2008年04月01日
川久保くん、ブログ開始とのこと。
http://blog.livedoor.jp/yukikawakubo/
ご覧下さい(*・ω・)ノ
ご覧下さい(*・ω・)ノ
2008年03月22日
春が来ましたね。
最近、ブログ更新ご無沙汰していますが、
皆様、お変わりありませんか?
巷は、めっきり春の気配に包まれ、
日中は暑い日もありますね。
また、動きがありましたら、
色々と報告させて頂きます。
皆様、お変わりありませんか?
巷は、めっきり春の気配に包まれ、
日中は暑い日もありますね。
また、動きがありましたら、
色々と報告させて頂きます。
2008年02月11日
仮面のプリンセス・リアル姫の大冒険 21
二十一 ゴールデン王国よ永遠に
「ジャック。 本当に行ってしまうのか? 我が国の大臣として是非迎え入れたいんだが」
「有難う。気持ちだけ受取っておくよ。 俺達にはもっともっと見てみたい世界があるんだ」
ブランド王子の申し出に、ジャックは敬意を込めて辞退しました。
「そうか……分かった」
「リアル。申し訳ないが子供達を宜しく頼む」
「 はい」
リアルは複雑な心境でジャックの言葉を受取ります。
「私達が厳しく躾ますからご安心下さい」
そこへ必死の形相をした子供達が駆込んで来ました。
「ジャック兄ちゃん、行かないで!」
「ジャック兄ちゃん、行っちゃやだよ!」
ピエタに続いて、子供達が涙を流しながらジャックやラルゴにすがりつきます。
「私達も連れてってぇ」
「僕も行く!」
「あたしも!」
子供たちの叫び声に、ジャックは胸が押し潰されそうになります。
ですが、ぐっと堪えて言いました。
「……お前達は、この国で人間らしい生活を送るんだ」
「でも、ジャックがいなくなったら…僕達……」
泣き虫マークが、ボロボロ涙を零しながら言います。
「馬鹿泣くな。……一生逢えない訳じゃないんだ」
「でも…」
ジャックは子供達の体をきつく抱きしめ、
「もう決めた事だろ。……しっかりしろ!」
そしてゆっくりと全員の顔を見つめ、いつものように厳しく言いました。
「ふぁーい」
子供達の顔は、涙と鼻水でもうグチョグチョです。
「でっかいお宝見つけて、必ず帰って来るからな」
「帰って来たら…きっとお嫁さんにしてね」
「分ったよ」
ピエタの言葉にジャックは微笑んで応えます。
「でも、盗賊なんて二度となっちゃ駄目だよ」
リアルが優しくそう言うと、
「そうねぇ。 今度は海賊にでもなるかな」
ジャックは澄まし顔で言いました。
「もう!」
リアルが膨れましたが、みんな顔を見合せて笑い合います。
「それじゃみんな元気でな!」
ジャックがみんなに向かって言いました。
「さようなら、ジャック兄ちゃーん! ラルゴ兄ちゃーん!」
子供や人々が、口々に別れの言葉を贈ります。
ジャックとラルゴは、大きく手を振りながら旅立って行きます。
「ジャック、ラルゴ! 必ず帰って来いよ!」
ブランドも手を振ります。
「お前こそ、必ずリアル姫を幸せにしろよ!」
ジャック達の姿が見えなくなっていきます。
子供達は丘の上に登り、いつまでも手を振り続けました。
「あの方は、子供の命を救うお医者になるとおっしゃってました」
ドクターが目を細めながらそう言いました。
「ぇ……」
リアルが思わずドクターの顔を見ます。
「さあリアル様、ブランド様。みんながお二人をお待ちかねですよ」
「 はい」
リアル姫とブランド王子は頷き、晴れやかな笑顔で群衆の前に立ちました。
「リアル姫、ブランド王子、バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!」
ゴールデン王国の群衆から大歓声が沸起り、
青空には数千もの鳩が羽ばたいて、美しい薔薇の花びらが風に舞っています。
……若い二人の門出を祝って 。
仮面のプリンセス・リアル姫の大冒険=終=。 作・星 要市
※最後までお読み頂き有難うございました。
台詞に空白があるのは、罫線が反映されない為で、お詫び申し上げます。
また、新作が出来ましたらアップしますので是非お付合い下さい。(~~)
「ジャック。 本当に行ってしまうのか? 我が国の大臣として是非迎え入れたいんだが」
「有難う。気持ちだけ受取っておくよ。 俺達にはもっともっと見てみたい世界があるんだ」
ブランド王子の申し出に、ジャックは敬意を込めて辞退しました。
「そうか……分かった」
「リアル。申し訳ないが子供達を宜しく頼む」
「 はい」
リアルは複雑な心境でジャックの言葉を受取ります。
「私達が厳しく躾ますからご安心下さい」
そこへ必死の形相をした子供達が駆込んで来ました。
「ジャック兄ちゃん、行かないで!」
「ジャック兄ちゃん、行っちゃやだよ!」
ピエタに続いて、子供達が涙を流しながらジャックやラルゴにすがりつきます。
「私達も連れてってぇ」
「僕も行く!」
「あたしも!」
子供たちの叫び声に、ジャックは胸が押し潰されそうになります。
ですが、ぐっと堪えて言いました。
「……お前達は、この国で人間らしい生活を送るんだ」
「でも、ジャックがいなくなったら…僕達……」
泣き虫マークが、ボロボロ涙を零しながら言います。
「馬鹿泣くな。……一生逢えない訳じゃないんだ」
「でも…」
ジャックは子供達の体をきつく抱きしめ、
「もう決めた事だろ。……しっかりしろ!」
そしてゆっくりと全員の顔を見つめ、いつものように厳しく言いました。
「ふぁーい」
子供達の顔は、涙と鼻水でもうグチョグチョです。
「でっかいお宝見つけて、必ず帰って来るからな」
「帰って来たら…きっとお嫁さんにしてね」
「分ったよ」
ピエタの言葉にジャックは微笑んで応えます。
「でも、盗賊なんて二度となっちゃ駄目だよ」
リアルが優しくそう言うと、
「そうねぇ。 今度は海賊にでもなるかな」
ジャックは澄まし顔で言いました。
「もう!」
リアルが膨れましたが、みんな顔を見合せて笑い合います。
「それじゃみんな元気でな!」
ジャックがみんなに向かって言いました。
「さようなら、ジャック兄ちゃーん! ラルゴ兄ちゃーん!」
子供や人々が、口々に別れの言葉を贈ります。
ジャックとラルゴは、大きく手を振りながら旅立って行きます。
「ジャック、ラルゴ! 必ず帰って来いよ!」
ブランドも手を振ります。
「お前こそ、必ずリアル姫を幸せにしろよ!」
ジャック達の姿が見えなくなっていきます。
子供達は丘の上に登り、いつまでも手を振り続けました。
「あの方は、子供の命を救うお医者になるとおっしゃってました」
ドクターが目を細めながらそう言いました。
「ぇ……」
リアルが思わずドクターの顔を見ます。
「さあリアル様、ブランド様。みんながお二人をお待ちかねですよ」
「 はい」
リアル姫とブランド王子は頷き、晴れやかな笑顔で群衆の前に立ちました。
「リアル姫、ブランド王子、バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!」
ゴールデン王国の群衆から大歓声が沸起り、
青空には数千もの鳩が羽ばたいて、美しい薔薇の花びらが風に舞っています。
……若い二人の門出を祝って 。
仮面のプリンセス・リアル姫の大冒険=終=。 作・星 要市
※最後までお読み頂き有難うございました。
台詞に空白があるのは、罫線が反映されない為で、お詫び申し上げます。
また、新作が出来ましたらアップしますので是非お付合い下さい。(~~)
2008年02月10日
仮面のプリンセス・リアル姫の大冒険 20
最終章
二十 決戦
ここは大きな岩がきり出された採掘場にある処刑場です。
将軍に捕えられたピエタやマーク達が荒縄に縛られ、大声をあげて騒いでいます。
そしてその頭上には、固まったままのリアル姫が磔台にくくられていました。
「うるさぁーい! ワーワーギャーギャー泣くんじゃない! もう少し静かにしろ!」
気の短いマーダーが子供達に負けじと大声を張上げます。
「兄上良いではないか。せめて最期ぐらい泣き納めさせてやろう」
弟のクルエルが残忍な笑みを浮かべて言いました。
「将軍様、お願いです。めしい私の命などどうなっても構いません。ですが、子供達には未来があります。どうか、どうかこの子達の命だけはお助け下さい!」
母親代わりのアースが、見えない両の目に涙を浮かべ必死になって訴えます。
優雅に葉巻を咥えて煙をくゆらせていた将軍は、口に含んだツバを吐き捨てて言います。
「無理だな。貴様らは治安を乱した盗賊だ。 ましてや偽リアルまで匿っていた事は断固として許されざる行為だ! 見せしめを兼ねて、貴様ら全員火炙りにし、このダイナマイトで木端微塵にしてくれるわ!」
「いやだあぁ!」
将軍の言葉に、子供達は前にも増して大騒ぎします。
「将軍、リアルまで処刑してよろしいのですか?」
マーダーが眉をひそめてギルティ将軍に尋ねます。
「この後に及んでは、もう用済みだ。面倒な姫などサッサと始末して後で何とでもしてくれるわい!」
二人がそんな会話する側で、子供達は騒ぎ続けるのですからとうとう将軍達は業を煮やしました。
「ああ喧しい! ええい、多少早いがガキどもを処刑してしまえ!」
「はっ」
ギルティ将軍の命令に、数人の兵士達が手に持っていたタイマツを火鉢の中へ突っ込んで燃やし始めます。
子供達の足元に積み上げられている薪には、たっぷり油が染み込ませてあり、リアル姫の首にはダイナマイトの束が幾重にも巻き付けられています。
「構え!」
ギルティ将軍の掛け声に、兵士達はごうごうと燃え盛るタイマツを頭上高く掲げました。
とうとうチビッコ盗賊達に、年貢の納め時がやって来たようです。
全員観念してグッと目を閉じます。
びゅっ! びゅっ! びゅっ!
風を切って飛んで来たブーメランが兵士達の顔面にぶち当たり、彼等は悲鳴をあげて地面に転がります。
「待てぇい!」
高らかな声をあげ、そびえ立つ塔の上に黒いマントをなびかせた男が颯爽と現れました。
将軍やマーダー、クルエル達からどよめき声が上がります。
「貴様盗賊の……!」
「ジャック・ブラッドだ!」
ジャックはそう叫び手元に戻ったブレスレットブーメランを手首にはめ、大きなマントを翻し塔の上から飛び降りました。
「ジャック兄ちゃん!」
マークやピエタ、子供達が喜々として歓声をあげます。
ジャックはマントを手足にくくり付け、まるでムササビのように子供達の元へと滑空し見事に着地しました。
同時に岩陰から現れたラルゴがあっという間に縛られている子供達を解放します。
「よくも俺の可愛い弟達をこんな目に遭わせてくれたな! 今日という今日は許さねぇぞ!」
ジャックの目が鋭く光ります。
「ええい盗賊一味を、一網打尽にしてしまえ!」
「そうはさせないぞ!」
将軍の下知を搔き消すように、愛馬のいななきと共に現れたブランド王子が丘の上から叫びます。
勿論その両脇には、シモンとウィリアムの雄姿もありました。
「ブランド!」
心強い味方の登場に、ジャックは色めき立ちます。
「ジャック、リアルの魂だ! これを彼女に飲ませろ!」
ブランド王子はリアルの魂が入った瓶をジャック目掛けて投げつけます。
ジャックは、ブランド王子から投げられたビンをはっしと受取ると、中からキラキラ輝くリアルの魂を取出し彼女の口の中へ入れます。
「うぐ……!」
リアルは自分の魂を呑み込み、ビクン! と反応するとブルブルと頭を振り正気の表情に戻りました。
「てぇい!」
クルエルが投げた一本のダイナマイトが、リアル達のすぐ側で炸裂します。
ズドーン!
「うわああ!」
ジャック達は砂利を顔面に受け、一瞬視界を失ってしまいます。
「リアル、ジャック!」
ブランドは白い煙が一面に立上る坂を、愛馬で駆け降りました。
そして爆破の衝撃を受け、リアルは崖から転げ落ち、あわや谷底に落下しそうになった瞬間、マミーがはっしと彼女の身体を受止めました。
「大丈夫ですか、姫様!」
「マミー!」
リアルは救世主の出現に、感謝の表情を見せます。
「姫、最新のアーマードプロテクターをお持ちしました!」
ドクターがそう言うと、ジュラルミン製の大きなトランクをリアルの前に差し出します。
その真上では、もうもうと砂煙や炎が立ち上る中、口火を切ったブランドと将軍達の戦いが繰広げられています。
「ジャック、リアルはどこに行った!?」
「分からん、見当たらねぇんだ!」
ブランドとジャックは、やつぎばやに繰り出される剣の応酬をかわしながらリアルの身を案じて叫びます。
「やれぇ、怯むな! 我らに歯向かう者共は全て皆殺しにしろッ!」
「おおー!」
奇声をあげ雪崩れ込んで来るギルティ将軍の軍隊には、多勢に無勢、さしものブランド王子やジャック達でもかなり旗色が悪くなっています。
「くそぉ! こいつら倒しても倒してもキリがねぇ!」
ジャックが兵士の剣を払いながら叫びます。
「お前らしくない! 弱音を吐くな!」
ブランド王子がジャックの背中越しに言い返します。
「ケッ! 温室育ちに説教されちゃおしまいだ!」
ジャックも負けてはいません。
「もう駄目だぁ!」
猛者の兵士に自慢の剣を叩き折られたラルゴが、悲鳴をあげます。
「くそぉっ、俺の剣もボロボロだぁ!」
ブシュー!
その時です。
「ギルティ将軍、お前達の悪事もそれまでだ!」
「何ッ!」
「薔薇仮面参上!」
将軍が天空を見上げると、ロケットバーナー音も勇ましく、新型のゴールドアーマードプロテクターに身を包んだ薔薇仮面が、純白のマントをたなびかせながら舞い降りて来ました。
「貴様、まだ生きていたのか!」
「薔薇仮面は不死身だ! さあ、みんなこの剣を使って!」
リアルはドクターの作った超合金ソードを三人に向かって投げました。
「おう有難い!」
新型アーマードスーツで身を包んだリアルは、もはや向うところ敵無しです。
電光石火の目にも止まらぬ早業で、瞬く間に悪漢達を倒してゆきます。
勿論心強い加勢を得て、ブランド王子やジャック達の剣さばきも復活し、見事に冴えわたっています。
マミーは鋼鉄の装甲馬車を激走させ男共を蹴散らし、ドクターは太陽の光を集めた熱線反射鏡で、兵士達の武器を次々と破壊して行きます。
とうとう勝目なしと悟ったギルティ将軍は、マーダーを残し一目散に逃出してしまいました。
追詰められたマーダーの前で、リアルは薔薇仮面を脱ぎ自分の正体を全員に現わしました。
「リアル!」
ブランドもジャックも、誇らしい表情で彼女にエールの視線を贈ります。
リアルは言葉を聞かずとも、みんなの心を読取ったかのようにしっかり頷き、マーダーに向かって剣を構えます。
「おいマーダー! お前のような男でも、命の重さには変わりはない。今すぐここを立去れ! 二度とこの国に戻って来る事は許さぬ。私達の前にその姿を見せた時は、即座にその首をはねるぞ、いいな!」
リアルは威厳を持ってそう言いました。
「ああ、何と慈悲に溢れたそのお言葉。貴方こそゴールデン王国の領袖となられるお方だ! 何と嬉しいお言葉を、お言葉を……!」
マーダーは涙を流しながらリアル達の前にひれ伏しました。
その時です。斬られた筈のクルエルが高台に現れ、手に持った弓を打ちました。
「ああっ!」
何とクルエルの放った矢がリアルの胸を貫いてしまったのです。
「リアル!」
ブランドやジャック達が声をあげます。
「てめえら覚悟しろ!」
傷の浅かったクルエルは、いつの間にかダイナマイトの束に火をつけ構えています。
「ヒヒヒヒ、形勢逆転! 貴様らもノーブル同様地獄へ送ってやる!」
マーダーは即座に剣を拾い、リアルの喉元に突立てます。
「やはりお前達が兄を…殺したのか」
「その通りよ」
マーダーは狂気の顔で頷き、リアルの喉に刃を突き立てようとしたその時です。
「待てぇ!」
物影に隠れていたマークが飛出して来て、マーダーの手首にガブリと噛みつきました。
「うわあー、痛ててて!」
「今だ!」
マーダーがうろたえた瞬間、リアル、ブランド、ジャックが殆ど同時に彼の身体を切り裂きます。
そしてブランドは、腰の短剣をクルエル目掛けて投げつけると、それは見事に彼の額に突き刺さります。
「ギャアアア!」
クルエルは火のついたダイナマイトを持ったまま高台より転がり落ちてゆきました。
何とその下には、束になっていたダイナマイトもあります。
「みんな、逃げろ!」
ジャックの叫び声に、全員とっさに駆け出します。
ドカーン! ドドーン! ズバーン!
