2009年11月27日

サキ・ドクリル教授

dcc68669.jpg外交史研究をする者であれば誰もがその名を知っているSaki Dockrill教授。ロンドン大学キングズ・コレッジ戦争学部教授で、Cold War Historyのジャーナルの創刊からの編集長。冷戦史研究の世界的な権威で、最近はSaki R. Dockrill and Geraitn Hughes (eds.), Cold War History (Palgrave)を刊行しております。

このサキ・ドクリル先生が、今年の8月に亡くなられたようです。今年2月にロンドンに行った際に、ドクリル先生の下で研究をする院生の方から、体調を崩されて授業を担当しなくなったと聞き驚いていたら、つい先日、ドクリル先生の指導を受けてきた私の慶應の後輩から、訃報を聞きました。享年57歳。

サキ・ドクリル先生は、大阪出身、京都大学法学部卒業の日本人です。イギリス外交史研究の大家、マイケル・ドクリル教授と1987年に結婚され、それからは英国籍を取得し、その後最近は英国国教会に属してミドルネームのRuthが入ったようでした。おそらく、現在のイギリスでもっとも活躍するイギリス外交史研究者は誰か、という話をすれば何人かの方はサキ・ドクリル先生の名前を挙げるでしょうし、やはり冷戦史研究の代表的な研究者としてもお名前をあげる方が多いと思います。入江昭先生がハーバード大学でアメリカ外交史を教え、サキ・ドクリル先生がロンドン大学キングズ・コレッジで国際政治史やイギリス外交史を教える。英米両国の頂点で、長年その最高峰で研究を続けてこられた方がお二人日本出身というのも、誇るべきことだと思います。

サキ・ドクリル先生とは直接会ってお話ししたのは三回だけです。一度目は、私がバーミンガム大学大学院の時に修士論文を書く上で、研究対象時期が近いということで、ロンドンに出かけて会いに行きました。見知らぬ大学院生にも相当真剣に指導をしてくれて、厳しい言葉も含めて非常にあたたかい方だと印象がありました。また、研究に対する真剣さにも圧倒されました。私がドクリル先生の研究室の扉を開けて中に入ってから、日本人ということを事前に知っていたので、「はじめまして」と言ったら、「How do you do?」とお返事をされて、面を食らいました。特に深い意味はなかったのだと思いますが、研究指導をするのは英語で行うのが自然だったのかもしれません。

二度目は、ロンドンのRUSIで日英防衛協力会議で私が報告した際に、たまたま聞きに来てくれていて、休憩時間に簡単なコメントもくれました。ちょうど拙著『戦後国際秩序とイギリス外交』が出て間もない頃でお礼にお送りしていたので、いくつかのコメントをしてくださりました。三度目は、五年ほど前に、この投稿の冒頭にあげた後輩がキングズ・コレッジの大学院の授業に行く際に、金魚の糞のようについていって、一度オブザーバーで出させて頂きました。二度目と三度目は、どちらが先か忘れましたが。ともあれ、5年以上はお会いしていません。『外交による平和』も、送ろう送ろうと思っていて、お送りすることができませんでした。

日本出身の方であって、世界で最高水準のイギリス外交史研究を行うという意味で、サキ・ドクリル先生は私にとっても一つの憧れであったのですが、還暦を前に逝去され、とても悲しく感じます。イギリスのタイムズ紙のインターネット版にも訃報が出ており、それ以外にもいくつかのところで、死を悼む記事が載っておりました。ずいぶんと多くの人に愛されていたのだなと感じます。四年前から、ガンの闘病生活を続けていたようですが、なくなる直前まで教え子の指導、学会誌の査読、出版社との打ち合わせ、などを行っていたようです。

それにしても、サキ・ドクリル先生の研究業績の豊かさは、圧倒的です。どれも最先端の研究、そして豊富な一次史料を用いた高い評価を受けた研究です。博論を完成したのが1988年。それから20年間で、まさに世界の最高峰としての外交史家としての評価を定着させたわけですから、本当に素晴らしいサクセス・ストーリーですね。これから太平洋戦争開戦についての研究書を書くためのご準備をされて、出版の契約などをされていたようですね。惜しい方をなくしました。

他方で私は、フランス語の能力に苦しみ、英語も伸び悩み停滞したまま現状維持。日本で研究を続けていると、私の億劫な生活と不十分な英語力という理由からも、どうも英語で著書や論文を書くことがままなりません。サキ・ドクリル先生のように、午前中に大学で授業をして、午後にディストリクト・ラインに載ってキューガーデンズで降りてナショナル・アーカイブに史料を見に行く、というようなぜいたくな研究生活は三田では不可能ですが、自らの環境で、自らの望方向を目指して、自らの外交史研究を磨いていきたいと思っています。

過去三十年間、大変なご努力を続け、学界で常に高い評価を受けてこられたサキ・ドクリル先生のご冥福をお祈り申し上げます。

hosoyayuichi at 06:42│