2016年11月24日

ブロードウェイ化したオペラ椿姫?

ウィーンに到着した今日の夜は、国立オペラ座で「椿姫」を鑑賞しました。小説の椿姫も、ヴェルディのオペラの椿姫も、とても好きな作品で、また数多いオペラ作品のなかの定番の人気作品のひとつです。何しろウィーンのオペラ座での鑑賞ということで、結構チケットは高価でしたが、わくわくします。

1時間前にオペラ座のボックスオフィスでチケットを受け取って、早速劇場の中へ。同じオペラ座でも、中の壮麗さは圧倒的にパリの方が美しいですよね。ただし、歴史と伝統という意味では、さすがにハプスブルク帝国の帝都のオペラ座は重みを感じます。

1869年のこけら落としでは、フランツヨーゼフ皇帝と、皇后エリザベートが臨席のもと、地元のモーツァルトの「ドンジョバンニ」が演じられました。そのフランツヨーゼフ帝も、今年が没後100周年にあたり、つい先日の、11月21日が命日でした。ですので、ウィーンでは結構色々とイベントもあったようです。ハプスブルク帝国解体後は、新生のオーストリア共和国はハプスブルク家とも敵対関係にありましたが、今ではあたたかく市民も、かつての栄光の帝都を偲んでいるようです。

さて、オペラについてですが、これはちょっとしたサプライズでした。あまり調べずにチケットを予約したのですが、まず指揮者は女性指揮者のスペランツァ・スカプッチ。若手の、アメリカで学んだ女性が、ウィーンのオペラ座で指揮を執るというのも、最近のクラシック界の傾向として文化的およびジェンダー的な多様性を体現しているのだと思います。イタリア人で、アメリカのジュリアードで学びキャリアを重ねた新星で、とても注目されている若手指揮者の一人のようです。そして、主役の高級娼婦ヴィオレッタ役は、ラトビア人のマリナ・レベッカ、そしてヴィオレッタとの恋におぼれるアルフレードは、チャールズ・カストロノボです。

衣装、演出、味付けがどうみてもアメリカ的で、現代風の服装と舞台は完全にブロードウェイのミュージカルです。インターナショナルなキャスト、アメリカのミュージカルのような演出、そして音楽は重厚なウィーンフィルの音という、なんとも不思議な組み合わせです。地元でもとても好評なようですが、保守的なフルトベングラーが見たら、おそらくひっくり返ってしまいそうです。

高級娼婦のヴィオレッタと純粋な青年貴族のアルフレードは、素晴らしい歌声で、第1幕の最初の独唱「乾杯の歌」では、その声色のあまりの美しさに涙が出てきました。スカプッチの演奏も、安定した安心できる音色でした。

どうも、時間が経つと、純粋なフランス人の青年貴族のアルフレードが、うさんくさいイタリア系アメリカ人のチンピラにしかみえなくなってしまいます。「ウェスサイドストーリー」の世界に入ってしまったので、感情移入ができなくなってしまいました。フランスの青年貴族の、純朴な美しい青年には見えません。どちらかというと、「ゴッドファーザー」に出ていそうな、下っ端のマフィアの雰囲気です。

他方で、すぐ前の席では、なぜかオーストリア人らしいお父さんが5歳ぐらいの子供を連れてきて、とんでもない迷惑。案の定途中で飽きてしまって、前の席をずっと蹴飛ばしたり、人の顔を見てゲラゲラ笑ったり、落ち着きがなく動き続けてあまりにも気が散ってしまうので、音楽に集中するために目を閉じていたら、舞台でのすばらしい動きを見れなくなってしまいました。さすがに、周りの人たちがみんだ睨んでいたんで、休憩時間にいなくなってしまいました。第3幕はしたがって、落ち着いてオペラを楽しめました。結構高い値段の席だったのですけれども、親子三人で夜の闇に消えていきました。なぜ、そうなることを予測できなかったのでしょうね。

コスモポリタンなベルリンフィルが活躍するベルリンに比べて、ウィーンはとても保守的な土地柄だと思っていたのですが、「ウェストサイドストーリー」仕立てのオペラにはびっくりしてしまいました。やはり、安定的に観客を確保するために、さまざまな努力も必要なのでしょう。