耳をつんざく様な大音響をあげ、大爆発と共に処刑台や要塞が粉々に吹飛んでゆきます。
すさまじいばかりの炎ときのこ雲が辺り一面を覆い尽します。
バラバラとあられのように小石が降り注ぐ中、ゆっくりと黒煙が晴れて地面に伏せていたブランドやジャック達が立ち上がります。
「リアル!」
ブランドやジャックは駆寄ってリアルを抱き起しますが、彼女はすでに虫の息となっていました。
「毒矢かっ!」
ジャックはそう言い、リアルの胸に突き刺さった矢を引抜き地面に叩き付けました。
「リアル! しっかりしろリアル!」
ブランド王子はリアルを抱きかかえ、必死に彼女の体を揺さぶります。
そこへアルド王やお妃、ドクター達が駆け付けました。
「リアル!」
「王様、お妃様!」
ドクターやマミーが声をあげます。
「ドクター、姫はどうなんです!」
「 残念ながら、たった今……息を引取られました」
ドクターの言葉に、王や妃は愕然とします。
「おお我が娘、リアルよ…」
「……ぁぁ、リアル」
お妃はリアル姫の亡骸にすがりついて号泣しました。
「畜生!」
ジャックは悔しそうに叫び、子供達もたまらず駆寄り、リアル姫の名前を呼びながらわんわんと泣き崩れています。
「ブランド様。……ブランド様」
何やらアースが辺りを見回すようにして、ブランド王子の名前を呼びます。
「?」
「ブランド様、あの声が聞こえませんか? 貴方を呼ぶ声が」
「……声?」
「そうです。フェレシュテ…。《天使》という名の少女が貴方を呼んでらっしゃいます」
「え…!」
「そしてもう一人、その側にはノーブル様という少年も立っておられます」
「フェレシュテ!」
ブランドがそう叫ぶと、天空にフェレシュテとノーブルの白い影が浮かび上がりました。
《ブランド様、忘れていませんか。……私の差し上げたものを 》
「そうだ!」
空中のフェレシュテとノーブル王子の姿は、やがて闇の中へと消えてゆきました。
ブランド王子は、フェレシュテから貰ったロケットを開けると、中から青く輝く〈蘇りの薬〉を取出しました。
「お妃様、僕が 」
ブランド王子は、冷たくなったリアル姫の体を抱くと、〈蘇りの薬〉を自分の口に含んで、静かにリアルに口づけをしました。
みんなは固唾を呑みその様子を見守っています。
するとどうでしょう。
真っ黒に覆っていた天空の隙間から、神々しい光がリアルの体を包み始めました。
そして驚く事に、リアルの瞼が微かに動き始めたではありませんか。
彼女は〈蘇りの薬〉によって息を吹き返したのです。
「おおこれは! リアル様の肌に、赤味がさしてらっしゃる!」
「何だって!」
ドクターの言葉に、ジャックや周りの人々は声を震わせました。
「姫、リアル姫!」
「リアル様が生き返った!」
「やったあ!」
「良かったあ! ばんじゃーい! ばんじゃーい!ばんじゃーい!」
アルド王、お妃、みんなが喜びの声を上げ跳びはねました。
ブランドに優しく抱かれる中、リアル姫はゆっくりと顔を上げ始めます。
かくしてリアル姫はブランド王子の愛の力によって、一命を取り戻しました。
ノーブル王子を暗殺し、治安を乱していたギルティ将軍は極刑、マーダー兄弟は倒され、ジャック達は恩赦となりました。そしてあの大爆発によってあいた穴の中から、ギルティ将軍達が探していたプラチナ鉱山も見付かり、国の財政は建て直されゴールデン王国に再び平和が訪れたのです。
二十 決戦
ここは大きな岩がきり出された採掘場にある処刑場です。
将軍に捕えられたピエタやマーク達が荒縄に縛られ、大声をあげて騒いでいます。
そしてその頭上には、固まったままのリアル姫が磔台にくくられていました。
「うるさぁーい! ワーワーギャーギャー泣くんじゃない! もう少し静かにしろ!」
気の短いマーダーが子供達に負けじと大声を張上げます。
「兄上良いではないか。せめて最期ぐらい泣き納めさせてやろう」
弟のクルエルが残忍な笑みを浮かべて言いました。
「将軍様、お願いです。めしい私の命などどうなっても構いません。ですが、子供達には未来があります。どうか、どうかこの子達の命だけはお助け下さい!」
母親代わりのアースが、見えない両の目に涙を浮かべ必死になって訴えます。
優雅に葉巻を咥えて煙をくゆらせていた将軍は、口に含んだツバを吐き捨てて言います。
「無理だな。貴様らは治安を乱した盗賊だ。 ましてや偽リアルまで匿っていた事は断固として許されざる行為だ! 見せしめを兼ねて、貴様ら全員火炙りにし、このダイナマイトで木端微塵にしてくれるわ!」
「いやだあぁ!」
将軍の言葉に、子供達は前にも増して大騒ぎします。
「将軍、リアルまで処刑してよろしいのですか?」
マーダーが眉をひそめてギルティ将軍に尋ねます。
「この後に及んでは、もう用済みだ。面倒な姫などサッサと始末して後で何とでもしてくれるわい!」
二人がそんな会話する側で、子供達は騒ぎ続けるのですからとうとう将軍達は業を煮やしました。
「ああ喧しい! ええい、多少早いがガキどもを処刑してしまえ!」
「はっ」
ギルティ将軍の命令に、数人の兵士達が手に持っていたタイマツを火鉢の中へ突っ込んで燃やし始めます。
子供達の足元に積み上げられている薪には、たっぷり油が染み込ませてあり、リアル姫の首にはダイナマイトの束が幾重にも巻き付けられています。
「構え!」
ギルティ将軍の掛け声に、兵士達はごうごうと燃え盛るタイマツを頭上高く掲げました。
とうとうチビッコ盗賊達に、年貢の納め時がやって来たようです。
全員観念してグッと目を閉じます。
びゅっ! びゅっ! びゅっ!
風を切って飛んで来たブーメランが兵士達の顔面にぶち当たり、彼等は悲鳴をあげて地面に転がります。
「待てぇい!」
高らかな声をあげ、そびえ立つ塔の上に黒いマントをなびかせた男が颯爽と現れました。
将軍やマーダー、クルエル達からどよめき声が上がります。
「貴様盗賊の……!」
「ジャック・ブラッドだ!」
ジャックはそう叫び手元に戻ったブレスレットブーメランを手首にはめ、大きなマントを翻し塔の上から飛び降りました。
「ジャック兄ちゃん!」
マークやピエタ、子供達が喜々として歓声をあげます。
ジャックはマントを手足にくくり付け、まるでムササビのように子供達の元へと滑空し見事に着地しました。
同時に岩陰から現れたラルゴがあっという間に縛られている子供達を解放します。
「よくも俺の可愛い弟達をこんな目に遭わせてくれたな! 今日という今日は許さねぇぞ!」
ジャックの目が鋭く光ります。
「ええい盗賊一味を、一網打尽にしてしまえ!」
「そうはさせないぞ!」
将軍の下知を搔き消すように、愛馬のいななきと共に現れたブランド王子が丘の上から叫びます。
勿論その両脇には、シモンとウィリアムの雄姿もありました。
「ブランド!」
心強い味方の登場に、ジャックは色めき立ちます。
「ジャック、リアルの魂だ! これを彼女に飲ませろ!」
ブランド王子はリアルの魂が入った瓶をジャック目掛けて投げつけます。
ジャックは、ブランド王子から投げられたビンをはっしと受取ると、中からキラキラ輝くリアルの魂を取出し彼女の口の中へ入れます。
「うぐ……!」
リアルは自分の魂を呑み込み、ビクン! と反応するとブルブルと頭を振り正気の表情に戻りました。
「てぇい!」
クルエルが投げた一本のダイナマイトが、リアル達のすぐ側で炸裂します。
ズドーン!
「うわああ!」
ジャック達は砂利を顔面に受け、一瞬視界を失ってしまいます。
「リアル、ジャック!」
ブランドは白い煙が一面に立上る坂を、愛馬で駆け降りました。
そして爆破の衝撃を受け、リアルは崖から転げ落ち、あわや谷底に落下しそうになった瞬間、マミーがはっしと彼女の身体を受止めました。
「大丈夫ですか、姫様!」
「マミー!」
リアルは救世主の出現に、感謝の表情を見せます。
「姫、最新のアーマードプロテクターをお持ちしました!」
ドクターがそう言うと、ジュラルミン製の大きなトランクをリアルの前に差し出します。
その真上では、もうもうと砂煙や炎が立ち上る中、口火を切ったブランドと将軍達の戦いが繰広げられています。
「ジャック、リアルはどこに行った!?」
「分からん、見当たらねぇんだ!」
ブランドとジャックは、やつぎばやに繰り出される剣の応酬をかわしながらリアルの身を案じて叫びます。
「やれぇ、怯むな! 我らに歯向かう者共は全て皆殺しにしろッ!」
「おおー!」
奇声をあげ雪崩れ込んで来るギルティ将軍の軍隊には、多勢に無勢、さしものブランド王子やジャック達でもかなり旗色が悪くなっています。
「くそぉ! こいつら倒しても倒してもキリがねぇ!」
ジャックが兵士の剣を払いながら叫びます。
「お前らしくない! 弱音を吐くな!」
ブランド王子がジャックの背中越しに言い返します。
「ケッ! 温室育ちに説教されちゃおしまいだ!」
ジャックも負けてはいません。
「もう駄目だぁ!」
猛者の兵士に自慢の剣を叩き折られたラルゴが、悲鳴をあげます。
「くそぉっ、俺の剣もボロボロだぁ!」
ブシュー!
その時です。
「ギルティ将軍、お前達の悪事もそれまでだ!」
「何ッ!」
「薔薇仮面参上!」
将軍が天空を見上げると、ロケットバーナー音も勇ましく、新型のゴールドアーマードプロテクターに身を包んだ薔薇仮面が、純白のマントをたなびかせながら舞い降りて来ました。
「貴様、まだ生きていたのか!」
「薔薇仮面は不死身だ! さあ、みんなこの剣を使って!」
リアルはドクターの作った超合金ソードを三人に向かって投げました。
「おう有難い!」
新型アーマードスーツで身を包んだリアルは、もはや向うところ敵無しです。
電光石火の目にも止まらぬ早業で、瞬く間に悪漢達を倒してゆきます。
勿論心強い加勢を得て、ブランド王子やジャック達の剣さばきも復活し、見事に冴えわたっています。
マミーは鋼鉄の装甲馬車を激走させ男共を蹴散らし、ドクターは太陽の光を集めた熱線反射鏡で、兵士達の武器を次々と破壊して行きます。
とうとう勝目なしと悟ったギルティ将軍は、マーダーを残し一目散に逃出してしまいました。
追詰められたマーダーの前で、リアルは薔薇仮面を脱ぎ自分の正体を全員に現わしました。
「リアル!」
ブランドもジャックも、誇らしい表情で彼女にエールの視線を贈ります。
リアルは言葉を聞かずとも、みんなの心を読取ったかのようにしっかり頷き、マーダーに向かって剣を構えます。
「おいマーダー! お前のような男でも、命の重さには変わりはない。今すぐここを立去れ! 二度とこの国に戻って来る事は許さぬ。私達の前にその姿を見せた時は、即座にその首をはねるぞ、いいな!」
リアルは威厳を持ってそう言いました。
「ああ、何と慈悲に溢れたそのお言葉。貴方こそゴールデン王国の領袖となられるお方だ! 何と嬉しいお言葉を、お言葉を……!」
マーダーは涙を流しながらリアル達の前にひれ伏しました。
その時です。斬られた筈のクルエルが高台に現れ、手に持った弓を打ちました。
「ああっ!」
何とクルエルの放った矢がリアルの胸を貫いてしまったのです。
「リアル!」
ブランドやジャック達が声をあげます。
「てめえら覚悟しろ!」
傷の浅かったクルエルは、いつの間にかダイナマイトの束に火をつけ構えています。
「ヒヒヒヒ、形勢逆転! 貴様らもノーブル同様地獄へ送ってやる!」
マーダーは即座に剣を拾い、リアルの喉元に突立てます。
「やはりお前達が兄を…殺したのか」
「その通りよ」
マーダーは狂気の顔で頷き、リアルの喉に刃を突き立てようとしたその時です。
「待てぇ!」
物影に隠れていたマークが飛出して来て、マーダーの手首にガブリと噛みつきました。
「うわあー、痛ててて!」
「今だ!」
マーダーがうろたえた瞬間、リアル、ブランド、ジャックが殆ど同時に彼の身体を切り裂きます。
そしてブランドは、腰の短剣をクルエル目掛けて投げつけると、それは見事に彼の額に突き刺さります。
「ギャアアア!」
クルエルは火のついたダイナマイトを持ったまま高台より転がり落ちてゆきました。
何とその下には、束になっていたダイナマイトもあります。
「みんな、逃げろ!」
ジャックの叫び声に、全員とっさに駆け出します。
ドカーン! ドドーン! ズバーン!
耳をつんざく様な大音響をあげ、大爆発と共に処刑台や要塞が粉々に吹飛んでゆきます。
すさまじいばかりの炎ときのこ雲が辺り一面を覆い尽します。
バラバラとあられのように小石が降り注ぐ中、ゆっくりと黒煙が晴れて地面に伏せていたブランドやジャック達が立ち上がります。
「リアル!」
ブランドやジャックは駆寄ってリアルを抱き起しますが、彼女はすでに虫の息となっていました。
「毒矢かっ!」
ジャックはそう言い、リアルの胸に突き刺さった矢を引抜き地面に叩き付けました。
「リアル! しっかりしろリアル!」
ブランド王子はリアルを抱きかかえ、必死に彼女の体を揺さぶります。
そこへアルド王やお妃、ドクター達が駆け付けました。
「リアル!」
「王様、お妃様!」
ドクターやマミーが声をあげます。
「ドクター、姫はどうなんです!」
「 残念ながら、たった今……息を引取られました」
ドクターの言葉に、王や妃は愕然とします。
「おお我が娘、リアルよ…」
「……ぁぁ、リアル」
お妃はリアル姫の亡骸にすがりついて号泣しました。
「畜生!」
ジャックは悔しそうに叫び、子供達もたまらず駆寄り、リアル姫の名前を呼びながらわんわんと泣き崩れています。
「ブランド様。……ブランド様」
何やらアースが辺りを見回すようにして、ブランド王子の名前を呼びます。
「?」
「ブランド様、あの声が聞こえませんか? 貴方を呼ぶ声が」
「……声?」
「そうです。フェレシュテ…。《天使》という名の少女が貴方を呼んでらっしゃいます」
「え…!」
「そしてもう一人、その側にはノーブル様という少年も立っておられます」
「フェレシュテ!」
ブランドがそう叫ぶと、天空にフェレシュテとノーブルの白い影が浮かび上がりました。
《ブランド様、忘れていませんか。……私の差し上げたものを 》
「そうだ!」
空中のフェレシュテとノーブル王子の姿は、やがて闇の中へと消えてゆきました。
ブランド王子は、フェレシュテから貰ったロケットを開けると、中から青く輝く〈蘇りの薬〉を取出しました。
「お妃様、僕が 」
ブランド王子は、冷たくなったリアル姫の体を抱くと、〈蘇りの薬〉を自分の口に含んで、静かにリアルに口づけをしました。
みんなは固唾を呑みその様子を見守っています。
するとどうでしょう。
真っ黒に覆っていた天空の隙間から、神々しい光がリアルの体を包み始めました。
そして驚く事に、リアルの瞼が微かに動き始めたではありませんか。
彼女は〈蘇りの薬〉によって息を吹き返したのです。
「おおこれは! リアル様の肌に、赤味がさしてらっしゃる!」
「何だって!」
ドクターの言葉に、ジャックや周りの人々は声を震わせました。
「姫、リアル姫!」
「リアル様が生き返った!」
「やったあ!」
「良かったあ! ばんじゃーい! ばんじゃーい!ばんじゃーい!」
アルド王、お妃、みんなが喜びの声を上げ跳びはねました。
ブランドに優しく抱かれる中、リアル姫はゆっくりと顔を上げ始めます。
かくしてリアル姫はブランド王子の愛の力によって、一命を取り戻しました。
ノーブル王子を暗殺し、治安を乱していたギルティ将軍は極刑、マーダー兄弟は倒され、ジャック達は恩赦となりました。そしてあの大爆発によってあいた穴の中から、ギルティ将軍達が探していたプラチナ鉱山も見付かり、国の財政は建て直されゴールデン王国に再び平和が訪れたのです。
2008年02月08日
仮面のプリンセス・リアル姫の大冒険 19
十九 王子達の戦い
ブランドとジャックが海辺に立っています。
「ブランド。 お前はどうしてリアルの後を追うんだ」
ジャックがブランドに向かって低く唸りました。
そして普段は粗末な格好をしているジャックが、今日に限って王子の頃の正装をしていました。ブランド王子とプライドをかけてある決着をつける為に。
「そういう君こそ何でだ。あちらこちらで姿を現して、一体何の目的があるんだ」
「改めてそう聞かれると面映いが……どうしてだろうな」
ジャックはリアルから受け取ったブレスレットを見ながら言います。
「はぐらかすな」
ブランドは苛立った様子でそう言います。
「ところで本当のところ、リアルは薔薇仮面かそうじゃないか……お前はどっちだと思う?」
ジャックはブランドの質問には答えず、こう切り返しました。
「……君は?」
「俺にもよく分らない。でも唯ひとつ言える事は、あいつがそのどちらだとしてもいい」
「どういう事だ」
ジャックの返答に、ブランドは若干うろたえます。
「つまりは、愛してしまったんだ」
「何!?」
(やはりか!)
ブランドの心の中に、嫉妬と怒りに似た感情が込み上げて来ました。
「おや、もしかしてお前もか?」
「ぶ、不躾だぞ」
「それこそはぐらかすな。 俺は正直に言ったんだ。もしその気が無いんならキッパリ手を引け。俺が奴を守る」
ジャックはそう言うと、踵を返してその場を立ち去ろうとします。
「待て!」
ジャックの背後から、ブランドが掴みかからんばかりの勢いで彼を呼止めます。
「これ以上リアルに近づくな。あの子は僕が守る」
「!」
「僕はリアルを愛している。あの子には僕が必要なんだ!」
ブランドの言葉に、ジャックはゆっくりと振返り剣を抜きました。
「そうか。 それじゃこれで勝負をつけるか」
「望むところだ」
ブランドもすかさず剣を抜きます。
「行くぞ!」
二人はほとんど同時に地を蹴り、空高く舞上り互いの剣を火花を散らせて交差します。
ギュン! バサッ! カキーン!
