☆サトシの部屋の日記

今宵も「あはははははははっ!!!」と共に笑おうぞ。
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ビールと辛いものとマルボロとソフトバンクホークスと、下品な笑い声。

2014-04-11-23-40-00
自分が福岡に転勤になる前にとっても絡みまくっていた女友達が、3月にガンで亡くなってしまった。

そんなに容体が悪いだなんて、思っていなかった。

嘘みたいに、すっと、いなくなってしまった。


日曜日、ゆかりのある友人が集まって、お別れ会を開いた。

懐かしすぎる面子が22人も集まって、亡くなった彼女を偲んだ。

まだ四十九日も経ってないから魂はこっちにあるとすれば、きっとそこにいたと思う。


ビールと辛いものとマルボロとソフトバンクホークスをこよなく愛したチビ女。

ぱっちりお目々よりも、下品な笑い方と塗りすぎなチークと緩い口元がなんだかんだ印象に残る、ほんとに自分に正直な人間だったな。


お別れ会の前にみんなにそんな彼女が写っている写真を求めて。

200枚くらい集まった。
自分も2006年くらいの画像フォルダをのぞいて、彼女の写真を追った。

結局、集まった200枚中100枚以上が小川画像フォルダから提供したものとなった。

それだけ、福岡に転勤となる前は絡んでいたということ。


東京に戻ってきてからも、そんなに会うこともなかったので、いなくても日常生活に変わりは全くない。

でも、もう2度と会えないとなると生前にできたことや、かけられた言葉もあったはずだと思えてきて、時々思い出して立ち止まってしまう。

全く薄情なやつだと自分が悲しくなって、たびたび立ち止まった。


今回、いろんな人が思い思いの発言と賛同と距離の置き方をしていた。

発言する人が思いが強い、とも思わなければ、距離を置いていると思われた人が思いが弱い、とも思わないけど、なんだかその行動はインターネット(Facebook)を通して一昔前よりも顕著に見えるようになったな、と感じた。


Facebookを日常的に活用していない自分は、そこに違和感を覚えた身ではあるものの、インターネットがなければきっとこんなに人は集まらなかっただろうとも思われる。