ともあれ、ブレグジットを生み、トランプを生んだグローバリゼーションの波は、この地のウィーン国立歌劇場にも押し寄せているようです。オペラも、音楽の都であり、保守的な土地のウィーンでさえ、グローバル化の波に乗らないといけないのでしょうね。

観客のマナーの悪さもちょっと驚きました。オペラを楽しみにドレスを着飾って訪れた地元のウィーン市民らしきひとと、ツアーのパッケージで観光の一環でラフなカジュアル姿で聴きに来たアメリカやアジアからの観光客で、客席はかなり不思議なミックス状態でした。これもまたアメリカナイゼーションの流れなのでしょう。

私自身は結構楽しめたのですが、グローバル化、アメリカ化が進行しているウィーンを歩いていると、「反グローバル化」を求める人々の気持ちが少しだけ分かる気もします。何を守って、何を変えていくのか。世界中どこでも、難しい問題ですよね。

他方で、椿姫のような、古い物語を今の若い人々に楽しんでもらおうと演出に努力している姿は、ウィーンの人々がオペラという文化を21世紀にも受け継いでいきたいという強い意志が感じられます。かなり古典的な、オーソドックスな椿姫を想定していた私にとってはサプライズでしたが、こういうのもいいのかもな、と少し感じました。

hosoyayuichi at 09:46|Permalink

2016年11月14日

歴史から考えるトランプ政権成立後の国際秩序

これまで歴史を学んできて、とても有益だと感じるのは、歴史の変化のスピード、方向性、可逆性、大きさなどについて、比較的敏感にそれを感じ取ることができることだと思います。

今、巨大な変化がアメリカ政治で起ころうとしています。政治経験のないはじめての大統領(軍人としてはアイゼンハワー大統領がおりますが)というのが異例であると同時に、彼の政治スタイル、発言、選挙キャンペーンなど、全てが異例でした。だとすれば、彼が勝利をした後に、アメリカ政治のどのような部分が変化して、どのような部分が変化しないのかを理解するのは、とても重要だと感じています。

私の場合は、国際政治学や外交史が専門ですので、関心があるのはアメリカの内政ではなくて、トランプ大統領の下で国際秩序がどのように変化をして、そして日米同盟がどのように変化をするのか、ということです。そのような変化を過大評価することも、過小評価することも危険です。ナチスが誕生して、ヒトラーが台頭した際に、1920年代のニューヨークタイムズは、ヒトラーの過激な言動はあくまでも選挙を意図したものであって、実際の政治の世界での政策はおそらく現実的になるだろうから、過剰に懸念をする必要はない、という指摘をしていました。それは明らかに間違いでした。他方で、ハリウッドの映画俳優の出身で、高齢のロナルド・レーガンが大統領になった際には、とりわけリベラル派の多くの知識人やメディアが、彼の大統領就任前の過激な発言に過剰な懸念を頂いていました。それもまた間違いでした。

変化を適切に理解するということが、歴史を学ぶ上ではいつでも重要なのだろうと思います。

まず、それほど大きく変わらないと考えるのが、内政です。おそらくはトランプは、大統領就任後に最初の一年ほどで、イデオロギー的にオバマの政治アジェンダのいくつかを覆して、保守的なアジェンダを推進すると思われます。同時に、メキシコとの国境に壁をつくるかどうかは分かりませんが、不法移民の一部をメキシコに強制送還したり、メキシコとの国境の警備を強化するための人員を増やしたり、施設を増やしたりして、彼の選挙での支持者に応える政策をするはずです。ただし、歴代の大統領はいずれも、最初の一年は、前政権との違いをアピールすることは通例でした。めずらしいことではありません。