体をくねらせ、マントを翻して、二人の少年は大地に力強く着地します。
ブランド王子の剣は、およ八十センチの大刀、ジャックは六十センチと四十センチの小刀、つまり二刀流で闘ってます。
身軽な盗賊ジャックは、ブランド王子の振り払う大刀をバック転をしながら交わしてゆきます。
「逃げるなッ」
連続空振りに、ブランド王子は苛立ちながら叫びました。
「フン」
猿のように軽い身のこなしをするジャックは、眼前に迫って来た壁をタンッ! と蹴りこむと、ブランドの頭上を逆さまの状態で半円を描くようにして彼の背後へと飛び降ります。
「スキあり!」
腰をかがめて着地したジャックは、両手の剣をクロスさせ、十字を切ってブランドの右太ももを攻撃しました。
「あっ!」
ブランドは小さな悲鳴を上げ、慌てて右足を引き飛び退くと、痛みの元を見下ろします。
見れば右太ももの白いタイツが裂かれ、血が滲み始めているではありませんか。
ジャックはニヤリとします。
「その辺で止めといた方がいいぜ王子様。しょせん温室育ちのボンボンじゃ、百戦錬磨の俺様にゃかないっこねぇのさ。 サッサと諦めてリアルを渡しな」
「黙れ!」
かすり傷ながらも、恋敵に先手を打たれたブランドは、益々熱くなります。
前にも増して長い剣を激しく振り回し、ジャックの身を裂こうと懸命になります。
「おいおい、あんまマジになんじゃねぇ! お互い死んじまうぜ!」
「望むところだッ」
二人の体からは相当の汗が滴り落ちています。
「先手を決めたのは俺だ! 手加減してなけりゃ、お前の足は無くなってたぞ!」
「お生憎だが、この通りピンピンしてる!」
ブランド王子の剣の応酬を、二刀流ではね返し続けたジャックでしたが、一瞬気を抜いた拍子に、自慢のブラウスを裂かれてしまいました。
「うわあーッ、お、俺の一張羅を……!」
「はははっ、いい加減負けを認めたら、そんな時代遅れのブラウスじゃなくて、最新モードを百着作ってやるよ。それも上着付きでねッ」
今度はブランドが勝誇った顔で言います。
「じ、時代遅れだとぉ‼ ふざけんな! こりゃ俺の母親の形見だ! もうあったま来た!」
今度はジャックの頭に血が上ってしまいました。
もうこうなると収まるものも収まりません。本気の本気の真剣勝負が始まってしまいました。
と、その時です。
「ジャック!」
ラルゴがジャックの名を叫びながら走って来ました。
「ラルゴ!」
突然ラルゴが現れたのでジャックは驚きました。
「ジャック大変だ!」
「ラルゴ、どうしたんだ!」
「子供達が……」
「落着けラルゴ、一体何があったんだ!」
「アースと子供が…さらわれたッ」
「何だって!」
「早く来てくれ!」
「分った! ブランド、この勝負預けた!」
「おい!」
駆け去るジャックに困惑するブランドの前に、一人の少女が走り込んで来ました。
「王子!」
それは慌てた様子のフェレシュテです。
「フェレシュテ!」
「やっと見つけたわ、こんなとこにいたのね」
「どいてくれ、今は君と話してる暇は無いんだ」
「待って。 私は貴方の邪魔をしに来たんじゃないのよ。リアルの元へ行くんでしょう?」
「そうだ」
「王子、貴方に渡したいものがあるのよ」
「渡したいもの?」
フェレシュテは例の瓶を見せました。
「これは?」
「この中に、バアバが取ってしまったリアルの魂が入っているのよ」
「リアルの魂!」
「バアバはこれを飲め飲めって煩いんだけど、あたしは人間なんかになりたくない。これを早くリアルに返してやって頂戴」
「君は…意外と優しい性格なんだな」
「そんなことより、早く持って行って! そろそろ気付いたバアバが激怒してやって来るに違いないわ!」
「分かった!」
ブランドはリアルから瓶を受取ると、愛馬に跨り城へ向って駆け出しました。
※
《お待ちブランド王子!》
森の奥から不気味に響く甲高い声が聞こえて来ました。
「誰だ!」
王子は思わず馬を止め、辺りを見回します。
すると突然、地面からもうもうと黒い煙が立ち昇り、その中から魔女サーベントが、地獄の番犬ラブマットを従えて姿を現しました。
「お前はこの前の魔女!」
「ひぃー、ひっひっひっ! よく覚えておいでだね。愛しい愛しいブランド王子様」
魔女はずる賢そうに笑い、ラブとマットはよだれを垂らし舌なめずりをしています。
「ふざけた事を言うな! お前達の悪巧みのせいで、リアルや街の人々が大勢苦しんでるんだぞ!」
ブランドはこぶしを握りしめそう言い放ちます。
「愉快じゃないか。どうせ生きてたって何の役にも立たないゴミどもだ。私らの為に成仏出来るならめでたい事だよ」
「貴様! 命ばかりは助けてやろうと思っていたが、もはや容赦は出来ない。覚悟しろ!」
ブランドはそう言うと、腰の剣を素早く引き抜きました。
「おやおや、それはこっちのセリフだよ。 余計な事に首を突っ込まずに、このまま自分の国へ退散するなら見逃してやろう。坊やはさっさとおうちに帰ってベットでお休み」
魔女サーベントは醜い顔にしわを寄せながら、また薄気味悪く笑い「えいッ」と気合いをあげます。と同時に、ブランド王子の足元に巨大な火柱が立ち昇りました。
「うっ!」
「ホラどうだい! 真っ黒こげにされたくなかったら、サッサとリアルの魂を返してこの場から立ち去るんだよ!」
魔女サーベントは勝誇ったように、目をギロギロさせながら言います。
「ふん、こんな事もあろうかと思って…」
ブランド王子は上着のポケットに忍ばせておいた小さな袋を取出し、それを炎めがけて投げ付けました。
するとどうでしょう。バム! という大きな音を立て、白い煙が辺り一面を覆ったかと思うと、たちまち火は鎮火してしまいます。
「どうだ、魔女めッ。お前の火炎攻撃はこの前で学習済みだ。この消火薬で、何度でも消してやる!」
「おのれ! やれラブ、マット! こいつを噛み殺してしまえ!」
己の魔力を破られた魔女サーベントは激怒し、地獄犬をブランドめがけてけしかけました。
牙を剥き、ヨダレを滴らしたラブとマットが、唸り声をあげてブランド王子にとびかかってゆきます。
「えい!」
電光石火の如く、ブランド王子の鍛えあげられた剣が空を切り、二匹の地獄犬の体を真っ二つに引き裂きました。
「ギャアアア!」
まさに地獄の底から湧き上がるような断末魔をあげて、二匹の獣犬は絶命します。
「ラブ、マット! ……おのれぇ、よくも私の可愛い下部達を…! もう容赦はせんぞ!」
ブランド王子は、とうとう魔女サーベントを本気で怒らせてしまいました。
みるみるうちに彼女の目は血のように赤く染まり口は耳まで裂け、長い髪の毛は天を突かんばかりに逆立ち、両手の黒い爪はギシギシ音を立てて刃物のように伸びました。
その姿はもはやこの世のものではありません。まるで巨大なコウモリとヘビとトカゲを足したような恐ろしい姿に化身したのです。
「ば、化けものめッ、本性を現したな!」
巨大な妖獣に姿を変えたサーベントは、恐ろしい声をあげながら、ブランド王子に襲いかかります。
「タァッ!」
あわや、妖獣の鋭い爪の餌食になる寸前、ブランド王子は地を蹴って身を交わします。
一瞬遅れて、彼の立っていた地面が大きくえぐり取られます。
ブランドが剣を妖獣の眉間に突立てました。
ンギャアア!
妖獣は絶叫し、天空高く舞上がってゆきます。
「うわあああ!」
妖獣は、ブランド王子を振落そうと猛スピードできりもみしながら落下し始めました。
ブランド王子は、突立てた剣に必死にしがみ付いています。
その時草むらを搔き分けて、数人の男達が忍び寄って来ました。
それは先程、クルエルが放った黒装束の暗殺部隊でした。
彼等は手に手に弓を持ち、ブランドと戦っている妖獣目掛けて構えています。
「お前ら狙いを外すなよ。後で将軍に殺されるぞ」
一人の男が、他の仲間に向かって押し殺した声で言います。
「任せて下さい。矢の毒で王子もろともあの世行きです」
男達は余裕の表情を浮かべています。
「よし、今だやれっ!」
「危ないバアバ!」
男達が妖獣に向けて一斉に弓矢を放った瞬間、彼等の目の前にフェレシュテが飛出して来ました。
その中の数本が、彼女の胸や腹に突き刺さります。
「キャア!」
「!」
フェレシュテの悲鳴を耳にした妖獣は、その巨大な目玉をギョロリと動かし彼女の姿を見て驚きます。
その直後、何本もの毒矢が妖獣の体にブスブスと音を立てて突き刺さりました。
ギャオーン!
「くそ! 急所を外した!」
「ええい、一斉に狙い撃ちしろ!」
急襲失敗に隊長は声を荒げ、森の中から飛出て男達を急き立てます。
「フェレシュテ! フェレシュテ!」
妖獣は、矢の刺さったフェレシュテを気にしながらも、我が身に襲い来る男達に向かって牙を剥き出し咆哮します。
「お前らギルティの手下だな! 仲間を裏切るのか!」
「馬鹿め! 貴様のような魔女を仲間になどするかッ」
「それはギルティの言葉か!」
「当然だ! お前らを始末しろとの閣下の命令だ」
「おのれ、貴様ら全てあの世へ送ってやる!」
男の言葉を聞き、妖獣サーベントは攻撃目標をブランドから彼らへと切替え、猛烈な勢いで蹴散らし始めます。
「くそぉ、怯むな! 撃て、撃てぇ!」
男達の放つ矢は容赦なく次々と妖獣サーベントの体を貫いて行きました。
ギャオオ!
ライオン数十頭を集めたような声で吼える妖獣サーベントが大きな翼で風を巻起こして男達を吹飛ばし、あっという間に暗殺部隊を全滅させてしまいました。
「ぐぅ…」
しかし、流石のサーベントも力尽き、ドウと地面に倒れ込みます。
「フェレシュテ…」
最後にフェレシュテの名を呼び、魔女サーベントは絶命してしまいました。
「バアバ……」
木の傍らに倒れているフェレシュテを見つけ、ブランド王子は驚きました。
「フェレシュテッ」
ブランド王子は、慌ててフェレシュテに駆寄ります。
見れば、フェレシュテの体のあちこちから血が噴き出ているではないですか。
「酷い傷だ。すぐに手当してやるよ」
「私はもう駄目。……これを貴方にあげるわ」
フェレシュテはそう言うと、サーベントから貰ったあのロケットをブランドに手渡しました。
「これは?」
「〈蘇りの薬〉いざという時に呑んで……」
「だったら、今こそ君が呑むべきだ」
「バアバや仲間達がいなくなった今、私にはこんなものいらない。……みんなのとこへ行くわ」
「フェレシュテ…」
彼女の言葉にブランドは俯きます。
「さあ早く行ってあげて。リアルや子供がギルティ将軍達に酷い目に遭わせられる前に…」
「しかし…」
「早く行って頂戴……。悪魔の私の最後は、バアバと同じく醜い姿になってしまうの…。そんなとこを大好きな王子様に見られたくないわ」
「分かった…」
ブランド王子は、フェレシュテの言葉に心を決め、その場を立ち去る事にしました。
走去る王子の後姿を見るフェレシュテは、もはや人間の様子をしていません。
彼女の言葉どおり、おぞましい姿に変化し、今にも破裂しそうに膨らんでいます。
「さようなら……王子様」
ズドーン!
大音響と共に、フェレシュテの体は粉々に吹飛びました。
そのただならぬ音に気付いたブランド王子は、思わず振返り絶叫します。
「フェレシュテー!」
ブランド王子の悲痛な叫び声が、山々に木霊しました。
ブランドとジャックが海辺に立っています。
「ブランド。 お前はどうしてリアルの後を追うんだ」
ジャックがブランドに向かって低く唸りました。
そして普段は粗末な格好をしているジャックが、今日に限って王子の頃の正装をしていました。ブランド王子とプライドをかけてある決着をつける為に。
「そういう君こそ何でだ。あちらこちらで姿を現して、一体何の目的があるんだ」
「改めてそう聞かれると面映いが……どうしてだろうな」
ジャックはリアルから受け取ったブレスレットを見ながら言います。
「はぐらかすな」
ブランドは苛立った様子でそう言います。
「ところで本当のところ、リアルは薔薇仮面かそうじゃないか……お前はどっちだと思う?」
ジャックはブランドの質問には答えず、こう切り返しました。
「……君は?」
「俺にもよく分らない。でも唯ひとつ言える事は、あいつがそのどちらだとしてもいい」
「どういう事だ」
ジャックの返答に、ブランドは若干うろたえます。
「つまりは、愛してしまったんだ」
「何!?」
(やはりか!)
ブランドの心の中に、嫉妬と怒りに似た感情が込み上げて来ました。
「おや、もしかしてお前もか?」
「ぶ、不躾だぞ」
「それこそはぐらかすな。 俺は正直に言ったんだ。もしその気が無いんならキッパリ手を引け。俺が奴を守る」
ジャックはそう言うと、踵を返してその場を立ち去ろうとします。
「待て!」
ジャックの背後から、ブランドが掴みかからんばかりの勢いで彼を呼止めます。
「これ以上リアルに近づくな。あの子は僕が守る」
「!」
「僕はリアルを愛している。あの子には僕が必要なんだ!」
ブランドの言葉に、ジャックはゆっくりと振返り剣を抜きました。
「そうか。 それじゃこれで勝負をつけるか」
「望むところだ」
ブランドもすかさず剣を抜きます。
「行くぞ!」
二人はほとんど同時に地を蹴り、空高く舞上り互いの剣を火花を散らせて交差します。
ギュン! バサッ! カキーン!
