2012年02月01日
京都マラソン
東京マラソンや、大阪マラソンは、実施されていましたが、京都は初の試み。
クリニックの前にある西京極運動公園から、15000人のランナーが京都路を目指し、スタートです。
ぜひとも、成功してほしいし、芸能人も参加する!という話題もあるし、楽しみです。
しかし・・・
駅伝とは違って、150000人のランナーが集団でスタートするわけであって・・。
想定するに、クリニックの前も、1時間〜1時間半は通行規制がかかるはず。
しかも、西京極運動公園〜葛野大路を上り、さらに四条〜梅津・・と、横断することができません。
その1時間半、八方ふさがり状態です。
院長はじめ、私もスタッフも、その時間帯に何かあったらどうするの??
横断禁止なら、その時間帯にその向こうに住んでおられる患者さん、妊婦さんに何かあったらどうして、クリニックに来てもらうの??
と、疑問、不安が生じました。
陣痛がきて、1時間でお産になる方もいらっしゃいます。
出血がとまらない!という症状が起こるかもしれません。
そこで、京都市のマラソン実行委員会の方に聞きました。
「いや・・その時間帯だけは避けてください。待ってもらうか、早めに来てもらうか・・。そのときに来る患者さん、何人くらいいらっしゃいますか?」
これが、1番最初の答えでした。
驚きです。軽い答えで、泣きそうでした。
「その1時間に誰が、どんな症状で来られるか、わかっていれば、私たちも対処はできます。不安も困ることもありません。極端な話し、細田に来られている患者さん全員がその1時間に何が起こるかわかりません。その1時間どういう対応をしたらいいのか、教えてください。」
そう、問いただしたのが、去年の夏です。
それから、半年。
京都市に聞いても聞いても、命優先の対応の答えが返ってきませんでした。
やっと、今日、二人の京都市の方が来られました。
内容は、迂回路の説明です。
(注*迂回路を知りたい方は、外来に張り出しておきます。)
それ以上の発展、名案は、ありませんでした。
「もし、普段なら10分で来院できるところに住んでいるのに、迂回し、30分、時間がかかった。
それで、重篤になった・・というときには、京都市として対応していただけますか?」
というこちらの質問に「対応します」と言っていただけました。
それでも、命がかかっていること。対応してもらえればそれで済む問題でもないし、もっと、いい最善策がほしかったのは本音です。
おそらく、その通行止めの1時間半ほどの間に、一刻を争うことが起こる確率は、ごくごくわずかだと思います。
過去の事例から考えても、ほとんどの方は、迂回路で間に合うし、「1時間後に落ち着いてから、診察しましょう・・」で、可能な方です。
しかし、一刻を争う!という方が、ゼロではない。
ゼロでない以上、患者さんも私たちも、不安になる・・。
この気持ち、実行委員の方に、どこまでわかってもらえたのか・・と思うとともに、3月11日当日朝の7時55分から9時25分の間に、一刻を争うことが起こりませんように・・と祈るのみです。
話し合いの中で
「もし、ご家族がクリニックの目の前、5分でクリニックに来られるところに住んでいながら、ちょうどマラソンスタートのときに、迂回して30分かけてクリニックに来られて、そして、結果、車でお産になった、死産になった、重篤になった。そしたら、どうします?」
と聞きました。
「・・・・・・・・・」
京都市の方は、無言でした。
なら、対策をもっと早くに考えて、あらゆる決まりを想定して、それから、マラソン大会の告示をしてほしかったです。
市役所に帰って、「細田クリニック、うるさいおばさん(←私のこと)やった・・」と思っておられるかもしれません。
実際、こんな質問疑問をこちらから聞いたのは、細田クリニックの私だけだそうです。私が質問したそのあと、京都市の方から、病院回りをされて、そこで、言われたことはある、とのことでした。
でも、私の中で、必死に、問うても、「もう安心!」という言葉が、よぎってこないのです。
もちろん、一生懸命対応してくださっていることも承知しているし、マラソン大会も成功して欲しいのは、強く願っています。それは、言うまでもありません。
しかし、先にも書いたように、「無事にその時間が過ぎますように・・。」
今は、それしかできないことに、不安が残っています。
eri.hosoda
2012年01月19日
不思議な現象
一晩で3人、うれしいことです。しかも、みなさん、入院されて数時間。
分娩時間が短いことは、お母さんの疲労も少なくて済み、翌日から育児がスムーズにできます。
何と言っても、未知の世界に飛び出そうとしている命がけの赤ちゃんにとって、ストレスは最小限にできると思います。
バタバタと慌しい夜勤を難なくこなしてくれた、スタッフに、心から尊敬です。
朝、お疲れ様!を伝えに病棟に足を運んだら、さぞ疲れているだろうに、ベストニコニコ!