他方で、私が大きく変わると考えるのが、国際秩序です。というのも、国際秩序は、実際の政策や軍事行動だけではなく、認識で動いている部分が大きいからです。2008年に中国はリーマン・ショックによって、アメリカや日本が衰退すると考えました。実際、2009年に誕生したオバマ政権も、鳩山政権も、いずれも中国との協調を最優先して考えて、過剰に中国に融和的な政策をとったために、それを中国政府の指導者達は、「弱さ」と考えたのでしょう。したがって、彼らはこれから中国こそが世界でリーダーシップを発揮すると考えて、アメリカや日本に歩が必要ないと考えはじめました。とりわけ、2010年に中国が日本を抜いて、世界第二の経済大国になってからは、日本に対する対応が明らかに変化して、より強硬姿勢が顕著となりました。その後、2010年9月の尖閣沖漁船衝突事件、さらには2012年9月の尖閣諸島の所有権の政府への移転以降の強硬な姿勢は、ご記憶のことと思います。

トランプ政権の外交では、おそらくは自国の国益や安全に関わることについては、強硬姿勢を貫き、他方でそうでない場合は可能な限り柔軟に「ディール」をするのだろうと思います。自国の国益や安全に関わるかどうかは、ある程度は主観に関わってきます。したがって、日本政府にとって重要なのは、日米同盟によってアジア太平洋地域が安定的に平和と安定が保たれることが、アメリカの経済や安全にとって死活的に重要であり、国益に直結していると言うことを、丁寧に説明することです。

また、日本がシーレーン防衛でいっていの役割を担い、アメリカの軍事力のグローバルな展開を支援しており、さらには安保関連法成立によって限定的ながらも集団的自衛権の行使が可能になったということです。おそらくこれらはいずれも、選挙キャンペーン中のトランプの頭の中にはなかったことだと思います。また、これらはいずれも、安保条約「5条」ではなくて「6条」に関連することですので、この二つの違いをトランプ新大統領には理解してもらわないと行けません。

しかしながら、より深刻な変化は、アメリカが世界のリーダーとしての地位を失うかも知れない、ということです。国際社会でリーダーシップを発揮するには、軍事力だけでは十分ではありません。道徳的に国際世論から信頼されて、また国際秩序の根幹となる規範を擁護して、育んでいくことが不可欠です。トランプ政権でおそらく最も欠けるのは、この部分だろうと思います。圧倒的な軍事力だけでは国際社会のリーダーになれないことは、1930年代のナチス・ドイツや、1950年の共産主義体制のソ連、あるいは現在の東アジアの中国のパワーの限界が、示しています。

トランプ大統領は、民主主義や自由主義、法の支配や人権という価値のために、国際社会で責任ある行動を示すつもりはありません。それは、戦後のアメリカの歴代大統領とは大きく異なります。イデオロギーや政党が異なっても、オバマ大統領、ジョージ・W・ブッシュ大統領、クリントン大統領、ジョージ・H・W・ブッシュ大統領、レーガン大統領など、みなそのような行動においては共通しておりました。この伝統が終わる可能性があります。

というのも、国務長官就任が想定されるニュート・ギングリッチも、選挙の参謀で長女のイヴァンカ・トランプの夫であるジャレッド・クシュナーも、それらにはほとんど関心がないからです。副大統領のマイク・ペンスは、どちらかというと伝統的な共和党の国際主義の伝統を部分的に継承し、かつてはTPPにも賛成をしておりましたが、選挙キャンペーン中はそのような姿勢を封印しています。「アメリカ第一主義」と、オフショア・バランシング論、そして内向きな国内世論と、国内経済の再建の最優先といった姿勢は、議会の上下両院が共和党が多数であるので、ある程度はそのような方向へと進んでいくのだと思います。

これから共和党は、ティーパーティー、ネオコン、伝統的穏健派、トランプ派と、いくつもの異なる思想が衝突して、混乱していくのだろうと思います。ただし、すでにオバマ政権の時代からアメリカは「世界の警察官」であることを明確に拒絶しており、内向きの姿勢が顕著でした。それは、2013年のシリアへの軍事介入の拒絶が、一つの転換点と記されるかも知れません。その大きな流れの中で、トランプ政権はそれをさらに加速させて、国際秩序の維持によりいっそう無関心になるのだろうと思います。