体をくねらせ、マントを翻して、二人の少年は大地に力強く着地します。
ブランド王子の剣は、およ八十センチの大刀、ジャックは六十センチと四十センチの小刀、つまり二刀流で闘ってます。
身軽な盗賊ジャックは、ブランド王子の振り払う大刀をバック転をしながら交わしてゆきます。
「逃げるなッ」
連続空振りに、ブランド王子は苛立ちながら叫びました。
「フン」
猿のように軽い身のこなしをするジャックは、眼前に迫って来た壁をタンッ! と蹴りこむと、ブランドの頭上を逆さまの状態で半円を描くようにして彼の背後へと飛び降ります。
「スキあり!」
腰をかがめて着地したジャックは、両手の剣をクロスさせ、十字を切ってブランドの右太ももを攻撃しました。
「あっ!」
ブランドは小さな悲鳴を上げ、慌てて右足を引き飛び退くと、痛みの元を見下ろします。
見れば右太ももの白いタイツが裂かれ、血が滲み始めているではありませんか。
ジャックはニヤリとします。
「その辺で止めといた方がいいぜ王子様。しょせん温室育ちのボンボンじゃ、百戦錬磨の俺様にゃかないっこねぇのさ。 サッサと諦めてリアルを渡しな」
「黙れ!」
かすり傷ながらも、恋敵に先手を打たれたブランドは、益々熱くなります。
前にも増して長い剣を激しく振り回し、ジャックの身を裂こうと懸命になります。
「おいおい、あんまマジになんじゃねぇ! お互い死んじまうぜ!」
「望むところだッ」
二人の体からは相当の汗が滴り落ちています。
「先手を決めたのは俺だ! 手加減してなけりゃ、お前の足は無くなってたぞ!」
「お生憎だが、この通りピンピンしてる!」
ブランド王子の剣の応酬を、二刀流ではね返し続けたジャックでしたが、一瞬気を抜いた拍子に、自慢のブラウスを裂かれてしまいました。
「うわあーッ、お、俺の一張羅を……!」
「はははっ、いい加減負けを認めたら、そんな時代遅れのブラウスじゃなくて、最新モードを百着作ってやるよ。それも上着付きでねッ」
今度はブランドが勝誇った顔で言います。
「じ、時代遅れだとぉ‼ ふざけんな! こりゃ俺の母親の形見だ! もうあったま来た!」
今度はジャックの頭に血が上ってしまいました。
もうこうなると収まるものも収まりません。本気の本気の真剣勝負が始まってしまいました。
と、その時です。
「ジャック!」
ラルゴがジャックの名を叫びながら走って来ました。
「ラルゴ!」
突然ラルゴが現れたのでジャックは驚きました。
「ジャック大変だ!」
「ラルゴ、どうしたんだ!」
「子供達が……」
「落着けラルゴ、一体何があったんだ!」
「アースと子供が…さらわれたッ」
「何だって!」
「早く来てくれ!」
「分った! ブランド、この勝負預けた!」
「おい!」
駆け去るジャックに困惑するブランドの前に、一人の少女が走り込んで来ました。
「王子!」
それは慌てた様子のフェレシュテです。
「フェレシュテ!」
「やっと見つけたわ、こんなとこにいたのね」
「どいてくれ、今は君と話してる暇は無いんだ」
「待って。 私は貴方の邪魔をしに来たんじゃないのよ。リアルの元へ行くんでしょう?」
「そうだ」
「王子、貴方に渡したいものがあるのよ」
「渡したいもの?」
フェレシュテは例の瓶を見せました。
「これは?」
「この中に、バアバが取ってしまったリアルの魂が入っているのよ」
「リアルの魂!」
「バアバはこれを飲め飲めって煩いんだけど、あたしは人間なんかになりたくない。これを早くリアルに返してやって頂戴」
「君は…意外と優しい性格なんだな」
「そんなことより、早く持って行って! そろそろ気付いたバアバが激怒してやって来るに違いないわ!」
「分かった!」
ブランドはリアルから瓶を受取ると、愛馬に跨り城へ向って駆け出しました。
※
《お待ちブランド王子!》
森の奥から不気味に響く甲高い声が聞こえて来ました。
「誰だ!」
王子は思わず馬を止め、辺りを見回します。
すると突然、地面からもうもうと黒い煙が立ち昇り、その中から魔女サーベントが、地獄の番犬ラブマットを従えて姿を現しました。
「お前はこの前の魔女!」
「ひぃー、ひっひっひっ! よく覚えておいでだね。愛しい愛しいブランド王子様」
魔女はずる賢そうに笑い、ラブとマットはよだれを垂らし舌なめずりをしています。
「ふざけた事を言うな! お前達の悪巧みのせいで、リアルや街の人々が大勢苦しんでるんだぞ!」
ブランドはこぶしを握りしめそう言い放ちます。
「愉快じゃないか。どうせ生きてたって何の役にも立たないゴミどもだ。私らの為に成仏出来るならめでたい事だよ」
「貴様! 命ばかりは助けてやろうと思っていたが、もはや容赦は出来ない。覚悟しろ!」
ブランドはそう言うと、腰の剣を素早く引き抜きました。
「おやおや、それはこっちのセリフだよ。 余計な事に首を突っ込まずに、このまま自分の国へ退散するなら見逃してやろう。坊やはさっさとおうちに帰ってベットでお休み」
魔女サーベントは醜い顔にしわを寄せながら、また薄気味悪く笑い「えいッ」と気合いをあげます。と同時に、ブランド王子の足元に巨大な火柱が立ち昇りました。
「うっ!」
「ホラどうだい! 真っ黒こげにされたくなかったら、サッサとリアルの魂を返してこの場から立ち去るんだよ!」
魔女サーベントは勝誇ったように、目をギロギロさせながら言います。
「ふん、こんな事もあろうかと思って…」
ブランド王子は上着のポケットに忍ばせておいた小さな袋を取出し、それを炎めがけて投げ付けました。
するとどうでしょう。バム! という大きな音を立て、白い煙が辺り一面を覆ったかと思うと、たちまち火は鎮火してしまいます。
「どうだ、魔女めッ。お前の火炎攻撃はこの前で学習済みだ。この消火薬で、何度でも消してやる!」
「おのれ! やれラブ、マット! こいつを噛み殺してしまえ!」
己の魔力を破られた魔女サーベントは激怒し、地獄犬をブランドめがけてけしかけました。
牙を剥き、ヨダレを滴らしたラブとマットが、唸り声をあげてブランド王子にとびかかってゆきます。
「えい!」
電光石火の如く、ブランド王子の鍛えあげられた剣が空を切り、二匹の地獄犬の体を真っ二つに引き裂きました。
「ギャアアア!」
まさに地獄の底から湧き上がるような断末魔をあげて、二匹の獣犬は絶命します。
「ラブ、マット! ……おのれぇ、よくも私の可愛い下部達を…! もう容赦はせんぞ!」
ブランド王子は、とうとう魔女サーベントを本気で怒らせてしまいました。
みるみるうちに彼女の目は血のように赤く染まり口は耳まで裂け、長い髪の毛は天を突かんばかりに逆立ち、両手の黒い爪はギシギシ音を立てて刃物のように伸びました。
その姿はもはやこの世のものではありません。まるで巨大なコウモリとヘビとトカゲを足したような恐ろしい姿に化身したのです。
「ば、化けものめッ、本性を現したな!」
巨大な妖獣に姿を変えたサーベントは、恐ろしい声をあげながら、ブランド王子に襲いかかります。
「タァッ!」
あわや、妖獣の鋭い爪の餌食になる寸前、ブランド王子は地を蹴って身を交わします。
一瞬遅れて、彼の立っていた地面が大きくえぐり取られます。
ブランドが剣を妖獣の眉間に突立てました。
ンギャアア!
妖獣は絶叫し、天空高く舞上がってゆきます。
「うわあああ!」
妖獣は、ブランド王子を振落そうと猛スピードできりもみしながら落下し始めました。
ブランド王子は、突立てた剣に必死にしがみ付いています。
その時草むらを搔き分けて、数人の男達が忍び寄って来ました。
それは先程、クルエルが放った黒装束の暗殺部隊でした。
彼等は手に手に弓を持ち、ブランドと戦っている妖獣目掛けて構えています。
「お前ら狙いを外すなよ。後で将軍に殺されるぞ」
一人の男が、他の仲間に向かって押し殺した声で言います。
「任せて下さい。矢の毒で王子もろともあの世行きです」
男達は余裕の表情を浮かべています。
「よし、今だやれっ!」
「危ないバアバ!」
男達が妖獣に向けて一斉に弓矢を放った瞬間、彼等の目の前にフェレシュテが飛出して来ました。
その中の数本が、彼女の胸や腹に突き刺さります。
「キャア!」
「!」
フェレシュテの悲鳴を耳にした妖獣は、その巨大な目玉をギョロリと動かし彼女の姿を見て驚きます。
その直後、何本もの毒矢が妖獣の体にブスブスと音を立てて突き刺さりました。
ギャオーン!
「くそ! 急所を外した!」
「ええい、一斉に狙い撃ちしろ!」
急襲失敗に隊長は声を荒げ、森の中から飛出て男達を急き立てます。
「フェレシュテ! フェレシュテ!」
妖獣は、矢の刺さったフェレシュテを気にしながらも、我が身に襲い来る男達に向かって牙を剥き出し咆哮します。
「お前らギルティの手下だな! 仲間を裏切るのか!」
「馬鹿め! 貴様のような魔女を仲間になどするかッ」
「それはギルティの言葉か!」
「当然だ! お前らを始末しろとの閣下の命令だ」
「おのれ、貴様ら全てあの世へ送ってやる!」
男の言葉を聞き、妖獣サーベントは攻撃目標をブランドから彼らへと切替え、猛烈な勢いで蹴散らし始めます。
「くそぉ、怯むな! 撃て、撃てぇ!」
男達の放つ矢は容赦なく次々と妖獣サーベントの体を貫いて行きました。
ギャオオ!
ライオン数十頭を集めたような声で吼える妖獣サーベントが大きな翼で風を巻起こして男達を吹飛ばし、あっという間に暗殺部隊を全滅させてしまいました。
「ぐぅ…」
しかし、流石のサーベントも力尽き、ドウと地面に倒れ込みます。
「フェレシュテ…」
最後にフェレシュテの名を呼び、魔女サーベントは絶命してしまいました。
「バアバ……」
木の傍らに倒れているフェレシュテを見つけ、ブランド王子は驚きました。
「フェレシュテッ」
ブランド王子は、慌ててフェレシュテに駆寄ります。
見れば、フェレシュテの体のあちこちから血が噴き出ているではないですか。
「酷い傷だ。すぐに手当してやるよ」
「私はもう駄目。……これを貴方にあげるわ」
フェレシュテはそう言うと、サーベントから貰ったあのロケットをブランドに手渡しました。
「これは?」
「〈蘇りの薬〉いざという時に呑んで……」
「だったら、今こそ君が呑むべきだ」
「バアバや仲間達がいなくなった今、私にはこんなものいらない。……みんなのとこへ行くわ」
「フェレシュテ…」
彼女の言葉にブランドは俯きます。
「さあ早く行ってあげて。リアルや子供がギルティ将軍達に酷い目に遭わせられる前に…」
「しかし…」
「早く行って頂戴……。悪魔の私の最後は、バアバと同じく醜い姿になってしまうの…。そんなとこを大好きな王子様に見られたくないわ」
「分かった…」
ブランド王子は、フェレシュテの言葉に心を決め、その場を立ち去る事にしました。
走去る王子の後姿を見るフェレシュテは、もはや人間の様子をしていません。
彼女の言葉どおり、おぞましい姿に変化し、今にも破裂しそうに膨らんでいます。
「さようなら……王子様」
ズドーン!
大音響と共に、フェレシュテの体は粉々に吹飛びました。
そのただならぬ音に気付いたブランド王子は、思わず振返り絶叫します。
「フェレシュテー!」
ブランド王子の悲痛な叫び声が、山々に木霊しました。
2008年02月07日
仮面のプリンセス・リアル姫の大冒険 18
十八 奪われたもの
すたすたと歩くブランド王子を追って、リアルはいつの間にか墓場に来てしまいました。
不安になった彼女が口を開きます。
「ブランド王子、私に折入っての相談って何です?」
リアルの問いかけに、王子は背を向け黙ったままです。
「……」
「ブランド王子……?」
リアルが再び言葉を発した時でした。
王子はクルリと向きを変えると、突然彼女
の胸に何かを押し付けました。
「え!」
驚いたリアルは思わず声を上げます。
それは何と、ブランド王子が手にした短剣が、自分の胸に突き立てられてたからです。
「お…王子!」
リアルがそう言い王子を見ると、彼の顔がみるみるうちに歪み始めています。
「ふふふふ……ひひひひ……ひぃー、ひっひっひぃっ!」
これは、そう魔女サーベントの笑い声!
丹精なブランド王子の顔が、粘土細工のようにグニャグニャになり、ブルン! と音を立てて例の醜い顔へと姿を戻しました。
「お前は…!」
「そう、サーベント様だ。ひぃー、ひっひっひぃっ!」
いつものように味噌っ歯を剥き出して、魔女サーベントは耳ざわりな笑い声をあげます。
「何でこんな事を……」
「答えは簡単。お前の魂を頂く為だよ」
「私の魂……」
「そうさ。私のフェレシュテの為に、お前の魂を貰うのさ!」
魔女サーベントはそう言うと、左手でリアルの胸の中からキラキラ輝く小さな魂を抜き取りました。
と同時に、リアルはがっくりとその場に倒れ込みます。
「ひぃー、ひっひっひぃっ! やっと皇女の魂を手に入れる事が出来た!」
「……」
魂を抜き取られたリアルは、虚ろな目をして倒れたままピクリとも動きません。
「こうなると、さしもの薔薇仮面も台無しだな」
そう言いながら姿を現したのは、マーダー卿でした。勿論その隣には弟のクルエルも立っています。
「わしは望むものを手に入れた。後はこの娘、煮るなり焼くなり好きにするがいいよ」
「お前に言われるまでもない」
マーダーは、魔女サーベントを一瞥し、吐き捨てるように言いました。
「フン! 役立たずが随分偉そうな口を利くね。まあいい、この魂を娘フェレシュテに飲ませたらすぐ城に向かうから、将軍に入城の準備をするよう伝えといておくれ!」
魔女サーベントはそう言うと、またいつものコウモリに変身し、もの凄い速さで飛び立って行きました。
クルエルが目配せすると、黒装束集団がサーベントの後を追い掛けてゆきます。
「さてリアル姫。我々と一緒に来て貰おうか」
男達は、ぐったりしているリアルの体を担ぎあげました。
※
一方魔女サーベントの屋敷では 。
「フェレシュテ、フェレシュテはどこにいるんじゃい!」
「何よ」
部屋の奥からフェレシュテが姿を現しました。
「これを御覧! とうとうリアルから魂を奪ってやった! さあ、早くお飲み!」
「何でそんなに急ぐのよ。後で飲むからその辺に置いといて頂戴」
「何言ってんだい。時間が無いんだよ、さっさと飲まないかい」
「分かったわよ、分かったわよ。そんなに慌てないでよ! こんな気持ち悪いもの飲むんだから、きっと七転八倒するに違いないわ。そんな醜い姿、バアバに見られたくない。ちゃんと飲むからあっち行ってて!」
ピンポーン!
その時、玄関からチャイムの音が聞こえました。
「ご主人様、出前の蜥蜴料理が届きやんした」
ラブが嬉しそうに走って来ます。
「おや、いつもの二枚目の兄ちゃんが持って来たかい?」
「そうっす! ブヒヒヒ!」
「いいかい、ちゃんと飲むんだよ」
魔女サーベントはフェレシュテにキッパリ
言います。
「はいはい、分かったから早く行きなよ! 宅配兄ちゃん帰っちゃうから!」
「いいね!」
サーベントはそう言うと鼻を鳴らして出て行きました。
「リアルの魂…か。こんなものはサッサと本人に返してやろうかな」
フェレシュテは決心したように言いました。
2008年02月05日
仮面のプリンセス・リアル姫の大冒険 17
十七 ジャックへの思い
小高い丘の上からゴールデン王国を見下ろすジャックの側に、リアルがやって来ました。
「ジャック……」
「ん?」
「私……貴方に謝らなくっちゃ」
「何を?」
ジャックは怪訝そうな目でリアルをじっと見ます。
あらためてジャックに真剣な眼差しで見られると、リアルの鼓動は高鳴ります。
だって、あまりにも彼の瞳が美しいことに気付いてしまったからです。
「初めてここに来た時、何も知らないくせに失礼な事を言ってしまって…本当にごめんなさい」
「いいよ、もう気にしてないから」
ジャックは爽やかな笑顔でそう答えました。
何かキツイ事でも言われるだろうと覚悟していたリアルは、ジャックの言葉にホッと胸を撫で下ろします。
「ほんと? じゃあ許してくれるの?」
「俺の方こそ怒鳴ったりして悪かった。 改めて謝るよ。申し訳ない」
そう言うと、ジャックは男らしく深々と頭を下げました。
「なーんだ。だったら早く言ってくれれば良かったのにぃ! 今までずっと後ろめたい気持ちでいたんだよ」
「それはお互い様」
腕組みし、ぷぅと頬を脹らませるリアルに、ジャックも真似をして同じように頬を膨らまします。
ほんの少しの間、睨みあったリアルとジャックでしたが、今度はほとんど同時に「プッ」と小さく噴出し、次の瞬間ケラケラと笑いあいました。
どうやら今まで二人の間に立ち塞がっていた見えない心の壁が取り除かれたようです。
「これ、お礼と言ってはなんだけど、あなたにあげるわ」
リアルはそう言うと、ドクターの作ったブレスレットをジャックに手渡しました。
「こんな高価なものを……? いいのかい」
「命の恩人だもの、当然よ」
リアルははにかみました。
「君は笑うと可愛いな」
ジャックはリアルから視線を外し、遠い海を見ながらさりげなく言いました。
リアルはジャックの唐突な言葉に驚きます。
「ぇ……どうしたの突然。 からかわないでよ」
「別にからかってないよ。 それこそ本当の事を言ってるだけさ」
ジャックはどぎまぎするリアルを見つめ、先ほどまでとはうって変わって優しい眼差しを浮かべてそう言いました。
夕陽は海の彼方に沈み、辺りには涼やかな風が吹きはじめロマンチックな空気が漂いはじめています。
二人はどちらからともなく、顔を近づけあいます。
とその時です。
「ジヤックゥ!」
と、ジャックを呼ぶ声が洞窟の中から聞こえて来ました。
ジャックとリアルは、ハッと我に返り後ずさります。
別に何も悪いこともしていないのに、二人は真っ赤な顔をしてそっぽを向いてしまいました。
「ジャック!」
そう言いながら、息を切らして崖を登って来たのはピエタでした。
すぐさま二人の様子が目に入り、ピエタは一瞬怪訝そうな顔をします。
「どうしたピエタ?」
ほんの少し焦った様子で、ジャックはピエタにそう尋ねます。
「……お母様が呼んでらっしゃるわ」
「アースが ?」
「ええ」
ピエタは目をクリクリさせて答えます。
彼女の言葉にジャックは頷き、「じゃあ」とリアルに微笑み洞窟の中へと姿を消します。
ピエタ、とたんに腕組みしてリアルを睨みつけました。
「……ゃあ、どうも」
「あなた今、ジャックと何話してたんですかぁ?」
「ぇ…」
「悪いんですけどぉ、私達のジャックを誘惑しないで下さい!」
ピエタの突然の突っ込みに、リアルは驚き面食らってしまいました。
「ゆ、誘惑だなんて…」
「言い訳は結構よ! あなたもう体の具合良くなったんでしょ。そろそろここを出てって頂戴!」
またまたの厳しい突込みに、リアルの頭はクラクラして来ました。
「私はジャックのフィアンセなの。子供の頃からそう決まってるんですからね」
(まだ子供じゃないか)
攻撃されっぱなしのリアルは、心の中でブツブツとそう思いました。
リアルは辺りを注意しながら洞窟から出て来ました。
そこはジャックのアジトに繋がる秘密の出入口の為、誰かに見られないようにと用心の為です。
「誘惑ねぇ……。私がそんな事するわけないでしょ」
暗い洞窟から抜け出した開放感からか、反論の言葉が思わず口をついて出ました。
とその時です。
「 リアル姫」
彼女の背後から突然誰かが声を掛けました。
「誰!」
リアルはびっくりして振り返ります。
そしてリアルの目の前に立っていたのは、何とブランド王子ではありませんか。
「ブランド王子!」
リアルは突然現れたブランド王子に驚き声をあげました。
「久し振りだねリアル姫。随分探したよ」
ブランド王子は、淡々とした様子でそう言います。
「私を…?」
「そうとも」
リアルは、自分の身を案じてくれていた王子の気持ちを知り、とても嬉しくなりました。
事実、これまで様々な事件があり、気丈なリアルと言えども心はかなり疲れきっていたからです。
そんなところへ憧れのブランド王子が現れてくれたのです。胸がときめかない筈がありません。ただちょっと気になる事がありました。
(この前の王子とは若干様子が違う…。それになぜ私の居場所が分かったのかしら?)
