落ち着きの無いお子さんの中には、先天性の発達障害と言うことではなくて、母子関係の希薄さから落ち着きの無さを見せているお子さんもいるようです。

人間は、本能として集団で生きる生き物です。

そこから発展して「子どもは社会で育てるべき」という考え方がありますが、子どもが集団に入っても落ち着いて安心して過ごすことができるためには、その前の段階として「個・自我の安定」が必要です。

では、どうすると「個・自我の安定」が得られるのかと言うと、「自分をまるごと受け入れてくれる人の存在」によって、得ることができるのです。それは、大抵の場合は母親になります。

小さな子どもは、母親に拒絶されれば世界に拒絶されるのと同じだし、逆に母親に受け入れてもらえれば世界に受け入れてもらえたのと同じになります。

ただし、社会構造的に母子関係が構築しにくくなっていることも確かです。

色々な育児便利グッズの登場で、母と子が密着して向かい合って接する時間が減ってきています。

例えば、紙おむつの登場。

布おむつを使っていた時は、おしっこが1回出ればおむつが濡れて不快になり、赤ちゃんは泣いておしっこが出たことを母親に知らせます。すると、母親は赤ちゃんに話しかけながらおむつを替えます。紙おむつに比べておむつの交換回数が多いので、それだけ、母親と赤ちゃんのコミュニケーションの回数が多いということになりますし、対面でのやりとりは愛着の形成の機会でもあります。

その他にも、おんぶや抱っこが減ってバギーが利用されたり、DVDなどの普及によってテレビの見せっぱなしなどが問題になったり、対面で母子が触れ合う機会は減ってきています。

そのため、お母さんの気を引くために、お母さんの困ることをする子どもが増えているようです。


先天性の発達障害ではないのに、発達障害児のような問題行動をする子どもの中には、母子関係の希薄さを原因の一つとして考えることのできる子どもが含まれていると考えられます。

障害のあるなしに関わらず、心から依存できる人の存在が失われつつあるのは重大です。幼児の時期に、母親などに十分に依存することのできなかった子どもの心の不安定さは、将来的に依存症や心身症につながっていく可能性があります。


ここで、間違えないでいただきたいのは、じゃあ、紙おむつを布おむつに替えればいい、ということではないということです。紙おむつを使っていても、お母さんが子どもをまるごと受けとめることはできます。ただ、お母さんも生身の人間ですから、子どもとの間に愛着を形成するにはそれなりに手間と時間が掛かるのではないでしょうか?それが、以前は布おむつだったので、今は、別の方法でも良いと思います。


子どもにとって母親は特別な存在ですので、母親に焦点を当てて書きましたが、事情があって母親が養育者ではないお子さんもいますので、愛着関係の形成は必ずしも母親とではなくても良いと思います。また、父親やそのほかの近親者、保育園や幼稚園の先生の存在はどうでも良いということではなくて、母子の愛着形成がうまくいくようにサポートする必要がありますし、子どもの周りにいる人々も、「あなたは大切な存在よ」というメッセージを送り続けなければならないと思います。



(続く)