そしてきっと、亡くなった本人も喜んでいると思える。

久々に集まった仲間がそれぞれの近況報告をしている傍らで、それを盗み聞きしていて、下品な笑い声が響いてる。

そんな絵は浮かぶ。


残念過ぎるけど、日曜日はいいお別れ会だった。

長崎まで、まだお線香をあげに行けてないけど必ず行くからね。

たくさんの楽しい思い出をありがとう。


福岡にやってきた

画像1



何年ぶりかね。

福岡に仕事でやってきた。
急に来ることになったので、こっちの友達にも連絡せずに来た。

3年前くらいに後輩に連れてきてもらった「ぞうすい専門店」なる店を目指して彷徨い、たどり着く。

1人で黒霧島の水割りと、チーズめんたいぞうすいを頼む。

一回しか食べたことないのに、じーん、、っとする。

個人的な、福岡の味覚。
美味しい。

画像1

無念過ぎる友人との別れ

先々週の9/13、浪人時代に同じ釜の飯を食って、寮生活を送った友達がガンで亡くなってしまった。

早過ぎる死。

一緒に馬鹿やった友達で、浪人時代に自分の父が手術して下半身不随になった際、なにかと気にかけてくれたヤツ。

最初の一報が入ったのはその2週間前の8/30の深夜。
同じく浪人時代の友達から「◯◯がやばいねんて。がんで今意識不明で集中治療室に入ってる。」とメールがきた。

以前騙されたことがあったので、一瞬、ドッキリかとも思ったが「ほんまか?」と、真相を問う。

ただならぬ温度感に、「すぐ行こう。明日行く。」と答えて、それから数時間後の8/31の午前に東京駅で待ち合わせた。

新幹線に乗って新神戸駅まで。
神戸大の付属病院らしい。

受付で友達の名前を告げると確かに集中治療室に入っているという。
この時に、かすかに期待していたドッキリの線はなくなったと、緊張感が走る。

教えられた集中治療室前に移動してインターホンを鳴らす。
家族でないとダメと説明を受ける。

家族の連絡先は、ない。

とにかく待った。
そして、「家族待合室」なる部屋を見つけ、そこで待っていればその友達の家族も現れるだろうと予想した。

予想は当たった。
奥さんと、お姉さん夫婦が現れた。

連絡を受けて東京から来たことを告げるとこれまでの変化を細かに話してくれた。
そして、ぜひ会って力を与えてやって欲しいと、お願いされた。

治療が落ち着くタイミングまで待ち、家族とともに、集中治療室の中へ。


変わり果てた友達がいた。
髪は抜けて坊主。
痩せ細ってる。

会うのは6年振り。
それでも向こうも「智が来た」と瞬時にわかったようで筆談用の紙とペンを奥さんに要求する。

呼吸器がつけられていて、しゃべれない。
こちらの声はちゃんと届いてる。


最初に書いた言葉は

「か〜」

と、A4一枚に大きくペンを走らせた。

家族は「どういうこと??」となったが、それはその友達と北海道旅行した際に長万部でカモメに向かって叫んだ言葉。

すっと、いろいろなことが蘇ってきて、涙が床に落ちるほど、泣いた。
その友達も少しむせ返し、大粒の涙を流し、奥さんがティッシュでそれを拭う。

なんでこんなことになってんだ。

あの時気にしてくれたヤツが、どうして先にもっと厳しい状態になってんだ。


「智が来てくれてほんまにうれしい。」

そう書かれた時には、本当に弱っていることを感じた。
格好つけたがりで、「ありがとう」はふざけ半分で言うか、とても照れた表情を浮かべるヤツ。
そんなヤツが素直に送ってきているメッセージに、とてもとても悲しくなった。

ぐしゃぐしゃになりながら握手して、「頑張れよ!頑張れよ!」と精一杯の力を送る。


集中治療室を出て、自分のiPhoneに入っている彼の写真をプリントして、もう一度夕方に入らせてもらいたいことを奥さんに伝えて了解をとる。

iPhoneには50枚以上の彼との思い出があった。

コンビニでプリントして、再度病室へ。
一枚一枚、見せながら「こんなんあったよなー!?」とする。

小さく、うん。うん。と泣きながら頷く。

説明しながら俺もいつの間にか泣いてる。


それから夜、また新神戸駅から東京へ2人で帰る。

翌日、会社近くの増上寺へ。
「身代わり守り」なるものと、病気が吹き飛びそうな御守りを買って、拝み倒す。

手紙を添えて、それらを送る。

そして、三連休にまたその友達と、見舞いに行こうとしていた金曜日の夜、その友達から「亡くなった」と、連絡が入った。


無念過ぎる悲報に力が抜けた。


早く行ってやりたい気持ちに駆られた。
しかし、お通夜と葬儀の情報がまだないということで、とにかく待機することになった。
翌日、情報が入ってきて、お通夜は明日、葬儀も同じ場所で明後日行われるとのことだった。

悲報から2日経った日曜日、お通夜に参列する為に、飛行機で伊丹空港まで移動して、兵庫の山奥の、彼が生まれ育った町へと向かった。

正味、6時間の大移動。
少しずつ彼へと近づくにつれて、緊張していっている自分を感じた。

お通夜は早過ぎる死に地元の学生時代の仲間がたくさん集まってきており、浪人時代の仲間なんて、2人しかいない。(自分と、一緒にお見舞いに行った、現在東京に住むもう1人なのだが、その1人は中学、高校、浪人と、亡くなった友達と一緒で幼なじみ。大学時代はルームシェアしたほど。よって、ほぼ自分1人。)

ただ、みんな同い年。
亡くなる年じゃない。
お通夜にしては慣れない、不自然な年齢層に感じた。

お通夜が終わる。
奥さんの意向で、友達にそばにいてもらいたいということで、20人くらいが残って、奥さんの知らない友達との思い出を語り合う。


遺影を見ると、泣きそうだという印象を受けた。


奥さんのお母さんが、「そうかしらね。七五三の写真のようで、家族みんなと撮った時のもの。病状を伝えられた後だったから本人もわかっていたのかな。」と言ったのを聞いて、無念過ぎる彼の気持ちを思うと辛くなった。