そんな思いがちらりとリアルの脳裏をよぎりました。
「君に折入って相談がある。 一緒に来てくれないかい?」
ブランド王子の言葉にリアルの思いは消され、
「ぇ…ぁ、はい」
彼女は反射的に返事をしました。
小高い丘の上からゴールデン王国を見下ろすジャックの側に、リアルがやって来ました。
「ジャック……」
「ん?」
「私……貴方に謝らなくっちゃ」
「何を?」
ジャックは怪訝そうな目でリアルをじっと見ます。
あらためてジャックに真剣な眼差しで見られると、リアルの鼓動は高鳴ります。
だって、あまりにも彼の瞳が美しいことに気付いてしまったからです。
「初めてここに来た時、何も知らないくせに失礼な事を言ってしまって…本当にごめんなさい」
「いいよ、もう気にしてないから」
ジャックは爽やかな笑顔でそう答えました。
何かキツイ事でも言われるだろうと覚悟していたリアルは、ジャックの言葉にホッと胸を撫で下ろします。
「ほんと? じゃあ許してくれるの?」
「俺の方こそ怒鳴ったりして悪かった。 改めて謝るよ。申し訳ない」
そう言うと、ジャックは男らしく深々と頭を下げました。
「なーんだ。だったら早く言ってくれれば良かったのにぃ! 今までずっと後ろめたい気持ちでいたんだよ」
「それはお互い様」
腕組みし、ぷぅと頬を脹らませるリアルに、ジャックも真似をして同じように頬を膨らまします。
ほんの少しの間、睨みあったリアルとジャックでしたが、今度はほとんど同時に「プッ」と小さく噴出し、次の瞬間ケラケラと笑いあいました。
どうやら今まで二人の間に立ち塞がっていた見えない心の壁が取り除かれたようです。
「これ、お礼と言ってはなんだけど、あなたにあげるわ」
リアルはそう言うと、ドクターの作ったブレスレットをジャックに手渡しました。
「こんな高価なものを……? いいのかい」
「命の恩人だもの、当然よ」
リアルははにかみました。
「君は笑うと可愛いな」
ジャックはリアルから視線を外し、遠い海を見ながらさりげなく言いました。
リアルはジャックの唐突な言葉に驚きます。
「ぇ……どうしたの突然。 からかわないでよ」
「別にからかってないよ。 それこそ本当の事を言ってるだけさ」
ジャックはどぎまぎするリアルを見つめ、先ほどまでとはうって変わって優しい眼差しを浮かべてそう言いました。
夕陽は海の彼方に沈み、辺りには涼やかな風が吹きはじめロマンチックな空気が漂いはじめています。
二人はどちらからともなく、顔を近づけあいます。
とその時です。
「ジヤックゥ!」
と、ジャックを呼ぶ声が洞窟の中から聞こえて来ました。
ジャックとリアルは、ハッと我に返り後ずさります。
別に何も悪いこともしていないのに、二人は真っ赤な顔をしてそっぽを向いてしまいました。
「ジャック!」
そう言いながら、息を切らして崖を登って来たのはピエタでした。
すぐさま二人の様子が目に入り、ピエタは一瞬怪訝そうな顔をします。
「どうしたピエタ?」
ほんの少し焦った様子で、ジャックはピエタにそう尋ねます。
「……お母様が呼んでらっしゃるわ」
「アースが ?」
「ええ」
ピエタは目をクリクリさせて答えます。
彼女の言葉にジャックは頷き、「じゃあ」とリアルに微笑み洞窟の中へと姿を消します。
ピエタ、とたんに腕組みしてリアルを睨みつけました。
「……ゃあ、どうも」
「あなた今、ジャックと何話してたんですかぁ?」
「ぇ…」
「悪いんですけどぉ、私達のジャックを誘惑しないで下さい!」
ピエタの突然の突っ込みに、リアルは驚き面食らってしまいました。
「ゆ、誘惑だなんて…」
「言い訳は結構よ! あなたもう体の具合良くなったんでしょ。そろそろここを出てって頂戴!」
またまたの厳しい突込みに、リアルの頭はクラクラして来ました。
「私はジャックのフィアンセなの。子供の頃からそう決まってるんですからね」
(まだ子供じゃないか)
攻撃されっぱなしのリアルは、心の中でブツブツとそう思いました。
リアルは辺りを注意しながら洞窟から出て来ました。
そこはジャックのアジトに繋がる秘密の出入口の為、誰かに見られないようにと用心の為です。
「誘惑ねぇ……。私がそんな事するわけないでしょ」
暗い洞窟から抜け出した開放感からか、反論の言葉が思わず口をついて出ました。
とその時です。
「 リアル姫」
彼女の背後から突然誰かが声を掛けました。
「誰!」
リアルはびっくりして振り返ります。
そしてリアルの目の前に立っていたのは、何とブランド王子ではありませんか。
「ブランド王子!」
リアルは突然現れたブランド王子に驚き声をあげました。
「久し振りだねリアル姫。随分探したよ」
ブランド王子は、淡々とした様子でそう言います。
「私を…?」
「そうとも」
リアルは、自分の身を案じてくれていた王子の気持ちを知り、とても嬉しくなりました。
事実、これまで様々な事件があり、気丈なリアルと言えども心はかなり疲れきっていたからです。
そんなところへ憧れのブランド王子が現れてくれたのです。胸がときめかない筈がありません。ただちょっと気になる事がありました。
(この前の王子とは若干様子が違う…。それになぜ私の居場所が分かったのかしら?)
そんな思いがちらりとリアルの脳裏をよぎりました。
「君に折入って相談がある。 一緒に来てくれないかい?」
ブランド王子の言葉にリアルの思いは消され、
「ぇ…ぁ、はい」
彼女は反射的に返事をしました。
2008年02月04日
仮面のプリンセス・リアル姫の大冒険 16
第四章
十六 ギルティ達の暴挙
「ワッハッハッハ! この世はわしの為にある! この国全体が巨大な税収マシーンだ!」
ギルティ将軍は馬鹿笑いを続けます。
王の代理の座に収まったギルティ将軍は、我が世の春とばかりに好き勝手なお触れを国中に出しました。
それは財政破綻状態にあったこの国庫の為に、民の税金の増税。
そして国策に関する噂話を一切禁ずる事。逆らった者は、厳罰に処すという内容のもの。
やがて役人達の税金の取立ても日に日に厳しさを増して来ました。当然、自分が仕掛けたアクシデントの他国への賠償金も含まれています。
その結果、人々の生活は益々大変になり、朝早くから夜遅くまで働きづめの状態になってゆきます。
*
畑では、女達が一生懸命農作物を収穫し、子供も母親の仕事をかいがいしく手伝っています。
「最近、前に増して税制が厳しくなったね」
ローラという女性が汗を拭きながらそう言います。
「王の気がふれて、ギルティが代王となってこの国は益々悪くなっていく一方よ」
「あーあ、私達のリアル姫はどこ行っちゃったのかしら?」
ハンナが溜息をつきながら言いました。
「二人ともいい加減にしなよ! 政治の話をするのはご法度だよ。マーダー達に聴こえたら、酷い目に遭わせられちまうから」
サリーが二人に苦言したその時です。
「もうとっくに聞こえてるよ!」
女達は、背後から聞こえた男の声に驚き振返るり、
「きゃあああ!」
思わず大声を上げて飛上がりました。
それもその筈、そこには正しくマーダーとクルエルが亡霊のように立っていたからです。
「お前ら、あれ程お触れを出しておいたのに、よくも抜けぬけと」
「法を侵した者は、どういう目に遭うか分かっていないようだな」
マーダーとクルエルは、腰を抜かしている女達に、蛇のような目をしてにじり寄ります。
「わわわ、マーダー様、クルエル様、どうかどうかお見逃し下さい!」
ローラが涙を流し、地面に額を擦りつけて訴えます。
「もう決してあの方の事は口にしません!」
ハンナは両手を合わせて懇願します。
「あの方だと?」
小柄なマーダーが背伸びして女の真似をします。
「お前ら、まだ分かってないなッ」
クルエルがそう言った瞬間、彼の剣がハンナの身体を切裂きました。
「ギャアアア!」
「おかあちゃーん!」
ハンナの子供が泣きながら母親にすがりつきました。
「やかましい!」
「ギャッ!」
クルエルは、無惨にもその子供まで手にかけたのです。
「ほおぅ。新しく打たせた刃、なかなかの切味だな」
蝋人形のような不気味な顔をし、クルエルは冷たくうそぶいています。
「どれどれ、俺も試してみるかな」
「どうかお許し下さい! お許し下さい!」
「無理だな」
必死に懇願するローラとサリーにマーダーはにじり寄ります。
「やめろ!」
そこへ突然背後から声がしました。
「何だ!」
マーダーとクルエルは同時に振返ります。
「き、貴様、薔薇仮面!」
そうです。彼らの目の前に立っていたのは、
回復したリアル扮する薔薇仮面でした。
ローラ達は声を上げながら走去ります。
「暫く姿を見せないとと思っていたが……、ええい賊は討取ってしまえ!」
マーダーはクルエルに合図し、薔薇仮面にかかってゆきます。
しかし、薔薇仮面が彼らの腕を上回っている事は火を見るより明らかで、あっと言う間に新しい剣が叩き折られてしまいました。
「くそっ、引け、引けッい!」
またマーダー達は、悔しげに尻尾を巻いて逃げてゆきました。
薔薇仮面は剣を鞘に収め、ローラと子供の側に駆寄り脈を取ってみます。
しかし彼女達はすでに事切れていました。
「何てむごい事を…」
リアルは薔薇の仮面を脱ぐとそう呟き、目の前に横たわる遺体に向かって両手を合わせました。
そんな彼女の様子を伺っている、木にぶら下った二つの目があります。
「ひぃーっ、ひっひっひ。 やっと見付けたよリアル姫。……成程そういう事だったのかい」
それは魔女サーベントが化けた、例の紫コウモリでした。
一方、近づいて来る人の気配を感じ、リアルは慌てて仮面を被ります。
「薔薇仮面 」
そう言って現れたのは、ブランド王子と二人の側近でした。
(ブランド王子……)
リアルは王子とこんな形で久しぶりの再開となり、複雑な気持ちになりました。そして薔薇仮面は静かに立上がります。
「お前…随分とこの国は乱れてるな。 久々に近くに来てみればこの様だ」
ウィリアムが言いました。
仮面の下でリアルは、また悲しみが込上げて涙が流れて来ました。
ある意味、彼の言う通りだからです。
「国民がこんなに苦しんでるのに、この国の守護神が落ち込んでどうするんだい」
ブランドが厳しい表情で言います。
「そんな言い方……ないだろう」
「へぇーこれは驚いた。命の恩人に向かってそんな口叩く君こそ無礼だぞ。大体誰のお蔭で生きてられると思うんだ?」
シモンが嫌味を含んで言いながら、薔薇仮面の顔を覗き込みます。
「誰だって言うんだ……」
「ブランド様に決まってるだろ!」
シモンは薔薇仮面が男だと思っているので、かなり激しい口調で言い放ちました。
「そうだ。我が国の王シュルツ様は、王子を危険に晒した事でここに対してかなりご立腹だ。本来なら国をあげてお前の街を攻め落としてるとこだ!」
「王の怒りを抑えてられるのは、その災難を受けたブランド様ご自身なのだぞ!」
とウィリアムに続いてシモンが、ブランドの立場を擁護するかように言葉を浴びせます。
「二人ともよさないか」
「しかし王子……」
そんな所へ、音も無くジャックや子供達が現れました。
「誰だ貴様!」
ウィリアムとシモンが身構えます。
「ふん。どいつもこいつもいい気なもんだ。国の一大事って時に悠長に、喧嘩してる場合か?」
「貴様、乞食の分在で生意気な事を言うと、首をはねるぞ!」
激怒したシモンが、ジャックに向かって剣を抜きます。
「シモン、よさないか。人の領地だぞ」
ブランドが即座に彼をたしなめます。
その騒ぎに紛れて、薔薇仮面は姿を消しました。
「やれるもんならやってみろ。俺達は好き好んで盗賊になったんじゃない。こうなったのも、みんなお前ら貴族のせいだ」
眉を吊り上げるシモンに、ウィリアムも「よせ」と剣を押さえます。
「プライドだの国民の為だの御託並べて、自分の都合で相手の国攻込んで、物は奪うは女子供容赦無く殺しまくって……」
ピエタやマーク達はあどけない顔をして、ジャック達の様子をじっと見ています。
「ここにいる子供達の親は、お前らのような身勝手な奴らに殺されたんだ!」
「僕らは何の罪も無い市民をむやみに殺したりはしない」
ブランドはジャックに向かってキッパリ反論しました。
「むごい真似しやがって……」
傍らではラルゴや子供達が、ハンナ親子の亡骸を丁重に運び始めています。
「王子さんよ。いずれあんたとは決着つけさせて貰うぜ」
ジャックはそう言うと、ラルゴ達を追って立ち去りました。
ブランド達は、何か胸につかえるものを感じながらも互いの顔を見合い、馬に乗ろうとしたその時です。
「王子様ぁ!」
迫りくる素っ頓狂な声に、三人はとっさに振返ります。
「リアル姫!」
思いも寄らぬ人物が目の前に駆け込んで来て、王子は驚きました。
「ブランド王子様、お会いしたかったぁ!」
リアル姫は身を投げ出すようにブランドに抱きつきました。
「な、な!」
ウィリアムもシモンも、姫の予想外の行動に目を点にします。
それはブランド王子とても同じこと。意中の人物に抱きつかれ嫌な気持ちになる男の子はいません。
でもあまりにも唐突なアクションに、彼らは正直なところ面喰っています。
「リ、リアル姫、どうしたんだい突然…! それに今まで一体どこに行ってたんです」
「王子様にお会いしたくて、私、遠路はるばるやって来ました、ブヒッ」
「ぶひ? 何ですかそれ?」
《やかましい! うるせぇんだよ!》
リアルの乱暴な返答に、ウィリアムとシモンは「マジ!」と頬を引きつらせます。
「あ、嘘、嘘! 今の無し! 気になさらないで!」
リアル姫は慌てて手を振りながらそう言いました。
《おめえ、余計な事言うんじゃねぇよ、ブヒブヒ!》
《何だと! てめえがブヒブヒうるせえから言ったんだろ!》
リアル姫の腹のあたりから、何やら言い争う声が聞こえて来ます。
キョトンとするブランド達に作り笑いしながら、
「何でもありませんので……ちょっとあんたら静かになさいよ! オラッ!」
リアルは自分の腹を、こぶしでドスドス叩き始めました。
「えぇっ!」
王子達三人は、完全に固まっています。
《いってぇ! だってお嬢さん、こいつが暴れるから…この野郎! ワンワン!》
《おまえは俺の子分だろ! 言うこと聞けブヒブヒ!》
《何だと! 誰が子分じゃ!》
リアル姫の腹の中は益々騒がしくなり、伸びたり縮んだりしています。
「おいおいおい!」
さすがのブランド王子も、リアルの尋常でない様子に、剣を構えだしました。
「大丈夫、大丈夫よ王子様! ラブ、マットいい加減におし!」
リアルが怒鳴った次の瞬間、彼女の体はボムッ! と音を立てて三つに割れてしまいました。
「もうこの馬鹿! せっかくの魔法が台無しじゃないか!」
首だけになったリアルが激怒しています。
「何だあ!」
シモンは驚きのあまりひっくり返りました。
そしてそれは即座に元のフェレシュテの姿に戻り、毛むくじゃら地獄の番犬ラブとマットを蹴りつけます。
「こいつが悪いんだワン!」
「何だとッマット、お前のせいだブヒブヒ!」
ラブとマットは互いに噛付き、転げまわりながらあっという間に姿を消してしまいました。
「フェレシュテ!」
ブランド王子が、「またお前か」という顔をしています。
「あいつらホント馬鹿でしょ」
フェレシュテはバツが悪そうに、二ヒヒと照れ笑いしながらそう言います。
「お前、どうして毎度王子の前に出て来るんだ! また良からぬ事を企んでるな」
ウィリアムが歯ぎしりして言います。
《違うぜ! お嬢さんはブランド王子に惚れちまったんだよブヒブヒ!》
消えた筈のラブとマットが、いつの間にか土の中から鼻だけ出しています。
《そうだワンワンワン!》
「あ、こいつら!」
フェレシュテは顔を真っ赤にして、二つの鼻をふんづけました。
《ブヒー! ギャンギャンギャン!》
「フェレシュテ!」
ブランドが声をあげます。
「か、勘違いしないでね! 私はあんたにそんな気持ちこれっぽっちもないんだから」
詰め寄るブランドに、フェレシュテは冷や汗をかきかき言い訳します。
「そんな事より、リアル姫の居場所を知ってるなら、僕たちに教えろ!」
「そんな事…? またリアル…?」
「そうだ!」
フェレシュテの乙女心は、王子のつれない言葉に傷つき悲しくなりました。
「リアル、リアルつて何よ! 知ってたって絶対に教えてやらない!」
フェレシュテはそう言って、地面から出ている二つの鼻をまた力一杯ふんづけました。
《ブヒー! 八つ当たりはやめてチョ―!》
ラブマットの悲鳴も気にせず、フェレシュテは薄桃色のコウモリに姿を変えると、猛スピードでその場から飛び去ってしまいました。
「くそ、また逃げられたか…!」
ブランド王子は、大事な情報源に逃げられ、悔しそうに空を見詰めました。
十六 ギルティ達の暴挙
「ワッハッハッハ! この世はわしの為にある! この国全体が巨大な税収マシーンだ!」
ギルティ将軍は馬鹿笑いを続けます。
王の代理の座に収まったギルティ将軍は、我が世の春とばかりに好き勝手なお触れを国中に出しました。
それは財政破綻状態にあったこの国庫の為に、民の税金の増税。
そして国策に関する噂話を一切禁ずる事。逆らった者は、厳罰に処すという内容のもの。
やがて役人達の税金の取立ても日に日に厳しさを増して来ました。当然、自分が仕掛けたアクシデントの他国への賠償金も含まれています。
その結果、人々の生活は益々大変になり、朝早くから夜遅くまで働きづめの状態になってゆきます。
*
畑では、女達が一生懸命農作物を収穫し、子供も母親の仕事をかいがいしく手伝っています。
「最近、前に増して税制が厳しくなったね」
