美術散策の休日

2015年10月

練馬区立美術館で開催されている「アルフレッド・シスレー展 -印象派、空と水辺の風景画家ー」を観てきた。
日本国内各地の美術館で所有されているシスレーの絵画及び個人蔵のものも含めて、35~40程度あるとされているらしいのだが、今回の展示では20作品が集められた美術展。
こうしてこれらの絵が一堂に会する機会はなかなかないだろうから、非常に貴重な場。


僕がいろんな美術展に足を運ぶきっかけとなったのが、2013年秋に開催されていた「光の賛歌 印象派展」
あの時は海外の美術館所蔵の作品を中心に、16点ものシスレーの絵画が飾られていて、すっかりシスレーの魅力にはまってしまった。
なので、今回の企画が発表されて以来ずっと期待し待ち望んでいた美術展。

 
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出かけたのは10月3連休の中日の日曜日。
小雨が降ったりやんだりの生憎の天気ながら、開館直後の美術館には自分と同じように楽しみにして訪れた人たちがかなりいた。


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「マントからショワジ=ル=ロワへの道」  1872年   吉野石膏美術振興財団(山形美術館に寄託)



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「牧草地の牛、ルーヴシエンヌ」  1874年   東京富士美術館

「第1回 印象派展」に出品された可能性の高い作品のようです。


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「サン=クルー近くのセーヌ川、増水」  1879年   上原近代美術館



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「ヒースの丘」  1880年   個人蔵



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「サン=マメス六月の朝」  1884年   ブリヂストン美術館 

一見、普通の川沿いの街といった景観ですが、水面から数メートルの標高差があるらしい。
水運が発達する以前の過去の時代には、川を下った舟を上流に引き上げるために、人馬を用いて曳航したのだとか。
岸辺の高台の道沿いに家々が立ち並ぶ光景。



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「サン=マメス」  1885年   公益財団法人ひろしま美術館



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「ロワン河畔、朝」  1891年   ポーラ美術館



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「レディース・コーヴ、ラングランド湾、ウェールズ」  1897年   東京富士美術館


アルフレッド・シスレー(1839-1899)は、印象派の画家たちの間でも中核をなす存在。
今回の美術展でも彼の画業をほぼ年代に沿って取り上げる構成になっていたのだが、こうして20点を見較べてみて改めて彼の作風の「いい意味での一貫性」が非常に心地よく感じる。
どの絵も水準が一定していて、見る側の期待を裏切らない良質さ。
彼こそが「本当の印象派」だ!との評価を識者から下されたほど、彼の作風は変わらずに、空や水辺、風景の様を描いていく。
セーヌ川流域のエリアを、場所を変えつつもずっとそこから離れずに・・・

最後に飾られていた作品「レディース・コーヴ、ラングランド湾、ウェールズ」だけが極めて異色の風景画。
シスレーが海を描いている
という驚き。


心地よさに酔いしれながらも、シスレーの絵画はサラッと観ることができてしまうため、20作品を丁寧に眺めてもそれほど驚くような時間にはならない。
もうちょっとボリュームが欲しいな!
なんて気分のまま、次の構成の展示が続く。


『シスレーが描いた水面・セーヌ川とその支流 -河川工学的アプローチ-』
と銘打ったその章では、19世紀の産業の発展と近代化の波の中で、セーヌ川もまた「交通手段としての通路」としての役割を担わされていくことになった!
そうしたアプローチからの考察や、シスレーを始めとしてセーヌ川の風景に題材を取った他の印象派の画家の作品も含めて”近代化したセーヌ川”の風景についての説明パネルが立ち並ぶ。

美術館にいる事も忘れるほど、実はこの章は興味深く示唆に富む内容が多く含まれていて、相当時間を取られる。
文字や写真などのパネル展示ゆえ、読むのに時間がかかることと、あまりこうした角度からの考察を見る機会がなかった分、わからないことが出てくると何度も読み返して理解しようと試みるものだから・・・

