美術散策の休日

上野公園のサクラも満開で、平日だというのに恐ろしい程の賑わいを見せていた日に、久々に国立西洋美術館へと訪れた。

シャセリオーって誰?
美術展巡りに目覚めて3年ちょっと。
素人に若干毛が生えた程度の自分にとって、馴染みのない名前。
19世紀フランス・ロマン主義の時代の画家の一人と知り、だったら観といてもいいかな!程度の気軽さで何の先入観も持たず観に出かけた。


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テオドール・シャセリオー(1819-1856)。
フランスの植民地だったイスパニョール島(現在のドミニカ共和国)に生まれたシャセリオーは2歳の時にフランスに帰国。
僅か11歳でアングル(19世紀フランス新古典主義の巨匠と評される大家)に弟子入りし、師匠から将来を嘱望されるも、自我に目覚めたシャセリオーは次第にドラクロアらのロマン主義の画法に傾倒し、独自の道を歩んでいく。
病気のため37歳で早逝してしまったことや、彼の代表作の一つと目されるフランス会計検査院の壁画が1871年のパリ・コミューンによって破壊されつくし現存しないこともあり、いつしか忘れ去られた画家の一人となっていったのだとか。
生存中に残した作品も決して多くないため、こうしてシャセリオー単独の展示が企画されるのは世界的に見ても初めてらしい。

どんな画家なのかようわからんけど、実物を観てみますかね


1 アングルのアトリエからイタリア旅行まで

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「自画像」 1835年 ルーヴル美術館(パリ) 


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「放蕩息子の帰還」 1836年 ラ・ロシェル美術館


確かにこれは早世の画家だわ!


2 ロマン主義へー文学と演劇

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「アポロンとダフネ」 1845年 ルーヴル美術館(パリ) 


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「サッフォー」 1849年 ルーヴル美術館(パリ)(オルセー美術館に寄託) 


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「 気絶したマゼッパを見つけるコサックの娘」 1851年 ルーヴル美術館(パリ)(ストラスブール美術館に寄託)


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「マクベスと3人の魔女」 1855年 ルーヴル美術館(パリ)(オルセー美術館に寄託) 


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「泉のほとりで眠るニンフ」 1850年 フランス国立造形芸術センター(アヴィニョン、カルヴェ美術館に寄託)

 

3 画家を取り巻く人々

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「カバリュス嬢の肖像」 1848年 カンペール美術館 


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「アレクシ・トクヴィル」 1850年 ヴェルサイユ美術館



4 東方の光

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「コンスタンティーヌのユダヤ人女性」 1846-56年 エティエンヌ・ブレトン・コレクション(パリ) 


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「コンスタンティーヌのユダヤ人街の情景」 1851年 メトロポリタン美術館(ニューヨーク) 


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「雌馬を見せるアラブの商人」 1853年 ルーヴル美術館(パリ)(オルセー美術館に寄託) 


5 建築装飾―寓意と宗教主題

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「東方三博士の礼拝」 1856年 プティ・パレ美術館(パリ)


今回の展示は絵画40点、水彩・素描30点、版画19点の他に、シャセリオーが影響を受けたモロー、シャバンヌといった画家の作品も展示され、ロマン主義から象徴主義への橋渡し的役割を果たしたシャセリオーの存在を問う美術展の構成となっているよう。

また、失われて現存しない会計検査院の壁画の在りし日の姿を検証するコーナーも設けられていて、彼の短い生涯の足跡を余すことなく紹介している。


が、

なんかね、この美術展、”つかみ”がないんですよね~
確かに美術展ポスターに起用された「カバリュス嬢の肖像」なんかは確かにその美しさに見惚れるし、幼くしてアングルにその才能を認めさせただけの技量はひしひしと感じます。
確かに上手です、巧みです。
たぶん19世紀半ばのフランスの画壇にあって、ある種のキワモノとしての存在感(アラブ世界を始めとする東方への憧憬など)は目を光るものがあっただろうし、長生きしていればどんな作品を描いただろうという期待感は抱かせたでしょう。

ただ、何というか、正直、個人的にはまったく何の感慨の断片すら持ち得ない、退屈な美術展だったなぁ・・・
技巧者ではあったけれど、観る者の心を揺さぶるような画家ではあり得ないし、この人一人で企画展を主宰すること自体、ちょっと無理筋だったような気がしなくもない。