「〇〇さんのお産、こんなんでしたよ。△△さん、あっという間に全開でしたよ!」と、話してくれました。
また、そういう夜勤から引き続く日勤も、バタバタのことが多いわけですが、
今、日勤のスタッフが「もう、落ち着いてますよ〜。一段落してま〜す。」と、話してくれました。
こういうスタッフが昼も夜もいてくれるから、お産される方も、安心していただけるのかな・・と思います。
もちろん、お産の方だけでなく、院長も充分に安心させてもらえるから、お産とお産の合間に、短時間で熟睡?爆睡?でき、
そのお蔭で、また、普通に朝から、外来をこなせる訳です。
さて、
今日の表題の「不思議な現象」・・。
スタッフの〇〇さんが分娩係のときは、100%お産があるよ・・とか
今月、私、お産に当たってないから、今日もお産ないよ・・とか
満月欠けるから、今日辺り、お産あるよ・・とか
私の当直のときは、毎回毎回、朝の7時代にお産や入院の方があるんよ・・とか
(お産だけでなく)△△さんの外来の日は絶対に来られる患者さん多いよ・・とか
医学では解明できない、でも、ほぼ当たっている、どこの産婦人科でも話題になる現象です。
私が新人だった頃から、ずっと、何かこういう話題がされていました。
もれなく、昨夜のスタッフは、今日はお産がありそう・・という気配を感じさせるスタッフだったのです。
過去に、私もありました。
みんなと同じ勤務体制、勤務回数なのに、一ヶ月の8割の出産が、私が担当!!という2ヶ月がありました。
何も仕組まれたわけではなく、流れがそうなるのです。
絶対今日は生まれないよ・・と言われた方が生まれたり、私が出勤したと同時にお産の方から電話が連続で鳴ったり、今日は私、分娩係じゃない!という日も、たまたま他の分娩係のスタッフがお昼を食べているときに急に分娩になり、私が急遽分娩に携わったり・・。
本当に、こういう不思議なことが起こるのも産科ならでは・・なんでしょう。
産科の法則、こんな題名の本が書けそうです。
eri.hosoda
2012年01月10日
成人式
成人式も昨日、各地で行われた様子をニュースで見ました。
今年は、知り合い、親戚の中に成人式を迎える人がいなかったせいもあり、あまり身近には感じませんでした。
それに、昔は、1月15日が成人の日。
今は、祝日を月曜日にもって来ているため、この日!という感覚も無くなってきたのかもしれません。
それでも、各地で行事が行われたり、街のあちこちで、晴れ着姿の娘さんを見かけたり・・。
無くなりはしないでしょう、成人式。
でも、昨日生まれた赤ちゃんが、成人式を向かえる時、果たして何をしているでしょうか。
きっと、昼夜関係ない、現役産婦人科医は、体力的に無理でしょうね・・。
年老いた、おじいちゃんおばあちゃんで、どこか旅行でも行ってるでしょうかね・・。
いや、逆に、まだまだ、バリバリ産婦人科医をやっているでしょうかね、院長・・。
クリニックの建物も古くなっているでしょう・・。
スタッフは、まだまだ元気にがんばってくれているでしょう・・。
五条天神川も、様変わりしていることでしょう・・。
桜並木は、残っていて欲しいなあ・・。
妊婦健診の制度、産科の制度も変わっていることでしょう・・。
物価も消費税も、分娩費も、どうなっているでしょうね・・。
でも、お産、命を生み出す女性は変わりません。
20年先も、40年先も、女性の子宮の中に命を宿し、女性が子孫を残していくことは、絶対絶対変わらないはず。
過去の何百万年変わってないことです。
未来の何十年では変わりようがありません。
だから、20才という区切りに、もう一度、女性であることの喜び、女性のありがたさを思い直し、大切にして欲しいなあ・・と思います。