おまけにその後、荒川の治水などの展示までされていて、ここは一体どこなの?
とクラクラさせられる。
何という荒業
展示作品数の圧倒的少なさを、こうした構成で攻めて来るとは


階段を下りて第3室へ。
『シスレーの地を訪ねた日本人画家』
というテーマで、日本人画家たちの作品が飾られた一角。
そこにはどう解釈しても印象派とはかけ離れた”いかにも近代の日本人洋画家たちが描きそうな”作品ばかり。
何だかなぁ・・・

1点だけ、「これは何だ?」と興味をそそられたのがこれ。

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参考出品
「シスレー《風景》模写」図版


中村彝という画家が1918年に、シスレーの作品「廃屋-フォンテーヌへの道、11時頃」を所有者から借用して1週間ほどで描き上げた模写作品があったのだという。
1967年(昭和42年)に新宿で開催された美術展を最後に、この模写作品もシスレーの原画の作品も所在不明となっているのだとか・・・


最初はどっぷり、シスレー祭り
間はしっかり河川工学や治水、それに絵画のお勉強。
最後はちょっぴりミステリアスな謎かけ!といった感じで、良くも悪くも奇妙奇天烈さ炸裂。
何だかんだで1時間40分ほどかかりました


いつか、ちゃんとしたシスレーの作品展を観てみたいな!と思いつつ。
 

昨年の秋、渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムで開催されていた「夢見るフランス絵画展 印象派からエコール・ド・パリへ」。
その時は見逃してしまったのですが、巡回展が宇都宮美術館で開催されているのを知り、観に出かけてきました。


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ある日本人コレクターが蒐集した作品ばかりが全部で71点公開!というのも驚きですし、その殆どが今まで一般公開されたことすらない作品ばかりと聞き・・・
まだまだ世の中には、観る機会の限られた作品がどれだけあるのだろうか?と思いながらも、じっくり鑑賞させていただくことに。

いつもの企画展なら、イチバンの広さを持つ展示室3から観てその後に展示室2という流れで展開することが多いと思うのだが、今回の企画展は展示室2から。


第1章  印象派とその周辺の画家たち

冒頭を飾る作品はシスレーの「四月の森」という作品。
シスレーは2作展示ながら、正直今回はあまりパッとした印象がせず。
いきなりちょっとパンチが弱いなぁ…!なんて思いつつも足を進める。


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ポール・セザンヌ 「イル=ド=フランスの風景」  1879-80年

いかにもセザンヌらしい、カチッとした構成ながらも一筆ごとに丁寧に色を重ねた描写に見入ってしまう。
セザンヌはもう1点、「大きな松と赤い大地(ベルヴュ)」という作品の計2点。

これに続くのがルノワール。
合計7点で、かなり大きなサイズの作品や、特殊な形をした作品までとバラエティーに富んでいる。


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ピエール=オーギュスト・ルノワール 「アンリ・ベルンシュタインの肖像」  1910年


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ピエール=オーギュスト・ルノワール 「ド・ガレア夫人の肖像」  1912年


ルノワールが男性をモデルにして描いた作品を観たのは初めてかもしれない。
それにちょっとビックリ。
「ド・ガレア夫人の肖像」は、非常に華やかで色彩鮮やか。
気品溢れる作品。
ルノワールと言えばやはりブクブク太って頭の悪そうな女性の裸体(今回もそういう作品が飾られていましたが)が多く、正直、辟易させられるのだが・・・
この2作品のように、ちょっと珍しい角度の作品を観る機会を得られると、もう少し突っ込んで彼の作品を辛抱強く見てみたいと思わされる不思議さ。


モネは4点。
どれも個人のコレクター作品にしてはなかなかの水準。


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クロード・モネ 「レ・ムレット(小さな積藁)」  1894年



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クロード・モネ 「エトルタ、夕日のアヴィル断崖」  1883年



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クロード・モネ 「睡蓮のある池」  1919年


「エトルタ、夕日のアヴィル断崖」の色合いの美しさよ!
吸い込まれそうになるほど見入ってしまう。
今回の作品の中で、どれか1枚持って帰れるとしたら、僕は迷わずこの作品を選ぶ!