絵は綺麗だし、技量は認めるけれど、ただそれだけ。
僕がもっと見巧者の眼を持ち得れば、それなりの楽しさをハッケンできたのかもしれないが・・・
久々に何の気乗りもしない企画展に遭遇してしまったなぁ
という中途半端でやるせない感じで会場を後にした。
当然、図録も買い求めず。 
(ちょっと辛口モードでスミマセン
 

三菱一号館美術館で開催されている「オルセーのナビ派展 美の預言者たちーささやきとざわめき」展を観に行ってきました。

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印象派展や近世フランス絵画展などといった企画展を観に行くと、たいてい最後の方の展示は”ナビ派”だったりもっと先の”エコール・ド・パリ”だったりすることが多かったりします。

例えば過去にここ三菱一号館美術館で開催された企画展で、自分が出向いたものから考えても「ワシントン・ナショナル・ギャラリー展」なんぞは最後の1章をまるまるボナールとヴュイヤールに割いていました。
また3年前には今回の企画展でも取り上げられているある画家にクローズアップした企画展「冷たい炎の画家 ヴァロットン展」を開催するなど、三菱一号館美術館とナビ派は切っても切れない関係のよう。

で、”ナビ派”って何? 
という素朴な疑問に答えるかの如く、企画された今回の展示。

ホームページにはこのように記されています。
19世紀末パリ、ゴーガンの美学から影響を受け、自らを新たな美の「ナビ(ヘブライ語で"預言者"の意味)」と称した前衛的な若き芸術家グループ。平面性・装飾性を重視した画面構成により、20世紀美術を予兆する革新的な芸術活動を行った。

あ、そういうことなのね!


1 ゴーガンの革命

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ポール・ゴーガン 「《黄色いキリスト》のある自画像」 1890-91年頃  


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ポール・ゴーガン 「炻器瓶とりんご」 1887年


当然のことながら今回の展示はゴーガンから始まります。
っていうか、ゴーガン、ゴーギャン、どっちが正しいのか?
と冒頭から悩まされます
三菱一号館美術館は”ゴーガン”で押し通してますし、去年の秋に東京都美術館で開催されたかの企画展では”ゴーギャン”。

個人的にはゴーギャンと言った方がなじみ深いので、今回の企画展での作品の表記こそ”ゴーガン”と倣いますが、画家を語る際にはゴーギャンと表記したいと思います。

「《黄色いキリスト》のある自画像」、実物を見るのは初めてで感慨深いものがありますが、一方で自分で勝手に膨らませていたイメージよりは手頃なサイズだったことに驚かされ・・・

まぁ、三菱一号館美術館という「器」にこのサイズの作品がいちばんフィットしますしネ!


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ポール・セリュジエ 「にわか雨」 1893年


本来ならば、ナビ派の出発を象徴する作品でもあるポール・セリュジエ「タリスマン(護符)、愛の森を流れるアヴェン川」を載せるべきなのは重々承知しつつ・・・

いくらゴーギャンがセリジュに対し
「これらの木々がどのように見えるかね?これらは黄色だね。では、黄色で塗りたまえ。これらの影はむしろ青い。ここは純粋なウルトラマリンで塗りたまえ。これらの葉は赤い?それならヴァーミリオンで塗りたまえ」
と言われたからって、素直にそれに従って描かれた”作品”は、僕の眼には”画家のパレット”にしか映らないし、別の言い方をすれば”塗り絵”でしかない。
決して一つの完成した作品、画家の意思によって自発的に描かれた作品なのだろうか?
と疑問に思えるし、それ以上に好きになれない作品ゆえ、敢えて外させてもらい
むしろ好ましく思える「にわか雨」を紹介させていただきますネ。


2 庭の女性たち

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ケル=グザヴィエ・ルーセル 「人生の季節」 1892-95年


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ピエール・ボナール 「庭の女性たち」 1890-91年

左から
「白い水玉模様の服を着た女性」
「猫と座る女性」
「ショルダー・ケープを着た女性」
「格子柄の服を着た女性」



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ピエール・ボナール 「黄昏〈クロッケーの試合〉」 1892年


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アリスティード・マイヨール 「女性の横顔」 1896年頃


ナビ派の特徴の一つとして、「装飾性」という観点を挙げることができます。
この章で紹介される作品たちは、色彩の反復や紋様といった装飾性を意識したものが多く、また四季を巧みに作品の中に織り込んだものも数知れず。
特にボナールの「庭の女性たち」の4作品は、もともと屏風に触発を受け彼なりの解釈で描き始めたものがベースとなっているようで、そこからは日本の”浮世絵”などの影響もうかがえます。

