2016年06月26日

イギリスは第2のオーストリアになるのか

今からちょうど100年前のこと。1916年に、68年間皇帝に君臨してきたハプスブルク帝国のフランツ・ヨーゼフ2世が死去しました。これは第一次世界戦中のこと。

第一次世界大戦は、ご承知の通り、サラエボ事件を契機としたオーストリアのセルビアへの最後通牒から始まります。ハプスブルク家は、ヨーロッパでも名高い名門の王室。長年、神聖ローマ帝国の皇帝に就き、神聖ローマ帝国終焉の後は、ハプスブルク帝国の皇帝としてヨーロッパの大国を統治してきました。そのオーストリアは、経済的な衰退と、軍事的な地位の低下、そして多族が同居する国内問題に揺れ動き、あえて強硬な姿勢を示すことで大国としての地位を維持して、また国内の結束を固めようとしました。その帰結として、セルビアに対する宣戦布告、そして交戦状態に入り、戦争が始まります。まさかこのときに、オーストリアの指導者達は、これが契機となってオーストリアの大国としての地位が失われ、その国家が解体するとも夢にも思っていなかったでしょう。

帝国解体のきっかけは、よく知られたとおり、独立を求めたチェコスロバキアのナショナリズムの動きです。内側から大国オーストリアは崩壊したのです。1918年、カール一世は退位して国外に亡命し、ここに680年間ヨーロッパに君臨したハプスブルク家が統治を終え、オーストリアは帝国として解体します。そして、その末には、解体した中でドイツ語を話す人びとが住む小国のオーストリアが誕生します。

その百年後、ナショナリズムに突き動かされたイギリスは、2016年に国民投票でEU離脱という強硬策をとってEUと敵対し、過去の栄光を夢見て大国としての地位の回復を目指しました。そして、それに怒りを感じたスコットランドは、独立へ向けた準備を進めています。内側からスコットランドは独立に動き、北アイルランドのカトリック勢力はEU残留を目指してアイルランドとの国家統一へ動き、イングランドは孤立への道へ進んでいます。戦争がないという違いはありますが、かつての大国であったハプスブルク帝国が解体して、文化や民族の異なるチェコスロバキアが独立をして、否応なく小国のオーストリアが誕生したように、かつての大国の連合王国が解体して、文化や民族の異なるスコットランドが独立へ向かい、小国のイングランドが誕生しようとしています。かつてのオーストリアよりは、イングランドの方が大きな国力を持っておりますが、それもまたロンドンの金融に依存したイギリス経済は、多くの銀行が本社をEU圏内のアイルランドや大陸へと動かすとすれば、否応なく衰退へ向かいます。

大国イギリスの自殺。理性的なイギリス国民が、怒りの感情にまかせてそのような決断をして、国家の解体へと動き、国際社会での孤立の道を歩むとは、悲しむべきことです。

第一次世界大戦の際にも、国際社会はハプスブルク帝国の解体を回避しようと努力をしました。とりわけチャーチルは、ヨーロッパ大陸の中心でハプスブルク帝国が解体して「力の真空」ができれば、中東欧の不安定化と、ドイツの膨張主義に繋がり、戦争になることを懸念していました。今度もまた、ドイツの影響力は膨張して、ヨーロッパの不安定化に繋がり、それはチャーチルが生きていれば嫌悪したことであったでしょう。

「ヨーロッパ合衆国」を1946年に語り、統合を求める欧州統一運動のリーダーであった大国イギリスの指導者のチャーチル。そのチャーチルについて、そのヨーロッパ統合を停滞させて、大国イギリスを解体へと導こうとしているボリス・ジョンソンが伝記を書いていることは、なんという皮肉でしょう。

大国の死が、国際情勢の変化や経済構造の変動ではなくて、劣化した民主主義と、間違った政治指導により導かれることは、なんとも悲しむべきことです。

そしてそのようになってしまったのは、三人の指導者の責任だと思います。その三人とも、政局的な判断から、イギリスの国益や世界の安定を損なうような愚かな決断を行ってしまいます。

かつてEU残留派であったボリス・ジョンソン前ロンドン市長は、古くからの盟友であるキャメロン首相をその地位から引きずり下ろして、後継の首相になるもっとも合理的な方法として、今年の2月にEU離脱派に衣替えをしました。そして、キャメロンを引きずり下ろして後継の首相になるという、見事にその目的をいま果たそうとしています。

また、かつてEU離脱派であったジェレミー・コービン。保守党政権の緊縮政策により格差が広がり貧困が広がったとして、低所得者層がキャメロン首相に反発するのは当然であるかのような政局的な行動をとって、EU残留派が主流の労働党をきちんと牽引することができませんでした。労働党内では、かつて離脱はであったコービンが精力的に残留のためのキャンペーンを行わなかったことが、残留の票が上積みされずに敗北した原因であると、党首辞職を求める圧力が勢いを増しています。

また、デヴィッド・キャメロンは、2006年に保守党党首選挙に出馬した際に、閣僚経験がなく、また30代という若い年齢で政治経験が浅かったために、党内主流派で8割近くを占めていた欧州懐疑派に迎合して、彼らが求める政策に同調して党首の座を射止めました。さらには、2014年の欧州議会選挙で最大の議席をとって第一党となったUKIPに脅威を感じて、キャメロンは2015年の総選挙ではEU離脱を問う国民投票を行うことを公約に掲げて、総選挙に勝利して単独政権を実現しています。