その結果で、グローバルな秩序をアメリカのリーダーシップで維持する時代が終わって、それぞれの地域で、それぞれの大国が責任ある行動をとる時代になるはずです。EUではドイツ、アジアでは中国と日本が、北米大陸ではアメリカがリーダーとなり、中東は混乱と不安定化が加速する可能性があります。そして、イギリスの役割はそのなかで埋没し、スコットランドや北アイルランドの独立問題や、EU離脱への交渉に多くの政治的なエネルギーが奪われるはずです。

それは今よりも、混迷する時代ですが、そうなっていくのはトランプが勝利したからではなくて、そのような時代にトランプが求められたのだと思います。

だとすれば、世界は「法の支配(rule of law)」の時代から、「ジャングルの掟(rule of jungle)」の時代へとゆるやかに移行していきます。そのような時代だからこそ、日米同盟の重要性を確認し、安保関連法を成立させることで日本の防衛力を強化して、さらには日本が国際社会でいっていのリーダーシップを発揮する必要があると、これまで論じてきました。軍事力が不要となり、対話と信頼だけで領土問題や貿易紛争が解決できるようなパラダイスは、今の世界には存在しません。そのような現実から目を背けてはいけません。

そして、そのような困難な移行期の時代をくぐり抜けて、国際社会は新しい時代に相応しい安定を確立していく必要があると思います。




hosoyayuichi at 11:13|Permalink

2016年11月11日

トランプ外交を日本は懸念すべきか

トランプ政権の成立については、あまりにも不透明なことが多く、あまりにも不確かなことが多いのが現状です。安倍総理がトランプ次期大統領と電話会談をして、来週にはニューヨークで会談するということは、日米同盟を安定的に管理する上では、良いニュースだと思いますよ。

他方で、日本国内では、二つの対極的な反応が見られます。第一には、ヒラリーが負けたことでまるで世界が終わり、アメリカが終わるかのような絶望的な状況が見られます。トランプが勝っても、世界が終わるわけでもないし、アメリカが終わるわけでもありません。リベラル国際秩序は大きな転換期に来ており、アメリカのいくつかの重要な理念は衰退するでしょう。しかし、アメリカ政治も国際政治も、続いていきます。

第二には、まるでトランプ政権が、従来の共和党穏健派の時代の国際主義的な外交政策が継続するかのように期待して、安心している声も聞こえます。私はこれは適切ではないと思っています。というのも、すでにトランプの外交安保のブレーンが、トランプ候補を支持しない共同書簡を提出した共和党主流派の専門家を政府に登用しないと述べており、したがってある程度経験豊かな共和党主流派の国際主義者たちはおそらくは大半が政権入りできないからです。

それらについては、下記のリンクにある、ワシントンポスト紙の記事や、ブルッキングス研究所のトマス・ライト氏の高い評価を得たトランプ分析で示されています。

What a President Trump means for foreign policy

THE 2016 PRESIDENTIAL CAMPAIGN AND THE CRISIS OF US FOREIGN POLICY

トランプに近いギングリッチもボルトンも、国際主義や国際組織に敵対的で、「アメリカ・ファースト」の思想でよく知られております。前者と後者で同盟国との関係の考え方の違いが見られますが、おそらくはトランプ政権が前者の考え方に近く、同盟関与よりも国内問題への対処に多くの支出を用いることは確実です。

もしも、トランプが公約を掲げたような減税を、上下両院を支配する共和党と協力して実現するとなれば、必然的に「小さな政府」となり、軍事力については前方展開削減に動くでしょう。国防費を増大しても、おそらくはそれは国土防衛のためであって、同盟国防衛のためではないはずです。これは、クリントン政権になっても、ある程度想定された方向だったと思います。

ですので、私はトランプ政権の外交は、破滅的になることもなければ、従来の継続になることもなく、より孤立主義的で、より内向きとなり、国際秩序の維持により感心が低下する傾向が見られるのだろうと思います。それは望ましい傾向ではありませんが、アメリカ国民の選択ですからわれわれは受け入れなければなりません。