その晩は一緒に見舞いに行った友人の実家に泊まらせてもらう。

奥さんはとても気丈に振舞っていた。
大したもんだ。
心身共に疲れているだろうに努めて明るく振舞っている。
偉い。


葬儀は、そこまで台風の影響で大雨だった天気が嘘のような台風一過で。
暑いくらいだった。

最後に、花を棺桶の中に添えて、送る。



そこで、初めて、奥さんが、この状況を、その辛さを、人前で爆発させた。

室内に響く叫び声。号泣。


「嫌ー、嫌だよー!!!」


立っていられなくなってる。
2人の娘さんはただならぬ状況であることは感じているようだがわかっていない。

その様がさらに悲しさを増した。


参列者はその状況にみんな涙を堪えてる。
背中で奥さんの溢れ出す叫び声を感じ、ホールの外に出て出棺を待つ。


長いクラクションが辺りに響き、火葬場へと向かう霊柩車がゆっくり動き出す。

自分にとって、第一報から2週間ほどの、急展開過ぎる死。

これまでの思い出もフルスピードで頭の中を巡る。

彼と、うろお覚えな記憶の穴埋めを一緒にする時間だって欲しかった。
そんな余裕さえ与えてくれないスピードは病死ではなく事故死だとさえ思わせる。


無念過ぎる。
彼の死を忘れない。

法事で帰省

土日、静岡県は磐田市へ帰省してきました。

一日の中で、午前と午後の天気が正反対で。

曇りのち晴れ。

じゃなく、

豪雨のち晴天。

という空模様。


午前から近くのお寺で、だったのでなかなか大変でした。


法事を終え、親族でお墓参りも済ませて磐田グランドホテルでお食事会。

テンションが上がり始める子供達。
雨→晴天により、空気が澄んだからか磐田グランドホテルの10Fからは富士山が見えると大阪から来ていた従姉妹の子供がデジカメに収めようと必死。

兄貴の子供もようやく本領発揮で笑い声が響く。


その後、場所を変えてお茶をしながらお話タイム。そして撤収。


その頃には兄貴の子供は熟睡。
さっきまであんなに元気だったのに電源がオフになったかのようにパタリ。

兄の車でドライブしていると目覚めた甥っ子はお気に入りのドラえもんの歌をカーステでかけながら上機嫌。

その様を見て笑っていると、見られていることを感じた甥っ子はさらにテンションを上げる。


サビを歌い始める。


めちゃくちゃな子供の歌に笑っているとまたテンションを上げて、軽く半狂乱になってサビを繰り返し歌い始める。


流し終えてはリピートし、流し終えてはリピートする。

その際に、



はぁ。。声が枯れるまで歌っちゃおうかな(ぼそっ)