作品自体がベタッとした平面的な構図であり、どう見たって西洋絵画の主流である奥行きを意識した作品群とは異なった方向性がナビ派の画家たちの作品には通底している感あり。

描かれている人物のファッションも容姿骨格も明らかにヨーロッパなのだが、どこかしら”ジャポニズム”的要素も感じられて、非常に不可思議な空気がこの章の室内には漂っていました。


3 親密さの詩情

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フェリックス・ヴァロットン 「化粧台の前のミシア」 1898年


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フェリックス・ヴァロットン 「室内、戸棚を探る青い服の女性」 1903年


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エドゥアール・ヴュイヤール 「エッセル家旧蔵の昼食」 1899年

親密さの詩情という題名を掲げている割に、僕がこの章からピックアップした作品はどれも不穏・不安を想起させるようなものばかり・・・
決して言葉から窺える”ほのぼの感”とは真逆とまでは言わないけれど、詩情と言うよりは私情の方が相応しいような・・・
といっても僕が悪いわけでもなんでもなく、この辺りから明らかに企画側の色彩が濃くなるさまが見て取れるんだと思うんです。
ナビ派ってよく「親密」なる言葉で説明されがちで、昨今は更に「カワイイ」なる語彙までつけ加わり・・・
それは決して間違いではないのですが、かといってそういうワードだけでナビ派を語られたくないんだよね~!
的なキュレーターの心の叫びが聞こえなくもなく。

ヴァロットンの作品を久々に複数点じっくりと鑑賞させていただきましたが、2014年の「冷たい炎の画家 ヴァロットン展」の前にこのナビ派展を開催してもらえたら、もっとわかりやすかったのに!

やはり美術展というものは、開催の時期を選べない代わりに、それを観た時には趣旨がわからずモヤモヤした印象を抱えていたとしても数年経ってその理由がクリアになる!
みたいな事なんだろうと。
ちょっと意味不明なこと書いててスミマセン



4 心のうちの言葉

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エドゥアール・ヴュイヤール 「八角形の自画像」 1890年頃


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ピエール・ボナール 「格子柄のブラウス」 1892年


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ピエール・ボナール 「ブルジョア家庭の午後」 1900年


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フェリックス・ヴァロットン 「 アレクサンドル・ナタンソンの肖像」 1899年


ヴァロットンって、やはり他のナビ派の画家たちと較べると個性が際立っているというか、明らかに違うベクトルの画家だという確信が・・・
ナビ派の他の画家よりも画力・筆力・色遣いの微細さが別次元で、かつ良くも悪くも粘着質っぽい。
人物画一つとっても、ヴュイヤールとの差は歴然で。
むしろ筆致を残さない画風といい、遠近感ある画力といい、印象派以前のサロンの画家たちに技量の部分では重なるような気がしてならないんだけどなぁ~。
何でこの人「ナビ派」の括りにいるんだろうか?



5 子ども時代

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ピエール・ボナール 「ランプの下の昼食」 1898年


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フェリックス・ヴァロットン 「ボール」 1899年


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エドゥアール・ヴュイヤール 「公園」 1894年
左から順に
「公園 戯れる少女たち」 1894年
「公園 質問」 1894年
「公園 子守」 1894年
「公園 会話」 1894年 
「公園 赤い日傘」 1894年


この章での最大の魅力は何といってもヴュイヤール「公園」シリーズでしょう
画家自身の構想に忠実に展示することにこだわった三菱一号館美術館の姿勢に拍手
壁2面を用いての展示は、それぞれの作品が独立しつつも連作としてのイメージも忠実に再現しており、まるで「短編連作小説」の絵画版といった趣。
またこの作品でヴュイヤールは初めて、膠を用いて作品を制作。
独特の色合い・質感を得ることに手ごたえを得た彼はその後こうした制作スタイルを多用することになったきっかけの作品なのだとか。


6 裏側の世界

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エドゥアール・ヴュイヤール 「ベッドにて」 1891年


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モーリス・ドニ 「ミューズたち」 1893年


今までなかなかまとまってナビ派の世界に触れる機会がなかった分、非常に興味深くそれぞれの作品に触れることができ面白さを感じて最期を迎えられるのか
と一瞬感じた自分が甘かった