トランプの勝利を最も喜んでいるのは、プーチン大統領、金正恩主席、習近平主席、マリーヌ・ルペン仏国民戦線党首など、権威主義的な思想を持ち、リベラル国際秩序に敵対的な指導者です。さらには、沖縄タイムズも好意的な記事を載せており、それはすなわちアメリカの軍事関与の後退を歓迎する姿勢です。そのことが、これから見られるのだろうアメリカ外交の方向性を端的に示しています。
これらを総合すれば、日本はよりいっそう地域の安定のために自助努力が必要となり、また同時にトランプ大統領や新政権の首脳に、日米同盟の重要性を伝えることが重要となります。

結果として、リベラル国際秩序は大きく衰退するでしょうが、それはすでにオバマ政権から見られた傾向でした。トランプ政権に極度に絶望することも、クリントン政権に極度に期待することもおそらくは不要であって、適切な形で懸念して、それに対応していくことが重要だと思います。

他方で、すでに書いたように、アメリカやイギリスなどの先進民主主義国の国内社会の状況は深刻な問題を抱えており、トランプ新大統領が一時的にバラマキで低所得の白人男性層を満足させることができても、持続的にそのような政策を続けて、四年間にわたってアメリカ国民を満足させ、支持を維持して、アメリカを再び偉大にするということはとても難しいのだろうと思います。

ロシアや中国のような権威主義的な国家であれば、報道の自由を抑制したり、敵対的な知識人を拘束して、逮捕することで秩序を維持できるかもしれませんが、民主主義社会のアメリカではそれはできません。トランプが、これまでの考えを大きく改めて、これまでの主張とは異なるバランスのとれた理性的な政策を展開するか、あるいは混乱を顧みずに革命的な政治を行うか、分岐点に立っているのでしょう。

極度な楽観も、極度な悲観も、政治の世界では避けるべきなのかもしれません。ただし、中国が軍事的に台頭して、北朝鮮が挑発的な軍事行動を続け、勢力均衡が崩れつつある東アジアにおいては、現状は決して喜ぶような状況ではないと思います。地域の安定は、よりいっそう日本の行動によって大きう左右される時代になったと考えるべきです。

hosoyayuichi at 19:16|Permalink

2016年11月10日

ドナルド・トランプとアメリカ政治の隘路

ドナルド・トランプが大統領に選ばれました。このニュースは世界中を震撼させ、ヒラリー・クリントン陣営に悲劇をもたらしました。

私は、トランプが大統領選挙に勝利したことで、アメリカの理念が死んだというのは間違いだと思っています。むしろそれは反対で、アメリカの理念が死んだことで、トランプが大統領選挙に勝利したのだろうと思います。それではアメリカの理念とは何か。

1980年代に新自由主義という新しい潮流が生まれ、レーガン大統領の下で「小さい政府」のレーガノミクスが誕生して、新しい時代が到来しました。それは、ジョンソン大統領が唱えた「偉大な社会」や戦後イギリス政府が確立した「コンセンサス」政治のような、社会的包摂を前提とする思想とは大きく異なるものです。それは、アメリカの衰退に立ち向かい、強いアメリカを創るために必要な新しい思想だとみなされていました。ある程度それは、正しかったと思います。

戦後の社会的包摂は高度経済成長と、世界経済における先進民主主義諸国の圧倒的な優越性によって成り立っていました。しかしそのような高度経済成長がいつまでも続くわけではないし、またアジア経済の台頭によって欧米諸国のみが世界の豊かさを独占し続けることができるわけでもない。それゆえに、アメリカ経済は競争力を強化して、科学技術を振興させ、企業の利益を増大させる必要が生じました。そして実際に1980年代以降の新自由主義は、アメリカとイギリスの両国の経済の競争力を強化して、また企業がよりいっそう利益を得ることに成功させました。しかしその代償として、従来のような安定的な雇用慣行が失われて労働市場が流動化して、社会保障も制約がもたらされ、個人責任の倫理が浸透します。すなわち、1980年代以降のアメリカとイギリスを中心とする新自由主義の潮流は、大きな利益と大きな代償と、その双方をもたらしたのです。本来であれば、その大きな利益をもとに、大きな代償によって傷ついた人々の痛みを癒やしていくべきでした。しかしながら、アメリカ社会はそのような方向には動きませんでした。むしろ、グローバル化の流れの必要からか、原理主義的に減税を正義と考えて、国家の介入を悪と考えていきます。それは、いわば、イスラム原理主義同様の、原理主義的な正義感に基づいた政治行動となります。