「睡蓮のある池」、元々は横長の構図の作品を中央で分割したらしく、この作品は右側に当たるのだそうだ。
1919年というと、モネが白内障で苦しみながらも絵筆を取ることをやめなかった時代の作品。
それにしては色合いといい筆致といい、この時期のモネらしからぬ(?)穏やかさ。



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ピエール・ボナール 「トランプ占いをする女」  1905年頃
 


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アルベール・マルケ 「ナポリ湾」  1908-09年



第1章は全部で17作品展示。
印象派の画家中心ながら、所蔵していない画家もあるせいか、ボナールやマルケまで同じスペースに飾られているのが不思議な気がした。
第2室を出て、いよいよ大きなスペースである第3室へと向かう。



第2章  革新的で伝統的な画家たち


ここに並ぶのはルオー(6作品)、ヴラマンク(10作品)、デュフィ(2作品)、そしてドラン(2作品)の4人の画家。


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ラウル・デュフィ 「エッフェル塔」  1923-24年あるいは1930年

第3室に入ってまず見えるのはこの大きな作品。
いかにもデュフィなのだが、だんだんアレルギー反応も消えてきたみたいで(汗)面白く鑑賞させてもらった。



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モーリス・ド・ヴラマンク 「ルイ・フィリップ様式の花瓶」  1925年



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モーリス・ド・ヴラマンク 「踏切のある風景」  1953年


ヴラマンクというと、重苦しい色彩と汚れた雪道といったモチーフの作品ばかり観てきたような気がするのだが、今回の10点の中には、僕の中で固まり切った”ヴラマンク像”を叩き壊すようなさくひんも2・3あり、いい意味で裏切られた感あり。
特に「カシスの港」という作品なんて、あのヴラマンクが海を描いているなんて新鮮な驚きを覚えたというか



第3章  エコール・ド・パリの画家たち


ユトリロ(11作品)、藤田嗣治(6作品)、モディリアーニ(2作品)、シャガール(4作品)、キスリング(7作品)、そしてローランサン(4作品)という構成。
イチバンのボリューミーな展示スペース。
個人のコレクションの、いい意味での偏り・コレクターの趣味趣向が窺える。



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モーリス・ユトリロ 「パリのサン=セヴラン教会」  1909年頃



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モーリス・ユトリロ 「エクーアンの教会と郵便局」  1924年


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モーリス・ユトリロ 「サクレ=クール寺院の丸屋根とサン=ピエール教会の鐘楼」  1926年


ちょっと癖のある作品が並んだあとで、ユトリロの風景画が飾られていると一息つけますねぇ・・・(笑)
画家として決してスゴイ!とは思わないけれど、構えることなく絵を見る楽しみを与えてくれるこのような画家の作品も必要ですよね。



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藤田嗣治 「北那覇」  1938年


他の作品がすべてパリ時代のフジタの様式の物ばかり(猫とか裸体の女とか)の中で、異彩を放っていたのがこの作品。
この2年後から、彼は本格的に「戦争画」に手を染め始めて行くのだもんなぁ・・・



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キスリング 「若い女性」  1939年



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キスリング 「花」  1935年



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キスリング 「百合」  1947年


このコレクターは一体、年齢は幾つくらいで、性別はどっちなんだろう?
夫婦で蒐集したのかな?

キスリングの色鮮やかながらも人の心をホッと和ませるような作品は、女性好みだと思うし・・・
ヴラマンクやルオーの癖の強い作品からは、こだわりの強い男性の姿を思い浮かべてしまう。


”夢見るフランス絵画”のタイトルは嘘ではなく、個人のコレクターの思い入れと趣向が優先された作品たち。
美術史的な流れとか、系統のバランスなど関係なく、ただただ好みの作品を蒐集したのでどうぞご覧ください!といった姿勢が潔い。
 

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