私たちは、2回目の成人式(20才×2)は、とっくに過ぎています。
3回目(20才×3)はもちろん元気に、4回目(20才×4)!!も元気に生きていたらありがたいな・・と、思いました。
ともあれ、おめでとう、はたちを迎えた皆さんへ。
(しかし、このブログを読まれる方に20才ジャストの方は、1名もいらっしゃらないかも!ですね)
eri.hosoda
2012年01月01日
新年
あけましておめでとうございます。
1月1日と12月31日との違いなんて、何もないのですが、それでも、1年の締めくくりと1年のスタートと取り決められているこの瞬間を意識するだけで、心引き締まる日です。
お産は、大晦日、元旦関係なく、進行しますが、今年の両日は、新しい命は誕生せず、ゆっくりとした時間でした。30日の未明から午前にかけて3人の赤ちゃんが続けて誕生しました。
その元気な3人が2011年のトリです。2012年トップはどこの赤ちゃんでしょうか・・。
楽しみです。
今年も、授かった命みんなみんな、元気に生まれてきてくれますように。
たくさんのパパママに出会えますように。
そして、スタッフと昨年以上に、楽しく仕事ができますように。
新しい出会いがありますように。
院長はじめ、スタッフみんな健康でありますように。
スタッフを大切に思いながら、
来ていただいている患者さま、妊婦さまに、感謝しながら、
お世話になっている方々、家族を思いながら、
新年のスタートを切りたいと思います。
今年もよろしくお願いします。
eri.hosoda
2011年12月22日
冬至
それは、生活の中や行事ごとではたくさんあり、深い意味があるはず。
迷信もたくさんあるので、それだけを信じて努力や注意を怠ってしまうと
とんでもない勘違い!ってことになるのですが・・。
そういう慣わしから、季節を感じたり、子供に話したりすることは、大切なこと、幸せなことだと思います。
先日、お正月のしめ縄を作りました。
クリニックのしめ縄は、毎年私の雑な手作りで済ませているのですが、果たして、しめ縄の意味を考えて作っているか・・、と言えば、全く考えておらず、というか、作っている楽しさ以外何も考えていません。
クリスマスが終わり、お正月ムードになったところで、リースをしめ縄に変えよう!と思うファッション感覚の気持ちがほとんどです。
世間の大多数の方がそうかも。
その証拠に、お正月に見かける各御家庭のしめ縄も、すごくおしゃれな物や、クリスマス・リースのオーナメントを取り変えたら、しめ縄になるような物、置物やアクセサリー感覚のような素敵なしめ縄もよく見かけます。
それでもいいと思います。
日々は意味を深く考えずファッション感覚でも、何年かに1回、ふっとその本来の意味を思い直すだけでも、価値があると思います。
今年は「来年も悪気が来ませんように」と気持ちをこめて、しめ縄を作りました。
他にも、知らず知らず何気にやっていることで、「こういう意味か!」と知ることもあります。
少し前にお産された方のおじいちゃんが「命名書」を持って来られて、赤ちゃんと写真撮影されていました。
お部屋に「命名 〇〇」と半紙に書かれて貼っていらっしゃる方も見かけます。
日本独特の風習です。
やられない方も多いですが、おじいちゃんおばあちゃんの世代の方は、殆どされていたようですし、お孫さんにもされていらっしゃる方をお見かけします。
お名前を披露する、それは素晴らしいことですよね。
昔、新生児の死亡が多かった時代は、「一週間生きていたから、この子は人間の子として生きていけるだろう。だから、名前を付けよう」というのが命名式であり、お七夜だったそうです。
今は、新生児医療も発達して、「一週間がんばって生きたから、この子は、これから生きていける・・」なんて、よほどじゃない限り、ないケース。