市場経済の徹底と競争力の強化がその後30年ほど続き、グローバル化が進むなかで雇用が失われ、家族が崩壊し、希望が失われた人々が大量に生まれていきます。その過程で、アメリカの大学はグローバル化のなかで名門大学は入学がよりいっそう困難になり、また学費も高騰していきます。貧困層からは容易に名門大学へは進学できなくなり、また社会における所得格差が固定化されていくことで、一握りのきわめて富裕な階層と、多数の貧しい階層との社会が分断されて、後者の人々が政治に希望が持てなくなり、「アメリカン・ドリーム」に信じられなくなったのだと思います。今の時代に、リンカーン少年が生活していたら、おそらくは大統領の道を進むことはほとんど不可能だろうと思います。オバマ大統領はハーバード・ロースクール、ブッシュ大統領はハーバード・ビジネススクール、ビル・クリントンはイエール・ロースクール、そしてトランプでさえ経営学で最高峰のペンシルベニア・ウォートン・スクールで学んでいます。いずれも、一年間での学費は、500万円を超えるでしょう。

しかしながら、すでに社会主義的な正義は冷戦終結とともに崩壊しており、またグローバル化の流れの中で一国単位の冨の再配分はあまり意味をなさなくなります。所得税や法人税を増税すれば企業は海外移転、高額所得者は海外移住して、空洞化が起こって税収は更に悪化します。もしも増税をせずに、再配分政策を行えば財政赤字が拡大するだけです。そのどちらも、現実的な政策として困難であるとすれば、米英両国では新自由主義的な政策を続けるしかありません。それは、It's economy, stupid!と語ったビル・クリントンも、「第三の道」を語ったトニー・ブレアも、政権を取ってからは結局は前任者たちの新自由主義的な政策を修正できずに、多くの低所得者層や貧困層を失望させたことにも象徴されています。

その結果として、低所得者層や貧困層の白人男性たちは、かつての豊かな社会を創造しながら(それは必ずしも現実のものではありませんが)、現状に不満を持ち、悲惨な現状をもたらした(と彼らが標的とする)既存のエスタブリッシュメント層や、政治エリート、移民たちに攻撃の対象を設定します。あと、必要なのは、そのような怒りに共感をして、彼らの粗野であまり現実的ではない怒りの感情の受け皿となるような指導者でした。それが、アメリカのトランプであり、バーニー・サンダースであり、イギリスのジェレミー・コービンであり、ナイジェル・ファラージでした。それらの指導者を既存のエリート層が侮蔑して見下すことは、それらの指導者を自らの代弁者と考える低所得者層と貧困層の白人男性たちを侮蔑して見下すことと、同じだと彼らは考えたのでしょう。

その結果として彼らの怒りが沸点に達して、「革命」を求めるのは不思議ではありません。彼らが求めたのは、理性的に自らの生活の現状を漸進的に改善することはありません。怒りの感情に任せて、彼らの憎しみの対象にダメージを与えることです。それはまた、結果として、自らの生活にダメージを与えることになるのですが、彼らはそれでも構わないのです。自らの生活の質の向上よりも、憎しみの対象を傷つけることの方が、はるかに愉快だからです。ですので、ヒラリーが絶望し、彼女の支持者であるエスタブリッシュメント層や、高学歴エリート、エリート大学の学生たちが悲嘆している姿は、まさにそれらの排除された人々が心から求めていたものであり、ずっと見たかった光景だったのだと思います。

100年前に貴族階級が社会における支配的な地位を失ったように、今回の政治的変化は、基本的に静かな社会革命であって、政治的エリートやエスタブリッシュメントが支配的地位を失うようになる端緒になるかも知れません。よりポピュラーな政治が求められ、政治的エリートや官僚が大衆メディアやポピュリストの政治家の標的になります。この構図は、Brexitとまったく一緒です。