とかつぶやいて、つぶやいた後、ちらっと見られているかを確認してる。

それに大爆笑。



家まで歌って声が枯れても仕方ないな(ぼそっ)。



とか、笑わせようとしてるのかなんなのか。

狙ってるとしたら大したもんだと思う。


そんなこんなで解散した。

甥っ子はなんだかんだいつも会わない人達がいたからそんなテンションになっただけで、別れたらまたすぐ熟睡しちゃったんでしょうが。笑。


とにかく笑えました。
可愛かった。


亡くなった祖母からすればひ孫である、兄の子供や従姉妹の子供たちとまみれて、いい17回忌となりました。





俺も歌っちゃおかなっ。

17回忌

今週末は静岡に帰省するのです。
祖母の17回忌の為。

おばぁちゃんが亡くなってからそんなに経つんだ、、と改めて感じてしまう。

まだ高校時代の話。
同居していたおばぁちゃん。
紛れもなくおばぁちゃん子なので、生前はたくさんの話もしました。

田舎を離れてのたくさんの話も今ならあったはずなのに、そんなこともできないことが少し寂しい。

帰省することをきっと喜んでくれただろうな。


急死してしまったので、身構えることなく、死に際にも立ち会えなかったんです。

亡くなった日やお葬式の日前後の記憶は深く残っている。

救急車で運ばれたと連絡を受けて高校から弟と急いで向かった病院で「あんたら、おばぁちゃん、死んじゃったやぁ。」と肩を落としながら口にした父の姿。

自家用車で死人を運ぶことは本当はできないようだがなんらかの手続きをしてワンボックスカーのリアシートを倒してそこに布団を敷いて一緒に連れて帰ったこと。

そこに隣りのおばちゃんも同乗していて、自分と弟に「あんたら、おばぁちゃん、綺麗な顔してるねぇ。」と言っていたこと。

葬儀の前夜、酷く落ち込んで、布団も敷かず、おばぁちゃんの棺桶の前で横になった、大阪からすっ飛んできた叔父さん。

黙々と葬儀準備を手伝ってくれた隣りの家のおじさん。

七人の和尚が楽器を使いながら読み上げるお経。

流れるおばぁちゃんの詩吟。



こんな風に、またおばぁちゃんを想う時です。




宮古島 その17

宮古島 海中公園をあとにして、市街地にあるモンテドールというお土産屋さんで、会社へのお土産を購入。

その頃には宮古島のおおよその土地勘をもっていたので、どの方面に行くのにどれくらいかかる、というのはイメージできるようになってました。

飛行機の時間まであと三時間半くらい。


ナビの地図を眺めてどこにいこっかな、状態。


そんな中、ナビ上で道が繋がっていないけど明らかに岬になっているところを目指してみようとなった。

その土地の名前を西浜崎というらしい。


西浜崎に向かった。


ナビ上で道が続いていなかった通り、途中までは普通の道が続いていたがそれ以降、車でいけるの?の細道が続く。


攻める気持ちで進む。
ジャングルみたいな森の中を走っているような。

木の枝なりがばんばん車にあたり、擦れる。

そして岬!という場所にたどり着くとそこはなんとプライベートビーチ?というほど、人の手がかかっていないというか、今日ここを訪れた人がいるんだろうかと思える程、砂浜も荒れてなく、静か。