ローラという女性が汗を拭きながらそう言います。
「王の気がふれて、ギルティが代王となってこの国は益々悪くなっていく一方よ」
「あーあ、私達のリアル姫はどこ行っちゃったのかしら?」
ハンナが溜息をつきながら言いました。
「二人ともいい加減にしなよ! 政治の話をするのはご法度だよ。マーダー達に聴こえたら、酷い目に遭わせられちまうから」
サリーが二人に苦言したその時です。
「もうとっくに聞こえてるよ!」
女達は、背後から聞こえた男の声に驚き振返るり、
「きゃあああ!」
思わず大声を上げて飛上がりました。
それもその筈、そこには正しくマーダーとクルエルが亡霊のように立っていたからです。
「お前ら、あれ程お触れを出しておいたのに、よくも抜けぬけと」
「法を侵した者は、どういう目に遭うか分かっていないようだな」
マーダーとクルエルは、腰を抜かしている女達に、蛇のような目をしてにじり寄ります。
「わわわ、マーダー様、クルエル様、どうかどうかお見逃し下さい!」
ローラが涙を流し、地面に額を擦りつけて訴えます。
「もう決してあの方の事は口にしません!」
ハンナは両手を合わせて懇願します。
「あの方だと?」
小柄なマーダーが背伸びして女の真似をします。
「お前ら、まだ分かってないなッ」
クルエルがそう言った瞬間、彼の剣がハンナの身体を切裂きました。
「ギャアアア!」
「おかあちゃーん!」
ハンナの子供が泣きながら母親にすがりつきました。
「やかましい!」
「ギャッ!」
クルエルは、無惨にもその子供まで手にかけたのです。
「ほおぅ。新しく打たせた刃、なかなかの切味だな」
蝋人形のような不気味な顔をし、クルエルは冷たくうそぶいています。
「どれどれ、俺も試してみるかな」
「どうかお許し下さい! お許し下さい!」
「無理だな」
必死に懇願するローラとサリーにマーダーはにじり寄ります。
「やめろ!」
そこへ突然背後から声がしました。
「何だ!」
マーダーとクルエルは同時に振返ります。
「き、貴様、薔薇仮面!」
そうです。彼らの目の前に立っていたのは、
回復したリアル扮する薔薇仮面でした。
ローラ達は声を上げながら走去ります。
「暫く姿を見せないとと思っていたが……、ええい賊は討取ってしまえ!」
マーダーはクルエルに合図し、薔薇仮面にかかってゆきます。
しかし、薔薇仮面が彼らの腕を上回っている事は火を見るより明らかで、あっと言う間に新しい剣が叩き折られてしまいました。
「くそっ、引け、引けッい!」
またマーダー達は、悔しげに尻尾を巻いて逃げてゆきました。
薔薇仮面は剣を鞘に収め、ローラと子供の側に駆寄り脈を取ってみます。
しかし彼女達はすでに事切れていました。
「何てむごい事を…」
リアルは薔薇の仮面を脱ぐとそう呟き、目の前に横たわる遺体に向かって両手を合わせました。
そんな彼女の様子を伺っている、木にぶら下った二つの目があります。
「ひぃーっ、ひっひっひ。 やっと見付けたよリアル姫。……成程そういう事だったのかい」
それは魔女サーベントが化けた、例の紫コウモリでした。
一方、近づいて来る人の気配を感じ、リアルは慌てて仮面を被ります。
「薔薇仮面 」
そう言って現れたのは、ブランド王子と二人の側近でした。
(ブランド王子……)
リアルは王子とこんな形で久しぶりの再開となり、複雑な気持ちになりました。そして薔薇仮面は静かに立上がります。
「お前…随分とこの国は乱れてるな。 久々に近くに来てみればこの様だ」
ウィリアムが言いました。
仮面の下でリアルは、また悲しみが込上げて涙が流れて来ました。
ある意味、彼の言う通りだからです。
「国民がこんなに苦しんでるのに、この国の守護神が落ち込んでどうするんだい」
ブランドが厳しい表情で言います。
「そんな言い方……ないだろう」
「へぇーこれは驚いた。命の恩人に向かってそんな口叩く君こそ無礼だぞ。大体誰のお蔭で生きてられると思うんだ?」
シモンが嫌味を含んで言いながら、薔薇仮面の顔を覗き込みます。
「誰だって言うんだ……」
「ブランド様に決まってるだろ!」
シモンは薔薇仮面が男だと思っているので、かなり激しい口調で言い放ちました。
「そうだ。我が国の王シュルツ様は、王子を危険に晒した事でここに対してかなりご立腹だ。本来なら国をあげてお前の街を攻め落としてるとこだ!」
「王の怒りを抑えてられるのは、その災難を受けたブランド様ご自身なのだぞ!」
とウィリアムに続いてシモンが、ブランドの立場を擁護するかように言葉を浴びせます。
「二人ともよさないか」
「しかし王子……」
そんな所へ、音も無くジャックや子供達が現れました。
「誰だ貴様!」
ウィリアムとシモンが身構えます。
「ふん。どいつもこいつもいい気なもんだ。国の一大事って時に悠長に、喧嘩してる場合か?」
「貴様、乞食の分在で生意気な事を言うと、首をはねるぞ!」
激怒したシモンが、ジャックに向かって剣を抜きます。
「シモン、よさないか。人の領地だぞ」
ブランドが即座に彼をたしなめます。
その騒ぎに紛れて、薔薇仮面は姿を消しました。
「やれるもんならやってみろ。俺達は好き好んで盗賊になったんじゃない。こうなったのも、みんなお前ら貴族のせいだ」
眉を吊り上げるシモンに、ウィリアムも「よせ」と剣を押さえます。
「プライドだの国民の為だの御託並べて、自分の都合で相手の国攻込んで、物は奪うは女子供容赦無く殺しまくって……」
ピエタやマーク達はあどけない顔をして、ジャック達の様子をじっと見ています。
「ここにいる子供達の親は、お前らのような身勝手な奴らに殺されたんだ!」
「僕らは何の罪も無い市民をむやみに殺したりはしない」
ブランドはジャックに向かってキッパリ反論しました。
「むごい真似しやがって……」
傍らではラルゴや子供達が、ハンナ親子の亡骸を丁重に運び始めています。
「王子さんよ。いずれあんたとは決着つけさせて貰うぜ」
ジャックはそう言うと、ラルゴ達を追って立ち去りました。
ブランド達は、何か胸につかえるものを感じながらも互いの顔を見合い、馬に乗ろうとしたその時です。
「王子様ぁ!」
迫りくる素っ頓狂な声に、三人はとっさに振返ります。
「リアル姫!」
思いも寄らぬ人物が目の前に駆け込んで来て、王子は驚きました。
「ブランド王子様、お会いしたかったぁ!」
リアル姫は身を投げ出すようにブランドに抱きつきました。
「な、な!」
ウィリアムもシモンも、姫の予想外の行動に目を点にします。
それはブランド王子とても同じこと。意中の人物に抱きつかれ嫌な気持ちになる男の子はいません。
でもあまりにも唐突なアクションに、彼らは正直なところ面喰っています。
「リ、リアル姫、どうしたんだい突然…! それに今まで一体どこに行ってたんです」
「王子様にお会いしたくて、私、遠路はるばるやって来ました、ブヒッ」
「ぶひ? 何ですかそれ?」
《やかましい! うるせぇんだよ!》
リアルの乱暴な返答に、ウィリアムとシモンは「マジ!」と頬を引きつらせます。
「あ、嘘、嘘! 今の無し! 気になさらないで!」
リアル姫は慌てて手を振りながらそう言いました。
《おめえ、余計な事言うんじゃねぇよ、ブヒブヒ!》
《何だと! てめえがブヒブヒうるせえから言ったんだろ!》
リアル姫の腹のあたりから、何やら言い争う声が聞こえて来ます。
キョトンとするブランド達に作り笑いしながら、
「何でもありませんので……ちょっとあんたら静かになさいよ! オラッ!」
リアルは自分の腹を、こぶしでドスドス叩き始めました。
「えぇっ!」
王子達三人は、完全に固まっています。
《いってぇ! だってお嬢さん、こいつが暴れるから…この野郎! ワンワン!》
《おまえは俺の子分だろ! 言うこと聞けブヒブヒ!》
《何だと! 誰が子分じゃ!》
リアル姫の腹の中は益々騒がしくなり、伸びたり縮んだりしています。
「おいおいおい!」
さすがのブランド王子も、リアルの尋常でない様子に、剣を構えだしました。
「大丈夫、大丈夫よ王子様! ラブ、マットいい加減におし!」
リアルが怒鳴った次の瞬間、彼女の体はボムッ! と音を立てて三つに割れてしまいました。
「もうこの馬鹿! せっかくの魔法が台無しじゃないか!」
首だけになったリアルが激怒しています。
「何だあ!」
シモンは驚きのあまりひっくり返りました。
そしてそれは即座に元のフェレシュテの姿に戻り、毛むくじゃら地獄の番犬ラブとマットを蹴りつけます。
「こいつが悪いんだワン!」
「何だとッマット、お前のせいだブヒブヒ!」
ラブとマットは互いに噛付き、転げまわりながらあっという間に姿を消してしまいました。
「フェレシュテ!」
ブランド王子が、「またお前か」という顔をしています。
「あいつらホント馬鹿でしょ」
フェレシュテはバツが悪そうに、二ヒヒと照れ笑いしながらそう言います。
「お前、どうして毎度王子の前に出て来るんだ! また良からぬ事を企んでるな」
ウィリアムが歯ぎしりして言います。
《違うぜ! お嬢さんはブランド王子に惚れちまったんだよブヒブヒ!》
消えた筈のラブとマットが、いつの間にか土の中から鼻だけ出しています。
《そうだワンワンワン!》
「あ、こいつら!」
フェレシュテは顔を真っ赤にして、二つの鼻をふんづけました。
《ブヒー! ギャンギャンギャン!》
「フェレシュテ!」
ブランドが声をあげます。
「か、勘違いしないでね! 私はあんたにそんな気持ちこれっぽっちもないんだから」
詰め寄るブランドに、フェレシュテは冷や汗をかきかき言い訳します。
「そんな事より、リアル姫の居場所を知ってるなら、僕たちに教えろ!」
「そんな事…? またリアル…?」
「そうだ!」
フェレシュテの乙女心は、王子のつれない言葉に傷つき悲しくなりました。
「リアル、リアルつて何よ! 知ってたって絶対に教えてやらない!」
フェレシュテはそう言って、地面から出ている二つの鼻をまた力一杯ふんづけました。
《ブヒー! 八つ当たりはやめてチョ―!》
ラブマットの悲鳴も気にせず、フェレシュテは薄桃色のコウモリに姿を変えると、猛スピードでその場から飛び去ってしまいました。
「くそ、また逃げられたか…!」
ブランド王子は、大事な情報源に逃げられ、悔しそうに空を見詰めました。
2008年02月02日
仮面のプリンセス・リアル姫の大冒険 15
十五 ジャックのアジトへ
ジャック達は迷路のような洞窟の中を延々と進むと、一つの大きな扉の前に辿り着きそれを開けました。
「わーい、ジャックお兄ちゃん!」
「お帰りなさい、ジャックお兄ちゃん!」
ピエタや子供達が駆寄って来ました。
「みんな大人しくしてたか?」
「はぁーい」
ジャックの声に子供達が元気に答えます。
どうやらここが、チビッコ盗賊のアジトのようです。
「お帰りなさいジャック。外は大丈夫だった?」
年長で、子供達のお姉さんでもあるメアリーが聞きました。
「ああ」
「誰!」
ラルゴの後ろから現れたリアルの姿を見てピエタが叫びました。
「安心しろ、敵じゃない。 さあこっちに来るといい」
「うん」
「あれ、手から血が出てる!」
またピエタが声をあげます。
「大変ほんとだ!」
子供達も気付きました。
「いけない、どっかで引掛けたのかな…」
リアルは血の出ている手を見て言います。
「おい」
ジャックは子供たちに合図しました。
「はい!」
そして子供達は、ジャックの声で救急袋らしきものを持ってくると、あっという間に応急措置を施してしまいます。
「はい完了しました!」
「へぇー驚いた。手馴れたもんだねぇ」
リアルは感心しました。
「いっつも生傷絶やした事ないからな。こいつらに教えといたんだ」
「それより腹減った。 夕飯まだあ」
「お腹すいたぁ!」
マークの声にチビッコ全員が騒ぎ出します。
「あ、悪ィ悪ィ。ほらみんな待たせたな。たっぷり食え」
子供達は歓声をあげて袋に飛びつきます。
「……ここが君のアジトなのか」
「そうだ」
「まさかこの子らみんな、君の兄弟じゃないだろうな」
リアルはいぶかしげな顔で聞きます。
「血は繋がっちゃいねぇけど、こいつらは俺達の妹や弟だ」
ラルゴはそう言い、パンを頬張りました。
「はいどうぞ」
ミルはリアルにもパンを差し出します。
「彼らの親は?」
「いない」
ジャックはボソリと返事をします。
「みんな孤児どもだ。 な」
「うん!」
子供達は、ラルゴに無邪気に答えます。
「……近頃子供達を操って、街を暗躍してる窃盗団ってのは君達のことなのか?」
「!」
ジャックの眉がピクリと動きます。
「どうなんだ!」
ジャックはリアルの言葉を無視して、子供達に配膳の世話をしています。
「やっぱりそうなんだな」
「……」
「こんな年端もいかない子供集めて、お前ら一体何やってるんだ! みればまだ二、三才の子もいるじゃないか! こんな不衛生な場所に大勢押込んで、盗んで来た残飯食べさせるなんて信じられない……。お前らこの子らをいいように使ってるだけじゃないのか!」
「うるせぇ黙れ!」
ジャックの剣幕に子供達は驚きます。
「温室育ちのお前に、一体何が分かるっていうんだ」
「失敬な! 温室育ちとは何だ!」
リアルが反論しました。
「ちっとあんた、言葉が過ぎるな」
ラルゴが酒を飲みながら言います。
「私の……何故だ」
「俺達もこいつらも、別に好きこのんでここで暮らしている訳じゃない。王族の家来にみんな親兄弟殺されたんだ」
ジャックは苦々しい表情をしました。
「え…」
「あんたらの知らねえところで、罪ない者たちが結構殺されてんだ」
ラルゴは子供達に憐みの目をむけます。
「俺のとうちゃん、衛兵に殴り殺された!」
マークが言います。
「うちのかあちゃんも」
「ママは貴族の馬車に轢かれて死んじゃった……」
ミルとピエタも続けて言いました。
リアルは絶句して言葉が出ません。
「こいつらの親は、王国の光を支える為に犠牲になったんだ。んな事なんて、何も知らねぇだろ?」
ジャックは吐き捨てるように言います。
「何のことぁ無い。マーダーとクルエルのうっぷん晴らしに殺されたのも大勢いるんだ」
ラルゴがそう言った時です。奥の部屋から杖をついた初老の女性が出て来ました。名前をアースといいます。
気がついた子供達は、お母様ぁー! と声をあげて駆寄って行きます。
「どうしたの。みんな大きな声を出して」
ジャックとラルゴは膝まづきます。
「あらジャック、お客様がいらっしゃってるの?」
アースは目を閉じたまま訊きました。
「あ……はい」
「初めまして、私はアースといいます。 お嬢さん、こんなむさ苦しいところですが、どうぞお楽になさって下さいね」
「はい。 失礼ですが……貴方、目が見えないのですか?」
「ええ」
アースは笑顔で頷きます。
「ならば、何故私が女だと分かるのです」
「母上は物の本質を見抜く力を持っている」
ジャックは言いました。
「貴方は高貴な身分のお方ですね」
「どうして…分かるのですか?」
「盲目の私には、人の清らかさで全てが分ります。彼の言葉を借りれば、本質が見えてくるのです。……でも貴方の中には、今暗い影が差していますね」
「……」
そう言うと、アースは優しくリアルの手を包み込み何かを読み取ろうとします。
「数奇な運命の悪戯に翻弄される星の下に生まれたお人。 ジャック、ラルゴ。この方は決して温室育ちのお人ではないわ。この若い身空で悲しみや不幸に立向かい、懸命に闘っているお方です」
アースの言葉を聞き、ジャックとラルゴが顔を見合わせています。
「この人の価値は、何であろうと変わりはないの。大切なのはその個が持つ愛の大きさ。それが民の心を引き寄せているのよ」
「じゃあ奴等何で彼女を投獄したんです。……あの排水溝の真上は、牢屋に続いてる筈だけど」
ラルゴが口を尖らせました。
「……本質が見抜けないって事だろ」
ジャックがそう言った時です。リアルが激しく咳込み始めました。
「大丈夫ですか、お嬢さん」
アースがリアルの額に手を当て、
「これは酷い熱だわ。服もまだ濡れてるし、乾いた召し物に着替えて私の部屋で眠られた方がいい。 ジャック」
そう言いました。
「はい」
ジャックは返事をして立上がります。
「どこ行くのお兄ちゃん」
ピエタが問いかけました。
「傷と風邪に効く薬草を取って来る」
「まだ雨降ってるぞ」
ラルゴが言います。
「大丈夫だ」
ジャックは壁にかけていたマントを羽織ると、そそくさと部屋を出て行きます。
「待てよジャック! 俺も行ってきます」
ラルゴもジャックの後を追って、忙しげに出て行きました。
*
アースはリアルを自分のベットに寝せると、彼女に優しく毛布を掛けてやりました。
「こんな汚いところですが、ここは安全です。回復するまで気兼ね無くお体をお安め下さい」
「はい。……でも、あの子達はみんな本当に孤児なのですか?」
「全員がそうだという訳ではありません。中には親に捨てられたり、瀕死のところをジャックが救った子供たちもおります」
「それじゃ、もしかして彼等も……?」
「ええ。 ジャックは元々貴族の出なのですが……狡猾な家臣に裏切られ父親は斬首、母親は城に火を放たれて亡くなられたのです」
「そんな事が…」
リアルは急激な睡魔に襲われます。
「さあ、そろそろしっかりお休み下さい」
「……はい」
アースの言葉もそこそこに、リアルはあっという間に深い眠りについてしまいました。
それから一体どの程度時間が経ったでしょうか。
リアルは高熱にうなされ、何日も眠り続けましたのです。
※
「姫!」
「姫様!」
暗闇の中から聞き覚えのある声がしました。
「え?」