民主主義は深刻な隘路に陥り、根本的な変革や対応をなくして困難を解決するのは難しいと思います。もちろんトランプにはそれを成功させる能力はないと思いますが、人々は現状の「継承」よりも「破壊」を求めているのだと思います。破壊の先にあるのは、より深い絶望と、政治的混迷、そしてさらには政治に対する深刻な不信感の増大です。これからの世界は、よりいっそうの混迷と憎悪が満ちてくるのではないでしょうか。

それは、資本主義の危機です。『国富論』を書き、市場原理という資本主義の基本原理を提示したアダム・スミスは、グラスゴー大学の道徳哲学の教授であり、『道徳感情論』の著者でもありました。そこでスミスは次のように書いています。

「人間がどんなに利己的なものと想定されうるにしても、明らかに人間の本性のなかには、何か別の原理があり、それによって、人間は他人の運不運に関心をもち、他人の幸福を ーそれを見る喜びの他には何も引き出さないにもかかわらずー自分にとって必要なものだと感じるのである。この種類に属するのは、哀れみまたは同情であり、それは、われわれが他の人々の悲惨な様子を見たり、生々しく心に描いたりしたときに感じる情動である。われわれが、他の人々の悲しみを想像することによって自分も悲しくなることがしばしばあることは明白であり、証明するのに何も例を挙げる必要はないであろう。」(アダム・スミス『道徳感情論』第一部、第一編、第一章)

過去30年ほどの間にアメリカ政治から失われたのは、「他人の幸福」を真剣に考えるような「共感」や「同情」という道徳と感情です。本来個人主義で自由主義であったアメリカ社会には、教会や、ボランティア、コミュニティなど、貧困や弱者を救済するための多様なネットワークがありまた、ルーズベルト連合以降は次第にアメリカ政治も連邦レベルでそれに対応するための努力を続けてきました。それが、80年代以降には、経済社会構造の変化によって、それを持続することが困難となったのです。その結果、アメリカの理念が失われていき、社会に憎悪が満ちるようになります。

そのような、1980年代以降の新自由主義の潮流の大きな変化(Sean Wilrenz, The Age of Reagan: A History, 1974-2008、ではまさにそのような変化が描かれています)、2010年代のPost-Truth政治の台頭、そして共和党の分裂と混乱、さらには政党組織の組織力の低下とイデオロギー的な帰属意識の退潮などによって、従来の政治に巨大な変化が訪れているということをどのていど考慮に入れるのかによって、今回の大統領選挙に関する予想と認識が異なるのだろうと思います。あまりにも、メディアの論評などで、そのようなアメリカ社会の変化に対する言及が欠けており、トランプ個人に対する侮蔑が溢れていたので、私自身もトランプを侮蔑する立場でありながらも、同時にその背後にあるトランプ支持者の感情や怒り、憎しみにある程度の理解とアダム・スミス的な「共感」を持つ重要性を感じています。

皮肉なのは、おそらくはそのような弱者への共感は、トランプよりもヒラリーの方がより深く理解して、行動する姿勢を示していたことです。アメリカにおけるトランプ支持者は、自らの怒りや憎しみを緩和させてくれるのが、トランプではなくて本来はヒラリーであることを理解するべきでしたが、大統領選挙の勝利を技術的な方法だけで達成しようとした政治的エリートのヒラリーは、悲劇的にもそのような「共感」を表現する能力を持たなかったのです。ヒラリーの選挙戦略は、トランプを見下し、侮蔑し、攻撃することにターゲットを置いていたので、それは明らかに逆効果だったのです。選挙戦略の致命的な失敗です。

最も悲劇なのは、ヒラリーが持っているそのような美徳をもっとも雄弁に表出できたのが、選挙の敗北を受け入れる際のスピーチにおいてでした。そこで提供できたような感動を、まぜもっと早く表現できなかったのか。

