(1) からの続き。

さて、弟子の小倉遊亀(1895-2000)であるが、いかにも画号のような名前は実は本名だと知りチト驚き!
滋賀県大津の時計商の長女として生まれた彼女は、18歳の時に奈良女子高等師範学校(今の奈良女子大学)へと進む。
国語漢文部の指導教授であった水木要太郎との出会いが、その後の彼女の運命を導いていく。
25歳の時に安田靫彦の門を叩き弟子入りするのだが、彼女の日本画家としての歩みは決して順風満帆だったわけではなく、絶えず己の画風を探求する旅は続いていたようだ。
弟子入り直後に、彼女のそれまでの癖である”太い線に頼った画風”を直すことと、「一枚の葉っぱが手に入ったら、宇宙全体手に入ります」といった細かい描写まで見つめる指導を受けたりといった風に・・・


今回もざっと、気になった作品を振り返っていこうと思うが、冒頭の2枚はそれぞれ87年ぶり、80年ぶりの一般公開なのだとか。


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小倉遊亀 「挿花小女之図」  昭和2年(1927年)制作  (後期展示)



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小倉遊亀 「花 其二」  昭和9年(1934年)制作   京都大学(滋賀県立近代美術館寄託)  (前期展示)




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小倉遊亀 「受洗を謳う」  昭和11年(1936年)制作   滋賀県立近代美術館  (前期展示)


 
戦前の作品で他に気になったものとして
 「胡瓜」       昭和11年(1936年)制作       (前期展示)
 「夏の客」      昭和17年(1942年)制作       (後期展示)
など。

彼女の作品は女性の何気ない一瞬の光景や、自然を題材にした静物画を初期の頃から好んで描いているのだが、非常に素直に細部まで描きながらも、どこか温かなまなざしを感じさせて、見ているものを和ませてしまう魅力にあふれているように感じる。
日本画を描きながらも、「受洗を謳う」のように題材がどこか洋画っぽい雰囲気も纏っていて、古臭さを感じさせない。



彼女のそういった資質が一気に開花するのは戦後。
昭和20~40年代の作品群は、決して一つの型に収まろうとせず、常に彼女自身の創作欲によって一作ごとに画風が変化していく面白さが窺えて、今回の展示でのイチバンの見どころだと感じさせる。


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小倉遊亀 「花屑」  昭和25年(1950年)制作   滋賀県立近代美術館  (前期展示) 



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小倉遊亀 「娘」  昭和26年(1951年)制作   滋賀県立近代美術館  (後期展示)



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小倉遊亀 「良夜」  昭和32年(1957年)制作   横浜美術館  (前期展示)



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小倉遊亀 「家族達」  昭和33年(1958年)制作   滋賀県立近代美術館  (前期展示)



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小倉遊亀 「少女」  昭和38年(1963年)制作   滋賀県立近代美術館  (後期展示)



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小倉遊亀 「観自在」  昭和43年(1968年)制作   滋賀県立近代美術館  (全期間展示)



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小倉遊亀 「舞妓」  昭和44年(1969年)制作   京都国立近代美術館  (前期展示)



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小倉遊亀 「姉妹」  昭和45年(1970年)制作   滋賀県立近代美術館  (後期展示)



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小倉遊亀 「雪」  昭和52年(1977年)制作   滋賀県立近代美術館  (前期展示)


他に好印象を受けたものとして
 「盛られた花」  昭和38年(1963年)制作     (後期展示)
 「聴く」        昭和49年(1974年)制作     (後期展示)
など。


「花屑」の光と影のコントラストの妙、自由な時代の空気を的確に切り取って描いた「娘」や「家族達」。
明らかにマティスやピカソの影響を受けながらも、独特の”空間”を描くことで真似に堕してない「良夜」。
「観自在」では師匠の靫彦ばりの作品世界を手に入れたかと思うと、「舞妓」や「雪」でのモデルの凛とした空気まで描き分ける手法を発揮と、一人の画家の変遷とは思えぬほどの豊饒な世界が並べられている嬉しさよ!


さすがに遊亀も80を過ぎると、何だこりゃ!的な作品ばかりになってくる後半部分の展示は見ていてしんどかったかも・・・

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小倉遊亀 「天武天皇」  昭和58年(1983年)制作   薬師寺  (全期間展示)



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小倉遊亀 「つかのま」  昭和58年(1983年)制作     (前期展示)


人物画はやたらと太い輪郭線に頼るし、静物画は背景が毒々しい色彩やら金箔を無駄に多用した作品ばかりが目につく。

亡くなる直前まで一定の水準を保ち精力的に描き続けた師匠・安田靫彦とは何やら非常に対照的な小倉遊亀の晩年の作品群。
玉石混交ぶりは半端なかったように思うのだが、そういうものも含めて、一人の画家の変遷をざっと眺める機会を得られて興味深い美術展だったと思います。


ただ一つ、ガッカリなこと。
ここでもまた、滋賀や愛媛の展示では飾られていて図録にも収録されている作品が幾つも、宇都宮には登場してないことが返す返すも残念。 

具体的には「コーちゃんの休日」「径(こみち)」そして「O夫人坐像」。
この3作品が来るのと来ないのとでは、展示の水準に大きな違いが生じると思うんだけどネ。
どうしてこんなことになっちまったんだろうか???

「径」是非とも見たかったなぁ・・・