リアルが気が付くと、なんとベットの前にドクターとマミーが立っているではありませんか。
「姫様、よくぞご無事で!」
「ドクター! マミー!」
リアルは声を上げ、思わず二人に抱き付きます。
勿論、ドクター達も彼女の細い体をきつく抱き締めました。
二人はリアルとの再会に、感激のあまり目に涙を浮べています。
「貴方達、どうしてここに?」
「ジャック様に助けて貰ったんです」
マミーがそう言うと、部屋の中にジャックが音も無く入って来ました。
「あんた…ゴールデン王国の姫なんだってな」
「ぇ……」
「姫様は、頭を打たれた衝撃で、一時的に記憶喪失になられていたご様子です」
ドクターが言いました。
「目の見えないアースの方が、俺達よりよっぽど見る目あるな」
「……」
「薄々あんたが城の人間だって分かってたから、牢に忍び込んだら彼らがいたのさ」
「姫だけではなく、私やマミーまでも助けて下さり、本当に有難うございました」
ドクターとマミーは、ジャックに向って改めて深々と頭を下げました。
「別に礼を言われる程の事をしちゃいない。流れ者の俺達だって、かなりこの国の貴族達にゃ世話になってるからな。まあ、慌てずにゆっくり体を治すといい」
そう言うと、ジャックはまた音も無く部屋を出て行きました。
「ドクター、私はどの位眠っていたのかしら?」
「およそ五日近く昏睡状態にあられました」
「五日も……!」
「悪い菌がお体に入ったらしく、相当熱にうなされていたのです」
その言葉を聞いて、リアルは驚きました。
自分がそんなに長い間、生死の世界を彷徨っていたとは、にわかには信じられませんでした。
でもジャックやアース、それに子供達は、リアルの為に毎日懸命に看病を続けてくれたとの事。素っ気無い態度のジャックの本当の優しさを、リアルは改めて知らされた思いがします。
「それで、私が薔薇仮面だという事は…?」
「勿論それは言ってません」
「良かった。 でもスーツは城の中に置いたまま…」
「ご安心下さい。脱出の際、ジャックに頼んでちゃんと荷物は持って来ております」
ドクターは、リアルのベットの下にあったトランクを、誇らしげに引出しました。
ジャック達は迷路のような洞窟の中を延々と進むと、一つの大きな扉の前に辿り着きそれを開けました。
「わーい、ジャックお兄ちゃん!」
「お帰りなさい、ジャックお兄ちゃん!」
ピエタや子供達が駆寄って来ました。
「みんな大人しくしてたか?」
「はぁーい」
ジャックの声に子供達が元気に答えます。
どうやらここが、チビッコ盗賊のアジトのようです。
「お帰りなさいジャック。外は大丈夫だった?」
年長で、子供達のお姉さんでもあるメアリーが聞きました。
「ああ」
「誰!」
ラルゴの後ろから現れたリアルの姿を見てピエタが叫びました。
「安心しろ、敵じゃない。 さあこっちに来るといい」
「うん」
「あれ、手から血が出てる!」
またピエタが声をあげます。
「大変ほんとだ!」
子供達も気付きました。
「いけない、どっかで引掛けたのかな…」
リアルは血の出ている手を見て言います。
「おい」
ジャックは子供たちに合図しました。
「はい!」
そして子供達は、ジャックの声で救急袋らしきものを持ってくると、あっという間に応急措置を施してしまいます。
「はい完了しました!」
「へぇー驚いた。手馴れたもんだねぇ」
リアルは感心しました。
「いっつも生傷絶やした事ないからな。こいつらに教えといたんだ」
「それより腹減った。 夕飯まだあ」
「お腹すいたぁ!」
マークの声にチビッコ全員が騒ぎ出します。
「あ、悪ィ悪ィ。ほらみんな待たせたな。たっぷり食え」
子供達は歓声をあげて袋に飛びつきます。
「……ここが君のアジトなのか」
「そうだ」
「まさかこの子らみんな、君の兄弟じゃないだろうな」
リアルはいぶかしげな顔で聞きます。
「血は繋がっちゃいねぇけど、こいつらは俺達の妹や弟だ」
ラルゴはそう言い、パンを頬張りました。
「はいどうぞ」
ミルはリアルにもパンを差し出します。
「彼らの親は?」
「いない」
ジャックはボソリと返事をします。
「みんな孤児どもだ。 な」
「うん!」
子供達は、ラルゴに無邪気に答えます。
「……近頃子供達を操って、街を暗躍してる窃盗団ってのは君達のことなのか?」
「!」
ジャックの眉がピクリと動きます。
「どうなんだ!」
ジャックはリアルの言葉を無視して、子供達に配膳の世話をしています。
「やっぱりそうなんだな」
「……」
「こんな年端もいかない子供集めて、お前ら一体何やってるんだ! みればまだ二、三才の子もいるじゃないか! こんな不衛生な場所に大勢押込んで、盗んで来た残飯食べさせるなんて信じられない……。お前らこの子らをいいように使ってるだけじゃないのか!」
「うるせぇ黙れ!」
ジャックの剣幕に子供達は驚きます。
「温室育ちのお前に、一体何が分かるっていうんだ」
「失敬な! 温室育ちとは何だ!」
リアルが反論しました。
「ちっとあんた、言葉が過ぎるな」
ラルゴが酒を飲みながら言います。
「私の……何故だ」
「俺達もこいつらも、別に好きこのんでここで暮らしている訳じゃない。王族の家来にみんな親兄弟殺されたんだ」
ジャックは苦々しい表情をしました。
「え…」
「あんたらの知らねえところで、罪ない者たちが結構殺されてんだ」
ラルゴは子供達に憐みの目をむけます。
「俺のとうちゃん、衛兵に殴り殺された!」
マークが言います。
「うちのかあちゃんも」
「ママは貴族の馬車に轢かれて死んじゃった……」
ミルとピエタも続けて言いました。
リアルは絶句して言葉が出ません。
「こいつらの親は、王国の光を支える為に犠牲になったんだ。んな事なんて、何も知らねぇだろ?」
ジャックは吐き捨てるように言います。
「何のことぁ無い。マーダーとクルエルのうっぷん晴らしに殺されたのも大勢いるんだ」
ラルゴがそう言った時です。奥の部屋から杖をついた初老の女性が出て来ました。名前をアースといいます。
気がついた子供達は、お母様ぁー! と声をあげて駆寄って行きます。
「どうしたの。みんな大きな声を出して」
ジャックとラルゴは膝まづきます。
「あらジャック、お客様がいらっしゃってるの?」
アースは目を閉じたまま訊きました。
「あ……はい」
「初めまして、私はアースといいます。 お嬢さん、こんなむさ苦しいところですが、どうぞお楽になさって下さいね」
「はい。 失礼ですが……貴方、目が見えないのですか?」
「ええ」
アースは笑顔で頷きます。
「ならば、何故私が女だと分かるのです」
「母上は物の本質を見抜く力を持っている」
ジャックは言いました。
「貴方は高貴な身分のお方ですね」
「どうして…分かるのですか?」
「盲目の私には、人の清らかさで全てが分ります。彼の言葉を借りれば、本質が見えてくるのです。……でも貴方の中には、今暗い影が差していますね」
「……」
そう言うと、アースは優しくリアルの手を包み込み何かを読み取ろうとします。
「数奇な運命の悪戯に翻弄される星の下に生まれたお人。 ジャック、ラルゴ。この方は決して温室育ちのお人ではないわ。この若い身空で悲しみや不幸に立向かい、懸命に闘っているお方です」
アースの言葉を聞き、ジャックとラルゴが顔を見合わせています。
「この人の価値は、何であろうと変わりはないの。大切なのはその個が持つ愛の大きさ。それが民の心を引き寄せているのよ」
「じゃあ奴等何で彼女を投獄したんです。……あの排水溝の真上は、牢屋に続いてる筈だけど」
ラルゴが口を尖らせました。
「……本質が見抜けないって事だろ」
ジャックがそう言った時です。リアルが激しく咳込み始めました。
「大丈夫ですか、お嬢さん」
アースがリアルの額に手を当て、
「これは酷い熱だわ。服もまだ濡れてるし、乾いた召し物に着替えて私の部屋で眠られた方がいい。 ジャック」
そう言いました。
「はい」
ジャックは返事をして立上がります。
「どこ行くのお兄ちゃん」
ピエタが問いかけました。
「傷と風邪に効く薬草を取って来る」
「まだ雨降ってるぞ」
ラルゴが言います。
「大丈夫だ」
ジャックは壁にかけていたマントを羽織ると、そそくさと部屋を出て行きます。
「待てよジャック! 俺も行ってきます」
ラルゴもジャックの後を追って、忙しげに出て行きました。
*
アースはリアルを自分のベットに寝せると、彼女に優しく毛布を掛けてやりました。
「こんな汚いところですが、ここは安全です。回復するまで気兼ね無くお体をお安め下さい」
「はい。……でも、あの子達はみんな本当に孤児なのですか?」
「全員がそうだという訳ではありません。中には親に捨てられたり、瀕死のところをジャックが救った子供たちもおります」
「それじゃ、もしかして彼等も……?」
「ええ。 ジャックは元々貴族の出なのですが……狡猾な家臣に裏切られ父親は斬首、母親は城に火を放たれて亡くなられたのです」
「そんな事が…」
リアルは急激な睡魔に襲われます。
「さあ、そろそろしっかりお休み下さい」
「……はい」
アースの言葉もそこそこに、リアルはあっという間に深い眠りについてしまいました。
それから一体どの程度時間が経ったでしょうか。
リアルは高熱にうなされ、何日も眠り続けましたのです。
※
「姫!」
「姫様!」
暗闇の中から聞き覚えのある声がしました。
「え?」
リアルが気が付くと、なんとベットの前にドクターとマミーが立っているではありませんか。
「姫様、よくぞご無事で!」
「ドクター! マミー!」
リアルは声を上げ、思わず二人に抱き付きます。
勿論、ドクター達も彼女の細い体をきつく抱き締めました。
二人はリアルとの再会に、感激のあまり目に涙を浮べています。
「貴方達、どうしてここに?」
「ジャック様に助けて貰ったんです」
マミーがそう言うと、部屋の中にジャックが音も無く入って来ました。
「あんた…ゴールデン王国の姫なんだってな」
「ぇ……」
「姫様は、頭を打たれた衝撃で、一時的に記憶喪失になられていたご様子です」
ドクターが言いました。
「目の見えないアースの方が、俺達よりよっぽど見る目あるな」
「……」
「薄々あんたが城の人間だって分かってたから、牢に忍び込んだら彼らがいたのさ」
「姫だけではなく、私やマミーまでも助けて下さり、本当に有難うございました」
ドクターとマミーは、ジャックに向って改めて深々と頭を下げました。
「別に礼を言われる程の事をしちゃいない。流れ者の俺達だって、かなりこの国の貴族達にゃ世話になってるからな。まあ、慌てずにゆっくり体を治すといい」
そう言うと、ジャックはまた音も無く部屋を出て行きました。
「ドクター、私はどの位眠っていたのかしら?」
「およそ五日近く昏睡状態にあられました」
「五日も……!」
「悪い菌がお体に入ったらしく、相当熱にうなされていたのです」
その言葉を聞いて、リアルは驚きました。
自分がそんなに長い間、生死の世界を彷徨っていたとは、にわかには信じられませんでした。
でもジャックやアース、それに子供達は、リアルの為に毎日懸命に看病を続けてくれたとの事。素っ気無い態度のジャックの本当の優しさを、リアルは改めて知らされた思いがします。
「それで、私が薔薇仮面だという事は…?」
「勿論それは言ってません」
「良かった。 でもスーツは城の中に置いたまま…」
「ご安心下さい。脱出の際、ジャックに頼んでちゃんと荷物は持って来ております」
ドクターは、リアルのベットの下にあったトランクを、誇らしげに引出しました。
2008年02月01日
仮面のプリンセス・リアル姫の大冒険 14
十四 脱出したリアル
ゴロゴロと夜空に雷鳴が轟く中、三頭の馬が城に近付いて来ました。
「誰だ貴様!」
城の外を警備していた門番が、近づいて来た馬に跨った男達を静止します。
それはブランド王子と彼の側近、シモンとウィリアムでした。
「私はワッフル王国の王子、ブランドだ。 リアル姫にお目通りを願いたい」
外の騒ぎに気付いたクルエルが、門の覗き窓を開けました。
「これはブランド王子、わざわざ何のご用ですかな」
「夜分申し訳ないが、リアル姫に逢わせて頂きたい」
「残念ながら、それは叶いませぬ。お引き取り下され」
クルエルは蝋細工のように顔色一つ変えず、にべもなく言います。
「しかしクルエル卿…」
「あしからず!」
クルエルは、取りつく島も与えずピシャリと覗き窓を閉めてしまいました。
「くそ、無礼な奴だ」
シモンが苦々しい顔をしました。
「王子。今回の騒ぎ、何か裏がありそうな気がするんですが」
別な側近ウィリアムが、雷鳴に怯える馬の手綱を取りながら言います。
「僕もそう思う。……リアル姫の身に何も無ければいいが」
ブランド王子は、遠くにともる塔の灯りを見ながら呟きました。
*
そんな事を知る由もないリアルは、溜息をつき石のようなベットに横たわっていました。
見るとはなしに上を見ていると、この牢の天井近くに丸い穴が開いてるに気付きます。
(あそこまで登れたらなぁ…)
リアルは心の中で独り言を呟きました。
「あ、そうだ!」
突然何かを思い出したように、彼女は慌てて身を起こし、腰のベルトを探り始めます。
「あった!」
リアルが探していたものは、壁をよじ登れるマジックハンドと膝パット。
勿論ドクターQの発明した秘密兵器の一つです。
早速もどかしそうにそれを装着すると、そっと鉄格子から外の様子を確認します。
見張り番の男は、椅子に座ったまま大いびきをかいて居眠りしています。
(一生寝てなさい)
リアルはしめしめとほくそ笑むと、
「どうせこのままここにいても何も始まらない。行ってみるしかないわね」
そう決心し、長いドレスの裾を引き裂きました。
「これで随分動きやすくなったわ」
リアルが壁をよじ登ってみると、天井近くの丸い穴は通気口だという事が分りました。
「こんなとこに…こんなものがあるなんて知らなかった……」
リアルは不思議に思いながら、
リアルは丈の短くなったドレスが汚れるのも気にせず、泥だらけの狭いパイプの中へ、腰を屈め這うようにして入ってゆきます。
「これ、どこに繋がってるかしら……」
リアルがぶつぶつ言いながら先へ行こうとすると、突然ひざ元のパイプが崩れ彼女の体がまっ逆さまに落ちてゆきます。
「キャアアアッ」
続いてリアルの体は激流の水の中へと叩き込まれました。
山から流れて来た水を街や城の下へと通し、海へと排水する地下下水道にリアルは落ちた様子です。
「アアア!」
*
「今、何か聞えなかったか?」
稲妻光る夜道を、ワッフル国へと引き返すブランド王子達が馬を停めました。
「はい」
シモン、ウィリアムが同時に頷きます。
「あれはもしや…リアルの声? 確か下の方から聞えてきた」
ブランドはキッパリ言うと、馬から飛降り地面に耳をあてました。
「この下に下水が流れてる! ウィリアム、シモン、行くぞ!」
ブランド王子は顔を上げると、すかさず馬に飛び乗ります。
雷鳴が轟き、大粒の雨が降り出して来ました。
*
ゴオーッという音と共に、リアルの体はもの凄い速さで押し流されていました。
「わぁッ、はぁ!」
リアルは殆ど息が出来ず、転がるように排水溝の濁流に流されてゆきます。
ズボボボォッ!
そしてとうとう下水を流れるゴミと共に、彼女の体は海へと吐き出されたのでした。
その瞬間、リアルは全身を強く岩礁に叩き付けられ、気を失ってしまいます。
気絶したリアルは、口や鼻からブクブクと気泡を吐き、ゆっくりと海の底へと沈んで行きます。
リアルの命ももはやこれまで、と思われたその時です。
海底へと引きずり込まれているリアルの後を追って、一人の男が水をかきながらもぐって来るではありませんか。
そして彼はリアルの体を抱きかかえると、頭上の海面目指して再び昇って行きます。
「ぶはぁッ!」
豪雨が打ちつける波間から顔を出したのは、何とあのジャックでした。
岸では待ち構えていたラルゴも、海の中へと駆け込んで来てリアルの体をジャックと共に急いで陸へと抱え上げ、洞窟の入口へ来ました。
辺りには激しい雨が、バケツを引っくり返したように降り注いでいます。
「おいしっかりしろ! おいッ」
ジャックは、気を失っているリアルを揺さぶりますが反応がありません。
「ジャック、こりゃ水を吐かせて人工呼吸するしかねぇぞ」
寒さを凌ぐ為か、ラルゴは気付けのブランデーをグビリとあおって言います。
「お、俺がやるのか?」
ジャックは、ラルゴの突然の提案に焦ります。
「当たり前だろ」
「言い出しっぺのお前がやれよ!」
「俺は駄目だ。酒くせえから」
ラルゴはジャックの臆する様子など意に介さず、またブランデーをグビリと煽りました。
「まったく……」
ジャックは、気を失っているリアルの胸に手を当て、しぶしぶの表情でゆっくりと繰り返し押し続けます。
すると、げふっという音を立ててリアルが口から塩水を吐き出しました。
「よし…」
「よしじゃねぇだろ、早く人工呼吸!」
「本当に俺がやるのか…」
「お前もくどい奴だな」
鼻の頭を赤くしているラルゴは、酒の瓶を掲げて人ごとのように言います。
ジャックは、ちぇっ! と舌打ちすると、観念したようにリアルの口に自分の唇を重ねるとゆっくり空気を送り込みます。
暫くしてリアルの瞼が微かに動きました。
「お、ジャック、このお嬢さん、息吹き返したぜ!」
ラルゴは嬉しそうに飛び跳ねます。
「おい、ちょっと静かにしろラルゴ!」
ジャックはラルゴを制し、再びリアルの顔を見ると、パッチリ瞳を開けた彼女としっかり目があってしまいます。
「ぁ…」
ジャックが声を漏らした時です。
パチン!