これらの三人の政治指導者の、短絡的で政局的な合理的判断が、三人共が意図せぬかたちで大国イギリスを解体させようとして、EUを傷つけようとしています。

いったい、政治における合理的な判断とは何なのでしょうか。優れた資質を持ち、イートン校とオクスフォード大学という最高の学歴を持つキャメロンとジョンソンという二人の理性的な指導者が、なぜこれほどまで愚かな政治行動を取ってしまったのでしょうか。

第一次世界大戦のときに、強硬な政策を選択したオーストリア政府の指導者達は、1918年にハプスブルク帝国が解体したときに、「まさかこのような帰結になるとは想像もしていなかった」と思ったことでしょう。同じように、これから連合王国が解体したときに、キャメロンもジョンソンも、自らの誤った判断が、「まさかこのような帰結になるとは想像もしていなかった」と思うのかもしれません。

hosoyayuichi at 03:31|Permalink

2016年06月24日

「自分の頭に自分で銃をあてるようなものだ」

こちらは、イギリスのEU加盟を問う国民投票について、1年前に書いた短いエッセイです。こちらも自由にご覧頂けますので、どうぞイギリスがEU離脱に至った経緯にご関心がある方は、ご参照くださいませ。

私は、2013年1月23日の、キャメロン首相による国民投票の公約の演説が致命的な失敗だったと思い、当時から厳しくそれを批判していました。それについて、ブレア首相が、「自分の頭に自分で銃をあてるようなものだ」と述べたのが、実に印象的です。

いずれにせよ、こうなって欲しくないと思いながら、こうなるのではないなと懸念していたことが起こってしまいました。今日は、とてもつらい一日です。

http://eusi.jp/mail-magazine/commentary/commentary_013/

hosoyayuichi at 22:51|Permalink

なぜイギリスはEUから離脱したのか

とうとう、イギリスは国民投票で、EUからの離脱を決定しました。

これまでイギリス外交史という視座から、イギリスとEUの関係の歴史を研究してきて、十分にイギリスのEUからの離脱がありえるということを論じてきたのですが、なかなかご理解頂けませんでした。それでは、なぜイギリスはEUから離脱をするに至ったのか、について、2年前に書いた論文で詳しくその背景が描かれております。自由にPDFファイルをダウンロードできますので、どうぞご覧くださいませ。

下記のリンクでご覧頂けます。

http://koara.lib.keio.ac.jp/xoonips/modules/xoonips/detail.php?koara_id=AN00224504-20140628-0138

hosoyayuichi at 22:35|Permalink

BREXITという憂鬱

去年の5月のイギリス総選挙も直前の世論調査の結果を見て、色々なところでどの政党も単独過半数を取れずに連立政権になると述べていたのですが、今回の国民投票でも直前の世論調査で残留派が多数の結果が多かったためにそのまま残留になると思っていたところで予想と異なる結果となりました。

他方で、以前から、イギリス保守党内では9割近くが現在は欧州懐疑派であり、また移民問題の深刻化やユーロ危機のよるイギリス国内でのEUへの嫌悪感の増大から、「理性的」な利益よりも、「感情的」な嫌悪感が優先されることの危険を論じてきたのですが、民主主義がもたらす難しさと怖さが出る形になりそうです。

今回の結果は、昨年のGREXIT問題や、一昨年のスコットランドの住民投票とは異なり、EUの将来や、世界経済の今後、さらには日本の経済や外交にも巨大な影響を及ぶことになりそうです。

昨年3月の、財務省主導でのイギリスのAIIB加盟の決定は、1930年代後半のイギリスの宥和政策以来、イギリス外交にとって最悪の時代だと述べたのですが、今回のBREXITの問題は、イギリスの民主主義にとって最悪の時代ということになりそうです。

私がよく知っていた、良質なバランスの取れた外交をして、狂信主義を排して理性的な判断をする民主主義を持つイギリスは、どこかに消えてしまったのかもしれません。あるいは、これからどのような対応をするか、しばらく見ていきたいと思います。

同時に、イギリスとヨーロッパ大陸との難しい関係の歴史を理解するためには、是非、細谷雄一編『イギリスとヨーロッパ ー孤立と統合の二百年』(勁草書房)をお読み頂けると嬉しいです。

hosoyayuichi at 12:38|Permalink

2016年06月13日

Alliance in Today's World

今週の木曜日、6月16日に、六本木の国際文化会館で、「Alliance in Today's World」という公開講座で登壇をさせて頂きます。本来は他のより高名な先生が日本から登壇予定だったのですが、急遽参加が難しくなり代役となりました。

ジョン・アイケンベリー教授や、ヴィクター・チャー教授、マイケル・マスタンドゥーノ教授、藤原帰一教授など、ご高名な方々が揃う実に豪華なセッションとなります。ご関心がある方は、どうぞ下記のリンクをご覧くださいませ。

※すでに定員に達しているために、登録は終了しているようでした。誠に申し訳ございません。

I feel extremely honored that I will be able to join in the public session of a conference, "Alliance in Today's World", together with Professor John Ikenberry, Professor Victor Cha, Professor Michael Mastanduno and also Professor Kiichi Fujiwara.

This workshop is organized by the University of Tokyo, Princeton University and Dartmouth College, and Professor Fujiwara is the main organizer of this program.

It would be a rare opportunity to be able to see such famous scholars of international politics in one session in Tokyo, and this session is open to the public. However, I apologize that the registration is now closed, due to the limit of the capacity of the conference room.

https://www.i-house.or.jp/eng/programs/otherprograms/

hosoyayuichi at 01:26|Permalink