2016年05月25日

クロアチア大使の講演会(5月26日(木)18:30〜)

明日の5月26日木曜日の午後6時半から、下記の要領で三田で講演会を行う予定です。どなたでもご参加頂けますので、どうぞお気軽にお越しくださいませ。

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Drazen Hrasticクロアチア大使の講演会

すでにご案内しましたとおり、クロアチア大使の講演会、及び大使を囲んでの夕食会を今週木曜日に行う予定です。すでに参加人数などをご連絡を頂きましたが、事前登録など必要ありませんので、どうぞ積極的なご参加をお待ちしております。

日時: 2016年5月26日(木) 18:30〜20:00
終了後三田界隈で夕食会を開きます。どなたでもご参加を歓迎します。
場所: 三田キャンパス南館地下3階 2B34教室
講師: Ambassador Drazen Hrastic
題目: “Global Security Challenges from the Perspective of the Newest EU and NATO Member State”

http://www.keio.ac.jp/ja/access/mita.html

http://jp.mvep.hr/en/embassy/diplomatic-personnel/

クロアチアは、EUとNATOのもっとも新しい加盟国で、冷戦時代は共産主義圏、冷戦後の90年代はユーゴスラビア内戦を経験し、その後は急速な復興と経済成長で、現在はEUの一員です。激動の時代に外交官としての経験をした大使のお話しは、貴重な内容かと思います。

ご参加を希望される方は、事前登録などはありませんので、どうぞお気軽に会場までお越しくださいませ。

hosoyayuichi at 00:31|Permalink

2016年05月04日

既得権益を破壊するエネルギーとエリート統治の崩壊

飛行機でDCからテキサス・ダラスに移動して、ホテルでCNNを見ています。ちょうど空港に到着したときに、同行している中山俊宏さんからテッド・クルーズの大統領選撤退と、トランプの共和党候補獲得が確実になったとの知らせを耳にしました。中山さんからリアルタイムで解説を聞くことができて、また自民党や民進党を代表する知性派の議員の先生方と毎晩お酒を飲みながら意見交換できることは、なんとも贅沢なことです。

昨年12月から訪米は3度目。ワシントンDCでは、毎回セミナーでの議論は、トランプが勝利した際の日米同盟や東アジアの国際情勢について、さらにはトランプ現象がもつ意味についての話題になります。

今回は、国務省、国防省関係者、民主党系シンクタンクでのヒラリー陣営の側近、共和党系の元政府関係者などなど、多様な方々にお会いして意見交換をしておりますが、おおよそこれまで耳にした意見とそれほど大きな違いはありません。

ホテルの部屋でテレビをつけると、CNNでアンカーのアンダーソン・クーパーが、やや顔を引きつらせながら、トランプのインディアナ州での勝利と、共和党候補の確実化の報道をしているところです。クルーズ陣営の選対関係者はかなりいらだっている様子。

ワシントンDCと、東京での報道や議論との微妙な違いがあるとすれば、日本ではトランプ候補への楽観的な意見がしばしば見られますが、こちらでははるかに深刻にとらえ、深い懸念が見られます。

よく比べられるレーガンは、州知事としての政治経験がありましたし、また側近に共和党のメインストリームの専門家や、かつての共和党政権での統治経験者がいました。しかし、トランプにはそのような信頼できるアドバイザーはほぼいません。また、トランプの過激な発言内容の主要な部分は、10年前、20年前とその本質においてはほとんど変わっていないようです。ですので、大統領になって直ちにその方針を変えて現実的になるとは、考え難いようです。

ただし、トランプの発言は、漠然とした抽象的なものがおおく、またアメリカ政治は三権分立がきちっとしていますので、行政府の長の大統領といえども、たとえば移民排斥やイスラム教徒の入国禁止を、簡単に議会で立法化することはできません。ですので、方針や意向、態度、といったものと、実際に大統領になった後の政策や法律は異なるのでしょう。ただし、あまりにも未知数が大きい、ということのようです。

ともあれ、共和党系、民主党系に拘わらず、日本での報道などでトランプ候補へのやや楽観的な報道や議論が見られることに、こちらの日米関係専門家は、いらだつ発言がかなりみられます。

かなりの人数のアメリカの方々にお会いしましたが、トランプ候補を、肯定的、好意的に語る方は一人もいません。

それと、やはりワシントンDCでは、ヒラリー・クリントン候補への評価は、日本よりもかなり厳しいという印象があります。というのも、彼女がすでに過去の大統領候補であるということと、メール問題で国民の信頼を失ったということが大きいようです。また、ヒラリーの側近はどうしてもややひ弱な感じがします。これは、オバマの場合と同様です。少数の、信用できる、若手のエリートが集まっているのですが、どうも表層的で、形式的な政策パッケージが多いのではないでしょうか。