遠くまで見渡せるが全く人の気配もない。


確かに砂山ビーチや前浜ビーチほどのインパクトはないが、森を抜けたらそこは未開拓といっても大袈裟じゃないレベルのビーチが広がっており、声がでました。

そのビーチ、端から端まで200mくらいかな?という具合なんですが、入口は一箇所と思われ、そこから入らなければ辿り着けないビーチなんです。

ほぼたまたまその一箇所の入り口に躍り出たのがラッキーでした。



こんなビーチ、あるんだねぇ。。


晴れてて、昼間にこのコンディションのこのビーチに辿り着いてたら最高だっただろうな、と。

フリチンでもいけそう。
それくらいひと気がないのだ。


またもや名残惜しくその場を離れ、レンタカーを返し、宮古空港へと送られる。


19:20に宮古空港を発ち、23:10に羽田空港に到着する。

帰宅は24:30。


丸3日間、楽しんだ。

宮古島、もう、また行きたくなってる。


それくらい魅力ある島でした。

東京からあれだけ離れると、あんなにも海は綺麗になるんだ、と思いました。






ありがとう宮古島。。

宮古島 その16



やっぱり「海中公園こんなです画像」を掲載。


窓の外は海の中という。

発想は面白い。
でもどうせならもっと窓を大きくしたりなど必要なのではないかと。

ボタン押したら上から餌がでてくるとかね。

魚が群がる様をも見れればもっと楽しめそう。


そんな宮古島 海中公園だったのでした。

宮古島 その15

絶景ポイントを名残惜しくあとにして。

次なる目的地は海中公園なる、宮古島の北部に位置する観光スポット。

昨年できたとスタッフさんが言っていた。


簡単にいえば
海に突き出していて、半分海に浸かっていて、地下に行くと窓の向こうは海の中!
みたいな施設。


お魚になった気分。


とまでは行きませんが、水族館の逆というか。

海にいる魚が、水槽的な箱の中にいる人間を見にきてる、という具合。






そんな写真もあるのですが、入り口での写真を採用しちゃう。


まぁ悪天候も手伝って、そこまでのインパクトを残すほどの施設ではなかった、というのがセルジオ智による辛口評。



つづく

宮古島 その14

さて、来間島に到着。


来間島はちょっと高台に登れば島の向こう側の海まで見えるくらいの大きさの島で。

たまたま見つけた竜宮展望台なる展望台があったので、車を停めて階段を登る。

宮古島からも見えていた施設。
来間島の山からちょこんと一風変わった屋根が見えていた施設。

最上階まで登ると声がでた。



「んのぉぉ!?」



それくらいの絶景で。

「小川十景」にノミネート。







東洋一とされる前浜ビーチを真正面から望む景色が広がる。

これ、晴れてたらいったいどれだけの絶景なのか。


長居した。

テンションも上がって、施設脇にあった売店で、パッションフルーツジュースとカットマンゴーを注文。

合わせて1100円也。


美味しかった。

そんなロケーションも手伝っているとは言え、美味しかった。


宮古島に行く人、生で見て欲しい。

残りの人生において、いや、近い将来に必ずまたここを訪れようと思える場所でした。



激しくオススメ。
来間島の竜宮展望台。




つづく

宮古島 その13

前浜ビーチをあとして、次なる目的地は、来間島。

来間大橋なる橋を渡って向かう。



橋の中央で車を停めて記念撮影。


また、青というよりも、緑。
宮古ブルーというより、宮古グリーン。


橋からは前浜ビーチを横から眺められる。


誰でも行けるけど、
誰もが足を延ばす訳ではない、
国内でも特別なエリアであると感じました。

宮古島が本気だしたら、、と思うと恐い。
毎年行きたい!とハマってしまうかも。

それくらいのポテンシャルの片鱗を十分に感じて、来間島へと向かった。



つづく

宮古島 その12

ヤギにお別れを告げ、向かった先は東洋一のビーチと名高い「前浜ビーチ」。






確かにキレイ。
曇り雨ながらそのポテンシャルの高さが伺える規模、美しさ。


ジャンボサイズなヤドカリにも遭遇。

ここでパラセーリングする予定だったのに、残念過ぎる。


一生の思い出になるはずだったのにな。

そう思えるほどの期待感は確かにありました。



つづく。

宮古島 その11

向かう先を阻む群れ。

なんとヤギ。





本物のヤギの鳴き声を聴く。



めぇぇぇ。



活字にすれば紛れもなく、こんな感じ。


五、六匹の群れで、めぇめぇ言ってる。


車を止めて、記念撮影。



人懐っこくて、逃げない。
むしろ近寄ってくる。


近くで見ると、そこまで可愛くは、ない。


ヤギを見るとは想像していなかったので、テンションは上がった。


そのままの勢いで、東洋一のビーチに突入する。




つづく

宮古島 その10



3日目。

ホテルで朝食。
そして天気を確認し、ダイビングをキャンセルし、二度寝(ふて寝)。

初日から気になっていた、さとうきび畑に挟まれた道で記念撮影。


真っ直ぐな道。



宮古島にはこんな感じの風景が各所に見られた。


また車に乗り込み東洋一と名高いビーチに向かう途中、ある生き物に遭遇したのであった。




つづく

宮古島 その9

池間島から再度宮古島に戻り、島の東側のルートを走り、東平安名崎なる観光スポットへ。

しかし、とにかく激しい雨。

車を降りることなく、「東平安名崎に、行った」という経験だけを持ち帰り、ホテルへ。


そしてまたもや送迎車に乗り込み、レストランへ。


景色のよいお店なはずなんですが、雷も響く悪天候で、その売りは体感することができず。

コース料理の味を堪能するのみ。

でも美味しかった。


昨日見た「ミス宮古島(ミスティダ)」よりもキレイな店員さんがテーブルを担当してくれまして。


満足。





サプライズでバースデーケーキがでてくる。

そういや、誕生月だ。

本当に予想外だったので、普通に驚いちゃいました。



つづく
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