June 03, 2012

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竹内洋岳が、日本人で初めて14座を全て登頂した。おめでとう!


正直に言って2012年の現在となっては微妙な記録かもしれないが、初物というのはめでたい物だ。
今回のダウラギリ登頂により、日本の山岳界にとっての積年の課題が、ついに達成された。

この人は派手な登り方をするわけでないのだけど、
高所での耐性と行動力が凄い。
最近は、殆どアルパインスタイルで8000m級をコンスタントに落としていたらしい。
日本人最多登頂を目指す10座目の時に、雪崩に巻き込まれて 瀕死の重傷を負いながらも
奇跡的に助かり、一年後にリベンジを果たしたというストーリーも素晴らしい。

竹内は、アルパインクライミングというより ストックを使用するような着実なルートを好む。
そして、ギリギリまで軽量化した装備で、短期間でピークを取りに行く。
先鋭的な登山スタイルではないけど、リスクを許容している極限的なスタイルであることは間違いない。

今回の登山では、GPSを公開していた。
自分の知る限り、日本の登山家では初めての試みだ。

これが凄く面白い。
グーグルアース上に、ほぼリアルタイムで位置のログが表示され、標高もわかる。
ペースが速かったり、遅かったりすると何があったんだろうと考えさせられる。
それに夢中になって、寝不足になりながらもPCの前に張り付いていた人が多くいたようだ。

ベースキャンプを出発後、キャンプ2付近でカメラマンの相棒・中島ケンロウが、高度障害により脱落。
そこからは、ピークまで単身でいく事になった。
キャンプ3から20時間くらい行動し、登頂した。
しかし、その時はもう夕方になっていた。
下降中に道を見失い、7500m程の高度で野営を余儀なくされた。
その時の装備はまだわからないが、この高度で軽装だと非常に危険だろう。
その時の装備は、テントやツェルトもなく、水も切れた状態だったらしい。
竹内は、以前エベレストで7700m付近で高度障害の影響で死に掛けたことがある。

日本にいる一部の人たちは、固唾を飲んでGPSのログが動き出さないか、夜通し見守り続けた。
もう生きて朝を迎えないのでは?と思う人もいた。
朝、止まっていたGPSのログは動き出さず、観ていた人は心配になった。
しかし、GPSロガーのバッテリー切れだった様で、竹内は 朝になって行動を開始し、
キャンプ3まで戻ってきたことがわかった。
そこで竹内は、 6時間ほど 休息を取った。仮眠していたのだろう。
しかし、キャンプ3でも7300m程の標高で、酸素ボンベを使わない人体には 確実にダメージを与える続ける高さだ。


GPSのバッテリーを入れ替え、夕方に行動を再開した竹内は物凄いスピードで 一気に下山した。
その日の夜中過ぎにベースキャンプに帰還した。超人的な体力だ。
(途中でカメラマンと合流したが、取材班やベースキャンプからの物資が補給されなかったことを願う。)

張り付いていた人たちは、ホッとしたとともに祝福の気持ちで一杯になったことだろう。
長い時間見守っていた為に、もう他人事ではなくなってしまっているのだ。

これは本当に面白い試みだった。
しかし、今回は無事生還したから良かったものの、
不足の事態が起きた場合、ウォッチャーはそれを目撃してしまうことになる。
GPSの動きによって、どういう登山になろうとリアルタイムで公開されてしまうのだ。
これは、一つの登山スタイルの先駆けとなったのではないか。
今後もこういった表現を進化させていって欲しいし、
他の若手登山家も取り入れていって欲しい。
もちろん、こういう表現手法は、事実を隠したり誇張・捏造したりしない姿勢が、
大前提として必要なことは、言うまでもない。


※ 竹内のブログを読んでみると、立ちながら寝ることが出来るらしい。
  このスキルが一番、超人的な行動力の役に立ってるのかもしれない。
  竹内洋岳・公式ブログ

bamboobonghoshi_7_7 at 15:27│コメント(0)トラックバック(0)登山 │

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