ただし、ほぼ意見が一致しているのは、ヒラリーは選挙キャンペーンは上手くないが、統治者として国務長官としての業績は立派なもので、大統領としてもよい統治をするのではないか、ということです。野蛮で、豪快なトランプの選挙キャンペーンに飲み込まれて、ジョージ・W・ブッシュに敗れた優等生型のアル・ゴアの再現にならなければよい、と思っています。

共和党系の有識者の方々は、みなさん、トランプ現象を共和党の自滅によるものととらえています。みな、自己利益のみを考えて、内紛を繰り返し、現実政治を無視したイデオロギー化が進み、その間に大統領のふさわしい優れた次世代のリーダーを見出すことをおろそかにしてきた、ということなのでしょう。

私は、19世紀末から20世紀半ばにかけて、イギリス政治において貴族階級の地位が没落して、庶民階級、すなわち下院のみで政治が行われるようになるのと、今のアメリカ政治の現象は似ていると思っています。というのも、これまでは理性的で、合理的で、高学歴の専門知識がある政治エリートが政治の世界を独占していたのですが、このような時代が終わりつつあることを感じます。そのことを質問したところ、今朝のブルッキングスではまさに私の疑問を解消してくれるような、すばらしい解説を聞かせていただきました。

これは、すべての先進民主主義諸国で見られる現象で、高学歴、高所得のエリートが既得権益をある意味で占有できた時代が終わることを意味します。これからは、低学歴、低所得、そして失業中の不幸と不満に直面する多くの人々が、そのような既得権益を破壊して、感情を発露するようになるのでしょう。そしてこれまでの制度や慣習がそれによって崩壊されて、先進民主主義諸国の経済状況も悪化して、国際秩序も不安定化する時代を、ある程度覚悟しないといけません。

そのような潮流を食い止めるために、そしてより多くの人々の幸福をより真剣に実現するために、5月末の伊勢志摩サミットは、とても大きな意味を持つことになるのではないでしょうか。そのような懸念や、不安定さから、実は日本が一番かけ離れて安定しているのではないか、としばしばアメリカで指摘されることがあります。それについての評価は分かれるかもしれませんが、ある程度政治の安定した日本がリーダーシップを発揮する意味は、少なくないのだろうと思います。


hosoyayuichi at 14:39|Permalink

2016年04月16日

自衛隊を廃止してわれわれは幸福になれるのか

4月14日、熊本県益城町を震源とする、震度7の巨大な地震が発生しました。16日深夜にはさらに、震度6強の本震が発生して、倒壊しかかっていた多くの家屋の下敷きとなって、新たな犠牲者が生じてしまいました。

自衛隊は被災地で救援活動や災害復興支援活動などに尽力しており、15日午前6時の早朝から陸上自衛隊の隊員らが炊き出しを始めて、700人分の米を大きな釜で炊きあげています。家屋倒壊の危険から非難してきた人たちが、これらのあたたかいご飯を口にして、どうにか一息ついているところと察します。

自衛隊廃止や自衛隊違憲を訴えてきた方々は、自衛隊員の代わりにこれらのボランティアを、これらの規模で行うことができるのでしょうか。日頃、過酷な訓練を受けて、厳しい環境でも任務が遂行できる準備をしてきたからこそ、自衛隊員は震災後の熊本や、あるいは東日本大震災後の災害復興支援活動、あるいはハイチ大地震や四川大地震後の救援活動などに対処できたのです。自衛隊の本来任務は、国民の生命を守ることです。そのなかには、侵略に備えるだけではなく、震災や、テロ、感染症、大規模災害への対処もまた含まれることは当然です。

いまや国民の9割以上が、自衛隊に信頼を抱いているという国民感情と、未だに自衛隊を「危険な戦争遂行組織」として警戒する一部の方々の間で、とてつもない認識のギャップが生まれている気がします。イデオロギーとして、軍事力を嫌い、自衛隊を嫌う人たちは、もう少し、1954年の設立以降に自衛隊が実際に行ってきた努力、そして国民の生命を守ってきた実績を直視して、それが国民にあたたかく受け入れられているという現実にも目を向ける必要があるのではないでしょうか。

自衛隊を危険な組織としていくら批判しても、また自衛隊があたかも戦争をするだけのための組織であるように喧伝してその活動領域の拡大を警告しても、それが国民の支持に繋がりません。だからこそ、最も厳しく自衛隊の活動を批判してきた政党の一つであった社民党が、過去四半世紀の間に著しく国民からの支持と、議席を失ってきたのです。