だから、今は、ほぼ性別もわかるし、名前もほぼ絞られて決まっている方が多いので1週間という期限なしに、きちんと命名書を書かれて、枕元に貼られる方もおられます。
そういう今日は冬至。
うちでも、柚を買って、お風呂に入れていた時もありましたが、最近は普通のみかんの皮を湯船に入れて、雰囲気だけ味わっています。
かぼちゃは、冬至だから、と言って、食べること、忘れがち。
普通に、おかずで日々食べているから今日のメニューに絶対食べなくちゃ・・とは、浮かんできません。
食生活が豊富になった証拠です。
冬の何もビタミン源がない時代、柚やかぼちゃは、大切なビタミンだったことでしょう。
違う意味で、冬至は現代の食生活のありがたさを感じる日かもしれません。
ずっとずっと何年か先に、孫が出来て、冬至にかぼちゃを食べることがあれば
「おばあちゃんのお母さん、つまり、ひいぃばあちゃんの子供の頃は、冬は食べる物が少なかったから、かぼちゃは大切な食べ物だったんだよ」と話してやりたいです。
何だか、すごく年をとった話しになりました。
しみじみ感じるあたり、年の瀬のせいか、はたまた、年のせい(老けた?)せいか・・。
eri.hosoda
2011年12月01日
2つのお話
一ヵ月後には、「あけましておめでとうございます」と、言ってるんですから・・。
昨日と今日は、何も変わっていないように思いますが、1ヶ月前と今日では、いろいろ違います。
1年前と今日、5年前と今日、10年前と今日、想像もしない今日になっています。
楽しいことも悲しいことも、想像以外のできごとばかり。
こうして、年月を重ねていくのでしょう。
数日前のお産で、二人の小学生のお姉ちゃんが立会いをしました。
お昼間の時間帯だったので「学校は?」と尋ねると、お母さんが「命の始まりを是非見せてやりたかったので、欠席させました。」とのこと。
そして、「少し前におばあちゃんが亡くなって、焼き場(火葬場)まで連れて行ったのです。だから、命の始まりから最後までをしっかり見てほしくって・・。滅多にない体験ができるかな、と思って。」と語られました。
すごく感動しました。はっとしました。
きっと、学校では教えてくれないもっともっと大切なことを、出産という命がけの母の姿と、命がけで生まれてきてくれた弟くんは、教え伝えてくれたのではないでしょうか。
小さいながらに何かを感じてくれたであろうお姉ちゃんたち。やさしくて、まっすぐな女性になってくれることでしょう。
私たちにとっては、お産は日々の流れで、日常にあること。でもきっと、そのときに携わったスタッフは、この二人のお姉ちゃんの一生印象に残る光景の中に残るスタッフになったに違いありません。
私も、この二人のお姉ちゃんが、必死で生まれたばかりの弟くんを眺めている光景、そして、お母さんのことば、そのときのスタッフが、焼きついています。
さて、もう一つ。
長くなります。
今、いろんな方のブログに書かれています。
すでに私も数名の方のブログで読みました。
見られた方も多いと思いますが、感動したので紹介しておきます。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
【招待状】
作成: 田端 孝史 日時: 2011年10月4日 20:20
ある小学校で良いクラスをつくろうと一生懸命な先生がいた。
その先生が五年生の担任になった時
一人、服装が不潔でだらしなく、遅刻をしたり、居眠りをしたり
皆が手をあげて発表する中でも、一度も手を上げない少年がいた。
先生はどうしてもその少年を好きになれず
いつからかその少年を 毛嫌いするようになった。
