語の浄書をある印刷所から依頼されていたので、学校側より早く知った訳である。

文字が事務能率を増進させる為には如何に書写能力が必要であり、戦争を放棄した現在、平和の世界文化国家建設に主力を注がなければならない。文化の先兵は文字である。新聞も、雑誌も、放送も、事務も、まず書く事が一番先である。

この書く事が停滞したら、文化をいくら叫んでも前進が遅れるだけである。

ここで中学一年、二年に習字を許したのである。

国語の中に、読む、記憶する、意味を理解する、書く能力を養う。

この書く能力は、ペン、鉛筆、毛筆となっているので、指導者が適当に、教材を扱っている。この許しが出たのを好機として、書道が日展の五科に喰い込む運動をしたのである。

先般、書道を戦争の黒幕と見誤れた代償としたかどうか定かではないが、日展に加入出来たのである。かく実現せしめた豊道春海翁の政治的手腕は高く評価されてよい。次いで芸術院会員に豊道春海、尾上紫舟のお二人が脚光を浴びて推され、書道界の為万丈の気を吐いたのである。

次いで昭和二十六年漸次追放は解除されて日の目を見ることが出来たのである。

私哲仙は九死に一生の思いを得て、再び書道界に復帰する筈であったが・・・。


書道が芸術である限り、世界共通のものでなければならない。芸術にはウソが無い。世界の芸術が、世界の人種に理解され、その国民性の短所、長所を、心と心とで触れ合って心の底から信じ合った時、永遠の平和が樹立するのである。

文字を美しく書くと云うだけで、その団体の責任者が罪に問われ、一家の生活を奪われるとは何事か。之は書道の本当の姿を日本人自体が理解せず、その為他国人に知らしめる努力をしなかった為である。

 私共はフランスの油絵を理解し、彫刻に魅せられ、又世界の音楽を知り、世界の文学を知って心から親しみを感じ、理解したので、これが為に戦争中でも敵国にあって芸術の研究が出来たのであります。

習字は常に真剣勝負である。ぶっつけ本番である。修正が出来ないのである。ウソとか飾りのない姿を如実に表現するのが書道である。

これを世界のいずれの国の人々にも見て頂くことであり、理解して頂くことであり、習っていただくことである。

日本文字や、漢字を書けと云うのではない。

自国の文字を、自国の文章を書いて頂くことで、目的は毛筆で日本紙に墨汁で書いて頂くことである。

これが書道を以って文化国家建設への貢献であり、世界平和への書道に課せられた責任である。と、愚考したので旧来の書道界には帰らなかったのである。

 世界の異なる人種に理解して頂くことは、科学的であること、綜合的であること、総ての人々に容易に理解出来ること、短期で修得出来ること。

一方、日本経済の上にも、品位を高めることにも、書道教授者を外国に多数移住させること、日本紙、筆、墨の輸出、表装関係者を併せて送り出すことも出来る筈である。

日本紙に、サインを毛筆で書かせること。それにはまず日本人がこの如く簡易に文字が自由に書けると云う実証を作って頂かねばならない。かく考えたので、大死一番。

 

私は二千年来その前例なき「書法芸術」を提唱したのであります。