2016年10月16日

真実後の政治(Post-truth Politics)

今日の読売新聞の「地球を読む」において、今、イギリスやアメリカで頻繁用いられている重要な概念である「真実後の政治(Post-truth Politics)」という言葉を用いてイギリスのEU離脱について語り、これが各方面で話題になっているようです。うれしさ反面、微妙な感情が反面。

おおよそ、今の民主主義諸国で、政治における「虚偽」の発言が検証されずに、それが事実であるかのように浸透して、そのような誤った事実認識に基づいて感情的に怒りを感じた人々がEU離脱に投票し、トランプを支持する現象を論じています。おおよそ、このような現状であると説明する部分は共感をもって読んで頂いているようです。

それで、その後は、イギリスにおける「虚偽」の政治が広まり、政治エリートへの不信感が広がり、政府への信頼が崩れていった理由として、ブレア政権のイラク戦争における情報操作が契機であると論じております。多くの方は、この後に安倍政権における「嘘」を批判することを期待したのでしょう。

ところがむしろ私はそこで、昨年に民主党が安保法制反対の際に、あたかも安倍政権が徴兵制を導入しようとしているかのように世論を誘導した事実を批判して、そのように政権が語っておらず、意図してもいないことを「事実」のように論じようとした(一部は論じていた)姿勢を批判しました。

「真実後の政治」は与党にもあり、野党にもあります。またメディアにもあります。片方が嘘をついて、片方が正しい、ということを言いたいのではなくて、どこにでもそのような「虚偽」が浮上する土壌があることの懸念を伝えようとしました。

いうまでもなく、読売新聞はイラク戦争を支持。そして、小泉首相の下で当時の自民党政権もイラク戦争を支持していましたから、こちらについては自民党批判、読売新聞批判とも読めるかもしれません。他方で、民主党においても「徴兵制」という実際政府が主張していないことを、あたかも主張しているかのように論じたことを、ロムニー候補の大統領選挙時の行動と並べて論じています。私の中では、可能な限り、バランスをとろうと試みました。

ところが、安倍政権を厳しく批判しない原稿を書くととにかく激怒して不満を論じる人が多く、また安倍政権のみが嘘をついていて、民進党も、社民党も、共産党も嘘をつかないかのように信じている人も、リベラルな知識人の中に多くおられます。私はむしろ、民主党内で、「真実後の政治」として、「徴兵制導入」という虚偽を安倍政府批判に用いようとした一部の方を批判したのであって、同時にそれを好ましくないと抵抗して、取り下げさせた長島昭久議員を擁護しようとそのような記述をしました。それは、丁寧にお読み頂いた方には、ご理解頂けていると思います。民進党の中で、安易な「虚偽」や「デマ」に依拠して安倍政権批判をしようとする人々と、可能な限り事実に基づいて政府の問題や政策の欠陥を批判し、代替案となる政策構想を示す人々と、双方がおられます。私は、後者の方々を擁護することが、日本で「真実後の政治」が蔓延しないようにするための重要な取り組みだと思っています。

政治的な主張をする際に、自らの立場を明確に語ることと、同時に可能な限りフェアにバランスをとって論じると言うことは、容易ではありませんし、私がいつもそれに成功しているわけではありません。民主主義諸国では、どこからでも「虚偽」は出てくるし、それを警戒する必要があると思っています。同時に、「虚偽」を多用する政治家や政党を批判して、可能な限り真実や事実に依拠して政策を主張する政治家や政党を信頼したいと思っています。

民進党でも、玉木雄一郎議員は、多くの場合に政府批判する際に、事実を根拠に効果的で鋭い批判をしようとしており、私自身はとても好感を持っており、将来には首相になる可能性が高いと感じています。他方で、自民党でも、民進党でも、事実に基づかずに「デマ」を安易に語る議員の方もおられます

われわれ国民は、それを見抜くのが義務ではないでしょうか。

hosoyayuichi at 19:51│