中間記録に先生は少年の悪いところばかりを
記入するようになっていた。
ある時、少年の一年生からの記録が目に留まった。
そこにはこう書いてあった。
「朗らかで、友達が好きで、人にも親切。
弁口もよくでき、将来楽しみ」とある。
間違いだ。他の子に違いない。
先生はそう思った。
二年生になると
「母親が病気で世話をしなければならず、時々遅刻する」
と書かれていた。
三年生では
「母親の病気が悪くなり、疲れていて、 教室で居眠りをする」。
三年生の後半の記録には
「母親が死亡。希望を失い、悲しんでいる」とあり、
四年生になると
「父は生きる意欲を失い、アルコール依存症となり、子どもに暴力をふるう」。
先生の胸に激しい痛みが走った。
だめと決めつけていた子が突然、
深い悲しみを生き抜いている 生身の人間として
自分の前に立ち現れてきたのだ。
先生にとって目を開かされた瞬間であった。
放課後、先生は少年に声をかけた。
「先生は夕方まで教室で仕事をするから、
あなたも勉強していかない?
わからないところは教えてあげるから」。
少年は初めて笑顔を見せた。
それから毎日、
少年は教室の自分の机で予習復習を熱心に続けた。
授業で少年が初めて手をあげた時、
先生に大きな喜びがわき起こった。
少年は自信を持ち始めていた。
六年生で先生は少年の担任ではなくなった。
卒業の時、先生に少年から一枚のカードが届いた。
「先生は僕のお母さんのようです。そして、今まで出会った中で
一番素晴らしい先生でした」
それから六年。またカードが届いた。
「明日は高校の卒業式です。僕は5年生で先生に担当してもらって、とても幸せでした。おかげで奨学金ももらって医学部に進学する事ができます」
十年を経て、またカードがきた。
そこには先生と出会えた事への感謝と、
父親に叩かれた体験があるから
感謝と痛みが分かる医者になれると記され、
こう締めくくられていた。
「僕はよく五年生の時の先生を思い出します。
あのままだめになってしまう僕を
救ってくださった先生を、神様のように感じます。
大人になり、医者になった僕にとって最高の先生は、
五年生のときに担任して下さった先生です。」
そして一年。
届いたカードは結婚式の招待状だった。
「母親の席に座ってください」
と一行、書き添えられていた。
先生は嬉しくて涙が止まらなかった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
自分がいかに、曇ってしまっている人間になてしまったか、反省させられました。
人への接し方、見方、考え方、すべて・・。
eri.hosoda
2011年11月15日
紅葉
クリニックの両サイドのヤマボウシ、きれいに紅葉しています。
クリニックの東側の桜並木、緑の葉が、紅く色づいてきています。
季節感がなくなりつつ、つい最近まで冷房を入れていたクリニックですが、どこかに秋を感じられるもの。
大切にしたいです。
観光地の紅葉は今ひとつのようで、先週末、関東の親戚が京都の紅葉を観賞に来たときに
「紅葉の京都、と言うよりも、新緑の京都・・って感じなくらい、緑緑してた」との事。
確かに、数年前より、紅葉シーズンはずれてきているように思います。
20年位前、10月の末に友達と紅葉を見に行った記憶があります。
写真を見ると、セーターを着ています。
紅葉だけでなく、確か、昔は、11月前半に、12月に行くスキーの予約を取ったものです。
完全に、11月といえば冬バージョンの趣きでした。
今年の11月は、まだまだ冬の装いは全く必要がないくらいの暖かさ。
11月15日の今日でも、まだ、外来中は暑さが勝っています。