丸山真男は、「「である」ことと「する」こと」において、「業績本位」の思考の意味を論じていますが、「憲法9条」や「平和主義」という制度の上に眠っていて、本当の意味で国民の生命を守ることや、平和のために紛争解決の努力をすること、日常的に紛争の種子を摘み取る努力をすることをしなければ、それはとても空虚な「たてまえ」に過ぎなくなってしまいます。

軍事力をなくせば平和が生まれると唱える人々は、自衛隊がなくなれば単純に自衛隊がこれまで行っていた重要な多様な任務を行える人がいなくなり、混乱と不安定が生まれるだけだということに、早く気がついて欲しいと思います。2004年の防衛大綱で書かれているように、自衛隊は「多機能で弾力的な実効性ある防衛力」となり、その「多機能」のなかには、このような災害復興支援なども含まれているのです。

大きな声や、目立ったスローガンばかりに耳を傾け目を向けるのではなく、誰がこれまで国民の生命を守ってきたか、だれがそのための過酷な訓練、準備をして、そのことに使命を感じてきたのか、それにもきちんと目を向けることが必要なのではないでしょうか。

hosoyayuichi at 11:22|Permalink

2016年04月12日

高坂正堯教授の書斎

新潮社の『考える人』という、独特な、個性的で、魅力的な定期刊行物が、ウェブ版のサイトを立ち上げました。そこに、私が5年前に書いたコラムも、掲載されております。冒頭の一部のみ、下記に転載します。それ以降は、リンクからご覧頂けます。

「あれは一九九四年秋のことだったと思う。私は慶應義塾大学大学院の修士課程に入学して間もなく、国際政治学や外交史を専門的に研究しようと考え始めていた。将来目指す方向も、何に自らの情熱を打ち込むべきかも分からなかった。どこへ進んでいいか分からず、妙な不安が溢れていた。

 そのような悶々とした心境とは対照的に、キャンパスでは賑やかで明るい三田祭が開かれていた。その三田祭に、あの有名な国際政治学者、高坂正堯教授が京都から訪れて、講演会を行うのだという。学部時代に『宰相吉田茂』や『古典外交の成熟と崩壊』をはじめとする数々の著書に触れ、その深く味わいのある文章にあこがれていた。高坂教授の著書にあふれ出るイギリスへの愛情や、歴史への愛情。私がイギリス外交史を専門とするに至る一つの理由は、そのような読書体験の影響もあったのかもしれない。ともあれ、間近で話が聴けるとなれば、学園祭特有の喧噪や熱情に強い嫌悪感を持つ私も、三田の山に向かい会場となる大教室に足を運ぶほかあるまい。

 はじめて見る高坂教授。白髪に温厚な表情で、威圧感はない。還暦の年齢でありながら、不思議な貫禄と余裕が見られた。教室の外の暴力的な騒がしさが嘘のように、教室の中は静寂に包まれる。晩秋特有の柔らかい夕暮れの陽が窓から差し込み、穏やかな時間が流れていた。その静寂や穏やかな時間の流れは、明らかに演壇に座る話者がつくりだしたものであった。それほど多くの学生がいたわけではない。私は比較的前の方に座って、淡々と話を始めた高坂先生の姿を見つめた。講演の内容は思い出せない。歴史を軸として、持参してきた大きな地図を広げて見せて、国際政治の動きを語っていたことをおぼろげに覚えている。話の内容は覚えていないのに、なぜかそこにあった空気の質感は鮮明に記憶している。これが、私が唯一直接目にした高坂正堯教授である。その二年後に六二歳という惜しまれる年齢で、京都市左京区下鴨の自宅で亡くなられた。」

(以下は、こちらのリンクから前文がご覧頂けます。どうぞご覧くださいませ。)

hosoyayuichi at 01:03|Permalink

2016年03月29日

安保法施行で日本は「専守防衛を転換」したのか

ニューズウィークの日本語ウェブ版に、新しいコラムを掲載しました。

今朝の朝日新聞の一面で、「集団的自衛権容認、専守防衛を転換」と書かれていたのを見て、強い疑問を感じたので、本当はそのような時間的余裕はないはずなのですが勢いで書いてしまいました。

ちょっと読みにくい内容かもしれませんが、ご関心がある方はどうぞご覧くださいませ。


http://www.newsweekjapan.jp/hosoya/2016/03/post-4_3.php


hosoyayuichi at 17:00|Permalink