リアルの右手がジャックの頬を叩いていました。
「無礼者!」
意識が戻ったリアルが、思わず叫びます。
「な……!」
ジャックとラルゴは思わず固まりました。
「お前達、今私に何をしていた!」
リアルははだけた胸を隠すように身体を起こして後ずさりします。
「何したって、お前を助けてやったんだよ!」
ジャックはムッとして言います。
「私を助けた…?」
自分の置かれた状況が、まだよく理解出来ない様子のリアルは怪訝な顔をします。
「そうだ。海で溺れてたあんたを、俺達が見つけて助けてやったんだ。それをいきなりビンタはねぇだろ!」
酒臭い息を吐きながら、ラルゴがリアルに詰め寄ります。
「くさ…」
ラルゴが予想した通り、リアルが顔をしかめました。
「大体ジャックが人工呼吸してあんたをな……」
「余計な事言うな」
ジャックは酔っ払っているラルゴの口を、いい加減にしろと言わんばかりに手でふさぎます。
「あんた何者だ? 名前は何て言うんだ?」
せっかく命を救ってやったのに、いきなり平手打ちか! と言わんばかりに不機嫌に聞きます。
「名前……? 私の……?」
ジャックにそう言われて、リアルは必死になって自分の名前を思い出そうとしました。
けれど全く何も思い出せません。
「ぇ……」
「こりゃ、頭でも打って記憶を失ったのかもな」
「そうかもしれん」
ラルゴの言葉にジャックは頷きます。
彼等の言う通り、岩礁に強く頭を打った時、リアルは一時的な記憶喪失になってしまった様子です。
「あんたの身なりからすれば、どうやら城の人間の様だな。 なあジャック」
「とにかく、このままじゃみんな風邪をひく。ひとまずアジトに戻ろう」
腕を抱えて小さく震えているリアルを見て、ジャックは立ち上がりました。
「……」
「安心しろ。別に危害など加えやしない」
「…分かった」
ジャック達が海岸沿いの洞穴に消えると、入れ違いにブランド王子らの馬が岬の突端にやって来ました。
「王子、ここが下水の出口ですね」
ウィリアムが、流れ出ている排水を見ていいます。
「そうだな」
ブランドがそう言った時、彼らの近くに例の薄桃色のコウモリがパタパタと飛んで来ました。それは勿論、フェレシュテが化けたコウモリです。
(ブランド王子ったら、リアルを追っ掛けてこんなとこまで来るなんて! まったくあんな女のどこがいいって言うの!)
フェレシュテは心の中でプリプリ焼きもちを焼いています。
(よぉし! 少し懲らしめてやるか!)
彼女は何か思いついたらしく、荒れ狂う海の中へピュン! と飛込んで行きました。
「王子、何も見当たりませんが…」
ウィリアムが帽子のしずくを払いなが言いました。
「雨も激しくなって来ました。そろそろ城に戻られた方がよろしいかと」
シモンも、顔面に叩きつける豪雨に閉口した様子で言います。
「しかし…」
ブランド王子はまだ諦めずに、岩壁の側や水面をつぶさに確認していたその時です。
雨で粟立つ水面から、突然ブオッ! という水しぶきをあげて、大きなまだら桃色のウミヘビが飛出して来ました。
「うっ、うわあっ!」
ブランド王子始め、ウィリアム、シモンは驚いて馬から転げ落ちてしまいます。
「また化けものか!」
ブランドは即座に立上がり、腰の剣を抜き構えました。
「王子!」
ウィリアム、シモンもブランド同様その身を立直し、ウミヘビ目掛けて剣を構えます。
「二人とも油断するな!」
「はい!」
ブランドを防御するように、ウィリアムとシモンはウミヘビを睨み返事をしました。
「ブランド王子。 リアル姫を追うのはやめるがいい。さもなければ、そなたの身に再び災いが起こるぞ」
ウミヘビは鎌首をもたげながらそう話し始めました。
「こいつ喋っている!」
ウィリアムが目を丸くして言います。
「悪いことは言わぬブランド王子よ。城の騒ぎで懲りてる筈じゃ」
「おのれ化けもの、何で私の名を知ってる! この前の魔女と関係あるのか!」
ブランド王子はひるむ様子も見せず、おぞましいウミヘビに向かって剣を向けます。
「ぬっ…」
それまで真っ赤な口を開いて、舌先をチロチロ出し三人を威嚇していたウミヘビが、ブランド王子の気迫に押されて岩場に体を取られました。
「キャアア!」
ウミヘビが悲鳴を上げて転がると、あっという間に煙に包まれ少女の姿になりました。
そう、それは、フェレシュテがウミヘビに化けていたのです。
「いったーい!」
「お前は誰だ!」
ブランドはウィリアム、シモンと顔を見合せ言いました。
「私は、…フェレシュテよ」
フェレシュテは、転んだ拍子に強く打ったお尻をさすりながらヨロヨロ立ち上がります。
「フェレシュテ?」
「ブランド王子…私の忠告素直に聞いた方がいいわよ。この国は呪われてるわ。だからもう下手に関わらない方が身の為ね」
フェレシュテはそう言うと、体を煙に包み、また薄桃色のコウモリに姿を変え、豪雨を降らす黒雲の中へと飛び去ってしまいました。
「王子、お怪我はありませんか?」
ブランドの身を案じて、ウィリアムが尋ねます。
「大丈夫だ」
ブランドはそう答え、剣を鞘に収めました。
(フェレシュテ……一体何者だ)
ゴロゴロと夜空に雷鳴が轟く中、三頭の馬が城に近付いて来ました。
「誰だ貴様!」
城の外を警備していた門番が、近づいて来た馬に跨った男達を静止します。
それはブランド王子と彼の側近、シモンとウィリアムでした。
「私はワッフル王国の王子、ブランドだ。 リアル姫にお目通りを願いたい」
外の騒ぎに気付いたクルエルが、門の覗き窓を開けました。
「これはブランド王子、わざわざ何のご用ですかな」
「夜分申し訳ないが、リアル姫に逢わせて頂きたい」
「残念ながら、それは叶いませぬ。お引き取り下され」
クルエルは蝋細工のように顔色一つ変えず、にべもなく言います。
「しかしクルエル卿…」
「あしからず!」
クルエルは、取りつく島も与えずピシャリと覗き窓を閉めてしまいました。
「くそ、無礼な奴だ」
シモンが苦々しい顔をしました。
「王子。今回の騒ぎ、何か裏がありそうな気がするんですが」
別な側近ウィリアムが、雷鳴に怯える馬の手綱を取りながら言います。
「僕もそう思う。……リアル姫の身に何も無ければいいが」
ブランド王子は、遠くにともる塔の灯りを見ながら呟きました。
*
そんな事を知る由もないリアルは、溜息をつき石のようなベットに横たわっていました。
見るとはなしに上を見ていると、この牢の天井近くに丸い穴が開いてるに気付きます。
(あそこまで登れたらなぁ…)
リアルは心の中で独り言を呟きました。
「あ、そうだ!」
突然何かを思い出したように、彼女は慌てて身を起こし、腰のベルトを探り始めます。
「あった!」
リアルが探していたものは、壁をよじ登れるマジックハンドと膝パット。
勿論ドクターQの発明した秘密兵器の一つです。
早速もどかしそうにそれを装着すると、そっと鉄格子から外の様子を確認します。
見張り番の男は、椅子に座ったまま大いびきをかいて居眠りしています。
(一生寝てなさい)
リアルはしめしめとほくそ笑むと、
「どうせこのままここにいても何も始まらない。行ってみるしかないわね」
そう決心し、長いドレスの裾を引き裂きました。
「これで随分動きやすくなったわ」
リアルが壁をよじ登ってみると、天井近くの丸い穴は通気口だという事が分りました。
「こんなとこに…こんなものがあるなんて知らなかった……」
リアルは不思議に思いながら、
リアルは丈の短くなったドレスが汚れるのも気にせず、泥だらけの狭いパイプの中へ、腰を屈め這うようにして入ってゆきます。
「これ、どこに繋がってるかしら……」
リアルがぶつぶつ言いながら先へ行こうとすると、突然ひざ元のパイプが崩れ彼女の体がまっ逆さまに落ちてゆきます。
「キャアアアッ」
続いてリアルの体は激流の水の中へと叩き込まれました。
山から流れて来た水を街や城の下へと通し、海へと排水する地下下水道にリアルは落ちた様子です。
「アアア!」
*
「今、何か聞えなかったか?」
稲妻光る夜道を、ワッフル国へと引き返すブランド王子達が馬を停めました。
「はい」
シモン、ウィリアムが同時に頷きます。
「あれはもしや…リアルの声? 確か下の方から聞えてきた」
ブランドはキッパリ言うと、馬から飛降り地面に耳をあてました。
「この下に下水が流れてる! ウィリアム、シモン、行くぞ!」
ブランド王子は顔を上げると、すかさず馬に飛び乗ります。
雷鳴が轟き、大粒の雨が降り出して来ました。
*
ゴオーッという音と共に、リアルの体はもの凄い速さで押し流されていました。
「わぁッ、はぁ!」
リアルは殆ど息が出来ず、転がるように排水溝の濁流に流されてゆきます。
ズボボボォッ!
そしてとうとう下水を流れるゴミと共に、彼女の体は海へと吐き出されたのでした。
その瞬間、リアルは全身を強く岩礁に叩き付けられ、気を失ってしまいます。
気絶したリアルは、口や鼻からブクブクと気泡を吐き、ゆっくりと海の底へと沈んで行きます。
リアルの命ももはやこれまで、と思われたその時です。
海底へと引きずり込まれているリアルの後を追って、一人の男が水をかきながらもぐって来るではありませんか。
そして彼はリアルの体を抱きかかえると、頭上の海面目指して再び昇って行きます。
「ぶはぁッ!」
豪雨が打ちつける波間から顔を出したのは、何とあのジャックでした。
岸では待ち構えていたラルゴも、海の中へと駆け込んで来てリアルの体をジャックと共に急いで陸へと抱え上げ、洞窟の入口へ来ました。
辺りには激しい雨が、バケツを引っくり返したように降り注いでいます。
「おいしっかりしろ! おいッ」
ジャックは、気を失っているリアルを揺さぶりますが反応がありません。
「ジャック、こりゃ水を吐かせて人工呼吸するしかねぇぞ」
寒さを凌ぐ為か、ラルゴは気付けのブランデーをグビリとあおって言います。
「お、俺がやるのか?」
ジャックは、ラルゴの突然の提案に焦ります。
「当たり前だろ」
「言い出しっぺのお前がやれよ!」
「俺は駄目だ。酒くせえから」
ラルゴはジャックの臆する様子など意に介さず、またブランデーをグビリと煽りました。
「まったく……」
ジャックは、気を失っているリアルの胸に手を当て、しぶしぶの表情でゆっくりと繰り返し押し続けます。
すると、げふっという音を立ててリアルが口から塩水を吐き出しました。
「よし…」
「よしじゃねぇだろ、早く人工呼吸!」
「本当に俺がやるのか…」
「お前もくどい奴だな」
鼻の頭を赤くしているラルゴは、酒の瓶を掲げて人ごとのように言います。
ジャックは、ちぇっ! と舌打ちすると、観念したようにリアルの口に自分の唇を重ねるとゆっくり空気を送り込みます。
暫くしてリアルの瞼が微かに動きました。
「お、ジャック、このお嬢さん、息吹き返したぜ!」
ラルゴは嬉しそうに飛び跳ねます。
「おい、ちょっと静かにしろラルゴ!」
ジャックはラルゴを制し、再びリアルの顔を見ると、パッチリ瞳を開けた彼女としっかり目があってしまいます。
「ぁ…」
ジャックが声を漏らした時です。
パチン!
リアルの右手がジャックの頬を叩いていました。
「無礼者!」
意識が戻ったリアルが、思わず叫びます。
「な……!」
ジャックとラルゴは思わず固まりました。
「お前達、今私に何をしていた!」
リアルははだけた胸を隠すように身体を起こして後ずさりします。
「何したって、お前を助けてやったんだよ!」
ジャックはムッとして言います。
「私を助けた…?」
自分の置かれた状況が、まだよく理解出来ない様子のリアルは怪訝な顔をします。
「そうだ。海で溺れてたあんたを、俺達が見つけて助けてやったんだ。それをいきなりビンタはねぇだろ!」
酒臭い息を吐きながら、ラルゴがリアルに詰め寄ります。
「くさ…」
ラルゴが予想した通り、リアルが顔をしかめました。
「大体ジャックが人工呼吸してあんたをな……」
「余計な事言うな」
ジャックは酔っ払っているラルゴの口を、いい加減にしろと言わんばかりに手でふさぎます。
「あんた何者だ? 名前は何て言うんだ?」
せっかく命を救ってやったのに、いきなり平手打ちか! と言わんばかりに不機嫌に聞きます。
「名前……? 私の……?」
ジャックにそう言われて、リアルは必死になって自分の名前を思い出そうとしました。
けれど全く何も思い出せません。
「ぇ……」
「こりゃ、頭でも打って記憶を失ったのかもな」
「そうかもしれん」
ラルゴの言葉にジャックは頷きます。
彼等の言う通り、岩礁に強く頭を打った時、リアルは一時的な記憶喪失になってしまった様子です。
「あんたの身なりからすれば、どうやら城の人間の様だな。 なあジャック」
「とにかく、このままじゃみんな風邪をひく。ひとまずアジトに戻ろう」
腕を抱えて小さく震えているリアルを見て、ジャックは立ち上がりました。
「……」
「安心しろ。別に危害など加えやしない」
「…分かった」
ジャック達が海岸沿いの洞穴に消えると、入れ違いにブランド王子らの馬が岬の突端にやって来ました。
「王子、ここが下水の出口ですね」
ウィリアムが、流れ出ている排水を見ていいます。
「そうだな」
ブランドがそう言った時、彼らの近くに例の薄桃色のコウモリがパタパタと飛んで来ました。それは勿論、フェレシュテが化けたコウモリです。
(ブランド王子ったら、リアルを追っ掛けてこんなとこまで来るなんて! まったくあんな女のどこがいいって言うの!)
フェレシュテは心の中でプリプリ焼きもちを焼いています。
(よぉし! 少し懲らしめてやるか!)
彼女は何か思いついたらしく、荒れ狂う海の中へピュン! と飛込んで行きました。
「王子、何も見当たりませんが…」
ウィリアムが帽子のしずくを払いなが言いました。
「雨も激しくなって来ました。そろそろ城に戻られた方がよろしいかと」
シモンも、顔面に叩きつける豪雨に閉口した様子で言います。
「しかし…」
ブランド王子はまだ諦めずに、岩壁の側や水面をつぶさに確認していたその時です。
雨で粟立つ水面から、突然ブオッ! という水しぶきをあげて、大きなまだら桃色のウミヘビが飛出して来ました。
「うっ、うわあっ!」
ブランド王子始め、ウィリアム、シモンは驚いて馬から転げ落ちてしまいます。
「また化けものか!」
ブランドは即座に立上がり、腰の剣を抜き構えました。
「王子!」
ウィリアム、シモンもブランド同様その身を立直し、ウミヘビ目掛けて剣を構えます。
「二人とも油断するな!」
「はい!」
ブランドを防御するように、ウィリアムとシモンはウミヘビを睨み返事をしました。
「ブランド王子。 リアル姫を追うのはやめるがいい。さもなければ、そなたの身に再び災いが起こるぞ」
ウミヘビは鎌首をもたげながらそう話し始めました。
「こいつ喋っている!」
ウィリアムが目を丸くして言います。
「悪いことは言わぬブランド王子よ。城の騒ぎで懲りてる筈じゃ」
「おのれ化けもの、何で私の名を知ってる! この前の魔女と関係あるのか!」
ブランド王子はひるむ様子も見せず、おぞましいウミヘビに向かって剣を向けます。
「ぬっ…」
それまで真っ赤な口を開いて、舌先をチロチロ出し三人を威嚇していたウミヘビが、ブランド王子の気迫に押されて岩場に体を取られました。
「キャアア!」
ウミヘビが悲鳴を上げて転がると、あっという間に煙に包まれ少女の姿になりました。
そう、それは、フェレシュテがウミヘビに化けていたのです。
「いったーい!」
「お前は誰だ!」
ブランドはウィリアム、シモンと顔を見合せ言いました。
「私は、…フェレシュテよ」
フェレシュテは、転んだ拍子に強く打ったお尻をさすりながらヨロヨロ立ち上がります。
「フェレシュテ?」
「ブランド王子…私の忠告素直に聞いた方がいいわよ。この国は呪われてるわ。だからもう下手に関わらない方が身の為ね」
フェレシュテはそう言うと、体を煙に包み、また薄桃色のコウモリに姿を変え、豪雨を降らす黒雲の中へと飛び去ってしまいました。
「王子、お怪我はありませんか?」
ブランドの身を案じて、ウィリアムが尋ねます。
「大丈夫だ」
ブランドはそう答え、剣を鞘に収めました。
(フェレシュテ……一体何者だ)