先週、お産されたお母さんが「冬のキルティングのモコモコしたパジャマしか用意してなくて・・。全然、薄手のパジャマでいい感じ。失敗しました。」と、腕まくりをしながら、話してくださいました。
「通常は、」とか、「例年は、」という考えを元に、実体験・体感しながら、物事を考えないといけない時代なんでしょうかね・・。
一気に寒くなって、紅葉せずに、枯れ葉・落ち葉になってしまわないよう祈りつつ、
「寒い・・」と感じないほうが、夜中のおっぱいは楽チンなんだけどな・・とも思ったり・・・。
こうして、秋を思いふける穏やかな毎日に、感謝です。
そうそう。
スタッフと「ぶり大根がうまく炊けたよ」とか、「おでんが食べたい」と話した時間がありました。
食べ物だけは、ドンドン冬バージョンに向かっている現実に笑えてきました。
eri.hosoda
2011年11月05日
お祝いごと
クリニックはおめでたいこと続き。
毎日、新しい命が誕生し、家族が増えることは何度味わっても、感動です。
その場に立ち会えることは 、すごくありがたいこと。
上のお子さんと接する中で、
生まれてきた妹、弟をいろんな形や心境で受け止めていることをヒシヒシと感じます。
パパの笑顔を見ていると、他では感じられない強さを感じます。
スタッフも、おめでた続き。
とても、うれしい気分になります。
姉のような気分・・と、あるスタッフに言ったら、
親のような気分でしょ・・と、返されてしまいました。
もっとも です。
さて、先月院長は誕生日を迎えました。
今年は、土曜日だったので、スタッフがボーリング大会と食事会を計画してくれました。
プロが計画してくれたような、華やかな会。スタッフ一人一人に感謝です。
何十年生きてきて、こんなに、たくさんの人に楽しく誕生日を祝ってもらったのは、
初めてで、すごく喜んでいた院長でした。
ボーリング大会では、院長、か・ろ・う・じてトップ。
そりゃ、Only1の男性ですから1位で当たり前でしょう・・。
(院長抜きでは、スタッフ最高年齢のJさん、優勝!!脱帽する腕前でした)
食事会では、みんなから、バラの花を1本ずつ手渡しされ、直々にいろんな言葉をもらい、
プレゼントも頂き、
うれしい・感謝・ウキウキ・感激
の、文字が頭の中をグルグル回っていたようです。
翌日から、一段とパワーがみなぎってきた院長でした。
きれいなバラは投げ入れが一番。まだ、きれいに咲き誇っています。
なんでも入る大きなリュック。スタッフみんなからのプレゼントです。
自転車通勤には、ぴったり。
翌日から、院長の背中に背負われて、登場しています。
*追記*
「入院患者さまから、よく先生の歳を聞かれて・・なんて言ったらいいか困るぅ・・(笑)」
と、スタッフから聞きます。
もちろん、スタッフは知ってますが、みなさんには、想像にお任せします。
eri.hosoda
2011年10月26日
花
やっと、暑い夏が過ぎ、花の日持ちもするようになってきたので、
10月最初くらいから、「そろそろ花でも入れようかな・・」と思うようになりました。
1つのアレンジを完成させるのに、20〜30分ほど。
そして、そのあと何日か、人の目に触れる物です。
センスが上達せず、上手くはアレンジできませんが、来られる患者さまやスタッフの視野に数秒でも入ることは間違いありません。
「この花何ていうのかな?」と思ってもらえたり、置かれているアレンジで季節感を持ってもらえたり・・。
それがいいのかな?と思います。
今の私に課題として自分に与えていること。
それは、体を動かすことと、心を動かすこと。
体を動かすことは、ダイエットや健康のためであり、勇気とやる気が必要です。
ある意味、自分との戦い・・、まだまだ、負けてばかりの自分です・・・。