三菱一号館美術館の企画展って、そう簡単に終わらせてくれる訳なんかないのは、過去何度も体験しているはずなのに・・・
1年以上ここでの企画展に足を運ぶことがなかったのですっかり失念してしまった

何と言いましょうか、この美術館って独特やね。
もうちょっといい余韻のまま、美術展を観に来た客を返せばいいのに!
と僕なんぞはいつも感じるのだが、最後の最後で非常に癖のある、個性の強い作品を並べる手口はいつもと同様。

絵画作品ばかりか、この章では彫刻まで出展されていてビックリ
「彫刻家のナビ」と仲間内で呼ばれていたらしいジョルジュ・ラコンプという人の作品が2点。
「存在」という題名の作品はクルミの木に浅浮彫が施され、モチーフには女性器や精子を表現したのだとか!(←秘宝館かよ
もう一つの作品「イシス」は、マホガニーの木に浅浮彫、かつ一部は彩色されている手の込んだもの。
こちらもまた長い髪の裸体女性の乳房から赤い液体が勢いよく流れ落ちるという、なんとまあシュールでグロい作品。(←秘宝館かよ


今回の企画展の監修は、オルセー美術館の総裁でナビ派研究の第一人者であるギ・コジュヴァル氏の仕事。
ナビ派の全容を余すところなく伝えようと、力のこもった企画展であったと思います。
最後の展示室の構成は正直えげつなくて個人的には好きになれないけれど、一口に「ナビ派」と言っても単に”カワイイもの”、”日本の浮世絵の影響”などと言えない多様さを秘めていることを物語っているように思えました。

 

「額装の日本画」
普段はあまり意識して考えないテーマだが、こうやって企画展のタイトルとなって僕らの目の前に現れてくると、少しだけギョッとさせられるような・・・

日本画だと掛軸や襖、絵巻物だよね?
なぜ、額装???

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栃木県立美術館で、僕らの漠然とした常識の隙間を突いてくるような企画展が開催されていたので観に出かけた。

すべてこの美術館の所蔵する作品で、額装の日本画の成り立ちや変遷を紹介する企画展。


冒頭に展示されるのは清水登之の洋画「パリ地下鉄停車場」(1925年)。
参考出品と言う形で展示されたその傍らには
「最後まで見終わった時、見始めた時とは異なる感慨が生じる事でしょう」
といった趣旨の言葉が・・・

どんな企画展になるのでしょうか???


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松本姿水 「明暗」 1971年 


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荒井寛方 「龍虎図」 1931年


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小堀鞆音 「恩賜の御衣」 1898年


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羽石光志 「ひよどりごえ」 1965年


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大矢紀 「北の譜」 1972年


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小野具定 「北限」 1974年


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橋本龍美 「野火」 1971年


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中島千波 「草の主」 1971年

 
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五百城文哉 「おまつ像」 1901年頃


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菊地武彦 「土の記憶 2009-20 -平地林ー」 2009年


企画展の構成は下記の通り

Ⅰ 額装の日本画とは
Ⅱ 額装前史
Ⅲ 大画面の掛軸、屏風
Ⅳ 和紙の改良と大判化
Ⅴ 日本画の主な団体展の歴史
   <日本美術院> <日展> <創画会> <独立系・無所属>
Ⅵ 出品既定の変遷
Ⅶ 様々な試み
Ⅷ 日本画の技法と材料
Ⅸ 表層替え
Ⅹ 脱・額装の日本画
Ⅺ 日本画とは何か


結論を申せば、額装の日本画の誕生と公募展・団体展の開催が密接に絡み合っていることや、私たち日本人の生活する家屋が日本住宅から洋風建築へと変化していったことが挙げられる。
そういう形を経て100年余り続いてきた日本画の歩みも、近年、本質を問う形で原点回帰を模索する動きを見せる画家もいれば、逆により一層前衛的に突き進む画家もいたりして・・・
最後の方の展示作品は、「果たしてこれが日本画なの?」「日本画って一体何ぞや?」と、混沌させられるかのよう。
こういう視点から、日本画を問う企画力のあり方に感心させられました。

ここに紹介できなかった作品で印象に残ったものとしては
*羽石光志 「寂光院」
*石川寒巌 「松石不老図」(襖絵)
*江連雄久 「倉舗」
*塚原哲夫 「アマ・ダブラム」

そして以前は額装だったものを掛軸に表層替えした
*田中一村 「四ツ手網」

といった作品が良かったです。


画像のイチバン最後に掲載した「土の記憶 2009-20 -平地林ー」なんて、岩絵の具ではなく泥を用いていると知り・・・絶句。
ここまでイっちゃってると、日本画としてどころか、そもそも絵画なのか?
と・・・
僕らの思い描く概念をあっさりぶち壊すかのよう。

日本画って、一体何なのでしょうかね?
確かに最後まで観終わると、清水登之の洋画の方がよほど日本画のように思えてくる不可思議さ! 