私は、それでも選挙人の数では僅差でヒラリーが勝利すると考えていましたが、しかしながら最後の最後までもつれるような接戦となって、どちらが勝っても不思議ではないとも考えていました。それは、昨年のイギリス総選挙で事前の世論調査機関で、いかなる政党も単独過半数を取れないと想定していて、見事にぞれが外れたことにも現れています。さらには今年のイギリスのEU国民投票も、前日の最後の世論調査ではだいぶ差が開いて、イギリスのEU残留となると想定されていました。つまりは、従来同様の確度で、事前世論調査を前提にして大統領選挙の結果を予測することは、現代の民主主義諸国は難しくなっているのでしょうね。

人間は危機に直面しないと変革をしません。同じように、アメリカ政治もこのような危機に直面しなければ、新しい時代に相応しいかたちへと変わっていくのが難しいのだろうと思います。





hosoyayuichi at 01:42|Permalink

2016年10月24日

「日韓未来ヴィジョンプロジェクト」のシンポジウム開催のご案内

わが尊敬すべき同僚の西野さんを中心にスタートした、新しい「日韓未来ヴィジョンプロジェクト」として、10月28日の金曜日の下記のようなシンポジウムが開催されます。私もメンバーの末席に加えていただいておりますが、当日の午後に会議があることと、フレッシュな若手を中心にご登壇いただくという西野さんのご配慮で、時間の許す範囲で、オーディエンスとして参加をさせていただく予定です。

誰でもご自由にご参加いただけますので、どうぞお気軽にお越しくださいませ。
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平素より大変お世話になっております。
現代韓国研究センターでは、今週28日午後に、
日韓両国から国際政治研究者を招いて以下のようなシンポジウムを開催いたします。

是非、先生方ご指導の学部生および院生にご案内いただければ幸いです。
何卒よろしくお願い申し上げます。西野純也
(申し込みしなくても当日の参加歓迎です)

  □■□    慶應義塾大学東アジア研究所     □■□
  □■□   現代韓国研究センター公開シンポジウム □■□
  □■□   「日韓の異なる秩序観、協力は可能か」 □■□
  □■□ 開催のご案内(10月28日・金)   □■□

 このたび、当研究所現代韓国研究センターでは、「日韓未来ビジョン
・プロジェクト」を立ち上げ、その一環として日韓両国より気鋭の国際
政治学者を多数迎えて「日韓の異なる秩序観、協力は可能か」と題する
公開シンポジウム(日韓同時通訳)を開催いたします。
 ご多忙のところ恐縮ですが、是非ご出席くださいますようお願い申し上げます。
 参加をご希望の方は、本メール文末の回答フォームを使ってご連絡ください。
 なお、受付回答はいたしませんのでご了承ください。

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◆日 時:2016年10月28日(金)午後2時00分〜6時00分
◆場 所:慶應義塾大学三田キャンパス 第1校舎3階 133教室
     【交通アクセス・キャンパス案内】
      https://www.keio.ac.jp/ja/maps/mita.html
       →キャンパスマップ【9】が第1校舎です

◆使用言語:日韓同時通訳

◆プログラム
14:00−14:15 開会の辞・趣旨説明

14:15−16:00 第1セッション「米国のリバランス政策と日米/韓米同盟」
        司会 崔 雅進(延世大学)
        報告 森 聡 (法政大学)
           朴 在績(韓国外国語大学)
        討論 松本 明日香(日本国際問題研究所)
           李 東銑(高麗大学)
           三牧 聖子(関西外国語大学)

16:00−16:15 休憩

16:15−18:00 第2セッション「台頭する中国と日中/韓中関係」
        司会 西野 純也(慶應義塾大学)
        報告 白 宇烈 (成均館大学)
           鈴木 隆(愛知県立大学)
        討論 三浦 瑠麗(東京大学)
           金 珍我(韓国国防研究院)

18:00 閉会の辞

◆共催:韓国国際交流財団

◆シンポジウムでは、特別の場合を除いて映像による取材はご遠慮いた
 だいております。
 プレスの方々が、講演者等の発言内容を引用される際には直接本人の
 了解をとってくださいますようお願い申し上げます。

◆参加申込 e-mail:
=====<返信の際はこの部分をコピーしてお使いください>=====
 2016年10月28日(金)開催の公開シンポジウムに 
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