心を動かすのは、こういう医療職に携わるもの、人と接する職業にするものは必須。
手軽なフラワーアレンジをするとき、たった20〜30分でも、全く無の状態で、花のことしか、考えていません。
クリニックが落ち着いているときは、仕事仕事・・ではなく、仕事に集中するためにも、こういう時間、大切でしょう。
心を動かすというか、仕事脳だけの狭い脳にしないというか・・。
(あーでもない)(ここはまずい)
たった1本の花とたった1枚の葉だけを持ち、考えるということは、一瞬ですけど、トレーニングになっていると思います。
スタッフも休みの日は、仕事以外のいろんなことにチャレンジ。
趣味であったり、スポーツであったり、お菓子作りだったり、旅行であったり、コンサートだったり・・いろいろ。
中には、エステに通うスタッフがいたり、先日劇団四季のキャッツを見に行き、感動して帰ってきたり・・。
(私も劇団四季のステージは大・大・大好きです)
そんな話しを聞くだけでも、刺激がある毎日です。
昨日も母親教室で、いろんなお話をさせてもらいました。
やや、お産から話が広がっていく時(いや、脱線ぎみ?)もありましたが、それはそれで、みなさん笑顔で聞いてくださっているから、無駄ではないかな?と思っています。
心を動かし、もっともっと、人としての膨らみを持たなくては・・と、日々感じる最近。
まだまだ、小さく、膨らんでない自分のために、そして、患者さまや妊婦さまに少しでも膨らんだ医療人として接するために、仕事以外のことをする時間や、お話する時間も、大切にしていこう!と改めて思います。
先日、ハロウィンのアレンジの作成を終えて、感じた雑感です。
eri.hosoda
2011年10月17日
偶然
分娩予定日が数日違いで、同性同名の方が、いらっしゃったのです。
全く、漢字も同じ。
〇△ B子さん と 〇△ B子さん。
そのお二人が同じ日に出産となったのです。
同じ名前の方が、いらっしゃることは、たまに見かけますが、
同じクリニックで、漢字も同じ、出産も同じ、となると、びっくりです。
確率でいうと、数字では言えないほどの確率。
なぜなら、同じ名前の方が、数ある産婦人科の中で、細田クリニックを選ばれることが、すごい確率です。
そして、予定日が近く、しかも、同じ日に出産・・。
1週間ほど出産日が違えば、偶然という出来事は、なくなるわけです。
更に、驚く偶然。
もう一人、〇△さんという、同姓の方がいらっしゃいました。
その方も、同じ日の夕方に出産されました。
しかも、そのお子さんのお名前が、B美ちゃん。「B」のところが、他の同姓ママの漢字と同じ漢字です。
すべてに関して、お名前だけでなく、「初産婦さんの〇△さん」や「経産婦さんの〇△さん」、
「B美ちゃんのママ」など、間違いのないように、お呼びしていました。
ベビーネームにも、カルテ番号を追記したり・・。
ママさん同志では、どういう会話がなされていたのでしょうね。
すごく、気になるところです(笑)
もうひとつ、偶然を・・・。
ある外来の合間に、スタッフ3人で
「△☐ AA恵さん、元気にされてるかな・・。他府県に引っ越しされたから、細田クリニックには、絶対来られないだろうけどね・・。」
と、会話していた、翌日。
「妊娠しました。また、京都に帰ってきたんです〜。」
と、細田クリニックに来られたのです。
本当に偶然。
今まで出産された、たくさんのママさんの中から、何のきっかけもなく、△☐さんの名前と顔が浮かび、言葉に出したわけで、まさか、翌日に、お顔を見ることがあることは、会話したスタッフ3人とも想像していませんでした。
うれしい偶然。
笑顔に話せる偶然。
もっともっとたくさんあって欲しいな・・と思う、平和なクリニックです。
eri.hosoda