前篇から続く。


新館から本館へと通じる回廊には、この美術館が開館以来開催してきた大型企画展のポスターが所狭しと貼られている。
一民間の、開館30数年の歴史の美術館でありながら、よくぞこれまでと思うような数々の企画展の歴史に改めて凄さを感じるほど。
自分がもっと若い頃から美術を観る楽しみに目覚めていたならば、足を運んだだろうと思わせるようなものも多々・・・

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前半だけで140作品というボリュームに圧倒されたのか?
本館のフロアーはひっそりと静まり返り、先程までいたはずの人たちの姿も随分と距離が離れてしまったようだ。


第6章:イギリス絵画(全15作品)


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ジョシュア・レノルズ 「少女と犬」 1780年頃


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ジョセフ・マラード・ウィリアム・ターナー 「ヘルヴーツリュイスから出航するユトレヒトシティ64号」 1832年


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ジェームズ・パーレル・スミス 「滝」 1874年


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ローレンス・アルマ=タデマ 「古代ローマのスタジオ」 1874年


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ダヴィッド・ジェームス 「波」 1895年


第7章:アカデミズムとバルビゾン派(全21作品)


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ウィリアム・アドルフ・ブーグロー 「漁師の娘」 1872年


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ミケーレ・ゴルディジャーニ 「シルクのソファー」 1879年


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ジャン=バディスト・カミーユ・コロー 「もの思い」 1865-70年頃


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ジャン=フランソワ・ミレー 「鵞鳥番の少女」 1866-67年頃


第8章:印象派(18作品)

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カミーユ・ピサロ 「春、朝、曇り、エラニー」 1900年


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エドゥワール・マネ 「散歩」 1880年頃


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ポール・セザンヌ 「オーヴェールの曲がり道」 1873年頃


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クロード・モネ 「海辺の船」 1881年


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ベルト・モリゾ 「バラ色の服の少女」 1888年



第9章:印象派以降の画家たちー後期印象派・ナビ派(全17作品)


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ジョセフ・ロデファー・デキャンプ 「静物、バラ」 1890年頃


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アンリ・マルタン 「画家の家の庭」 1902年


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アンリ・ル・シダネル 「黄昏の古路」 1929年 


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アンリ・ル・シダネル 「森の小憩、ジェルブロワ」 1925年


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エミール・ベルナール 「城のあるスミュールの眺め」 1905年


第10章:エコール・ド・パリの画家たち(全10作品)


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アメデオ・モディリアーニ 「ポール・アレクサンドル博士」 1909年


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モイーズ・キスリング 「花」 1929年


特集展示Ⅳ:マン・レイとシュルレアリスムの画家たち(全17作品)


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ルネ・マグリット 「再開」 1965年


第11章:20世紀絵画(全28作品)


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こういう風に作風もまったく異なる絵画が壁一面に飾られると、それはまた違った意味で圧巻でありますなぁ~!


特集展示Ⅴ:アメリカン・ポップアート(全9作品)


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アンディ・ウォーホル 「ウーマン」 1975年


時間をかけて鑑賞する場所と軽く流す場所とをかなりメリハリをつけて観たつもりだが、2時間半近くかかっている。
もっと丁寧に観ようとするならば、3時間は必要かもしれません。
最後の方の20世紀絵画やアメリカン・ポップアートは正直、よくわからなかった・・・

非常に見応えあり、かつ、わかりやすい構成で、西洋絵画400年の流れを掴みつつ、自分のお気に入りの1枚を探す楽しさも満喫しながらの鑑賞でした。


東京富士美術館では現在、この美術展に飾られた作品の人気投票を公式ホームページ上でやっている様子。
誰でも気軽に参加できるようなので、ネット上で作品鑑賞を楽しみつつ、「いいね!」をつけてみるのもオススメです


富士美の西洋絵画展人気投票


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